ミトコンドリアに基づくマンモスの進化史
マンモスのミトコンドリアゲノムを報告した研究(Chacón-Duque et al., 2025)が公表されました。本論文は、シベリアと北アメリカ大陸で発見された前期更新世(Early Pleistocene、略してEP)および中期更新世(Middle Pleistocene、略してMP)のマンモスの新たなミトコンドリアDNA(mtDNA)データを報告し、既知の後期更新世(Late Pleistocene、略してLP)のマンモスのミトコンドリアゲノムと比較して、既存の手法の改良によってマンモスの100万年間にわたる進化史を再構築しています。本論文で新たに提示された前期更新世のマンモスのミトコンドリアゲノムは、すべての後期更新世のマンモスの多様性外に位置するのに対して、中期更新世のマンモスに由来するミトコンドリアゲノムは後期更新世マンモスのクレード(単系統群)2および3の基底部に位置する、と示され、これらの系統の古代シベリア起源を裏づけています。
●要約
260万年前頃から126000年前頃の期間となる前期および中期更新世の標本のゲノム研究には、現在の生物多様性を形成した進化的過程を解明する可能性があります。この期間のゲノムデータの取得は困難ですが、mtDNAは、核DNAと比較してより豊富であることを考えると、この時間規模での進化的過程の理解に重要な役割を果たせるかもしれません。本論文は、34点の新たなミトコンドリアゲノムを報告し、それにはシベリアと北アメリカ大陸のマンモス属種(Mammuthus sp.)の前期更新世の標本2点と中期更新世の標本9点が含まれ、それらは200点超の公開されているミトコンドリアゲノムとともに分析されて、過去100万年間のマンモスのミトコンドリアゲノムの多様性の横断区が再構築されました。本論文の前期更新世のミトコンドリアゲノムがすべての後期更新世のマンモスの多様性外に位置するのに対して、中期更新世のマンモスに由来するミトコンドリアゲノムは後期更新世マンモスのクレード2および3の基底部で、これらの系統の古代シベリア起源を裏づける、と分かりました。対照的に、クレードの地理的起源は依然として未解決です。これらの新たな深い時間のミトコンドリアゲノムで、以前に仮定された中期更新世および後期更新世の個体群動態の変化と一致するように見える、全クレードにわたる多様化事象が観察されます。さらに、本論文は5万年以上前の標本の分子時計年代測定について既存の手法を改良し、年代推定における偏りを避けるために、標本は個々に年代測定する必要がある、と論証します。本論文で提示された分子的および分析的両方の改良は、長期の遺伝的多様性を発見するための、深い時間のゲノムデータの重要性を浮き彫りにし、進化史のより適切な評価を可能とします。
●研究史
前期更新世(260万~78万年前頃)および中期更新世(78万~126000年前頃)の年代の標本から回収された古代DNA(以下、深い時間のDNAと呼ばれます)には、種形成の理解に重要な深い時間の進化事象の直接的研究をできるようにする可能性があります。残念ながら、深い時間のDNAへの利用可能性は限られており、これまで深い時間の標本からのゲノム規模データもしくは完全なミトコンドリアゲノムを取得できたのは、ごくわずかな研究です(Orlando et al., 2013、Meyer et al., 2016、Karpinski et al., 2020、Valk et al., 2021)。
これまでに回収された最古級のゲノム規模のDNAデータは、160万~110万年前頃のマンモス属種(Mammuthus sp.)2個体に由来します(Valk et al., 2021)。クレストフカ(Krestovka)およびアディチャ(Adycha)と呼ばれるこれらの2個体は、形態学的にヨーロッパのステップマンモス(Mammuthus trogontherii)と区別できませんが、そのゲノムは前期更新世(EP)のシベリア北部に存在した分岐した2系統を明らかにしました。この2系統のうち一方であるアディチャ系統がケナガマンモス(Mammuthus primigenius)の祖先であるのに対して、クレストフカ系統とケナガマンモスとの間の中期更新世(MP)における交雑事象は、北アメリカ大陸において後期更新世(LP)のコロンビアマンモス(Mammuthus Columbi)系統を生み出しました(Valk et al., 2021)。これらの結果は、形態種間の関係や深い時間の交雑事象など、形態学的研究から直接的には評価できない洞察を生み出す、深い時間のゲノムの可能性を示しています。
ミトコンドリアゲノムは一般的に、そのコピー数の多さのため、核ゲノムと比較して、古代もしくは分解した標本ではより利用可能性が高くなっています。したがって、ミトコンドリアゲノムは、種の進化の初期段階へのさらなる洞察を提供できるかもしれない、深い時間の標本の時空間的な標本抽出を増加させる、独特な機会を提供します。これまでに回収された深い時間の完全なマンモスのミトコンドリアゲノムは3点だけで、2点はEPの標本(クレストフカとアディチャ)、1点はチュコチヤ(Chukochya)と呼ばれるMP(70万年前頃)のシベリア北東部から発見されたケナガマンモスの標本です。約200点の公開されており利用可能なLPのマンモスのミトコンドリアゲノムと組み合わせると、系統発生分析から、EPのマンモスはMPおよびLPのマンモスのミトコンドリアゲノムの多様性外に位置し、核ゲノムの結果と一致する、と示唆されます(Valk et al., 2021)。
LPマンモスのミトコンドリアゲノムの多様性は、主要な深く分岐した3クレードの存在によって特徴づけられます。クレード1とクレード2および3につながる系統との間の分岐は、LPマンモスの多様性内の最初の分岐を表しています。クレード2がシベリアのみで知られているのに対して、クレード3はかつてヨーロッパとシベリアと北アメリカ大陸にわたって広がっていました。さらに、これまでに報告された唯一のMPのマンモスのミトコンドリアゲノムであるチュコチヤの一はクレード3基底部で、クレード3のシベリア起源を示唆しています(Valk et al., 2021)。クレード1は初期の分岐にも関わらず、これまでLP個体群のみで表されています。クレード1は、北アメリカ大陸における広範な分布を考慮して、北アメリカ大陸起源で、その後にベーリンジア(ベーリング陸橋)を横断して西方へと拡大し、ユーラシアでクレード2(4万年前頃までに)とクレード3(24000年前頃までに)の両方の置換につながったかもしれない、と示唆されてきました。
