西遼河地域の後期新石器時代における男性に偏った遺伝的混合
西遼河地域において雑穀農耕の痕跡の増加とともに人類集団の遺伝的変容が見られ、それは男性に偏っていたことを報告した研究(Nakagome, and Cooke., 2024)が公表されました。本論文は、西遼河(West Liao River、略してWLR)地域の後期新石器時代において、雑穀農耕の痕跡増加とともに、黄河(Yellow River、略してYR)流域新石器時代集団的な遺伝的構成要素の割合が増加し、アムール川(Amur River、略してAR)流域新石器時代集団的な遺伝的構成要素の割合が増加したさいに、この遺伝的混合が男性に偏っていたことを示しました。これは、農耕拡大において性別の偏りの遺伝的証拠が確認されていないヨーロッパとは対照的で、世界各地の農耕拡大における人類集団の遺伝的構成の変容については、さまざまな様相があったことを示唆しています。
また、農耕の導入に伴って地域集団の大きな遺伝的変容がなかった事例も確認されおり、たとえば現在のウクライナにおいて、中石器時代から新石器時代末まで4000年以上にわたって、農耕を取り入れながら遺伝的連続性を示していた地域があった、と明らかにされています(Mattila et al., 2023)。さらに、西遼河地域において同じ夏家店上層(Upper Xiajiadian)文化集団でも、牧畜と雑穀農耕では担い手の遺伝的構成が異なっていた可能性も指摘されており、牧畜と農耕などの生計も含めて、文化とその担い手の遺伝的構成とを安易に断定する危険性が改めて示されているように思います。近年の古代ゲノム研究の進展には目覚ましいものがありますが、考古学の研究成果との関連づけを安易に一律に行なってはならず、あくまでも個別具体的事例に即して検証する必要があるでしょう。なお、時代区分の略称は以下の通りです。新石器時代(Neolithic、略してN)、中期新石器時代(Middle Neolithic、略してMN)、後期新石器時代(Late Neolithic、略してLN)、青銅器時代(Bronze Age、略してBA)。
●要約
農耕はおそらくヒトの歴史において最も大きな技術革新で、最終的には地球上に広がりましたが、その具体的な起源と拡散は地域によって独特です。したがって、さまざまな地域における農耕への独立した移行を理解しようとするさいには、多様な地理的および文化的背景を考慮することが重要です。近年、古代人のゲノムの配列決定において顕著な増加があり、農耕の局所的採用の遺伝的影響に関して、より地域的に特化した問題を提起することが可能となりました。とくに有益な手法の一つは、男女それぞれに由来する遺伝的混合の不均衡の調査で、これは先史時代の人口集団の社会的構造および文化的相互作用への貴重な洞察を提供します。
本論文では、農耕革命の最初期の中心地の一つとよく知られている地域である中国北部の古代人のゲノムの刊行されている利用可能なデータを活用し、常染色体と性別で特異的に継承されるX染色体の差異に基づいて、さまざまな期間の遺伝的混合における性別の偏りの可能性を調べます。本論文の分析は、後期新石器時代における西遼河流域への黄河流域の男性からのより高い流入を特定し、この流入は西遼河地域における雑穀農耕への依存増加と関連しています。この結果は、とくに性別の偏った混合の証拠がないヨーロッパにおける農耕への移行と比較すると、中国北部における農耕への移行の特徴を強調します。
●研究史
農耕への移行は世界的現象でしたが、その起源と拡散は地域特有でした。したがって、さまざまな地域において多様な方法で展開した農耕への移行の独立した過程を調べることが肝要です。農耕革命以降に激化した本質的側面は、異なる人口集団間の遺伝的物質の高官として定義される遺伝的混合です。この過程は一連の人口集団の孤立事象から拡大と接触によって特徴づけられる時代へとヒトの歴史を変容させてきており、ヒトの遺伝と文化と言語の多様性に大きな影響を及ぼしましたるこれらの永続的影響は、世界中の多様な人口集団におけるゲノムの差異を形成し続けています(Nielsen et al., 2017)。
さまざまな共同体もしくはさまざまな地理的人口集団間の混合事象中に、男女は異なる人口統計学的軌跡を経ることが多く、それは人口移動や社会的親族関係や家族構造を含めていくつかの要因のためです(Mathieson et al., 2018、Jeong et al., 2020)。遺伝学的および民族誌的研究は一貫して、狩猟採集民人口集団と比較して農耕共同体における父方居住のより高い割合を示唆しています(Cassidy et al., 2020)。古代ゲノミクス分野では、とくにヨーロッパからのデータ急増を経てきており(Liu et al., 2021)、過去数千年間のヨーロッパの歴史を特徴づける、繰り返しの広範なヒトの移住と置換を解明してきました(Haak et al., 2015、Mathieson et al., 2015)。以前の仮説とは対照的に、ヨーロッパにおける農耕拡大期に性別の偏った移住の証拠はありません(Goldberg et al., 2017)。しかし、ヨーロッパで観察されたパターンは世界の他地域では異なっているかもしれません。
