人類の脳サイズの増加
人類の脳サイズの増加に関する研究(Püschel et al., 2024)が公表されました。本論文は、人類の完全な化石記録を通じて、脳サイズの変化を分析する独特な手法の採用によって、ヒトの脳の進化に関する理解を大きく深めます。種内で起きる脳サイズ変化の動態を、種を超えて起きる場合と分離することによって、脳サイズの増加は単一種を構成する系統内でおもに起きた、と明らかになります。そうしたパターンは、科学者が現代人の特徴と主張する全体的な脳の拡大に至りました。さらに、より新しい系統における脳サイズ成長の加速の傾向が明らかになります。この微妙な理解は、ヒトの認知および行動への進化的軌跡への洞察を深め、ホモ・サピエンス種固有の特徴の複雑さの理解に重要となります。
●要約
急速な脳サイズ増加が明らかにヒトの進化の重要な側面だった事実は、この現象に焦点を当てた多くの研究、および根底にある進化のパターンおよび過程についての多くの示唆を刺激してきました。しかし、人類の種内対種間経時的変化の寄与を分離し、同時に身体サイズの影響を組み込んだ研究はまだありません。本論文では、これまで古人類学的データに適用されなかった系統発生手法の使用によって、約700万年間にわたる人類進化の相対的な脳サイズの増加は個々の種内から生じ、それは相対的な脳サイズの観察された全体的な増加を説明する、と示されます。この影響を考慮した後での脳サイズにおける種間の差異は、体重差と関連しているものの、時間とは関連していません。さらに、本論文の分析から、種内の傾向はより新しい系統で段階的に拡大していることも明らかになり、経時的な相対的脳サイズ増加の加速の全体的なパターンが示唆されます。
●研究史
ヒトの進化における最も明らかな進化的変化の一つと、現代人の独特な認知および行動の特徴と密接に関連する進化的変化は、脳サイズの増加でした(関連記事)。ヒトの進化における大脳化(つまり、相対的な脳サイズの増加)は長く議論されてきており、いくつかの研究は種間の人類の頭蓋容量を比較し、人類における脳サイズの差異に作用した可能性のある適応的機序を提案しました。経時的に漸進的に増加した、との主張もあれば、急速な増加後に停止する断続平衡の提案もあります。両方のモデルの組み合わせを支持する研究もあれば、両方のモデルは区別できない、との主張もあります。これらの矛盾する見解は部分的には異なる現象の合成から生じており、つまりは形質の多様化における種分化事象の役割(向上進化対分岐進化)と、漸進的進化対波動的進化の相対的な重要性(つまり、断続的平衡の異なる側面)です。ある先行研究も、系統内の変化(つまり、系統発生進化)を評価するための、人類の脳サイズの進化の区分の必要性を強調しており、それは、そうした手法がこの形質の進化についてより詳細な評価を提供できるかもしれないからです。
大脳化や絶対的な脳サイズにおける大進化のパターンの理解において、種内の差異も重要な検討事項なので、他の研究者は種内水準での相対的および絶対的両方の脳サイズ変化に焦点を当ててきました。これらの研究は、分類に用いられる生物種の資料すべてが意味のある分析を可能とするのに充分な種にほぼ限定されており、たとえば、現生人類(Homo sapiens)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、ハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)、ホモ・エレクトス(Homo erectus)、ホモ・ハビリス(Homo habilis)、パラントロプス・ボイセイ(Paranthropus boisei)、アウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)です。いくつかの種では一致しない結果さえ見つかっており、経時的に明らかな傾向はない、と報告した研究もあれば、増加傾向を示しているような研究もあれ、明らかな減少を報告した研究もあります。一致しない結果は、同じ種についてさえ示されてきました。これらの矛盾する結果は、以前に用いられた手法では完全には把握されなかった複雑なパターンを示唆しています。身体サイズを考慮しながら、脳サイズにおける種内および種間の差異を同時に分析することには、人類の脳の進化に関するより包括的で微妙な理解を提供できる可能性があります。本論文は、(a)体重、(b)種内および種間の変異性、(c)系統発生的な近縁性と不確実性を明示的に検討することによって、経時的な相対的な頭蓋容量の研究を可能とする、包括的な分析一式を提示します。
