系統樹と分岐年代

 人類進化に関する英語論文を日本語に訳してブログに掲載するだけではなく、これまでに得た知見をまとめ、独自の記事を掲載しよう、と昨年(2024年)後半から考えていますが、最新の研究を追いかけるのが精一杯で、独自の記事をほとんど執筆できておらず、そもそも最新の研究にしてもごく一部しか読めていません。多少なりとも状況を改善しようと考えて思ったのは、ある程度まとまった記事を執筆しようとすると、怠惰な性分なので気力が湧かないため、思いつき程度の短い記事でも、少しずつ執筆していけばよいのではないか、ということです。そこで今回は、系統樹と分岐年代に関する問題について、思いつきをごく短く述べます。

 系統樹は遠い遺伝的関係の分類群同士の関係の図示には適しているものの、近い遺伝的関係の分類群同士では複雑な関係を適切に表せるとは限らず、それは近い遺伝的関係の分類群同士で交雑が起きることも珍しくないからです。これは、後期ホモ属、つまり現生人類(Homo sapiens)とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)との関係も同様で、もちろんこの後期ホモ属3系統は遺伝的に分岐しているわけですが、一方で複数回の複雑な交雑関係も示されています(Reilly et al., 2022)。さらに最近の研究(Cousins et al., 2025)からは、現生人類とネアンデルタール人の関係でさえ、単純な分岐として表すことに問題があるかもしれない、と示唆されます。以下はReilly et al., 2022の図2です。
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 遺伝的分化による生殖不適合が示唆されている現生人類とネアンデルタール人との間(Harris et al., 2023)でさえ、こうした複雑な交雑が推測されているわけですから、現代人の各地域集団間の系統関係が単純な分岐として適切に表せる可能性はずっと低いでしょう。とくに、非アフリカ系現代人の主要な祖先である出アフリカ現生人類古代人集団の間では、遺伝的に近縁なことから交雑は珍しくなかったと考えられ、それはユーラシア西部、とくにヨーロッパにおいて詳しく解明されています(Allentoft et al., 2024)。もちろん、単純な分岐年代の想定も困難になります

 ユーラシア東西の現代人の形成過程についても同様で、単純な分岐で把握することには慎重であるべきと考えています。2019年の研究(Sikora et al., 2019)では、ユーラシアの現生人類集団は43100年前頃に東西の各系統に分岐した、と推定されています。しかし、ブルガリアの(Hajdinjak et al., 2021)バチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)で発見された現生人類遺骸のゲノムデータを報告した研究では、IUP(Initial Upper Paleolithic、初期上部旧石器)と関連するバチョキロ洞窟の初期現生人類集団は遺伝的に、現代人ではヨーロッパ集団よりもアジア東部集団の方に近い、と示されました。人類に限らず、生物の分類群間の分岐年代の推定は難しく、通常は大きな推定年代幅となるので、2019年の研究(Sikora et al., 2019)におけるユーラシア東西の現生人類系統間の推定分岐年代は過小に見積もられていた、とも考えたくなります。

