中原の周代の人類のゲノムデータ

 中原の周代の人類のゲノムデータを報告した研究(Wu et al., 2024)が公表されました。本論文は、中華人民共和国河南省滎陽(Xingyang)市高村(Gaocun)郷の官荘(Guanzhuang)遺跡で発見された周代の人類11個体のゲノムデータを報告しています。この11個体は黄河流域新石器時代人類集団との顕著な遺伝的連続性を示していますが、前期新石器時代華南人類集団的な遺伝的構成要素もより低い割合ながら見られ、完新世における華北と華南との双方向の遺伝子流動(Ning et al., 2020)が改めて示唆されます。また、官荘遺跡個体群における、ごくわずかなユーラシア草原地帯集団的な遺伝的構成要素も示されました。

 さらに、外れ値(outlier、略してo)個体では、完新世アムール川(Amur River、略してAR)流域人類集団的な遺伝的構成要素も示されました。周代の中原には、アムール川流域などアジア北東部(Ancient Northeast Asia、略してANA)の完新世人類集団的な遺伝的構成要素を有する個体も存在したのでしょうが、散発的だったのかもしれません。また、とくに魏晋南北朝時代以降の北方からの人口流入について言えるのでしょうが、中原の方がユーラシア東部北方の遊牧民的な集団よりも人口が圧倒的に多かったため、集団遺伝学的観点では、ユーラシア東部北方の遊牧民的な集団は中原の人類集団に大きな遺伝的影響を残さなかった、と考えられ、中原における後期新石器時代から現代までの遺伝的連続性が指摘されています(He et al., 2021)。周代の中原で一般的にどの程度、ANA完新世人類集団的な遺伝的構成要素が浸透していたのか、分かりませんが、人口比の大きな違いのため、現在ではその痕跡が顕著に希釈されたのでしょう。それは、官荘遺跡個体群におけるわずかなユーラシア草原地帯集団的な遺伝的構成要素にも当てはまるのかもしれません。ただ、この官荘遺跡の外れ値個体のゲノムデータは低品質なので、本論文の分析結果が将来修正される可能性もありそうです。

 本論文では、官荘遺跡で発見された周代の1個体における近親交配の痕跡も確認されており、後代の同姓不婚の厳しい原則に見られるような、近親婚への強い忌避はまだなかったのかもしれませんが、近親婚への忌避は、同じ周代でも地域や年代や階層による違いが大きかった可能性も考えられ、過度な一般化は避けるべきでしょう。なお、当ブログでは原則として「文明」という用語を使わないことにしていますが、この記事では、以下の本論文の翻訳において「civilization」の訳語として「文明」を使います。また、本論文では夏王朝の存在が大前提とされているようですが、私は夏王朝の「実在」にはかなり懐疑的ですし(落合.,2023)、新石器時代から周代の頃までの歴史を「民族」の概念で語ることにも慎重であるべきではないか、と考えています。

 この記事での時代区分の略称は以下の通りです。新石器時代(Neolithic、略してN)、前期新石器時代(Early Neolithic、略してEN)、中期新石器時代(Middle Neolithic、略してMN)、後期新石器時代(Late Neolithic、略してLN)、鉄器時代(Iron Age、略してIA)、青銅器時代(Bronze Age、略してBA)、後期青銅器時代(Late Bronze Age、略してLBA)、鉄器時代(Iron Age、略してIA)、後期青銅器時代~鉄器時代(Late Bronze Age to Iron Age、略してLBIA)。


