『卑弥呼』第146話「道」

 『ビッグコミックオリジナル』2025年4月5日号掲載分の感想です。前号は休載だったので、久々の感があります。前回は、ヤノハが山社(ヤマト)の人々を前に、自分は日見子(ヒミコ)としてあまりにも非力なので、自分に代わる強力な日見子もしくは日見彦(ヒミヒコ)が顕れるならば、いつでもこの地位を譲ろう、と語りかけるところで終了しました。今回は、大地震から4年後の山社で、ヤノハがイクメやミマアキと話している場面から始まります。地震で山社は壊滅し、ヤノハは避難していましたが、ようやく数日先には戻れるくらいに復興した、というわけです。ヤノハはミマアキとイクメから、山社国全土の邑でも、官人と民が一体となって働き、ほぼ修復が完了したことと、全壊した邑が移動して再建を急いでいる、と報告を受けます。ヤノハは、雑徭でまかなわれた、と考えるべきなので、租庸調を免除する、と指示し、ミマアキも同意します。本作では、租庸調や雑徭のような負担は弥生時代後期から存在した、という設定のようです。山社連合の諸国は、山社国や暈(クマ)国ほど揺れが大きくなかったので、損害はさほどではなかったようです。震源地の暈国は予想以上に復興が早いようで、暈国で活動している伺見(ウカガミ、間者)によると、暈国の大夫で実質的な最高権力者である鞠智彦(ククチヒコ)は、戦人よりも民に目を向けているそうです。鞠智彦の人が変わったのか、不審に思うヤノハに対して、鞠智彦が取り子(養子)を迎えて穏やかになったそうだ、と伝えます。山社の現状を確認したヤノハは、道がどうなっているのか、視察に行きます。山社から那(ナ)国に通ずる北方への街道はすでに整備が終わっており、東方の穂波(ホミ)国と都萬(トマ)国への道は修復にもう3ヶ月ほどかかり、那国から伊都(イト)国および末盧(マツラ)国へと通ずる海沿いの道は無事だった、とヤノハは報告を受けます。するとヤノハは輿から降りて、そろそろ動こう、とイクメやミマアキに伝えます。ヤノハは戦人を、山社国から500人、那と伊都と末盧と穂波と都萬から300人ずつ、合計2000人の兵を用意するよう、指示します。

 日下(ヒノモト)国の庵戸宮(イオトノミヤ)では、吉備津彦(キビツヒコ)が、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の山社連合のどこかの国にいると思われる日下への内通者というか間者から、伝書鳩で文を受け取っていました。その文を読んだ吉備津彦は、山社の日見子(ヤノハ)の都の再建が思ったより早い、と呟きます。それを聞いた吉備津彦の双子の姉であるモモソ(先に生まれたのはモモソですが、双子の父親はモモソを妹と考えていました)は不満そうです。モモソは、弟(兄)の吉備津彦が、出雲攻めはもとより、本丸である筑紫島への侵攻も躊躇したことに、たいへん不満でした。4年前に筑紫島で大地震が起きた時こそ、侵攻の好機だった、というわけです。それは戦を知らないからだ、と吉備津彦に指摘されたモモソは、吉備津彦が臆病になっただけではないか、と怒ります。吉備津彦は、そろそろ戦の準備を始める、と言ってモモソを宥めます。ただ吉備津彦はモモソに、出雲の事代主(コトシロヌシ)とはもう少し禅譲の話し合いを続ける、と伝えます。出雲以外の金砂(カナスナ)国の地は、すでに日下の支配下にあります。モモソは、吉備津彦が戦を考えていることには納得したものの、決断が遅すぎる、と不満です。吉備津彦は、遅くない、今こそ好機だ、と主張しますが、大地震直後に侵攻せずに何が最大の好機だ、とモモソは嘲笑します。すると吉備津彦は真顔でモモソに、耳に着けているトンボ玉がどこから来たのか、と問いかけます。モモソは、それが中土(中華地域のことでしょう)や天竺(テンジク)よりさらに西の果ての、この世で一番富栄え、強大な国(ローマ帝国のことでしょうか)で作られたと聞いている、と答えます。吉備津彦は、自分たちの移動手段なら十年はかかる、はるか遠方の巨大国家で、倭国の百倍以上の領土だ、とモモソに伝えます。その国は戦において数百年不敗なのはなぜだと思うのか、と吉備津彦に問われたモモソは、吉備津彦と違って戦の好機を逃さないからだろう、と嫌味で返答します。すると吉備津彦は、その国が最も重要視しているのは道の造営だ、と答えます。その巨大な国は戦に勝つために、敵国に通ずる道をひたすら造営と、敵が降伏したさいには、最初に出す条件が道を整備し続けることだ、と吉備津彦はモモソに語ります。その理由は、道のないと場所を行くのには不必要に時間がかかり、多数の兵を送れず、自分たちの位置がまるで分からないので、敵に討ってくださいと言っているようなものだ、と吉備津彦はモモソに説明します。するとモモソは、大地震の直後に筑紫島に上陸していたら、道がない場所での行軍となり、討つべき国々の方角は分からず、兵は疲れ果てて自滅する、と理解します。地の利のない日下連合軍は大敗するだけだ、というわけです。さらに吉備津彦は、賢い山社の日見子(ヤノハ)は、自分たちの来寇を手ぐすね引いて待っていただろう、と吉備津彦はモモソに得意げに伝えます。山社の日見子が率いる山社連合軍の動きについてモモソから問われた吉備津彦は、事代主救出のために豊秋津島(トヨアキツシマ、本州を指すと思われます)へと上陸するだろう、と答えます。吉備津彦は、山社連合の宍門(アナト)国を占領し、山社連合軍が上陸したところを待ち伏せで一気に叩く、と考えており、その構想を聞いたモモソは吉備津彦に感服します。

