モンゴル東部の中世のゲノムデータ
モンゴル東部の中世の人類遺骸のゲノムデータを報告した研究(Lee et al., 2024)が公表されました。本論文は、モンゴル東部の2ヶ所の隣接する墓地である、ゴルバンドブ(Gurvan Dov、略してGD)およびタワン・ハイラースト(Tavan Khailaast、略してTK)遺跡の2世紀~15世紀頃の9個体のゲノムデータを報告しています。約1200年と長期間にわたるにも関わらず、これらの個体の遺伝的異質性は低く、1000年以上にわたる長期の遺伝的安定性が明らかになりました。これは、同じ期間のモンゴル中央部の人類集団におけるより高い遺伝的異質性とは対照的であり、地理に応じたユーラシア西部系の遺伝的構成要素の割合の違いも反映しているようで、モンゴルにおける人類史の把握には、中世の人類集団の包括的なゲノムデータが必要だと示されます。なお、[]は本論文の参考文献の番号で、当ブログで過去に取り上げた研究のみを掲載しています。
●要約
モンゴルにおける最近の考古ゲノム研究は、匈奴およびモンゴル時代の人々の遺伝的起源を解明してきましたが、その間の中世はさほど調べられてきませんでした。古代ゲノムのこの不足のため、多くの国家の興亡があった中世モンゴルの動的な歴史には、ゲノムの視点が欠けています。本論文はこの知識の間隙を埋めるため、2ヶ所の隣接する墓地である、ゴルバンドブおよびタワン・ハイラースト遺跡から発掘された本論文はモンゴル東部の古代人9個体の全ゲノム配列を報告します。この9個体は匈奴~鮮卑時代(200年頃)からモンゴル時代(1400年頃)にかけて分布しており、ほぼ1200年間を網羅する局所的な時間横断区を形成します。驚くべきことに、この長期の時間範囲にも関わらず、9個体全員の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)のほとんど(85~100%)はユーラシア東部系統に由来し、その遺伝的組成において低い異質性を示します。これは、以前に刊行された、より高い異質性と全体的に低いユーラシア東部祖先系統を示したモンゴル中央部の中世個体群のゲノムとは対照的なので、この期間の動的な遺伝的歴史の完全な把握には、中世モンゴルの包括的な考古遺伝学的調査が必要です。
●研究史
歴史的には、ユーラシア東部草原地帯は多くの遊牧帝国の故地として機能してきました。牧畜民によって設立された最初の遊牧帝国は匈奴で、匈奴は紀元前3世紀~紀元後1世紀までアジア東部および中央部を支配しました。ユーラシア東部草原地帯と中国北部やシベリア南部やアジア中央部における草原地帯の近隣地域を網羅する広範な領土を有し、絹の道(シルクロード)の中心地域を支配していた匈奴は、ユーラシアの多様な地域にまたがる物質や思想や人々の交流を促進しました。最近の考古ゲノム研究は、匈奴の人々の遺伝的特性に関する長年の問題への回答を提供してきました[3~6]。これらの研究は、匈奴期以前と匈奴期、およびその後のモンゴル帝国期におけるユーラシア東部草原地帯の人々の遺伝的特性の動的な変化を浮き彫りにしました。
それでも、匈奴帝国とモンゴル帝国との間のユーラシア東部草原地帯における人口集団の複雑な歴史は、ほぼ片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)のみで表面的に調べられてきたにすぎませんでした。一方で、この長期間の古ゲノムは不足しているままです。とくに、この知識の間隙を埋めるためには、匈奴帝国後とモンゴル帝国以前の期間を対象とした調査が必要です。先行研究はこの期間における連続的な遺伝的変化を示唆しており、鮮卑期(100~250年頃)[11]および柔然期(300~550年頃)の古代の個体群が、ユーラシア東部祖先人口集団に由来する高い割合の祖先系統で全体的に低い遺伝的異質性を示しているのに対して、突厥期(552~742年)とウイグル期(744~840年頃)個体群は高度に異質な遺伝的特性を示しており、これは恐らく、イランもしくはバクトリア・マルギアナ考古学複合(Bactrio Margian Archaeological Complex、略してBMAC)関連祖先系統を有するアジア中央部人口集団との近い過去の混合に起因します。
突厥期および、キメク(Kimak)やキプチャク(Kipchak)やカラハン(Karakhanid)などその後の期間ユーラシア中央部草原地帯の中世の個体群は、ユーラシア東部草原地帯の突厥/ウイグル期個体群と同様の遺伝的パターンを示します[5]。それでも、これらの暫定的な結果は広大な時空間に散在する少数の古代ゲノムに基づいているので、中世ユーラシア東部草原地帯人口集団の全体的な動的歴史を解明することはできそうにありません。これまでに研究されたウイグル期の古代の個体群は、モンゴル期のその後の個体群とは明確に区別され、両期間における人口組成のさらに別の大きな変化を示唆しています[3]。
本論文では、古代人9個体の全ゲノム配列決定データの生成によって、モンゴルの中世にわたる局所的な時間横断区が調べられました。この9個体はモンゴル東部の相互に18km離れて位置する2ヶ所の墓地から発掘され、それは、ゴルバンドブ(GD)遺跡の5個体タワン・ハイラースト(TK)遺跡の4個体です(図1)。2ヶ所の墓地から得られたこれら中世のゲノムを、モンゴルおよびその近隣地域の古代人ゲノムの既存のデータ一式に追加することによって、中世の動態、とくにモンゴル東部の微小空間的な遺伝的変化への洞察が得られます。以下は本論文の図1です。
●考古学的背景
ゴルバンドブ(GD)遺跡はモンゴルのヘンティー県(Khentii Aimag)のデルゲルハーン(Delgerkhaan)地区南部に位置します(北緯47.0155度、東経109.0636度、標高1171m)。GD遺跡には3ヶ所の土を積み重ねた塚があり、モンゴル科学協会と日本の新潟大学モンゴルと日本の共同調査団は、そのうち2基の発掘を行ないました。1号塚は2016年と2017年と2019年に発掘され、2号塚は2018年に発掘されました。1号塚は3基のうち最大で、直径は29m、高さは1.3mです。2号塚は直径が18.5~20m、高さは1mです。1号塚と2号塚の両方は主要な2段階を含む「版築方式」で建造されており、それは、元の地表を削平し、厚さ約2~3cmの滑らかな粘土層で覆うことです。1号塚と2号塚の両方では、8基の墓が発掘されました。本論文では、1号塚と2号塚の両方の中で発見されたヒト遺骸から古代DNAデータが得られました。
