国立科学博物館特別展「古代DNA ―日本人のきた道―」

 平日に家族と行きましたが(公式サイト)、平日なのにそれなりに混んでおり、現代日本社会において「日本人起源論」への関心はやはり高いのでしょう。展示内容は充実しており、こうした企画が可能なくらいの国力を、今後も日本が維持してもらいたいものですし、日本人の一人として、そうなるよう、ささやかながら努力していかねばならない、といったことも考えさせられました。日本列島の現代人の形成過程や日本列島の人類史に関心のある人にとっては、お勧めの特別展になっていると思いますし、図録はとくにお勧めです。NHKがこの特別展に協力しているので、そのうちNHKスペシャルでこの特別展の内容が映像化されることになりそうで、こちらも期待しています。

 私が最も注目したのは、石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡で発見された27000年前頃の男性人類遺骸(4号人骨)のゲノム解析に成功した、との情報です。白保竿根田原洞穴は北緯24度に位置しており、北緯25度および南緯25度以下の低緯度地域で発見された古代ゲノム解析に成功している人類遺骸としては、現時点でおそらく最古になると思いますので、快挙と言えるでしょう。白保竿根田原洞穴より低緯度で発見され、ゲノムが解析されている更新世最古の人類遺骸は、タンザニアの南緯7度に位置するムラムバラシ岩陰(Mlambalasi Rockshelters)遺跡で発見された20000~17000年前頃の1個体(I19528)だと思います(Lipson et al., 2022)。一般的に、標高が高くなると気温は低下するため、古代DNAの保存に有利だと思います。ムラムバラシ岩陰の標高は1400mなのに対して、白保竿根田原洞穴の標高は約30mですから、この点でも白保竿根田原洞穴遺跡で発見された27000年前頃の人類遺骸のゲノム解析に成功した意義はたいへん大きいと思います。

 白保竿根田原洞穴遺跡の4号人骨(以下、白保4号)のゲノム解析結果に関する詳しい情報はまだ公表されていないようですが、2022年にノーベル生理学・医学賞を授与されたスヴァンテ・ペーボ(Svante Pääbo)氏への取材で、ある程度は明かされています。ペーボ氏によると、白保4号の内耳骨からDNAが抽出されたとのことで、昨年(2024年)秋の取材の時点では、まだ解析中だったようです。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や、種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった非現生人類(Homo sapiens)ホモ属との遺伝的関係についても、今後の課題とのことでした。この取材記事からは、詳細なゲノム解析結果の公表はかなり先のようにも思われますが、これは昨年秋の状況ですので、研究の公表が近いのではないか、と期待しています。

 白保4号のゲノム解析結果について、図録に掲載されているペーボ氏への取材で明らかになっていることをまとめると、まず現代人との比較では、白保4号は日本人や台湾人(明示されていませんが、先住民でしょうか)やフィリピン人と遺伝的に近いそうです。古代人との比較では、白保4号はアムール川(Amur River、略してAR)流域の古代人や北京近郊の4万年前頃の古代人と共通する遺伝的構成要素を有しているようです。北京近郊の4万年前頃の古代人は 北京の南西56km にある田園洞窟(Tianyuan Cave)で発見された男性個体(田園洞個体)のことでしょうし、アムール川流域の古代人がどの年代の個体なのか、この取材記事では不明ですが、田園洞個体と遺伝的に近いとしたら、33000年前(33Ka)頃の個体(AR33K)でしょうか(Mao et al., 2021)。田園洞個体やAR33Kにより表される古代人集団(田園洞集団)は、絶滅したか、少なくとも現代人の主要な祖先集団ではなさそうですが(Mao et al., 2021)、白保4号とのより詳しい系統関係が今後公表される研究で明かされることを期待しています。

 また、白保4号はその発見場所から、アジア東部南方の古代人との関係がさらに注目されます。具体的には、中華人民共和国の、広西チワン族自治区の隆林洞窟(Longlin Cave)で発見された11000年前頃の人類遺骸によって表される、現代人には遺伝的痕跡を残していないと推測されている広西集団(Wang T et al., 2021)や、雲南省の馬鹿洞(Malu Dong、Red Deer Cave)の14000年前頃となる蒙自人(Mengzi Ren、略してMZR)です(Zhang et al., 2022)。また、福建省の遺跡で発見された前期新石器時代(Yang et al., 2020)や末期更新世(Wang T et al., 2021)の個体によって表される、オーストロネシア人の主要な祖先集団の一部との遺伝的関係も注目されます。

