中世イベリア半島北部の農村集落の人口史
中世イベリア半島北部の人類遺骸のゲノムデータを報告した研究(Rodríguez-Varela et al., 2024)が公表されました。本論文は、イベリア半島北部の中世のネクロポリス(大規模共同墓地)であるラス・ゴバス(Las Gobas)で発見された、7~11世紀にかけての33個体を分析し、その家族関係や健康状態が調べられました。病原体への感染症も確認されており、1個体は天然痘に感染していました。ラス・ゴバスの33個体では、イベリア半島がイスラム教勢力に征服されていた期間でも、アフリカ北部もしくは中東祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の顕著な増加は検出されず、これはラス・ゴバス共同体が比較的孤立していたからではないか、と推測されています。
●要約
8~11世紀の間、イベリア半島は西ゴートに対するウマイヤ朝の侵攻のため顕著な大変動を経ており、人口集団の変化と人口統計学的影響の持続が生じました。この期間の理解は、限られた文字資料とわずかな考古遺伝学的研究によって妨げられています。本論文は、7~11世紀にかけてのスペイン北部のネクロポリスであるラス・ゴバスから発見された33個体を分析しました。考古学および骨学のデータを親族関係やメタゲノミクスや祖先系統と組み合わせることで、これらの個体の争いと健康と人口動態が調べられました。その結果、血族人口集団内の複雑な家族関係と遺伝的連続性が明らかになりましたが、動物との密接な相互作用を示唆する人畜共通感染症も特定されました。とくに、1個体は885~1000年頃の間のヨーロッパ北部の天然痘複合体と系統発生的にクラスタ化する(まとまる)天然痘に感染していました。イベリア半島のイスラム教勢力の征服以降に、最後に、アフリカ北部もしくは中東祖先系統の顕著な増加は検出されず、これは恐らく、この共同体が比較的孤立したままだったからでした。
●研究史
中世において、イベリア半島は思想や生活様式の坩堝となりました。この地域では、多様な文化と宗教と民族の融合があり、豊富で多様な社会的絵模様が生まれました。最近のデータから、イベリア半島の遺伝子プールへのイスラム教勢力の征服の影響が初めて垣間見られました(関連記事)。しかし、経時的でさまざまな地域にわたるイベリア半島人口集団の遺伝的構成に影響を及ぼした過程の時期と規模は不明なままで、イベリア半島の中世に焦点を当てた考古遺伝学的研究は著しく不足しています。
アフリカ北部とイベリア半島との間の移住は、少なくとも新石器時代以来記録されてきました(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。フェニキアとギリシアとカルタゴの植民地、その後に続いたローマ帝国が、アフリカ北部からイベリア半島、とくにその南岸と東岸への遺伝的交換の拡大に重要な役割を果たしました(関連記事)。イベリア半島のウマイヤ朝カリフの征服期(711~726年)におけるアフリカ北部からのベルベル人集団の到来は、イベリア半島の大半に顕著な遺伝的影響を及ぼしました(関連記事)。711~1492年の間に、異なる政治的および民族的起源の多様なイスラム教国家が、イベリア半島北部の台頭してきたキリスト教国家との国境の継続的な変化によって示される、イベリア半島のさまざまな地域を支配しました。
キリスト教徒とイスラム教徒との間に地政学的および社会文化的境界が強く残っていたにも関わらず(図1)、この期間におけるアフリカ北部からの遺伝子流動の影響は現在でも追跡可能です。先行研究では、アフリカ北部祖先系統はすべての現在のイベリア半島人口集団に存在し、バスク地域および14世紀のアラゴン王国に相当する地域ではより低水準だった、と明らかになりました。しかし、この祖先系統はアフリカ北部との近さもしくはイスラム教支配の拡大とは相関していません。最大11%の最高水準は、スペインのガリシア州とポルトガルで見られます。以下は本論文の図1です。
スペイン北部に位置するラス・ゴバスの農村ネクロポリスは、7~11世紀の時間横断区にまたがっており、イベリア半島のほとんどをイスラム教が支配する前およびその期間の両方に生きていた個体群を含みます。これは、動的な地域的発展がイベリア半島の遺伝的構造形成の重要な期間を通じて、小さな農村共同体においてどのように反映されていたのか、研究する機会を提供します。具体的には、この農村中世キリスト教共同体内の社会経済的争いと人口相互作用の遺伝的影響の詳細な調査が可能となります。さらに、これらの相互作用期間における病原性微生物拡散の調査と、これらの人口で一般的だった潜在的疾患への洞察の収集が可能となり、その生活様式に光が当たります。考古遺伝学は、この期間および地域についての情報の重要な間隙を埋めることによって、歴史的事象に影響を受けた祖先系統や健康や社会的相互作用の側面の解明における強力な手段となります。
ラス・ゴバスはイベリア半島における中世洞窟集落の広範な複合体の一部で、ヨーロッパの史学史ではその時間的起源と目的について長年議論となっている問題です。「ラス・ゴバス」との名称は、岩の露頭に注意深く彫られた13ヶ所の人口洞窟の集まりを指しており、6世紀半ば~11世紀にまでおよんでいます。この洞窟群には、2ヶ所の教会とさまざまな規模の単室の空洞が含まれています。考古学的調査では、このネクロポリスは異なる2期間で構成される、と明らかになっています。第1期(7~9世紀)は、洞窟建築と独立した建造物の混在居住が特徴で、教会(ラス・ゴバス-6)と22ヶ所の埋葬を含む墓地が特色です(図2)。この期間は教会外の新たな家族構造物の建設が特徴で、日常の生活と活動の明確な証拠のある活発な居住地を示します。以下は本論文の図2です。
第2期(10~11世紀)には、この集落は居住地の特徴を失い、墓地および礼拝所としての役割のみが維持されました。合計19ヶ所の埋葬が、この後期から発掘されてきました(図2)。第2期は、堆積層と廃棄物投棄として再利用された地下貯蔵室(サイロ)で見つかった成体のウシ遺骸によって示唆されるように、生活地域としての場所の放棄で始まります。放射性炭素年代測定は、この移行を9世紀後半に位置づけます。居住地から葬儀空間および最終的にはラニョ(Laño)の新集落への住民の移転は、ラス・ゴバスにおけるこの墓地の歴史の2期を明確に区別します。以前の生物考古学的調査は、この遺跡の独特な性質を強調してきました。これらのうちとくに注目すべきは最近の研究で、過去の暴力的事象を示唆する、剣によって負わされた深刻な頭蓋負傷を示す、成人男性の骨格遺骸の調査に焦点を当てています。
本論文は、イベリア半島における政治と人口動態と社会の変化の5世紀にまたがる、ラス・ゴバスに埋葬された33個体のゲノムを分析します。考古遺伝学的戦略を用いて、これらの個体の遺伝的起源と近親婚と親族関係が調べられます。さらに、メタゲノム手法を用いて、中世イベリア半島共同体内の感染症の状況の調査が開拓されます。最後に、絶対的放射性炭素年代測定が行なわれ、これによって、暴力的事象によって生じた外傷の明確な証拠を示す、ネクロポリスの第1期の2個体に光を当てることが可能となります。本論文の結果は、骨学および同位体分析など以前の構成要素と、全体論的観点で統合されるので、組み合わせることで、このラス・ゴバス遺跡の起源と機能の理解に役立つでしょう。
●ゲノム解析
37個体に属する48点の骨格要素について、全ゲノム配列が生成されました。網羅率0.01倍未満の4個体は除外され、残りの33個体が網羅率0.015~5.37倍(中央値は1倍、平均値は1.27倍)で配列決定されました。配列決定されたゲノムライブラリはすべて、短い断片長と明確な損傷パターンと無視できる水準の汚染を示しており、生成されたデータが内在性で真正である、と示唆されます。
●性別特定と片親性遺伝標識
性別と片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)も決定されました。先行研究で説明されている手法に従って、33個体それぞれの生物学的性別が遺伝学的に特定されて、全個体について明確に分類が得られ、女性(XX)は11個体、男性(XY)は22個体です。男性22個体のうち、3個体を除いて全員がY染色体ハプログループ(YHg)R1b1a1b(M269)もしくはその関連下位系統で、これは青銅器時代以降にヨーロッパにおいて一般的だった遺伝的系統です(関連記事)。残り3個体のうち2個体の具体的なYHgは、データの限界のため決定できませんでしたが、個体37号はYHg-L1b1で、これはヨーロッパにおいて比較的珍しく、現在は中東人口集団で見ることができます。一方で、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)はより高い耐用性を示し、H・J・I・U・K・H・Tを含めて、すべてのヨーロッパの主要系統を表しています。
●暴力と親族関係と拡大家族の構造