タワン・ハイラースト(TK)遺跡はモンゴルのヘンティー県デルゲルハーン地区に位置します(北緯47.1711度、東経109.0238度、標高1483m)。この遺跡は、南西から北東へと伸びる、小さな渓谷内の等高線に沿って直線状に配置された14基の墓で構成されています。具体的には、南西側の6基の墓が「4号遺跡」と呼ばれる一方で、北東側の残りの8基は「5号遺跡」と呼ばれています。モンゴルと日本の共同調査団によって、4号遺跡では6基の墓(2013年に1号および2号墓、2014年に3~6号墓)が発掘されましたが、5号遺跡では8基の墓(2013年に1号および8号墓、2014年に5号および7号墓、2015年に2~4号墓および6号墓)が発掘されました。
●標本と手法
先行研究[13]の手法を用いて、ゴルバンドブ(GD)遺跡から発掘された6個体と、タワン・ハイラースト(TK)遺跡から発掘された4個体でゲノムDNAが抽出されました。新たに生成された遺伝子型データは、以前に刊行された現代人[22、23、25~27]および古代人[3~6、11、29~31、33]のデータと統合されました。新たに遺伝子型データが得られた個体については、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)とY染色体ハプログループ(YHg)も決定されました。これらのデータセットは、2種類の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)一式で遺伝子型決定され、それは「ヒト起源」[24]と、「ヒト起源」SNPを含む1233013ヶ所のSNP一式(124万パネル)です[31、34]。
遺伝的に近い親族を検出するため、個体の各組み合わせの不適正塩基対率(pairwise mismatch rate、略してPMR)が推定されました[37]。具体的には、個体の各組み合わせについて、124万パネルにおける常染色体SNPについて疑似半数体遺伝子型を用いて、対での2個体間の非欠損部位の総数に対する不適正部位の数の比率が計算されました。PMR値は、親族関係係数の計算に使用されました。同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH)に基づいて近親交配の個体も特定され、異型接合部位のないゲノム断片を検出し、これらの断片の分布に基づいて近親交配の程度を推測する、hapROH[39]が用いられました。
主成分分析(principal component analysis、略してPCA)の固有ベクトル計算のため、ヒト起源データセットを用いて、ユーラシア現代人2077個体でsmartpcaが実行され、これに古代の個体群が投影されました。モンゴルおよび近隣地域の古代の個体のほとんどがユーラシア東西間の混合として適切に説明されることと、ユーラシアの上位主成分(PC)がユーラシア東西の人々の間の遺伝的差異を説明していることを考えて、古代の個体群の遺伝的異質性を比較するためPC値が用いられました[3、4、6]。PCの平均と分散を用いて、ユーラシア東部人口集団との全体的な遺伝的類似性、および以前に刊行された個体群とのGDおよびTK個体群の遺伝的異質性が比較されました。GDとTKの低い遺伝的異質性と高いユーラシア東部との類似性を統計的に検証するため、無作為標本抽出とが繰り返され、実証的p値が計算されました。具体的には、刊行されている個体群[3、4、6、11]と本論文で新たに分析された個体群の統合一式から、無作為に個体が選択されました。無作為標本抽出中に、各無作為標本抽出された一式の年代期間分布はGDおよびTKと一致させられました。無作為標本抽出が1000回繰り返され、(n+1)/(1000+1)によって実証的p値が計算されました。Nは真のデータ一式と同等もしくはそれ以上のきょくたんな量を有する無作為一式の数を意味しており、つまりはGDおよびTKよりも平均がより高いか、分散がより低い無作為一式の数です。同じ分析を適用し、GDの4個体がユーラシア東部人に対してより高い遺伝的異質性を有し、TK個体群が以前に刊行された個体群より遺伝的異質性が低いことも示されました。ユーラシア現代人1774個体と古代人207個体を用いて、遺伝的特性の代替的要約を得るため、ADMIXTUREも実行されました。
GDおよびTK個体群はまず、その年代期間に基づいて5人口集団に分類され、それは、GD_匈奴-鮮卑、GD_突厥、GD_ウイグル、GD_モンゴルです。これに基づいて、f₃形式(ムブティ人;GD/TK、X)の外群f₃統計も計算されました。次に、供給源人口集団の組み合わせとして古代の個体群の説明が試みられ、その祖先人口集団の割合が計算されました。供給源人口集団は、PC空間の各個体の位置と以前に刊行された研究[3]に基づいて選択され、qpAdmが実行されました。これらの分析では、基底部外群一式(右側人口集団)として、以下の10人口集団が使用されました。それは、アフリカ中央部熱帯雨林狩猟採集民であるムブティ人(5個体)、アンダマン諸島のオンゲ人(2個体)、台湾先住民であるアミ人(Ami)2個体、中央アメリカのミヘー人(Mixe)3個体、続旧石器時代レヴァントのナトゥーフィアン(Natufian、ナトゥーフ文化)集団6個体[23]、イランのガンジュ・ダレー(Ganj Dareh)遺跡の新石器時代(Neolithic、略してN)8個体(イラン_N)[23、33]、続旧石器時代ヨーロッパの狩猟採集民であるイタリアのヴィッラブルーナ(Villabruna)遺跡の1個体[43]、アナトリア半島新石器時代のバルシン(Barcin)遺跡の23個体(アナトリア_N)[31]、カザフスタン北部の金石併用時代のボタイ(Botai)遺跡の狩猟採集民3個体(ボタイ_ pub)[44]、ロシア南部の新石器時代3個体(西シベリア_N)[33]です。競合モデルを比較するため、基底外群一式に1集団ずつ供給源人口集団を追加し、繰り返しqpAdmが実行され、これは「循環手法」と呼ばれます。
●モンゴル東部の中世のゲノム
まず、GDおよびTKの2ヶ所の墓地から発掘された中世の10個体のゲノムDNAが抽出されました。GD6個体のうち、1個体は匈奴-鮮卑期(GD1-1)、2個体は突厥期(GD1-1およびGD2-4)、1個体はウイグル期(GD1-3)、1個体はズブ(Zubu、阻䪁)期(GD2-2)、1個体はモンゴル期(GD2-3)です。TKの4個体(TK4-2、TK4-5、TK5-2、TK5-8)は、モンゴル期です(図1)。
