古代ゲノムデータに基づく祖先探し

 古代ゲノムデータに基づく祖先探しに関する解説記事(Callaway., 2024)が公表されました。科学者は消費者ゲノムデータベースを用いて、最近およびさほど近くはない過去の祖先へと生きている人々を結びつけています。しかし、これらのつながりの意味は必ずしも明確ではありません。この解説記事は、古代ゲノムデータを用いた商用の祖先探しについて、その意味するところの問題点を指摘しており、日本でも個人でそうした検査を行なう人をたまにインターネットで見かけるので、こうした解説記事は有益だと思います。


●前書き

 アメリカ合衆国オレゴン州の専門の系図学者であるジャニス・セラーズ(Janice Sellers)氏は、数十年間にわたって自身の家族史を研究してきており、その過程でいくつかの意外な進展がありました。たとえば2016年の遺伝学的検査で、セラーズ氏の祖父は生物学的に自身の父親と関係していなかった、と明らかになりました。セラーズ氏にとって2022年には別の驚きがあり、セラーズ氏が、少なくとも600年前頃に死亡し、ドイツのエアフルト(Erfurt)の中世ユダヤ人墓地に埋葬された、1人の女性と親族関係にあった、と分かりました。

 この女性のゲノムは、古代DNA研究(関連記事)の一環として分析され、「GEDmatch」と呼ばれている遺伝的系図学のウェブサイトにアップロードされました。ユダヤ人の歴史家で遺伝系図学者であるケヴィン・ブルック(Kevin Brook)氏は、この14世紀のエアフルトの女性とDNAの長い断片を共有していた多くの生きている人々を見つけ、セラーズ氏に連絡し、彼女がそうした人々の1人であることを知らせました。セラーズ氏は興味深く思ったことを覚えており、「自分がそこまでたどれる家系からいくらかのDNAを有していると分かり、私は興奮しました。誰が予想できたでしょうか?」と述べています。

 科学者は最初の古代人のゲノム配列を報告してから10年かそこらの間に、1万個体以上の古代人のゲノムデータを生成してきました(関連記事)。これらのほとんどは、現代の個体群との意味のあるつながりを検出することが不可能なほど前に生きていた人々です。しかし、古代DNAの研究者は考古学者および歴史学者とより密接なつながりを築いてきたので、近い過去(わずか数百年前)の古代人のゲノムの数が増えてきました。

 今では、科学者は18世紀メリーランド州のアフリカ系アメリカ人の鉄工労働者の現代の親族や、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)やシッティング・ブル(Sitting Bull)として知られるアメリカ大陸先住民の指導者など、有名な歴史上の人物とのつながりを見つけつつあります(図1)。これらの関係を解明することで、歴史上の個人の身元やその子孫のその後の移住に関する情報を提供できる、と研究者は述べています。そうした調査は、奴隷の子孫など、系図情報が隠されてきたか消されてきた人々の系図の歴史の補完にも役立てます。それは、「古代DNAの分野で次に来るもので、人類の研究の新たな方法です」と、カリフォルニア州メンローパーク市にある消費者向け遺伝子企業である「23andMe」の集団遺伝学者であるエアダオイン・ハーニー(Éadaoin Harney)氏は述べています。以下は本論文の図1です。
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 しかし、そのつながりは必ずしも意味のあるもの若しくは有益であるものとは限りません。そして、ヨーロッパのヴァイキングや中国の青銅器時代農耕民など、何百年さらには何千年も前に生きていた人々と共有されるDNAについて教えてくれる、と提供する遺伝子検査事業に加入している消費者には、そうした後ろめたい現実が失われるかもしれません。そうした情報の関連性は容易に誤解されるかもしれず、悪用されることを懸念する研究者もいます。「この解釈には注意すべきです」と、ドイツのライプツィヒにあるマックス・プランク進化人類学研究所で古代DNAを研究している計算遺伝学者であるハラルド・リングバウアー(Harald Ringbauer)氏は述べています。


●長い家系

 セラーズ氏とエアフルトの女性が共有しているDNAの断片(11番染色体にまたがる数百万のDNA塩基)は、同祖対立遺伝子(identical by descent、略してIBD)断片として知られています。消費者向け遺伝子企業は、そのデータベースで高祖父母を共有するミイトコなど、親族を照合するために、IBD断片を長く使ってきました。しかし、数百年より古いゲノムについては、これらのつながりはあまり情報をもたらしません。