アジア東部、とくに中国【本論文の「中国」がどの範囲を想定しているのか、よく分かりませんでした】は、農耕革命の最古級の独立した中心地の一つで、中国南部の天水稲作と中国北部地域の乾燥地雑穀耕作が含まれます、中国北部は、黄河の中流域および下流域に栄えたよく知られている文明【当ブログでは原則として「文明」という用語を使いませんが、この記事では本論文の「civilization」を「文明」と訳します】の起源として、とくに重要です。この文明では、新石器時代以降、農耕の開発とその後の国家の形成がありました。さらに、同じ地理的地域内の主要な河川体系である西遼河流域は、中期新石器時代までに雑穀農耕の採用と拡大における重要な役割について次第に認識されてきました。しかし、西遼河流域では、この生計戦略は青銅器時代もしくは鉄器時代において遊牧民の牧畜に部分的に置換されましたるこの変化は、アムール川地域との文化的相互作用を反映しているかもしれず、アムール川地域では、人々が狩猟と漁撈と畜産と雑穀栽培を組み合わせた生活様式が歴史時代まで維持されました。
最近の古代ゲノム研究は、中国北部における生計戦略の継続もしくは変化を移住および混合と結びつける、説得力のある証拠を提供しました(Ning et al., 2020)。黄河およびアムール川沿いの人口集団の遺伝的祖先は、明確に区別できる特徴を示します。アムール川人口集団は比較的安定した遺伝的構造を経時的に示し、おそらくは経時的な一貫した生活様式を示唆しています。対照的に、黄河流域人口集団の遺伝的構成は後期新石器時代以降に中国南部およびアジア南東部の人口集団との相互作用に影響を受けており、これは稲作農耕の北方への拡大に起因するかもしれません。
黄河とアムール川との間に位置する西遼河は、黄河およびアムール川祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の二重の遺伝的構造を示します。重要なことに、これら二つの異なる祖先の割合は経時的に変わっており、新石器時代における雑穀農耕の増加および青銅器時代における牧畜への部分的移行と一致します。これらの移住は、先行研究で提案されたように、社会と文化だけではなく言語の変化とさえ一致します。しかし、興味深い問題は研究では未調査になっており、つまりは移民の流入が性別の偏りを伴っていた可能性があるのかどうかです。本論文は、黄河と西遼河とアムール川の古代人のゲノムの刊行されている利用可能な時間横断区を活用します(Ning et al., 2020)。次に、本論文の分析は、常染色体と性別に特異的に継承されるX染色体の差異を調べることで、これらの人口集団の遺伝的歴史を対比させます。
●標本と手法
以前に処理されて編集された古代人のゲノム(Cooke et al., 2021)が使用され、アムール川地域のデータ(Mao et al., 2021)が追加されます。少数派アレル(対立遺伝子)頻度が1%ある常染色体とX染色体上の塩基転位(transition、略してTi、ピリミジン塩基間もしくはプリン塩基間の置換)のみの一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)で選別された、サイモンズゲノム多様性計画(Simons Genome Diversity Project、略してSGDP)に存在する両アレル(対立遺伝子)部位(Mallick et al., 2016)で、古代の個体全員が遺伝子型決定されました。この過程によって、本論文の統合されたデータにおいて常染色体もしくはX染色体で3864366もしくは143265ヶ所のSNP部位が得られました。各SNP部位について、疑似半数体データを生成するため、各部位について高品質の一塩基(30塩基対)が無作為に呼び出されました。
混合事象はqpAdm第1000版を用いてモデル化され、分析で外群として含まれた「右側」人口集団は7人口集団で構成されており、それは、サルデーニャ島民3個体、ネパールのクスンダ人(Kusunda)2個体、パプア人14個体、傣人(Dai)4個体、アミ人(Ami)2個体、ネパール北部のチョクホパニ(Chokhopani)遺跡の1個体(Jeong et al., 2016)、悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave)の4個体(Sikora et al., 2019)です。二つの異なる祖先供給源、つまり黄河流域とアムール川流域を用いて、西遼河人口集団における2方向混合がモデル化されました。黄河祖先系統を表すため、黄河流域の中原の新石器時代個体群が組み込まれました(Ning et al., 2020)。アムール川祖先系統については、9000~6000年前頃のアムール川地域の個体群が含められました(Ning et al., 2020、Mao et al., 2021)。