●要約

 周王朝期(紀元前1046~紀元前256年)の中国の中原で、頻繁な戦争や多文化および多民族統合の減少を伴いながら、社会的階層がじょじょに強固になっていきました。これらの社会的現象はまとめて、当時の人口集団の遺伝的構造に影響を及ぼしました。しかし、この期間の遺伝的歴史の理解は、古代DNA研究が限られているため、ほとんど不明なままです。この研究では、中国の中原に位置する周王朝期の官荘遺跡の古代人11個体のゲノムの取得に成功しました。その調査結果は、黄河流域新石器時代人口集団との顕著な遺伝的連続性を明らかにし、片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)の分析による遺伝的多様性を強調しました。人口構造分析はさらに、官荘遺跡人口集団と黄河流域の古代の人口集団との間の遺伝的類似性を確証し、近隣地域の古代の人口集団との遺伝的交換を示唆しました。興味深いことに、官荘遺跡共同体内の近親交配の痕跡は、同じ姓もしくは氏族内の近親婚に対する同時代の結婚規則の厳重な強制に疑問を呈します。これらの遺骸那新事実は、古代の人口動態および社会的組織の複雑な相互作用への洞察を著しく深め、同時に中国文明の多民族の複雑な進化を見るための、遺伝学的観点を提示します。


●研究史

 中原は一般的に、黄河流域の中流域と下流域を指します。中原は古代中国における農耕栽培の拠点、および古代中国分類の発祥地として機能しました。この地域では、彩陶を伴う仰韶(Yangshao)文化および黒陶を伴う龍山(Longshan)文化や、その後の夏や殷(商)や周の文明を含めて、重要な古代文化が繁栄しました。中原地域では古代社会の発展と繁栄があっただけではなく、多民族および多文化の交流および相互作用にとっても重要な地域となりました。古代DNA技術の急速な発展に伴って、研究者は古代DNAから得られた情報と考古学的発見を組み合わせることによって、中原における人口集団の遺伝的構造や移住パターンや文化的相互作用を調べてきました。たとえば、中期および後期新石器時代の中原における人口集団間のある程度の遺伝的連続性が確証されてきました(Ning et al., 2020)。一方で、中国南部およびアジア南東部(Southeast Asia、略してSEA)からの遺伝的構成要素が中期新石器時代後に増加しました(Ning et al., 2020、Gao, and Cui., 2023)。ミトコンドリアDNA(mtDNA)の証拠と考古学的研究も、中原の新石器時代人口集団と近隣人口集団との間の相互作用を浮き彫りにしてきました。しかし、中国の中原におけるさまざまな地域と時代の人口集団間の遺伝的差異、とくに青銅器時代における古代人口集団の遺伝的構造や、近隣人口集団との相互作用は、不明なままです。

 周王朝期には、社会構造の大きな変化や社会階級分化の激化や王朝中心地の移行や広範な人口移動や近隣人口集団との相互作用増加がありました。これらの変化は、古代中国文明の発展にとって強固な基盤を築きました。さらに周王朝は、近親婚の有害な影響を軽減するため、同じ姓もしくは氏族の個体間の結婚を禁止した結婚制度など、厳格な儀式制度も制定しました。先行研究では、近親交配現象が中原において4000年以上前にすでに出現していた、と明らかにされてきました(Ning et al., 2021)。しかし、この近親交配現象が周王朝期における結婚への厳格な制限のため減少したのか、あるいは消滅したのかは、不明なままです。これに基づくと、周王朝期の中原における人口集団の遺伝的構造の調査は、青銅器時代における人口集団の変化と社会的構造包括的理解にとって重要です。

 この研究では、中国の中原の周王朝期における重要な考古学的遺跡である、官荘遺跡から古代人11個体のゲノムの取得に成功しました。包括的な古代DNA解析および以前に刊行された中原から得られた古代ゲノムデータの統合を通じて、周王朝の人口動態史と近親婚の発生に光を当てることが目的とされます。その調査は、中原における官荘遺跡人口集団と新石器時代人口集団との間の遺伝的連続性を強調する一方で、かなりの遺伝的多様性を論証します。最後に本論文は、官荘遺跡人口集団における近親交配の遺伝的証拠を提供し、周王朝の社会的構造と結婚慣行とその潜在的結果の理解に新たな観点を提示します。


