人類史における地域的断絶および文化と遺伝の関係

 2年半近く前の2022年6月5日に、人類史における連続と断絶、さらには文化やその変容と担い手の遺伝的構成の関係についてまとめました(関連記事)。それ以降、この問題について当ブログで取り上げた追加すべき研究がそれなりの数になったので、本格的なまとめを作成する準備として、2022年6月5日以後に当ブログで取り上げた、地域的断絶および文化と遺伝の関係についての研究を、短くまとめておきます。


●人類史における地域的断絶

 この問題を取り上げるうえで最も適した地域は、古代ゲノム研究が他地域よりずっと進展しているヨーロッパ(Mallick et al., 2024)でしょう。ヨーロッパには、現代人集団にほとんど遺伝的影響を残していない初期現生人類(Homo sapiens)集団が存在したことは、2年前の記事で述べました。その後の研究で、この問題はもっと複雑な様相だったことが示唆されています。

 ブルガリアのバチョキロ洞窟(Bacho Kiro Cave)で発見された現生人類遺骸(44640~42700年前頃)は、考古学的には初期上部旧石器(Initial Upper Paleolithic、以下IUP)と関連しており、遺伝的には、現代人との比較ではヨーロッパよりもアジア東部に近く、ヨーロッパ現代人への遺伝的影響はなかったかきわめて限定的だった、と推測されています(Hajdinjak et al., 2021)。その後の研究(Posth et al., 2023)では、バチョキロ洞窟IUP集団は、その後のヨーロッパ西部の上部旧石器時代後期狩猟採集民に30%程度の遺伝的影響を残した、と推定されています。ただ、その後の新石器時代と青銅器時代のヨーロッパにおける大規模な人類集団の遺伝的変容(Allentoft et al., 2024)によって、バチョキロ洞窟IUP集団の遺伝的痕跡はヨーロッパ現代人集団ではほぼ検出できないほど希釈されたようです。

 ヨーロッパの初期現生人類集団では、バチョキロ洞窟IUP集団と遺伝的構成の大きく異なる、チェコのコニェプルシ(Koněprusy)洞窟群で発見された、洞窟群の頂上の丘にちなんでズラティクン(Zlatý kůň)と呼ばれる成人女性1個体が報告されており、現代人には遺伝的影響を残さなかった、と推測されています(Prüfer et al., 2021)。ただ、クリミア半島南部に位置するブラン・カヤ3(Buran-Kaya III)遺跡で発見された37000~36000年前頃の2個体には、ズラティクン個体的な遺伝的構成の集団からの6~17%程度の遺伝子流動が推定されています(Bennett et al., 2023)。さらに、ズラティクン個体的な遺伝的構成の集団がヨーロッパにおいて広範囲に存在していた可能性も示唆されています。ヨーロッパにおいては、中部旧石器時代~上部旧石器時代の移行期に、中部旧石器とも上部旧石器とも断定的に分類できない技術複合体の存在が報告されており、その一例がLRJ(Lincombian–Ranisian–Jerzmanowician、リンコンビアン・ラニシアン・エルツマノウィッチ)です。LRJとされる石器群は、ドイツのテューリンゲン州(Thuringia)のオーラ川(Orla River)流域に位置するラニス(Ranis)のイルゼン洞窟(Ilsenhöhle)でも発見されています。イルゼン洞窟においてLRJと関連する個体は、ミトコンドリアDNA(mtDNA)では現生人類と確認されており(Mylopotamitak et al., 2024)、その核ゲノムについてはまだヒト進化研究ヨーロッパ協会第13回総会で概要が報告されただけですが、既知の古代人および現代人ではズラティクン個体と最も類似しています(Sümer et al., 2023)。LRJは、ポーランドからブリテン島まで、ヨーロッパ北部の広範な地域で報告されています。LRJを一つの技術複合体と把握できるのか、そうだとして、その担い手の遺伝的構成が比較的均一だったのか、現時点では断定できませんが、ヨーロッパにおいて現代人にはほとんど遺伝的影響を残していない集団が、5万~4万年前頃にはヨーロッパに広範に存在していた可能性は低くなさそうです。

 ヨーロッパ以外の地域でも、現代に遺伝的影響を残していない、と推測される現生人類集団が報告されています。南アメリカ大陸東部沿岸では、初期完新世狩猟採集民がその後の人類集団に実質的には遺伝的に寄与しなかったかもしれない、と指摘されています(Ferraz et al., 2023)。ゲノムデータは解析されていませんが、ラオスのフアパン(Huà Pan)県にあるタムパリン(Tam Pa Ling、略してTPL)洞窟遺跡で発見された7万年以上前かもしれない現生人類とされる遺骸(Freidline et al., 2023)は、その分類と年代が正しければ、現代人にはほぼ遺伝的影響を残していない、ユーラシア東部の初期現生人類集団を表している可能性が想定されます。


●文化とその担い手の遺伝的構成との関係

 遺伝的構成と民族、さらに文化とは相関する場合が多いものの、安易に結びつけられず、その関係は多様です。私の知見では的確に分類できませんが、2年前の記事ではとりあえず、(1)担い手の置換もしくは遺伝的構成の一定以上の変化による文化変容、(2)担い手の遺伝的継続を伴う文化変容、(3)担い手の遺伝的変容・置換と文化の継続、(4)類似した文化が拡大し、拡大先の各地域の人類集団の遺伝的構成が一定以上変容しても、各地域間の遺伝的構成には明確な違いが見られる、の4通りに区分しました。その後も、文化と遺伝的構成との関係について、興味深い研究が提示されています。

