遺伝と言語伝達の関係

 世界規模で遺伝と言語伝達の関係を検証した研究(Pichkar et al., 2024)が公表されました。文化的慣行は、誰が誰から学ぶかに影響を及ぼすことによって、学習行動の伝達を形成できます。文化的伝統によって人々は母親もしくは母方親族から言語を学ぶ傾向があるのならば、この偏った文化的伝達は言語の差異と母系継承の遺伝的差異との間の予測より密接な関連を生じるかもしれません。本論文は、世界規模および局所規模の両方での性別の偏った伝達の証拠を見つけるため、世界中の人口集団から得られた遺伝学と言語学と民族学の情報を用い、遺伝学ではおもにミトコンドリアDNA(mtDNA)データとの関係に焦点が当てられました。遺伝子と言語と地理の間の関係を考慮して、言語伝達は世界の特定の地域では局所水準の性別の偏りがあったかもしれず、家系や結婚後の居住など民族学的特徴の影響は世界規模では一貫していない、と分かりました。なお、[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。


●要約

 人々の移動と相互作用の歴史は、遺伝と言語両方の差異を形成します。遺伝子と言語は別々に伝達され、その分布はヒトの歴史の側面を反映していますが、一部の人口統計学的過程は両者を同様の分布にするかもしれません。とくに、共同体への出入りを含む社会組織の形態は、遺伝子と言語両方の伝達を形成したかもしれません。子供は、両親が異なる言語もしくは方言を話す人口集団の出身だった場合、父親より母親の方の言語を習う可能性がより高いのならば、次に言語の差異は常染色体よりも母系で伝わる遺伝的標識の方と密接な関連を示すかもしれず、子供がおもに母方親族と居住するならば、この関連はさらに強化されるかもしれません。

 本論文は、言語が男系もしくは女系で優先的に伝達される傾向にあるのかどうか評価するため、X染色体の性別の偏った伝達を活用して、言語とゲノムの差異間の世界規模の関係を分析します。さらに、mtDNAを用いて、mtDNAと言語の共変動への、女性親族や母系子孫や族内婚を伴う結婚後の居住影響が測定され、それは、ゲノムデータがこれらの民族学的特徴を有するごく少数の人口集団でしか利用できなかったからです。その結果、言語伝達における一貫しているか広範な性別の偏りの証拠はほとんどない一方で、そうした偏った伝達は世界のいくつかの地域では局所的に起きていた可能性があり、女性に基づく家系もしくは居住パターンなど、人口集団水準の民族学的特徴に影響を受けたかもしれない、と分かりました。本論文の結果は、遺伝子と言語と民族学と地理との間の複雑な関係を浮き彫りにします。


●研究史

 個人の家系は、遺伝子や信仰や言語や伝統や物質文化の歴史を含めて、多くの形態の継承を指すかもしれません。言語は、家族か共同体のどちらか若しくはその両方から学べる帰属性の明確な標識として機能する可能性があります。1100年頃以降、個人の自然言語が「母語(たとえば、Muttersprache、moedertaal、modersmål、lingua materna、など)」母語と呼ばれることの多い、複数のヨーロッパの言語の記録があり、これは、日常口語の言語の母系に偏った伝達を示唆する言い回しで、おそらくはより洗練された「父祖の言語(sermo patrius)」としてのラテン語との対照として、軽蔑的な意味で当初は用いられました。共同体が互いに比較的孤立している場合には、遺伝子と拳固は一般的に同じ供給源から継承され、遺伝学的および言語学的多様性の並行分布が生じます。音や単語や構文など言語のさまざまな特徴はさまざまな文化的源から影響を受ける可能性があり、それは、これらの特徴の一部に影響を及ぼし、他の要因よりも遺伝的祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の方と一致するかもしれません[7]。それでも、「母語」との概念は、この言い回しが純粋に比喩的なのかどうか、あるいは、言語と遺伝学との間で観察された関連のさらなる調査が性別の偏った過程の痕跡を示すかもしれないのかどうか、といった問題を惹起します。ヒトの歴史を通じて、両親の言語が異なっている場合に、子供は父親の言語よりも母親の言語を話す可能性がより高いのならば、次に、母系で継承された遺伝的標識の方でより強い、遺伝学と言語との間の関連が見つかる、と予測されます。

