ヨーロッパ中央部最初期農耕民の社会的および遺伝的多様性

 古代ゲノムデータに基づいてヨーロッパ中央部最初期農耕民の社会的および遺伝的多様性を推測した研究(Gelabert et al., 2025)が公表されました。本論文は、ヨーロッパの広範な地域に最初に農耕を広めた線形陶器(Linear Pottery、Linearbandkeramik、略してLBK)文化と関連する人類遺骸を中心に、それ以前となるケレス(Körös)文化やスタルチェヴォ(Starčevo)文化の人類遺骸も含めて、ヨーロッパ新石器時代(Neolithic、略してN)250個体の新たなゲノムデータを報告しています。そのうち178個体は、大ハンガリー平原(Alföld)のLBKとなるALPC(Alföld Linearbankeramik Culture、大ハンガリー平原線形陶器文化)の、東方LBK遺跡であるポルガー・フェレンチ・ハート(Polgár-Ferenci-hát)、西方LBKであるニトラ・ホルネ・クルスカニー(Nitra Horné Krškany)およびアスパルン・シュレッツ(Asparn-Schletz)に由来します。

 これらのLBK遺跡のEEF(Early European farmer、初期ヨーロッパ農耕民)において、西方LBKよりも東方LBKにおいて、WHG(Western Hunter-Gatherer、西方狩猟採集民)の割合がより高い、と分かりました。LBK遺跡群では、他のヨーロッパの新石器時代社会と同様に父方居住の証拠も見つかりました。こうした新石器時代や中石器時代以前のヨーロッパにおける父方居住の痕跡について、現代社会の価値観を投影して歪んだ見方になっているとか、父系制は協力的繁殖者としてのヒト社会の母系中心起源からの比較的最近の逸脱で、ヨーロッパ先史時代の新石器時代ヨーロッパの父系制というか父方居住は地域的異常とか人類学の一部?では指摘されています(Bentley, and O'Brien., 2024)。しかし、人類と近縁な現生類人猿や更新世~完新世初期の直接的証拠から、「ヒト社会の母系中心起源」説を支持するのは難しく、人類系統の社会は元々父方居住で、現代人につながる系統においてある時期以降、母方居住も含めて社会が多様化していった、と考えるのが現時点で最も妥当なように思います(関連記事)。なお、[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。


●要約

 LBK新石器時代共同体は、ヨーロッパの広範な地域に農耕を広めた最初の人々でした。本論文は250個体のゲノム規模データを報告し、その内訳は、大ハンガリー平原LBKの東方LBK遺跡であるポルガー・フェレンチ・ハートと西方LBK遺跡であるニトラ・ホルネ・クルスカニーと西方LBKの集落および虐殺遺跡であるアスパルン・シュレッツの全墓地調査から得られた178個体、他の16ヶ所の遺跡のLBKの48個体、17ヶ所の遺跡のLBK以前となるケレス文化およびスタルチェヴォ文化の24個体です。本論文では、西方LBK遺跡群よりも東方LBK遺跡群において、WHG祖先系統の割合が系統的に高いことを示し、これら異なる二つのLBK集団の遺伝的軌跡は異なっていた、と示されます。父方居住の証拠が見つかり、で女系よりも男系の方で遺跡間の構造が多く、男性の遺跡内の親族の割合がより高くなります。アスパルン・シュレッツ遺跡では親族はほんど見つからず、虐殺された個体群は小さな共同体ではなく大きな人口集団に由来していた、と示されます。


●研究史

 紀元前5500~紀元前5000年頃のLBKの考古学的起源はじゅうらい、トランスダニュービア中央部のスタルチェヴォ文化や、大ハンガリー平原のケレス文化にさかのぼる、とされています。LBKは、大ハンガリー平原の「東方LBK」のALPCと、地理的にずっと広範な「西方LBK」の2下位群に区分されることがよくあります。西方LBKは2回の波で拡大した、と復元されており、最初は紀元前5500年頃にトランスダニュービアから【現在の】スロヴァキアやオーストリアやモラヴィアやボヘミアやドイツ中央部および東部へと広がりましたる数世紀後、第二の波が【現在の】フランスのパリ盆地およびその近隣地域に到達し、西方ではノルマンディー、東方ではポーランドとウクライナとモルドバとルーマニアにまで達しました。