●資料と手法

 官荘遺跡(北緯34度51分03秒、東経113度22分32秒)は、中華人民共和国河南省滎陽市高村郷の官荘村に位置します(図1)。2010~2014年にかけて、鄭州大学歴史学院は大規模な発掘調査を実施し、官荘遺跡が大小の都市を伴う「凸型」配置によって特徴づけられることを明らかにしました。注目すべきことに、官荘遺跡は放射性炭素(¹⁴C)年代測定に基づいて、世界最古級の貨幣鋳造工房跡と確証されており、その年代は紀元前640~紀元前550年頃にさかのぼります。2018年のさらなる発掘では、墓や土器窯や灰溝を含めて豊富な遺物が発見され、周王朝期における官荘遺跡の重要性が確認されました。古代DNA解析のため、11個体の歯と錐体骨が収集されました。以下は本論文の図1です。
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 この11個体(表1)から抽出されたDNAは、汚染率や古代DNAに特徴的な損傷などによって信頼性が検証され、124万ヶ所の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)一式(Mathieson et al., 2015)からの無作為標本抽出戦略によって、遺伝子型データが生成されました。このデータは、アフィメトリクス(Affymetrix)社のヒト起源(Human Origins、略してHO)パネル(597573ヶ所のSNP)と124万パネル(1233013ヶ所のSNP)から得られた、世界中の現代人と古代人の遺伝子型データセットと統合されました。この2点のデータセットは、AADR(The Allen Ancient DNA Resource、アレン古代DNA情報源)第50.02版(Mallick et al., 2024)から得られました。以下は本論文の表1です。
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 官荘遺跡個体群の遺伝的性別は、X染色体とY染色体の網羅率の比較によって判断されました。つまり、男性ならばY染色体の網羅率はX染色体とほぼ同等で、常染色体の約半分となり、女性ならば、Y染色体の網羅率ほぽゼロで、X染色体の網羅率は常染色体とほぼ同等です(Fu et al., 2016)。官荘遺跡個体群のミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)とY染色体ハプログループ(YHg)も決定されました。官荘遺跡個体群の親族関係も分析されましたが、1個体(GZM25-1)は網羅率がたいへん低く、mtDNAの汚染率が5%超だったので、除外されました。READ(Relationship Estimation from Ancient DNA、古代DNAの関係推定)とKINと不適正塩基対率(pairwise mismatch rate、略してPMR)の異なる3手法の適用によって、官荘遺跡の10個体の遺伝的近縁性が評価されました。近親交配水準を評価するため、hapROHを用いて同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH)の分布分析が行なわれました。

 HOデータセットで主成分分析(principal component analysis、略してPCA)が実行され、現在の人口集団の一式2組、つまりユーラシア人口集団とアジア東部人口集団で、主成分(PC)が計算されました。現在の人口集団で計算された最初の2主成分に、古代人標本が投影されました。1%未満の頻度のアレル(対立遺伝子)と強い連鎖不平衡のあるSNPの除去後に、ADMIXTUREで教師なし混合分析が実行されました。ADMIXTUREのK(系統構成要素数)は、2~20まで実行されました。最小交差検証誤差に基づいて、最適な実行が特定されました。

 外群f3統計とf4統計の計算によって、官荘遺跡人口集団と他の古代および現代の人口集団との間の共有されている遺伝的浮動が調べられました。外群f3統計はf3形式(ムブティ人;X、官荘遺跡個体)で実行され、ムブティ人は外群人口集団、Xはユーラシア人口集団です。f4統計はf4形式(ムブティ人、A;官荘遺跡個体、B)で実行されました。AとB/官荘遺跡個体との間の追加の遺伝子流動が調べられました。ここでは、Aが古代および現代のユーラシア人口集団、Bがアジア東部のさまざまな地域の古代の人口集団です。黄河流域の古代の人口集団が官荘遺跡人口集団とより多くの祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を共有しているのかどうか、検証するため、f4形式(ムブティ人、A;官荘遺跡個体、B)のf4統計も評価されました。標準誤差は5cM(センチモルガン)のジャックナイフによって計算されました。