 世界中の人類集団は、多くのさまざまな親族関係構造と居住パターンを有しており、これらの文化的特徴の歴史は地域によって異なります。たとえば母系血統制度の社会では、血統集団の構成員は母系でたどられ、結婚後の母方居住制度では、夫婦はおもに妻の親族と居住します。対照的に、父系もしくは父方居住制度には、父系でたどれる血統および夫の親族との結婚後の居住が含まれます。これらの血統もしくは居住構造が一貫してきた共同体では、経時的な二文化的伝達の予測可能なパターンがあるかもしれません。他の多くの形態の血統と居住パターンがありますが、これら女性および男性に基づくパターンは、性別の偏った文化的伝達の経路を提供し、たとえば、夫婦の子供が幼少期に父親の親族に囲まれている場合には、父親の家族から言語の特徴と文化的知識を学ぶ可能性が高くなりそうです。父方居住もしくは父系社会は、他の人口集団からの女性に偏った混合において、2人口集団間の遺伝的混合にも関わらず、文化的伝統を保持するかもしれません。父方居住が一般的な地域では、組換えのないY染色体【厳密には一部の領域でX染色体との組換えがあります】ハプログループ(YHg)は、言語もしくは語族間など言語区分をたどる傾向にあります。たとえば、ムンダ人(Munda)はインドのオーストロアジア語族話者で、ほぼアジア南東部に居住する他のオーストロアジア語族話者人口集団とは地理的に離れています。そり歴史的に父方居住の親族関係のため、ムンダ人のYHgが他のオーストロアジア語族話者とより類似しているのに対して、ゲノムの他の領域はインドの他の人口集団とのより多くの混合を示します。

 同様に、母方居住は母系で継承されるmtDNAに強い影響を及ぼす可能性があります。オーストロネシア語族話者人口集団において、母方居住の歴史は常染色体DNAおよびYHgよりもmtDNAハプログループ(mtHg)の方の少ない混合につながりました。性別の偏った混合は、アメリカ大陸におけるアフリカ人の奴隷化など、他の要因でも引き起こされる可能性があります。これらの奴隷の子孫は、人口集団においてアフリカ人集団とヨーロッパ人集団の頻度に基づいて予測されるよりも多くの、母系のアフリカ人祖先と父系のヨーロッパ人祖先を有しており、ヨーロッパ系言語を話すよう強制されたことも、これらの奴隷とその子孫を祖先の言語学的多様性から引き離しました。これらの事例すべてにおいて、顕著な人口統計学的過程の影響が言語と遺伝学の両方で観察できます。

 性別の偏った遺伝子と言語の動態のこれらの事例は共同体の規模で起きていますが、遺伝子と言語の大規模な分析は、ヒトの多様性形成における人類学的特徴の役割を示します。世界規模では、言語の特徴は遺伝的性質と共変する、と分かっていて、男性に偏った言語伝達のいくつかの証拠があり、組換えのないY染色体の差異は言語と相関します。言語と遺伝子のこの共変動は、性別依存の独立した過程に起因して起きる可能性があり、そうならば、性染色体とみあのさいの分析を通じて調査できるかもしれません。アフリカ中央部および南部のバントゥー諸語話者人口集団など父系制の長い歴史を有する一部の集団は、非バントゥー諸語を話す在来の女性がバントゥー諸語話者の共同体へと統合された後でさえ、バントゥー諸語を話し続けました。同様に、北アメリカ大陸における農耕の拡大は、ユト・アステカ(Uto-Aztecan)語族話者の拡大と一致していたかもしれず、この地域の言語の特定のYHgとの相関をもたらしました。対照的に、南アメリカ大陸の一部で話されている言語間の違いは、常染色体の差異よりもミトコンドリアの差異の方と密接に関連しているようで、これらの地域の一部では、女性が同じ言語群内の人口集団間でおもに移動する、と予測されました。最後に、インド・ヨーロッパ語族では、研究者は会話の音がmtDNAの差異と相関していた一方で、語彙はY染色体の差異と相関している、という混合した関係を見つけました。