 まず、情報が不完全です。科学者は、家系図の全員を含む系図上の祖先と、系統樹における、誰かがDNAの一部をじっさいに共有している人々の部分集合である、遺伝的祖先との間を区別します。1個人の系図上の祖先の潜在的な人数は、世代ごとに倍増します(図2)。故に、20世代もしくは約600年さかのぼると、個人の祖先は最大で100万人となります。さらに10世代追加するだけで、10億人以上の祖先がいることになります。しかし、系図上の祖先のじっさいの人数はずっと少なく、それは、各世代の人々が共通祖先を有している人々と交配するからです。以下は本論文の図2です。
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 しかし、両親はそれぞれその子供とゲノムの半分しか共有しておらず、その半分はその後の各世代で切り刻まれて再分配されるので、1個人は系図上の祖先より遺伝的祖先が少なくなります。子供は少なくとも一部のDNAを、その16人の各高祖父母と共有しています。しかし、さらに家系図をさかのぼると、特定の個人のゲノムの断片が特定の現在の子孫に受け継がれる可能性は低下し始めます。何が受け継がれるかは、ほぼ偶然に左右されます(図2)。

 「ひじょうに古い時代もしくは中世初期にまでさかのぼると、これらのIBD断片は系図について何も語りません」と、エアフルトの古代DNA研究をともに率いた、エルサレムのヘブライ大学の集団遺伝学者であるシャイ・カルミ(Shai Carmi)氏は述べます。これは、特定の人口集団の現代人が系図的にひじょうに類似した形で中世の祖先と関連しているからです。エアフルトの女性1個体はひじょうに古い時代に生きていたので、現在のアシュケナージ系ユダヤ人全員がセラーズ氏と類似しているその女性個体と系図上の関係を有している、とカルミ氏は指摘します。故に、IBD断片の共有は運しだいで、その人口集団の全ての現代人がそうなる確率は同じです。セラーズ氏は経験から、人々がその家系図の全員とIBD断片を共有していない、と知っているので、自身の古代の一致が密接なつながりを示唆している、とは予想していませんでした。文化的にユダヤ人と自認しているセラーズ氏は、「私は、それが何かを意味するとは想定していませんでした」と述べています。

 IBDが古代人と現代人の間で系図的にいつ正確に情報をもたらすのかは、完全には明らかではなく、人口規模や配偶パターンや他の人口統計学敵要因に依存します。しかし、一般的に言えば、同じ人口集団の異なる人々は、300もしくは400年前頃にさかのぼるほぼ異なる家系図を有しているかもしれません(図3)。故に、この期間の古代人1個体と共有されるIBD断片1個は、誰かが親族関係にある、と解明できるかもしれず、最も可能性が高いのは、さらに昔に生きていた共通祖先を介しての可能性が高いだろう、とカルミ氏は指摘します。アメリカ合衆国マサチューセッツ州ボストン市にあるハーヴァード医学大学院の集団遺伝学者であるデイヴィッド・ライク(David Reich)氏は、「現在までの射程圏内に一度入ると、じっさいにつながりを見つけることができます」と述べています。以下は本論文の図3です。
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●有名人のゲノミクス

 IBD断片を介して古代人と現代人のゲノムを関連づける最初の試みの一部は、リングバウアー氏が「有名人のゲノミクス」と呼ぶものでした。この比較は、有名な個人の遺骸を本人と証明すること、もしくは系図での関係の確認に用いられてきました。しかし、その結果はさまざまでした。たとえば昨年【2023年】、研究者は、1827年に死亡し、子供がいなかったと知られている、ドイツの作曲家であるルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンに由来するとされる毛髪の数房からDNAを分析しました。

 そのうち1点の標本のゲノム配列が、ベートーヴェンの甥であるカール・ヴァン・ベートーヴェン(Karl van Beethoven)の既知の存命の3人の子孫と比較されましたが、科学者は長いIBD断片を検出できませんでした。一方で、消費者向け遺伝子企業である「FamilyTreeDNA」により整備されているデータベースの600個体以上の人々が、ベートーヴェンの毛髪と検出可能なIBD断片を共有していました。多くのヒトがベートーヴェンの祖先の故国だったドイツの地域に暮らしていましたが、最長のIBD断片を有する人々でさえ、系図の記録を通じてベートーヴェンの家族と結びつけることはできませんでした。

