新石器時代におけるヒトとイヌへのペスト感染
新石器時代におけるヒトとイヌへのペスト感染を報告した研究(Susat et al., 2024)が公表されました。ペスト菌(Yersinia pestis)は完新世において人類に大きな影響を及ぼしており、高い関心を集めてきました。ペスト菌は歴史時代の感染がとくに有名ですが、先史時代においてもすでに新石器時代(Neolithic、略してN)から感染が見られ、後期新石器時代(Late Neolithic、略してLN)から青銅器時代(Bronze Age、略してBA)への移行期(Late Neolithic/Bronze Age、略してLNBA)のユーラシア西部における大規模な人口置換(Allentoft et al., 2024)との関連も考えられ、最近でも、新石器時代のスカンジナビア半島におけるペスト感染が報告され、後期新石器時代ヨーロッパにおける人類集団の衰退との関連の可能性が指摘されています(Seersholm et al., 2024)。
本論文は、ドイツのヴァールブルク(Warburg)の5300~4900年前頃となる後期新石器時代のネクロポリス(大規模共同墓地)の被葬者133個体のうち、2個体がペスト菌に感染していたことを報告しています。この2個体のペスト菌は異なる株なので、両者の感染は別の事象だった、と示されます。本論文は、後期新石器時代において森林伐採によって景観が開けたことで、新たな齧歯類がペスト菌の宿主として侵入し、大規模な感染発生なしにヒトがペスト菌に感染していた可能性を指摘します。また、後期新石器時代のイヌ1個体でもペスト菌が確認され、イヌがヒトへのペスト菌感染を媒介した可能性も指摘されています。なお、以下の年代は基本的に較正されています。
●要約
ペスト菌はLN以降、ヒトに感染してきました。それら初期の感染が孤立した人獣共通感染症だったのか、それとも世界的伝染病だったのかは、不明なままです。本論文は、ドイツのヴァールブルクのLNネクロポリス(5300~4900年前頃)の133個体のうち2個体でのペスト菌感染を報告します。分析の結果、この2個体のゲノムは異なる株に属しており、独立した感染事象を反映している、と示されます。現時点ですべての既知のLNゲノム(4点)は系統発生では基底部に位置しており、おそらくは異なる動物宿主に由来する別々の系統を表しています。LNでは、景観が開けたことで、新たな齧歯類種の導入がもたらされ、そうした齧歯類はペスト菌の貯蔵器として機能したかもしれません。偶然にも、イヌの数が増加し、おそらくはイヌ科におけるペスト菌感染につながりました。実際、LNのイヌ1個体でペスト菌が検出されました。まとめると、本論文のデータから、ペスト菌はこの時点において、大きな発生なしでヒトの集落に頻繁に侵入した、と示唆されます。
●研究史
ペストはヒトの最も悪名高い災難の一つと考えられており、歴史時代において少なくとも3回の世界的伝染病の原因となりました。その原因病原体であるペスト菌は、5000年以上にわたってヒトに感染してきました。これまでで最古級のペスト菌ゲノムは、ラトヴィアのリニュカルンス(Riņņukalns)遺跡の狩猟採集民1個体(RV2039、5300~5050年前頃)と、スウェーデンのフレールセガーデン(Frälsegården)遺跡のゲクヘム(Gökhem)教区(Rascovan et al., 2019)の農耕民1個体(ゲクヘム_2、5040~4867年前頃)の遺骸で検出されており(図1A)、これらはLN(後期新石器時代)群と呼ばれます。以下は本論文の図1です。
このLNの2個体のゲノムは、ペスト菌の進化の初期段階の株を表しており、LNBA(4800~2500年前頃)と命名された系統発生的に異なる系統の祖先と示されています。この両LN株には、ノミを介して齧歯類からヒトへの効率的な伝染に必要なずっと後の形態で観察される、毒性因子と変異が欠けていました。しかし、LN骨格遺骸で検出されたペスト菌感染は、孤立した人獣共通感染症が原因だったのか、あるいはヒトとヒトとの接触によって持続するユーラシア全域での長期にわたる世界的伝染病だったのかどうか、不明なままです(Swali et al., 2023)。
別の問題は、ノミへの適応が進化する前に、ヒトへのペスト菌の感染を促進した可能性があるものに集中しています。まだ知られていないさまざまな齧歯類種が、その時点でペスト菌の主要な宿主として機能したかもしれません。これらの齧歯類および恐らくはペスト菌へのヒトの曝露は、これらの動物を狩る家畜化された肉食動物、つまりイヌを通じて増加したかもしれません。これは、イヌ科自体のペスト菌感染にもつながったかもしれません。本論文では、ヒト個体の新たな2点のゲノムの提示と、イヌ1個体におけるペスト菌感染の証拠の提供によって、LNにおけるペスト菌進化の理解が拡張されます。