 結婚後の居住パターンに加えて、共同体の結婚制度は遺伝と文化両方の伝達に影響を及ぼす可能性があります。族内婚の人口集団では、結構は通常、同じ共同体の構成員間で行なわれ、族外婚では、共同体外の構成員との結婚が標準で、結婚規則のない人口集団はどちらのパターンにも従いません。これら人口集団水準のパターンは、遺伝子と言語の両方において差異に影響を及ぼす可能性があり、族内婚が遺伝子言語のより類似した歴史を形成する可能性があるのに対して、族内婚は遺伝子と言語の分離をもたらすかもしれません。インドの遺伝学的研究では、族内婚集団は高い人口集団内の遺伝的類似性を有する、と分かっており、さらに、族内婚集団が長期間にわたって遺伝的に孤立している場合、インドのカーストで見られるように、この階層化は集団間の遺伝的分化をもたらす可能性があります。対照的に、mtDNAハプロタイプの高い多様性のある人口集団は、父方居住族外婚のパターンと一致し、この場合、一方の人口集団の男性が他の人口集団の女性と結婚して、男性の親族と居住し[36]、高いmtDNA多様性は、結婚相手が異なる言語群の他の人口集団で見つけられる、言語学的族外婚を行なっている人口集団間でアマゾン北東部においても観察されました。アジア中央部では、地結婚相手が遠方から選ばれる理的族外婚は、直観に反して、とくに配偶相手選択の手法が親族関係と密接に結びついている場合には、遺伝的多様性を減少させるかもしれません。

 これらの研究は、さまざまなヒト社会の歴史が遺伝子と学習行動の間の関係にどのように影響を及ぼすのか、表しています。特定の地域もしくは共同体に焦点を当てることに加えて、世界中の分析が、遺伝子と言語の間の性別の偏った関係を示唆する普遍的パターンがあるのかどうか、判断するのに役立つかもしれない、と示唆されます。片親性遺伝標識のmtDNAとY染色体は、特定の人口集団もしくは地域に関する貴重な情報を提供しますが、複数の遠い関係の人口集団での大規模な分析は、全ゲノム配列の恩恵を受けます。これまで、ゲノムデータを用いて、世界中の言語と遺伝学との間の関係を分析した研究はなく、先行研究は特定の領域に焦点当てるか、マイクロサテライト(塩基の単位配列の繰り返しから構成される反復配列)を用いており、これは言語学と遺伝学の比較の範囲を制約します。

 本論文は、単語間で意味を区別できる音の最小単位である音素を分析し、音素は語族内および語族間の両方で比較できるため、世界規模の分析を容易にします。次に、遺伝子型決定された人口集団が、その話している言語の音素目録と照合されます。性別の偏った混合と遺伝子流動が言語の多様性のどのように影響を及ぼすのか、より深く理解するため、二つの方法で遺伝学的および言語学的データを共同分析します。まず、常染色体とX染色体の両方から得られたゲノム規模の差異が測定され、X染色体における母系の偏りは言語伝達における母系の偏りの検出に使用できるのかどうか、との問いが立てられます。次に、母系血統もしくは母方居住パターンの複数の人口集団で利用可能なミトコンドリアゲノムが集められ、これらの民族学的特徴は母系に偏った言語伝達のパターンをさらに増幅するかもしれない、と仮定されます。音素および民族学的データとともに、複数の種類の遺伝学的データにおける差異を調べることによって、とくに性別の偏った文化的伝達の可能性のある状況における、言語とゲノムの差異の世界規模のパターンに光を当てることが目標となります。