ラス・ゴバス遺跡のネクロポリスの第1期(直接的な放射性炭素年代測定による較正年代では610~907年頃)からは、21ヶ所の埋葬が回収され、そのうち14ヶ所は男性で、5ヶ所が女性、2ヶ所が乳児です。これらの個体のうち15個体(男性11個体と女性4個体)のゲノムデータが回収され、親族関係分析に含められました。その結果、15個体のうち6個体のみが本論文で分析された他の個体と親族関係になかった(4親等以上)、と示唆されました。親族関係にある個体の内、男性2個体間の1親等の関係が見つかり、それは個体1号と個体28号で、その親族関係の結果は全キョウダイ(両親が同じキョウダイ)だったことを示唆しています。この兄弟かもしれない2個体は、個体22号と少なくとも3親等の親族関係にあります。
個体22号および28号は、その頭蓋に剣によって引き起こされたいくつかの外傷を示しています。骨学的分析から、このうち少なくとも1個体(28号)はその負傷が死亡した、と示唆されます。これはすべて、ラス・ゴバス遺跡の居住の初期段階における暴力事象を示しており、それは、この両個体(22号と28号)の放射性炭素年代が最古級(566~648年頃)だからです。個体22号は個体34号の3親等の親族でもありました。個体26号と個体35号の男性の別の組み合わせも相互に3親等の親族関係で、おそらくは父方のイトコです。これらの個体はすべて、ラス・ゴバス遺跡のネクロポリスにおいて最古級の層と関連していました。一部の埋葬が第1期と第2期の間の要として機能しており、これが両時期間の連続性を示唆していることに要注意です。これは第1期の2個体(33号と31号)が第2期と関連する息子(個体40号)を有している、唯一の3人家族でよく表れています。さらに、個体23号(第1期)は、第2期の一部でもある個体41号の3親等の親族です(図2)。
ラス・ゴバス共同体が農耕共同体として谷底に移転した第2期(直接的な放射性炭素年代測定では較正年代で979~1036年頃)には、遺伝的に親族関係にある個体の増加が記録されました。この第2期には、合計19ヶ所の埋葬があり、男性は11ヶ所、女性は3ヶ所、乳児は5ヶ所です。これら19個体のうち18個体(男性11個体と女性7個体)からゲノムデータが回収され、そのうち少なくとも15個体はラス・ゴバス遺跡の他の個体と親族関係にありました。これには、構成員7個体のゲノムデータのある3世代にわたる家族が含まれ、そのうち2個体(2号および102号)は別の家族集団の個体7A号とも2親等もしくは3親等の親族関係です(図2)。
兄弟2個体が【自身とは親族関係にない】姉妹2個体と子供を儲けている、との想定はこの家族のあり得る系図の一つで、これは片親性遺伝標識および親族関係の結果、さらには利用可能な考古学および放射性炭素年代測定および骨学的データとも一致します(図2)。個体2号および102号の低網羅率のため、両者間の親族関係が決定できなかったことに要注意です(図2)。この2個体【2号および102号】は1万以上の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)で他の個体と重複していますが、これらの個体を含む関係には注意すべきです。しかし、この2個体【2号および102号】はおそらく兄弟の可能性があり、それはこの2個体が残りの個体と等しく関連しているように見えるからです。
●近親婚
同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH)の頻度と長さは、両親間の系図上の近さの水準と相関して上昇し、近親交配の程度の調査が可能となります。参照ハプロタイプを用いて、網羅率0.3倍以上の個体におけるROHを特定するソフトウェアhapROH(関連記事)を使って、ラス・ゴバス遺跡の全個体と、124万ヶ所の部位を網羅するSNPパネル(関連記事)の40万以上のSNPを有する古代イベリア半島個体群における、近親婚の程度が計算および視覚化されました。とくにラス・ゴバス遺跡の第1期において、数個体が高水準の近親婚を示しました。4~8cM(センチモルガン)のROHは、両期間【第1期と第2期】における祖先の近縁性を示唆します(図3A)。以下は本論文の図3です。
第1期の3個体(31号と34号と38号)と第2期の個体41号も、長いROH断片を有する、と分かりました(図3A・B)。20 cM超のROH断片の合計から、これらの個体の両親は近い親族関係だった、と示唆されます(図3B)。この結果から、参照古代イベリア半島個体群内では、近親交配の水準(ROH断片の合計が20 cM超)はイベリア半島のイスラム教勢力支配期の1個体(I7457)にも存在した、と示唆されます。
●メタゲノム解析
ラス・ゴバス遺跡の人口集団では、合計で6点の病原体が特定されました。aMetaの認証得点に基づいて4点の病原体が検出され、それは、豚丹毒菌(Erysipelothrix rhusiopathiae)、レプトスピラ症の原因となる病原性レプトスピラ(Leptospira interrogans)、肺炎レンサ球菌(Streptococcus pneumoniae)、エルシニア感染症の原因となるエルシニア・エンテロコリチカ(Yersinia enterocolitica)です。ウイルスは低網羅率のため検出困難かもしれず、データベース構成が種水準へと分類されるtaxReadsの数に影響を及ぼすかもしれないので、KrakenUniqで検出された病原体のDNA断片配列(k-mer)/読み取り比率が調べられ、その存在が評価されました。
2点の追加の病原体、つまりシラミ媒介性回帰熱(louse-borne relapsing fever)の原因となるボレリア・レクレンティス(Borrelia recurrentis)と天然痘ウイルスが、aMetaの初期設定閾値下でさらに特定されました。NCBI(National Center for Biotechnology Information、アメリカ国立生物工学情報センター)のデータベース構成のため、ボレリア・レクレンティスは種水準でのわずか2点の読み取りしか示しませんでしたが、より下位の分類学的分岐点と5958のk-merを含むと、じっさいには359点となります。天然痘ウイルスはちょうど閾値以下で、195のtaxReadsと202点の読み取りと1597のk-merとなります。歴史的関心を考慮して、天然痘ウイルスに感染した個体43号はショットガン配列決定の別の循環を受けました。
aMetaを用いて、上述の宿主関連微生物および病原体を特定するため、排除過程が使われました。真の存在と古代の状態を評価する認証得点が9点の指標(編集距離、古代の読み取りの編集距離、読み取りと末端両方の脱アミノ化、平均読み取り長、死後の脱アミノ化得点、平均ヌクレオチド一致、読み取り量、網羅率の均一性、後者は2点追加)に基づいてaMetaパイプラインによって生成されました。この手法によって、認証得点が8以上となる、56点の微生物が検出されました。しかし、41点は環境汚染から解放されなかったので、除外されました。残りの15点のうち、12点はヒト口腔微生物叢と関連しており(そのうち1点は無症状かもしれない病原体)、残りの3点は病原性でした。無症状かもしれない病原体である肺炎レンサ球菌は、個体44・46・47号で認証されましたが、個体43号では認証図面に基づいて検証できませんでした。この真正細菌は成人の約10%と子供ではそれ以上の割合で口腔微生物叢に存在し、呼吸器感染症や肺炎や菌血症を引き起こすかもしれません。
aMetaによって特定された残りの3点の病原性種は、第1期の個体28・32・34・37号および第2期の個体7A号で確認された豚丹毒菌(網羅率の範囲は2.26~92.44%)と、個体43号の病原性レプトスピラと、個体32号のエルシニア・エンテロコリチカです。これらの病原体はそれぞれ異なる疾患の原因で、豚丹毒菌は感染した動物との傷口接触を通じた皮膚感染、病原性レプトスピラは、通常は汚染水との接触から感染した、臓器不全につながるかもしれない致命的疾患、エルシニア・エンテロコリチカは重篤な胃腸炎の原因です。Invやystやmyfなど毒性と関連する遺伝子の一貫した網羅率は、特定されたエルシニア・エンテロコリチカの病原性を裏づけます。競合マッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)はさらに、これら3点の病原体について本論文の結果を確証します。
豚丹毒菌の場合、5点の候補のうち2点は確実な高網羅率(47.7%と92.4%)でしたが、残りの3点は低網羅率(10%未満)でした。後者3点の標本は、明らかな豚丹毒菌起源につながる系統発生的兆候を検証するため、系統発生分析に含められました。全体的に、すべての標本はよく裏づけられた単系統性のクレード(単系統群)を形成し、ロシアの豚丹毒菌のブタ標本1点(GCF_003725505.1)とクラスタ化します(まとまります)。しかし、豚丹毒菌の5点の標本の起源を推測するため、各5系統の位置づけが独立して検証されました。5事例のうち3事例では、ラス・ゴバス遺跡の配列は同じブタ配列(GCF_003725505.1)の隣に位置し、ラス・ゴバス遺跡の少なくとも3点の標本(個体37・34・32号)では単一起源が示唆されます。他の2点(個体7A号と個体28号)については、豚丹毒菌の確実な特定の下位系統起源を確証するには、さらなる捕獲配列決定が必要でしょう。