その結果、クレード1は最後に残ったマンモスのミトコンドリアクレードで、最終氷期の最盛期(24000年前頃)からランゲル(ウランゲリ)島(Wrangel Island)における4000年前頃のマンモスの最終的な絶滅(Dehasque et al., 2021)まで、北半球に広がっていました。さらに、利用可能なミトコンドリアゲノムのあるコロンビアマンモスは、クレード1のケナガマンモスと単系統性の姉妹群です。コロンビアマンモスは交雑種と知られているので(Valk et al., 2021)、これは、コロンビアマンモスのケナガマンモスの祖先がクレード1に属していた可能性が高いことを示唆しています。
さらなる深い時間のミトコンドリアゲノムは、MPにおける各クレードの時空間的な起源やより広い分布の可能性など、マンモスの進化史と過去の個体群動態のさまざまな側面に光を当てることができます。しかし、系統発生研究に関する深い時間のDNAの大きな限界は、信頼でき、正確な標本年代情報の一般的な不足です。これは、放射性炭素年代測定の限界が5万年前頃であることに起因するので、より古い標本については、広い年代範囲のみが層序状況のデータによって提供できますが、それは、そうした状況が少しでも利用可能な場合のことです。この問題に対処するために、放射性炭素年代測定の限界を超える標本が含まれる多くの遺伝学的研究は代わりに、分子年代測定に依拠し、ベイズ手法を実行して、分子時計に基づいて年代を推定しています。しかし、この手法のさまざまな実行は、信頼できる分子年代推定値を得る再現性の高い方法論の不足につながります。この限界を克服することは、深い時間での進化史を正確に推測し、研究を相互比較できるようにするために不可欠です。
本論文は、深い時間の11点を含めて、34点の新たなマンモスのミトコンドリアゲノムを報告し、過去100万年間にわたるミトコンドリアゲノムの進化の横断区を再構築します。また本論文は以前の方法論に基づき、放射性炭素年代測定の限界を超えて、分子時計の年代測定の現在の枠組みをさらに改善し、年代推定において偏りを避けるために、標本は個々に年代測定される必要がある、と論証します。本論文の深い時間の研究は、マンモスのミトコンドリアゲノムの多様化および進化への新たな洞察を提供し、他の絶滅および現生種に関する将来の研究の雛型として役立つことができます。
●深い時間のマンモスのミトコンドリアゲノムの一覧
北半球全体の場所から更新世のさまざまな段階に層序学的もしくは放射性炭素で年代測定されたマンモス標本からも34点のミトコンドリアゲノムが生成されました(図1a)。これらの標本のうち25点は先行研究で直接的に放射性炭素年代測定されており、そのうち12点の年代は放射性炭素年代測定の限界を超えています(5万年以上前)。残りの年代測定されていない標本9点は、層序学的状況にもとづいて放射性炭素年代測定の限界を超えて検討されており、そのうち一部は、ステップマンモスもしくはケナガマンモスの形態を示すものとして、明確に区別できません。以下は本論文の図1です。
●マンモスのミトコンドリアゲノムの一貫した年代推定値
先行研究(Valk et al., 2021)によって実行された手法に従い、分子時計先端年代測定についてのベイズ系統発生手法を用いて、ミトコンドリアゲノムから年代測定されていない標本の年代が推定されました。この方法論には、すべての道の先端年代を同時に推定するための、分子時計同時分析の使用が含まれます(以下、「複数標本年代測定」と呼ばれます)。しかし、アメリカマストドン(Mammut americanum)のミトコンドリアゲノムに関する別の最近の研究は、先行研究(Karpinski et al., 2020)で「単一標本年代測定」と呼ばれている、各標本を個々に年代測定した場合と比較して、複数標本先端年代測定を使用した場合の、より古くより正確性の低い推定値に向かう偏りを説明しました。これらの知見と、先行研究(Valk et al., 2021)によって報告された3点の深い時間のマンモスのミトコンドリアゲノムに関する推定先端年代が、層序学的記録が示唆するより古いことに基づいて、本論文はこれらのミトコンドリアゲノムについての単一標本年代測定手法の評価と実行を試みました。
まず、先行研究(Valk et al., 2021)で提示されている同じ媒介変数と多重配列整列を用いて、単一標本年代測定が実行されました。3点の深い時間の標本は、元々の複数標本年代測定と比較して、新たな単一標本の推定された分子先端年代と層序学的状況に由来する地質学的年代との間でより近い一致を示しました。次に、1~5点の特定の解析における、最古級の年代測定されていない標本の数を順次増加させた効果が検証されました。追加の年代測定されていない標本を含めると、より古い推定値への方向性の偏りが見つかりました。両調査結果に基づいて、すべての年代測定されていないミトコンドリアゲノムの年代推定については単一標本年代測定の実行が選択されました。層序学的背景のない標本の年代についての仮定を避けるために、均一な事前年代が用いられました。
次に、先行研究(Valk et al., 2021)のデータセットが本論文の新たな34点のミトコンドリアゲノムおよび21点の以前に刊行されたミトコンドリアゲノムで補完され、最終的なデータセットは225点のマンモスのミトコンドリアゲノムとなりました。単一標本年代測定のための先端較正参照標本として放射性炭素年代が確定している全てのミトコンドリアゲノムが選択され、これには新たなミトコンドリアゲノムのうち5点が含まれていました。既知の放射性炭素年代のある本論文の新たなミトコンドリアゲノムは除外され、それらは本論文の単一標本年代測定手法の正確性の調査に用いられました。較正された放射性炭素年代推定の中央値は一般的に、先端年代測定推定値の95%のHPD(highest probability density、最高確率密度)範囲内に収まり、ほんどの事例では平均先端年代と一致する、と分かりました。しかし、95%のHPDの範囲が広いことを考えると、放射性炭素年代測定が可能な標本については、放射性炭素年代測定の代替として分子時計を用いることは、推奨されません。最後に、放射性炭素年代が確定していない全てのミトコンドリアゲノムは、単峰性事後分布に収束する先端年代で単一標本年代測定されました。