●分析結果

 話されている言語を利用可能な音素データと照合できるかもしれず、少なくとも3個体でゲノム規模の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)データが利用可能な、130の人口集団のデータセットが集められました。次に、二峰性モデルが用いられ、言語学的差異(人口集団の組み合わせで音素がどのように分布しているのか)が地理や常染色体遺伝学やX染色体遺伝学とどのように関連していたのか、評価され、一連の距離閾値(250km単位で1000km~10000km)を用いて、独立したこれらの関係がどの程度地理に依存していたのか、測定されました。これらの各モデルで係数の事後分布が見つかり、各地域でのモデルについて、3点の変数の係数が測定され、それは、空間的距離と言語学的差異との間の関係、空間距離補正後の常染色体の距離と言語学的差異との関係、空間および常染色体の距離の補正後X染色体の距離と言語学的差異との関係です。

 このモデルでは、共有される音素数が各距離の加法逆元と関連づけられたので、遺伝学的距離と言語学的差異との間の正の関係から、遺伝学的差異は人口集団の位置によって予測されるよりも言語と密接に関連していた、と示唆されます。各種の距離についての係数の事後分布がゼロからより離れていた場合、計数によって記載される関係は正もしくは負と推測されます。さらに、非ベイズ一般化線形モデルを当てはめ、これらの同じ関係と関連するP値が見つかりました。常染色体遺伝学で物理的により近くてより類似している人口集団は、類似の音素を有する可能性がより高い、と分かりました(図1C)。空間および常染色体の関係についての制御後に、母系に偏ったX染色体の遺伝学はより短い距離で言語学的差異を有意に予測せず、長距離(つまり、7500~10000km内の人口集団の全組み合わせを含める場合)でのみ言語学的差異を正に予測しました(図1C)。以下は本論文の図1です。
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 空間的および遺伝学的要因の局所的分布も測定されました。2500km以内に6以上の他の人口集団がいる各人口集団については、人口集団の言語と空間と遺伝の距離間の関係が他の人口集団よりも近い、と分かりました。次に、各人口集団に一連のモデルが順に分析され、対象人口集団がモデルの中心点になるよう設定し、語族における空間的および遺伝学的距離の影響について係数の事後分布が見つかりました。これらの事後分布が一貫してゼロより大きいか小さい場合、それらの要因の正もしくは負の影響の証拠が見つかります。本論文の回帰モデルは、最大4点の変数を必要とするので、これらの分析から5以下の近隣人口集団のいる人口集団が除外され、6以上の近隣人口集団のいる対象の人口集団の分析によって、本論文の視覚化(たとえば、図1A・B)や各A閾値の平均(たとえば、図1C)において、できるだけ多くの人口集団を含めることが可能になりました。

 図1A・Bで示される空間的閾値(半径2500km)では、100人口集団には6以上の近隣の人口集団が存在し、これらの人口集団の大半は空間的距離と言語学的距離との間で正の関係となり、遺伝学的類似性と言語学的類似性との間では強い正もしくは負の関係となります。しかし、2500km以内の他の人口集団と非中立的な遺伝子と言語の関係のあるそれらの人口集団のうち、言語は常染色体の差異と正に、X染色体の差異と負に関連しています(図1A・B)。この結果は、図1Cの青色の線と赤色の線でも示されており、y軸はモデルで対応する係数の推定値を示唆しており、青色の線(常染色体の差異の影響)が正であるのに対して、赤色の線(X染色体の差異の追加の影響)はわずかに負であるものの、統計的にゼロと区別できません。これら負の関連がユーラシア、とくに中東に集中しているのに対して、正の関連はアフリカとアジア南部の一部においてより一般的でした。地理的距離の閾値を増加させ、各人口集団を10000km以内の他の人口集団と比較すると、わずかに異なるパターンが観察され、X染色体の差異は言語の類似性と正~中立の関連を有していました(表1)。