 PCAやf統計や以前に刊行された研究の結果に基づいて、混合モデル化のため供給源人口集団が選択されました。具体的に12の人口集団が基底外群として使用され、それは、アフリカ中央部熱帯雨林狩猟採集民であるムブティ人、アンダマン諸島のオンゲ人、アメリカ大陸先住民であるミヘー人(Mixe)、レヴァントのナトゥーフィアン(Natufian、ナトゥーフ文化)の新石器時代農耕民(イスラエル_ナトゥーフィアン)【ナトゥーフィアンは一般的には続旧石器時代とされます】、イランのガンジュ・ダレー(Ganj Dareh)遺跡の新石器時代農耕民(イラン_ガンジュダレー_N)、続旧石器時代ヨーロッパの狩猟採集民(Hunter-Gatherer、略してHG)であるイタリアのヴィッラブルーナ(Villabruna)遺跡個体(北イタリア_ヴィッラブルーナ_HG)、アナトリア半島の新石器時代農耕民(トルコ_N)、シベリア南部西方のウスチイシム(Ust’-Ishim)近郊で発見された続旧石器時代狩猟採集民(ロシア_ウスチイシム_HG)、ニューギニア先住民(パプア人)、ロシア西部のコステンキ・ボルシェヴォ(Kostenki-Borshchevo)遺跡群の一つであるコステンキ14(Kostenki 14)遺跡で発見されたヨーロッパ最古級の現生人類(Homo sapiens)個体(ロシア_コステンキ14)、アジア南東部関連祖先系統を有する台湾の漢本(Hanben)遺跡で発見された鉄器時代個体(台湾_漢本_IA)、山東半島の前期新石器時代人口集団(山東_ EN)です。競合する混合モデルを比較するため、循環戦略が採用され、基底部外群一式に供給源人口集団が一つずつ追加され、qpAdmが繰り返し実行されました。


●官荘遺跡の古代人のゲノムデータ

 官荘遺跡の11個体の歯と錐体骨からDNAが抽出されました。浅いショットガン配列決定を用いて、充分な内在性ヒトDNA(3.82~79.76%)のある全個体がさらに配列決定され、0.017~0.953倍の低い常染色体網羅率が得られました(表1)。古代ゲノムの信頼性はいくつかの手法で検査されました。第一に、全標本は、古代DNAに特徴的な、死後の化学的損傷パターンを示し、短い平均断片長を有していました。第二に、ミトコンドリア汚染が推定され、個体の大半は低水準(5%未満)でしたが、例外は個体GZM25-1です(6.4%の汚染)。第三に、男性については、X染色体上の核汚染が推定され、全男性は5%未満の汚染率でした。その後、集団遺伝学的分析を容易にするため、個体GZM25-1を除く10個体のゲノムが刊行されている2点の参照データセット、つまり124万SNPおよびHOデータセットと統合されました。10個体は124万SNPパネルと重複する18857~417696ヶ所のSNPを網羅していました(表1)。


●片親性遺伝的分析

 全個体でmtHgの分類に成功しました。大きな分類では合計10系統のmtHgが検出され、D(D5a2a1 + 16,172、D5b1c)やZ(Z4a1a、Z3)やG(G1c1、G3a2 + 152)やB4d2やM7b1a1やM20*やM11cが含まれており、これらはアジア東部において一般的に見られます。これらのmtHgのうち、DとGとB4とZは中国北部の古代の人口集団でも確認されたのに対して、M7b1a1は中国南部の古代広西チワン族自治区人口集団で見つかりました(Wang et al., 2021)。これらの調査結果から、官荘遺跡個体群は高水準の母系の遺伝的多様性を示す、と示唆されます。注目すべきことに、mtHg-D5a2a1・G1c1・B4d2は中原地域の仰韶分化および龍山文化の人口集団で発見されており(Ning et al., 2020)、官荘遺跡人口集団は中原地域において新石器時代以降の人口集団と母系での遺伝的関係を共有しているかもしれない、と示唆されます。