単一標本年代測定手法を用いて、合計17点の深い時間のマンモスのミトコンドリアゲノムが回収され、そのうち6点は以前に同様の報告がありました(図1b)。11点の新たな深い時間のミトコンドリアゲノムは、2点のEP(前期更新世)マンモス(P035とP045、100万年以上前)と9点のMP(中期更新世)マンモスで構成されます。これらの標本のうち9点は、推定された先端年代と密接に一致する、層序学的状況に基づく年代を推定し、本論文の先端年代測定手法の正確さがさらに確証されます。興味深いことに、3点のMPマンモス(L168とL169とL171)の年代は50万年前頃です(95%のHPD範囲は65万年前頃と30万年前頃の間)。これらの標本は以前に、ミトコンドリアの制御領域の短い断片に基づいて半分未満の年代(20万年前頃)と推定されており、この分野の先行研究で提案されていたように、一部の事例では、分子時計年代測定にこの領域を使用すると、分岐時間と標本の年代の間違った推定値につながるかもしれない、と確証されます。それにも関わらず、これらの限界は、ベイズ推定のための適切な媒介変数と事前分布の注意深い選択と検証によって(たとえば、模擬実験データで)克服可能です。さらに、新たな6点の標本を含めて、5万年以上前と単一標本年代測定された24点のLP(後期更新世)のマンモスが報告されます。
●マンモスの系統発生と進化の拡張
ベイズ系統発生を生成し、全てのマンモスが系統発生的文脈へと位置づけられました。較正された放射性炭素年代の中央値に基づいて、もしくは、不確実性として平均点推定値と95%のHPD信用区間を用いて単一標本年代測定された標本について、先端年代が割り当てられました(図2)。2点の以前に刊行されたEP(前期更新世)マンモス(アディチャとクレストフカ)は、それぞれ自身の大きく分岐したミトコンドリア系統を形成することで、注目に値します(Valk et al., 2021)。本論文で報告された2点の新たなEP標本(P035とP045)は両方とも、アディチャ(標本の年代範囲は120万年前頃から105万年前頃で、95%のHPDでは150万~90万年前頃から134万~79万年前頃)とほぼ同年代の分岐したミトコンドリアゲノムのハプロタイプを有しています。しかし、関連する節における事後分布確率の支持値はひじょうに低く(0.22未満)、それらの間の分岐時間は比較的近いので、ミトコンドリアゲノムの3系統(P035とP045とアディチャ)間の正確な関係は依然として未解決です。以下は本論文の図2です。
これらEPのミトコンドリアゲノムはLPのマンモスのミトコンドリアゲノムの3クレードの出現の前に存在しており、本論文の分析によると、787000年前頃(節の高さの95%のHPDは908000~792000年前頃)のMRCA(most recent common ancestor、最新共通祖先)を共有しており、LP(後期更新世)マンモスのミトコンドリアゲノムの多様性の出現をEPとMP(中期更新世)の境界(78万年前頃)に位置づけます。先行研究はこのMRCAの範囲を200万年前頃と100万年前頃の間と推定しましたが、合同系統発生を推測するための、複数標本年代測定の実行およびアジアゾウとマンモスとの間の分岐(670万年前頃)に先行するより古い節の較正の使用の両方は、本論文の推定値である530万年前頃(Valk et al., 2021)と比較して、そのより古い節の年代推定値とより広いHPDの範囲を説明できる可能性が高そうです。注目すべきは、3クレードの出現に関する本論文の推定値が、形態学的に独特な種としてのケナガマンモスの起源の80万~60万年前頃との古生物学的推定値と一致することです。
MPと先端年代測定された全ての万ミスは、LPマンモスにより表されるミトコンドリアゲノムの多様性内に収まります。チュコチヤがクレード3の基底部に位置することに加えて、本論文は2点の追加のMPマンモスのミトコンドリアゲノム(L169とL171、50万年前頃)を回収し、この2点はチュコチヤ後に分岐したクレード3の基底部の近くの系統を形成しまする本論文の先端年代測定推定値も、以前に刊行された2点のミトコンドリアゲノム、つまりロシアのアルタイ山脈のMPマンモス(SP1145)と中国の5万年以上前のマンモス(SP1785)がそれぞれ、ヨーロッパのクレード3のケナガマンモスを構成する各下位クレードの基底部に位置することを示唆します。
さらに、カナダのユーコン(Yukon)準州のオールド・クロー川(Old Crow River)から発見された、北アメリカ大陸の後期MPのケナガマンモス(MD228)マンモスは単一標本年代測定が216000年前頃(95%のHPDは312000~124000年前頃)は、北アメリカ大陸のクレード3の全マンモスの基底部で回収されます。このミトコンドリアゲノムは本論文が把握している限りではこれまでに北アメリカ大陸のマンモスから配列決定された最古級のDNAを表しており、ケナガマンモスが北アメリカ大陸に20万年以上前に到達していたことを示唆しています。さらに、ユーコン準州北部においてクレード3は長期間存在した可能性が高そうで、それは、全てのクレード3の北アメリカ大陸のマンモスがこの地域で発見されているからで、それには、これまでに利用可能なミトコンドリアゲノムのある北アメリカ大陸のわずか2個体のMPマンモスと、平均先端推定値によると5万年以上前の年代のマンモス2個体(年代範囲は92000~58000年前頃)と、放射性炭素年代測定で43000年前頃の1個体(SEP66)が含まれます。興味深いことに、本論文の分析に含まれている残りの68点の北アメリカ大陸のミトコンドリアゲノムの年代はLPで、クレード1に属しており、それには5万年以上前の先端年代の6点のミトコンドリアゲノムが含まれます。
本論文の結果は、クレード3のシベリア起源を示唆しています。これは、北アメリカ大陸におおける最古級の確証されたケナガマンモス化石の年代が22万年前頃である、という事実だけではなく、古生物学的記録に基づく25万年前頃のヨーロッパにおけるケナガマンモスの最古級の提案された到来によっても裏づけられます。同様に、クレード2の基底部であるMPマンモス3個体が特定されました。中期MP標本のL168(452000年前頃、95%のHPDは604000~314000年前頃)がクレード2で回収されるのに対して、2点の後期MP標本、つまりP048(247000年前頃、95%のHPDは332000~166000年前頃)とL172(196000年前頃、95%のHPDは284000~111000年前頃)は残りの全てでより新しいクレード2のマンモスの基底部に位置します。さらに、クレード2に割り当てられたすべての利用可能なマンモスのミトコンドリアゲノム(19点、7個体のMPマンモスを含みます)はシベリア起源でした。これらの結果は、クレード2もシベリア起源であることを示唆しています。