●分析結果
本論文は、現在のドイツに位置する、ヴァールブルクのネクロポリス(5300~4900年前頃)のヒト遺骸で特定された、新たなLNペスト菌のゲノム2点を報告します(図1A)。この遺跡はLNヴァールブルク文化(Wartberg Culture、略してWBC)に属しており、5ヶ所の通廊墓(1~5号)で構成されており、少なく元198個体の骨格遺骸が混在しています。通廊墓1号と3号と4号の133個体について、ゲノム規模ショットガン配列が生成されました。ペスト菌DNAについてのデータセットのメタゲノム検査は陽性の2個体を明らかにし、以後は通廊墓1号で発見された1個体のヴァールブルク_1(5291~4979年前頃)および通廊墓3号で発見された1個体のヴァールブルク_2(5265~4857年前頃)と分類されます。
これらの遺骸は2ヶ所の別の通廊墓で発見されており、その放射性炭素年代から異なる時代である可能性が高そうです。88%の確率でヴァールブルク_1はヴァールブルク_2より古く、その確率分布は約200年の違いを示唆しています。この2個体は典型的なWBC祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有しており(Immel et al., 2021)、相互に親族関係ではなかった、と分かりました。ペスト菌の読み取りに関して、両標本は染色体では最大28倍、3点のプラスミドでは117倍の高い平均網羅率を示しました。これらのゲノムには、ymt遺伝子やペスト菌の出現時に感染した繊維状ファージであるYpfΦやLN株にはすべて存在しないと知られているYPMT1.66cを除いて、現代のペスト菌で報告されている毒性因子がありました。この調査結果と一致して、LNのゲノム4点はすべて、系統樹では基底部に位置しました(図2および図3)。以下は本論文の図2です。
ヴァールブルク_1はRV2039の直後に、ヴァールブルク_2はゲクヘム_2の直後に分岐しました。LN系統(ヴァールブルク_1、ヴァールブルク_2、RV2039、ゲクヘム_2)に特徴的な一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)の潜在的影響を評価するため、SNP影響分析が実行されました。開始/停止コドンの喪失/獲得に起因するナンセンス変異(アミノ酸のコドンを終止コドンに変える変異)とミスセンス変異(アミノ酸が変わるような変異)につながる、非同義SNPのみに焦点が当てられました。そうすることで、その後の年代の株には共有されていないLN分枝の2系統で6ヶ所のSNPが見つかりました。これら6ヶ所のSNPは、停止コドンを導入するか削除します。これらの事例における停止コドンの導入は、短いN末端タンパク質断片を生成し、タンパク質の機能保持の可能性は低くなります。停止コドンの除去は、遺伝子間領域の翻訳によるC末端の延長、もしくは近傍遺伝子からの配列を含む潜在的な融合タンパク質につながります。配列に基づくと、機能評価は不可能で、これら二つの可能性の区別には追加の実験が必要です。LNBAクレード(単系統群)の顕著な特徴である疑似遺伝子の蓄積は、LNゲノムでは明らかではありませんでした。これは、特定の宿主への適応がまだ起きていなかったことを示唆しているかもしれません。
先史時代のイヌがペスト菌に感染していたかもしれない、という仮説を検証するため、病原体全体、とくにペスト菌について、ユーラシアの新石器時代(15個体)および青銅器時代(6個体)のイヌ科の公開されているショットガンデータセット(Bergström et al., 2022、Bergström et al., 2020、Botigué et al., 2017、Frantz et al., 2016、Ollivier et al., 2018)が検査されました。イヌ科1個体(C90と分類表示されます)では、元の文献(Bergström et al., 2020)において報告されていなかったペスト菌特有の読み取りが検出されました。標本C90は、4900~4500年前頃となる円洞尖底陶文化(Pitted Ware Culture、略してPWC)に属する、現在のスウェーデンのゴットランド島のアジュヴィーデ(Ajvide)集落遺跡文化層で発見された下顎から構成されています(図1A)。C90の読み取りは、古代DNAで典型的な損傷特性を示しました。このデータは以前にはイヌ科の集団遺伝学的分析でのみ生成されましたが文献(Bergström et al., 2020)、本論文は真正細菌のゲノムの8%を再構築できました。しかし、低網羅率のため、系統樹におけるその位置づけは調べられませんでした。