 男性6個体のYHgの特定に成功し、その全系統はユーラシア東部型(Q1a1a、O2a2b、C2b1b、N1a)で、高い父系の遺伝的多様性を示します。YHg-Cはおもにアジア北東部で見つかっており、ツングース語族話者民族集団において優勢な父系です。YHg-Nはアジア東部の北部の現代の人口集団において一般的でした。一方で、YHg-Q・Oは現代の漢人集団のかなりの割合を構成しています。これらの調査結果から、官荘遺跡人口集団には複数の父系および母系起源がある、と示唆されます。

●親族関係推定と両親の近縁性

 結果の精確性を保証するため、PMRとREADとKINという3通りの異なる手法を用いて、官荘遺跡の10個体の遺伝的近縁性が推定されました。その推定を通じて、官荘遺跡の10個体は遺伝的に親族関係にはなかった、と確証されました。さらに、同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH)の評価が実行され、官荘遺跡個体群における近い過去での近親交配があったのかどうか、判断されました。結果の堅牢性を確保するため、ここではROH分析が、「124万」パネルと重複する10万ヶ所以上のSNPを含む標本のみに限定されました。本論文の評価から、2個体(GZW29とGZM76)が4cM超のROH断片を有している、と明らかになりました(図2)。以下は本論文の図2です。
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 より具体的には、個体GZM76には全体的にごく少数のROHしかなく、20cM超の全ROH断片の合計はゼロでしたが、個体GZW29については、ROH断片(4cM超)の累積長が135cMで、長いROH断片(20cM超)の合計は86cMです。ROHの合計および長さの分布から、個体GZW29はマタイトコ同士の両親の子供だった、と示唆されます。先行研究では、近親婚の現象は、稀ではあるものの中原地域では後期新石器時代に発生した、と明らかにされてきました(Ning et al., 2021)。それにも関わらず、官荘遺跡における近親婚の継続的発生から、「周王朝期における姓もしくは氏族内の結婚禁止」の婚姻慣行が官荘遺跡では厳格に守られていなかった、と示唆されます。