混合過程における潜在的な性別の偏りを評価するため、先行研究(Mathieson et al., 2018、Jeong et al., 2020)で開発された手法が利用されました。要するに、まず常染色体もしくはX染色体のデータでqpAdmを用いて祖先系統の割合が推定されました。次に、常染色体とX染色体との間の割合の違いに基づいてZ得点が計算されました。正のZ得点は、常染色体がX染色体以上に特定の祖先系統を有している、と示唆しており、男性主体の混合が示唆されます。対照的に、負のZ得点は女性主体の混合を示唆します。
●分析結果
性別特有の行動は、人口集団内の男女間で異なって継承された遺伝的差異のパターンに痕跡を残します。中国北部における性別特有の人口動態および文化的移行とのその関係を解明するため、qpAdmに基づく混合モデル化を用いて、西遼河地域の個体群における常染色体とX染色体両方での黄河およびアムール川祖先系統の割合が推定されました。男性が母方のX染色体のみを継承することを考えると、常染色体とX染色体との間の割合の不均衡は性別の偏った混合を示唆します。
常染色体の差異に基づく本論文のモデル化は、先行研究(Ning et al., 2020)で報告されたように、西遼河人口集団の二重祖先系統構造の割合における時間的変化を効率的に再現しました(図1、表1)。モンゴル南部(現在の中華人民共和国内モンゴル自治区)のハミンマンガ(Haminmangha、略してHMMH)遺跡の中期新石器時代の1個体(HMMH_MN)は、かなりの割合(80%超)のアムール川祖先系統を有していました。対照的に、HMMH_MNより黄河地域に約200~300km近い遺跡の個体群はWLR_MNと分類され、WLR_MN とHMMH_MN がほぼ同時代であるにも関わらず、WLR_MN はHMMH_MN(約20%)より顕著に高い割合(約40%)の黄河祖先系統を、有しています。後期新石器時代においては(WLR_LN)、黄河祖先系統が優勢になり、雑穀農耕への依存度増加の考古学的証拠によって裏づけられるように、黄河流域からの個体群のかなりの流入が示唆されます。しかし、青銅器時代には(WLR_BA)、この2祖先系統(黄河流域とアムール川流域)の割合は均衡し、おそらくは牧畜による雑穀農耕の部分的置換に起因します。以下は本論文の図1です。
X染色体は、二重祖先系統構造における変化の独特なパターンを経時的に示します(図1)。この性染色体上で利用可能な遺伝的多様体は少数なので、推定される割合にはかなりの分散があります。それにも関わらず、常染色体とX染色体との間の黄河祖先系統の割合における不一致を調べることで、黄河祖先系統がX染色体よりも常染色体でより多いのかどうか(つまり、Z得点は正の方向になる傾向があるのか)、評価でき、男性主体の混合か、あるいはその逆(つまり、Z得点が負になる傾向の、女性主体の混合)。
常染色体データと一致して、アムール川祖先系統と比較しての黄河祖先系統のより高い割合が、西遼河流域の紅山(Hongshan)文化と関連する中期新石器時代個体群のX染色体で明らかです。これらの結果から、この期間の混合はZ=–1.451で示唆されるように、性別に関して偏っていないかもしれない、と示唆されます(図1)。しかし、この傾向は後期新石器時代に変わり、黄河祖先系統の割合が常染色体では高いものの、X染色体ではさほど顕著ではありません。じっさい、男性主体の黄河祖先系統の混合の有意な兆候が観察されます(Z=3.396)。WLR_LN集団内では男性2個体が含まれており、そのうち1個体のY染色体ハプログループ(YHg)は、古代黄河流域個体群で優勢なYHgであるO2aである、(Ning et al., 2020)と注目することが重要です。その後の青銅器時代には、性別の偏りの証拠なしに(Z=1.576)、アムール川祖先系統の増加が示されます。
●考察
本論文の調査結果は、中国北部の農耕拡大における性別特有の動態を明らかにします。WLR_LNの常染色体で観察された、X染色体と比較しての黄河祖先系統のかなりの増加は、黄河地域から移住した男性の流入がより多い説得力のある証拠となります。この移住は、西遼河地域における在来人口集団との混合につながりました。この男性主体のパターンは、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ではなくY染色体のデータが現在の韓国人集団における南方から北方への移住をより裏づける、と示唆した以前の発見と一致します。重要なことに、本論文は、とくに前期新石器時代における性別の偏った混合の証拠がないヨーロッパにおける農耕への移行(Goldberg et al., 2017)と比較すると、農耕への移行過程における地域的な特徴を浮き彫りにします。