モンゴル期の1個体(GD2-3)を除いて、10個体のうち9個体では全ゲノム配列決定後に充分なゲノム規模網羅率が得られた、と分かり、詳細な品質管理と下流分析が行なわれました(表1)。この9個体は全員、古代DNAに特徴的な死後損傷パターンと本論文で用いられたライブラリ準備実施要綱を示し、9個体全員のミトコンドリア配列と男性5個体のX染色体配列を用いての汚染の低水準を示した、と確証されました。次に「124万」パネル[31、34]として知られている、1233013ヶ所の祖先系統の情報をもたらすSNP一式について、pileupCallerプログラムを用いて疑似半数体遺伝子型が決定されました。各個体について、少なくとも1回の高品質読み取りで網羅されている、329619~1053197ヶ所のSNPが回収されました。この新たに生成された遺伝子型データは、現代人および古代人の以前に刊行された遺伝子型データと統合されました[3~6、11、22、23、29~31、33、43、44、46~53、55~70]。
これらの個体のmtHgおよびYHgが決定され、個体間の遺伝的近縁性が調べられました(表1)。GD遺跡の男性2個体のうち、ウイグル期の1個体(GD1-3)はユーラシア西部系YHgのJ2aに属し、突厥期の1個体(GD2-4)はYHg-D1(M174)に分類されました。TK遺跡のモンゴル期の男性3個体は全員、YHg-C2aでした。GD遺跡の個体のmtHgはAかBかFかGかTで、TK遺跡の個体のmtHgはD4もしくはY1で、これらはmtHg-MもしくはNから派生し、現在のユーラシア草原地帯では一般的です。これらのmtHgおよびYHgは、同じ期間の以前に刊行された個体群で報告されていました。TK遺跡の4個体で、mtHg-Y1a1を共有する母親と息子の組み合わせ(TK5-8とTK5-2)が見つかりました(表1)。3組の3親等の父方親族も見つかり、母親と息子の組み合わせの息子の方のTK5-2はTK4-2およびTK4-5の3親等の親族で、TK4-2とTK4-5は相互に3親等の親族です。さらに、ROHを検出する分析であるhapROH[39]が実行され、各個体の近親交配率が推定されました。GD1-1は最大量のROHの塊を有していますが、20 cM(センチモルガン)以上のROHを有する個体はおらず、これは近親交配の個体がいないことを示唆しています。
●千年にわたるGD/TK個体群の遺伝的特性における限定的な異質性
GD/TK個体群の遺伝的特性を特徴づけるため、ユーラシア人口集団のPCAとADMIXTUREが実行されました。PCAの結果では、新たにゲノムデータが得られた9個体は、以前に報告された匈奴期もしくはモンゴル期の個体群[3、4、6、11]で観察された遺伝的異質性内に収まる、と示されます(図2)。主成分1(PC1)はユーラシア人を東西の勾配に沿って、PC2はユーラシア東部人の南北の勾配を説明します。PC1上の東西の勾配に沿って、GD/TK個体群はユーラシア東部個体群、とくに、アジア北東部人(Ancient Northeast Asian、略してANA)とよく呼ばれる遺伝的特性[3]を共有している、アジア北東部の古代および現在の個体群の近くに位置します。以下は本論文の図2です。
GD個体群は個体間の遺伝的特性においてTK個体群よりも異質で、おそらくはそのずっと長い時間範囲(匈奴からズブまで)および各期間内の遺伝的異質性を反映しています。ADMIXTURE分析も、PCAと定性的に同様の結果を提供します。具体的には、最小交差検証誤差を示すK(系統構成要素数)=8では、GDおよびTK遺跡個体群はその祖先系統の大半がANA関連個体群で最大化される構成要素(64~79%、赤色)に由来し、ユーラシア西部関連祖先系統構成要素の量はわずかです。
以前の大規模な研究は、モンゴルおよび近隣地域の古代の個体群の祖先系統特性と地理的位置との間に相関はない、と報告しましたが[3]、GDおよびTK遺跡個体群はその遺伝的特性においてより均質で(PC1の座標で要約)、この期間に一致するモンゴル全域の古代の個体群よりもユーラシア東部の遺伝子プールの方へと向かってより類似性が高いようです。時代構成を一致させながら、モンゴル全域の利用可能な個体群から無作為に標本抽出された古代の個体群との、GDおよびTK遺跡個体群のPC1座標の平均と分散の比較によって、この傾向が定量的に検証されました。具体的には、匈奴-鮮卑期の1個体と突厥期の2個体とウイグル期の1個体とキタイ(契丹)期の1個体とモンゴル期の4個体で構成される、古代人9個体の1000回の一式が作成されました[3、4、6、11]。1000回の一式は、GDおよびTK遺跡個体群よりも高い平均PC1値も低い分散も有さず、この地域内のユーラシア東部人との類似性および遺伝的均一性への有意な裏づけを提供します(図3)。以下は本論文の図3です。
これらのパターンは、各期間で維持されているようですが、各期間の個体数はかなり少なくなっています。第一に、GD個体群で最古級となる匈奴-鮮卑期の1個体(GD1-4)は、モンゴルの刊行された柔然期の1個体とともにクラスタ化します(まとまります)。第二に、GDおよびTK遺跡個体群の合計一式で用いられた同じ無作為標本抽出が適用されると、突厥/ウイグル/ズブ期に属するGD遺跡の4個体は平均的に、モンゴル中央部の個体群[3、4、11]よりもユーラシア東部人の遺伝子プールとのずっと高い遺伝的類似性を示します(実証的p値は0.038で、1000回の無作為一式のうち37回の平均PC1値がGD遺跡の4個体より高くなります)。第三に、モンゴル期のTK個体群は刊行されたモンゴル期の個体群[3]のより分散した分布内で密集したクラスタを形成します。同じ無作為標本抽出手法を適用すると、TK個体群のこの限定的な分布はPC1およびPC2軸の両方で顕著です(PC1の実証的p値は0.005で、1000回の無作為一式のうち4回はTK個体群より低い分散を示し、PC2の実証的p値は0.002で、1000回の無作為一式のうち1回はTK個体群より低い分散を示します)。
●GD/TK個体群の祖先系統特性のモデル化
GD/TK個体群はその期間に基づいて、匈奴-鮮卑期1個体(GD1-1)、突厥期2個体(GD1-1およびGD2-4)、ウイグル期1個体(GD1-3)、ズブ期1個体(GD2-2)、TKモンゴル期(TK_モンゴル)の4個体(TK4-2、TK4-5、TK5-2、TK5-8)の5集団に分類され、f₃形式(ムブティ人;GD/TK、X)の外群f₃統計が計算されました。これら5集団はすべて、ANA人口集団と最高の遺伝的類似性を共有しています。次に、qpAdm分析が実行され、GD/TK個体群の遺伝的特性が明示的にモデル化されました(図4)。
