チベット高原の紀元前二千年紀のウシ属のゲノムデータ

 チベット高原の紀元前二千年紀のウシ属のゲノムデータを報告した研究(Chen et al., 2024)が公表されました。本論文は、中華人民共和国青海省海西モンゴル族チベット族自治州都蘭(Dulan)県の諾木洪(Nuomuhong)文化に属する関鍵詞為(Tawendaliha)遺跡で発見され、ウシ属遺骸3個体のゲノム解析によって、他のウシ属との関係を検証しています。このウシ属遺骸3点(TW16、TW35、TW38)のうち、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)では、TW35とTW38がオーロックス(Bos primigenius)型のmtHg-Cに分類されたのに対して、TW 16は家畜ウシ(Bos taurus taurus)系統のmtHg-T3に分類されました。

 しかし、常染色体ゲノムではTW35とTW38は明確に異なり、TW38とTW16が古代(陝西省で発見された3900年前頃の1個体)および現代の家畜ウシとクラスタ化し(まとまり)、TW38はTW35個体的な遺伝的構成要素を20%程度有している、と示されました。これらの分析結果から、TW35はアジア東部においてTW16のようなユーラシア西方から導入された初期の家畜ウシに遺伝的に寄与した在来のオーロックスで、TW27は在来のオーロックスからの遺伝子移入を受けた家畜ウシの子孫だと推測されました。チベット高原の他の遺跡の事例からも、ユーラシア東部のウシ属において、新たに導入された家畜品種と在来のウシ属との間で広範な遺伝的混合があった、と示唆されます。以下は本論文の要約図です。
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●分析結果と考察

 野生のオーロックス(Bos primigenius)はかつてユーラシアおよびアフリカ北部に広く存在していましたが、17世紀頃に絶滅しました。オーロックスは現代のウシ(Bos taurus taurus)とコブウシ(Bos taurus indicus)の祖先と考えられており、ウシとコブウシは、アジア南西部とアジア南部に限定された地域でそれぞれ家畜化されました(関連記事)。在来のオーロックスから家畜ウシへの広範な遺伝子流動は、アジア南西部とヨーロッパとアフリカで充分に報告されており(関連記事)、初期のウシの家畜化と拡散両方の根底にある機序について、問題が提起されています。アジア南西部からの家畜ウシの導入は、3900年前頃の古代中国における他の反芻動物家畜、および2500年前頃のチベット高原最南端における到来とともに、考古学および古代DNAによって裏づけられています。

 古生物学的証拠から、在来のオーロックスが後期更新世の中国北部には広がっており、それは後期完新世におけるアジア内陸部からの家畜ウシの到来前だった、と示唆されています。中国北東部の10660年前頃となるオーロックス標本1点に関する最初の分子研究は、ハプログループCと関連するミトコンドリアDNA(mtDNA)を明らかにしました。その後の古代DNA研究は、後期新石器時代の中国北部および中央部のウシ属におけるmtDNAハプログループ(mtHg)Cの一般的な存在を明らかにしており、この広範な地域における家畜ウシの導入の時期に相当します。

 現生アジア東部ウシにおいて、オーロックスのmtHg-Cは検出されてきませんでした。しかし、これはアジア東部における初期のウシとオーロックスの交雑の可能性を除外しません。アジア東部のオーロックスからのゲノムデータの欠如のため、アジア東部のオーロックスと初期の家畜ウシとの間の家畜化後の交雑の性質と程度は不明なままです。チベット高原の北端を横断する、家畜ウシの東方への拡大の既知の経路を考えると、チベット高原北部はそうした研究の地理的焦点です。