 しかし、バチョキロ洞窟の初期現生人類集団のゲノムデータを報告した研究(Hajdinjak et al., 2021)で推定されていたように、ユーラシア東西の現生人類系統の形成はもっと複雑な過程だったかもしれません。その研究では、バチョキロ洞窟IUP集団の主要な祖先集団は出アフリカ現生人類でも初期に分岐した系統で、もう一方の系統がユーラシア西部系集団の主要な祖先となり、バチョキロ洞窟IUP集団と近い系統からの39%とユーラシア西部系に近い系統からの61%の混合で、ユーラシア東部系統の最初期個体、つまり北京近郊の田園洞窟(Tianyuan Cave)で発見された男性個体(田園洞個体)の遺伝的構成要素が形成された、と推測されています。混合の割合は異なりますが、上部旧石器時代から新石器時代のヨーロッパ狩猟採集民の大規模なゲノムデータを報告した研究(Posth et al., 2023)でも、同様の結果が得られています。おそらくユーラシア東西の現代人につながる出アフリカ現生人類集団の東西間の遺伝的分化は、実際にはもっと複雑な過程で、単純な分岐ではなかったのでしょう。以下はバチョキロ洞窟の初期現生人類集団と他の古代人との系統関係を示した、Hajdinjak et al., 2021の図2です。
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 現代日本人の起源論で重要になる「縄文人」についても、同様のことが当てはまりそうです。「縄文人」は、ユーラシア東部系現生人類集団でも、アジア東部現代人およびその主要な祖先集団とは遺伝的に大きく異なります(Cooke et al., 2021)。この「縄文人」集団の遺伝的形成過程について単純化して大別すると、アジア東部現代人の主要な祖先集団の系統との単純な分岐を想定する見解(Cooke et al., 2021)と、遺伝的に大きく異なる系統の集団間の混合と想定する見解(Wang et al., 2021)があります。

 まだ論文として刊行されたわけではなく、情報が断片的ですが、石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡で発見された27000年前頃の男性人類遺骸(4号人骨)のゲノム解析から、「縄文人」集団は遺伝的に大きく異なる複数の集団間の遺伝的混合によって形成された可能性が指摘されています(関連記事)。実際の人口史はWang et al., 2021の想定とはかなり異なっているのでしょうが、「縄文人」集団が遺伝的に大きく異なる複数の集団間の遺伝的混合によって形成された可能性は高そうで、そうした点も踏まえて日本列島、さらにはユーラシア東部の現生人類史を検証していかねばならないのでしょう。


参考文献:
Allentoft ME. et al.(2024): Population genomics of post-glacial western Eurasia. Nature, 625, 7994, 301–311.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06865-0
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Cooke NP. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
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Cousins T, Scally A, and Durbin R.(2025): A structured coalescent model reveals deep ancestral structure shared by all modern humans. Nature Genetics.
https://doi.org/10.1038/s41588-025-02117-1

Hajdinjak M. et al.(2021): Initial Upper Palaeolithic humans in Europe had recent Neanderthal ancestry. Nature, 592, 7853, 253–257.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03335-3
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Harris DN. et al.(2023): Diverse African genomes reveal selection on ancient modern human introgressions in Neanderthals. Current Biology, 33, 22, 4905–4916.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2023.09.066
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Posth C. et al.(2023): Palaeogenomics of Upper Palaeolithic to Neolithic European hunter-gatherers. Nature, 615, 7950, 117–126.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-05726-0
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Reilly PF. et al.(2022): The contribution of Neanderthal introgression to modern human traits. Current Biology, 32, 18, R970–R983.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.08.027
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Sikora M. et al.(2019): The population history of northeastern Siberia since the Pleistocene. Nature, 570, 7760, 182–188.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1279-z
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Wang CC. et al.(2021): Genomic insights into the formation of human populations in East Asia. Nature, 591, 7850, 413–419.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03336-2
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この記事へのコメント

砂の器
2025年03月23日 12:54
去年のNHKの番組では太田博樹が「マレー半島から日本まで混血した形跡が見つかっていない」と言い切っていて大丈夫なのかと思いましたが(マスコミ特有の切り抜きかもしれませんが)、あのような単純化はできないでしょうね
縄文に限らず人類集団の形成には、分岐年代や別系統集団の交雑以外にも顕著なボトルネックや遺伝的浮動等考慮すべき事が他にもありますね
ただ最近の知見で縄文に関してはかなり整合性が取れてきたと思っています
管理人
2025年03月24日 10:59
国立科学博物館特別展「古代DNA ―日本人のきた道―」の内容はそのうちNHKスペシャルで放送されるでしょうが、NHKスペシャルは影響力が強いだけに、安易な単純化や断定は避けてもらいたいものです。

NHKスペシャルの内容は図録の時点よりも進んでいる研究状況を反映しているのではないか、と期待しているので、注目しています。