PCAと外群f₃結果から得られた直観と先行研究[3]に基づいて、これら5集団の個体群がANAとユーラシア西部の祖先系統供給源の2方向混合としてモデル化されました。ANA関連供給源については、石板墓(Slab Grave)文化の13個体(石板墓1)[3、4]およびアムール川(Amur River、略してAR)流域のモグシャン(Mogushan)遺跡の鮮卑期3個体(AR_鮮卑_IA)と関連する、鉄器時代(Iron Age、略してIA)個体群が用いられました。ユーラシア西部供給源については、ウユク(Uyuk)文化に属するアルタイ地域のチャンドマン(Chandman)遺跡の9個体(チャンドマン_IA)の鉄器時代個体群、ユーラシア西部/中央部草原地帯のサルマティア(Sarmatian)文化期の17個体(サルマティア)[5、30、31]、中世初期コーカサス北部のアラン人(Alan)5個体(アラン)[5]が用いられました。これらユーラシア西部の3供給源は、定性的違いなしに、同様に機能します。
ユーラシア東部の2供給源のうち、AR_鮮卑_IAが石板墓1よりも適切な代理と分かりました。具体的には、モンゴル北部のモンゴルで最北端のフブスグル(Khovsgol、Khövsgöl)県で発見された後期青銅器時代(Late Bronze Age、略してLBA)人口集団(フブスグル_LBA)が、解像度向上のため参照人口集団の一式に含まれると、石板墓1はGD/TK個体群においてユーラシア東部祖先系統のモデル化に失敗します。対照的にAR_鮮卑_IAは、GD/TK遺跡の9個体のうち突厥期の1個体(GD2-4)を除く8個体で、適切な2方向混合モデルを提供します。この8個体のうち6個体は、TKの4個体全員やGD1-1やGD1-4を含めて、実際にAR_鮮卑_IAが100%でモデル化でき、ユーラシア西部供給源からの寄与はありません。残りの2個体では、ウイグル期の1個体(GD1-3)が17~27%(±2~3%)の、ズブ期の1個体(GD2-2)が14~20%(±2~3%)のユーラシア西部祖先系統を、それぞれ必要とします。以下は本論文の図4です。
突厥期の1個体(GD2-4)は、PC2に沿ってかなり下方への移動を示しており、モンゴルのさらに南側に暮らしていたアジア東部人口集団への遺伝的類似性が示唆されます(図2)。おそらくは漢帝国の駐屯地の兵士だったウムヌゴビ県の集団墓地遺跡の漢代の2個体[3、5]から構成される漢_2000年前を第三の供給源として追加すると、GD2-4についてユーラシア西部の3供給源すべてで適合モデルが得られ、AR_鮮卑_IAから50±8%、ユーラシア西部から3~5±2%、漢_2000年前から47±8~9%となります。GD2-4のユーラシア西部祖先系統の割合は、ユーラシア西部供給源を除外したより単純な2方向混合モデルもGD2-4に適合する(AR_鮮卑_IAから50±8%、漢_2000年前から50±8%)、と示すことによって、ゼロを含む95%信頼区間での3%という低い推定値から予測されるように、無視できるほど僅かである、と確証されます。祖先系統構成要素のこの組み合わせを有する、以前に刊行された匈奴および突厥期の個体群の複数の事例があります[3]。
●考察
本論文では、モンゴル東部のGDおよびTK 遺跡の2ヶ所の墓地から発掘された9個体が報告されました。この9個体は、少数ではあるものの、鮮卑-匈奴期からモンゴル期にかけての千年にわたる局所的な時間横断区を形成します。GD個体群はとくに、古代ゲノムがわずかしか報告されてこなかった突厥期とウイグル期とズブ期を網羅しています。本論文での時間横断区は、モンゴルおよび近隣地域にまたがる以前に刊行された大規模な標本抽出[3、4、6]と組み合わせて、標本抽出の少ないモンゴル東部の遊牧民動的な時空間的遺伝的構造を調べる、稀な機会を提供します。興味深いことに、GDおよびTK 遺跡の9個体は全体的に、モンゴル全域の古代の個体群の年代の一致する無作為一式よりも、その遺伝的組成において、ユーラシア東部祖先系統の割合が高く、異質性は低くなっています。この小さな地域における千年にわたるその全体的に類似した遺伝的特性は、モンゴル全体の地域的規模で見られた高い遺伝的異質性および繰り返しの遺伝的置換[3]とは対照的です。したがって、GDおよびTK 遺跡やモンゴル東部の近隣からの古代ゲノムのさらなる標本抽出が、この地域における遺伝的特性の相対的安定性の機序の理解に役立つでしょう。さらに、モンゴル南部(現在の中華人民共和国内モンゴル自治区)やアルタイ地域やシベリア南部の森林草原地帯など、ユーラシア東部草原地帯の周辺の他地域に関する同様の将来の研究では、中世の遺伝的特性の変化における他の地域特有のパターンが得られるかもしれません。
新たに報告された9個体のうち、匈奴-鮮卑期の1個体(GD1-4)と突厥期の1個体(GD1-1)とモンゴル期のTK遺跡の4個体全員は、AR_鮮卑_IAでクレード(単系統群)化します。他の突厥期の1個体(GD2-4)も、ユーラシア西部祖先系統構成要素なしでモデル化されます。ウイグル期1個体とズブ期1個体で構成される残りの2個体は、14~27%の範囲のユーラシア西部祖先系統を有しています。中世GD個体群の限定的な遺伝的異質性はモンゴル中央部の以前に報告された個体群[3]とは対照的で、このあまり研究されていなかった期間に関する情報の新たな断片を提供します。たとえば、先行研究[3]で刊行された中世初期の22個体(突厥期9個体とウイグル期13個体)は、ユーラシア東部祖先系統の割合が0~100%(平均50%、標準偏差37%)でモデル化されます。この違いの解釈は、標本規模の小ささや、研究された個体間の社会政治的および経済的地位の不確実性および/もしくは違いのため未解決である、と本論文は認識しています。したがって、本論文は、モンゴル、とくに匈奴帝国とモンゴル帝国との間のあまり研究されていない期間に焦点を当てた、さらなる考古遺伝学的研究の必要性を強調します。
中世の個体数はわずかしか利用可能ではありませんが、中世の複雑な人口動態史が、先行する匈奴期もしくはその後のモンゴル期の混合の歴史の理解だけでは完全には解明できないことは、依然として明らかです。本論文では、新たに報告された個体群がひじょうに低水準の遺伝的異質性を示し、この時代に独特な地域特有の特徴の存在を示唆しています。また、これらの個体はそのユーラシア東部供給源として、石板墓1よりもAR_鮮卑_IAで適切にモデル化され、この地域の初期ANA人口集団の遺伝的異質性と、モンゴルの古代人の遺伝的特性における鮮卑の遺伝的独自性および潜在的影響に関するさらなる調査が必要です【最近の古代ゲノム研究(Cai et al., 2023)では、鮮卑の遺伝的起源はアムール川地域の大興安嶺山脈周辺にある、と示されています】。モンゴルにおける将来の考古遺伝学的研究は、草原地帯の最もよく知られている二つの帝国である匈奴とモンゴルとの間のこの動的な形成期間に関する知識の間隙を埋めるために、中世にもっと注意を払うよう、本論文は提案します。