豚丹毒菌標本は編集距離の減少を示すものの、多くの読み取りは数個体について多数の不適正塩基対(4~10)があることに要注意です。これは、追加の株の古代の損傷および/もしくは偽マッピングに起因するかもしれません。後者は、aMetaデータベースに存在するラス・ゴバス遺跡の豚丹毒菌が、より多くの豚丹毒菌標本で構成される系統発生分析ではたいへん遠かった、という事実に起因します。MALT(MEGAN Alignment Tool)分析は豚丹毒菌標本(GCF_900637845.1)を最も密接な株と分類しましたが、aMetaデータベースに存在しないロシアのブタ標本のゲノム(GCF_003725505.1)が、系統発生では最も密接でした。
aMeta閾値下で調べると、2点の追加の病原体が特定され、それは、個体12号におけるシラミ媒介性回帰熱の原因となるボレリア・レクレンティスと、個体43号の天然痘の原因媒介である古代の天然痘ウイルス(ancient variola virus、略してaVARV)です。両疾患の死亡率は高く、ボレリア・レクレンティスはアフリカの角のように現在でも世界のさまざまな地域に存在しますが、天然痘は根絶されました。競合マッピングは、ボレリア属の他の病原体との比較で、ボレリア・レクレンティスへの読み取りの分類を裏づけました。いくつかの参照ゲノム間の相対的な編集距離から、本論文で検出されたaVARVは唯一利用可能なaVARV(VK382)の(ほぼ)完全な一致配列(関連記事)と最も近かった、と示されました。配列決定の2回目の循環の後で、aVARVについて4228点の読み取りが回収され、VK382にマッピングすると、最大で網羅率の53.4%となる、0.94倍の網羅率が得られました。
aVARVの系統発生的位置を決定するため、90点のポックスウイルスの保存領域を組み込んだ系統樹が構築されました(図4)。最終的な配列は103504ヶ所の部位と8117ヶ所の節約的な情報をもたらす部位で構成されました。合計で56352ヶ所の部位が、個体43号のaVARVに網羅されました。この結果は本論文の標本の低網羅率のため慎重な解釈が求められますが、配列された参照ゲノムに関係なく、それは885~1000年頃にヨーロッパ北部で埋葬された個体群で特定された他の古代VARV株と堅牢にクラスタ化し、VK382であるか、あるいは天然痘に最も近いウイルスであるタテラポックスウイルスと最も密接に関連している、と示されます。以下は本論文の図4です。
●遺伝的構造
ラス・ゴバス遺跡の個体群は、以前に刊行された古代のイベリア半島個体群とともに、124万データセットおよびヒト起源データセット(関連記事)を用いて、現在のユーラシア西部およびアフリカ北部の人口集団の最初の2主成分投影されました。主成分分析(principal component analysis、略してPCA)は、ラス・ゴバス遺跡のネクロポリスの異なる2期間の遺伝的類似性を示唆し、ほとんどの個体は現代のスペイン人集団で観察される遺伝的差異の範囲内に位置づけられました(図5)。負の主成分1(PC1)値(アフリカ北部現代人の方向で)を示し、イベリア半島イスラム教徒の近くでクラスタ化する2個体と、イベリア半島南部の西ゴートとイベリア半島のローマ人を除いて、残りの個体は鉄器時代から中世初期のイベリア半島人の近くでクラスタ化します。以下は本論文の図5です。
PCAの調査結果は、ラス・ゴバス遺跡の2期の個体群がその祖先系統構成要素において有意な差異を欠いている、教師なしADMIXTUREの結果によって裏づけられます(図6)。全体として、ADMIXTUREの結果は、ヨーロッパ的(紫色)構成要素の平均割合(87%)を示し、カロリング朝の個体群(88%)やイベリア半島北部(カタルーニャ州)の西ゴート(87%)のヨーロッパ的構成要素の平均的割合と類似しています(図6)。しかし、イベリア半島北部の西ゴートはわずかにより高水準のアジア西部/コーカサス的な(赤色)構成要素を示します(図6)。注目すべきことに、より顕著な違いは、ラス・ゴバス個体群(8%対4%)とローマ期イベリア半島人(17%対16%)とイベリア半島南部西ゴート人(29%対9%)とイベリア半島イスラム教徒(24%対14%)とイベリア半島後期イスラム教徒(29%対18%)の間で、アフリカ北部およびアジア西部/コーカサス的な構成要素において観察されます(図6)。以下は本論文の図6です。
グラナダのエル・カスティージョ・デ・モンテフリオ(el Castillo de Montefrío)のネクロポリスのイベリア半島南部西ゴートと分類される個体群が、高水準(29%)のアフリカ北部祖先系統をすでに示しながら(図6)、年代が400~600年頃(イベリア半島のウマイヤ朝による征服の数世代前)という事実は、さらなる説明を必要とします(関連記事)。イベリア半島南部に西ゴート集団と高水準のアフリカ北部祖先系統を有する人口集団(たとえば、ローマ帝国の上流階層)との間の遺伝子流動は、後者の集団の文化変容と組み合わさって、イベリア半島南部の初期西ゴートにおける高い割合のアフリカ北部祖先系統を説明できるかもしれません。
一部のイベリア半島南部および南東部個体で観察される顕著なアフリカ北部祖先系統についての別の説明は、イベリア半島へのカルタゴのそれ以前の拡大かもしれません。さらに、じょじょに定住と商業活動が進んだことを含めて、アフリカ北部のベルベル人共同体とイベリア半島南部との間の相互作用の長い歴史が、この遺伝的景観の形成に重要な役割を果たした可能性が高そうです。この観点は、イスラム教化と植民の複雑な過程を調べた広範な学問によって裏づけられており、イベリア半島のウマイヤ朝による征服の前にじょじょに接触があったことを示唆します。これらの点を明らかにし、他のあり得る仮定的状況を調べるためには、さらなる考古学と遺伝学の研究が必要です。
PCAで以前に言及された外れ値2個体(第1期となる773~892年頃のYHg-L1b1の37号男性と、993~1050年頃以前の第2期の女性個体)は、K(系統構成要素数)=5での混合分析において、最高水準のアフリカ北部構成要素の一部(それぞれ23%と13%)を示します。イベリア半島南部および中央部のウマイヤ朝による征服(711年)は、この両個体に先行します。
qpAdm分析が実行され、ラス・ゴバス個体群におけるアフリカ北部祖先系統の程度が家司的に評価されました。図6Bでは、イベリア半島北部の西ゴートもしくは鉄器時代個体群とカナリア諸島先住民集団(関連記事1および関連記事2)を、それぞれ中世初期イベリア半島北部人とアフリカ北部人の代理として用いての、2供給源モデルの結果が示されます。この分析手法によって、分析の各古代の個体の独立性を考慮して、関連する個体群を組み込むことができるようになります。
一般的に、qpAdmの結果はADMIXTUREの結果と一致し、相対的に低水準のアフリカ北部(カナリア諸島先住民)祖先系統を明らかにし、一部の個体はアフリカ北部祖先系統をまったく示しません。しかし、重要なのはこれらの調査結果の慎重な解釈で、それは、カナリア諸島先住民集団が、カナリア諸島への入植以降にアフリカ北部の多様な人口集団からの継続的な遺伝子流動を受けたため、イベリア半島を征服した中世アフリカ北部人口集団を正確には表していないかもしれないからです。qpAdm分析が中東/コーカサスを表す人口集団を除外したことに要注意で、これはそうした人口集団が含まれたADMIXTURE分析とは対照的です。この除外は、ほとんどの個体について中東/コーカサスを組み込んだモデルが実行不可能であることに基づいています。モデル包摂のこの相違は、特定の個体についてのADMIXTUREの結果と比較して、グアンチェス人(Guanches)の割合を増加させる可能性があるかもしれません。
ラス・ゴバス個体群へのイスラム教勢力拡大の影響をさらに調査するため、個体の放射性炭素年代とADMIXTURE(図7A)およびqpAdm(図7B)両手法で計算された祖先系統との間の相関が調べられました。その調査結果から、個体の年代とこれらの祖先系統のさまざまな水準との間に有意な相関はない、と示唆されます。以下は本論文の図7です。
ウマイヤ朝の征服前と征服期両方の時代にさかのぼる、ラス・ゴバス遺跡の個体群のゲノム解析から、この歴史的事象はこの農村共同体内で経時的な非在来遺伝的祖先系統の顕著な増加をもたらさなかった、と示唆されます。しかし、10%以上のアフリカ北部的祖先系統を示す6個体が、イベリア半島におけるイスラム教勢力拡大に続く期間より後であることに要注意です。これらの調査結果から、イベリア半島北部の孤立した農村人口集団内でさえ、アフリカ北部祖先系統を有する人口集団との散発的な遺伝的交換の期間があり、そのかなりの割合はウマイヤ朝カリフ時代に起きた可能性が高い、と示唆されます。しかし、イスラム教勢力によるイベリア半島征服に先行する、ラス・ゴバス遺跡の特定の個体におけるアフリカ北部祖先系統の低水準(10%未満)の検出は、ローマ期イベリア半島人や、限定的な割合(4%)ではあるものの鉄器時代イベリア半島人でさえアフリカ北部祖先系統を示す、という観察と組み合わさって、ラス・ゴバス個体群へのアフリカ北部からの遺伝的影響の時期と供給源の決定的判断を妨げます。