 ウクライナのドニエプル川下流域では、中石器時代人口集団の直接的な子孫が、ヨーロッパにおける新石器化の開始後何千年にもわたって優勢な集団であり続け、この遺伝的連続性の終焉は、東方からの金石併用時代/青銅器時代の移住の波と関連していました(Mattila et al., 2023)。ウクライナのドニエプル川下流域では、土器(底が尖った容器から平底の土器)や先駆的な農耕牧畜(ウシやブタやヒツジやヤギの畜産、オオムギなどの農耕)や仰向け屈葬から伸展葬への変化など、新石器時代の文化的革新はアナトリア半島からの遺伝子流動と関連していなかった、と推測されています。これは、新石器時代への移行が大規模な移住と関連していた、さらに西方の地域で観察された様相(Allentoft et al., 2024)とは反対で、上述の(2)に分類できそうです。

 現在の中国の南西部では、雑穀と稲作の混合農耕が行なわれていた後期新石器時代の高山(Gaoshan)および海門口(Haimenkou)という遺跡2ヶ所の人類遺骸のゲノムにおいて、福建省の前期新石器時代遺跡で発見された個体により表される初期稲作農耕民と関連する遺伝的構成要素が見つからなかった、と報告されています(Tao et al., 2023)。これは、稲作農耕が大きな人口移動なしに導入されたことを示唆しますが、これが現在の中国南西部の広範な地域で当てはまるのか、まだ不明です。後期新石器時代の高山および海門口遺跡の事例は、上述の(2)に分類できそうです。

 西遼河(West Liao River)地域の青銅器時代の夏家店上層(Upper Xiajiadian)文化では、北部では牧畜、南部では農耕が主要な生計でしたが、北部と南部で人類集団の遺伝的構成が大きく異なるかもしれない、と示されています(Zhu et al., 2024)。これは上述の4区分では適切に分類できず、考古学的に同じ文化に分類されていても、その担い手の遺伝的構成が生計などによって大きく異なる可能性を示しています。夏家店上層文化の事例は、文化とその担い手の遺伝的構成との関係が複雑であることを改めて示しています。

 中世シチリア島では、キリスト教徒とイスラム教徒が共存していた期間もありました。両者の食性はほぼ同じで、生活面では共通性が大きかったものの、遺伝的には明確に異なる、と示されました(Monnereau et al., 2024)。両者の埋葬というか墓地は異なるので、文化的に同一とは言えませんが、生活文化の重要な側面が共通していながら、遺伝的には明確に異なっていたわけです。この中世シチリア島の事例は、上述の区分では(2)と(3)への示唆となりそうで、やはり文化とその担い手の遺伝的構成との関係が複雑であることを改めて示しているように思います。


参考文献:
Allentoft ME. et al.(2024): Population genomics of post-glacial western Eurasia. Nature, 625, 7994, 301–311.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06865-0
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Bennett EA. et al.(2023): Genome sequences of 36,000- to 37,000-year-old modern humans at Buran-Kaya III in Crimea. Nature Ecology & Evolution, 7, 12, 2160–2172.
https://doi.org/10.1038/s41559-023-02211-9
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Ferraz T. et al.(2023): Genomic history of coastal societies from eastern South America. Nature Ecology & Evolution, 7, 8, 1315–1330.
https://doi.org/10.1038/s41559-023-02114-9
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Freidline SE. et al.(2023): Early presence of Homo sapiens in Southeast Asia by 86–68 kyr at Tam Pà Ling, Northern Laos. Nature Communications, 14, 3193.
https://doi.org/10.1038/s41467-023-38715-y
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Hajdinjak M. et al.(2021): Initial Upper Palaeolithic humans in Europe had recent Neanderthal ancestry. Nature, 592, 7853, 253–257.
https://doi.org/10.1038/s41586-021-03335-3
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Mallick S. et al.(2024): The Allen Ancient DNA Resource (AADR) a curated compendium of ancient human genomes. Scientific Data, 11, 182.
https://doi.org/10.1038/s41597-024-03031-7
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Mattila TM. et al.(2023): Genetic continuity, isolation, and gene flow in Stone Age Central and Eastern Europe. Communications Biology, 6, 793.
https://doi.org/10.1038/s42003-023-05131-3
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Monnereau A.(2024): Multi-proxy bioarchaeological analysis of skeletal remains shows genetic discontinuity in a Medieval Sicilian community. ROYAL SOCIETY OPEN SCIENCE, 11, 7, 240436.
https://doi.org/10.1098/rsos.240436
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Mylopotamitak D. et al.(2024): Homo sapiens reached the higher latitudes of Europe by 45,000 years ago. Nature, 626, 7998, 341–346.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-06923-7
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Posth C. et al.(2023): Palaeogenomics of Upper Palaeolithic to Neolithic European hunter-gatherers. Nature, 615, 7950, 117–126.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-05726-0
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Prüfer K. et al.(2021): A genome sequence from a modern human skull over 45,000 years old from Zlatý kůň in Czechia. Nature Ecology & Evolution, 5, 6, 820–825.
https://doi.org/10.1038/s41559-021-01443-x
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Sümer AP. et al.(2023): High coverage genomes of two of the earliest Homo sapiens in Europe. The 13th Annual ESHE Meeting.
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Zhu KY. et al.(2024): The genetic diversity in the ancient human population of Upper Xiajiadian culture. Journal of Systematics and Evolution, 62, 4, 785–793.
https://doi.org/10.1111/jse.13029
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