参考文献:
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●要約
モンゴルにおける最近の考古ゲノム研究は、匈奴およびモンゴル時代の人々の遺伝的起源を解明してきましたが、その間の中世はさほど調べられてきませんでした。古代ゲノムのこの不足のため、多くの国家の興亡があった中世モンゴルの動的な歴史には、ゲノムの視点が欠けています。本論文はこの知識の間隙を埋めるため、2ヶ所の隣接する墓地である、ゴルバンドブおよびタワン・ハイラースト遺跡から発掘された本論文はモンゴル東部の古代人9個体の全ゲノム配列を報告します。この9個体は匈奴~鮮卑時代(200年頃)からモンゴル時代(1400年頃)にかけて分布しており、ほぼ1200年間を網羅する局所的な時間横断区を形成します。驚くべきことに、この長期の時間範囲にも関わらず、9個体全員の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)のほとんど(85~100%)はユーラシア東部系統に由来し、その遺伝的組成において低い異質性を示します。これは、以前に刊行された、より高い異質性と全体的に低いユーラシア東部祖先系統を示したモンゴル中央部の中世個体群のゲノムとは対照的なので、この期間の動的な遺伝的歴史の完全な把握には、中世モンゴルの包括的な考古遺伝学的調査が必要です。
●研究史
歴史的には、ユーラシア東部草原地帯は多くの遊牧帝国の故地として機能してきました。牧畜民によって設立された最初の遊牧帝国は匈奴で、匈奴は紀元前3世紀~紀元後1世紀までアジア東部および中央部を支配しました。ユーラシア東部草原地帯と中国北部やシベリア南部やアジア中央部における草原地帯の近隣地域を網羅する広範な領土を有し、絹の道(シルクロード)の中心地域を支配していた匈奴は、ユーラシアの多様な地域にまたがる物質や思想や人々の交流を促進しました。最近の考古ゲノム研究は、匈奴の人々の遺伝的特性に関する長年の問題への回答を提供してきました[3~6]。これらの研究は、匈奴期以前と匈奴期、およびその後のモンゴル帝国期におけるユーラシア東部草原地帯の人々の遺伝的特性の動的な変化を浮き彫りにしました。
それでも、匈奴帝国とモンゴル帝国との間のユーラシア東部草原地帯における人口集団の複雑な歴史は、ほぼ片親性遺伝標識(母系のミトコンドリアDNAと父系のY染色体)のみで表面的に調べられてきたにすぎませんでした。一方で、この長期間の古ゲノムは不足しているままです。とくに、この知識の間隙を埋めるためには、匈奴帝国後とモンゴル帝国以前の期間を対象とした調査が必要です。先行研究はこの期間における連続的な遺伝的変化を示唆しており、鮮卑期(100~250年頃)[11]および柔然期(300~550年頃)の古代の個体群が、ユーラシア東部祖先人口集団に由来する高い割合の祖先系統で全体的に低い遺伝的異質性を示しているのに対して、突厥期(552~742年)とウイグル期(744~840年頃)個体群は高度に異質な遺伝的特性を示しており、これは恐らく、イランもしくはバクトリア・マルギアナ考古学複合(Bactrio Margian Archaeological Complex、略してBMAC)関連祖先系統を有するアジア中央部人口集団との近い過去の混合に起因します。
突厥期および、キメク(Kimak)やキプチャク(Kipchak)やカラハン(Karakhanid)などその後の期間ユーラシア中央部草原地帯の中世の個体群は、ユーラシア東部草原地帯の突厥/ウイグル期個体群と同様の遺伝的パターンを示します[5]。それでも、これらの暫定的な結果は広大な時空間に散在する少数の古代ゲノムに基づいているので、中世ユーラシア東部草原地帯人口集団の全体的な動的歴史を解明することはできそうにありません。これまでに研究されたウイグル期の古代の個体群は、モンゴル期のその後の個体群とは明確に区別され、両期間における人口組成のさらに別の大きな変化を示唆しています[3]。
本論文では、古代人9個体の全ゲノム配列決定データの生成によって、モンゴルの中世にわたる局所的な時間横断区が調べられました。この9個体はモンゴル東部の相互に18km離れて位置する2ヶ所の墓地から発掘され、それは、ゴルバンドブ(GD)遺跡の5個体タワン・ハイラースト(TK)遺跡の4個体です(図1)。2ヶ所の墓地から得られたこれら中世のゲノムを、モンゴルおよびその近隣地域の古代人ゲノムの既存のデータ一式に追加することによって、中世の動態、とくにモンゴル東部の微小空間的な遺伝的変化への洞察が得られます。以下は本論文の図1です。
●考古学的背景
ゴルバンドブ(GD)遺跡はモンゴルのヘンティー県(Khentii Aimag)のデルゲルハーン(Delgerkhaan)地区南部に位置します(北緯47.0155度、東経109.0636度、標高1171m)。GD遺跡には3ヶ所の土を積み重ねた塚があり、モンゴル科学協会と日本の新潟大学モンゴルと日本の共同調査団は、そのうち2基の発掘を行ないました。1号塚は2016年と2017年と2019年に発掘され、2号塚は2018年に発掘されました。1号塚は3基のうち最大で、直径は29m、高さは1.3mです。2号塚は直径が18.5~20m、高さは1mです。1号塚と2号塚の両方は主要な2段階を含む「版築方式」で建造されており、それは、元の地表を削平し、厚さ約2~3cmの滑らかな粘土層で覆うことです。1号塚と2号塚の両方では、8基の墓が発掘されました。本論文では、1号塚と2号塚の両方の中で発見されたヒト遺骸から古代DNAデータが得られました。
タワン・ハイラースト(TK)遺跡はモンゴルのヘンティー県デルゲルハーン地区に位置します(北緯47.1711度、東経109.0238度、標高1483m)。この遺跡は、南西から北東へと伸びる、小さな渓谷内の等高線に沿って直線状に配置された14基の墓で構成されています。具体的には、南西側の6基の墓が「4号遺跡」と呼ばれる一方で、北東側の残りの8基は「5号遺跡」と呼ばれています。モンゴルと日本の共同調査団によって、4号遺跡では6基の墓(2013年に1号および2号墓、2014年に3~6号墓)が発掘されましたが、5号遺跡では8基の墓(2013年に1号および8号墓、2014年に5号および7号墓、2015年に2~4号墓および6号墓)が発掘されました。