本論文で示唆されているように、古代ゲノムデータを用いての混合割合の推定は、小さな標本規模や低網羅率など、さまざまな要因のためある程度の不確実性を含むことが多くなります。これらの要因は、性別の偏った混合の結果の解釈のさいには慎重に考慮すべきで、それは、こうした要因がX染色体上の分析可能なSNP数に直接的に影響を及ぼし、統計的優位性の観察において課題をもたらすかもしれないからです(Brielle et al., 2023、Gnecchi-Ruscone et al., 2024)。
本論文は、ヒトの歴史における重要な過程を推測するために、古代の個体群における常染色体とX染色体の差異をともに活用することによって概念実証として機能します。より大きくより密に標本抽出された時間横断区を組み込んだ将来の研究は、農耕が移民と在来人口集団との間の相互作用を通じて、アジア東部のより広範な地域に拡大した機序の理解をさらに深めるでしょう。
参考文献:
Brielle ES. et al.(2023): Entwined African and Asian genetic roots of medieval peoples of the Swahili coast. Nature, 615, 7954, 866–873.
https://doi.org/10.1038/s41586-023-05754-w
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Cassidy LM. et al.(2020): A dynastic elite in monumental Neolithic society. Nature, 582, 7812, 384–388.
https://doi.org/10.1038/s41586-020-2378-6
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Cooke NP. et al.(2021): Ancient genomics reveals tripartite origins of Japanese populations. Science Advances, 7, 38, eabh2419.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abh2419
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Gnecchi-Ruscone GA. et al.(2024): Network of large pedigrees reveals social practices of Avar communities. Nature, 629, 8011, 376–383.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07312-4
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Goldberg A. et al.(2017): Ancient X chromosomes reveal contrasting sex bias in Neolithic and Bronze Age Eurasian migrations. PNAS, 114, 10, 2657–2662.
https://doi.org/10.1073/pnas.1616392114
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Haak W. et al.(2015): Massive migration from the steppe was a source for Indo-European languages in Europe. Nature, 522, 7555, 207–211.
https://doi.org/10.1038/nature14317
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Jeong C. et al.(2016): Long-term genetic stability and a high-altitude East Asian origin for the peoples of the high valleys of the Himalayan arc. PNAS, 113, 27, 7485–7490.