 LBK物質文化はその地理的範囲を考えると驚くほど均一で、典型的なLBKの集落パターンは、河川の沖積平野に沿った遺跡のまとまり(クラスタ)で構成されています。それにも関わらず、考古学的研究は、LBK共同体の生計や集落パターンや健康や生活様式における、微妙ではあるものの有意な違いを報告してきました。LBK文化は紀元前5000~紀元前4900年頃以後には認識されていません。放射性炭素年代の時間的分布の研究はその世紀における人口統計学的崩壊を示唆しており、これはスロヴァキアのヴラブル(Vrable)やドイツ南部のタルヘイミン(Talheimin)やニーダーエスターライヒ州(Lower Austria、下オーストリア州)のアスパルン・シュレッツにおける、後期LBKの大虐殺遺跡と関連しているかもしれません。

 個体間のストロンチウム(Sr)同位体比の差異の研究は、LBK、とくにニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡とシュヴェツィンゲン(Schwetzingen)遺跡とヴェドロヴィツェ(Vedrovice)遺跡における、移動性のパターンへの洞察を提供しました。これらの分析は男性よりも女性の方のSr比の高い変異性を明らかにしており、女性は男性よりも多く埋葬された共同体外に起源があったことを示しており、両性間の移動性の異なるパターンを示唆し、父方居住慣行の証拠を提供します。父方居住のさらなる証拠は、高い社会的地位を示唆している可能性の高い磨製石斧とともに埋葬された男性が、磨製石斧のない男性よりもストロンチウムの差異は少ない、と示した研究に由来し、これは、磨製石斧とともに埋葬された男性が、その出生共同体で生まれ育つ傾向にあることを示唆しています。集落パターンの考古学的文脈では、これらの結果から、LBK社会は父方居住の親族的集団に組織されており、男系を通じて朝鮮半島が継承されていた、と示唆されています。ほとんどのLBK遺跡は黄土層に位置しており、その結果、黄土地域内の個体群の移動はストロンチウム同位体比に基づくと容易には検出できません。対照的に、古ゲノム手法には、局所的地質に関係なく、男女間の行動の違いを明らかにする可能性があります。要注意なのは、人々の結婚後の居住地に関する異文化研究では、その出生地から離れて埋葬される女性が、必ずしも父方居住を意味しない、と示されてきたことです。観察されたパターンは、夫婦が父系もしくは母系の家族のいずれかの故地に居住する傾向にある制度を含めて、より複雑な親族関係制度も反映しているかもしれません。

 本論文の前に刊行されたLBKの157個体から得られた全ゲノムデータの分析では、これらの個体は、その後で在来のヨーロッパ中石器時代人口集団と混合したEEFから主要な祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を継承しており、通常は5%のWHG祖先系統[15~19]があり、LBKへのスタルチェヴォ文化およびALPCへのケレス文化の異なる寄与があったかもしれない、混合集団が生じた、と示されました[20]。しかし、一部のLBK個体は、たとえばオーストリアのウィーン南方に位置するブルン複合遺跡(the Brunn am Gebirge, Wolfholz archaeological complex)の1個体[18]など、ずっと高い割合のWHG祖先系統を有しており、より複雑な混合過程が示唆されます[16]。LBKの下位構造の唯一の刊行されている墓地規模の研究は、西方LBKのシュトゥットガルト・ミュールハウゼン(Stuttgart-Mühlhausen、略してSMH)遺跡およびデレンブルク・メエレンシュティーグ2(Derenburg-Meerenstieg II)遺跡に焦点を当てており、両者ともに祖先系統は均質です[16]。LBKは集落埋葬も行なっていたので、これは墓地が人口の選択された一部のみを表しているのかどうかについて、問題が残ります。