異なる期間に生存しており、異なるミトコンドリアクレードに属していたシベリアのケナガマンモス2個体(それぞれ45000年前頃と4000年前頃)の全ゲノムデータに関する先行研究は、平均推定値285000年前頃でのMPにおける顕著な集団統計学的ボトルネック(瓶首効果)を特定しました。各クレード内で、この年代後に標本抽出されたごく少数のミトコンドリアゲノムが285000年前頃以前に合着(合祖)しているように見えることは注目されます。さらに、クレード1のユーラシアとシベリアの枝など主要なLPミトコンドリア系統の多様化(28万年前頃、95%のHPDは345000~265000年前頃)は、285000年前頃以後に起きました。本論文のミトコンドリアゲノムのデータセットの地理的および時間的範囲および大きな標本規模を考えると、本論文の結果は、集団規模の減少か大きな集団分岐のどちらかに起因する提案された集団動態の瓶首効果と一致し、それは、両方の考えられる状況下では有効個体数規模が減少すると予測されるからです。したがって本論文では、このMPの集団瓶首効果は、この期間の頃に起きたように見える全てのクレードにわたるかなりの多様化を考えると、大きな集団動態の変化と関連しているかもしれない、と仮定されます。注目すべきは、下位クレードもエーミアン(Eemian)間氷期の頃のMPとLPの境界で多様化していることで、これは、先行研究によって以前に提案された、最終氷期の開始における集団動態の拡大に続く瓶首効果と一致するかもしれません。
最後に本論文は、MPからLPへの移行期に近い、116000年前頃(95%のHPDは151000~82000年前頃)の新たなシベリアのクレード1のミトコンドリアゲノム(L088)を報告します。この個体は、ベーリング陸橋へのシベリアの入口であるチュコト半島(Chukotka Peninsula)東部の、より新しい(放射性炭素年代測定で38000年前頃と24000年前頃の間)マンモス3個体とクラスタ化します(まとまります)。このクラスタはクレード1のユーラシア系統の基底部に位置し、この系統の出アメリカ大陸仮説を裏づけるかもしれません。出アメリカ大陸仮説は、北アメリカ大陸におけるクレード1の仮定的な長期の存在に基づいています(Valk et al., 2021)。しかし、現時点のデータでは、このクレードの起源がシベリアかベーリング陸橋か北アメリカ大陸なのか、推測できません。ベーリング海峡近くの追加の深い時間の標本が、この長年の問題への回答に役立つかもしれません。北アメリカ大陸(6個体)とシベリア(6個体)の5万年以上前のすべてのクレード1のLPマンモスクレード1全体に広がっており、主要なLP系統の基底部に位置します。
全体的に本論文は、100万年の時間規模にわたって連続的に標本抽出されたミトコンドリアゲノムが、ある種の進化史への新規の洞察をどのように提供できるのか、示しています。系統発生分析における深い時間のミトコンドリアゲノムを含めることは、ミトコンドリア系統全体にわたる基底的な合着(合祖)時間のより正確な推定を可能とし、それは経時的な集団動態の変化の理解に役立つかもしれません。更新世の後半にわたるマンモスのミトコンドリアゲノム系統発生の本論文の再構築は、LPマンモスに特徴的な3クレードの多様化に先行する、EPにおけるマンモスの多様性への一瞥を提供しました。さらに、MPミトコンドリアゲノムの利用は、この段階における集団統計学的変化と集団動態や、LPミトコンドリアゲノムの多様性に対するそうした変化の影響の可能性へのさらなる洞察を提供しました。たとえば、EPとMPの移行など、大きな生物地理学的変化と一致する、ミトコンドリアゲノムの多様化事象と、ゲノム規模データを用いて以前に検出されたかなりのMPの集団動態の瓶首効果を検出できました。本論文は最後に、北アメリカ大陸におけるマンモスの出現や、クレード1の北アメリカ大陸起源の可能性が高そうなことなど、長期にわたる問題への洞察を提供します。
より広い尺度では、これらの調査結果は、古代DNAや系統発生や古生物学の分野で興味深いものです。第一に、本論文の結果は、放射性炭素年代測定の限界をはるかに超える、標本の年代を推定する分子時計の使用の実行可能性を浮き彫りにし、これらの推定を実行するために以前の手法を改善します。重要なことに、以前に示唆されたように、BEASTでの先端較正年代測定を用いて同時に複数の標本の年代を推定すると、偏りがある、と確証されます。したがって、先端較正年代測定は一度に1点の年代測定されていない標本で実行するよう、推奨されます。第二に、本論文では、中期および前期更新世にまでわたる時間的なミトコンドリアゲノムの横断区の生成から、新規の生物地理学的洞察を得ることができる、と論証されます。時間的なミトコンドリアゲノムの横断区は、系統地理における重要な仮説、たとえば、種固有の氷期後の再入植経路が複数の氷河周期によたって一致しているのかどうか、退避地の集団は経時的にどの程度遺伝的連続性を示すのか、といったことの検証に使用できます。最後に、回収されたMPのゲノム規模データの回収の可能性が、このデータがさまざまな時点における種の遺伝的多様性のより広範な代表性を提供するであろうことを考慮すると、種が以前の間氷期に集団動態の瓶首効果を経たのかどうか、そうならばどの種が経たのか、という調査に、独特な機会を提供するであろう、と注目されます。これは、種の進化への気候変化の影響の理解に、広範囲の意味を有するかもしれません。
参考文献:
Chacón-Duque JC. et al.(2025): A Million Years of Mammoth Mitogenome Evolution. Molecular Biology and Evolution, 42, 4, msaf065.
https://doi.org/10.1093/molbev/msaf065
Dehasque M. et al.(2021): Combining Bayesian age models and genetics to investigate population dynamics and extinction of the last mammoths in northern Siberia. Quaternary Science Reviews, 259, 106913.