●官荘遺跡人口集団の遺伝的構造

 官荘遺跡個体群の遺伝的特性を特徴づけるため、まずPCAが実行されました。これには、本論文で新たに配列決定された古代人のゲノムおよび中国の中原から得られた以前に刊行された古代人のゲノムの、現代ユーラシア人口集団を含む背景の枠組みに投影されました。その結果、官荘遺跡個体群は黄河流域中流域から下流域の古代の人口集団および現代の中国北部の漢人と密接にクラスタ化する(まとまる)、と分かりました(図3)。注目すべきことに、1個体(GZM10)はこの黄河関連クラスタと比較すると、PC1上では西方集団に向かってのわずかな逸脱を示しました。以下は本論文の図3です。
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 この分析をさらに改善するため、アジア東部人のゲノムに焦点を当てた追加のPCAが実行されました。これで明らかになったのは、官荘遺跡個体群は中国の中原の青銅器時代から鉄器時代の古代の人口集団(黄河_LBIA)や現代の北方漢人集団との強い遺伝的類似性を示します、ということです。対照的に、個体GZM10はこのクラスタから逸れているので、この個体は官荘_oと命名されました。さらに、本論文のモデルに基づく教師なしADMIXTURE模擬実験分析は、ユーラシアの古代人と現代人の構造の包括的県会を提供します。この分析はPCAの結果と一致するパターンを明らかにし、官荘遺跡個体群と黄河流域の古代の個体群との間の顕著な遺伝的類似性を示唆します(K=10で最小交差検証誤差)。さらに、官荘_oはアジア北東部集団と関連するより多くの遺伝的構成要素を示しました。以下は本論文の図4です。
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 同様の結果は、外群f3分析(ムブティ人、検証対象;官荘遺跡個体)でも観察できます。f3統計のより大きな値から、官荘遺跡人口集団は外群であるアフリカのムブティ人との分離後に検証対象の人口集団とより多くの遺伝的浮動を共有していた、と示唆されました。官荘遺跡人口集団は黄河流域の古代の人口集団(黄河関連人口集団)や現代の漢人集団とより多くのアレル(対立遺伝子)を共有している、と分かり(図5A)、黄河関連人口集団に含まれるのは、廟子溝(Miaozigou)遺跡の中期新石器時代個体群(廟子溝_MN)、石峁(Shimao)遺跡の後期新石器時代個体群(石峁_M)、黄河_MN、黄河_LN、焦作聶村(JiaoZuoNieCun、略してJXNT)遺跡および漯河市固廂戦(Luoheguxiang、略してLG)遺跡個体群(黄河_LBIA)です。以下は本論文の図5です。
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 f4形式(ムブティ人、黄河関連集団;官荘遺跡個体、ユーラシア東部古代人)のf4統計の実行によって、官荘遺跡人口集団と黄河流域の古代の人口集団との間の遺伝的関係がさらに評価されました。その結果は有意な負の値を明らかにし、これは官荘遺跡人口集団と黄河関連祖先系統との間の遺伝的類似性をさらに確証しました。要約すると、これらの調査結果から、中原地域の人口集団は長期にわたって遺伝的連続性を維持してきた、と示唆されます。


●中原のLBIA個体群における遺伝的多様性

 f4形式(ムブティ人、参照;官荘遺跡個体、X)のf4統計を用いて、官荘遺跡人口集団とX人口集団との間の遺伝的相違が評価されました。「参照」集団には古代と現在の287人口集団が含まれ、X人口集団は、北方および南方地域や中原を含むアジア東部のさまざまな古代の人口集団で構成されます。官荘遺跡人口集団と選択された人口集団との間で、特定の遺伝的差異が観察されました(図5B)。たとえば、Xが黄河流域の新石器時代人口集団だった場合、官荘遺跡人口集団と、アミ人(Ami)やアタヤ人(Ataya)やカンボジア人アジア南東部人口集団との間のある程度のアレル共有があり、黄河流域人口集団と現在の中国南部およびアジア南東部の人々との間の遺伝的類似性は新石器時代後に連続的に強化されてきた、と示唆され、これは先行研究(Ning et al., 2020)の調査結果と一致します。

 さらに、官荘遺跡人口集団は、中国の中原の青銅器時代~鉄器時代の以前に刊行されたゲノム(それぞれ、JXNT遺跡個体群とLG遺跡個体群によって表されます)と比較すると、カザフスタンの鉄器時代遊牧民(カザフスタン_遊牧民_IA)やロシアのタガール(Tagar)文化個体群(ロシア_タガール)やキルギスタンの天山のフン人(キルギスタン_天山_フン)など、ユーラシア草原地帯人口集団との遺伝的類似性を示す、と分かりました。これは、Z得点が−3未満のf4(ムブティ人、参照;官荘遺跡個体、JXNT/LG)の実行によって確証されました。これらの調査結果は、官荘遺跡人口集団における複雑な人口移動を明らかにしました。