 この問題に答えるため、異なる個体のウシ属の骨3点が、中華人民共和国青海省海西モンゴル族チベット族自治州都蘭(Dulan)県の典型的な諾木洪(Nuomuhong)文化遺跡である関鍵詞為(Tawendaliha)遺跡(東経97度24分、北府36度06分、海抜2861m)から標本抽出されました(図1a・b)。以前の報告によると、関鍵詞為遺跡の較正年代は3400~2450年前頃です【以下、基本的に較正年代です】。これら3点のウシの骨(TW16、TW35、TW38)の年代を確実にするため、骨格遺骸の第二次標本が加速器質量分析法(accelerator mass spectrometry、略してAMS)を用いて分析され、TW 16では3685~3439年前頃、TW35では3460~3360年前頃、TW38では3841~3647年前頃の、95.4%の確率範囲での放射性炭素年代が得られました。以下は本論文の図1です。
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 二本鎖DNAライブラリが構築され、3点の古代ゲノムが抽出されました。次に、ショットガン配列決定データが生成され、内在性DNA含有量は4~10%でした。読み取りの末端の損傷パターンと高度な断片化は、古代DNAの典型的な分子的特徴を示唆します。これら3点のウシ属の骨の遺伝的特定はまず、配列決定深度の範囲が107.91~570.73倍でのミトコンドリアゲノムの再構築を通じて達成されました。その種帰属を判断するため、これら3点のmtDNA配列とウシおよびオーロックスの既知の母系変異性が分析されました。最尤系統樹はTW35とTW38を中国北東部のオーロックスのmtHg-Cに、TW16を家畜ウシのmtHg-T3に割り当て(図1c)、TW35とTW38は絶滅したアジア東部のオーロックスと遺伝的に関連している可能性が高い、と示唆されます(図1b)。

 これら3個体の全ゲノム祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)をさらに解明するため、家畜ウシの参照ゲノム(ARS-UCD1.2)にショットガン配列決定データがマッピング(多少の違いを許容しつつ、ゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)されました。TW16とTW35は雌、TW38は雄と分類されました。これら3個体のゲノムは現在のウシとヤクとスイギュウ(96点)や古代のウシとオーロックスとヤク(32点)の刊行されている全ゲノム配列決定データと組み合わされ、その遺伝的関係が調べられました。

 しかし、常染色体の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)の主成分分析(principal component analysis、略してPCA)結果は、ミトコンドリアゲノムの割り当てと完全には一致しませんでした。TW35とTW38はオーロックスのmtHg-Cを有していましたが、PCA図がこれら2個体の古代ゲノムを分離した(図1d)のに対して、TW38とTW16は現代のチベット高原の家畜ウシとともに、黄土高原の石峁(Shimao)遺跡で発見された古代のウシ(3900年前頃)1個体も含むクラスタ(まとまり)に収まりました。

 これらの結果から、TW38の核ゲノムはアジア東部家畜ウシの祖先系統と類似していたものの、そのmtDNAはオーロックスのmtHg-Cに属する、と明らかになりました。TW38は雌のオーロックスもしくはmtHg-Cを有する雌のウシの子孫で、単一の交雑事象か、何世代にもわたる雌のオーロックスとの意図的なウシの交雑に由来します。そうしたウシとオーロックスの交雑の促進要因と、環境適応および品種改良における役割には依然として調査の余地がありますが、本論文の結果は、在来のオーロックスと初期の導入されたウシとの間の交雑がアジア東部では早くも3750年前頃に起きていた、との堅牢な証拠を提供します(図1c~e)。

 ミトコンドリアゲノムと常染色体両方の同定から、TW16は家畜ウシで遺伝的には石峁遺跡の古代牛と関連していいた、と示唆されました(図1c~e)。石峁遺跡とバンガ(Bangga)遺跡のウシはアジア内陸部からそれぞれ黄土高原とチベット高原南部に導入された最古級の家畜ウシを表しています。関鍵詞為遺跡の位置を考えると、石峁およびバンガ遺跡のウシとのTW16とTW38の共有ゲノム祖先系統は、河西回廊と黄土高原を通ってチベット高原南部へと導入された初期家畜ウシのあり得る拡散経路と一致します(図1b)。

 TWについては、この標本はPCA図の左下で分離しされており(図1d)、TW35はおそらくアジア東部のオーロックスだった、と示唆されます。アジア東部のオーロックスの利用可能なゲノムデータの欠如を考慮して、その祖先系統の推定と種の位置づけを解明するために、f₄比とqpAdmが使用されました。f₄比とqpAdmの結果から、TW35がアジア東部の古代のウシ(石峁遺跡)やアナトリア半島のウシ(Sub1)や他地域のオーロックスに属する可能性は除外されました。さらに、TW35においてヤクの祖先系統は確認されませんでした。本論文の結果は、中国北部の他のアジア東部のオーロックスのゲノム解析(未刊行データ)によって確証されました。これらの結果から、TW35はアジア東部のオーロックスである可能性が高い、と示唆されます。