 次に、本論文のモデルが修正され、ミトコンドリアデータが用いられました。このデータは利用可能な音素のある話されている言語と適合する159人口集団で利用可能であり、より均一に民族学的データを組み込めるようになりました。本論文の人口集団一式には系図のデータのある146人口集団(母系の16人口集団と非母系の130人口集団)、結婚後の居住に関するデータのある150人口集団(結婚後の居住が、女性に基づく28人口集団と男性に基づく122人口集団)、共同体の結婚制度に関するデータのある127人口集団(族外婚の36人口集団、結婚規則のない50人口集団、族内婚の41人口集団)が含まれます。このモデルを用いて、これらの系図と距離のパターンが言語と遺伝子と遺伝学との間の関係にどのように影響を及ぼすのか、測定されました。全人口集団をまとめて分析すると、mtDNAおよび空間的距離が言語学的距離と正に相関しており(図2B・C)、民族学的特徴の影響は混在していた、と分かりました。

 この世界規模では、結婚後に女性親族と居住する社会はmtDNAと言語との間でより負の関係を、女性親族と居住しない社会と比較して、空間的類似性と言語学的類似性との間ではわずかに負の関係を有しています(図2B)。対照的に、母系血統の人口集団については、mtDNAは非母系血統の人口集団と比較して、短距離で言語学的差異と正に関連しており(図2C、赤色の破線)、母系血統制度は局所的水準で言語の伝達に影響を及ぼすかもしれない、と示唆されます。より大きな距離の閾値では、mtDNAは非母系社会と比較して母系社会において、言語に関する追加の情報をもたらさないようです。最後に、族内婚の人口集団は一貫して正の地理と言語の関連を示し、遺伝子と拳固との間で中立もしくはわずかに負の関連を有する傾向にありました(図2D)。以前の分析と同様に、ゼロから遠い事後分布は非ベイズモデルでは最低のP値の係数に対応します。以下は本論文の図2です。
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 各人口集団について言語の類似性への寄与を測定すると、言語の差異が空間的差異とは相関したものの、ミトコンドリアの差異とは相関しなかったアメリカ大陸を除いて、語族は空間的差異およびミトコンドリアの遺伝的差異の両方と正に相関していた、と分かりました。地理的により遠い人口集団は言語学的にもより遠い傾向にあり、例外はより大きな空間的距離(2500km以上)が言語学的距離と相関しなかったアフリカです。しかし、遺伝学の影響は民族学的特徴との相互作用の一貫したパターンを示しませんでした。アフリカでは、母系血統もしくは女性親族との結婚居住のある人口集団は、女性に基づく系図もしくは居住パターンのない人口集団よりも、わずかに正の遺伝子と言語の関係を有しており(図3A・B)、族内婚の人口集団は空間的距離と言語学的距離との間ではより正の関係を示すものの、さまざまな遺伝子と言語の関係を示しませんでした(図3C)。以下は本論文の図3です。
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 対照的に、アジア中央部とアジア東部と太平洋では、母系血統もしくは女性親族との結婚居住のある社会の遺伝子と言語および地理と言語の両方の関係は、他の社会より低いか同等の傾向だったものの(図3D・E)、族内婚の人口集団はより短い距離でより正の遺伝子と言語の関連を示しました(図3F)。アメリカ大陸では、母系人口集団と非母系人口集団との間で有意な違いはなかったものの、女性親族との居住のある社会は、そうではない社会よりも、言語と地理の相関が低い傾向にありました。アメリカ大陸の族内婚の人口集団は、非族外婚の人口集団よりも、言語の差異が地理とさほど相関しない傾向にありました。ヨーロッパもしくは近東の人口集団は、母系もしくは女性親族との偏った居住パターンがなく、その言語の差異は族内婚の人口集団においてより大きな規模では、遺伝学によってさほど適切に説明されませんでした。


●考察

 本論文は、言語と遺伝子との間の関係を分析し、世界中の性別の偏った言語伝達の分布を測定します。他の研究と同様に、世界の大半では地理的距離の制御後に常染色体の遺伝的類似性が言語の類似性と正に相関している、と分かりました。短い空間距離では、常染色体の差異は地理の場合よりも言語とさらに密接に相関していた、と分かりました(図1C)。mtDNA距離を同様に考慮すると、この密接な遺伝子と言語の関係が見つかりました(図2B・C)。しかし、常染色体と地理両方の差異を制御すると、性別の偏ったX染色体の遺伝学のみが7500km以上のひじょうに長距離での言語の差異の説明に役立つ、と分かりました。