https://doi.org/10.1073/pnas.1520844113
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Jeong C. et al.(2020): A Dynamic 6,000-Year Genetic History of Eurasia’s Eastern Steppe. Cell, 183, 4, 890–904.E29.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2020.10.015
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Liu Y. et al.(2021): Insights into human history from the first decade of ancient human genomics. Science, 373, 6562, 1479–1484.
https://doi.org/10.1126/science.abi8202
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Mallick S. et al.(2016): The Simons Genome Diversity Project: 300 genomes from 142 diverse populations. Nature, 538, 7624, 201–206.
https://doi.org/10.1038/nature18964
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Mao X. et al.(2021): The deep population history of northern East Asia from the Late Pleistocene to the Holocene. Cell, 184, 12, 3256–3266.E13.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2021.04.040
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Mathieson I. et al.(2015): Genome-wide patterns of selection in 230 ancient Eurasians. Nature, 528, 7583, 499–503.
https://doi.org/10.1038/nature16152
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Mathieson I. et al.(2018): The genomic history of southeastern Europe. Nature, 555, 7695, 197–203.
https://doi.org/10.1038/nature25778
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Mattila TM. et al.(2023): Genetic continuity, isolation, and gene flow in Stone Age Central and Eastern Europe. Communications Biology, 6, 793.
https://doi.org/10.1038/s42003-023-05131-3
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Nakagome S, and Cooke NP.(2024): Male-driven admixture facilitated subsistence shift in northern China. Anthropological Science, 132, 2, 79–84.
https://doi.org/10.1537/ase.240520
Nielsen R. et al.(2017): Tracing the peopling of the world through genomics. Nature, 541, 7637, 302–310.
https://doi.org/10.1038/nature21347
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Ning C. et al.(2020): Ancient genomes from northern China suggest links between subsistence changes and human migration. Nature Communications, 11, 2700.
https://doi.org/10.1038/s41467-020-16557-2
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Schroeder H. et al.(2019): Unraveling ancestry, kinship, and violence in a Late Neolithic mass grave. PNAS, 116, 22, 10705–10710.