 TW38(3750年前頃)のミトコンドリアゲノムと常染色体両方のデータは、初期の導入された家畜ウシへの古代のオーロックスからの遺伝子移入を明らかにしました。PCA図から、チベット高原南部のバンガ遺跡のウシ(2500年前頃)もTW35に向かう傾向がある、と示されました(図1d)。これらの遺伝的関係は、ウシ属種間の複数の分類群の遺伝子移入の可能性を示唆します。そこで、D統計とf₄比とqpAdmを用いて、初期の導入された家畜ウシ(TW16、TW38、石峁遺跡個体、バンガ遺跡の家畜ウシ)および現代のチベット高原の家畜ウシへのオーロックスからの遺伝子移入の可能性が定量化されました。

 D統計の結果から、TW35によって表されるアジア東部のオーロックスは、関鍵詞為遺跡のウシ(TW38)やバンガ遺跡のウシや現代のチベット高原のウシへと顕著に遺伝的に寄与した、と明らかになりました(図1f)。しかし、ヤクからの遺伝子移入はTW38では検出されませんでした。同様に、オーロックス個体TW35と家畜ウシ個体TW38はその祖先系統の16%を共有している、と分かり、TW38はmtHg-Cを有する雌のウシとオーロックスの交雑個体の子孫だった、と確証されます。これらの調査結果は、f₄比(ヘレフォード種のウシ、スイギュウ;TW38、TW35)および(ヘレフォード種のウシ、スイギュウ;Sub1、TW35)の結果(図1g)と、qpAdm分析によって実証されました。比較すると、TW16と石峁遺跡個体はごくわずかな(1%程度)のオーロックス祖先系統を有し、ヤク祖先系統を欠いていたかもしれません。さらに、f₄比とqpAdmの結果(図1h)によって示唆されるように、バンガ遺跡のウシは、以前の結果と一致してかなりのヤク祖先系統(7.4%)を継承したのみならず、比較的高い割合のオーロックス祖先系統も保持しており(20.2%)、アジア東部のウシ属種間における複雑で多分類群の遺伝子移入が推測されます。

 バンガ遺跡のウシにおけるこの遺伝的関連性は、バンガ遺跡のウシがPCA図と同祖対立遺伝子(identity-by-descent、略してIBD)近隣結合樹の両方でTW35とクラスタ化することを説明できます。これらの結果は、チベット高原を横断する家畜ウシの既知の経路とともに、チベット高原における最初のウシとオーロックスの交雑に続いて、その過程で在来のウシ属種が加わることで、その後のチベット高原南部におけるウシとヤクの交雑が起きた、との歴史的筋書きを示唆しているかもしれません。TW38はウシとオーロックスの交雑の第一世代ではなかった、と注意することが重要で、これは最初の交雑がチベット高原北部で起きたのかどうか、分からない可能性を示唆します。そうした前提を解明する将来の研究は、時宜にかなっており、歓迎されるでしょう。

 本論文では、チベット高原北東部の3750~3400年前頃の考古学的に回収されたウシ属遺骸から生成された、オーロックスや家畜ウシやウシとオーロックスの交雑個体の古代ゲノムの祖先系統が特定され、定量化されました。本論文は、チベット高原における北東部地域を通っての最南端への、家畜ウシの導入経路を明らかにしました。オーロックスは10660~3400年前頃に中国の北部および中央部に広く分布しており、初期の家畜管理においてそうしたオーロックスを用いる機会が提供されました。しかし、直接的な証拠は不足しています。本論文の結果は、関鍵詞為遺跡における早ければ3750年前頃となる、在来のオーロックスと初期の導入された家畜ウシとの間の交雑の明確な証拠を提供します。

 本論文は、家畜ウシや家畜ヤクやオーロックスを含めて、ウシ属種間の複雑な遺伝子流動に新たな側面を追加し、そうした遺伝子流動は2500年前頃のチベット高原南部では遺伝的に顕著でした。古代と現生のアジア東部のウシ属種に関するさらなる研究は、時宜にかなっているでしょう。本論文は全体的に、オーロックスと家畜ウシとの間の遺伝子移入の遺伝学的証拠の提供、および初期の世界化の状況における在来のウシ属のチベット高原およびアジア東部のウシへの複雑な祖先の寄与の推測によって、家畜化と初期の拡散における遺伝子流動役割の理解において、最近の動向に寄与します。


参考文献:
Chen S. et al.(2024): Evidence of hybridization of cattle and aurochs on the Tibetan Plateau ∼3750 years ago. Science Bulletin, 69, 18, 2825-2828.
https://doi.org/10.1016/j.scib.2024.06.035

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