 言語もしくはその特徴は多世代にわたって父親よりも母親によって伝達される可能性の方が高いのならば、言語と女性に偏っている遺伝的差異、つまりmtDNAとX染色体の差異との間により密接な関係があるはずです。常染色体とX染色体の遺伝パターンが異なることと、両者の異なる有効人口規模のため、人口集団間の距離の同一のパターンは予測されません。遺伝のこれらの異なるパターンを考慮に入れた移住モデルでは、とくに男性の不均衡な移動によって、常染色体およびX染色体の連鎖遺伝子座のFₛₜ(fixation index、2集団の遺伝的分化の程度を示す固定指数)が互いに逸れるかもしれない、と示唆されており、これは本論文のデータで見つかったパターンで、2点の測定は高度に相関しているものの、X染色体のFₛₜが常染色体のFₛₜをより高いFₛₜ値で上回っているような、正の傾斜になっています。研究者は以前には、常染色体とX染色体のFₛₜ間のこの違いを用いて、移住と人口規模が人口集団間の関係にどのように影響したのか、理解しました。

 常染色体とX染色体の間の関係を考慮すると、遺伝子と音素の共変動がおもに世界規模での言語の母系伝達の証拠を提供ことは見つかりませんでしたが、それが妥当ないくつかの地域はある、と分かりました。とくに、アフリカは、X染色体の類似性と言語の類似性との間(図1)、またmtDNAの類似性と言語の類似性との間(図2)で、正の関係のある人口集団のより高い集中がある、と分かりました。とくに、空間的距離の制御後に、mtDNAと言語は、大西洋からインド洋まで広がるアフリカの赤道の南側の地域である、母系地帯の近くで最も強く相関しており、この地域では母系血統と女性親族との結婚居住が一般的です。標本抽出の違いのため、母系地帯人口集団の核ゲノムがないので、mtDNA解析の本論文の結果を核の遺伝学的分析の結果と直接的には比較できません。中東など高率の父方居住の一部地域では、X染色体の差異と言語との間の逆の関係が見つかりました(図1B)。しかし、これらの民族学的特徴の影響は世界中で一貫しているわけではありません。多くの母方居住人口集団の存在するアジア南東部と太平洋では、女性親族との居住パターンは、この地域における母方居住と言語の伝達に関する先行研究とは対照的に、mtDNAと言語との間の関係に負の影響を及ぼしていた、と分かりました。アメリカ大陸では、検証された民族学的特徴が遺伝子と言語の関係に影響を及ぼさないことも分かりました。

 驚くべきことに、本論文の世界規模の分析から、女性親族との結婚居住ではなく母系血統が、mtDNAと言語との間の正の関係に寄与する、と示唆されます。言語は両親だけではなく共同体からも学ぶので、居住パターンが系図の在り方よりも遺伝子と地理と言語との間の関係に影響を及ぼす、と予測されました。代わりに、世界規模の人口集団を分析すると、女性に型割った居住パターンは、1500km未満の閾値ではmtDNAの差異と言語の差異との間の類似性を減少させ(図2B)、母系血統はそれを増加させる、と分かりました(図2C)。しかしアフリカでは、母系血統および女性親族との結婚後の居住の両方が、5000km未満の中間的な空間的距離では遺伝子と言語の関連を強化するようです(図3A・B)。これは、ナマ人(Nama)など歴史的に母方居住だったか結婚後の居住規則のないコイサン人(Khoe-San)の共同体と、アフリカ南部へと比較的最近拡大したバントゥー諸語話者との間の相互作用に起因するかもしれません。本論文は音素目録を使用し、言語学的距離を計算したので、このパターンはこの地域における性別の偏った混合の歴史によっても説明できるかもしれず、バントゥー諸語話者がアフリカ南部に侵入した後では、バントゥー諸語話者の男性がすでにそこに暮らしていたコイサン人集団の女性と子供を儲け、それが女性に偏った遺伝子流動と吸着音の子音などの言語学的特徴をバントゥー諸語話者人口集団にもたらした、と研究者は示唆しています。