 本論文の注目点は、異なる考古学的特徴を有する3ヶ所のLBKにおける遺跡内および遺跡間の差異の大きな標本規模の分析で、それは、(1)個体群が墓地ではなく家屋の間の埋葬されていた、ハンガリー東部のポルガー・フェレンチ・ハート遺跡(紀元前5500~紀元前5100年頃)のALPC集落、(2)紀元前5200~紀元前5000年頃のLBKの拡大段階となる、スロヴァキア西部のニトラの墓地、(3)紀元前5000年頃のLBK最終段階となる、ニーダーエスターライヒ州のアスパルン・シュレッツの囲繞集落および虐殺LBK遺跡です。本論文は、これらの遺跡の個体群について新たに生成されたゲノムデータを、他の31ヶ所の考古学的遺跡の新たなゲノムデータおよび以前に刊行されたデータとともに共同分析し、以下の問題に取り組みました。それは、(1)LBKとALPCとの間の遺伝的区債の程度、(2)LBK共同体の親族関係パターン、および埋葬地やストロンチウム同位体値や副葬品における差異との相関、(3)食性と移動性における親族関係と差異との間の相関(以前には、LBKの社会構造と関連する、と仮定されました)、(4)アスパルン・シュレッツの集落住民および虐殺された個体群の遺伝的構造です。

 124万ヶ所のSNP(Single Nucleotide Polymorphism、一塩基多型)の標的濃縮を用いて、オーストリアとスロヴァキアとクロアチアとルーマニアとセルビアとハンガリーのスタルチェヴォ文化とケレス文化とLBK/ALPCの新たに報告された250個体の確証について、標準測定基準を満たすゲノム規模データが生成され、追加の7個体からの品質データの改善が報告され、合計で282点の新たな配列決定ライブラリが生成されました(図1および図2b)。以下は本論文の図1です。
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 新たなデータに含まれるのは、合計31ヶ所の遺跡から発見された、スタルチェヴォ文化18個体とケレス文化6個体(先LBK)、ハンガリーのALPCの80個体(以下、ハンガリー_ALPC)、トランスダニュービアのLBKの2個体(トランスダニュービア_LBK)、オーストリアのLBKの87個体(オーストリア_LBK)、スロヴァキアのLBKの57個体(スロヴァキア_LBK)です(図1および図2b)。常染色体の標的を網羅するSNPが3万ヶ所未満の個体は祖先系統分析には含められませんでしたが、そのデータは報告されます。さらに、祖先系統分析では、データセットのより高い網羅率の1親等の親族からのデータは使用されませんでした。これらの個体が、スタルチェヴォ文化とケレス文化とALPCとLBKの171個体の刊行されているデータ[15、16、18、19、20、22]と共同分析されました。19点の新たな放射性炭素年代も生成され、ALPCとLBKの4ヶ所の遺跡についてベイズ年代モデルが構築されました。以下は本論文の図2です。
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●東方LBKにおけるWHG祖先系統の増加

 smartpcaを用いて、アフィメトリクス(Affymetrix)社のヒト起源(Human Origins、略してHO)SNP配列で遺伝子型決定された現在のヨーロッパの人口集団のゲノム規模データで主成分分析(principal component analysis、略してPCA)が実行され、次に古代の個体群が投影されました。PCAでは、ALPC遺跡の個体群はWHG的な個体群のより近くに位置する、と示されます。ケレス文化およびスタルチェヴォ文化の個体群は西方LBKとクラスタ化し(まとまり)、分析されたALPC個体群は初期新石器時代の1人口集団と追加のWHGとの間の混合の結果かもしれない、と示唆されます。