 研究者は、19世紀のラコタ・スー人(Lakota Sioux)の指導者である、シッティング・ブル(Sitting Bull)とも呼ばれているタタンカ・イヨタケ(Tatanka Iyotake)の毛髪も調べました。2007年に、歴史的記録に基づいて、ワシントンD.C.のスミソニアン協会は1点の毛髪標本を、自身がイヨタケの曽孫だと述べるアーニー・ラポインテ(Ernie LaPointe)氏に返還しました。2021年にラポインテ氏を含む調査団は、IBD断片の調査によりイヨタケとラポインテ氏の関係を確証しました。ラポインテ氏とその家族は今では、このつながりを用いて、イヨタケと考えられる他の遺骸(現在はサウスダコタ州に埋葬されています)を、その出自および文化とより関連する場所に再葬するよう、望んでいます。

 近い将来、古代DNAを用いて、未知の個体群をその現代の親族と結びつけることが可能かもしれない、とロンドンのフランシス・クリック研究所の生物考古学者であるトム・ブース(Tom Booth)氏は述べており、ブース氏は、イギリス全域の何千ものヒト遺骸からのDNA解析を目的とする計画に加わっています。たとえば、知られているように、名前の判明している個体群が時に開発計画の一部として墓地から発掘され、追跡可能な子孫が、その遺骸をどうするのか、相談されてきた、とブース氏は述べます。遺伝学を通じて特定された個体群で同様の手順に従うことはできますが、古代のIBDが、そうした決定の根拠であるべきなのか、少なくともイギリスでは確信を持てない、とブース氏は述べています。「我々が話している人々はずっと昔に生きており、仮に子孫がいれば、数百人になる可能性が高そうです。誰かが遺伝的親族と遺伝的つながりを確証したからといって、独占的に利用の権利を有すべきでしょうか?」とブース氏は指摘します。


●過去と現在のつながり

 古代人の子孫の特定は、過去について他の詳細を補完できる、と科学者は指摘します。昨年、ライクとハーニーとその同僚はIBD技術を用いて、1776~1903年に創業されていた鉄工所である、アメリカ合衆国メリーランド州のカトクティン製鉄所(Catoctin Furnace)と関連するメリーランド墓地に埋葬された27個体の現在の親族を特定しました。1850年まで、この鉄工所はおもに奴隷と自由民のアフリカ系アメリカ人の労働に依存していました。その遺骸は1970年代後半に高速道路建設計画の一部として発掘され、ワシントンD.C.のスミソニアン協会に保管されました。

 アメリカ合衆国メリーランド州サーモントにあるカトクティン製鉄所歴史協会の会長で歴史学者のエリザベス・カマー(Elizabeth Comer)氏は、この遺跡とつながりのある現代人の共同体の設立に長く関心を抱いてきました。しかし、存命の子孫を特定するために何年も記録を探した後で、カマー氏とその同僚が見つけたのはたった2家族でした。「白人」であるカマー氏は、この探求を産業奴隷制およびアメリカ合衆国の繁栄への奴隷の貢献を人々に教育する手段と考えています。「人々がカトクティンを訪れ、それを自分たちの遺産として受け入れてもらいたい」と、カマー氏は昨年述べました。

 カマー氏と研究した科学者も、過去と現在のゲノムを結びつけることで、この場所に埋葬されていた人々についての長きにわたって失われていた詳細を明らかにできる、と考えていました。しかし、こうした関連づけを大規模に行なうためには、消費者向けDNAデータベースの使用が必要でした。「カトクティン製鉄所歴史協会が23andMeのようなデータベースへの利用権を有していなければ、関心のあることを行なうのが不可能だったのは明確でした」と、ハーニー氏は述べています。

 研究への参加を選んだ匿名顧客ほぼ930万人の23andMeのデータベースで、ハーニーとライクは41000人以上がカトクティン製鉄所の埋葬の個体群とIBDを共有していた、と明らかにしました。その大半はカトクティン製鉄所で埋葬された人物と共通の遠い祖先を有する「傍系親族」です。しかし、ほぼ3000個体が顕著により多くてより長いIBD断片を共有しており、より密接な関係が示唆されます。カリフォルニア州南部のある家族は、この遺跡に埋葬されていた女性1個体と多くのDNAを共有していたので、その家族の構成員はおそらくこの女性個体の直接的子孫か、ひじょうに近い親族です。ある事例で研究者は、23andMeの顧客をカトクティン製鉄所に埋葬された個体群とつなげる家系図を再構築できました。