https://doi.org/10.1073/pnas.1820210116
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Sikora M. et al.(2019): The population history of northeastern Siberia since the Pleistocene. Nature, 570, 7760, 182–188.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1279-z
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Zhu KY. et al.(2024): The genetic diversity in the ancient human population of Upper Xiajiadian culture. Journal of Systematics and Evolution, 62, 4, 785–793.
https://doi.org/10.1111/jse.13029
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また、農耕の導入に伴って地域集団の大きな遺伝的変容がなかった事例も確認されおり、たとえば現在のウクライナにおいて、中石器時代から新石器時代末まで4000年以上にわたって、農耕を取り入れながら遺伝的連続性を示していた地域があった、と明らかにされています(Mattila et al., 2023)。さらに、西遼河地域において同じ夏家店上層(Upper Xiajiadian)文化集団でも、牧畜と雑穀農耕では担い手の遺伝的構成が異なっていた可能性も指摘されており、牧畜と農耕などの生計も含めて、文化とその担い手の遺伝的構成とを安易に断定する危険性が改めて示されているように思います。近年の古代ゲノム研究の進展には目覚ましいものがありますが、考古学の研究成果との関連づけを安易に一律に行なってはならず、あくまでも個別具体的事例に即して検証する必要があるでしょう。なお、時代区分の略称は以下の通りです。新石器時代(Neolithic、略してN)、中期新石器時代(Middle Neolithic、略してMN)、後期新石器時代(Late Neolithic、略してLN)、青銅器時代(Bronze Age、略してBA)。
●要約
農耕はおそらくヒトの歴史において最も大きな技術革新で、最終的には地球上に広がりましたが、その具体的な起源と拡散は地域によって独特です。したがって、さまざまな地域における農耕への独立した移行を理解しようとするさいには、多様な地理的および文化的背景を考慮することが重要です。近年、古代人のゲノムの配列決定において顕著な増加があり、農耕の局所的採用の遺伝的影響に関して、より地域的に特化した問題を提起することが可能となりました。とくに有益な手法の一つは、男女それぞれに由来する遺伝的混合の不均衡の調査で、これは先史時代の人口集団の社会的構造および文化的相互作用への貴重な洞察を提供します。
本論文では、農耕革命の最初期の中心地の一つとよく知られている地域である中国北部の古代人のゲノムの刊行されている利用可能なデータを活用し、常染色体と性別で特異的に継承されるX染色体の差異に基づいて、さまざまな期間の遺伝的混合における性別の偏りの可能性を調べます。本論文の分析は、後期新石器時代における西遼河流域への黄河流域の男性からのより高い流入を特定し、この流入は西遼河地域における雑穀農耕への依存増加と関連しています。この結果は、とくに性別の偏った混合の証拠がないヨーロッパにおける農耕への移行と比較すると、中国北部における農耕への移行の特徴を強調します。
●研究史
農耕への移行は世界的現象でしたが、その起源と拡散は地域特有でした。したがって、さまざまな地域において多様な方法で展開した農耕への移行の独立した過程を調べることが肝要です。農耕革命以降に激化した本質的側面は、異なる人口集団間の遺伝的物質の高官として定義される遺伝的混合です。この過程は一連の人口集団の孤立事象から拡大と接触によって特徴づけられる時代へとヒトの歴史を変容させてきており、ヒトの遺伝と文化と言語の多様性に大きな影響を及ぼしましたるこれらの永続的影響は、世界中の多様な人口集団におけるゲノムの差異を形成し続けています(Nielsen et al., 2017)。
さまざまな共同体もしくはさまざまな地理的人口集団間の混合事象中に、男女は異なる人口統計学的軌跡を経ることが多く、それは人口移動や社会的親族関係や家族構造を含めていくつかの要因のためです(Mathieson et al., 2018、Jeong et al., 2020)。遺伝学的および民族誌的研究は一貫して、狩猟採集民人口集団と比較して農耕共同体における父方居住のより高い割合を示唆しています(Cassidy et al., 2020)。古代ゲノミクス分野では、とくにヨーロッパからのデータ急増を経てきており(Liu et al., 2021)、過去数千年間のヨーロッパの歴史を特徴づける、繰り返しの広範なヒトの移住と置換を解明してきました(Haak et al., 2015、Mathieson et al., 2015)。以前の仮説とは対照的に、ヨーロッパにおける農耕拡大期に性別の偏った移住の証拠はありません(Goldberg et al., 2017)。しかし、ヨーロッパで観察されたパターンは世界の他地域では異なっているかもしれません。