 考古学的文化と地理(現在の国家による代理)に基づいて個体群が分類され、それは、オーストリア_LBK、スロヴァキア_LBK、トランスダニュービア_LBK、ハンガリー_ALPC、ドイツ_LBKです。供給源の代理を用いてqpAdmで祖先系統の割合が推定され、その代理とは、WHGとの混合が殆ど若しくは全くないバルカン半島初期農耕民(バルカン_N)と、WHGA(western European hunter-gatherer、ヨーロッパ西部狩猟採集民)です[25]。右側の参照外群として、トルコ_N、アフリカ古代人、時間的もしくは空間的により分岐した中石器時代ヨーロッパ狩猟採集民(WHGB)が用いられました。qpWaveを用いて、p値0.05未満で主要な文化的および地理的集団から顕著な外れ値が特定され、HGEXC(hunter-gatherer excess、狩猟採集民の過剰)およびEEFEXC(Early European Farmer excess、ヨーロッパ初期農耕民の過剰)の標識が追加されます。東方LBKのハンガリー_ALPCの個体群は、平均して11±0.3%のWHG祖先系統を有しています(図2a)。対照的に、スロヴァキア_LBKとオーストリア_LBKの個体群は、平均4.5±0.4%のWHG祖先系統を有しています。トランスダニュービア(トランスダニュービア_LBK)の西方LBK個体群は推定3%のWHGA祖先系統を有していますが、qpAdmモデルは統計的に適合しないので、この測定値は慎重に考えるべきです。


●性別の偏った人口混合の証拠はありません

 DATES(Distribution of Ancestry Tracts of Evolutionary Signals、進化兆候の祖先系統区域の分布)を用いて、WHGとEEFの混合年代が推定されました。ALPCの平均年代を5300年前頃、LBKの平均年代を5100年前頃と仮定すると、以前の調査結果[22]と一致するものの、より高い解像度で、標本抽出されたオーストリア_LBKとスロヴァキア_LBKとドイツ_LBKが生きていたよりも平均400年前(95%信頼区間の範囲で、紀元前6010~紀元前5460年)、および、ALPC個体群の530年前頃(95%信頼区間の範囲で、紀元前5875~紀元前5796年)に混合が起きた、と推測されます。これが示唆する状況では、考古学的に定義されるLBK文化の始まりは、WHG共同体の社会的統合を反映して、混合期間の完了によって特徴づけられ、これはおそらく、LBKを先行する文化と区別できる過程の一部だったかもしれません。

 WHGとのある程度の混合は、オーストリアのブルン複合遺跡の初期LBK遺跡個体群において、居住の最後の数世代の混合の証拠があることによって説明されるように、LBK期自体まで続きました。欠落遺伝子型を補い、補完機関GLIMPSEを用いてのデータ位相化後に、各LBK個体におけるWHG祖先系統の部位と断片の規模を推測する、とRFMix手法を用いて、これについてさらなる証拠が見つかりました。RFMixから0.2cM(センチモルガン)以上の推定WHG断片の合計長をWHG祖先系統のqpAdm推定値に相関させ、0.85の高いピアソン相関係数が観察され、これらの推定断片は真のWHG混合を反映していることが多いものの、この推定には必然的に誤差があり、その割合やゲノム分布について充分に較正された理解はない、と示唆されます。一部のALPC個体では長い推定WHG断片(紀元前5371~紀元前5216年頃となるポルガー・フェレンチ・ハート遺跡の個体I21902において、最大で55cM)が推測され、これがもし真実ならば、ブルン複合遺跡と同様に、その歴史の最後の数世代における混合を示唆しています。