 この研究は、その労働者と家族の一部の起源を示唆しています。この場所に埋葬された個体群とつながりがある、と分かった現代人のうち、セネガルやガンビアやアンゴラやコンゴ共和国とのつながりが知られている個体が、最も多くのDNAを共有する傾向にあります。これは、こうした地域からメリーランドやアメリカ合衆国の他地域へと奴隷を運んだ船を関連づける、歴史的記録と一致します。最も密接な親族関係にある存命の個体の多くはメリーランド州に居住しており、カトクティン製鉄所で働いていた一部の人々は、鉄工所がおもに「白人」の賃金労働者の雇用へと移行したさいに、遠くにまで移動しなかった、と示唆されます。そして、とくに密接な遺伝的つながりを共有しているアメリカ合衆国南部に暮らす人々の小さなクラスタ(まとまり)の存在は、一部の奴隷労働者が南部へと売られて移送された、という歴史的証拠を裏づけるかもしれません。


●消費者の問題

 この種の研究が存命の子孫に利益をもたらすのかどうか、疑問を呈する科学者もいます。2023年8月らカトクティン製鉄所に関する研究が刊行されると、この遺跡とのつながりのある23andMeの顧客で、ひじょうに密接なつながりのある人々も含めて、23andMe社からつながりの情報を受けた人はいませんでした。しかし、今年3月に、23andMe社は顧客に、顧客が被葬者のうち9個体(最高品質のゲノムデータが得られている個体)や、ベートーヴェンや、ヴァイキング期個体群や、カリブ海とアジアとアフリカ南部などの古代DNAデータ一式で表される人々とDNA断片を共有するのかどうか、情報提供の選択を提供し始めました。

 これらの標本のほとんどは、系図的に意味のあるつながりを提供するには古すぎる、とハーニー氏は指摘します。しかし、カトクティン製鉄所の個体群とベートーヴェンについては、23andMe社は、人々がより密接な系図上のつながりを示すかもしれない充分なDNAを共有しているのかどうか、示す予定です。この分類に合致するほぼ3000人の顧客に対して、23andMe社は無料で情報を提供するつもりです(DNA解析の初期費用は除きます)。しかし、より遠い親族や他の歴史的一致の発見に関心のある人々は、医学的に関連する遺伝的つながりなど新たな発見について顧客への情報提供のため、年間69米国ドルの会費を23andMe社に払わねばなりません。カマー氏は、カトクティン製鉄所被葬者との遺伝的つながりについて知りたい誰もが、その情報を自由に利用できるよう、望んでいます。しかしカマー氏は、カトクティン製鉄所に埋葬されたアフリカ系アメリカ人との遺伝的つながりは、その場所や、そこで暮らし働いて死亡した人々を特定する多くの方法の一つにすぎない、と指摘し、「誰も取り残したくありません」述べています。

 アメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス市にある南カリフォルニア大学の集団遺伝学者であるジャズリン・ムーニー(Jazlyn Mooney)氏は、この調査団が、子孫の可能性がある人々を含めて、奴隷化された人々のDNA解析や存命の親族の特定に反対する人々の懸念を充分に調査し、耳を傾けたのかどうか、疑問を呈しています。「すべてひじょうに一方的です。子孫にも、あまり喜ばない人々が多くいるだろう、と想像できます」と、ムーニー氏は述べています。アフリカ系アメリカ人のムーニー氏は、カトクティン製鉄所被葬者との遺伝的つながりが人々にどのように伝えられるのか、ということと、その情報の門番としての営利企業の役割にも懸念を抱いています。それは公正を促進しません、とムーニー氏は指摘します。

 ライク氏は、自身と同僚がカトクティン製鉄所の研究のような計画を進める前に、ムーニー氏のように同じような疑問を抱いている人々を含めて、さまざまな意見に耳を傾けている、と述べます。「それが、これまで何度も行なわれてきた研究を行なわないことを意味するのならば、それで構いません」と、ライク氏は述べます。ライク氏は、得られた研究と、その倫理を調べる付随論文が、そうした対話を反映するよう、望んでいます。「ただ突き進むだけで、そうした問題を認識しないよりはましです」と、ライク氏は指摘します。


●慎重な接続

 23andMe社は、古代および歴史時代の個体群と顧客を一致させる唯一の企業ではありません。古代DNAデータの多くは無料で利用可能なので、企業は独自にそれを分析し、顧客に臨む方法で結論を提示できます。「My True Ancestry(私の真の祖先系統)」と呼ばれる企業は、最高経営責任者であるマルクス・カンガス(Markus Kangas)氏によると、スイスのベッハ(Bäch)に拠点を置き、カトクティン製鉄所に埋葬された人々を含めて、古代および歴史時代の何千もの個体のデータベースでIBD断片を探しています。