図1は、本論文の分析によって区別できるようになるさまざまな進化の筋書きを示しています。第一に、種間の脳規模の増加は、時間と相関しているものの、種内では相関していません(図1A)。第二に、種内の脳増加は時間と関連しているものの、種間の明らかな傾向はありません(図1B)。第三に、種間と種内を組み合わせると、脳サイズ増加への傾向が見られます(図1C)。第四に、後代の種がより大きな頭蓋容量を示す筋書きと、各系統が水平か正か負かもしれない自身の種内傾向を示す可能性のある筋書きです(図1D)。第五に、種間の傾向のない、さまざまな種内の大脳化パターンです(図1E)。これら脳サイズ増加の筋書きのどれも、さまざまな種内および種間の体重の関係とともに発生するかもしれず(図1F~J)、本論文の分析は、これらの代替的な筋書きのどれがデータと最も一致するのか、明らかにできます。以下は本論文の図1です。
まず、本論文の吠え勝的分析において、共有祖先およびその関連する不確実性を説明するため、層序と分子と形態学のデータを用いて、人類種の「組み合わせた証拠」のベイズ系統発生再構築が行なわれました(図2A)。系統樹の事後標本が得られ、そこから無作為に1000点が抽出されました。次に、その後の分析の前にゴリラとチンパンジーと種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)が除外されました(つまり、頭蓋容量データが利用可能な人類に分析が限定されました)。そのような手法は、人類の関係について不確実性を組み込む利点があり、単一の正しいとされる人類の系統発生を仮定するのではなく、さまざまな接続形態を示す系統樹の標本の使用によって、本論文のモデルの検証ができました。本論文の系統発生において種を表す複数の標本について、最大級の絶滅人類のデータセットが収集され、構成される頭蓋容量(285点)と体重(431点)と年齢測定データの年代が定められました(図2B)。以下は本論文の図2です。
よく定義された基準を用いて、各標本が体重値と年齢測定のある1種の分類と関連づけられ、これによって、分類学的割り当てや体重値や時間範囲と関連する不確実性の検討が可能となりました(代替的な系統発生補完手順も検証されましたが、定性的に同じ結果が得られました)。この過程が1000回繰り返され、1000個の固有のデータセットが得られ、それぞれは、頭蓋容量のある同じ285個体で構成されているものの、体重および年齢測定値や分類学的表示とは関連していません。これが意味するのは、本論文の1000個のデータセットには、系統樹と人類のデータの両方が含まれており、したがって両方の不確実性が組み込まれていることです。そうした手法の主要な利点の一つは、さまざまなモデル化の筋書きの検証をより容易にできること、したがって、代替的な分類群の区分を含めて、多様なモデル化決定の効率的評価を容易にできることです。そこで本論文は、追加のモデル化一式で上述の手順の繰り返しによって、代替的なモデル化過程を堅牢に評価することにしました(各モデルは1000個のデータセットおよび1000個の系統発生を用いて、1000回実行されたことに要注意です)。本論文が把握している限りでは、このモデル化手法は、大脳化の研究においてこれまで行なわれた、不確実性の組み込みとモデル化決定の評価の、最も包括的な試みを表しています。さらに、本論文のデータは利用可能なので、知識のある読者は、本論文で提案された手法を用いて、他の代替的筋書きが当然想定でき、容易に検証できます。本論文は、追加の不確実性の情報源が存在することを認識していますが、情報源および関連する想定について、できるだけ多くの、また明示的なものを組み込むよう、試みました。
系統発生一般化線形混合モデル(phylogenetic generalized linear mixed model、略してPGLMM)を用いて、体重に対する頭蓋容量と、種内および種間両方における時間との頭蓋容量の間関係が検証されました。本論文は「集団内中心化」手法を利用して、種内および種間の差異の相対的な影響を調べました。この手順から異なる4変数が得られ、それは、種体重と時間効果の間、および種内の体重と時間共同因子です。本論文は、種固有かもしれない違いを考慮して、傾きと切片が、時間(モデル1)と体重および時間効果(モデル2)について種内で変わるようにしました。脳サイズ進化のクレード(単系統群)発生の向上進化と分岐進化の筋書きを区別するため、系統発生に存在する根と先端の間の分岐点の数の計算によって種分化率計量とみなすことのできる追加の共変数も含めて、モデル1が繰り返されました(モデル3)。脳サイズの進化が経時的に加速したのかどうか評価するため、時間変数間および時間変数内の相互作用項を含めて、追加のモデル一式も実行されました(モデル4)。表1は本論文のすべての主要なモデルの定義を示します。1000個のデータセットおよび1000回の系統発生を用いて、これらのモデル化手順1000回の各回が繰り返され、本論文の結果が不確実性のさまざまな情報源に堅牢と確証されました。得られたpマルコフ連鎖モンテカルロ(p Markov chain Monte Carlo、略してpMCMC)値が、本論文のモデル化の筋書きの各回について、実行された1000回の分析の95%で0.05以下だった場合(モデル1~モデル4)、有意な効果とみなされました。単一のモデルを選択するのではなく、これら4点の代替モデルが報告され、それは、モデルのすべてが、分岐進化の潜在的役割、もしくは相対的な脳サイズ増加における加速的傾向など、人類進化における相対的な脳サイズ増加について補完的側面を提供するからです。