https://doi.org/10.1016/j.quascirev.2021.106913
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Karpinski E. et al.(2020): American mastodon mitochondrial genomes suggest multiple dispersal events in response to Pleistocene climate oscillations. Nature Communications, 11, 4048.
https://doi.org/10.1038/s41467-020-17893-z
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Meyer M. et al.(2016): Nuclear DNA sequences from the Middle Pleistocene Sima de los Huesos hominins. Nature, 531, 7595, 504–507.
https://doi.org/10.1038/nature17405
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Orlando L. et al.(2013): Recalibrating Equus evolution using the genome sequence of an early Middle Pleistocene horse. Nature, 499, 7456, 74–78.
https://doi.org/10.1038/nature12323
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Valk T. et al.(2021): Million-year-old DNA sheds light on the genomic history of mammoths. Nature, 591, 7849, 265–269.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03224-9
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●要約
260万年前頃から126000年前頃の期間となる前期および中期更新世の標本のゲノム研究には、現在の生物多様性を形成した進化的過程を解明する可能性があります。この期間のゲノムデータの取得は困難ですが、mtDNAは、核DNAと比較してより豊富であることを考えると、この時間規模での進化的過程の理解に重要な役割を果たせるかもしれません。本論文は、34点の新たなミトコンドリアゲノムを報告し、それにはシベリアと北アメリカ大陸のマンモス属種(Mammuthus sp.)の前期更新世の標本2点と中期更新世の標本9点が含まれ、それらは200点超の公開されているミトコンドリアゲノムとともに分析されて、過去100万年間のマンモスのミトコンドリアゲノムの多様性の横断区が再構築されました。本論文の前期更新世のミトコンドリアゲノムがすべての後期更新世のマンモスの多様性外に位置するのに対して、中期更新世のマンモスに由来するミトコンドリアゲノムは後期更新世マンモスのクレード2および3の基底部で、これらの系統の古代シベリア起源を裏づける、と分かりました。対照的に、クレードの地理的起源は依然として未解決です。これらの新たな深い時間のミトコンドリアゲノムで、以前に仮定された中期更新世および後期更新世の個体群動態の変化と一致するように見える、全クレードにわたる多様化事象が観察されます。さらに、本論文は5万年以上前の標本の分子時計年代測定について既存の手法を改良し、年代推定における偏りを避けるために、標本は個々に年代測定する必要がある、と論証します。本論文で提示された分子的および分析的両方の改良は、長期の遺伝的多様性を発見するための、深い時間のゲノムデータの重要性を浮き彫りにし、進化史のより適切な評価を可能とします。
●研究史
前期更新世(260万~78万年前頃)および中期更新世(78万~126000年前頃)の年代の標本から回収された古代DNA(以下、深い時間のDNAと呼ばれます)には、種形成の理解に重要な深い時間の進化事象の直接的研究をできるようにする可能性があります。残念ながら、深い時間のDNAへの利用可能性は限られており、これまで深い時間の標本からのゲノム規模データもしくは完全なミトコンドリアゲノムを取得できたのは、ごくわずかな研究です(Orlando et al., 2013、Meyer et al., 2016、Karpinski et al., 2020、Valk et al., 2021)。
これまでに回収された最古級のゲノム規模のDNAデータは、160万~110万年前頃のマンモス属種(Mammuthus sp.)2個体に由来します(Valk et al., 2021)。クレストフカ(Krestovka)およびアディチャ(Adycha)と呼ばれるこれらの2個体は、形態学的にヨーロッパのステップマンモス(Mammuthus trogontherii)と区別できませんが、そのゲノムは前期更新世(EP)のシベリア北部に存在した分岐した2系統を明らかにしました。この2系統のうち一方であるアディチャ系統がケナガマンモス(Mammuthus primigenius)の祖先であるのに対して、クレストフカ系統とケナガマンモスとの間の中期更新世(MP)における交雑事象は、北アメリカ大陸において後期更新世(LP)のコロンビアマンモス(Mammuthus Columbi)系統を生み出しました(Valk et al., 2021)。これらの結果は、形態種間の関係や深い時間の交雑事象など、形態学的研究から直接的には評価できない洞察を生み出す、深い時間のゲノムの可能性を示しています。
ミトコンドリアゲノムは一般的に、そのコピー数の多さのため、核ゲノムと比較して、古代もしくは分解した標本ではより利用可能性が高くなっています。したがって、ミトコンドリアゲノムは、種の進化の初期段階へのさらなる洞察を提供できるかもしれない、深い時間の標本の時空間的な標本抽出を増加させる、独特な機会を提供します。これまでに回収された深い時間の完全なマンモスのミトコンドリアゲノムは3点だけで、2点はEPの標本(クレストフカとアディチャ)、1点はチュコチヤ(Chukochya)と呼ばれるMP(70万年前頃)のシベリア北東部から発見されたケナガマンモスの標本です。約200点の公開されており利用可能なLPのマンモスのミトコンドリアゲノムと組み合わせると、系統発生分析から、EPのマンモスはMPおよびLPのマンモスのミトコンドリアゲノムの多様性外に位置し、核ゲノムの結果と一致する、と示唆されます(Valk et al., 2021)。
