ヨーロッパにおけるネアンデルタール人の絶滅

 人類進化に関する英語論文を日本語に訳してブログに掲載するだけではなく、これまでに得た知見をまとめ、独自の記事を掲載しよう、と昨年(2024年)後半から考えていますが、最新の研究を追いかけるのが精一杯で、独自の記事をほとんど執筆できておらず、そもそも最新の研究にしてもごく一部しか読めていません。多少なりとも状況を改善しようと考えて思ったのは、ある程度まとまった記事を執筆しようとすると、怠惰な性分なので気力が湧かないため、思いつき程度の短い記事でも、少しずつ執筆していけばよいのではないか、ということです。そこで今回は、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の絶滅について、現生人類(Homo sapiens)との関係を中心に思いつきを短く述べます。

 そもそも、ネアンデルタール人が絶滅したとはいっても、非アフリカ系現代人はわずかながらネアンデルタール人由来のゲノム領域を継承しているので(Li et al., 2024)、形態学的・遺伝学的にネアンデルタール人的な特徴を一括して有する集団は消滅した、と表現するのがより妥当でしょうか。伝統的な考古学および形質人類学でも新興の古代DNA研究でも、研究が最も進展している地域はヨーロッパでしょうから、ネアンデルタール人(的な特徴を一括して有する集団)の消滅については、ヨーロッパを対象に議論されることが多いように思います。ヨーロッパにおいて、4万年前頃以降のネアンデルタール人の存在の確実な証拠はない、と指摘されていますが(Higham et al., 2014)、イベリア半島南部で4万年前頃以降もネアンデルタール人が生存していた可能性は低くないように思います(Zilhão et al., 2017)。それでも、4万年前頃までにヨーロッパの大半の地域においてネアンデルタール人が消滅した可能性は低くなさそうです。

 ヨーロッパにおけるネアンデルタール人の消滅について、その年代とともに議論となっているのが理由です。現在では、現生人類の方がネアンデルタール人よりも広範な社会的つながりを有していたので、ネアンデルタール人は絶滅し、現生人類は生き残った、との見解が有力になっているように思います。この見解はさらに、そうした社会構造の違いが生得的な認知的基盤に由来するのか否かで区分されます。ネアンデルタール人系統と現生人類系統の分岐が60万年前頃かそれ以前で、その後に両系統の間で複数回の遺伝子流動があったとすると(Li et al., 2024)、ネアンデルタール人と現生人類との間に生得的な認知能力の違いがあった可能性は高そうで、それがネアンデルタール人の絶滅と現生人類の生存につながった、と想定することに妥当性はありそうです。

 ただ、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人と現生人類の関係は、現生人類が拡散し、一定期間の共存を経てネアンデルタール人が絶滅に追い込まれた、といった単純なものではなさそうです。フランス地中海地域のマンドリン洞窟(Grotte Mandrin)では、ネアンデルタール人が担い手と考えられるムステリアン(Mousterian、ムスティエ文化)の後に(上層で)、56800~51700年前頃のネロニアン(Neronian、ネロン文化)インダストリーが確認されており、その担い手はネロニアンと関連して発見された歯の形態から現生人類と考えられており(Slimak et al., 2022)、ネロニアンは現生人類の所産と考えられるレヴァントのIUP(Initial Upper Paleolithic、初期上部旧石器)と石器技術的に類似している、と指摘されています(Slimak., 2023)。マンドリン洞窟におけるネロニアンと現生人類との関連は、古代DNA研究など分子人類学で証明されたわけではないので、確定的ではないかもしれませんが、その可能性はかなり高そうです。

 マンドリン洞窟ではその後の層(上層)においてムステリアン(Mousterian、ムスティエ文化)石器群が44000年前頃まで確認されており(Slimak et al., 2022)、このムステリアン石器群と共伴した人類の歯顎化石は、ゲノム解析によってネアンデルタール人と特定されました(Slimak et al., 2024)。マンドリン洞窟ではその後、現生人類の所産と考えられるプロトオーリナシアン(Proto-Aurignacian、先オーリニャック文化)が確認されています(Slimak et al., 2022)。つまり、マンドリン洞窟の居住(使用)者は、ネアンデルタール人→現生人類→ネアンデルタール人→現生人類と変わった可能性が高いわけで、ヨーロッパに現生人類が侵入してきた後には、ネアンデルタール人は現生人類に置換されていくだけだった、とは言えないわけです。ヨーロッパの考古学的証拠から、ネロニアンの担い手と考えられる現生人類集団は、絶滅したかレヴァントに撤退したと考えられますが、現在は水没しているだろう地中海沿岸部でより内陸部のネアンデルタール人集団と共存していた可能性も、想定しておくべきかもしれません。