●分析結果
本論文の結果(表1)は、頭蓋容量と種間体重との間の強く有意な関連を示します。しかし、体重との関連は種内では見つかりませんでした。頭蓋容量と種内時間差異との間の関連は見つかりませんでしたが、時間について種内水準での有意な関係はありました(図3)。さらに、有意な種間の時間効果があったとしても、その傾斜はすべての本論文のモデルで観察されたように緩やかになるでしょう。本論文のモデルでは有意な種内体重効果はなかった、と分かったので、以下にモデル1の結果(つまり、種内時間変数についての種固有の無作為効果のモデル)を報告しますが、本論文の全モデルは定性的に同一の結果を示します(表1)。先行研究のリンチの遺伝率で測定された系統発生兆候は1(h²総平均は0.95)に近く(図3D)、人類の脳データの研究のさいの共有祖先の検討の重要性が浮き彫りになります。R²値(周辺および条件付の両方)は一貫して高いので(周辺R²総平均は0.61、条件付R²総平均は0.94)、本論文のモデルの全体的に良好な適合性を示唆しています。本論文の結果は、図1EおよびJで示される予測に相当しており、これらの予測では、脳容量について有意な種内傾斜差異があるものの、時間に関して、種内傾斜差異および身体サイズの有意な種間効果がないことと共に、種間水準では有意な効果がありません。以下は本論文の図3です。
後期の標本は前期の標本と比較してより大きな脳容量を示しますが、種間水準では、体重の種間効果とともに明らかな傾向はなくも体重関連の種間および種内効果もありません(図3A・B)。本論文のモデルは時間および体重の種間および種内効果の両方を構成する多重回帰なので、結果は個別ではなく連動して考慮しなければならない、と念頭に置くのが重要です。これが意味するのは、頭蓋容量は種内で増加し、これらの増加が経時的に保存されることで、それは、頭蓋容量が相対的な脳サイズの観点では「置き換え」なしに残したところから再開できるような、種間の体重効果があるからです。換言すると、相対的な脳サイズが系統発生の枝に沿って増加し、その後に各系統における達成された相対的な脳サイズの増加は、種分化点での体重増加のため経時的に持続します。重要なのは、本論文の結果を解釈するさいに、本論文において系統樹の枝に沿った変数間の関連を推定している、と念頭に置くことです(つまり、進化的回帰係数)。本論文の事例では、これらの係数は、頭蓋容量が他の特徴における変化の関数として系統樹の枝に沿ってどう進化しているのか、示唆しているので、頭蓋容量における進化的変化の歴史的パターンの復元を可能とします。
本論文の調査結果は、人類の脳サイズの進化に関する多段階的性質を示しています。先行研究による矛盾する観察の一部は、有意な種間の体重効果(図3B)および高い系統発生兆候(h²)値(図3D)によって示されるように、種内差異対種間差異を考慮しないことや、非比例的および系統発生効果を無視したことの結果です。本論文のモデル化手法は、脳サイズの進化を分析するさいに、種内および種間差異の水準の分離の根本的重要性を浮き彫りにしており、それは、これらの差異を考慮しないと、反対の大脳化パターンが観察されるからです。標準的な系統発生一般化最小二乗回帰を適用すると、誤解させる結果も得られそうで、それは、そうした手法が本質的に種内および種間の効果を合成するからです。
●考察
本論文のモデルは、傾斜が種内水準で異なる有意な種内時間効果を示しています。したがって、人類の大脳化は全人類種にわたる共通の共有された時間的傾向によって単純に特徴づけることはできず、脳の進化は一貫して単一の長期で地球規模の一貫した低水準の方向性選択圧によって推進されてきた、との見解に疑問を呈します。代わりに本論文では、種内の相対的な頭蓋容量と時間との間で正の関連が観察され、分析された各種内の時間的傾向が示唆されます(図3A)。これは、異なる期間の各人類種内のより大きな脳サイズへの選択のさまざまな匈奴を示唆しています(図3A)。たとえば、本論文の分析(モデル4)では、種内の傾向はより新しい系統で段階的に拡大する、と明らかになっており、漸進的ではあるものの、経時的に相対的な脳サイズの増加が加速する全体的なパターンを示唆しています。アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)などの初期人類は、頭蓋容量と時間との間で浅い傾斜を有しており(図3C)、本論文のモデルでは、アウストラロピテクス・アファレンシスのような他の初期人類種は、独立して視覚化するには小さすぎるものの、同様のパターンを示していた可能性が高い、と示唆されます。一方で、後の種(たとえば、ハイデルベルク人や現生人類)は、より速い速度で脳サイズが増加しました。この種内の時間的傾向(つまり、種内時間効果の傾斜)と時間との間の相関は強くなっています。ネアンデルタール人は経時的な脳サイズの最速の増加を示します。これは、ネアンデルタール人の初期の構成員と比較して、後期の構成員で報告されている大脳化のより大きな程度に起因するかもしれません。この結果は、変化する環境に急速に対応できない均一な種としてのネアンデルタール人、との古い見解に疑問を呈します。
本論文の結果から、脳サイズの増加と体重との間に強い相関があることも示され、これは、脳サイズと身体サイズが進化的時間で独立して進化してこなかった、という証拠と一致します。複数の霊長類種(たとえば、サルやヒヒや類人猿)や現生人類では、脳サイズと体重との間には、ひじょうに大きな標本でさえ種内水準で低い相関があります。種内において脳サイズと体重との間で有意な関係を示さない本論文の結果は、すべての人類種にこれらの評価を一般化します。この調査結果は、脳サイズと身体サイズの関係を調べたさいに、低い種内の表現型の相関と高い種間の表現型の相関を見つけた、影響力の強い先行研究と一致します。さらに、大脳化における向上進化対分岐進化の役割を評価したモデル3の結果から、種分化事象は相対的な頭蓋容量の有意な予測因子ではないものの、種内年代効果は依然としてある、と示され、これは脳サイズ進化の向上進化のパターンと一致します。これは、分岐点の数が依然として有意ではなかった、時間内および時間の間を除外した追加のモデルの結果によってさらに確証されます。
まとめると、本論文の結果から、ヒトの進化において脳サイズの種内増加があり、このパターンはヒトの進化全体の相対的な脳サイズの全体的な増加を説明する、と示されます。これが意味するのは、人類における相対的な脳サイズの大進化は小進化の個体群水準の過程によって完全に説明されるようである、ということです。この過程は、種分化事象を考慮した本論文の結果によってさらに示されるように、向上進化のパターンと一致しています(モデル3)。伝統的に、漸進的な傾向は単一の共通の傾斜(図1B)によって表されるより大きな脳について、種内水準(つまり、個体群)での一貫した方向性選択の結果として理解されてきました。しかし、本論文では、同様のパターンはさまざまな種が自身の種内増加傾向を示すさいにも発生するかもしれない、と示されます(図1Eおよび図3B)。これは、大脳化を長期の安定によって分離される急速な増加の短い事象の結果とみなす、じゅうらいの断続平衡的見解と矛盾します。種間の時間効果の欠如が意味するのは、種間には違いがないことではなく、むしろ、脳サイズが経時的に各系統内で増加する、種内の相対的な頭蓋容量と時間との間に正の関連があること(図1A)です。これが意味するのは、頭蓋容量における種内の増加は、体重における固有の変化をたどる脳サイズの結果として経時的に持続することです。本論文の結果は、経時的に加速する種内増加と一致し、これは、脳サイズと社会性や文化や技術や言語との間など、共進化的な正の反応過程を引き起こす、との仮説と一致します。
一部の先行研究は、種水準での人類全体にわたる脳サイズの深海速度の加速パターンを報告してきましたが、本論文は初めて、経時的な種内の脳サイズと身体サイズとの間の非比例的な関係を特定し、種全体にわたる以前に報告された結果について、種内の機構的な説明を提供します。全体的に本論文の結果は、ヒトの脳拡大の多段階的側面や、この階層的複雑さを組み込む、将来の研究の必要性を示します。本論文の手法は、種内および種間の形質進化を研究するための、効率的な定量的枠組みを提供するので、どの要因が人類の進化において種内および種間の脳拡大の根底にあったのかについて、明示的な仮説を検証する、研究の道を開きます。適用された手法の論理的拡張は、大脳化への気候の潜在的英起用についての長年の仮説の検証が研究者にとって可能となるような、環境および/もしくは気候要因など追加の予測因子変数を組み込むことです。
参考文献:
Püschel TA. et al.(2024): Hominin brain size increase has emerged from within-species encephalization. PNAS, 121, 49, e2409542121.
