ユーラシア東部の後期第四紀の人類の多様性

 ユーラシア東部の後期第四紀の人類に関する解説(Bae, and Wu., 2024)が公表されました。本論文は、ユーラシア東部の後期第四紀、より具体的にはおもに30万~5万年前頃の多様な非ホモ属に関する簡潔な解説で、ホモ属でも現生人類(Homo sapiens)は基本的に対象外となっています。本論文は対象地域をアジア東部としていますが、インドやジャワ島のホモ属化石も取り上げられているので、ユーラシア東部と解釈するのがよいように思います(以下の翻訳では原文により忠実に、アジア東方と表記します)。

 本論文で具体的に取り上げられている非現生人類ホモ属は、ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)、ホモ・ルゾネンシス(Homo luzonensis)、ホモ・ロンギ(Homo longi)、ホモ・エレクトス(Homo erectus)です。本論文は、ユーラシア東部において以前の推定よりも多様なホモ属集団が存在したことを指摘しており、今後その多様性がさらに高くなる可能性は低くないように思います。なお、[]は本論文の参考文献の番号で、今後の参照のため、当ブログで過去に取り上げていない研究も掲載しています。


●要約

 後期第四紀の人類の形態学的変異性は、アジア東部において以前の推定より大きいと分かっています。じっさい、多数の異なる人口集団が存在しており、一部には今では新たな固有名があり、それは、ホモ・フロレシエンシス、ホモ・ルゾネンシス、ホモ・ロンギです。本論文は、アジア東部の現在の人類化石記録に基づいて、さまざまな分類を説明します。


●解説

 他の子生物学分野と比較すると、後期第四紀(30万~5万年前頃)の古人類学は、人類の化石記録における形態学的変異性の程度の統合においてかなり遅れていました。アジア東方(アジアの東部と南東部をすべて含みます)の人類化石における形態学的多様性が、我々著者2人(およびほとんどの研究者)が予測していたよりも大きいことは、今や明らかです。じっさい、過去数年に提案されてきた、多数の新たなアジア東方の人類の分類群があり、これは、人類化石記録の増加だけではなく、存在する複雑さの程度に関する理解の高まりも反映しています。この人類の変異性は、単一の拡散および完全な置換事象ではなく、後期更新世を通じて起きた、拡散と遺伝子移入の組み合わせの結果である可能性が高そうです。

 1800年代後半に始まった古人類学の初期段階では、多くの化石に新たな種名がつけられました。この分野がいかに新しく、当時知られていた化石が如何に少なく、重要なことに、古人類学者が形態学的変異性に当時どの程度気づいていたのかを考えると、これはさほど驚くべきではないかもしれません。しかし今では、古人類学者は後期第四紀の人類化石を分割するのではなく、ひとまとめにする傾向にあります。一般的に、統合派は、平均値周辺の種内の差異に焦点を当て、化石間の類似性を強調するのに対して、分割派は化石の差異を強調し、これらを用いて、異なる種を特定します[1]。これは部分的には、1950年代に始まった科学者による努力、とくに、1950年のコールド・スプリング・ハーバー研究所の討論会から生じた議論に起因しているかもしれず、より慎重になり、人類化石をより広範な包括的分類にまとめようとしました。この後者の水深は、それ以前に提案された異なる種がじっさいに形態の重複を示し、別々の分類群に明確に区別する固有の形質の存在を欠いていた、という認識と関連しているかもしれません[2、3]。

 中国の後期第四紀の記録は、この慎重な統合の好例かもしれません。1920年代以降、シナントロプス・ペキネンシス(Sinanthropus pekinensis)の正式な導入[4]および2021年のホモ・ロンギの正式な命名とともに、中国の後期第四紀の人類化石すべて(100ヶ所超の遺跡)は、ホモ・エレクトスか、ホモ・サピエンスの移行的な古代型版か、現代的なホモ・サピエンスとみなされ、シナントロプス・ペキネンシスはその後、ピテカントロプス・エレクトス(Pithecanthropus erectus)とともにホモ・エレクトスに統合されました[5~7]。これらのデータはその後、主要で伝統的な現生人類の起源モデルである「多地域進化」の基礎の形成に用いられました。多地域モデルでは、人口集団間の遺伝子流動を通じて、ホモ・エレクトスはその場所で古代型ホモ・サピエンス(中期更新世の「非ホモ・エレクトス」)へと進化し、最終的には現代的なホモ・サピエンスへと進化した、と考えられました[8]。中国では、これは常に、現代の中国人は、その祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が、前期更新世の中国における人類の最古級の出現までさかのぼらないとしても、直接的には少なくとも北京市の周口店地点1(Zhoukoudian Locality 1)のホモ・エレクトスにたどることができるのを意味している、と解釈されてきました[9]。