 バントゥー諸語話者やオーストロネシア人の社会において歴史的な母系血統のいくつかの証拠がありますが、その歴史は、母系に偏った制度と父系に偏った制度と中立的な制度の間で変化が頻繁にあったことも示唆しています。この変化が本当に一般的ならば、次に居住パターンが言語伝播に強い影響を及ぼすとしても、言語伝達の潜在的経路は大規模な性別の偏りのパターンを生み出すのに充分なほど長く安定したままではないかもしれません。さらに、農耕と牧畜の拡大は、居住と血統パターンの変化につながり、おそらく広範な母系血統の影響で妨げられたかもしれません。結果として、世界の大半で、かつて存在した性別の偏った遺伝子と言語のパターンは、それ以降に曖昧になったかもしれません。これは、人類学的特徴および言語とX染色体との間の関係は一貫した世界規模のターンがなく、代わりに最近の歴史の局所的動態に依拠しているようである、との本論文の調査結果と一致します。

 民族学的特徴のこれらの分析は、社会が結婚を体系づけ、結婚相手を選択する、とくに、同じ共同体の構成員との結婚(族内婚)もしくは異なる共同体の構成員との結婚の文化的伝統のあるような、性別の偏ったパターンとも対比されました。族内婚に起因する孤立が遺伝子と言語の共変動の原因となるかもしれないとしても、世界中の族内婚の人口集団はどの規模の分析でも、非属内部よりも大きな遺伝子と言語の相関を有していないようである、と分かりました(図2D)。本論文の世界規模の分析とアジア東部およびユーラシア西部の地域的分析の両方で、族内婚の人口集団とその近隣の人口集団との間の地理的距離は、言語の差異を正確に予測する傾向にありましたが、これは他地域の分析では見つかりませんでした(図2Dおよび図3)。これが示唆するのは、地理的孤立は族内婚の社会で起きる遺伝子と言語の共変動を説明できる可能性がより高いことです。性別と関連する民族学的特徴と同様に、遺伝子と地理と言語の間の関係は族内婚の人口集団については一貫して異なるわけではなく、個々の人口集団はこれらの関係において大きく異なる可能性があります。

 本論文の遺伝子と言語の世界規模の研究を拡張できる、いくつかの方法があります。本論文は人口集団間の分析に焦点当て、それは、音素データが言語水準で利用可能だったことと、遺伝子型決定された人口集団の多くでは配列決定された個体がわずか存在しなかったことの両方のためです。さらに、先行研究はY染色体の差異を用いて、とくにmtDNAの差異との比較を通じて、人口史をより深く理解し、民族学的特徴の影響を解明しました。本論文も同様にこの種の比較を心も増したが、Y染色体SNPデータの利用可能性に制約され、充分なmtDNA配列のあるほとんどの人口集団で、適切なY染色体データを見つけることができませんでした。同様に、核の遺伝学的データの本論文の標本には、歴史的に母系だったか女性親族との結婚居住を行なっていた3人口集団のみが含まれており、民族学的データの欠如している40の社会が含まれていました。この標本抽出と情報不足のため、ミトコンドリアの遺伝学的データでのみ遺伝子と言語の関係への民族学的特徴の影響を測定でき、核の遺伝学的データについては測定できませんでした。さらに、音韻論と語彙と構文の伝達間の違いが意味しているのは、これら他の言語学的要素が、本論文の音素の分析だけでは観察できない遺伝学との共変動のパターンを有しているかもしれないことです。