 白保4号は「縄文人」の起源の解明にも、重要な手がかりを提供しそうです。白保4号は「縄文人」の遺伝的構成の約半分と密接に関連する集団を表しているそうです。つまり、図録の取材記事では明示されていませんが、特別展の映像でペーボ氏は、「縄文人」が遺伝的に異なる複数集団の混合によって形成されたのではないか、と推測しています。つまり「縄文人」は、アジア東部現代人の主要な祖先集団との単純な分岐で把握できる系統ではない可能性が高い、というわけです。「縄文人」系統とアジア東部現代人の主要な祖先集団の系統との分岐年代を20000~15000年前頃と推定する研究もありますが(Cooke et al., 2021)、そうした単純な分岐関係とそれに基づく推定分岐年代は見直さねばなりません。むしろ、「縄文人」は遺伝的に大きく異なる2系統の混合で成立した、と推測した他の研究(Wang CC et al., 2021)の方が、実際の人口史とはかなり異なるとしても、より参考になるように思います。では、「縄文人」の残りの遺伝的構成要素がどの集団に由来するのかというと、ペーボ氏は、アジア北東部の古代人集団と推測しています。これは、シベリア北部の32000年前頃となるヤナRHS(Yana Rhinoceros Horn Site、ヤナ犀角遺跡)で発見された個体によって表される集団と、「縄文人」の祖先集団との間で、ある程度の遺伝子流動が推測されていること(Cooke et al., 2021)と関連しているかもしれません。

 図録の篠田謙一氏の解説によると(P17)、「縄文人」の遺伝的構成要素の6割が白保4号によって表される集団に由来し、残りは沿海州の古代人と遺伝的に類似する集団に由来するそうです。ペーボ氏の解説とやや異なるところもありますが、篠田氏の解説の方が、さらに進んだ研究状況を反映しているのかもしれません。沿海州の古代人がどの個体もしくは集団なのか、明示されていませんが、AR33Kにより表される現代人への遺伝的影響が低そうな田園洞集団か、2万年前頃以後にアムール川流域で存在が確認されている、アジア北東部現代人と遺伝的に近い個体群でしょうか。ともかく、「縄文人」の遺伝的な形成過程について、現時点で確たることはまだ言えないように思うので、まずは白保4号の詳細な遺伝学的研究の公表が俟たれます。

 私がまだ把握していなかったことで注目されるのは、沖縄諸島の古代人のゲノム解析結果です。図録では、本文で詳しく解説されているわけではなく、主成分分析(principal component analysis、略してPCA)結果の図示から情報を読み取れるくらいですが、沖縄諸島の貝塚時代の個体群は、既知の「縄文人」と遺伝的に一まとまりを形成しています。一方で、グスク時代の2個体は貝塚時代の個体群および「縄文人」と現代日本人集団との中間に位置しています。こうした沖縄諸島の人類集団の遺伝的構成の変容については、おおむね予想通りと言えそうですが、実際にゲノム解析に成功しているのは、大きな成果だと思います。

 本州・四国・九州とそのごく近隣の島々を中心とする日本列島「本土」の現代人集団の遺伝的な形成過程については、先行研究(Cooke et al., 2021)で指摘されていた、日本列島「本土」の現代人集団のゲノムは「縄文人」とアジア東部とアジア北東部の3要素から構成される、との三重構造説への指摘はとくになく(私が見落としているかもしれませんが)、「渡来系」と「縄文系」の混合によって形成されていた、との解説になっており、弥生時代における日本列島の人類集団の遺伝的多様性の高さが強調されていました。この図録でも指摘されているように、古墳時代でも日本列島「本土」には現代人よりも「縄文人」的な遺伝的構成要素をより高い割合で有する個体が存在しており、日本列島「本土」現代人集団の遺伝的構成の形成過程については、飛鳥時代以降、中世まで視野に入れる必要があるかもしれない、と私は考えていますが、まだ確たることを言える状況ではないでしょう。