ラス・ゴバス個体群と他の集団との間の人口集団類似性を検証するため、古代の個体群が異なる2期間に区分され、親族関係にある各組み合わせから1個体が除外され、f統計分析が実行されました。対でのf₃結果の多次元尺度構成法(multidimensional scaling、略してMDS)から、この2期間の個体群はほとんどの遺伝的類似性を共有しており(図8)、ラス・ゴバス個体群は均質な人口集団を形成し、それは非在来集団からの比較的低水準の遺伝子流動を伴う、数世紀にわたる人口集団の連続性の結果である可能性が高い、と示唆されました。f₃MDS図の次元1はおそらくおもに、左側から右側へのアフリカ北部および中東祖先系統の増加によってもたらされました。以下は本論文の図8です。
●考察
さまざまなイスラム教およびキリスト教支配の境界、イベリア半島の一部がイスラム教勢力の支配下に置かれたほぼ8世紀の間に、劇的に変動しました。長期間にわたって、イスラム教勢力の支配領域との境界地帯は、ラス・ゴバスにとって近いままで(図1B)、よく記録されているイスラム教勢力の影響は、その100km北東に位置するパレルモにまで遠く及びました。しかし、ラス・ゴバス遺跡に埋葬された個体群は、先ローマ期の鉄器時代イベリア半島人やイベリア半島北部の西ゴートやカロリング朝の人々(アフリカ北部人口集団との明らかな相互作用がなかった集団)と同等の水準のアフリカ北部祖先系統を示します。
注目すべきことに、これらの水準はローマ期の遺跡やイベリア半島南部の西ゴートやイベリア半島のイスラム教徒の個体群での観察より顕著に低くなっています。この観察から、ラス・ゴバス遺跡の記録で見られる5世紀間の前のローマの影響と、イスラム教勢力の影響が、この小さなキリスト教共同体の遺伝的構成に実質的な影響を及ぼさなかった、と示唆されます。これらの調査結果は、歴史資料および現代人の遺伝的データ(関連記事)と一致し、これは、イベリア半島北部、とくにバスク地域は、中世およびローマ期におけるアフリカ北部人口集団からの相対的により低い遺伝的影響を経た、と示唆しています。しかし、比較データとして本論文で用いられた、ローマ期イベリア半島人はイベリア半島内のローマ期遺跡で発見された個体群を指しており(関連記事)、おそらくはローマ期における在来イベリア半島人ではなく、広範なローマ帝国人口集団の多様性を表している、と注意することが重要です。
ラス・ゴバス遺跡のネクロポリスの初期段階における近親婚と暴力の存在は、Y染色体で観察される比較的小さな差異とともに、ラス・ゴバス遺跡が7世紀に、たとえば軍事的経験のある上流階層の構成員かもしれない、小さな父方居住の族内婚集団によって居住された、という可能性についての推測につながります。逆に、より多くの親族関係のつながりと明らかな剣による負傷の欠如が確認された第2期の変化から、ラス・ゴバス遺跡はおそらく、地方の農耕ネクロポリスへとその正確が変わった、と示唆されます。さらに、ラス・ゴバス遺跡のネクロポリスの後期には高水準の近親交配の個体数のわずかな減少があり(図3)、これは社会組織の変化を反映しているかもしれません。しかし、本論文ではラス・ゴバス遺跡の2期間の遺伝的連続性が記録され、この結果から、研究対象の5世紀間にわたる族内婚および動物との密接な相互作用が示唆されます。山脈に囲まれ、都市中心部から比較的と甥ラス・ゴバス遺跡の地理的位置は、この共同体の孤立に寄与した可能性が高そうです。ラス・ゴバス遺跡の一部の個体において観察された高水準の近親婚は族内婚の文化的慣行を示唆しており、近隣共同体からの遺伝子流動も制約していたかもしれません。この局所的な孤立は経時的に、より広範な規模でのアラブ人およびアフリカ北部人からの遺伝子流動の減少にもつながったかもしれません。
メタゲノムの結果は動物との密接な相互作用を示唆しており、それは、ラス・ゴバス共同体内で検出された感染症の大半が人畜共通感染症だったからです。最も一般的なのは豚丹毒菌で、これは切り傷のある状態で肉を扱ったさいに、通常起きる皮膚感染症です。ラス・ゴバス遺跡のヒト遺骸における豚丹毒菌の存在を説明できる仮説は二つで、それは、(1)豚丹毒菌は死骸生物群系に由来した、という仮説ですが、研究は限定的な土壌残留を示唆しており、(2)感染した動物からの人畜共通伝染という仮説で、こちらの方がより可能性の高そうな仮定的状況です。しかし、標本5点からの最も密接な分類群はロシアのブタ株でしたが、その宿主遺骸の起源は不明なままで、それは、この種について厳密な宿主特異性が説明されていないからです。
食料媒介病原体で、エルシニア感染症の原因病原体であり、生焼けの豚肉消費と関連していることが多いエルシニア・エンテロコリチカの発見は、少なくとも1個体におけるこの病原体の存在を示唆しており、これは古代のヒト遺骸における以前の調査結果と一致します。ラス・ゴバス遺跡で検出された他の人畜共通感染症の病原体はボレリア・レクレンティスで、これはヒトコロモジラミによって伝染され、病原性レプトスピラによって引き起こされるレプトスピラ症です。レプトスピラ症は一般的に、感染した動物の尿で汚染された水との接触で感染します。
本論文は、ラス・ゴバス共同体の遺伝的構成と健康状態の調査に加えて、中世における天然痘の汎ヨーロッパ的分布を確証し、天然痘がヨーロッパにどう侵入したのか、という興味深い歴史的な謎への貴重な洞察を提供します。天然痘の感染力と長い潜伏期間を考えると、より小規模な天然痘の伝染がさまざまな時期にヨーロッパのさまざまな地域へともたらされた、という可能性が高そうです。しかし、天然痘の拡大がヒトの移動性増加とともに強化したならば、次に、最近の考古遺伝学的調査結果の観点で、具体的な仮定的状況を調査できます。たとえば、ヴァイキング期の前の7世紀で、710年のウマイヤ朝の侵入に先行する、ヨーロッパ北部で埋葬された個体群におけるaVARVの存在(関連記事)から、天然痘がイベリア半島のイスラム教勢力による征服前のヨーロッパにはすでに存在した、と示唆されます。
ヨーロッパにおけるウイルスの存在を5~6世紀頃の東方からの移住と関連づけた以前の仮説は、考古遺伝学的データにより適合します(関連記事)。ラス・ゴバス遺跡の個体43号で見つかったaVARVの、885~1000年頃のヨーロッパ北部個体群で発見されたaVARVとの系統発生的クラスタ化から、このウイルスがイスラム教勢力の経路ではなくヨーロッパを介してラス・ゴバス遺跡の1個体に到達したかもしれない、と示唆され、それは天然痘がイベリア半島にどのように侵入したのかについて、有力な見解の一つでした。ウマイヤ朝の侵入が天然格だの追加要因だったのかどうは、アフリカ北部および中東で埋葬された個体群からの中世初期VARVで明らかになるでしょう。aVARVに感染した個体(43号)は、レプトスピラ症にも感染していました。豚丹毒菌とエルシニア・エンテロコリチカの両方に感染していた個体32号で観察されたような、二つの異なる病原体を含む感染は、現在と同じくらい過去にも一般的だった可能性が高そうです。
遺伝学と考古学と歴史のデータの統合によって、イベリア半島北部における族内婚と近親婚の存在が明らかになります。何世紀にもわたる激動の地域史にも関わらず、このラス・ゴバス共同体が経てきた外部からの遺伝子流動は限定的でした。本論文の調査結果から、このラス・ゴバス共同体は少なくとも5世紀間にわたって比較的孤立したままだった、と示唆されます。最後に、本論文で収集された他の情報と統合されたラス・ゴバス個体群のメタゲノム解析は、この農村共同体の健康状態の理解を補足します。本論文は、場所固有の病原体に焦点を当てることによって、特定の期間と場所におけるこれらの疾患状況の詳細な見解を提供し、同時に、豚丹毒菌や病原性レプトスピラなど、以前には報告されていなかった古代の病原体も浮き彫りにします。本論文での特定の主張を確証し、広範な期間のイベリア半島人口集団におけるアフリカ北部祖先系統の供給源と時期を正確に示すためには、ローマ期の在来イベリア半島人からの追加の古代ゲノム、とくにローマ期から11世紀にわたるアフリカ北部人のゲノムが不可欠でしょう。
最後に、本論文は検出された病原体を特定し、その古代の状態を確証できるものの、その低い網羅率は時に、さらなる系統発生および遺伝的進化の分析の能力を制約します。さらに、病原性レプトスピラでは、観察された完全ではない編集距離減少パターンは、現代の参照ゲノムと古代のかぶとの間の進化的違い、および/もしくはデータベースにおける適切な参照ゲノムの欠如を反映しているかもしれません。個体12号におけるボレリア・レクレンティスと、個体43号における病原性レプトスピラの存在を裏づける、本論文で示されたさまざまな統計と品質管理にも関わらず、低網羅率によって絶対的な信頼性での存在の確証が妨げられることに要注意です。
参考文献:
Rodríguez-Varela R. et al.(2024): Five centuries of consanguinity, isolation, health, and conflict in Las Gobas: A Northern Medieval Iberian necropolis. Science Advances, 10, 35, eadp8625.