 カマー氏は、「My True Ancestry」社から、カトクティン製鉄所に埋葬された個体と関連していた、と伝えられた人々から何百通もの電子郵便を受け取ってきました。しかしカマー氏は、人々に提供された情報の正確さについて懸念しています。カマー氏は、23andMe社と「My True Ancestry」社により提供された結果の間に少なくとも一つの不一致があることに気づいています。

 古代人と現代人のゲノムにおける共有されたIBD断片の特定は簡単ではない、とライク氏は指摘します。IBDの一致を導き出すには、断片的な古代DNA配列を類似の人口集団からの現代人のデータで補完する必要があり、これは偽陽性と偽陰性につながるかもしれません。「間違いに至る過程は多くあります」と、ライク氏は指摘します。「My True Ancestry」社などにより使われている手法に関して、「素晴らしいかもしれませんが、分かりません。それらは公開されていません」と、ライク氏は指摘します。

 データ科学を専攻していたカンガス氏は、自身が開発した手法を支持しており、自身の企業が提供する結果はGEDmatchなどの情報源で確認できる、と述べていますが、カンガス氏にこの技術を公開する計画はありません。古代ゲノムとのつながりがどのように伝えられるのか、という懸念に関してハーニー氏は、23andMe社は古代の個体群とのつながりが正確に意味するところを明示するさいには、注意するよう努めている、と述べます。「我々が本当に強調するところの一つは、我々が見つけつつあるつながりのほとんどはひじょうに遠いことです。遺伝的つながりを共有していると見ると、“自身の直接的祖先”と決めつける多くの人がいます」と、ハーニー氏は述べています。

 イギリスの非営利団体であるヨーク考古学で収集と記録保管所の管理者であるジュリア・ガリオ(Giulia Gallio)氏は、そうした混乱を直接的に見てきました。ガリオ氏は、2000年前頃のローマ期個体群など古代DNA研究のため分析されたヒト遺骸を含む収集を監督しています。ガリオ氏は、「My True Ancestry」社や他の企業からの検査に基づいて、子孫であると主張する人々から多くの手紙を受け取ってきました。ある個人は、三次元印刷のため骨格の利用権を申し出て、別の集団は収集室での見張りを希望しましたが、ガリオ氏は両方の要求を断りました。しかし、ほとんどの場合、「問い合わせはひじょうに穏和なものでした。“あなた【ガリオ氏】は私の祖先を返さねばならない”との要求はありませんでした」と、ガリオ氏は述べます。

 研究者が現代人のゲノムの公開されている収集での研究を増やし、より多くの古代人のゲノムが利用可能になるにつれて、つながりの数は今後数年で急増するだろう、と科学者は予測しています。IBD一致の発見の可能性は、データベースの規模とともに大きく増加する、とリングバウアー氏は指摘します。故に、イギリス居住者50万人のゲノムおよび健康データの公開貯蔵所であるイギリス生物銀行(United Kingdom Biobank、略してUKB)や、100万人以上のアメリカ合衆国居住者の「All of Us」研究などの情報源により、研究者は古代人のゲノムについて多くの問題を提起し、回答できるようになるかもしれません。たとえば、イギリスのケンブリッジの黒死病の影響に関する2024年の古代ゲノム研究は、1550~1855年に生きていた個体群とIBD断片を共有するUKBの参加者を特定しました(関連記事)。

 そして、過去とのつながりが増えるにつれて、科学者は歴史研究の新たな手法を想像しつつあります。カトクティン製鉄所に埋葬されたアフリカ系アメリカ人にとって、ライクとハーニーとその研究団は現代人の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の「指紋」、つまり個人により異なる遺伝のパターンを作成しました。これらの違いが何を意味しているのか、まだ明確ではありません、とライク氏は指摘します。しかし、個体人のゲノムの指紋採取は、移動パターンや出生率や人生の他の側面への新たな洞察を提供できるかもしれません。「これは人口統計学的研究の最先端です」と、ライク氏は指摘します。それは、現代と古代両方の人口集団の研究と理解を深めるかもしれません。


参考文献:
Callaway E.(2024): From Vikings to Beethoven: what your DNA says about your ancient relatives. Nature, 632, 8024, 246–249.
https://doi.org/10.1038/d41586-024-02536-w

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