 ただ、現時点での限界を踏まえても、「渡来系」と「縄文系」の混合で日本列島「本土」現代人集団の遺伝的構成の形成を語るのは問題で、先行研究(Cooke et al., 2021)の三重構造説を踏まえねばならないように思います。その前提として、アジア東部初期完新世の人類集団の遺伝的構成を見ていかねばなりません。福建省の末期更新世(Wang T et al., 2021)や前期新石器時代(Yang et al., 2020)の個体が長江流域前期新石器時代集団を表していると仮定すると、アジア東部の初期完新世の人類集団の遺伝的構成要素には、現代人の主要な遺伝的構成要素となるアムール川流域と黄河流域と長江流域(Yang et al., 2020、Ning et al., 2020)、および現代人への遺伝的影響は限られているか絶滅した、「縄文人」集団や広西集団(Wang T et al., 2021)などが存在します。日本列島「本土」現代人集団の主要な祖先集団が存在した、と推測する研究(Robbeets et al., 2021)もある西遼河地域は、アムール川要素と黄河要素のさまざまな割合で構成され、経時的な変化が示されています(Ning et al., 2020)。

 長江流域的構成要素が後期新石器時代には黄河流域集団に流入しますが、その割合は低く(Ning et al., 2020)、日本列島「本土」現代人集団の遺伝的構成要素は単純化すると、おもに「縄文人」とアムール川流域と黄河流域に由来するので(Cooke et al., 2021)、日本列島「本土」現代人集団の遺伝的形成過程について、三重構造説は基本的に有効で、それは現代日本人の大規模で詳細なゲノム研究でも裏づけられます(Liu et al., 2024、Yamamoto et al., 2024)。ただ、先行研究で推測されていた、弥生時代にアジア北東部(アムール川)要素、古墳時代にアジア東部(黄河)要素が到来した、との想定については、山口県下関市豊北町にある土井ヶ浜遺跡の弥生時代中期の女性1個体(D1604)において、すでに「縄文人」とアムール川と黄河の3構成要素が確認されていることから(Kim et al., 2025)、基本的には間違っていた、と言えそうです。しかし、D1604は現代日本人と近い遺伝的構成要素を示しているものの、日本列島「本土」現代人集団の遺伝的構成要素は弥生時代に確立していた、とは断定できず、古墳時代以降のユーラシア大陸部からの流入も想定しなければならないでしょう。

 図録では、日本列島「本土」現代人集団の主要な遺伝的構成要素である「渡来系」の起源は5000年前頃の西遼河流域の雑穀農耕民集団とされており(P69)、西遼河流域の人類集団のゲノムでアムール川要素と黄河要素が混在していたことを考えると(Ning et al., 2020)、この想定は妥当なようにも思われます。しかし上述のように、西遼河地域はアムール川要素と黄河要素のさまざまな割合で構成され、経時的な変化が示されていますし(Ning et al., 2020)、西遼河地域では、同じ夏家店上層(Upper Xiajiadian)文化の個体でも、生業によって遺伝的構成が大きくことなり、牧畜に依拠していた集団のゲノムがほぼアムール川構成要素でモデル化できるのに対して、雑穀に依拠していた集団のゲノムが黄河構成要素だけでモデル化できる可能性も指摘されています(Zhu et al., 2024)。

 西遼河地域の完新世の人口史は複雑で、西遼河地域よりも古代ゲノム研究がずっと遅れている朝鮮半島も同様かもしれず、弥生時代から古墳時代にかけて、ユーラシア大陸部から日本列島に到来した人類集団の遺伝的構成が異なっていた可能性も考えると、日本列島「本土」現代人集団の遺伝的形成過程について、「縄文系」と「渡来系」の二重構造どころか、おそらくは三重構造説でも不充分で、現代日本人集団の大規模なゲノム研究で示唆されている地域差(Liu et al., 2024)も含めて、もっと複雑な過程を想定しなければならないのでしょう。この問題の解明には、時空間的に広範な(できれば高品質の)ゲノムデータの蓄積が必要ですが、「縄文人」要素とアムール川要素と黄河要素のそれぞれの内部の違いも識別していかねばならないのだろう、と思います。最近公表された新たな手法では、遺伝的構成の類似した集団間の相互作用をじゅうらいよりも高解像度で推測できる、と示されており(Speidel et al., 2025)、ユーラシア東部圏に適用すれば、現代日本人集団の遺伝的形成過程について、さらに詳しく解明されていくのではないか、と期待されます。