●考察
本論文では、ドイツのヴァールブルクのLNネクロポリスの2個体においてペスト菌が特定されました。この結果から、2点のペスト菌ゲノム(ヴァールブルク_1とヴァールブルク_2)は異なる株に属していた、と示唆されます。両者【ヴァールブルク_1とヴァールブルク_2】は82ヶ所の部位で異なっていました。この遺伝的違いのため、両者【ヴァールブルク_1とヴァールブルク_2】は相互から直接的に進化したわけではなかった、と推測できます。この調査結果は、感染が発生したずっと前のゲノムの分岐を示唆する、系統樹の形態にも反映されています(図3)。さらに、これらのゲノムは異なる通廊墓に埋葬された親族関係にない2個体で検出されました。すべての証拠から、この両方の感染【ヴァールブルク_1とヴァールブルク_2】は独立した事象を表しているので、疫学的には関連していないようだ、と示唆されます。以下は本論文の図3です。
興味深いことに、各通廊墓から得られた多くの標本(合計133点)の検査にも関わらず、ペスト菌もしくは他の病原体のさらなる感染は見つかりませんでした。ドイツのヘッセン州のニーダーティーフェンバッハ(Niedertiefenbach)遺跡の別のWBC集葬墓(42点)では、病原体の兆候はいずれも検出されませんでした(Immel et al., 2021)。病原体陰性の結果は感染の欠如を必ずしも意味しない、と認識されねばならず、それは、化石生成論的過程が微生物の痕跡を分解したかもしれないからです。さらに、ヴァールブルクとニーダーティーフェンバッハの両遺跡の標本は錐体骨と歯で構成されており、歯は血液媒介ウイルスと真正細菌の検出により適した供給源物質でした。
これらの制約にも関わらず、上述の主張(つまり、ヴァールブルク遺跡における独立した感染事象)と検証されたWBCの175個体のうち陽性は2個体と全体的に少ない数から、同じ期間について以前に示唆されたように(Rascovan et al., 2019)、集葬墓はペスト発生もしくは他の伝染病の犠牲者の埋葬には使われなかった、と示唆されます。WBCにおけるペスト菌の事例が少ないことは、ペスト菌やサルモネラ菌(Salmonella enterica)などヒト病原体での単独感染のみ、もしくはB型肝炎ウイルスやパルボウイルスB19やヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)など新石器時代の遺骸における疫学的に発生した感染をこれまで明らかにしてきた、他の大規模な病原体検査の結果と一致します。また、その期間における単葬および複葬の埋葬慣行は、伝染病で予測されるような大量死を示唆していません。したがって、この新石器時代の調査結果は、中世で見られる短期の高大量埋葬や高度な病原体負荷とは著しく対照的です。
ヴァールブルク遺跡の2個体のゲノムは、LNのペスト菌ゲノムの数を4点に増やします。全てのLNゲノムは相互に異なっており、独立した進化の名が期間によって分離された系統を表しています(図2および図3)。LNペスト菌系統の高い多様性と基底部の位置は、この初期進化段階における低水準の特殊化を反映しているかもしれません。そうした特殊化の低さは、多様な環境にまたがる生存と広範な宿主範囲を促進したかもしれません。現在の系統発生によると、LN株は2系統を生み出し、そのうち一方の系統から致死的なユスティニアヌスおよび中世のペストの病原体が出現し、もう一方はLNBAにつながりました(図2)。LNBAクレードは紀元前三千年紀のある時点で絶滅しました(図2および図3)。2000年以上、LNBA株はユーラシア全域のヒトにおいて優勢なペスト菌系統でした。この系統は、経時的な真正細菌遺伝子の偽遺伝子化増加に反映されているように、ひじょうに特殊化したペスト菌の生態、つまりは(複数の)宿主への適応を表しているかもしれません。この過程は、LNBA系統の進化的行き止まりと、さほど深刻ではない、おそらくは世界的流行病ではなく風土病と類似した、ヒトにおけるペストの慢性的な発現につながったかもしれません。