 他の主要で伝統的な現生人類の起源モデルは、一般的には「出アフリカ」もしくは「置換」モデルと呼ばれており、これは、現生人類はアフリカから拡散し、在来の人口集団をすべて置換して、そうした在来集団は現代人に遺伝的には寄与しなかった、と仮定しています[10]。現在のデータに基づくと、今では、現生人類の起源を説明するのに両モデルの組み合わせが最も節約的な方法のようで、その組み合わせでは、現生人類はアフリカから複数の波で拡散し、より小さな在来の人口集団と定期的に相互作用しました【本論文のこの評価は多地域進化説に甘すぎるように思われ、古典的な多地域進化説は遺伝学的研究により繰り返し論破されてきたものの、はさまざまな装いで戻ってくるので、遺伝学的研究は多地域進化説の否定を繰り返す必要がある、との指摘(Scerri et al., 2019)が妥当だと思います】。換言すると、ユーラシア全域の現生人類は拡散事象と遺伝子移入事象の組み合わせの結果として誕生した可能性が高そうです[11]。

 おもに人類化石記録の増加のため、後期第四紀アジア東方の古人類学の分野は、これらの進化モデルをどのように検討し、改良していくのかについて大きく貢献しつつある、顕著で重要な変化の最中[7、12、13]にあります(図1、囲み1)。とくに、この分野は、インドネシアのフローレス島で発見された小柄なホモ・フロレシエンシス化石の2004年の慣行で大きな衝撃を受けました[14]。その後、別の小柄な種であるホモ・ルゾネンシスがフィリピンのルソン島で発見され、新たな人類の分類群に追加されました[15]。中国では、ホモ・ロンギがハルビンの化石の分析に続いて発表されました[5]。陝西省の大茘(Dali)遺跡や遼寧省の金牛山(Jinniushan)遺跡のような化石は、同様に暫定的にホモ・論議に含められるかもしれませんが、さらなる比較分析が待たれます。ごく最近では、河北省の許家窯(Xujiayao)遺跡と河南省許昌市(Xuchang)の霊井(Lingjing)遺跡の化石の詳細な研究の後で、ホモ・ジュルエンシス(Homo juluensis)がこれらの議論に加えられました[16、13]。以下は本論文の図1です。
画像

 重要なことに、謎めいた種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)は、中華人民共和国甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県のチベット高原北東端の海抜3280mに位置する白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)の16万年前頃の下顎1点および台湾沖で発見された19万~1万年前頃の澎湖1号(Penghu 1)とともに、現在の歯顎遺骸の比較研究に基づいてホモ・ジュルエンシスに割り当てられました。おそらく、ラオスのフアパン(Huà Pan)県に位置するタム・グ・ハオ2(Tam Ngu Hao 2、略してTNH2)洞窟で発見されたおそらく15万年前頃の大臼歯(TNH2-1)がデニソワ人と形質を教諭している、との最近の観察[17]を考えると、この化石がホモ・ジュルエンシスにさらに含められるべきです。

 さらに、中国南部の広東省韶関市の馬壩(Maba)遺跡で発見された13万年前頃の頭蓋化石と、インドのハツノラ(Hathnora)村で発見されたナルマダ(Narmada)頭蓋化石は、さまざまな研究でまとめて分類されてきましたが、これらの化石はまだ正式な分類名がつけられていません[7]。馬壩化石とナルマダ化石は最終的には、とくに馬壩化石はネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)だった、との初期の示唆を考えると、より広範なネアンデルタール人種に含められることになるかもしれません。馬壩化石とナルマダ化石をどう解釈すべきか、さらなる評価が待たれます。ともかく、中国およびより広範なアジア東方におけるこれら最近の研究の活発さは、複数の人類系統が後期第四紀に存在していたことを、明確に示しつつあります。

 アジア東方の人類化石が新たな発見のため増加しつつあるだけではなく、当初想定されていたか予測されていたよりも大きな程度の形態学的差異が存在することも、ますます明らかになりつつあります。これが、ヨーロッパおよびアフリカよりも、アジアの後期第四紀の方で、最近新たに提案された人類の分類群の数が多い理由となっている可能性は高そうで、アジアでは、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスとホモ・ロンギとホモ・ジュルエンシスの4種なのに対して、アフリカではホモ・ナレディ(Homo naledi)の1種だけです。安徽省池州市(Chizhou)東至県(Dongzhi County)の華龍洞(Hualongdong)遺跡の頭蓋化石は、年代が中期更新世(30万年前頃)で、1系統に容易に当てはめることができない特徴の混在を示します[19、20]。この場合、華龍洞化石はホモ・ジュルエンシスもしくはホモ・ロンギに適切に当てはまらず、ホモ・フロレシエンシスもしくはホモ・ルゾネンシスには確実に当てはまらないので、実際にヒトの進化的記録の複雑さの好例です[3]。