LPマンモスのミトコンドリアゲノムの多様性は、主要な深く分岐した3クレードの存在によって特徴づけられます。クレード1とクレード2および3につながる系統との間の分岐は、LPマンモスの多様性内の最初の分岐を表しています。クレード2がシベリアのみで知られているのに対して、クレード3はかつてヨーロッパとシベリアと北アメリカ大陸にわたって広がっていました。さらに、これまでに報告された唯一のMPのマンモスのミトコンドリアゲノムであるチュコチヤの一はクレード3基底部で、クレード3のシベリア起源を示唆しています(Valk et al., 2021)。クレード1は初期の分岐にも関わらず、これまでLP個体群のみで表されています。クレード1は、北アメリカ大陸における広範な分布を考慮して、北アメリカ大陸起源で、その後にベーリンジア(ベーリング陸橋)を横断して西方へと拡大し、ユーラシアでクレード2(4万年前頃までに)とクレード3(24000年前頃までに)の両方の置換につながったかもしれない、と示唆されてきました。
その結果、クレード1は最後に残ったマンモスのミトコンドリアクレードで、最終氷期の最盛期(24000年前頃)からランゲル(ウランゲリ)島(Wrangel Island)における4000年前頃のマンモスの最終的な絶滅(Dehasque et al., 2021)まで、北半球に広がっていました。さらに、利用可能なミトコンドリアゲノムのあるコロンビアマンモスは、クレード1のケナガマンモスと単系統性の姉妹群です。コロンビアマンモスは交雑種と知られているので(Valk et al., 2021)、これは、コロンビアマンモスのケナガマンモスの祖先がクレード1に属していた可能性が高いことを示唆しています。
さらなる深い時間のミトコンドリアゲノムは、MPにおける各クレードの時空間的な起源やより広い分布の可能性など、マンモスの進化史と過去の個体群動態のさまざまな側面に光を当てることができます。しかし、系統発生研究に関する深い時間のDNAの大きな限界は、信頼でき、正確な標本年代情報の一般的な不足です。これは、放射性炭素年代測定の限界が5万年前頃であることに起因するので、より古い標本については、広い年代範囲のみが層序状況のデータによって提供できますが、それは、そうした状況が少しでも利用可能な場合のことです。この問題に対処するために、放射性炭素年代測定の限界を超える標本が含まれる多くの遺伝学的研究は代わりに、分子年代測定に依拠し、ベイズ手法を実行して、分子時計に基づいて年代を推定しています。しかし、この手法のさまざまな実行は、信頼できる分子年代推定値を得る再現性の高い方法論の不足につながります。この限界を克服することは、深い時間での進化史を正確に推測し、研究を相互比較できるようにするために不可欠です。
本論文は、深い時間の11点を含めて、34点の新たなマンモスのミトコンドリアゲノムを報告し、過去100万年間にわたるミトコンドリアゲノムの進化の横断区を再構築します。また本論文は以前の方法論に基づき、放射性炭素年代測定の限界を超えて、分子時計の年代測定の現在の枠組みをさらに改善し、年代推定において偏りを避けるために、標本は個々に年代測定される必要がある、と論証します。本論文の深い時間の研究は、マンモスのミトコンドリアゲノムの多様化および進化への新たな洞察を提供し、他の絶滅および現生種に関する将来の研究の雛型として役立つことができます。
●深い時間のマンモスのミトコンドリアゲノムの一覧
北半球全体の場所から更新世のさまざまな段階に層序学的もしくは放射性炭素で年代測定されたマンモス標本からも34点のミトコンドリアゲノムが生成されました(図1a)。これらの標本のうち25点は先行研究で直接的に放射性炭素年代測定されており、そのうち12点の年代は放射性炭素年代測定の限界を超えています(5万年以上前)。残りの年代測定されていない標本9点は、層序学的状況にもとづいて放射性炭素年代測定の限界を超えて検討されており、そのうち一部は、ステップマンモスもしくはケナガマンモスの形態を示すものとして、明確に区別できません。以下は本論文の図1です。
●マンモスのミトコンドリアゲノムの一貫した年代推定値
先行研究(Valk et al., 2021)によって実行された手法に従い、分子時計先端年代測定についてのベイズ系統発生手法を用いて、ミトコンドリアゲノムから年代測定されていない標本の年代が推定されました。この方法論には、すべての道の先端年代を同時に推定するための、分子時計同時分析の使用が含まれます(以下、「複数標本年代測定」と呼ばれます)。しかし、アメリカマストドン(Mammut americanum)のミトコンドリアゲノムに関する別の最近の研究は、先行研究(Karpinski et al., 2020)で「単一標本年代測定」と呼ばれている、各標本を個々に年代測定した場合と比較して、複数標本先端年代測定を使用した場合の、より古くより正確性の低い推定値に向かう偏りを説明しました。これらの知見と、先行研究(Valk et al., 2021)によって報告された3点の深い時間のマンモスのミトコンドリアゲノムに関する推定先端年代が、層序学的記録が示唆するより古いことに基づいて、本論文はこれらのミトコンドリアゲノムについての単一標本年代測定手法の評価と実行を試みました。
まず、先行研究(Valk et al., 2021)で提示されている同じ媒介変数と多重配列整列を用いて、単一標本年代測定が実行されました。3点の深い時間の標本は、元々の複数標本年代測定と比較して、新たな単一標本の推定された分子先端年代と層序学的状況に由来する地質学的年代との間でより近い一致を示しました。次に、1~5点の特定の解析における、最古級の年代測定されていない標本の数を順次増加させた効果が検証されました。追加の年代測定されていない標本を含めると、より古い推定値への方向性の偏りが見つかりました。両調査結果に基づいて、すべての年代測定されていないミトコンドリアゲノムの年代推定については単一標本年代測定の実行が選択されました。層序学的背景のない標本の年代についての仮定を避けるために、均一な事前年代が用いられました。
次に、先行研究(Valk et al., 2021)のデータセットが本論文の新たな34点のミトコンドリアゲノムおよび21点の以前に刊行されたミトコンドリアゲノムで補完され、最終的なデータセットは225点のマンモスのミトコンドリアゲノムとなりました。単一標本年代測定のための先端較正参照標本として放射性炭素年代が確定している全てのミトコンドリアゲノムが選択され、これには新たなミトコンドリアゲノムのうち5点が含まれていました。既知の放射性炭素年代のある本論文の新たなミトコンドリアゲノムは除外され、それらは本論文の単一標本年代測定手法の正確性の調査に用いられました。較正された放射性炭素年代推定の中央値は一般的に、先端年代測定推定値の95%のHPD(highest probability density、最高確率密度)範囲内に収まり、ほんどの事例では平均先端年代と一致する、と分かりました。しかし、95%のHPDの範囲が広いことを考えると、放射性炭素年代測定が可能な標本については、放射性炭素年代測定の代替として分子時計を用いることは、推奨されません。最後に、放射性炭素年代が確定していない全てのミトコンドリアゲノムは、単峰性事後分布に収束する先端年代で単一標本年代測定されました。