 注目されるのは、マンドリン洞窟のネロニアン層では弓矢技術が確認されていることです(Metz et al., 2023)。ネアンデルタール人ではまだ弓矢技術は確認されていないでしょうから、飛び道具によって現生人類はネアンデルタール人に対して優位に立ち、ネアンデルタール人は絶滅に追い込まれ、それはネアンデルタール人と現生人類との生得的な認知能力の違いを反映している、との見解は大衆媒体で人気があるように思われます(関連記事)。しかし、マンドリン洞窟では、弓矢技術を有していた現生人類からネアンデルタール人へと居住(使用)者が代わっており、飛び道具を有していた現生人類がネアンデルタール人に対して優位に立った、との仮説を前提とすることには慎重であるべきと思います。

 マンドリン洞窟の後で、ヨーロッパにおいて現生人類の確実な痕跡が確認されているのは、現在のブルガリアとチェコ共和国とドイツです。ブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)では、IUPと関連する45000年前頃の現生人類遺骸が発見されており、遺伝的に現代人ではヨーロッパ集団よりもアジア東部集団の方に近い、と示されています(Hajdinjak et al., 2021)。このバチョキロ洞窟の初期現生人類集団および遺伝的に近縁な集団を、この記事では仮にバチョキロ洞窟IUP集団と呼びます。バチョキロ洞窟IUP集団には、非アフリカ系現代人全員に共通するネアンデルタール人からの遺伝子流入以外に、6世代前未満か7世代前頃の追加のネアンデルタール人からの遺伝子流入が確認されています(Hajdinjak et al., 2021)。

 チェコのコニェプルシ(Koněprusy)洞窟群で発見された洞窟群の頂上の丘にちなんでズラティクン(Zlatý kůň)と呼ばれる成人女性1個体(ズラティクン個体)は、非アフリカ系現代人全員の主要な共通祖先である出アフリカ現生人類集団の系統において初期に分岐し、現代人にはほぼ遺伝的痕跡が残っていない集団を表している、と示されました(Prüfer et al., 2021)。ドイツのテューリンゲン州(Thuringia)のオーラ川(Orla River)流域に位置するラニス(Ranis)のイルゼン洞窟(Ilsenhöhle)で発見された初期現生人類6個体は、遺伝的にズラティクン個体と近く、そのうち2個体はズラティクン個体と5~6親等の親族関係にあり、年代は45000年前頃と示されました(Sümer et al., 2025)。ズラティクン個体と関連する石器技術の分類は確定していませんが(Prüfer et al., 2021)、イルゼン洞窟の初期現生人類集団と関連する技術複合体はLRJ(Lincombian–Ranisian–Jerzmanowician、リンコンビアン・ラニシアン・エルツマノウィッチ)で、LRJはヨーロッパ北西部および中央部にかけて広く存在していました(Sümer et al., 2025)。ズラティクン個体とイルゼン洞窟のLRJと関連する初期現生人類個体群を、この記事では仮にズラティクン集団と呼びます。ズラティクン集団には、非アフリカ系現代人全員に共通するネアンデルタール人からの遺伝子流入以外に、追加のネアンデルタール人からの遺伝子流入は確認されませんでした(Sümer et al., 2025)。

 45000年前頃のヨーロッパには、バチョキロ洞窟IUP集団とズラティクン集団という遺伝的に明確に異なる現生人類2集団と、ネアンデルタール人集団が共存していました。バチョキロ洞窟IUP集団において、6世代前未満か7世代前頃と比較的近い過去のネアンデルタール人からの遺伝子流入が推定されていること(Hajdinjak et al., 2021)も、当時ヨーロッパでネアンデルタール人と現生人類が共存していたことを示しています。一方で、ズラティクン集団には追加の近い過去でのネアンデルタール人からの遺伝子流入は確認されておらず(Sümer et al., 2025)、これはネアンデルタール人も現生人類も人口密度が低かったことを示唆しているとともに、バチョキロ洞窟IUP集団とズラティクン集団のヨーロッパへの拡散経路推定の手がかりともなりそうです。