LNにおいて、森林伐採によってヨーロッパ中央部および北部では開けた景観が次第に形成され、これは、たとえばヨーロッパのクロハラハムスター(Cricetus cricetus)など、元々はさらに東方もしくは南方の草原地帯に生息していたさまざまな新しい齧歯類種を引き寄せました。これら齧歯類種の一部はペスト菌の天然貯蔵器で、ヒトにおける感染はペスト菌保有の野生動物もしくはその死骸との密接な接触を通じて起きそうだったでしょう。しかし、問題となる動物が通常はヒトによって狩られないか接触されない場合に、そうした遭遇がどれほど頻繁だったのかは、分かりません。したがって本論文は、さまざまな野生動物、とくにヒトが通常は接触しない野生動物からのペスト菌へのヒトの曝露を増加させたかもしれない促進因子として、イヌを提案します。
LNにおける考古学的記録は多数のイヌ遺骸を示しており、たとえば、イヌの歯から作った垂れ飾りや装身具類など装飾品の材料としてで、ドイツのアルテンドルフ(Altendorf)のヴェヴェルスブルク(Wewelsburg)118号墓では、356点のイヌ科の歯から装飾品が作られています。さらに、動物は狩猟や牧畜に使用された可能性が高そうです。イヌが感染した動物を捕食したならば、これは齧歯類からヒトへのペスト菌伝染の確率を高めたかもしれません。現代のイヌは入ペストを発症し、ノミへの適応の必要なしに直接的にヒトに感染させることができるので、この問題は、これがLNにおいても当てはまるのかどうか、という問題を提起します。現在のイヌからヒトへの感染事例を考えると、イヌ自体がその時点でヒトにとってのペスト菌貯蔵器として機能したか、その逆もあったかもしれません。
本論文が把握している限りでは、C90は新石器時代のイヌにおけるペスト菌感染の唯一の事例です。この少数事例はペスト菌へのイヌの生得的な耐性によって説明できるかもしれず、それは急速な病原体排除と低い死亡率につながります。新石器時代のイヌが現代のイヌと同じくらい頻繁かつ急速にペストから回復したならば、感染したイヌのほとんどは死亡時(および古ゲノム病原体検査時)にはペスト菌陰性だったでしょう。したがって、感染したイヌの実際の数は過小評価されているかもしれません。
現在のスウェーデンのイヌ1個体におけるペスト菌の存在は、感染したヒト4個体の地理的分布パターンとよく一致します(図1A)。驚くべきことに、LNからの5点すべてのペスト菌の発見は、ヨーロッパ北西部の比較的小さな地理的領域を占めています。この結果は全体的に、ヒトの集落およびその周辺での顕著なペスト菌への曝露を示唆しており、これは大規模な疾患発生ではなく、孤立した感染につながった可能性が最も高そうです。
参考文献:
Bergström A. et al.(2020): Origins and genetic legacy of prehistoric dogs. Science, 370, 6516, 557–564.
https://doi.org/10.1126/science.aba9572
関連記事
Bergström A. et al.(2022): Grey wolf genomic history reveals a dual ancestry of dogs. Nature, 607, 7918, 313–320.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-04824-9
関連記事
Botigué LR. et al.(2017): Ancient European dog genomes reveal continuity since the Early Neolithic. Nature Communications, 8, 16082.
https://doi.org/10.1038/ncomms16082
関連記事
Frantz LAF. et al.(2016): Genomic and archaeological evidence suggests a dual origin of domestic dogs. Science, 352, 6290, 1228-1231.
https://doi.org/10.1126/science.aaf3161
関連記事
Immel A. et al.(2021): Genome-wide study of a Neolithic Wartberg grave community reveals distinct HLA variation and hunter-gatherer ancestry. Communications Biology, 4, 113.