参考文献:
Cooke NP. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
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Kim J. et al.(2025): Genetic analysis of a Yayoi individual from the Doigahama site provides insights into the origins of immigrants to the Japanese Archipelago. Journal of Human Genetics, 70, 1, 47–57.
https://doi.org/10.1038/s10038-024-01295-w
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Lipson M. et al.(2022): Ancient DNA and deep population structure in sub-Saharan African foragers. Nature, 603, 7900, 290–296.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-04430-9
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Liu X. et al.(2024): Decoding triancestral origins, archaic introgression, and natural selection in the Japanese population by whole-genome sequencing. Science Advances, 10, 16, eadi8419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.adi8419
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Mao X. et al.(2021): The deep population history of northern East Asia from the Late Pleistocene to the Holocene. Cell, 184, 12, 3256–3266.E13.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.04.040
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Ning C. et al.(2020): Ancient genomes from northern China suggest links between subsistence changes and human migration. Nature Communications, 11, 2700.
https://doi.org/10.1038/s41467-020-16557-2
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Robbeets M. et al.(2021): Triangulation supports agricultural spread of the Transeurasian languages. Nature, 599, 7886, 616–621.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-04108-8
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Speidel L. et al.(2025): High-resolution genomic history of early medieval Europe. Nature, 637, 8044, 118–126.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08275-2
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Wang CC. et al.(2021): Genomic insights into the formation of human populations in East Asia. Nature, 591, 7850, 413–419.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03336-2
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Yamamoto K. et al.(2024): Genetic legacy of ancient hunter-gatherer Jomon in Japanese populations. Nature Communications, 15, 9780.
https://doi.org/10.1038/s41467-024-54052-0
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Yang MA. et al.(2020): Ancient DNA indicates human population shifts and admixture in northern and southern China. Science, 369, 6501, 282–288.
https://doi.org/10.1126/science.aba0909
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Zhang X. et al.(2022): A Late Pleistocene human genome from Southwest China. Current Biology, 32, 14, 3095–3109.E5.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.06.016
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Zhu KY. et al.(2024): The genetic diversity in the ancient human population of Upper Xiajiadian culture. Journal of Systematics and Evolution, 62, 4, 785–793.
https://doi.org/10.1111/jse.13029
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この記事へのコメント

砂の器
2025年03月19日 11:05
私も行ってきました、図録も購入した済みです
先日のコメントでもご提示・議論いただきましたが、縄文に関しては結局(Wang CC et al., 2021)が正しかったようですね。
あの研究だと縄文はユーラシア沿岸東南部狩猟民と田園洞人系集団の交雑でしたか
田園洞人系集団がANS関連と少し混じっていた程度くらいでしょうか
白保人に関してもまぁ予想できた範囲内で、残念ながら目新しさは特に無かったですね

やはり篠田謙一が頑なに三重構造説を説明しないのかがよく分かりません
これだけ大掛かりな展示ですが、白保竿根を除けばやってる内容は科博の常設展示とあまり変わらないですよ(多少よその借用物はありますが)

日本人の三重構造(縄文+北東アジア+東アジア)はほぼ確定で、雑記帳さんがおっしゃるように今後更なる多重構造もありえます(既に古山東系遺伝子が琉球云々の論文も存在しますし)
昨年末の研究の通りアイヌ・琉球も同じ三重構造です
管理人
2025年03月19日 14:28
三重構造説ではなく「渡来系」でまとめることに固執する理由は分かりませんが、NHKの番組では以前に三重構造説が扱われていたので、そのうち放送されるだろうNHKスペシャルではどのような説明になるのか、注目しています。