 ポルガー・フェレンチ・ハート遺跡のALPC遺跡ではWHG祖先系統の割合が増加しており、WHG祖先系統における有意な共同体内差異も検出されました。1遺伝群は以後「家族B」と呼ばれ、このクラスタ(まとまり)の3個体、つまり父親(I21898)と息子(I21902)と娘(I18660)はそれぞれ、有意にWHG祖先系統の割合が増加していました(36%と26%と29%)。死亡時に27~28歳と推定される娘は、この集落では珍しかった、多くの副葬品とともに埋葬されていました。これらの個体は、父親と娘である他の2個体(I21827とI18695)と3~4親等の親族関係です。この第2群の娘はWHG祖先系統の割合が顕著に増加していましたが(20%)、その父親の祖先系統の割合はポルガー・フェレンチ・ハート遺跡の大半の個体で一般的でした(13%のWHG祖先系統)。第1群では母親が標本抽出されていませんが、父親より約9ポイントWHG祖先系統の割合が低い、と評価されました(これは、子供の中間的なWHG祖先系統の割合を説明します)。対照的に、同様の計算によって、第2群では、標本抽出されていない母親のWHG祖先系統の割合は父親より約7ポイント低い、と推定されます。したがって、WHGとの混合パターンは、家族によって異なるようです。

 X染色体上で祖先系統の祖先系統のqpAdm推定値を比較することによって、WHGとの混合パターンにおける性別の偏りについて直接的に検証されました。その推定値は統計的に全検定で区別できず(図2a)、初期農耕民へのおもに男性のWHGの寄与、もしくはより高い地位の認識のため中石器時代狩猟採集民の女性が農耕民を好んだことへの証拠を提供しません。要注意なのは、これら帰無結果はX染色体のqpAdm推定値における限られた制度を反映しているかもしれないことです。


●LBK/ALPCにおける異なる配偶および社会的戦略

 本論文で分析されたLBK個体群の大きな標本規模によって、全体的な男系の歴史を反映するY染色体と、全体的な女系の歴史を反映するミトコンドリアDNA(mtDNA)に関する、差異のパターンの大陸規模の比較が可能となります。Y染色体分析では、以前には認識されていなかったLBK全体にわたる地理的差異が検出され、Y染色体ハプログループ(YHg)GはスロヴァキアとドイツとハンガリーのLBKにおいて、YHg-Cはオーストリア_LBKにおいて優勢で、ハンガリー_ALPC個体の大半はYHg-Iで(36%)、これはセルビアとルーマニアの鉄門(Iron Gates)地域など中石器時代人口集団と関連しています[20]。本論文は補足表6において、各分類を裏づける変異の一覧を提示しています。対照的に、mtDNAハプログループ(mtHg)頻度では顕著な構造が検出されず、30%以上の頻度のハプロタイプはなく、地域集団間のハプロタイプ頻度の違いの証拠はありません。これらの結果は、男系におけるLBK共同体間の限定的な遺伝子流動の証拠を提供し、これについて一つのあり得る理由は、共同体間の女性の移動率がずっと高いことです。先行研究はすでに、紀元前六千年紀におけるY染色体の均質性を示唆しました。本論文は、これらの違いが地域で異なる証拠を提供し、これは、男性の限定的な移動によって説明できるかもしれません。しかし、ALPCにおける父方居住慣行に関して一般的な主張をするのに充分な標本抽出はありません。

 多くの関係が検出された2ヶ所の埋葬地における近親者の分布の調査によって(図3a・b)、父方居住の遺伝的証拠は、ポルガー・フェレンチ・ハート遺跡では見つかりましたが、ニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡では見つかりませんでした。ニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡では、4世代にまたがる1家系を含めて10家族が、ポルガー・フェレンチ・ハート遺跡では、12個体の1家族を服手目4家族が検出されました。2ヶ所の墓地を組み合わせると、最大3親等の親族は個体の無作為な組み合わせよりも多くともに埋葬される傾向にある、と分かりました。ニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡では、男女間の親族数で有意な違いは検出されませんでした。対照的に、ポルガー・フェレンチ・ハート遺跡では父方居住の強い証拠が検出され、女性(23個体のうち14個体)よりも男性(22個体のうち21個体)の方が親族は多くなります。ラコクズィファルヴァ・バギ・フェルデク遺跡8/A(Rákóczifalva–Bagi-földek Site-8/A)の全個体が、単一の家族集団に由来することも特定されました。以下は本論文の図3です。
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●移動性と食性における親族関係と関連する違いはありません