https://doi.org/10.1038/s42003-020-01627-4
関連記事
Ollivier M. et al.(2018): Dogs accompanied humans during the Neolithic expansion into Europe. Biology Letters, 14, 10, 20180286.
https://doi.org/10.1098/rsbl.2018.0286
関連記事
Rascovan N. et al.(2019): Emergence and Spread of Basal Lineages of Yersinia pestis during the Neolithic Decline. Cell, 176, 1, 295–395.E10.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.11.005
関連記事
Seersholm FV. et al.(2024): Repeated plague infections across six generations of Neolithic Farmers. Nature, 632, 8023, 114–121.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07651-2
関連記事
Susat J. et al.(2024): Neolithic Yersinia pestis infections in humans and a dog. Communications Biology, 7, 1013.
https://doi.org/10.1038/s42003-024-06676-7
Swali P. et al.(2023): Yersinia pestis genomes reveal plague in Britain 4000 years ago. Nature Communications, 14, 2930.
https://doi.org/10.1038/s41467-023-38393-w
関連記事
本論文は、ドイツのヴァールブルク(Warburg)の5300~4900年前頃となる後期新石器時代のネクロポリス(大規模共同墓地)の被葬者133個体のうち、2個体がペスト菌に感染していたことを報告しています。この2個体のペスト菌は異なる株なので、両者の感染は別の事象だった、と示されます。本論文は、後期新石器時代において森林伐採によって景観が開けたことで、新たな齧歯類がペスト菌の宿主として侵入し、大規模な感染発生なしにヒトがペスト菌に感染していた可能性を指摘します。また、後期新石器時代のイヌ1個体でもペスト菌が確認され、イヌがヒトへのペスト菌感染を媒介した可能性も指摘されています。なお、以下の年代は基本的に較正されています。
●要約
ペスト菌はLN以降、ヒトに感染してきました。それら初期の感染が孤立した人獣共通感染症だったのか、それとも世界的伝染病だったのかは、不明なままです。本論文は、ドイツのヴァールブルクのLNネクロポリス(5300~4900年前頃)の133個体のうち2個体でのペスト菌感染を報告します。分析の結果、この2個体のゲノムは異なる株に属しており、独立した感染事象を反映している、と示されます。現時点ですべての既知のLNゲノム(4点)は系統発生では基底部に位置しており、おそらくは異なる動物宿主に由来する別々の系統を表しています。LNでは、景観が開けたことで、新たな齧歯類種の導入がもたらされ、そうした齧歯類はペスト菌の貯蔵器として機能したかもしれません。偶然にも、イヌの数が増加し、おそらくはイヌ科におけるペスト菌感染につながりました。実際、LNのイヌ1個体でペスト菌が検出されました。まとめると、本論文のデータから、ペスト菌はこの時点において、大きな発生なしでヒトの集落に頻繁に侵入した、と示唆されます。
●研究史
ペストはヒトの最も悪名高い災難の一つと考えられており、歴史時代において少なくとも3回の世界的伝染病の原因となりました。その原因病原体であるペスト菌は、5000年以上にわたってヒトに感染してきました。これまでで最古級のペスト菌ゲノムは、ラトヴィアのリニュカルンス(Riņņukalns)遺跡の狩猟採集民1個体(RV2039、5300~5050年前頃)と、スウェーデンのフレールセガーデン(Frälsegården)遺跡のゲクヘム(Gökhem)教区(Rascovan et al., 2019)の農耕民1個体(ゲクヘム_2、5040~4867年前頃)の遺骸で検出されており(図1A)、これらはLN(後期新石器時代)群と呼ばれます。以下は本論文の図1です。