●標本と手法
先行研究[13]の手法を用いて、ゴルバンドブ(GD)遺跡から発掘された6個体と、タワン・ハイラースト(TK)遺跡から発掘された4個体でゲノムDNAが抽出されました。新たに生成された遺伝子型データは、以前に刊行された現代人[22、23、25~27]および古代人[3~6、11、29~31、33]のデータと統合されました。新たに遺伝子型データが得られた個体については、ミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)とY染色体ハプログループ(YHg)も決定されました。これらのデータセットは、2種類の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)一式で遺伝子型決定され、それは「ヒト起源」[24]と、「ヒト起源」SNPを含む1233013ヶ所のSNP一式(124万パネル)です[31、34]。
遺伝的に近い親族を検出するため、個体の各組み合わせの不適正塩基対率(pairwise mismatch rate、略してPMR)が推定されました[37]。具体的には、個体の各組み合わせについて、124万パネルにおける常染色体SNPについて疑似半数体遺伝子型を用いて、対での2個体間の非欠損部位の総数に対する不適正部位の数の比率が計算されました。PMR値は、親族関係係数の計算に使用されました。同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH)に基づいて近親交配の個体も特定され、異型接合部位のないゲノム断片を検出し、これらの断片の分布に基づいて近親交配の程度を推測する、hapROH[39]が用いられました。
主成分分析(principal component analysis、略してPCA)の固有ベクトル計算のため、ヒト起源データセットを用いて、ユーラシア現代人2077個体でsmartpcaが実行され、これに古代の個体群が投影されました。モンゴルおよび近隣地域の古代の個体のほとんどがユーラシア東西間の混合として適切に説明されることと、ユーラシアの上位主成分(PC)がユーラシア東西の人々の間の遺伝的差異を説明していることを考えて、古代の個体群の遺伝的異質性を比較するためPC値が用いられました[3、4、6]。PCの平均と分散を用いて、ユーラシア東部人口集団との全体的な遺伝的類似性、および以前に刊行された個体群とのGDおよびTK個体群の遺伝的異質性が比較されました。GDとTKの低い遺伝的異質性と高いユーラシア東部との類似性を統計的に検証するため、無作為標本抽出とが繰り返され、実証的p値が計算されました。具体的には、刊行されている個体群[3、4、6、11]と本論文で新たに分析された個体群の統合一式から、無作為に個体が選択されました。無作為標本抽出中に、各無作為標本抽出された一式の年代期間分布はGDおよびTKと一致させられました。無作為標本抽出が1000回繰り返され、(n+1)/(1000+1)によって実証的p値が計算されました。Nは真のデータ一式と同等もしくはそれ以上のきょくたんな量を有する無作為一式の数を意味しており、つまりはGDおよびTKよりも平均がより高いか、分散がより低い無作為一式の数です。同じ分析を適用し、GDの4個体がユーラシア東部人に対してより高い遺伝的異質性を有し、TK個体群が以前に刊行された個体群より遺伝的異質性が低いことも示されました。ユーラシア現代人1774個体と古代人207個体を用いて、遺伝的特性の代替的要約を得るため、ADMIXTUREも実行されました。
GDおよびTK個体群はまず、その年代期間に基づいて5人口集団に分類され、それは、GD_匈奴-鮮卑、GD_突厥、GD_ウイグル、GD_モンゴルです。これに基づいて、f₃形式(ムブティ人;GD/TK、X)の外群f₃統計も計算されました。次に、供給源人口集団の組み合わせとして古代の個体群の説明が試みられ、その祖先人口集団の割合が計算されました。供給源人口集団は、PC空間の各個体の位置と以前に刊行された研究[3]に基づいて選択され、qpAdmが実行されました。これらの分析では、基底部外群一式(右側人口集団)として、以下の10人口集団が使用されました。それは、アフリカ中央部熱帯雨林狩猟採集民であるムブティ人(5個体)、アンダマン諸島のオンゲ人(2個体)、台湾先住民であるアミ人(Ami)2個体、中央アメリカのミヘー人(Mixe)3個体、続旧石器時代レヴァントのナトゥーフィアン(Natufian、ナトゥーフ文化)集団6個体[23]、イランのガンジュ・ダレー(Ganj Dareh)遺跡の新石器時代(Neolithic、略してN)8個体(イラン_N)[23、33]、続旧石器時代ヨーロッパの狩猟採集民であるイタリアのヴィッラブルーナ(Villabruna)遺跡の1個体[43]、アナトリア半島新石器時代のバルシン(Barcin)遺跡の23個体(アナトリア_N)[31]、カザフスタン北部の金石併用時代のボタイ(Botai)遺跡の狩猟採集民3個体(ボタイ_ pub)[44]、ロシア南部の新石器時代3個体(西シベリア_N)[33]です。競合モデルを比較するため、基底外群一式に1集団ずつ供給源人口集団を追加し、繰り返しqpAdmが実行され、これは「循環手法」と呼ばれます。
●モンゴル東部の中世のゲノム
まず、GDおよびTKの2ヶ所の墓地から発掘された中世の10個体のゲノムDNAが抽出されました。GD6個体のうち、1個体は匈奴-鮮卑期(GD1-1)、2個体は突厥期(GD1-1およびGD2-4)、1個体はウイグル期(GD1-3)、1個体はズブ(Zubu、阻䪁)期(GD2-2)、1個体はモンゴル期(GD2-3)です。TKの4個体(TK4-2、TK4-5、TK5-2、TK5-8)は、モンゴル期です(図1)。
モンゴル期の1個体(GD2-3)を除いて、10個体のうち9個体では全ゲノム配列決定後に充分なゲノム規模網羅率が得られた、と分かり、詳細な品質管理と下流分析が行なわれました(表1)。この9個体は全員、古代DNAに特徴的な死後損傷パターンと本論文で用いられたライブラリ準備実施要綱を示し、9個体全員のミトコンドリア配列と男性5個体のX染色体配列を用いての汚染の低水準を示した、と確証されました。次に「124万」パネル[31、34]として知られている、1233013ヶ所の祖先系統の情報をもたらすSNP一式について、pileupCallerプログラムを用いて疑似半数体遺伝子型が決定されました。各個体について、少なくとも1回の高品質読み取りで網羅されている、329619~1053197ヶ所のSNPが回収されました。この新たに生成された遺伝子型データは、現代人および古代人の以前に刊行された遺伝子型データと統合されました[3~6、11、22、23、29~31、33、43、44、46~53、55~70]。