 遺伝的近縁性の調査結果が、食性(炭素のδ¹³Cと窒素のδ¹⁵N)およびストロンチウム(⁸⁷Sr/⁸⁶Sr)の同位体データとともに分析されました。アスパルン・シュレッツ遺跡については同様の分析が実行されず、それは、食性同位体データのある個体が少なすぎ、検出された遺伝的親族が少なすぎるからです。ニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡とポルガー・フェレンチ・ハート遺跡の両方で、移動性に敏感な同位体の測定値において有意な家族内の差異が検出されました。これは、両遺跡の人々、および同じ家族でさえ、生涯に過ごした場所が異なっていたことを示します。

 次に、食性パターンにおける家族間の有意な違いについて検証されましたが、強い兆候は見つかりませんでした。検出された唯一の顕著な相関はニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡で見られ、家族間の差異のわずかに有意な兆候が見つかり、直接的な消費の差異によってか、あるいはこれらの植物を食べた動物の消費における差異によってか、異なる景観状況から食料を調達していた、といういくらかの証拠を提供します。しかし、複数の仮説検証が実行されたので、このような相関の1点のわずかに有意な兆候の観察は、強い証拠と解釈すべきではありません。ニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡では、家族間のストロンチウム同位体比の有意な差異も、家族構造と副葬品の存在との間の相関も検出されませんでした。これは、食性と移動性と葬儀が生物学的親族関係とはほぼ無関係だったことを示唆しています。


●共同体の規模と配偶選択におけるLBK間の差異

 アスパルン・シュレッツ遺跡から発掘された全骨格の古代DNA分析が実行され、これは虐殺と関連する排水溝から発掘された70個体と、虐殺より古い年代の井戸から発掘された3個体、集落埋葬の20個体に相当します。合計93個体のうち92個体で、遺伝学的分析に充分なゲノムデータが得られました。排水溝の底部から発掘されたゲノム規模データのある69個体は、遺伝的に48個体の男性と21個体の女性が含まれ、そのうち、1親等/2親等の親族は1組、おそらくは排水溝と集落で発見された個体間の親族は1組しか検出されませんでした。アスパルン・シュレッツ遺跡の排水溝で発見された69個体のうち4個体のみが、最大3親等の親族関係にあり、ニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡およびポルガー・フェレンチ・ハート遺跡におけるずっと高い割合とは対照的です(表1)。同じ虐殺状況から発見されたより年長の男性成人1個体(I24892)と未成年1個体(I24280)との間で、単一の1親等の関係が特定され、これが、より多くの家族、したがってより多くの親族を含んでいた、と予測できるかもしれない小さな1共同体のみに影響を及ぼした1回の事象だった、さらなる証拠を提供します。

 HapNe-LDを用いて、アスパルン・シュレッツ遺跡の虐殺とは無関係な個体群(54個体)の、生きていた時代の前の数百年間の有効人口規模の軌跡が推測されました。この期間における遺伝子プールの縮小の証拠は見つからず、これは、アスパルン・シュレッツ遺跡で虐殺された人々が、単一ではなく多くの共同体出身だったならば、説明できそうです。対照的に、ニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡(18個体)では、その隣人から孤立した人々の小さな共同体で予測される痕跡が観察されます(図4)。以下は本論文の図4です。
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 アスパルン・シュレッツ遺跡個体群は他の遺跡よりずっと大きな人口集団に起源がある、とのさらなる証拠は、補完され位相化されたデータセットの分析に基づいて推測された、調査対象の個体間の同祖対立遺伝子(identity-by-descent、略してIBD)共有パターンに由来します。アスパルン・シュレッツ遺跡の個体群(26cM)における12cM超の平均IBD断片の共有は、アスパルン・シュレッツ遺跡(174cM)もしくはニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡(158cM)よりずっと少ない、と観察されます。この減少は、1親等と2親等と3親等の親族の組み合わせの除外後でさえ有意で、これは、この兆候が、単に密接な親族だけではなく、遺跡の遠い親族によってもたらされたことを示唆しています(図5)。以下は本論文の図5です。
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 ポルガー・フェレンチ・ハート遺跡の8個体とはニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡の4個体の同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH)の割合は増加しており、これは自身の遺伝的系統内における個体の繁殖を反映しています[35]。対照的に、これらの遺跡の個体の残りと、アスパルン・シュレッツ遺跡の全個体には、4cM超の断片はありません。

