『卑弥呼』第140話「なゐ」

 『ビッグコミックオリジナル』2024年12月5日号掲載分の感想です。前号は休載だったので、久々の感があります。前回は、ヤノハが、自分ほど嘘の上手い者はいないと思っていたが、しょせん自分は底の浅いすぐばれる嘘しかつけず、日下(ヒノモト)の吉備津彦(キビツヒコ)は自分をしのぐ本物の嘘つきなので、このままでは我々は負ける、と自嘲したところで終了しました。今回は、暈(クマ)国の夜萬加(ヤマカ)で、ヒルメに引き取られたニニギが河畔で鳥の絵を描いている場面から始まります。ニニギはヤノハとその弟であるチカラオ(ナツハ)との間の息子で、ヤノハはヤエトと命名しました。しかし、ヤノハが日見子(ヒミコ)であることを続けるために、チカラオに命じてヤエトを密かに夜萬加の民に預けさせ、引き取ったホデリとタマヨリの夫婦がニニギと命名しました。ナツハに命じてヤノハを強姦させ、ヤノハを妊娠させることで、日見子(卑弥呼)としてのヤノハの権威を失墜させることがヒルメの意図でしたが、ナツハはヤノハから弟のチカラオだと教えられ、今ではヤノハに忠誠を誓っています。ただ、チカラオは土地勘のある夜萬加の民にヤエトを預けたため、夜萬加に逃れてきたヒルメにその存在を知られることになり、ヒルメの邪悪さに感づいてきたホデリが自分からニニギを遠ざけようとしていることに気づいたヒルメは、ホデリとタマヨリも含めて邑人を配下のクエビトに殺害させ、ニニギだけ引き取ったわけです。

 ニニギがひじょうに上手に砂の上に雉の絵を描いていると、対岸でイヌ(オオカミ?)のヤノハがニニギを見守っており、このイヌはチカラオが統率している志能備(シノビ)イヌの1頭で、以前からチカラオの命でニニギを見守っており、ニニギはこのイヌをヤノハと呼んでいます。ニニギを見ていた地元の子供は、ニニギが賊に襲われて全滅した邑から山のお婆(ヒルメ)に引き取られたことを知っており、ヒルメを気味悪いと思い、反感を抱いていることから、ニニギを締めようとします。地元の子供たちはニニギに、山のお婆の洞穴で呪文でも唱えていればよいのに、何をしに来た、と因縁をつけます。川を下ってみたかっただけで、迷惑はかけていない、と弁明するニニギに、自分たちの大切な水場で断りもなく遊ぶとは礼儀知らずだと言って、と地元の子供たちはなおも因縁をつけます。立ち去ろうとするニニギを地元の子供たちは呼び止め、暴力を振るおうとしますが、ニニギはお婆に教わった鬼道で描いたものをこの世に出せる、と言います。そこには、4人の土神四柱(ツチガミヨハシラ)が描かれており、ニニギを見守っていたイヌのヤノハが動いて雉を飛び立たせると、地元の子供たちは、ニニギが砂に描いていた雉だと思って驚き、呆然とし、その隙にニニギは立ち去ります。ニニギはイヌのヤノハと合流し、よくやった、と褒めます。イヌのヤノハが雉を飛び立たせたのも、ニニギの意図通りだったのでしょう。ニニギとともに駆けていたイヌのヤノハは立ち止まり、臭いを嗅いで吠え始めます。ニニギがイヌのヤノハの頭をなでると噛みつかれ、イヌのヤノハは自分に何か言いたいのではないか、とニニギは考えます。ニニギは洞穴のヒルメに、近く天変地異が起きる、と報告します。山火事か大雨か阿蘇神(アソノカミ)様の噴火なのか、とヒルメに問われたニニギは、それは分からないものの、イヌのヤノハの様子がこの10日間ほど変だ、と答えます。すると、ヒルメは、イヌ畜生に何が分かる、軽々に大それたことを言うな、とニニギを叱責し、去るよう命じます。ヒルメは、元々ヤノハと命名されたこともあってかこのイヌを嫌悪していたようで、クエビトにこのイヌを殺すよう命じますが、ニニギとイヌのヤノハは遠くに立ち去ったようです。

 山社(ヤマト)では、チカラオが配下のイヌを伴ってヤノハ(日見子)に謁見します。チカラオは離せないため身振り手振りで、イヌは遠吠えで近く地震(なゐ)が起きることを示している、とヤノハに伝えます。ヤノハがチカラオに、地震が起きるのは山社なのか、それとも筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)全土なのか、震源地はどこだ、と問い質すと、チカラオは思い浮かぶことがあったようです。ヤノハは山社国の要人を楼観に呼び、近いうちに地震があり、筑紫島全土に被害が及ぶだろう、と伝え、イクメは国中に触れを出すよう提案します。同盟国にはどうするのか、イクメの父親であるミマト将軍に尋ねられたヤノハは、一刻も早く知らせるよう指示します。筑紫島で最も被害が及ぶ国をミマト将軍の息子であるミマアキから尋ねられたヤノハは、喜ぶべきなのか、暈国、それも大夫で暈国の実質的な最高権力者である鞠智彦(ククチヒコ)の領地の辺りだ、と答えます。

 夜萬加では、チカラオがホデリとタマヨリのいた邑に急行し、焼け落ちていることを知ります。チカラオは実子のニニギも死んでいると思い、悲嘆に暮れますが、そこへニニギとイヌのヤノハが現れ、ホデリとタマヨリの墓前で、どうすれば近いうちに天変地異があることをお婆(ヒルメ)に信じてもらえるのか、よい知恵を貸してくれ、と頼み込みます。ニニギが生きていたことを知って喜び、泣いているチカラオにイヌのヤノハが気づき、嬉しそうに近寄ります。イヌのヤノハがチカラオを慕っていることから、ニニギは実父(とはニニギは知りませんが)のチカラオを神と思ったようです。チカラオは必死に言葉を発そうとして、何とか「なゐ」と言います。ニニギが、地震が来るのか、と問うて頷いたチカラオを見て、地震神(アイノカミ)様と崇めるところで今回は終了です。


 今回は、近いうちに地震があることを予感させる内容でした。おそらく、じっさいに筑紫島で大地震が起き、暈国、とくに鞠智彦の領地で被害が大きいのでしょう。これが筑紫島において山社連合と暈国との関係にどう影響するのか、さらには筑紫島の被害に乗じて日下国がどう動くのか、注目されます。この地震は、本作において山場の一つになるかもしれません。ニニギとチカラオの再会も気になるところで、おそらくニニギは地震神と崇めるチカラオの予言をヒルメに伝え、ヒルメはその地震神がチカラオ(ナツハ)と気づくのでしょう。それによってヒルメの判断が変わるのかどうか分かりませんが、ヒルメの動向も注目されます。ヒルメはニニギに、両親(養父母)であるホデリとタマヨリの仇が山社の日見子(ヤノハ)だと嘘を教えています。これでニニギが実母のヤノハを恨み、モモソの予言(第73話)のように、ニニギが実母のヤノハを死に追いやることになるのかもしれません(ニニギが直接的にヤノハの殺害に関わらないとしても)。ただ、ニニギは実父のチカラオを地震神と崇めるようになり、チカラオは今では姉のヤノハに忠実ですから、ニニギがヤノハを恨み、ヤノハが死に追いやられる、といった単純な展開にはならないかもしれません。ヤノハとニニギの母子関係は、本作の終盤で重要になるでしょうから、今後の描写が注目されます。

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