 注目されるのは、ズラティクン集団は現代人集団のみならず、現在ゲノムが解析されているその後の古代人集団にも遺伝的影響を残さなかった、と推測されていることです(Sümer et al., 2025)。つまり、ズラティクン集団は絶滅した初期現生人類集団を表している可能性が高いわけです。一方で、バチョキロ洞窟IUP集団は、低い割合ながらもその後のヨーロッパ狩猟採集民集団に遺伝的痕跡を残したものの(Posth et al., 2023)、ヨーロッパにおける新石器時代と青銅器時代の大規模な人類集団の遺伝的構成の変容(Allentoft et al., 2024)によって、ヨーロッパ現代人集団において、その遺伝的痕跡は検出が困難なまでに希釈されたようです。

 つまり、ヨーロッパの大半において4万年前頃までにネアンデルタール人は消滅したものの、45000年前頃までにヨーロッパに拡散してきた現生人類集団も、少なくともズラティクン集団とバチョキロ洞窟IUP集団は絶滅したかその遺伝的影響が劇的に低下しており、おそらくはネロニアンの担い手だった現生人類集団も絶滅したわけです。ネロニアンの担い手だった現生人類集団の遺伝的構成はまだ不明ですが、ズラティクン集団とバチョキロ洞窟IUP集団は出アフリカ現生人類系統に位置づけられるので、現代人と認知能力が大きく異なっていた可能性は低そうです。

 こうした知見は、ネアンデルタール人と現生人類との間に生得的な認知能力の違いがあり、それがネアンデルタール人の消滅と現生人類の存続を決定づけた、との見解を否定する根拠としては弱いものの、少なくともそうした見解を肯定する根拠にはなりません。むしろ、こうした知見は、ヨーロッパにおいてネアンデルタール人が消滅し、現生人類が存続した理由として、生得的な認知能力の違いではなく、気候や資源など環境に制約された後天的な人口規模や社会構造の違いが大きかった、との仮説も検証価値があることを示唆しているように思います。もちろん、上述のように、ネアンデルタール人と現生人類との間に生得的な認知能力の違いがあった可能性は高そうで、それがネアンデルタール人の絶滅と現生人類の生存につながった、と想定することに妥当性があるとは思いますが、まだその想定を大前提とすべき段階ではない、と考えています。


参考文献:
Allentoft ME. et al.(2024): Population genomics of post-glacial western Eurasia. Nature, 625, 7994, 301–311.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06865-0
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Hajdinjak M. et al.(2021): Initial Upper Palaeolithic humans in Europe had recent Neanderthal ancestry. Nature, 592, 7853, 253–257.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03335-3
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Higham T. et al.(2014): The timing and spatiotemporal patterning of Neanderthal disappearance. Nature, 512, 7514, 306–309.
https://doi.org/10.1038/nature13621
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Li L. et al.(2024): Recurrent gene flow between Neanderthals and modern humans over the past 200,000 years. Science, 385, 6705, eadi1768.
https://doi.org/10.1126/science.adi1768
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Metz L, Lewis JE, and Slimak L.(2023): Bow-and-arrow, technology of the first modern humans in Europe 54,000 years ago at Mandrin, France. Science Advances, 9, 8, eadd4675.
https://doi.org/10.1126/sciadv.add4675
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Posth C. et al.(2023): Palaeogenomics of Upper Palaeolithic to Neolithic European hunter-gatherers. Nature, 615, 7950, 117–126.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-05726-0
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Prüfer K. et al.(2021): A genome sequence from a modern human skull over 45,000 years old from Zlatý kůň in Czechia. Nature Ecology & Evolution, 5, 6, 820–825.
https://doi.org/10.1038/s41559-021-01443-x
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Slimak L. et al.(2022): Modern human incursion into Neanderthal territories 54,000 years ago at Mandrin, France. Science Advances, 8, 6, eabj9496.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abj9496
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Slimak L (2023) The three waves: Rethinking the structure of the first Upper Paleolithic in Western Eurasia. PLoS ONE 18(5): e0277444.
https://doi.org/10.1371/journal.pone.0277444
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Slimak L. et al.(2024): Long genetic and social isolation in Neanderthals before their extinction. Cell Genomics, 4, 9, 100593.
https://doi.org/10.1016/j.xgen.2024.100593
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Sümer AP. et al.(2025): Earliest modern human genomes constrain timing of Neanderthal admixture. Nature, 638, 8051, 711–717.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08420-x
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Zilhão J. et al.(2017): Precise dating of the Middle-to-Upper Paleolithic transition in Murcia (Spain) supports late Neandertal persistence in Iberia. Heliyon, 3, 11, e00435.
https://doi.org//10.1016/j.heliyon.2017.e00435
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