 IBD分析は、遠い家族関係によってつながる人々の2ヶ所の質的に異なる地域網の証拠をもたらし、一方の大ハンガリー平原では、遺跡間の平均共有率は45.56cMで、もう一方のヨーロッパ中央部および西部では、遺跡間の平均共有率は9.19cMですが、地域間の共有率は0.19cMで、ずっと低くなります(図5a)。これは、ニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡とポルガー・フェレンチ・ハート遺跡は異なるLBKの拡大および期間と関連している、と示唆する考古学的研究と一致します[22]。IBD共有率はポルガー・フェレンチ・ハート遺跡からの距離とともに顕著に減少する、とさらに観察され、これは、ALPC内の人々の局所的交流網があったならば、説明できるかもしれません。対照的に、西方LBKでは、西方LBKの拡大がたいへん急速で、近隣集団が遠方の集団よりも密接に関連することはほとんどなかった場合に予測されるような、地理的距離とIBD共有の関連は弱いか検出できません(図5b)。最後に、ハンガリー_ALPC個体群がROHで平均して16.64cMを有しており(1親等の親族なしで)、ROHにおけるゲノムの最大の割合を有するLBK集団である、との観察から、ハンガリー_ALPCはより広範な西方LBKよりも限定的な配偶慣行を有していたかもしれない、と示唆されます。


●選択の高頻度で長い範囲のハプロタイプ検査

 LBKおよびALPC個体群の選択の兆候について、選択の欠如ではそうした高頻度に上昇するには大規模で一般的すぎることに基づいて、起源がごく最近との証拠のあるハプロタイプの検索によって、補完された二倍型遺伝子型データが詳しく調べられました。古代ゲノムで予測される不充分なハプロタイプ位相化のため、これらの検査は、位相化された型だけではなく、Selscan第2.0版に実装されているような、 iHSおよびnSL得点の位相化されていない型でも実行されました。BetaScanも使用され、長期の平衡選択によって影響を受ける遺伝子座について検証されました。

 6番染色体上のHLA(Human Leukocyte Antigen、ヒト白血球型抗原)領域における長期の平衡選択の証拠が検出され、B1得点が上昇しており(図6)、これは新石器時代ヨーロッパ人のこの遺伝子座における平衡選択に関する以前の証拠[40]と一致します。第2の注目すべき調査結果は26個の遺伝子で、ALPCおよびLBKにおける平衡選択の証拠があります。多くの遺伝子は、現代ヨーロッパ人における差異のパターンの分析に基づいて、顕著な外れ値としても報告されました。以下は本論文の図6です。
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 ALPCとLBKではそれぞれ、正の選択の証拠のある3個の遺伝子と37個の遺伝子が特定され、これには色素沈着と関連する注目すべき事例が含まれています。PRKCH(protein kinase C eta、タンパク質リン酸化酵素Cエータ)遺伝子はメラニン形成細胞においてPKCηタンパク質を暗号化しており、メラニン形成細胞はメラニン形成を制御するタンパク質リン酸化酵素C依存性経路に関わっています。PTPRN2(Receptor-type tyrosine-protein phosphatase-like N、受容体型チロシンタンパク質脱リン酸化酵素様N)遺伝子は、濃い色素沈着のメラニン形成細胞でよりも明るい色素沈着のメラニン形成細胞において高水準の発現を有しており、これは、ヨーロッパにおいて色素沈着選択の最も強い既知の兆候の一つを含んでいる、SLC45A2(solute carrier family 45 member 2、溶質保因族45構成2)と同様です。WHGの在来祖先系統構成要素を本論文で見つかった選択兆候と相関させると、非WHG祖先系統が選択下の部位でより濃縮されている、とのわずかな証拠がありますが、これが非WHG領域における選択の兆候へのより高い感受性の乱れであるかもしれない可能性は、除外されませんでした。