https://doi.org/10.1073/pnas.2409542121
●要約
急速な脳サイズ増加が明らかにヒトの進化の重要な側面だった事実は、この現象に焦点を当てた多くの研究、および根底にある進化のパターンおよび過程についての多くの示唆を刺激してきました。しかし、人類の種内対種間経時的変化の寄与を分離し、同時に身体サイズの影響を組み込んだ研究はまだありません。本論文では、これまで古人類学的データに適用されなかった系統発生手法の使用によって、約700万年間にわたる人類進化の相対的な脳サイズの増加は個々の種内から生じ、それは相対的な脳サイズの観察された全体的な増加を説明する、と示されます。この影響を考慮した後での脳サイズにおける種間の差異は、体重差と関連しているものの、時間とは関連していません。さらに、本論文の分析から、種内の傾向はより新しい系統で段階的に拡大していることも明らかになり、経時的な相対的脳サイズ増加の加速の全体的なパターンが示唆されます。
●研究史
ヒトの進化における最も明らかな進化的変化の一つと、現代人の独特な認知および行動の特徴と密接に関連する進化的変化は、脳サイズの増加でした(関連記事)。ヒトの進化における大脳化(つまり、相対的な脳サイズの増加)は長く議論されてきており、いくつかの研究は種間の人類の頭蓋容量を比較し、人類における脳サイズの差異に作用した可能性のある適応的機序を提案しました。経時的に漸進的に増加した、との主張もあれば、急速な増加後に停止する断続平衡の提案もあります。両方のモデルの組み合わせを支持する研究もあれば、両方のモデルは区別できない、との主張もあります。これらの矛盾する見解は部分的には異なる現象の合成から生じており、つまりは形質の多様化における種分化事象の役割(向上進化対分岐進化)と、漸進的進化対波動的進化の相対的な重要性(つまり、断続的平衡の異なる側面)です。ある先行研究も、系統内の変化(つまり、系統発生進化)を評価するための、人類の脳サイズの進化の区分の必要性を強調しており、それは、そうした手法がこの形質の進化についてより詳細な評価を提供できるかもしれないからです。
大脳化や絶対的な脳サイズにおける大進化のパターンの理解において、種内の差異も重要な検討事項なので、他の研究者は種内水準での相対的および絶対的両方の脳サイズ変化に焦点を当ててきました。これらの研究は、分類に用いられる生物種の資料すべてが意味のある分析を可能とするのに充分な種にほぼ限定されており、たとえば、現生人類(Homo sapiens)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)、ハイデルベルク人(Homo heidelbergensis)、ホモ・エレクトス(Homo erectus)、ホモ・ハビリス(Homo habilis)、パラントロプス・ボイセイ(Paranthropus boisei)、アウストラロピテクス・アファレンシス(Australopithecus afarensis)です。いくつかの種では一致しない結果さえ見つかっており、経時的に明らかな傾向はない、と報告した研究もあれば、増加傾向を示しているような研究もあれ、明らかな減少を報告した研究もあります。一致しない結果は、同じ種についてさえ示されてきました。これらの矛盾する結果は、以前に用いられた手法では完全には把握されなかった複雑なパターンを示唆しています。身体サイズを考慮しながら、脳サイズにおける種内および種間の差異を同時に分析することには、人類の脳の進化に関するより包括的で微妙な理解を提供できる可能性があります。本論文は、(a)体重、(b)種内および種間の変異性、(c)系統発生的な近縁性と不確実性を明示的に検討することによって、経時的な相対的な頭蓋容量の研究を可能とする、包括的な分析一式を提示します。
図1は、本論文の分析によって区別できるようになるさまざまな進化の筋書きを示しています。第一に、種間の脳規模の増加は、時間と相関しているものの、種内では相関していません(図1A)。第二に、種内の脳増加は時間と関連しているものの、種間の明らかな傾向はありません(図1B)。第三に、種間と種内を組み合わせると、脳サイズ増加への傾向が見られます(図1C)。第四に、後代の種がより大きな頭蓋容量を示す筋書きと、各系統が水平か正か負かもしれない自身の種内傾向を示す可能性のある筋書きです(図1D)。第五に、種間の傾向のない、さまざまな種内の大脳化パターンです(図1E)。これら脳サイズ増加の筋書きのどれも、さまざまな種内および種間の体重の関係とともに発生するかもしれず(図1F~J)、本論文の分析は、これらの代替的な筋書きのどれがデータと最も一致するのか、明らかにできます。以下は本論文の図1です。