単一標本年代測定手法を用いて、合計17点の深い時間のマンモスのミトコンドリアゲノムが回収され、そのうち6点は以前に同様の報告がありました(図1b)。11点の新たな深い時間のミトコンドリアゲノムは、2点のEP(前期更新世)マンモス(P035とP045、100万年以上前)と9点のMP(中期更新世)マンモスで構成されます。これらの標本のうち9点は、推定された先端年代と密接に一致する、層序学的状況に基づく年代を推定し、本論文の先端年代測定手法の正確さがさらに確証されます。興味深いことに、3点のMPマンモス(L168とL169とL171)の年代は50万年前頃です(95%のHPD範囲は65万年前頃と30万年前頃の間)。これらの標本は以前に、ミトコンドリアの制御領域の短い断片に基づいて半分未満の年代(20万年前頃)と推定されており、この分野の先行研究で提案されていたように、一部の事例では、分子時計年代測定にこの領域を使用すると、分岐時間と標本の年代の間違った推定値につながるかもしれない、と確証されます。それにも関わらず、これらの限界は、ベイズ推定のための適切な媒介変数と事前分布の注意深い選択と検証によって(たとえば、模擬実験データで)克服可能です。さらに、新たな6点の標本を含めて、5万年以上前と単一標本年代測定された24点のLP(後期更新世)のマンモスが報告されます。
●マンモスの系統発生と進化の拡張
ベイズ系統発生を生成し、全てのマンモスが系統発生的文脈へと位置づけられました。較正された放射性炭素年代の中央値に基づいて、もしくは、不確実性として平均点推定値と95%のHPD信用区間を用いて単一標本年代測定された標本について、先端年代が割り当てられました(図2)。2点の以前に刊行されたEP(前期更新世)マンモス(アディチャとクレストフカ)は、それぞれ自身の大きく分岐したミトコンドリア系統を形成することで、注目に値します(Valk et al., 2021)。本論文で報告された2点の新たなEP標本(P035とP045)は両方とも、アディチャ(標本の年代範囲は120万年前頃から105万年前頃で、95%のHPDでは150万~90万年前頃から134万~79万年前頃)とほぼ同年代の分岐したミトコンドリアゲノムのハプロタイプを有しています。しかし、関連する節における事後分布確率の支持値はひじょうに低く(0.22未満)、それらの間の分岐時間は比較的近いので、ミトコンドリアゲノムの3系統(P035とP045とアディチャ)間の正確な関係は依然として未解決です。以下は本論文の図2です。
これらEPのミトコンドリアゲノムはLPのマンモスのミトコンドリアゲノムの3クレードの出現の前に存在しており、本論文の分析によると、787000年前頃(節の高さの95%のHPDは908000~792000年前頃)のMRCA(most recent common ancestor、最新共通祖先)を共有しており、LP(後期更新世)マンモスのミトコンドリアゲノムの多様性の出現をEPとMP(中期更新世)の境界(78万年前頃)に位置づけます。先行研究はこのMRCAの範囲を200万年前頃と100万年前頃の間と推定しましたが、合同系統発生を推測するための、複数標本年代測定の実行およびアジアゾウとマンモスとの間の分岐(670万年前頃)に先行するより古い節の較正の使用の両方は、本論文の推定値である530万年前頃(Valk et al., 2021)と比較して、そのより古い節の年代推定値とより広いHPDの範囲を説明できる可能性が高そうです。注目すべきは、3クレードの出現に関する本論文の推定値が、形態学的に独特な種としてのケナガマンモスの起源の80万~60万年前頃との古生物学的推定値と一致することです。
MPと先端年代測定された全ての万ミスは、LPマンモスにより表されるミトコンドリアゲノムの多様性内に収まります。チュコチヤがクレード3の基底部に位置することに加えて、本論文は2点の追加のMPマンモスのミトコンドリアゲノム(L169とL171、50万年前頃)を回収し、この2点はチュコチヤ後に分岐したクレード3の基底部の近くの系統を形成しまする本論文の先端年代測定推定値も、以前に刊行された2点のミトコンドリアゲノム、つまりロシアのアルタイ山脈のMPマンモス(SP1145)と中国の5万年以上前のマンモス(SP1785)がそれぞれ、ヨーロッパのクレード3のケナガマンモスを構成する各下位クレードの基底部に位置することを示唆します。
さらに、カナダのユーコン(Yukon)準州のオールド・クロー川(Old Crow River)から発見された、北アメリカ大陸の後期MPのケナガマンモス(MD228)マンモスは単一標本年代測定が216000年前頃(95%のHPDは312000~124000年前頃)は、北アメリカ大陸のクレード3の全マンモスの基底部で回収されます。このミトコンドリアゲノムは本論文が把握している限りではこれまでに北アメリカ大陸のマンモスから配列決定された最古級のDNAを表しており、ケナガマンモスが北アメリカ大陸に20万年以上前に到達していたことを示唆しています。さらに、ユーコン準州北部においてクレード3は長期間存在した可能性が高そうで、それは、全てのクレード3の北アメリカ大陸のマンモスがこの地域で発見されているからで、それには、これまでに利用可能なミトコンドリアゲノムのある北アメリカ大陸のわずか2個体のMPマンモスと、平均先端推定値によると5万年以上前の年代のマンモス2個体(年代範囲は92000~58000年前頃)と、放射性炭素年代測定で43000年前頃の1個体(SEP66)が含まれます。興味深いことに、本論文の分析に含まれている残りの68点の北アメリカ大陸のミトコンドリアゲノムの年代はLPで、クレード1に属しており、それには5万年以上前の先端年代の6点のミトコンドリアゲノムが含まれます。
本論文の結果は、クレード3のシベリア起源を示唆しています。これは、北アメリカ大陸におおける最古級の確証されたケナガマンモス化石の年代が22万年前頃である、という事実だけではなく、古生物学的記録に基づく25万年前頃のヨーロッパにおけるケナガマンモスの最古級の提案された到来によっても裏づけられます。同様に、クレード2の基底部であるMPマンモス3個体が特定されました。中期MP標本のL168(452000年前頃、95%のHPDは604000~314000年前頃)がクレード2で回収されるのに対して、2点の後期MP標本、つまりP048(247000年前頃、95%のHPDは332000~166000年前頃)とL172(196000年前頃、95%のHPDは284000~111000年前頃)は残りの全てでより新しいクレード2のマンモスの基底部に位置します。さらに、クレード2に割り当てられたすべての利用可能なマンモスのミトコンドリアゲノム(19点、7個体のMPマンモスを含みます)はシベリア起源でした。これらの結果は、クレード2もシベリア起源であることを示唆しています。