●考察

 本論文は、LBK全体にわたる親族関係構造と混合と人口統計学と祖先系統の違いを明らかにします。本論文は、ALPCにおける平均して約11%のWHG祖先系統を報告し、その割合は一部の個体において35%にまで達しました。これは、オーストリア(平均4.5%で最大範囲14%)およびスロヴァキア(平均4%で最大範囲8%)の調査対象の個体群における、ずっと低い平均値とは対照的です。これが示唆するのは、大ハンガリー平原の農耕民と狩猟採集民との間の混合がより西方のLBK共同体間よりも広範だったことです。この混合は、WHGと関連するYHgの高い割合にも関わらず、性別の偏った傾向を示しません。

 同位体と遺伝との間の相関は、ニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡とポルガー・フェレンチ・ハート遺跡では、食性間の統計的関係および家族間の移動性パターンを示しませんが、少なくともニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡では、家族内の移動性の高い差異の証拠が見つかりました。遺伝的パターンと社会的地位の考古学的標識との間の相関の証拠は観察されません。したがって、LBKにおいて社会的地位が原因となる人口下部構造についての主張はできません。

 ニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡とポルガー・フェレンチ・ハート遺跡の両方で、親族は非親族よりも相互に近くに埋葬された、と分かりました。ポルガー・フェレンチ・ハート遺跡の男性は、標本抽出された墓地人口集団における女性よりも顕著に多くの親族を有していました。このパターンは、Y染色体と長いIBD区域における限られた地域的多様性の証拠と組み合わせると、大ハンガリー平原内の限定的な移動性および父方居住慣行と一致します。西方LBK遺跡群とほぼ同時代のALPC遺跡群全体では、各共同体内よりずっと少ないIBDが見つかり、これらの人類集団が異なる配偶網の一部だったことを示唆しています。大ハンガリー平原の遺跡間では、IBDが観察されます。

 アスパルン・シュレッツ遺跡における親族の割合は、分析された他のLBK遺跡のどれよりも低くなっています。特定されたのは、男性と子供との間の関係のみで、成人男性1個体との関係は1組だけです。これは、排水溝で回収された個体群は地元の共同体を表している、との見解に関する疑問を提起し、代わりに示唆するのは、この遺跡で虐殺された人々は広範な人口集団に由来する可能性が高い、ということです。アスパルン・シュレッツ遺跡とニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡を比較すると、大きな遺伝的共同体を表すのはアスパルン・シュレッツ遺跡であり、ニトラ・ホルネ・クルスカニー遺跡ではない、との証拠が見つかりました。一つの可能性は、アスパルン・シュレッツが、暴力の発生など抑圧の時期により大きな地域から人口を引き寄せた中心的遺跡だったことです。別のあり得る説明では、ドイツのデレンブルク・メエレンシュティーグ2(Derenburg-Meerenstieg II)遺跡およびシュトゥットガルト・ミュールハウゼン(Stuttgart-Mühlhausen、略してSMH)遺跡のように、より広範なLBK拡大地域の共同体は生物学的親族関係の個体が少ない中で形成された、となります。いずれにしても、本論文の結果から、遺跡間の頻繁な移動性は多くのLBK共同体の要因だった、と示唆されます。親族関係にある個体の欠如は、クロアチアのポトチャニ(Potocani)遺跡の金石併用時代の虐殺でも発見されました[46]。

 本論文の結果は、責任ある実施要綱で標本抽出されて処理された全埋葬遺骸群の古代DNAを、同位体および考古学的データと組み合わせることで、過去の社会の構造や、移動性および食性における局所的差異の証拠をどのように明らかにできるのか示し、過去の行動の認識されていない側面を解明します。


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