 次に、qpAdm手法を用いて、官荘遺跡人口集団と中国の中原の青銅器時代~鉄器時代の以前に刊行されたゲノム(JXNT遺跡個体群とLG遺跡個体群)の祖先の割合が調べられました。その調査結果では、これら全人口集団が黄河関連人口集団の1方向モデルでモデル化できる、と明らかになりました。追加の供給源としてSEA関連人口集団を組み込むことで、2方向モデルがさらに調べられました。その結果、JXNT遺跡とLG遺跡と官荘遺跡の人口集団はSEA関連人口集団と黄河関連人口集団の混合として模擬実験できる、と示されました。具体的には、官荘遺跡人口集団は黄河関連集団の77.8~91.7%の祖先系統と、残りのSEA関連集団の祖先系統でモデル化できます。さらに、3方向モデルでユーラシア草原地帯人口集団からの遺伝的影響が観察されました。官荘遺跡人口集団は、黄河関連人口集団(黄河_MNによって表されます)73~78.1%、SEA関連人口集団(アミ人によって表されます)19.3~23.6%、カザフスタンの康居(Kangju)集団(カザフスタン_康居)によって表されるユーラシア草原地帯集団2.6~3.4%で構成される、とモデル化できます(図6)。全体的に、これら最適な混合モデルはf4分析の結果と一致し、官荘遺跡人口集団が多様な祖先の起源を有している可能性を示唆しています。以下は本論文の図6です。
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 最後に、官荘遺跡の外れ値個体の祖先系統の割合の推定が試みられました。その調査結果では、官荘遺跡の外れ値個体(GZM10)は1方向モデルを用いて黄河関連人口集団でモデル化できる、と明らかになりました。注目すべきことに、官荘遺跡外れ値個体におけるANA関連人口集団(アムール川流域祖先系統としても知られています)影響も観察され、第二の供給源として黄河関連人口集団を検討すると、ANA関連構成要素の43.6~51.7%の割合の寄与があります。PCAとADMIXTUREの結果を組み合わせると、官荘遺跡の外れ値個体は中国の中原の他の人口集団と比較してANA関連人口集団からの遺伝的寄与を示した、と結論づけられました。官荘遺跡の外れ値個体の低網羅率のゲノムが、本論文の調査結果において偏りもしくは疑似的関連をもたらしたかもしれないことに要注意です。この制約を緩和し、本論文の結果を補強するには、より高品質の標本での将来の研究が必要です。要約すると、本論文のデータから、官荘遺跡人口集団は中原において周王朝期に、顕著な遺伝的多様性および近隣人口集団との頻繁な相互作用を示した、と示唆されました。


●考察

 紀元前1046~紀元前256年にわたる中国史における重要な期間である周王朝は西周と東周に区分され、董襲は春秋時代と戦国時代に区別されます。周の封爵制度は、家族のつながりを政治的戦略と統合し、属国に対する周王の優越性を確立しました。この時代には、顕著な政治的差異遍と大規模な人口移動があり、古代中国の歴史と文化に大きな影響を及ぼしました。重要な考古学的遺跡である官荘遺跡は、西周後期から戦国時代半ばにまたがっています。その考古学的発見から、官荘遺跡は元々西周の東虢(Eastern Guo)の一部で、後に春秋時代において鄭(Zheng)国の一部になった、と示されてきました。これは、古代ゲノム研究での地域内の社会的不安定性と人口移動の解明に重要な研究機会を提供します。

 本論文の分析は、官荘遺跡人口集団と黄河流域の新石器時代人口集団との間の顕著な遺伝的連続性を示唆しました。さらに、mtDNAとY染色体DNAと常染色体ゲノムの統合結果は、官荘遺跡人口集団内の高い遺伝的多様性を明らかにし、それはアジア東部の南方地域からの遺伝的構成要素によって強化されます。これは、アジア東部の北方と南方の人口集団の混合が新石器時代後に強化されていった、との見解(Yang et al., 2020、Ning et al., 2020)をさらに裏づけます。これらの結果は、中国北方の黄河流域と中国南方の長江流域との間の明らかな文化的交流および統合を論証した、考古学的研究の調査結果とも一致します。新石器時代以降、中原の考古学的分化はしだいに長江流域に拡大し、一方で長江流域古代の人口集団は北方へと移動し、稲作や玉工芸など先進的な技術をもたらしました。この双方向の文化的相互作用および人口移動は、中原地域の文化的意味を大きく強化しました。