これらの個体のmtHgおよびYHgが決定され、個体間の遺伝的近縁性が調べられました(表1)。GD遺跡の男性2個体のうち、ウイグル期の1個体(GD1-3)はユーラシア西部系YHgのJ2aに属し、突厥期の1個体(GD2-4)はYHg-D1(M174)に分類されました。TK遺跡のモンゴル期の男性3個体は全員、YHg-C2aでした。GD遺跡の個体のmtHgはAかBかFかGかTで、TK遺跡の個体のmtHgはD4もしくはY1で、これらはmtHg-MもしくはNから派生し、現在のユーラシア草原地帯では一般的です。これらのmtHgおよびYHgは、同じ期間の以前に刊行された個体群で報告されていました。TK遺跡の4個体で、mtHg-Y1a1を共有する母親と息子の組み合わせ(TK5-8とTK5-2)が見つかりました(表1)。3組の3親等の父方親族も見つかり、母親と息子の組み合わせの息子の方のTK5-2はTK4-2およびTK4-5の3親等の親族で、TK4-2とTK4-5は相互に3親等の親族です。さらに、ROHを検出する分析であるhapROH[39]が実行され、各個体の近親交配率が推定されました。GD1-1は最大量のROHの塊を有していますが、20 cM(センチモルガン)以上のROHを有する個体はおらず、これは近親交配の個体がいないことを示唆しています。
●千年にわたるGD/TK個体群の遺伝的特性における限定的な異質性
GD/TK個体群の遺伝的特性を特徴づけるため、ユーラシア人口集団のPCAとADMIXTUREが実行されました。PCAの結果では、新たにゲノムデータが得られた9個体は、以前に報告された匈奴期もしくはモンゴル期の個体群[3、4、6、11]で観察された遺伝的異質性内に収まる、と示されます(図2)。主成分1(PC1)はユーラシア人を東西の勾配に沿って、PC2はユーラシア東部人の南北の勾配を説明します。PC1上の東西の勾配に沿って、GD/TK個体群はユーラシア東部個体群、とくに、アジア北東部人(Ancient Northeast Asian、略してANA)とよく呼ばれる遺伝的特性[3]を共有している、アジア北東部の古代および現在の個体群の近くに位置します。以下は本論文の図2です。
GD個体群は個体間の遺伝的特性においてTK個体群よりも異質で、おそらくはそのずっと長い時間範囲(匈奴からズブまで)および各期間内の遺伝的異質性を反映しています。ADMIXTURE分析も、PCAと定性的に同様の結果を提供します。具体的には、最小交差検証誤差を示すK(系統構成要素数)=8では、GDおよびTK遺跡個体群はその祖先系統の大半がANA関連個体群で最大化される構成要素(64~79%、赤色)に由来し、ユーラシア西部関連祖先系統構成要素の量はわずかです。
以前の大規模な研究は、モンゴルおよび近隣地域の古代の個体群の祖先系統特性と地理的位置との間に相関はない、と報告しましたが[3]、GDおよびTK遺跡個体群はその遺伝的特性においてより均質で(PC1の座標で要約)、この期間に一致するモンゴル全域の古代の個体群よりもユーラシア東部の遺伝子プールの方へと向かってより類似性が高いようです。時代構成を一致させながら、モンゴル全域の利用可能な個体群から無作為に標本抽出された古代の個体群との、GDおよびTK遺跡個体群のPC1座標の平均と分散の比較によって、この傾向が定量的に検証されました。具体的には、匈奴-鮮卑期の1個体と突厥期の2個体とウイグル期の1個体とキタイ(契丹)期の1個体とモンゴル期の4個体で構成される、古代人9個体の1000回の一式が作成されました[3、4、6、11]。1000回の一式は、GDおよびTK遺跡個体群よりも高い平均PC1値も低い分散も有さず、この地域内のユーラシア東部人との類似性および遺伝的均一性への有意な裏づけを提供します(図3)。以下は本論文の図3です。
これらのパターンは、各期間で維持されているようですが、各期間の個体数はかなり少なくなっています。第一に、GD個体群で最古級となる匈奴-鮮卑期の1個体(GD1-4)は、モンゴルの刊行された柔然期の1個体とともにクラスタ化します(まとまります)。第二に、GDおよびTK遺跡個体群の合計一式で用いられた同じ無作為標本抽出が適用されると、突厥/ウイグル/ズブ期に属するGD遺跡の4個体は平均的に、モンゴル中央部の個体群[3、4、11]よりもユーラシア東部人の遺伝子プールとのずっと高い遺伝的類似性を示します(実証的p値は0.038で、1000回の無作為一式のうち37回の平均PC1値がGD遺跡の4個体より高くなります)。第三に、モンゴル期のTK個体群は刊行されたモンゴル期の個体群[3]のより分散した分布内で密集したクラスタを形成します。同じ無作為標本抽出手法を適用すると、TK個体群のこの限定的な分布はPC1およびPC2軸の両方で顕著です(PC1の実証的p値は0.005で、1000回の無作為一式のうち4回はTK個体群より低い分散を示し、PC2の実証的p値は0.002で、1000回の無作為一式のうち1回はTK個体群より低い分散を示します)。
●GD/TK個体群の祖先系統特性のモデル化
GD/TK個体群はその期間に基づいて、匈奴-鮮卑期1個体(GD1-1)、突厥期2個体(GD1-1およびGD2-4)、ウイグル期1個体(GD1-3)、ズブ期1個体(GD2-2)、TKモンゴル期(TK_モンゴル)の4個体(TK4-2、TK4-5、TK5-2、TK5-8)の5集団に分類され、f₃形式(ムブティ人;GD/TK、X)の外群f₃統計が計算されました。これら5集団はすべて、ANA人口集団と最高の遺伝的類似性を共有しています。次に、qpAdm分析が実行され、GD/TK個体群の遺伝的特性が明示的にモデル化されました(図4)。
PCAと外群f₃結果から得られた直観と先行研究[3]に基づいて、これら5集団の個体群がANAとユーラシア西部の祖先系統供給源の2方向混合としてモデル化されました。ANA関連供給源については、石板墓(Slab Grave)文化の13個体(石板墓1)[3、4]およびアムール川(Amur River、略してAR)流域のモグシャン(Mogushan)遺跡の鮮卑期3個体(AR_鮮卑_IA)と関連する、鉄器時代(Iron Age、略してIA)個体群が用いられました。ユーラシア西部供給源については、ウユク(Uyuk)文化に属するアルタイ地域のチャンドマン(Chandman)遺跡の9個体(チャンドマン_IA)の鉄器時代個体群、ユーラシア西部/中央部草原地帯のサルマティア(Sarmatian)文化期の17個体(サルマティア)[5、30、31]、中世初期コーカサス北部のアラン人(Alan)5個体(アラン)[5]が用いられました。これらユーラシア西部の3供給源は、定性的違いなしに、同様に機能します。