アジア東部、とくに中国【本論文の「中国」がどの範囲を想定しているのか、よく分かりませんでした】は、農耕革命の最古級の独立した中心地の一つで、中国南部の天水稲作と中国北部地域の乾燥地雑穀耕作が含まれます、中国北部は、黄河の中流域および下流域に栄えたよく知られている文明【当ブログでは原則として「文明」という用語を使いませんが、この記事では本論文の「civilization」を「文明」と訳します】の起源として、とくに重要です。この文明では、新石器時代以降、農耕の開発とその後の国家の形成がありました。さらに、同じ地理的地域内の主要な河川体系である西遼河流域は、中期新石器時代までに雑穀農耕の採用と拡大における重要な役割について次第に認識されてきました。しかし、西遼河流域では、この生計戦略は青銅器時代もしくは鉄器時代において遊牧民の牧畜に部分的に置換されましたるこの変化は、アムール川地域との文化的相互作用を反映しているかもしれず、アムール川地域では、人々が狩猟と漁撈と畜産と雑穀栽培を組み合わせた生活様式が歴史時代まで維持されました。
最近の古代ゲノム研究は、中国北部における生計戦略の継続もしくは変化を移住および混合と結びつける、説得力のある証拠を提供しました(Ning et al., 2020)。黄河およびアムール川沿いの人口集団の遺伝的祖先は、明確に区別できる特徴を示します。アムール川人口集団は比較的安定した遺伝的構造を経時的に示し、おそらくは経時的な一貫した生活様式を示唆しています。対照的に、黄河流域人口集団の遺伝的構成は後期新石器時代以降に中国南部およびアジア南東部の人口集団との相互作用に影響を受けており、これは稲作農耕の北方への拡大に起因するかもしれません。
黄河とアムール川との間に位置する西遼河は、黄河およびアムール川祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の二重の遺伝的構造を示します。重要なことに、これら二つの異なる祖先の割合は経時的に変わっており、新石器時代における雑穀農耕の増加および青銅器時代における牧畜への部分的移行と一致します。これらの移住は、先行研究で提案されたように、社会と文化だけではなく言語の変化とさえ一致します。しかし、興味深い問題は研究では未調査になっており、つまりは移民の流入が性別の偏りを伴っていた可能性があるのかどうかです。本論文は、黄河と西遼河とアムール川の古代人のゲノムの刊行されている利用可能な時間横断区を活用します(Ning et al., 2020)。次に、本論文の分析は、常染色体と性別に特異的に継承されるX染色体の差異を調べることで、これらの人口集団の遺伝的歴史を対比させます。
●標本と手法
以前に処理されて編集された古代人のゲノム(Cooke et al., 2021)が使用され、アムール川地域のデータ(Mao et al., 2021)が追加されます。少数派アレル(対立遺伝子)頻度が1%ある常染色体とX染色体上の塩基転位(transition、略してTi、ピリミジン塩基間もしくはプリン塩基間の置換)のみの一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)で選別された、サイモンズゲノム多様性計画(Simons Genome Diversity Project、略してSGDP)に存在する両アレル(対立遺伝子)部位(Mallick et al., 2016)で、古代の個体全員が遺伝子型決定されました。この過程によって、本論文の統合されたデータにおいて常染色体もしくはX染色体で3864366もしくは143265ヶ所のSNP部位が得られました。各SNP部位について、疑似半数体データを生成するため、各部位について高品質の一塩基(30塩基対)が無作為に呼び出されました。
混合事象はqpAdm第1000版を用いてモデル化され、分析で外群として含まれた「右側」人口集団は7人口集団で構成されており、それは、サルデーニャ島民3個体、ネパールのクスンダ人(Kusunda)2個体、パプア人14個体、傣人(Dai)4個体、アミ人(Ami)2個体、ネパール北部のチョクホパニ(Chokhopani)遺跡の1個体(Jeong et al., 2016)、悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave)の4個体(Sikora et al., 2019)です。二つの異なる祖先供給源、つまり黄河流域とアムール川流域を用いて、西遼河人口集団における2方向混合がモデル化されました。黄河祖先系統を表すため、黄河流域の中原の新石器時代個体群が組み込まれました(Ning et al., 2020)。アムール川祖先系統については、9000~6000年前頃のアムール川地域の個体群が含められました(Ning et al., 2020、Mao et al., 2021)。
混合過程における潜在的な性別の偏りを評価するため、先行研究(Mathieson et al., 2018、Jeong et al., 2020)で開発された手法が利用されました。要するに、まず常染色体もしくはX染色体のデータでqpAdmを用いて祖先系統の割合が推定されました。次に、常染色体とX染色体との間の割合の違いに基づいてZ得点が計算されました。正のZ得点は、常染色体がX染色体以上に特定の祖先系統を有している、と示唆しており、男性主体の混合が示唆されます。対照的に、負のZ得点は女性主体の混合を示唆します。