 さらに、qpAdm分析によって示唆されるように、官荘遺跡人口集団は、草原地帯関連構成要素と関係している祖先的構成要素2.6~3.4%の、ユーラシア草原地帯人口集団とのわずかな遺伝的類似性を有しているかもしれない、と分かりました。これは、f4統計(ムブティ人、参照;官荘遺跡個体、JXNT)での有意な負のf4(つまり、Z得点が−2.5未満)によってさらに確証され、官荘遺跡人口集団は殷王朝期のJXNT遺跡人口集団とは対照的に、ユーラシア草原地帯人口集団との遺伝子流動を示す、と示唆されます。これらの調査結果は、周代の人々が中原農耕民文明と北方の草原地帯の文化にまたがる地域に、長期間居住していたことに起因するかもしれません。周文化の発展は、殷王朝の先進的な青銅器文明に大きく影響を受け、戎(Rong)や狄(Di)といった部族など、草原地帯人口集団との継続的な相互作用によっても特徴づけられました。この文化的統合現象は、本論文で発見された遺伝的多様性の証拠と組み合わされて、官荘遺跡の複雑な人口動態史を実証します。

 周王朝期には、社会階層や儀式および法律の体系や結婚制度が厳格に定義されていました。『左伝(Zuo Zhuan)』や『礼記(Li Ji)』など古典的文書は、近親交配によって起きる関連危険性を軽減するため、同じ姓もしくは氏族内の近親婚の禁止を強調しました。しかし、個体GZW29のゲノム解析は、マタイトコ同士の子供での観察(Ning et al., 2021)と類似する長いROHの存在を明らかにし、近親婚慣行の存在が示唆されます。さらに、河南省の春秋時代の「Lusixi」遺跡以前に刊行された標本におけるROH分析も、1個体での近親交配の証拠を検出しました。したがって、周王朝の結婚制度がこの地域では厳格には施行されていなかったかもしれない、と仮定されます。さらに、人類学的研究では、GZW29は学童期(6~7歳から12~13歳頃)だった、と判断されており、その死因は近親婚の潜在的危険性と関連しているかもしれない、と推測したくなります。この仮説を検証するには、将来の試みは、とくにヒトの健康への近親婚の複雑な影響を包括的に解明する詳細な配列決定データの使用による、疾患関連研究を含まねばなりません。

 結論として、本論文は中原の周王朝人口集団の人口動態および遺伝的動態への独特な片鱗を提供します。観察された遺伝的連続性と多様性と混合パターンは、近親交配の証拠とともに、古代中国を形成した、複雑な社会的および文化的過程への貴重な洞察を提供します。これらの調査結果は、古代の人口構造の理解を深めるだけではなく、初期中国文明における歴史的および文化的発展のより深い背景も提供します。より高い網羅率のゲノムデータとより広範な標本抽出を活用した将来の研究は、中原地域の遺伝的遺産を形成した、複雑な人口動態および歴史的過程を解明するでしょう。


参考文献:
Fu Q. et al.(2016): The genetic history of Ice Age Europe. Nature, 534, 7606, 200–205.
https://doi.org/10.1038/nature17993
関連記事

Gao S, and Cui Y.(2023): Ancient genomes reveal the origin and evolutionary history of Chinese populations. Frontiers in Earth Science, 10:1059196.
https://doi.org/10.3389/feart.2022.1059196
関連記事

He G et al.(2021): Peopling History of the Tibetan Plateau and Multiple Waves of Admixture of Tibetans Inferred From Both Ancient and Modern Genome-Wide Data. Frontiers in Genetics, 12, 725243.
https://doi.org/10.3389/fgene.2021.725243
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落合淳思(2023)『古代中国 説話と真相』(筑摩書房)
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