 山社では、合計2000人もの兵をどこに送るのか、重臣がヤノハに訪ねていました。テヅチ将軍は出雲への派兵を、ミマアキは日下連合軍が渡海して筑紫島に上陸するのではないか、と予想していました。出雲の事代主殿は持ちこたえてくれているようなので、喫緊の敵は日下ではなく、時が来た、とヤノハは伝えます。加羅(伽耶、朝鮮半島)の勒島(ロクド、慶尚南道泗川市の沖合の島)では、イセキとヒホコのいる館に、ゴリが馬に乗って遼東半島から80日かけて到着し、ゆっくりするよう勧めるヒホコに、日見子様(ヤノハ)に手渡ししたいものがあるので、明日までに舟を用意してもらいたい、と伝えます。その手渡ししたいものとは、遼東の太守である公孫淵からの、5万人の援軍の要請を記した書状でした。ヤノハは、そろそろ公孫淵が魏に叛く頃だと予想していました。ヤノハは公孫淵に、5万人の援軍を派遣する、と約束しましたが、それは大嘘で、2000人の兵でどうするのか、とミマアキに問われたヤノハが、遼東の近くまで行軍する、と伝えたところで今回は終了です。


 今回は、山社と日下の動向と思惑が描かれましたが、暈が、ヤノハの実子であるヤエト(ニニギ)を次の日見彦(ヒミヒコ)として擁立し、筑紫島の覇権を掌握すべく、戦を避けて、国力回復に努めていることも示唆されました。倭国内は、山社連合と暈国と日下連合の三国鼎立状態といった感じで、これは大陸が『三国志』の時代であることから着想を得た設定なのでしょうか。暈国の様子は間者の報告によって語られたものの、具体的には触れられず、ニニギと鞠智彦の関係も含めて、次の描写が注目されます。山社と日下の思惑は詳しく描かれ、吉備津彦が油断のならない人物だと改めて示されました。吉備津彦はヤノハにとって、鞠智彦以上の難敵と言えるかもしれません。ヤノハは、2000人の兵士を遼東の近くまで行軍させ、魏と通じて遼東公孫氏政権を滅ぼすことで、そのまま魏に使者を派遣し、倭国王と認めてもらおう、と考えているのでしょうか。一方で、吉備津彦は近いうちに山社連合と決戦をするつもりですが、あくまでも山社連合が出雲救援のため派兵したところを攻撃するつもりで、ヤノハは吉備津彦の思惑通りに動くわけではなさそうです。その場合、山社連合から出雲への援軍がないと判断して、吉備津彦は出雲を攻めるのでしょうか。現存する記紀の内容からは、日下国の系譜と物語が飛鳥時代以降の「正史」となったようなので、最終的に山社連合が日下連合に滅ぼされるか、従属することになるのかもしれませんが、作風からしてもっと捻ってきそうなので、暈国と山社連合の関係や、いよいよ間近に迫ってきた魏への遣使も含めて、本作がどう展開していくのか、たいへん楽しみです。

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