玉木俊明『ユーラシア大陸興亡史』

 平凡社より2024年7月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書は、ヨーロッパが近代においてアジア世界、とくに「中国」を圧倒した理由と過程について、農耕開始の頃にまでさかのぼって検証します。ヨーロッパがなぜ「中国」より先に近代化を達成したのか、という問題意識なわけですが、歴史学の観点で新石器時代までさかのぼるのは異例と言えそうです。かつては、非ヨーロッパ(および北アメリカ大陸)世界でなぜ日本だけが近代化できたのか、といったことが大真面目に論じられていましたが、さすがにもうそのような時代ではありません。

 本書は中国とヨーロッパの違いとして、ヨーロッパの方が高緯度に位置していること(ヨーロッパの一部地域は中国北部より低緯度ですが)などを挙げ、それが農業生産力の違いにつながり、歴史的には大半の時代で中国の方がヨーロッパよりも豊かで、それが歴史に大きな影響を及ぼしたのではないか、と指摘します。また本書がヨーロッパと中国の歴史的展開の違いとして重視するのは、「中国」の方が統一的なまとまりを形成する傾向は強かったことと、おもに陸上世界の中国に対して、ヨーロッパが海洋により開けていたことです。それと関連して、中国において、秦漢代の中央集権化政策によって、最終的に単一市場が形成された、と指摘し、とくに漢の武帝の財政政策の影響が大きかった、と本書は評価しています。

 朝貢貿易について、中国は近隣諸国が朝貢品を船(や陸路ではウマ)で持ってくるため、流通を軽視しても問題なかった、との本書の指摘は重要になると思います。ヨーロッパと中国の歴史的展開の違い(大分岐)において、この点は重要になるでしょう。本書というか著者は、以前より流通を重視しており(関連記事1および関連記事2)、その観点で、とくにいわゆる大航海時代以降のヨーロッパと中国との違いが対比されています。また本書は、戦争の絶えないヨーロッパ世界において、戦時に国債(公債)を発行し、平時に返済する制度が、経済成長を前提としており、近代世界体系につながり、ここでもヨーロッパと中国は対照的だった、と指摘します。

 このように、すでに前近代においてヨーロッパと中国では流通に大きな違いがあり、それを前提として、近代において大きな差が生じた、というのが本書の見通しです。ただ、流通に大きな違いがあったとはいえ、ヨーロッパと中国の違いを決定づけたのが、産業革命であることも確かです。本書はここで違いが生じた(大分岐)理由として、ヨーロッパにはあった勤勉革命が中国にはなかったことを挙げます。これとも関連して、たとえば繊維生産では、中国においては家系が主要な生産単位で、原料のかなりの割合が自家栽培だったのに対して、ヨーロッパでは工場生産制が中心になり、綿花は海外植民地で栽培されていったことも挙げられています。

 近代化において流通とともに本書が重視するのは情報通信で、電信が前近代との決定的な違いをもたらした、と指摘します。電信によって世界各地は結びつけられ、異文化間交易がずっと容易になり、商業取引の対価が大きく下がったことを本書は指摘します。イギリスは19世紀末には世界最大の工業国ではなくなっていましたが、この情報通信革命において圧倒的な情報優位者となり、それを利用して金融支配者、さらには世界経済の覇権国家となっていったわけです。流通と情報通信を重視するのは、日本の古い(今でも?)通俗的な近代化論では軽視されていたことのように思います。本書は最後に今後の見通しとして、近世ヨーロッパのように国家と商人の共棲関係が復活し、ある国が租税回避地(タックスヘイブン)となり、大企業を誘致するようになる可能性があることを指摘します。

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