『卑弥呼』第145話「決断」

 『ビッグコミックオリジナル』2025年3月5日号掲載分の感想です。前回は、暈(クマ)国のトンカラリンの洞窟の中で、ニニギ(ヤエト)が、養父母の仇と信じている山社(ヤマト)の女王、つまり実母である(ニニギはこのことを知りませんが)ヤノハの殺害を決意するところで終了しました。今回は、モモソが、ヤノハは実子のヤエト(ニニギ)に殺される、と預言したこと(第73話)を、ヤノハが夢で見ている場面から始まります。大地震の後に、山社(ヤマト)の庵に籠っていたヤノハは目覚めると、天照大神に、ヤエトが自分を殺しに来るまでヤエトを守るよう願います。そこへ、イクメが食事を用意します。ヤノハは日見子(ヒミコ)として民の安寧を願い、祈祷を続けていましたが、もう10日間、水を飲むだけで何も食べていないため、イクメは案じて食事を用意したわけです。せめて無事な姿を見せて欲しい、とイクメは懇願しますが、ヤノハは庵に籠ったままです。そこへ、イクメの父親であるミマト将軍が現れ、地震神(ナイノカミ)を鎮めるためとはいえ、10日も断食して籠るのは度が過ぎる、と案じます。ヤノハは日ごとに増える死者数を聞き、自分を責めているのだろう、とイクメは推測します。ミマト将軍は、ヤノハが事前に地震を見事に言い当てたので、ヤノハは自分を責めすぎだと考えていますが、イクメによると、その預言が遅すぎた、とヤノハは言っているようです。そこへ、庵の中からヤノハが姿を現さずにイクメとミマト将軍へと、自分は大丈夫なので、もう少し考えがまとまるまで時間をくれ、と伝えます。

 トンカラリンの洞窟の前では、お暈(ヒガサ)さま(太陽)が真上にきて、もう2日経ったのにニニギが洞窟から出てこないため、暈国の大夫で実質的な最高権力者である鞠智彦(ククチヒコ)は、もう諦めた、といって引き揚げようとします。するとヒルメは、もう1日待つ、と言います。少なくとも自分だけはニニギを信じてやりたい、とヒルメが言うと、鞠智彦はもう1日付きあうことにします。洞窟の中では、イヌが、倒れているニニギに近づいてきました。ニニギはこのイヌがヤノハだと思い、が助けにきてくれた、と悟りますが、疲労困憊しており、もう無理だ、とイヌに語りかけます。しかし、このイヌはヤノハではなく、ニニギの実父である(ニニギはそのことを知りませんが)ナツハ(チカラオ)の配下のイヌでした。ニニギは実父のナツハを地震神(アイノカミ)と崇めていますが(第140話)、このイヌがナツハの配下とは気づいていません。ニニギはイヌにつかまり、イヌはニニギを誘導します。ニニギはイヌが地震神(ナツハ)の連れていたイヌと気づきますが、自分にはもう力が残っていない、とイヌに語りかけます。それでもニニギが歩いていると、光が見えてきて、ついに洞窟の出口近くに来たことをニニギは悟ります。そこには、鞠智彦やヒルメが待っていました。ニニギはイヌに外へ出るよう命じ、外は昼なので、日見彦(ヒミヒコ)たる者は日の出とともに出るべきだが、頑張って夜を明かそうとしても、命がもつのか、そもそも日見彦として迎えられてまず何を話すのか、鞠智彦をどうやって味方につけるのか、山社の日見子(ヤノハ)を殺すようどうやって仕向けるのか、一世一代の勝負だ、と思案します。翌朝、ニニギは洞窟から出てきますが、疲労困憊していたため、倒れます。鞠智彦は、ニニギに水を与えるよう、指示します。鞠智彦の配下のウガヤは、よく無事に戻ってきた、と感心し、ニニギのおかけで偽の日見子(ヤノハ)を倒し、また暈国が筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)の雄になれる、と喜びます。しかしニニギは、それは違う、と否定し、山社の日見子は偽物ではない、とウガヤに伝えます。ニニギは驚くウガヤに、山社の日見子を今更偽物と誰が認めるのか、と問うて、ウガヤは返答に詰まります。問題は、自分と山社の日見子のどちらを、この先、筑紫島の人々が選ぶかで、つまり、自分と日見子のどちらが天照様に対して力を持つのか、それをどう各国の王や戦人や民に分からせるのかだ、とニニギはウガヤに説明します。日見彦になってまず何をするのか、ウガヤに問われたニニギは、地震で崩壊した邑々の復興によって、人の信頼を得ることだ、と答えます。