異なる期間に生存しており、異なるミトコンドリアクレードに属していたシベリアのケナガマンモス2個体(それぞれ45000年前頃と4000年前頃)の全ゲノムデータに関する先行研究は、平均推定値285000年前頃でのMPにおける顕著な集団統計学的ボトルネック(瓶首効果)を特定しました。各クレード内で、この年代後に標本抽出されたごく少数のミトコンドリアゲノムが285000年前頃以前に合着(合祖)しているように見えることは注目されます。さらに、クレード1のユーラシアとシベリアの枝など主要なLPミトコンドリア系統の多様化(28万年前頃、95%のHPDは345000~265000年前頃)は、285000年前頃以後に起きました。本論文のミトコンドリアゲノムのデータセットの地理的および時間的範囲および大きな標本規模を考えると、本論文の結果は、集団規模の減少か大きな集団分岐のどちらかに起因する提案された集団動態の瓶首効果と一致し、それは、両方の考えられる状況下では有効個体数規模が減少すると予測されるからです。したがって本論文では、このMPの集団瓶首効果は、この期間の頃に起きたように見える全てのクレードにわたるかなりの多様化を考えると、大きな集団動態の変化と関連しているかもしれない、と仮定されます。注目すべきは、下位クレードもエーミアン(Eemian)間氷期の頃のMPとLPの境界で多様化していることで、これは、先行研究によって以前に提案された、最終氷期の開始における集団動態の拡大に続く瓶首効果と一致するかもしれません。
最後に本論文は、MPからLPへの移行期に近い、116000年前頃(95%のHPDは151000~82000年前頃)の新たなシベリアのクレード1のミトコンドリアゲノム(L088)を報告します。この個体は、ベーリング陸橋へのシベリアの入口であるチュコト半島(Chukotka Peninsula)東部の、より新しい(放射性炭素年代測定で38000年前頃と24000年前頃の間)マンモス3個体とクラスタ化します(まとまります)。このクラスタはクレード1のユーラシア系統の基底部に位置し、この系統の出アメリカ大陸仮説を裏づけるかもしれません。出アメリカ大陸仮説は、北アメリカ大陸におけるクレード1の仮定的な長期の存在に基づいています(Valk et al., 2021)。しかし、現時点のデータでは、このクレードの起源がシベリアかベーリング陸橋か北アメリカ大陸なのか、推測できません。ベーリング海峡近くの追加の深い時間の標本が、この長年の問題への回答に役立つかもしれません。北アメリカ大陸(6個体)とシベリア(6個体)の5万年以上前のすべてのクレード1のLPマンモスクレード1全体に広がっており、主要なLP系統の基底部に位置します。
全体的に本論文は、100万年の時間規模にわたって連続的に標本抽出されたミトコンドリアゲノムが、ある種の進化史への新規の洞察をどのように提供できるのか、示しています。系統発生分析における深い時間のミトコンドリアゲノムを含めることは、ミトコンドリア系統全体にわたる基底的な合着(合祖)時間のより正確な推定を可能とし、それは経時的な集団動態の変化の理解に役立つかもしれません。更新世の後半にわたるマンモスのミトコンドリアゲノム系統発生の本論文の再構築は、LPマンモスに特徴的な3クレードの多様化に先行する、EPにおけるマンモスの多様性への一瞥を提供しました。さらに、MPミトコンドリアゲノムの利用は、この段階における集団統計学的変化と集団動態や、LPミトコンドリアゲノムの多様性に対するそうした変化の影響の可能性へのさらなる洞察を提供しました。たとえば、EPとMPの移行など、大きな生物地理学的変化と一致する、ミトコンドリアゲノムの多様化事象と、ゲノム規模データを用いて以前に検出されたかなりのMPの集団動態の瓶首効果を検出できました。本論文は最後に、北アメリカ大陸におけるマンモスの出現や、クレード1の北アメリカ大陸起源の可能性が高そうなことなど、長期にわたる問題への洞察を提供します。
より広い尺度では、これらの調査結果は、古代DNAや系統発生や古生物学の分野で興味深いものです。第一に、本論文の結果は、放射性炭素年代測定の限界をはるかに超える、標本の年代を推定する分子時計の使用の実行可能性を浮き彫りにし、これらの推定を実行するために以前の手法を改善します。重要なことに、以前に示唆されたように、BEASTでの先端較正年代測定を用いて同時に複数の標本の年代を推定すると、偏りがある、と確証されます。したがって、先端較正年代測定は一度に1点の年代測定されていない標本で実行するよう、推奨されます。第二に、本論文では、中期および前期更新世にまでわたる時間的なミトコンドリアゲノムの横断区の生成から、新規の生物地理学的洞察を得ることができる、と論証されます。時間的なミトコンドリアゲノムの横断区は、系統地理における重要な仮説、たとえば、種固有の氷期後の再入植経路が複数の氷河周期によたって一致しているのかどうか、退避地の集団は経時的にどの程度遺伝的連続性を示すのか、といったことの検証に使用できます。最後に、回収されたMPのゲノム規模データの回収の可能性が、このデータがさまざまな時点における種の遺伝的多様性のより広範な代表性を提供するであろうことを考慮すると、種が以前の間氷期に集団動態の瓶首効果を経たのかどうか、そうならばどの種が経たのか、という調査に、独特な機会を提供するであろう、と注目されます。これは、種の進化への気候変化の影響の理解に、広範囲の意味を有するかもしれません。
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Meyer M. et al.(2016): Nuclear DNA sequences from the Middle Pleistocene Sima de los Huesos hominins. Nature, 531, 7595, 504–507.
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Orlando L. et al.(2013): Recalibrating Equus evolution using the genome sequence of an early Middle Pleistocene horse. Nature, 499, 7456, 74–78.
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Valk T. et al.(2021): Million-year-old DNA sheds light on the genomic history of mammoths. Nature, 591, 7849, 265–269.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03224-9
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