 伝統的に、アジア東方の人類化石記録とその理解は、ヨーロッパとアフリカのよく知られている後期第四紀の記録より遅れていました。研究は続いていますが、多数の明確な形態学的に異なる人類集団が準同時代のアジア東部および南東部に存在したことは今や完全に明らかで、一部は今では新たな種名がつけられており、それは、ホモ・フロレシエンシスとホモ・ルゾネンシスとホモ・ロンギとホモ・ジュルエンシスで、他にもまだ命名されていない種があるでしょう。アジア東方の人類化石記録は、伝統的な多地域進化説など臣下の単系モデルがいかにもとくに後期第四紀の古人類学的記録の複雑さを適切に説明できないのか、示す好例です[7、16]。むしろ、アジア東方の記録は、ヒトの進化がより一般的にどれくらい複雑なのか、認識するよう促し、じっさいに、増えつつある化石記録をより適切に一致させるよう、さまざまな進化モデルの解釈の修正や再考を迫ります。


参考文献:
Bae CJ, and Wu X.(2024): Making sense of eastern Asian Late Quaternary hominin variability. Nature Communications, 15, 9479.
https://doi.org/10.1038/s41467-024-53918-7

Scerri EML, Chikhi L, and Thomas MG.(2019): Beyond multiregional and simple out-of-Africa models of human evolution. Nature Ecology & Evolution, 3, 10, 1370–1372.
https://doi.org/10.1038/s41559-019-0992-1
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[1]Martin CJ. et al.(2024): A lineage perspective on hominin taxonomy and evolution. Evolutionary Anthropology, 33, 2, e22018.
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[2]Mayr, E. Taxonomic categories in fossil hominids. In Cold Spring Harbor Symposia on Quantitative Biology 15, 109–118 (Cold Spring Harbor Laboratory Press, 1950).

[3]Bae JM. et al.(2024): Moving away from “the Muddle in the Middle” toward solving the Chibanian puzzle. Evolutionary Anthropology, 33, 1, e22011.
https://doi.org/10.1002/evan.22011

[4]Black, D. On a lower molar hominid tooth from the Chou Kou Tien deposit. Palaeontologia Sinica and Geological Survey of China, Series D VII(1), 1–26 (1927).

[5]Ni X. et al.(2021): Massive cranium from Harbin in northeastern China establishes a new Middle Pleistocene human lineage. The Innovation, 2, 3, 100130.
https://doi.org/10.1016/j.xinn.2021.100130
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[6]Liu, W., Wu, X. J., Xing, S. & Zhang, Y. Y. Human Fossils in China. (Science Press, 2014).

[7]Bae CJ. et al.(2023): “Dragon man” prompts rethinking of Middle Pleistocene hominin systematics in Asia. The Innovation, 4, 6, 100527.
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https://doi.org/10.1126/science.aai9067
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[12]Kaifu Y, and Athreya S.(2024): What’s in a name? Late Middle and Early Late Pleistocene hominin systematics diversity and evolution of archaic eastern Asian hominins: A synthetic model of the fossil and genetic records. PaleoAnthropology.
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[13]Wu XJ, and Bae CJ.(2024): What’s in a name? Late Middle and Early Late Pleistocene hominin systematics diversity and evolution of archaic eastern Asian hominins: A synthetic model of the fossil and genetic records. PaleoAnthropology.
https://paleoanthropology.org/ojs/index.php/paleo/libraryFiles/downloadPublic/18

[14]Brown P. et al.(2004): A new small-bodied hominin from the Late Pleistocene of Flores, Indonesia. Nature, 431, 7012, 1055-1061.
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[16]Bae, C. J. The Paleoanthropology of Eastern Asia (University of Hawai’i Press, 2024).

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[18]Berger LR. et al.(2015): Homo naledi, a new species of the genus Homo from the Dinaledi Chamber, South Africa. eLife, 4, 09560.
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[19]Wu XJ. et al.(2019): Archaic human remains from Hualongdong, China, and Middle Pleistocene human continuity and variation. PNAS, 116, 20, 9820–9824.
https://doi.org/10.1073/pnas.1902396116
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[20]Wu X. et al.(2021): Morphological description and evolutionary significance of 300 ka hominin facial bones from Hualongdong, China. Journal of Human Evolution, 161, 103052.
https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2021.103052

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https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2009.08.003
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[22]Sutikna T. et al.(2016): Revised stratigraphy and chronology for Homo floresiensis at Liang Bua in Indonesia. Nature, 532, 7599, 366–369.
https://doi.org/10.1038/nature17179
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[23]Mijares AS. et al.(2011): New evidence for a 67,000-year-old human presence at Callao Cave, Luzon, Philippines. Journal of Human Evolution, 59, 1, 123-132.
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[26]Chia, L. P., Wei, Q. & Li, C. R. Report on the excavation of Hsuchiayao man site in 1976 (in Chinese with English abstract). Vertebr. Palasiat. 17, 277–293 (1979).

[27]Norton CJ, and Gao X.(2008): Hominin–carnivore interactions during the Chinese Early Paleolithic: Taphonomic perspectives from Xujiayao. Journal of Human Evolution, 55, 1, 164-178.
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https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2021.103119

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