●分析結果
性別特有の行動は、人口集団内の男女間で異なって継承された遺伝的差異のパターンに痕跡を残します。中国北部における性別特有の人口動態および文化的移行とのその関係を解明するため、qpAdmに基づく混合モデル化を用いて、西遼河地域の個体群における常染色体とX染色体両方での黄河およびアムール川祖先系統の割合が推定されました。男性が母方のX染色体のみを継承することを考えると、常染色体とX染色体との間の割合の不均衡は性別の偏った混合を示唆します。
常染色体の差異に基づく本論文のモデル化は、先行研究(Ning et al., 2020)で報告されたように、西遼河人口集団の二重祖先系統構造の割合における時間的変化を効率的に再現しました(図1、表1)。モンゴル南部(現在の中華人民共和国内モンゴル自治区)のハミンマンガ(Haminmangha、略してHMMH)遺跡の中期新石器時代の1個体(HMMH_MN)は、かなりの割合(80%超)のアムール川祖先系統を有していました。対照的に、HMMH_MNより黄河地域に約200~300km近い遺跡の個体群はWLR_MNと分類され、WLR_MN とHMMH_MN がほぼ同時代であるにも関わらず、WLR_MN はHMMH_MN(約20%)より顕著に高い割合(約40%)の黄河祖先系統を、有しています。後期新石器時代においては(WLR_LN)、黄河祖先系統が優勢になり、雑穀農耕への依存度増加の考古学的証拠によって裏づけられるように、黄河流域からの個体群のかなりの流入が示唆されます。しかし、青銅器時代には(WLR_BA)、この2祖先系統(黄河流域とアムール川流域)の割合は均衡し、おそらくは牧畜による雑穀農耕の部分的置換に起因します。以下は本論文の図1です。
X染色体は、二重祖先系統構造における変化の独特なパターンを経時的に示します(図1)。この性染色体上で利用可能な遺伝的多様体は少数なので、推定される割合にはかなりの分散があります。それにも関わらず、常染色体とX染色体との間の黄河祖先系統の割合における不一致を調べることで、黄河祖先系統がX染色体よりも常染色体でより多いのかどうか(つまり、Z得点は正の方向になる傾向があるのか)、評価でき、男性主体の混合か、あるいはその逆(つまり、Z得点が負になる傾向の、女性主体の混合)。
常染色体データと一致して、アムール川祖先系統と比較しての黄河祖先系統のより高い割合が、西遼河流域の紅山(Hongshan)文化と関連する中期新石器時代個体群のX染色体で明らかです。これらの結果から、この期間の混合はZ=–1.451で示唆されるように、性別に関して偏っていないかもしれない、と示唆されます(図1)。しかし、この傾向は後期新石器時代に変わり、黄河祖先系統の割合が常染色体では高いものの、X染色体ではさほど顕著ではありません。じっさい、男性主体の黄河祖先系統の混合の有意な兆候が観察されます(Z=3.396)。WLR_LN集団内では男性2個体が含まれており、そのうち1個体のY染色体ハプログループ(YHg)は、古代黄河流域個体群で優勢なYHgであるO2aである、(Ning et al., 2020)と注目することが重要です。その後の青銅器時代には、性別の偏りの証拠なしに(Z=1.576)、アムール川祖先系統の増加が示されます。
●考察
本論文の調査結果は、中国北部の農耕拡大における性別特有の動態を明らかにします。WLR_LNの常染色体で観察された、X染色体と比較しての黄河祖先系統のかなりの増加は、黄河地域から移住した男性の流入がより多い説得力のある証拠となります。この移住は、西遼河地域における在来人口集団との混合につながりました。この男性主体のパターンは、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ではなくY染色体のデータが現在の韓国人集団における南方から北方への移住をより裏づける、と示唆した以前の発見と一致します。重要なことに、本論文は、とくに前期新石器時代における性別の偏った混合の証拠がないヨーロッパにおける農耕への移行(Goldberg et al., 2017)と比較すると、農耕への移行過程における地域的な特徴を浮き彫りにします。
本論文で示唆されているように、古代ゲノムデータを用いての混合割合の推定は、小さな標本規模や低網羅率など、さまざまな要因のためある程度の不確実性を含むことが多くなります。これらの要因は、性別の偏った混合の結果の解釈のさいには慎重に考慮すべきで、それは、こうした要因がX染色体上の分析可能なSNP数に直接的に影響を及ぼし、統計的優位性の観察において課題をもたらすかもしれないからです(Brielle et al., 2023、Gnecchi-Ruscone et al., 2024)。
本論文は、ヒトの歴史における重要な過程を推測するために、古代の個体群における常染色体とX染色体の差異をともに活用することによって概念実証として機能します。より大きくより密に標本抽出された時間横断区を組み込んだ将来の研究は、農耕が移民と在来人口集団との間の相互作用を通じて、アジア東部のより広範な地域に拡大した機序の理解をさらに深めるでしょう。
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