まず、本論文の吠え勝的分析において、共有祖先およびその関連する不確実性を説明するため、層序と分子と形態学のデータを用いて、人類種の「組み合わせた証拠」のベイズ系統発生再構築が行なわれました(図2A)。系統樹の事後標本が得られ、そこから無作為に1000点が抽出されました。次に、その後の分析の前にゴリラとチンパンジーと種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)が除外されました(つまり、頭蓋容量データが利用可能な人類に分析が限定されました)。そのような手法は、人類の関係について不確実性を組み込む利点があり、単一の正しいとされる人類の系統発生を仮定するのではなく、さまざまな接続形態を示す系統樹の標本の使用によって、本論文のモデルの検証ができました。本論文の系統発生において種を表す複数の標本について、最大級の絶滅人類のデータセットが収集され、構成される頭蓋容量(285点)と体重(431点)と年齢測定データの年代が定められました(図2B)。以下は本論文の図2です。
よく定義された基準を用いて、各標本が体重値と年齢測定のある1種の分類と関連づけられ、これによって、分類学的割り当てや体重値や時間範囲と関連する不確実性の検討が可能となりました(代替的な系統発生補完手順も検証されましたが、定性的に同じ結果が得られました)。この過程が1000回繰り返され、1000個の固有のデータセットが得られ、それぞれは、頭蓋容量のある同じ285個体で構成されているものの、体重および年齢測定値や分類学的表示とは関連していません。これが意味するのは、本論文の1000個のデータセットには、系統樹と人類のデータの両方が含まれており、したがって両方の不確実性が組み込まれていることです。そうした手法の主要な利点の一つは、さまざまなモデル化の筋書きの検証をより容易にできること、したがって、代替的な分類群の区分を含めて、多様なモデル化決定の効率的評価を容易にできることです。そこで本論文は、追加のモデル化一式で上述の手順の繰り返しによって、代替的なモデル化過程を堅牢に評価することにしました(各モデルは1000個のデータセットおよび1000個の系統発生を用いて、1000回実行されたことに要注意です)。本論文が把握している限りでは、このモデル化手法は、大脳化の研究においてこれまで行なわれた、不確実性の組み込みとモデル化決定の評価の、最も包括的な試みを表しています。さらに、本論文のデータは利用可能なので、知識のある読者は、本論文で提案された手法を用いて、他の代替的筋書きが当然想定でき、容易に検証できます。本論文は、追加の不確実性の情報源が存在することを認識していますが、情報源および関連する想定について、できるだけ多くの、また明示的なものを組み込むよう、試みました。
系統発生一般化線形混合モデル(phylogenetic generalized linear mixed model、略してPGLMM)を用いて、体重に対する頭蓋容量と、種内および種間両方における時間との頭蓋容量の間関係が検証されました。本論文は「集団内中心化」手法を利用して、種内および種間の差異の相対的な影響を調べました。この手順から異なる4変数が得られ、それは、種体重と時間効果の間、および種内の体重と時間共同因子です。本論文は、種固有かもしれない違いを考慮して、傾きと切片が、時間(モデル1)と体重および時間効果(モデル2)について種内で変わるようにしました。脳サイズ進化のクレード(単系統群)発生の向上進化と分岐進化の筋書きを区別するため、系統発生に存在する根と先端の間の分岐点の数の計算によって種分化率計量とみなすことのできる追加の共変数も含めて、モデル1が繰り返されました(モデル3)。脳サイズの進化が経時的に加速したのかどうか評価するため、時間変数間および時間変数内の相互作用項を含めて、追加のモデル一式も実行されました(モデル4)。表1は本論文のすべての主要なモデルの定義を示します。1000個のデータセットおよび1000回の系統発生を用いて、これらのモデル化手順1000回の各回が繰り返され、本論文の結果が不確実性のさまざまな情報源に堅牢と確証されました。得られたpマルコフ連鎖モンテカルロ(p Markov chain Monte Carlo、略してpMCMC)値が、本論文のモデル化の筋書きの各回について、実行された1000回の分析の95%で0.05以下だった場合(モデル1~モデル4)、有意な効果とみなされました。単一のモデルを選択するのではなく、これら4点の代替モデルが報告され、それは、モデルのすべてが、分岐進化の潜在的役割、もしくは相対的な脳サイズ増加における加速的傾向など、人類進化における相対的な脳サイズ増加について補完的側面を提供するからです。