https://doi.org/10.1126/sciadv.adp8625
●要約
8~11世紀の間、イベリア半島は西ゴートに対するウマイヤ朝の侵攻のため顕著な大変動を経ており、人口集団の変化と人口統計学的影響の持続が生じました。この期間の理解は、限られた文字資料とわずかな考古遺伝学的研究によって妨げられています。本論文は、7~11世紀にかけてのスペイン北部のネクロポリスであるラス・ゴバスから発見された33個体を分析しました。考古学および骨学のデータを親族関係やメタゲノミクスや祖先系統と組み合わせることで、これらの個体の争いと健康と人口動態が調べられました。その結果、血族人口集団内の複雑な家族関係と遺伝的連続性が明らかになりましたが、動物との密接な相互作用を示唆する人畜共通感染症も特定されました。とくに、1個体は885~1000年頃の間のヨーロッパ北部の天然痘複合体と系統発生的にクラスタ化する(まとまる)天然痘に感染していました。イベリア半島のイスラム教勢力の征服以降に、最後に、アフリカ北部もしくは中東祖先系統の顕著な増加は検出されず、これは恐らく、この共同体が比較的孤立したままだったからでした。
●研究史
中世において、イベリア半島は思想や生活様式の坩堝となりました。この地域では、多様な文化と宗教と民族の融合があり、豊富で多様な社会的絵模様が生まれました。最近のデータから、イベリア半島の遺伝子プールへのイスラム教勢力の征服の影響が初めて垣間見られました(関連記事)。しかし、経時的でさまざまな地域にわたるイベリア半島人口集団の遺伝的構成に影響を及ぼした過程の時期と規模は不明なままで、イベリア半島の中世に焦点を当てた考古遺伝学的研究は著しく不足しています。
アフリカ北部とイベリア半島との間の移住は、少なくとも新石器時代以来記録されてきました(関連記事1および関連記事2および関連記事3)。フェニキアとギリシアとカルタゴの植民地、その後に続いたローマ帝国が、アフリカ北部からイベリア半島、とくにその南岸と東岸への遺伝的交換の拡大に重要な役割を果たしました(関連記事)。イベリア半島のウマイヤ朝カリフの征服期(711~726年)におけるアフリカ北部からのベルベル人集団の到来は、イベリア半島の大半に顕著な遺伝的影響を及ぼしました(関連記事)。711~1492年の間に、異なる政治的および民族的起源の多様なイスラム教国家が、イベリア半島北部の台頭してきたキリスト教国家との国境の継続的な変化によって示される、イベリア半島のさまざまな地域を支配しました。
キリスト教徒とイスラム教徒との間に地政学的および社会文化的境界が強く残っていたにも関わらず(図1)、この期間におけるアフリカ北部からの遺伝子流動の影響は現在でも追跡可能です。先行研究では、アフリカ北部祖先系統はすべての現在のイベリア半島人口集団に存在し、バスク地域および14世紀のアラゴン王国に相当する地域ではより低水準だった、と明らかになりました。しかし、この祖先系統はアフリカ北部との近さもしくはイスラム教支配の拡大とは相関していません。最大11%の最高水準は、スペインのガリシア州とポルトガルで見られます。以下は本論文の図1です。
スペイン北部に位置するラス・ゴバスの農村ネクロポリスは、7~11世紀の時間横断区にまたがっており、イベリア半島のほとんどをイスラム教が支配する前およびその期間の両方に生きていた個体群を含みます。これは、動的な地域的発展がイベリア半島の遺伝的構造形成の重要な期間を通じて、小さな農村共同体においてどのように反映されていたのか、研究する機会を提供します。具体的には、この農村中世キリスト教共同体内の社会経済的争いと人口相互作用の遺伝的影響の詳細な調査が可能となります。さらに、これらの相互作用期間における病原性微生物拡散の調査と、これらの人口で一般的だった潜在的疾患への洞察の収集が可能となり、その生活様式に光が当たります。考古遺伝学は、この期間および地域についての情報の重要な間隙を埋めることによって、歴史的事象に影響を受けた祖先系統や健康や社会的相互作用の側面の解明における強力な手段となります。
ラス・ゴバスはイベリア半島における中世洞窟集落の広範な複合体の一部で、ヨーロッパの史学史ではその時間的起源と目的について長年議論となっている問題です。「ラス・ゴバス」との名称は、岩の露頭に注意深く彫られた13ヶ所の人口洞窟の集まりを指しており、6世紀半ば~11世紀にまでおよんでいます。この洞窟群には、2ヶ所の教会とさまざまな規模の単室の空洞が含まれています。考古学的調査では、このネクロポリスは異なる2期間で構成される、と明らかになっています。第1期(7~9世紀)は、洞窟建築と独立した建造物の混在居住が特徴で、教会(ラス・ゴバス-6)と22ヶ所の埋葬を含む墓地が特色です(図2)。この期間は教会外の新たな家族構造物の建設が特徴で、日常の生活と活動の明確な証拠のある活発な居住地を示します。以下は本論文の図2です。
第2期(10~11世紀)には、この集落は居住地の特徴を失い、墓地および礼拝所としての役割のみが維持されました。合計19ヶ所の埋葬が、この後期から発掘されてきました(図2)。第2期は、堆積層と廃棄物投棄として再利用された地下貯蔵室(サイロ)で見つかった成体のウシ遺骸によって示唆されるように、生活地域としての場所の放棄で始まります。放射性炭素年代測定は、この移行を9世紀後半に位置づけます。居住地から葬儀空間および最終的にはラニョ(Laño)の新集落への住民の移転は、ラス・ゴバスにおけるこの墓地の歴史の2期を明確に区別します。以前の生物考古学的調査は、この遺跡の独特な性質を強調してきました。これらのうちとくに注目すべきは最近の研究で、過去の暴力的事象を示唆する、剣によって負わされた深刻な頭蓋負傷を示す、成人男性の骨格遺骸の調査に焦点を当てています。
本論文は、イベリア半島における政治と人口動態と社会の変化の5世紀にまたがる、ラス・ゴバスに埋葬された33個体のゲノムを分析します。考古遺伝学的戦略を用いて、これらの個体の遺伝的起源と近親婚と親族関係が調べられます。さらに、メタゲノム手法を用いて、中世イベリア半島共同体内の感染症の状況の調査が開拓されます。最後に、絶対的放射性炭素年代測定が行なわれ、これによって、暴力的事象によって生じた外傷の明確な証拠を示す、ネクロポリスの第1期の2個体に光を当てることが可能となります。本論文の結果は、骨学および同位体分析など以前の構成要素と、全体論的観点で統合されるので、組み合わせることで、このラス・ゴバス遺跡の起源と機能の理解に役立つでしょう。
●ゲノム解析
37個体に属する48点の骨格要素について、全ゲノム配列が生成されました。網羅率0.01倍未満の4個体は除外され、残りの33個体が網羅率0.015~5.37倍(中央値は1倍、平均値は1.27倍)で配列決定されました。配列決定されたゲノムライブラリはすべて、短い断片長と明確な損傷パターンと無視できる水準の汚染を示しており、生成されたデータが内在性で真正である、と示唆されます。
●性別特定と片親性遺伝標識
性別と片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)も決定されました。先行研究で説明されている手法に従って、33個体それぞれの生物学的性別が遺伝学的に特定されて、全個体について明確に分類が得られ、女性(XX)は11個体、男性(XY)は22個体です。男性22個体のうち、3個体を除いて全員がY染色体ハプログループ(YHg)R1b1a1b(M269)もしくはその関連下位系統で、これは青銅器時代以降にヨーロッパにおいて一般的だった遺伝的系統です(関連記事)。残り3個体のうち2個体の具体的なYHgは、データの限界のため決定できませんでしたが、個体37号はYHg-L1b1で、これはヨーロッパにおいて比較的珍しく、現在は中東人口集団で見ることができます。一方で、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)はより高い耐用性を示し、H・J・I・U・K・H・Tを含めて、すべてのヨーロッパの主要系統を表しています。
●暴力と親族関係と拡大家族の構造
ラス・ゴバス遺跡のネクロポリスの第1期(直接的な放射性炭素年代測定による較正年代では610~907年頃)からは、21ヶ所の埋葬が回収され、そのうち14ヶ所は男性で、5ヶ所が女性、2ヶ所が乳児です。これらの個体のうち15個体(男性11個体と女性4個体)のゲノムデータが回収され、親族関係分析に含められました。その結果、15個体のうち6個体のみが本論文で分析された他の個体と親族関係になかった(4親等以上)、と示唆されました。親族関係にある個体の内、男性2個体間の1親等の関係が見つかり、それは個体1号と個体28号で、その親族関係の結果は全キョウダイ(両親が同じキョウダイ)だったことを示唆しています。この兄弟かもしれない2個体は、個体22号と少なくとも3親等の親族関係にあります。
