雌マウスにおける母親由来のX染色体の認知機能および脳の老化への影響

 雌マウスにおける母親由来のX染色体の認知機能および脳の老化への影響に関する研究(Abdulai-Saiku et al., 2025)が公表されました。哺乳類の雌の細胞には2本のX染色体があり、一方は母親に、もう一方は父親に由来します。発生中に片方のX染色体が無作為に不活性化され、その結果、母親由来のX(Xₘ)染色体あるいは父親由来のX(Xₚ)染色体のどちらかが不活性な状態になり、X染色体混在が生じます。この現象は雌個体間で異なっており、一部の個体では、活性な状態で残るX染色体に顕著あるいは完全な偏りが見られます。X染色体の親由来の効果は、DNAメチル化や、おそらくは遺伝子発現を通じてエピジェネティクスを変化させることがあるため、混在現象は加齢や疾患で調節が異常になった過程を緩和するかもしれません。しかし、X染色体の偏りやその混在現象が雌個体の機能を変化させるかどうかは、ほとんど分かっていません。

 本論文は、活性Xₘ染色体への偏りが、脳と体に影響を及ぼすかどうかを調べ、XₘニューロンとXₚニューロンに固有の特徴を明らかにしました。活性Xₘ染色体は、雌マウスにおいて生涯にわたり認知機能を低下させ、加齢に伴って認知機能を悪化させました。認知障害には、雌マウスの海馬(学習と記憶にとって重要な中枢)のXₘを介した生物学的あるいはエピジェネティックな老化の加速が付随していました。海馬ニューロンのXₘではいくつかの遺伝子が刷り込みされており、認知機能関連座位が抑制されていることを示唆しています。

 Xₘで刷り込みされた遺伝子をCRISPRにより活性化すると、老齢雌マウスで認知機能が改善しました。したがって、Xₘ染色体は認知機能を損なわせ、脳の老化を加速するとともに、老化中の認知機能に寄与する遺伝子を抑制します。Xₘが脳機能を低下させる仕組みの理解は、雌個体の認知的健康に見られる不均一性に関する理解を向上させ、認知障害や脳の老化を防ぐX染色体由来経路につながる可能性があります。ヒトの高齢化が進む現代社会において、医療などへの応用の面でも、たいへん注目される研究です。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


分子生物学:雌マウスにおいて母親由来のX染色体は認知機能と脳の老化に影響を与える

分子生物学:母親由来のX染色体が脳を老化させる

 今回、雌マウスにおいて、ランダムなX染色体不活性化後の活性X染色体が母親由来に偏っていると、認知機能の低下と脳老化の加速が起こり、認知機能に関与する遺伝子が抑制されることが明らかにされている。



参考文献:
Abdulai-Saiku S. et al.(2025): The maternal X chromosome affects cognition and brain ageing in female mice. Nature, 638, 8049, 152–159.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-08457-y

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