『卑弥呼』第143話「置き去り」

 『ビッグコミックオリジナル』2025年2月5日号掲載分の感想です。前号は休載だったので、久々の感があります。前回は、大地震が収まった直後の暈(クマ)国の鞠智(ククチ)の里(現在の熊本県菊池市でしょうか)にて、暈国の大夫で実質的な最高権力者である鞠智彦(ククチヒコ)が配下のウガヤに、ニニギ(ヤエト)こそ本物の日見彦(ヒミヒコ)だ、と語りかけるところで終了しました。今回は、大地震から数日後、ニニギがウガヤに、暈国のトンカラリンの洞窟へと連れられてきた場面から始まります。ニニギをトンカラリンに連れていこうとするウガヤにヒルメは反対しますが、そのむごい行為の結果、ヒルメが嫌うヤノハは新たな日見子(ヒミコ)になったのではないか、とウガヤに指摘されたヒルメは、反論できません。ヒルメがヤノハに何も与えずトンカラリンの洞窟の暗闇に放り込んだのに対して、自分はニニギに少々の水と兵糧と松明を与えてやるつもりだ、とウガヤに言われたヒルメは、ニニギを連れていかないよう、ウガヤに懇願しますが、ニニギはヒルメに、自分には地震(なゐ)の神がついているので、どんな時でも助けてくれる、と力強く宣言し、トンカラリンの洞窟に連れていきます。洞窟の前で、闇が怖いか、とウガヤに問われたニニギは険しい表情をウガヤに向けます。闇を覗くと闇に覗かれているように感じるだろうが、それを克服するには闇の一部になることで、自分の心の闇を包み隠さず闇に解き放て、とウガヤはニニギに教え、具体的に教えてやろう、と言ってニニギに耳打ちします。無事に帰れれば、お前は倭を統べる王である日見彦(ヒミヒコ)になれる、とウガヤは言い、ニニギは目隠しされます。この様子を少し離れていたころで見ていた鞠智彦に、本当によいのか、と配下が問いかけます。鞠智彦はこれまで、先代の日見彦(トンカラリンの洞窟で鞠智彦に殺されたタケル王)を含めて、政事(マツリゴト)には形ばかりの日見子や日見彦で充分と考えていたが、地震で被害甚大な暈国の再建と山社(ヤマト)の日見子(ヤノハ)を倒すためには本物の日見彦が必要で、それには手心を加えない選定が必要だ、と鞠智彦は配下に説明し、地震の到来を言い当てたニニギには充分に日見彦の資質があると思わないか、と配下に語りかけます。いよいよニニギが洞窟に入れられるところに、ヒルメが現れます。ヒルメは鞠智彦に、自分にも見届けさせてくれ、と懇願します。ニニギが洞窟の中で野垂れ死にするか、それとも生還するのか、この目で見たい、というわけです。鞠智彦は、自分とともに翌日までトンカラリンの洞窟の出口の前で待つことを、ヒルメに許します。ウガヤはニニギを洞窟の中へと連れていきますが、ウガヤには長い縄が着けられており、帰還できるようになっています。これまでのトンカラリンの試練でも、洞窟に日見子や日見彦の候補者を連れていく者は、同様にして帰還していたのでしょう。

 大地震から3日後の山社では、出雲の事代主(コトシロヌシ)の配下であるシラヒコが、オオヒコと会っていました。大地震のさい、シラヒコは山社に向かう山中にいましたが、幸いにも広い野原にいて難を逃れました。シラヒコは那(ナ)に到着したさいに、近く地震がある、と聞いていました。このような時に日見子様(ヤノハ)に謁見できるのだろうか、と不安げなシラヒコに問われたオオヒコは、日見子様は事代主様を恩人と考えているので、いかなる天変地異が起きようとも、その使者には絶対会うはずだ、と答え、シラヒコは安堵します。都というか都があった場所に近づいてくると、その惨状にシラヒコは愕然とし、お見せしたくない有様だ、とオオヒコは自嘲します。しかし、都の再建のため働いている人々が皆笑っていることにシラヒコは気づき、死者が出なかったことこそ最大の幸せだ、と日見子が言ったことをオオヒコはシラヒコに伝えます。ヤノハは粗末な茅葺の建物におり、シラヒコと面会します。ヤノハがシラヒコから受け取った書状には、日下(ヒノモト)の吉備津彦(キビツヒコ)が最終決戦を迫っている、とありました。出雲は、事代主が日下に出向くか、それとも日下全軍が出雲に攻め込むかの選択を強いられている、というわけです。日下への返答期限は10日ほどで、日下軍はすでに出雲を包囲しており、シラヒコはヤノハに助力を懇願します。するとヤノハは建物から出てきてしゃがみ、シラヒコの手を取り、出雲の窮状に自分は即刻援軍を派遣するのが道理だが、今の筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)にはそれができない、とヤノハはシラヒコに説明します。3日前の大地震によって、山社はもとより那と末盧(マツラ)と伊都(イト)と都萬(トマ)も壊滅状態で、国は民を助けるのが最大の仕事であり、今は援軍を一兵たりとも送れない、と謝罪します。同じ状況ならば事代主もそう考えるだろう、と言った事代主は、ヤノハが涙を流しながら謝罪しているのに気づき、驚きます。

 トンカラリンの洞窟では、ウガヤが洞窟深部の大きな空間にニニギを連れていき、目隠しを外すよう命じます。ウガヤはニニギに松明2本と水および干し飯を1日分与え、後戻りするな、前に進め、と進言し、自分を追えば容赦なく斬る、と言って引き返します。ニニギが、自分は暗闇の中で死ぬ、と覚悟したところで、今回は終了です。


 今回は、ニニギの試練と、山社および出雲の事情が描かれました。ニニギは実母のヤノハと同様に、暗闇の中で死ぬ、と覚悟しましたが、ここからどう切り抜けるのか、注目されます。ニニギがトンカラリンの洞窟から脱出できれば、鞠智彦はニニギを日見彦(候補)として喧伝するでしょうから、筑紫島の一部の人がヤノハの日見子としての権威に疑問を抱くことになるかもしれません。ただ、この後に魏への遣使が描かれるでしょうから、日見子としてのヤノハが直ちに失脚するわけではないでしょう。出雲はすでに日下軍に包囲されているようで、山社連合からの援軍はないことを知った事代主が、どのような選択をするのか、注目されます。おそらく事代主は民が犠牲になるくらいなら、日下への降伏を決断するのでしょうが、いかに大地震で身動きがとりにくいとはいえ、ヤノハが無策とも思えませんので、ヤノハが出雲の危機にどう対処するのかも、今後の展開に大きく影響しそうで、楽しみにしています。

この記事へのコメント