個体22号および28号は、その頭蓋に剣によって引き起こされたいくつかの外傷を示しています。骨学的分析から、このうち少なくとも1個体(28号)はその負傷が死亡した、と示唆されます。これはすべて、ラス・ゴバス遺跡の居住の初期段階における暴力事象を示しており、それは、この両個体(22号と28号)の放射性炭素年代が最古級(566~648年頃)だからです。個体22号は個体34号の3親等の親族でもありました。個体26号と個体35号の男性の別の組み合わせも相互に3親等の親族関係で、おそらくは父方のイトコです。これらの個体はすべて、ラス・ゴバス遺跡のネクロポリスにおいて最古級の層と関連していました。一部の埋葬が第1期と第2期の間の要として機能しており、これが両時期間の連続性を示唆していることに要注意です。これは第1期の2個体(33号と31号)が第2期と関連する息子(個体40号)を有している、唯一の3人家族でよく表れています。さらに、個体23号(第1期)は、第2期の一部でもある個体41号の3親等の親族です(図2)。
ラス・ゴバス共同体が農耕共同体として谷底に移転した第2期(直接的な放射性炭素年代測定では較正年代で979~1036年頃)には、遺伝的に親族関係にある個体の増加が記録されました。この第2期には、合計19ヶ所の埋葬があり、男性は11ヶ所、女性は3ヶ所、乳児は5ヶ所です。これら19個体のうち18個体(男性11個体と女性7個体)からゲノムデータが回収され、そのうち少なくとも15個体はラス・ゴバス遺跡の他の個体と親族関係にありました。これには、構成員7個体のゲノムデータのある3世代にわたる家族が含まれ、そのうち2個体(2号および102号)は別の家族集団の個体7A号とも2親等もしくは3親等の親族関係です(図2)。
兄弟2個体が【自身とは親族関係にない】姉妹2個体と子供を儲けている、との想定はこの家族のあり得る系図の一つで、これは片親性遺伝標識および親族関係の結果、さらには利用可能な考古学および放射性炭素年代測定および骨学的データとも一致します(図2)。個体2号および102号の低網羅率のため、両者間の親族関係が決定できなかったことに要注意です(図2)。この2個体【2号および102号】は1万以上の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)で他の個体と重複していますが、これらの個体を含む関係には注意すべきです。しかし、この2個体【2号および102号】はおそらく兄弟の可能性があり、それはこの2個体が残りの個体と等しく関連しているように見えるからです。
●近親婚
同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH)の頻度と長さは、両親間の系図上の近さの水準と相関して上昇し、近親交配の程度の調査が可能となります。参照ハプロタイプを用いて、網羅率0.3倍以上の個体におけるROHを特定するソフトウェアhapROH(関連記事)を使って、ラス・ゴバス遺跡の全個体と、124万ヶ所の部位を網羅するSNPパネル(関連記事)の40万以上のSNPを有する古代イベリア半島個体群における、近親婚の程度が計算および視覚化されました。とくにラス・ゴバス遺跡の第1期において、数個体が高水準の近親婚を示しました。4~8cM(センチモルガン)のROHは、両期間【第1期と第2期】における祖先の近縁性を示唆します(図3A)。以下は本論文の図3です。
第1期の3個体(31号と34号と38号)と第2期の個体41号も、長いROH断片を有する、と分かりました(図3A・B)。20 cM超のROH断片の合計から、これらの個体の両親は近い親族関係だった、と示唆されます(図3B)。この結果から、参照古代イベリア半島個体群内では、近親交配の水準(ROH断片の合計が20 cM超)はイベリア半島のイスラム教勢力支配期の1個体(I7457)にも存在した、と示唆されます。
●メタゲノム解析
ラス・ゴバス遺跡の人口集団では、合計で6点の病原体が特定されました。aMetaの認証得点に基づいて4点の病原体が検出され、それは、豚丹毒菌(Erysipelothrix rhusiopathiae)、レプトスピラ症の原因となる病原性レプトスピラ(Leptospira interrogans)、肺炎レンサ球菌(Streptococcus pneumoniae)、エルシニア感染症の原因となるエルシニア・エンテロコリチカ(Yersinia enterocolitica)です。ウイルスは低網羅率のため検出困難かもしれず、データベース構成が種水準へと分類されるtaxReadsの数に影響を及ぼすかもしれないので、KrakenUniqで検出された病原体のDNA断片配列(k-mer)/読み取り比率が調べられ、その存在が評価されました。
2点の追加の病原体、つまりシラミ媒介性回帰熱(louse-borne relapsing fever)の原因となるボレリア・レクレンティス(Borrelia recurrentis)と天然痘ウイルスが、aMetaの初期設定閾値下でさらに特定されました。NCBI(National Center for Biotechnology Information、アメリカ国立生物工学情報センター)のデータベース構成のため、ボレリア・レクレンティスは種水準でのわずか2点の読み取りしか示しませんでしたが、より下位の分類学的分岐点と5958のk-merを含むと、じっさいには359点となります。天然痘ウイルスはちょうど閾値以下で、195のtaxReadsと202点の読み取りと1597のk-merとなります。歴史的関心を考慮して、天然痘ウイルスに感染した個体43号はショットガン配列決定の別の循環を受けました。
aMetaを用いて、上述の宿主関連微生物および病原体を特定するため、排除過程が使われました。真の存在と古代の状態を評価する認証得点が9点の指標(編集距離、古代の読み取りの編集距離、読み取りと末端両方の脱アミノ化、平均読み取り長、死後の脱アミノ化得点、平均ヌクレオチド一致、読み取り量、網羅率の均一性、後者は2点追加)に基づいてaMetaパイプラインによって生成されました。この手法によって、認証得点が8以上となる、56点の微生物が検出されました。しかし、41点は環境汚染から解放されなかったので、除外されました。残りの15点のうち、12点はヒト口腔微生物叢と関連しており(そのうち1点は無症状かもしれない病原体)、残りの3点は病原性でした。無症状かもしれない病原体である肺炎レンサ球菌は、個体44・46・47号で認証されましたが、個体43号では認証図面に基づいて検証できませんでした。この真正細菌は成人の約10%と子供ではそれ以上の割合で口腔微生物叢に存在し、呼吸器感染症や肺炎や菌血症を引き起こすかもしれません。
aMetaによって特定された残りの3点の病原性種は、第1期の個体28・32・34・37号および第2期の個体7A号で確認された豚丹毒菌(網羅率の範囲は2.26~92.44%)と、個体43号の病原性レプトスピラと、個体32号のエルシニア・エンテロコリチカです。これらの病原体はそれぞれ異なる疾患の原因で、豚丹毒菌は感染した動物との傷口接触を通じた皮膚感染、病原性レプトスピラは、通常は汚染水との接触から感染した、臓器不全につながるかもしれない致命的疾患、エルシニア・エンテロコリチカは重篤な胃腸炎の原因です。Invやystやmyfなど毒性と関連する遺伝子の一貫した網羅率は、特定されたエルシニア・エンテロコリチカの病原性を裏づけます。競合マッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)はさらに、これら3点の病原体について本論文の結果を確証します。
豚丹毒菌の場合、5点の候補のうち2点は確実な高網羅率(47.7%と92.4%)でしたが、残りの3点は低網羅率(10%未満)でした。後者3点の標本は、明らかな豚丹毒菌起源につながる系統発生的兆候を検証するため、系統発生分析に含められました。全体的に、すべての標本はよく裏づけられた単系統性のクレード(単系統群)を形成し、ロシアの豚丹毒菌のブタ標本1点(GCF_003725505.1)とクラスタ化します(まとまります)。しかし、豚丹毒菌の5点の標本の起源を推測するため、各5系統の位置づけが独立して検証されました。5事例のうち3事例では、ラス・ゴバス遺跡の配列は同じブタ配列(GCF_003725505.1)の隣に位置し、ラス・ゴバス遺跡の少なくとも3点の標本(個体37・34・32号)では単一起源が示唆されます。他の2点(個体7A号と個体28号)については、豚丹毒菌の確実な特定の下位系統起源を確証するには、さらなる捕獲配列決定が必要でしょう。
豚丹毒菌標本は編集距離の減少を示すものの、多くの読み取りは数個体について多数の不適正塩基対(4~10)があることに要注意です。これは、追加の株の古代の損傷および/もしくは偽マッピングに起因するかもしれません。後者は、aMetaデータベースに存在するラス・ゴバス遺跡の豚丹毒菌が、より多くの豚丹毒菌標本で構成される系統発生分析ではたいへん遠かった、という事実に起因します。MALT(MEGAN Alignment Tool)分析は豚丹毒菌標本(GCF_900637845.1)を最も密接な株と分類しましたが、aMetaデータベースに存在しないロシアのブタ標本のゲノム(GCF_003725505.1)が、系統発生では最も密接でした。