 山社では、ミマト将軍やテヅチ将軍やミマアキやヌカデやオオヒコやアカメといった要人が、イクメに日見子(ヤノハ)の様子を尋ねていました。ヤノハが庵から出る気配はない、とイクメが答えると、その弟のミマアキが、日見子様はずっと天照様のお言葉を聞いているのか、と尋ねますが、それはイクメにも分かりません。ミマアキは姉のイクメに、日見子様がそのような心持ちでは、我々はもちろん民の再出発もない、と詰め寄り、イクメも、そこが問題だ、と案じます。ヌカデは、明朝まで待ち、皆で庵から出てきてもらうよう頼む以外ないだろう、と話をまとめます。翌朝、イクメやヌカデなどが庵の前でヤノハに出てくるよう懇願すると、ついにヤノハが姿を現します。ヤノハは山社の人々に、皆はこの10日間、自分が天照様に祈り続けたと思っているだろうが、そうではなく、自分自身と話をしていた、と伝えます。自分はこの大地震を自分の責任とは思っておらず、そもそも起きるものを止められるほどの力は自分にはないが、自分にもできることはあった、と伝えます。ヤノハは、自分が迂闊にも、倭国の人々を幸せにするため、戦をなくそうとすることだけを必死で考えており、天変地異のことはまったく考えていなかったが、地震や長雨や地崩れや火事は止められなくとも、それ相応の準備をすることはできたはずなので、こんなことにも気づかない自分が、果たして日見子を名乗る資格があるのだろうか、と考えていた、と打ち明けます。ヤノハは続けて、日見子は山社の人々に案ずるな、と語りかけ、今すぐ日見子の座を降りようとは思っていない、と伝え、山社の人々は安心します。自分はあまりにも非力なので、自分に代わる強力な日見子もしくは日見彦が顕れるならば、いつでもこの地位を譲ろう、とヤノハが山社の人々に語りかけるところで、今回は終了です。


 今回は、ニニギのトンカラリンの洞窟からの脱出と、ヤノハの覚悟が描かれました。ニニギは実母のヤノハ(そのことをニニギは知りませんが)と似てひじょうに賢いようで、養父母(ニニギは実の両親と考えているようですが)の仇として山社国の日見子であるヤノハの殺害を大きな目標としています。そのために、自分がトンカラリンの試練を経て日見彦として迎えられることになり、目的のためにどう行動するのがよいのか、冷静に考えているようです。ニニギが日見彦として認められれば、ヤノハは偽物の日見子として倒される、とウガヤも考えていたようですが、ニニギは冷静に、ヤノハが偽物の日見子と今更考える人は少ないだろう、と判断し、自分が日見彦として認められるための方策をウガヤに提示しています。ニニギも実母のヤノハ譲りの優れた政治感覚を備えているようで、今後は、現在「冷戦」状態というか停戦状態にある暈国と山社連合の戦いが本格化していくのかもしれません。『三国志』からは、卑弥呼が敵対する狗奴国相手に苦戦していた、と窺え、暈国は『三国志』の狗奴国でしょうから、日見彦としてのニニギと大夫の鞠智彦相手に、ヤノハもさすがに苦戦するのでしょう。今回も語られた、ヤノハが実子のヤエト(ニニギ)に殺される、とのモモソの預言は、暈国と山社連合との戦いで現実化するのかもしれませんが、作風からしてかなり捻った展開になりそうで、期待しています。ヤノハは、何度か日見子の座を降りようと考えていたことから、日見子の座に執着するつもりが全くないことは明らかでしたが、山社の人々の前で、いつでも日見子の座を譲る、と宣言したのは、実子であるヤエトへの想いの他に、何らかの意図があるのかもしれません。今後、山社連合と暈国との戦いがどう展開し、そこに日下(ヒノモト)連合がどう関わってくるのかも、注目されます。記紀の内容が日下国の系譜と一致していることから、暈国相手に苦戦したヤノハは、日下連合と提携するか、傘下に入ることで、広域的なヤマト政権が成立する、という展開になるのかもしれませんが、それまでに魏への遣使もあるわけで、まだ完結まではかなり遠い感があり、できるだけ長く続いてほしいものです。なお、残念ながら次号は休載のようです。

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