ユーラシア東部の2供給源のうち、AR_鮮卑_IAが石板墓1よりも適切な代理と分かりました。具体的には、モンゴル北部のモンゴルで最北端のフブスグル(Khovsgol、Khövsgöl)県で発見された後期青銅器時代(Late Bronze Age、略してLBA)人口集団(フブスグル_LBA)が、解像度向上のため参照人口集団の一式に含まれると、石板墓1はGD/TK個体群においてユーラシア東部祖先系統のモデル化に失敗します。対照的にAR_鮮卑_IAは、GD/TK遺跡の9個体のうち突厥期の1個体(GD2-4)を除く8個体で、適切な2方向混合モデルを提供します。この8個体のうち6個体は、TKの4個体全員やGD1-1やGD1-4を含めて、実際にAR_鮮卑_IAが100%でモデル化でき、ユーラシア西部供給源からの寄与はありません。残りの2個体では、ウイグル期の1個体(GD1-3)が17~27%(±2~3%)の、ズブ期の1個体(GD2-2)が14~20%(±2~3%)のユーラシア西部祖先系統を、それぞれ必要とします。以下は本論文の図4です。
突厥期の1個体(GD2-4)は、PC2に沿ってかなり下方への移動を示しており、モンゴルのさらに南側に暮らしていたアジア東部人口集団への遺伝的類似性が示唆されます(図2)。おそらくは漢帝国の駐屯地の兵士だったウムヌゴビ県の集団墓地遺跡の漢代の2個体[3、5]から構成される漢_2000年前を第三の供給源として追加すると、GD2-4についてユーラシア西部の3供給源すべてで適合モデルが得られ、AR_鮮卑_IAから50±8%、ユーラシア西部から3~5±2%、漢_2000年前から47±8~9%となります。GD2-4のユーラシア西部祖先系統の割合は、ユーラシア西部供給源を除外したより単純な2方向混合モデルもGD2-4に適合する(AR_鮮卑_IAから50±8%、漢_2000年前から50±8%)、と示すことによって、ゼロを含む95%信頼区間での3%という低い推定値から予測されるように、無視できるほど僅かである、と確証されます。祖先系統構成要素のこの組み合わせを有する、以前に刊行された匈奴および突厥期の個体群の複数の事例があります[3]。
●考察
本論文では、モンゴル東部のGDおよびTK 遺跡の2ヶ所の墓地から発掘された9個体が報告されました。この9個体は、少数ではあるものの、鮮卑-匈奴期からモンゴル期にかけての千年にわたる局所的な時間横断区を形成します。GD個体群はとくに、古代ゲノムがわずかしか報告されてこなかった突厥期とウイグル期とズブ期を網羅しています。本論文での時間横断区は、モンゴルおよび近隣地域にまたがる以前に刊行された大規模な標本抽出[3、4、6]と組み合わせて、標本抽出の少ないモンゴル東部の遊牧民動的な時空間的遺伝的構造を調べる、稀な機会を提供します。興味深いことに、GDおよびTK 遺跡の9個体は全体的に、モンゴル全域の古代の個体群の年代の一致する無作為一式よりも、その遺伝的組成において、ユーラシア東部祖先系統の割合が高く、異質性は低くなっています。この小さな地域における千年にわたるその全体的に類似した遺伝的特性は、モンゴル全体の地域的規模で見られた高い遺伝的異質性および繰り返しの遺伝的置換[3]とは対照的です。したがって、GDおよびTK 遺跡やモンゴル東部の近隣からの古代ゲノムのさらなる標本抽出が、この地域における遺伝的特性の相対的安定性の機序の理解に役立つでしょう。さらに、モンゴル南部(現在の中華人民共和国内モンゴル自治区)やアルタイ地域やシベリア南部の森林草原地帯など、ユーラシア東部草原地帯の周辺の他地域に関する同様の将来の研究では、中世の遺伝的特性の変化における他の地域特有のパターンが得られるかもしれません。
新たに報告された9個体のうち、匈奴-鮮卑期の1個体(GD1-4)と突厥期の1個体(GD1-1)とモンゴル期のTK遺跡の4個体全員は、AR_鮮卑_IAでクレード(単系統群)化します。他の突厥期の1個体(GD2-4)も、ユーラシア西部祖先系統構成要素なしでモデル化されます。ウイグル期1個体とズブ期1個体で構成される残りの2個体は、14~27%の範囲のユーラシア西部祖先系統を有しています。中世GD個体群の限定的な遺伝的異質性はモンゴル中央部の以前に報告された個体群[3]とは対照的で、このあまり研究されていなかった期間に関する情報の新たな断片を提供します。たとえば、先行研究[3]で刊行された中世初期の22個体(突厥期9個体とウイグル期13個体)は、ユーラシア東部祖先系統の割合が0~100%(平均50%、標準偏差37%)でモデル化されます。この違いの解釈は、標本規模の小ささや、研究された個体間の社会政治的および経済的地位の不確実性および/もしくは違いのため未解決である、と本論文は認識しています。したがって、本論文は、モンゴル、とくに匈奴帝国とモンゴル帝国との間のあまり研究されていない期間に焦点を当てた、さらなる考古遺伝学的研究の必要性を強調します。
中世の個体数はわずかしか利用可能ではありませんが、中世の複雑な人口動態史が、先行する匈奴期もしくはその後のモンゴル期の混合の歴史の理解だけでは完全には解明できないことは、依然として明らかです。本論文では、新たに報告された個体群がひじょうに低水準の遺伝的異質性を示し、この時代に独特な地域特有の特徴の存在を示唆しています。また、これらの個体はそのユーラシア東部供給源として、石板墓1よりもAR_鮮卑_IAで適切にモデル化され、この地域の初期ANA人口集団の遺伝的異質性と、モンゴルの古代人の遺伝的特性における鮮卑の遺伝的独自性および潜在的影響に関するさらなる調査が必要です【最近の古代ゲノム研究(Cai et al., 2023)では、鮮卑の遺伝的起源はアムール川地域の大興安嶺山脈周辺にある、と示されています】。モンゴルにおける将来の考古遺伝学的研究は、草原地帯の最もよく知られている二つの帝国である匈奴とモンゴルとの間のこの動的な形成期間に関する知識の間隙を埋めるために、中世にもっと注意を払うよう、本論文は提案します。
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