aMeta閾値下で調べると、2点の追加の病原体が特定され、それは、個体12号におけるシラミ媒介性回帰熱の原因となるボレリア・レクレンティスと、個体43号の天然痘の原因媒介である古代の天然痘ウイルス(ancient variola virus、略してaVARV)です。両疾患の死亡率は高く、ボレリア・レクレンティスはアフリカの角のように現在でも世界のさまざまな地域に存在しますが、天然痘は根絶されました。競合マッピングは、ボレリア属の他の病原体との比較で、ボレリア・レクレンティスへの読み取りの分類を裏づけました。いくつかの参照ゲノム間の相対的な編集距離から、本論文で検出されたaVARVは唯一利用可能なaVARV(VK382)の(ほぼ)完全な一致配列(関連記事)と最も近かった、と示されました。配列決定の2回目の循環の後で、aVARVについて4228点の読み取りが回収され、VK382にマッピングすると、最大で網羅率の53.4%となる、0.94倍の網羅率が得られました。
aVARVの系統発生的位置を決定するため、90点のポックスウイルスの保存領域を組み込んだ系統樹が構築されました(図4)。最終的な配列は103504ヶ所の部位と8117ヶ所の節約的な情報をもたらす部位で構成されました。合計で56352ヶ所の部位が、個体43号のaVARVに網羅されました。この結果は本論文の標本の低網羅率のため慎重な解釈が求められますが、配列された参照ゲノムに関係なく、それは885~1000年頃にヨーロッパ北部で埋葬された個体群で特定された他の古代VARV株と堅牢にクラスタ化し、VK382であるか、あるいは天然痘に最も近いウイルスであるタテラポックスウイルスと最も密接に関連している、と示されます。以下は本論文の図4です。
●遺伝的構造
ラス・ゴバス遺跡の個体群は、以前に刊行された古代のイベリア半島個体群とともに、124万データセットおよびヒト起源データセット(関連記事)を用いて、現在のユーラシア西部およびアフリカ北部の人口集団の最初の2主成分投影されました。主成分分析(principal component analysis、略してPCA)は、ラス・ゴバス遺跡のネクロポリスの異なる2期間の遺伝的類似性を示唆し、ほとんどの個体は現代のスペイン人集団で観察される遺伝的差異の範囲内に位置づけられました(図5)。負の主成分1(PC1)値(アフリカ北部現代人の方向で)を示し、イベリア半島イスラム教徒の近くでクラスタ化する2個体と、イベリア半島南部の西ゴートとイベリア半島のローマ人を除いて、残りの個体は鉄器時代から中世初期のイベリア半島人の近くでクラスタ化します。以下は本論文の図5です。
PCAの調査結果は、ラス・ゴバス遺跡の2期の個体群がその祖先系統構成要素において有意な差異を欠いている、教師なしADMIXTUREの結果によって裏づけられます(図6)。全体として、ADMIXTUREの結果は、ヨーロッパ的(紫色)構成要素の平均割合(87%)を示し、カロリング朝の個体群(88%)やイベリア半島北部(カタルーニャ州)の西ゴート(87%)のヨーロッパ的構成要素の平均的割合と類似しています(図6)。しかし、イベリア半島北部の西ゴートはわずかにより高水準のアジア西部/コーカサス的な(赤色)構成要素を示します(図6)。注目すべきことに、より顕著な違いは、ラス・ゴバス個体群(8%対4%)とローマ期イベリア半島人(17%対16%)とイベリア半島南部西ゴート人(29%対9%)とイベリア半島イスラム教徒(24%対14%)とイベリア半島後期イスラム教徒(29%対18%)の間で、アフリカ北部およびアジア西部/コーカサス的な構成要素において観察されます(図6)。以下は本論文の図6です。
グラナダのエル・カスティージョ・デ・モンテフリオ(el Castillo de Montefrío)のネクロポリスのイベリア半島南部西ゴートと分類される個体群が、高水準(29%)のアフリカ北部祖先系統をすでに示しながら(図6)、年代が400~600年頃(イベリア半島のウマイヤ朝による征服の数世代前)という事実は、さらなる説明を必要とします(関連記事)。イベリア半島南部に西ゴート集団と高水準のアフリカ北部祖先系統を有する人口集団(たとえば、ローマ帝国の上流階層)との間の遺伝子流動は、後者の集団の文化変容と組み合わさって、イベリア半島南部の初期西ゴートにおける高い割合のアフリカ北部祖先系統を説明できるかもしれません。
一部のイベリア半島南部および南東部個体で観察される顕著なアフリカ北部祖先系統についての別の説明は、イベリア半島へのカルタゴのそれ以前の拡大かもしれません。さらに、じょじょに定住と商業活動が進んだことを含めて、アフリカ北部のベルベル人共同体とイベリア半島南部との間の相互作用の長い歴史が、この遺伝的景観の形成に重要な役割を果たした可能性が高そうです。この観点は、イスラム教化と植民の複雑な過程を調べた広範な学問によって裏づけられており、イベリア半島のウマイヤ朝による征服の前にじょじょに接触があったことを示唆します。これらの点を明らかにし、他のあり得る仮定的状況を調べるためには、さらなる考古学と遺伝学の研究が必要です。
PCAで以前に言及された外れ値2個体(第1期となる773~892年頃のYHg-L1b1の37号男性と、993~1050年頃以前の第2期の女性個体)は、K(系統構成要素数)=5での混合分析において、最高水準のアフリカ北部構成要素の一部(それぞれ23%と13%)を示します。イベリア半島南部および中央部のウマイヤ朝による征服(711年)は、この両個体に先行します。
qpAdm分析が実行され、ラス・ゴバス個体群におけるアフリカ北部祖先系統の程度が家司的に評価されました。図6Bでは、イベリア半島北部の西ゴートもしくは鉄器時代個体群とカナリア諸島先住民集団(関連記事1および関連記事2)を、それぞれ中世初期イベリア半島北部人とアフリカ北部人の代理として用いての、2供給源モデルの結果が示されます。この分析手法によって、分析の各古代の個体の独立性を考慮して、関連する個体群を組み込むことができるようになります。
一般的に、qpAdmの結果はADMIXTUREの結果と一致し、相対的に低水準のアフリカ北部(カナリア諸島先住民)祖先系統を明らかにし、一部の個体はアフリカ北部祖先系統をまったく示しません。しかし、重要なのはこれらの調査結果の慎重な解釈で、それは、カナリア諸島先住民集団が、カナリア諸島への入植以降にアフリカ北部の多様な人口集団からの継続的な遺伝子流動を受けたため、イベリア半島を征服した中世アフリカ北部人口集団を正確には表していないかもしれないからです。qpAdm分析が中東/コーカサスを表す人口集団を除外したことに要注意で、これはそうした人口集団が含まれたADMIXTURE分析とは対照的です。この除外は、ほとんどの個体について中東/コーカサスを組み込んだモデルが実行不可能であることに基づいています。モデル包摂のこの相違は、特定の個体についてのADMIXTUREの結果と比較して、グアンチェス人(Guanches)の割合を増加させる可能性があるかもしれません。
ラス・ゴバス個体群へのイスラム教勢力拡大の影響をさらに調査するため、個体の放射性炭素年代とADMIXTURE(図7A)およびqpAdm(図7B)両手法で計算された祖先系統との間の相関が調べられました。その調査結果から、個体の年代とこれらの祖先系統のさまざまな水準との間に有意な相関はない、と示唆されます。以下は本論文の図7です。
ウマイヤ朝の征服前と征服期両方の時代にさかのぼる、ラス・ゴバス遺跡の個体群のゲノム解析から、この歴史的事象はこの農村共同体内で経時的な非在来遺伝的祖先系統の顕著な増加をもたらさなかった、と示唆されます。しかし、10%以上のアフリカ北部的祖先系統を示す6個体が、イベリア半島におけるイスラム教勢力拡大に続く期間より後であることに要注意です。これらの調査結果から、イベリア半島北部の孤立した農村人口集団内でさえ、アフリカ北部祖先系統を有する人口集団との散発的な遺伝的交換の期間があり、そのかなりの割合はウマイヤ朝カリフ時代に起きた可能性が高い、と示唆されます。しかし、イスラム教勢力によるイベリア半島征服に先行する、ラス・ゴバス遺跡の特定の個体におけるアフリカ北部祖先系統の低水準(10%未満)の検出は、ローマ期イベリア半島人や、限定的な割合(4%)ではあるものの鉄器時代イベリア半島人でさえアフリカ北部祖先系統を示す、という観察と組み合わさって、ラス・ゴバス個体群へのアフリカ北部からの遺伝的影響の時期と供給源の決定的判断を妨げます。
ラス・ゴバス個体群と他の集団との間の人口集団類似性を検証するため、古代の個体群が異なる2期間に区分され、親族関係にある各組み合わせから1個体が除外され、f統計分析が実行されました。対でのf₃結果の多次元尺度構成法(multidimensional scaling、略してMDS)から、この2期間の個体群はほとんどの遺伝的類似性を共有しており(図8)、ラス・ゴバス個体群は均質な人口集団を形成し、それは非在来集団からの比較的低水準の遺伝子流動を伴う、数世紀にわたる人口集団の連続性の結果である可能性が高い、と示唆されました。f₃MDS図の次元1はおそらくおもに、左側から右側へのアフリカ北部および中東祖先系統の増加によってもたらされました。以下は本論文の図8です。