●分析結果
本論文の結果(表1)は、頭蓋容量と種間体重との間の強く有意な関連を示します。しかし、体重との関連は種内では見つかりませんでした。頭蓋容量と種内時間差異との間の関連は見つかりませんでしたが、時間について種内水準での有意な関係はありました(図3)。さらに、有意な種間の時間効果があったとしても、その傾斜はすべての本論文のモデルで観察されたように緩やかになるでしょう。本論文のモデルでは有意な種内体重効果はなかった、と分かったので、以下にモデル1の結果(つまり、種内時間変数についての種固有の無作為効果のモデル)を報告しますが、本論文の全モデルは定性的に同一の結果を示します(表1)。先行研究のリンチの遺伝率で測定された系統発生兆候は1(h²総平均は0.95)に近く(図3D)、人類の脳データの研究のさいの共有祖先の検討の重要性が浮き彫りになります。R²値(周辺および条件付の両方)は一貫して高いので(周辺R²総平均は0.61、条件付R²総平均は0.94)、本論文のモデルの全体的に良好な適合性を示唆しています。本論文の結果は、図1EおよびJで示される予測に相当しており、これらの予測では、脳容量について有意な種内傾斜差異があるものの、時間に関して、種内傾斜差異および身体サイズの有意な種間効果がないことと共に、種間水準では有意な効果がありません。以下は本論文の図3です。
後期の標本は前期の標本と比較してより大きな脳容量を示しますが、種間水準では、体重の種間効果とともに明らかな傾向はなくも体重関連の種間および種内効果もありません(図3A・B)。本論文のモデルは時間および体重の種間および種内効果の両方を構成する多重回帰なので、結果は個別ではなく連動して考慮しなければならない、と念頭に置くのが重要です。これが意味するのは、頭蓋容量は種内で増加し、これらの増加が経時的に保存されることで、それは、頭蓋容量が相対的な脳サイズの観点では「置き換え」なしに残したところから再開できるような、種間の体重効果があるからです。換言すると、相対的な脳サイズが系統発生の枝に沿って増加し、その後に各系統における達成された相対的な脳サイズの増加は、種分化点での体重増加のため経時的に持続します。重要なのは、本論文の結果を解釈するさいに、本論文において系統樹の枝に沿った変数間の関連を推定している、と念頭に置くことです(つまり、進化的回帰係数)。本論文の事例では、これらの係数は、頭蓋容量が他の特徴における変化の関数として系統樹の枝に沿ってどう進化しているのか、示唆しているので、頭蓋容量における進化的変化の歴史的パターンの復元を可能とします。
本論文の調査結果は、人類の脳サイズの進化に関する多段階的性質を示しています。先行研究による矛盾する観察の一部は、有意な種間の体重効果(図3B)および高い系統発生兆候(h²)値(図3D)によって示されるように、種内差異対種間差異を考慮しないことや、非比例的および系統発生効果を無視したことの結果です。本論文のモデル化手法は、脳サイズの進化を分析するさいに、種内および種間差異の水準の分離の根本的重要性を浮き彫りにしており、それは、これらの差異を考慮しないと、反対の大脳化パターンが観察されるからです。標準的な系統発生一般化最小二乗回帰を適用すると、誤解させる結果も得られそうで、それは、そうした手法が本質的に種内および種間の効果を合成するからです。
●考察
本論文のモデルは、傾斜が種内水準で異なる有意な種内時間効果を示しています。したがって、人類の大脳化は全人類種にわたる共通の共有された時間的傾向によって単純に特徴づけることはできず、脳の進化は一貫して単一の長期で地球規模の一貫した低水準の方向性選択圧によって推進されてきた、との見解に疑問を呈します。代わりに本論文では、種内の相対的な頭蓋容量と時間との間で正の関連が観察され、分析された各種内の時間的傾向が示唆されます(図3A)。これは、異なる期間の各人類種内のより大きな脳サイズへの選択のさまざまな匈奴を示唆しています(図3A)。たとえば、本論文の分析(モデル4)では、種内の傾向はより新しい系統で段階的に拡大する、と明らかになっており、漸進的ではあるものの、経時的に相対的な脳サイズの増加が加速する全体的なパターンを示唆しています。アウストラロピテクス・アフリカヌス(Australopithecus africanus)などの初期人類は、頭蓋容量と時間との間で浅い傾斜を有しており(図3C)、本論文のモデルでは、アウストラロピテクス・アファレンシスのような他の初期人類種は、独立して視覚化するには小さすぎるものの、同様のパターンを示していた可能性が高い、と示唆されます。一方で、後の種(たとえば、ハイデルベルク人や現生人類)は、より速い速度で脳サイズが増加しました。この種内の時間的傾向(つまり、種内時間効果の傾斜)と時間との間の相関は強くなっています。ネアンデルタール人は経時的な脳サイズの最速の増加を示します。これは、ネアンデルタール人の初期の構成員と比較して、後期の構成員で報告されている大脳化のより大きな程度に起因するかもしれません。この結果は、変化する環境に急速に対応できない均一な種としてのネアンデルタール人、との古い見解に疑問を呈します。