 この言語伝達の研究では、より小さな規模では遺伝子と言語の関係に一貫して影響を及ぼしているかもしれない民族学的特徴、とくに性別に依存した方法での言語伝達に影響を及ぼしたかもしれない民族学的特徴の、広範囲の世界規模の影響が検証されます。多くの他の文化と社会と環境の特徴は、遺伝学的特徴と言語学的特徴の両方の伝達に影響を及ぼすかもしれません。個々の言語の特徴の伝達は、社会における重要性と使用に基づいて異なるので、より一般的に使用される言い回しと単語と文法の特徴は、次世代に伝達される可能性がより高くなるでしょう。湿度などの環境要因は政体に影響を及ぼし、ある環境から別の環境への変化は新たな音韻の発達の可能性をより高めます。これらの言語学的および環境的変数に加えて、人口規模などの社会的要因が言語の特徴の伝達に影響を及ぼすかもしれません。話者がより多い言語は、より大きな音素目録[56]とより単純な文法を有する傾向にありますが、これらの調査結果には異議が唱えられてきました。これらの社会的および環境的要因が集団遺伝学における遺伝子流動もしくは他の過程に影響を及ぼす、たとえば、湿潤な熱帯雨林が一部の人口集団を孤立させるならば、そうした要因は遺伝子と言語との間の相関につながるかもしれません。

 民族学的地図における文化的分類はある共同体全体の慣行を完全に記載するわけではない傾向にあり、現代の人口集団で特定された特徴は祖先の人口集団には存在しなかったかもしれないことにも要注意です。親族関係制度は経時的に変化し、それは時には制度維持の対価の結果としてか、進化に影響を及ぼす他の文化的特徴に起因します。それにも関わらず、親族関係制度はより安定した文化的特徴の一つで、何千年にもわたる一部の集団の安定性は、明らかな遺伝学的影響を及ぼします。これらのパターンから、血統と居住パターンなどの特徴は、遺伝と言語両方の伝達に影響を及ぼす可能性が高い、と示唆され、分析にとって理想的な候補となります。

 先行研究では、民族学的パターンは言語と遺伝学との間の関係を形成する可能性がある、と分かってきました。本論文は世界規模でこれらの影響を測定するために、一連の分析を実行し、居住もしくは親族関係のパターンの遺伝子と言語への影響は世界中で一般的には一貫しておらず、人口集団の族内婚は遺伝子と言語の関係に測定できるほどの影響を及ぼさなかった、と分かりました。全体的に、母系に偏ったX染色体の遺伝学は、局所的な言語の差異を予測しない傾向にあり、正の予測の影響のある地域は歴史的に母方居住もしくは母系ではなかった、と分かりました。しかし、mtDNAについては、母系血統が言語学的差異とミトコンドリアの遺伝学的差異との間の正の関連を比較的短い距離(2000km未満)で増加させる、と観察され、これは、アフリカ、とくに母系地帯の人口集団でおもに引き起こされるようです。世界規模のパターンとは対照的に、アフリカにおける母系血統および女性親族との居住の両方が、比較的大きな地理的距離にわたって、言語学的差異とミトコンドリアの遺伝学的差異との間の関連を増加させる、と観察されます。これらの結果から、アフリカは、言語伝達と文化的伝統をより詳細に検討する将来の遺伝学的研究、とくにY染色体のデータと人口集団あたり多くの個体を含む研究では重要な対象かもしれない、と示唆されます。


参考文献:
Pichkar Y, Surowiec A, Creanza N.(2024): Genetic and linguistic comparisons reveal complex sex-biased transmission of language features. PNAS, 121, 48, e2322881121.
https://doi.org/10.1073/pnas.2322881121

[7]Matsumae H. et al.(2021): Exploring correlations in genetic and cultural variation across language families in northeast Asia. Science Advances, 7, 34, eabd9223.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abd9223
関連記事

[36]Blöcher J. et al.(2023): Descent, marriage, and residence practices of a 3,800-year-old pastoral community in Central Eurasia. PNAS, 120, 36, e2303574120.
https://doi.org/10.1073/pnas.2303574120
関連記事

[56]Atkinson QD.(2011): Phonemic Diversity Supports a Serial Founder Effect Model of Language Expansion from Africa. Science, 332, 6027, 346-349.
https://doi.org/10.1126/science.1199295
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