●考察
さまざまなイスラム教およびキリスト教支配の境界、イベリア半島の一部がイスラム教勢力の支配下に置かれたほぼ8世紀の間に、劇的に変動しました。長期間にわたって、イスラム教勢力の支配領域との境界地帯は、ラス・ゴバスにとって近いままで(図1B)、よく記録されているイスラム教勢力の影響は、その100km北東に位置するパレルモにまで遠く及びました。しかし、ラス・ゴバス遺跡に埋葬された個体群は、先ローマ期の鉄器時代イベリア半島人やイベリア半島北部の西ゴートやカロリング朝の人々(アフリカ北部人口集団との明らかな相互作用がなかった集団)と同等の水準のアフリカ北部祖先系統を示します。
注目すべきことに、これらの水準はローマ期の遺跡やイベリア半島南部の西ゴートやイベリア半島のイスラム教徒の個体群での観察より顕著に低くなっています。この観察から、ラス・ゴバス遺跡の記録で見られる5世紀間の前のローマの影響と、イスラム教勢力の影響が、この小さなキリスト教共同体の遺伝的構成に実質的な影響を及ぼさなかった、と示唆されます。これらの調査結果は、歴史資料および現代人の遺伝的データ(関連記事)と一致し、これは、イベリア半島北部、とくにバスク地域は、中世およびローマ期におけるアフリカ北部人口集団からの相対的により低い遺伝的影響を経た、と示唆しています。しかし、比較データとして本論文で用いられた、ローマ期イベリア半島人はイベリア半島内のローマ期遺跡で発見された個体群を指しており(関連記事)、おそらくはローマ期における在来イベリア半島人ではなく、広範なローマ帝国人口集団の多様性を表している、と注意することが重要です。
ラス・ゴバス遺跡のネクロポリスの初期段階における近親婚と暴力の存在は、Y染色体で観察される比較的小さな差異とともに、ラス・ゴバス遺跡が7世紀に、たとえば軍事的経験のある上流階層の構成員かもしれない、小さな父方居住の族内婚集団によって居住された、という可能性についての推測につながります。逆に、より多くの親族関係のつながりと明らかな剣による負傷の欠如が確認された第2期の変化から、ラス・ゴバス遺跡はおそらく、地方の農耕ネクロポリスへとその正確が変わった、と示唆されます。さらに、ラス・ゴバス遺跡のネクロポリスの後期には高水準の近親交配の個体数のわずかな減少があり(図3)、これは社会組織の変化を反映しているかもしれません。しかし、本論文ではラス・ゴバス遺跡の2期間の遺伝的連続性が記録され、この結果から、研究対象の5世紀間にわたる族内婚および動物との密接な相互作用が示唆されます。山脈に囲まれ、都市中心部から比較的と甥ラス・ゴバス遺跡の地理的位置は、この共同体の孤立に寄与した可能性が高そうです。ラス・ゴバス遺跡の一部の個体において観察された高水準の近親婚は族内婚の文化的慣行を示唆しており、近隣共同体からの遺伝子流動も制約していたかもしれません。この局所的な孤立は経時的に、より広範な規模でのアラブ人およびアフリカ北部人からの遺伝子流動の減少にもつながったかもしれません。
メタゲノムの結果は動物との密接な相互作用を示唆しており、それは、ラス・ゴバス共同体内で検出された感染症の大半が人畜共通感染症だったからです。最も一般的なのは豚丹毒菌で、これは切り傷のある状態で肉を扱ったさいに、通常起きる皮膚感染症です。ラス・ゴバス遺跡のヒト遺骸における豚丹毒菌の存在を説明できる仮説は二つで、それは、(1)豚丹毒菌は死骸生物群系に由来した、という仮説ですが、研究は限定的な土壌残留を示唆しており、(2)感染した動物からの人畜共通伝染という仮説で、こちらの方がより可能性の高そうな仮定的状況です。しかし、標本5点からの最も密接な分類群はロシアのブタ株でしたが、その宿主遺骸の起源は不明なままで、それは、この種について厳密な宿主特異性が説明されていないからです。
食料媒介病原体で、エルシニア感染症の原因病原体であり、生焼けの豚肉消費と関連していることが多いエルシニア・エンテロコリチカの発見は、少なくとも1個体におけるこの病原体の存在を示唆しており、これは古代のヒト遺骸における以前の調査結果と一致します。ラス・ゴバス遺跡で検出された他の人畜共通感染症の病原体はボレリア・レクレンティスで、これはヒトコロモジラミによって伝染され、病原性レプトスピラによって引き起こされるレプトスピラ症です。レプトスピラ症は一般的に、感染した動物の尿で汚染された水との接触で感染します。
本論文は、ラス・ゴバス共同体の遺伝的構成と健康状態の調査に加えて、中世における天然痘の汎ヨーロッパ的分布を確証し、天然痘がヨーロッパにどう侵入したのか、という興味深い歴史的な謎への貴重な洞察を提供します。天然痘の感染力と長い潜伏期間を考えると、より小規模な天然痘の伝染がさまざまな時期にヨーロッパのさまざまな地域へともたらされた、という可能性が高そうです。しかし、天然痘の拡大がヒトの移動性増加とともに強化したならば、次に、最近の考古遺伝学的調査結果の観点で、具体的な仮定的状況を調査できます。たとえば、ヴァイキング期の前の7世紀で、710年のウマイヤ朝の侵入に先行する、ヨーロッパ北部で埋葬された個体群におけるaVARVの存在(関連記事)から、天然痘がイベリア半島のイスラム教勢力による征服前のヨーロッパにはすでに存在した、と示唆されます。
ヨーロッパにおけるウイルスの存在を5~6世紀頃の東方からの移住と関連づけた以前の仮説は、考古遺伝学的データにより適合します(関連記事)。ラス・ゴバス遺跡の個体43号で見つかったaVARVの、885~1000年頃のヨーロッパ北部個体群で発見されたaVARVとの系統発生的クラスタ化から、このウイルスがイスラム教勢力の経路ではなくヨーロッパを介してラス・ゴバス遺跡の1個体に到達したかもしれない、と示唆され、それは天然痘がイベリア半島にどのように侵入したのかについて、有力な見解の一つでした。ウマイヤ朝の侵入が天然格だの追加要因だったのかどうは、アフリカ北部および中東で埋葬された個体群からの中世初期VARVで明らかになるでしょう。aVARVに感染した個体(43号)は、レプトスピラ症にも感染していました。豚丹毒菌とエルシニア・エンテロコリチカの両方に感染していた個体32号で観察されたような、二つの異なる病原体を含む感染は、現在と同じくらい過去にも一般的だった可能性が高そうです。
遺伝学と考古学と歴史のデータの統合によって、イベリア半島北部における族内婚と近親婚の存在が明らかになります。何世紀にもわたる激動の地域史にも関わらず、このラス・ゴバス共同体が経てきた外部からの遺伝子流動は限定的でした。本論文の調査結果から、このラス・ゴバス共同体は少なくとも5世紀間にわたって比較的孤立したままだった、と示唆されます。最後に、本論文で収集された他の情報と統合されたラス・ゴバス個体群のメタゲノム解析は、この農村共同体の健康状態の理解を補足します。本論文は、場所固有の病原体に焦点を当てることによって、特定の期間と場所におけるこれらの疾患状況の詳細な見解を提供し、同時に、豚丹毒菌や病原性レプトスピラなど、以前には報告されていなかった古代の病原体も浮き彫りにします。本論文での特定の主張を確証し、広範な期間のイベリア半島人口集団におけるアフリカ北部祖先系統の供給源と時期を正確に示すためには、ローマ期の在来イベリア半島人からの追加の古代ゲノム、とくにローマ期から11世紀にわたるアフリカ北部人のゲノムが不可欠でしょう。
最後に、本論文は検出された病原体を特定し、その古代の状態を確証できるものの、その低い網羅率は時に、さらなる系統発生および遺伝的進化の分析の能力を制約します。さらに、病原性レプトスピラでは、観察された完全ではない編集距離減少パターンは、現代の参照ゲノムと古代のかぶとの間の進化的違い、および/もしくはデータベースにおける適切な参照ゲノムの欠如を反映しているかもしれません。個体12号におけるボレリア・レクレンティスと、個体43号における病原性レプトスピラの存在を裏づける、本論文で示されたさまざまな統計と品質管理にも関わらず、低網羅率によって絶対的な信頼性での存在の確証が妨げられることに要注意です。
参考文献:
Rodríguez-Varela R. et al.(2024): Five centuries of consanguinity, isolation, health, and conflict in Las Gobas: A Northern Medieval Iberian necropolis. Science Advances, 10, 35, eadp8625.
https://doi.org/10.1126/sciadv.adp8625








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