本論文の結果から、脳サイズの増加と体重との間に強い相関があることも示され、これは、脳サイズと身体サイズが進化的時間で独立して進化してこなかった、という証拠と一致します。複数の霊長類種(たとえば、サルやヒヒや類人猿)や現生人類では、脳サイズと体重との間には、ひじょうに大きな標本でさえ種内水準で低い相関があります。種内において脳サイズと体重との間で有意な関係を示さない本論文の結果は、すべての人類種にこれらの評価を一般化します。この調査結果は、脳サイズと身体サイズの関係を調べたさいに、低い種内の表現型の相関と高い種間の表現型の相関を見つけた、影響力の強い先行研究と一致します。さらに、大脳化における向上進化対分岐進化の役割を評価したモデル3の結果から、種分化事象は相対的な頭蓋容量の有意な予測因子ではないものの、種内年代効果は依然としてある、と示され、これは脳サイズ進化の向上進化のパターンと一致します。これは、分岐点の数が依然として有意ではなかった、時間内および時間の間を除外した追加のモデルの結果によってさらに確証されます。
まとめると、本論文の結果から、ヒトの進化において脳サイズの種内増加があり、このパターンはヒトの進化全体の相対的な脳サイズの全体的な増加を説明する、と示されます。これが意味するのは、人類における相対的な脳サイズの大進化は小進化の個体群水準の過程によって完全に説明されるようである、ということです。この過程は、種分化事象を考慮した本論文の結果によってさらに示されるように、向上進化のパターンと一致しています(モデル3)。伝統的に、漸進的な傾向は単一の共通の傾斜(図1B)によって表されるより大きな脳について、種内水準(つまり、個体群)での一貫した方向性選択の結果として理解されてきました。しかし、本論文では、同様のパターンはさまざまな種が自身の種内増加傾向を示すさいにも発生するかもしれない、と示されます(図1Eおよび図3B)。これは、大脳化を長期の安定によって分離される急速な増加の短い事象の結果とみなす、じゅうらいの断続平衡的見解と矛盾します。種間の時間効果の欠如が意味するのは、種間には違いがないことではなく、むしろ、脳サイズが経時的に各系統内で増加する、種内の相対的な頭蓋容量と時間との間に正の関連があること(図1A)です。これが意味するのは、頭蓋容量における種内の増加は、体重における固有の変化をたどる脳サイズの結果として経時的に持続することです。本論文の結果は、経時的に加速する種内増加と一致し、これは、脳サイズと社会性や文化や技術や言語との間など、共進化的な正の反応過程を引き起こす、との仮説と一致します。
一部の先行研究は、種水準での人類全体にわたる脳サイズの深海速度の加速パターンを報告してきましたが、本論文は初めて、経時的な種内の脳サイズと身体サイズとの間の非比例的な関係を特定し、種全体にわたる以前に報告された結果について、種内の機構的な説明を提供します。全体的に本論文の結果は、ヒトの脳拡大の多段階的側面や、この階層的複雑さを組み込む、将来の研究の必要性を示します。本論文の手法は、種内および種間の形質進化を研究するための、効率的な定量的枠組みを提供するので、どの要因が人類の進化において種内および種間の脳拡大の根底にあったのかについて、明示的な仮説を検証する、研究の道を開きます。適用された手法の論理的拡張は、大脳化への気候の潜在的英起用についての長年の仮説の検証が研究者にとって可能となるような、環境および/もしくは気候要因など追加の予測因子変数を組み込むことです。
参考文献:
Püschel TA. et al.(2024): Hominin brain size increase has emerged from within-species encephalization. PNAS, 121, 49, e2409542121.
https://doi.org/10.1073/pnas.2409542121
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