このLNの2個体のゲノムは、ペスト菌の進化の初期段階の株を表しており、LNBA(4800~2500年前頃)と命名された系統発生的に異なる系統の祖先と示されています。この両LN株には、ノミを介して齧歯類からヒトへの効率的な伝染に必要なずっと後の形態で観察される、毒性因子と変異が欠けていました。しかし、LN骨格遺骸で検出されたペスト菌感染は、孤立した人獣共通感染症が原因だったのか、あるいはヒトとヒトとの接触によって持続するユーラシア全域での長期にわたる世界的伝染病だったのかどうか、不明なままです(Swali et al., 2023)。
別の問題は、ノミへの適応が進化する前に、ヒトへのペスト菌の感染を促進した可能性があるものに集中しています。まだ知られていないさまざまな齧歯類種が、その時点でペスト菌の主要な宿主として機能したかもしれません。これらの齧歯類および恐らくはペスト菌へのヒトの曝露は、これらの動物を狩る家畜化された肉食動物、つまりイヌを通じて増加したかもしれません。これは、イヌ科自体のペスト菌感染にもつながったかもしれません。本論文では、ヒト個体の新たな2点のゲノムの提示と、イヌ1個体におけるペスト菌感染の証拠の提供によって、LNにおけるペスト菌進化の理解が拡張されます。
●分析結果
本論文は、現在のドイツに位置する、ヴァールブルクのネクロポリス(5300~4900年前頃)のヒト遺骸で特定された、新たなLNペスト菌のゲノム2点を報告します(図1A)。この遺跡はLNヴァールブルク文化(Wartberg Culture、略してWBC)に属しており、5ヶ所の通廊墓(1~5号)で構成されており、少なく元198個体の骨格遺骸が混在しています。通廊墓1号と3号と4号の133個体について、ゲノム規模ショットガン配列が生成されました。ペスト菌DNAについてのデータセットのメタゲノム検査は陽性の2個体を明らかにし、以後は通廊墓1号で発見された1個体のヴァールブルク_1(5291~4979年前頃)および通廊墓3号で発見された1個体のヴァールブルク_2(5265~4857年前頃)と分類されます。
これらの遺骸は2ヶ所の別の通廊墓で発見されており、その放射性炭素年代から異なる時代である可能性が高そうです。88%の確率でヴァールブルク_1はヴァールブルク_2より古く、その確率分布は約200年の違いを示唆しています。この2個体は典型的なWBC祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)を有しており(Immel et al., 2021)、相互に親族関係ではなかった、と分かりました。ペスト菌の読み取りに関して、両標本は染色体では最大28倍、3点のプラスミドでは117倍の高い平均網羅率を示しました。これらのゲノムには、ymt遺伝子やペスト菌の出現時に感染した繊維状ファージであるYpfΦやLN株にはすべて存在しないと知られているYPMT1.66cを除いて、現代のペスト菌で報告されている毒性因子がありました。この調査結果と一致して、LNのゲノム4点はすべて、系統樹では基底部に位置しました(図2および図3)。以下は本論文の図2です。
ヴァールブルク_1はRV2039の直後に、ヴァールブルク_2はゲクヘム_2の直後に分岐しました。LN系統(ヴァールブルク_1、ヴァールブルク_2、RV2039、ゲクヘム_2)に特徴的な一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)の潜在的影響を評価するため、SNP影響分析が実行されました。開始/停止コドンの喪失/獲得に起因するナンセンス変異(アミノ酸のコドンを終止コドンに変える変異)とミスセンス変異(アミノ酸が変わるような変異)につながる、非同義SNPのみに焦点が当てられました。そうすることで、その後の年代の株には共有されていないLN分枝の2系統で6ヶ所のSNPが見つかりました。これら6ヶ所のSNPは、停止コドンを導入するか削除します。これらの事例における停止コドンの導入は、短いN末端タンパク質断片を生成し、タンパク質の機能保持の可能性は低くなります。停止コドンの除去は、遺伝子間領域の翻訳によるC末端の延長、もしくは近傍遺伝子からの配列を含む潜在的な融合タンパク質につながります。配列に基づくと、機能評価は不可能で、これら二つの可能性の区別には追加の実験が必要です。LNBAクレード(単系統群)の顕著な特徴である疑似遺伝子の蓄積は、LNゲノムでは明らかではありませんでした。これは、特定の宿主への適応がまだ起きていなかったことを示唆しているかもしれません。
先史時代のイヌがペスト菌に感染していたかもしれない、という仮説を検証するため、病原体全体、とくにペスト菌について、ユーラシアの新石器時代(15個体)および青銅器時代(6個体)のイヌ科の公開されているショットガンデータセット(Bergström et al., 2022、Bergström et al., 2020、Botigué et al., 2017、Frantz et al., 2016、Ollivier et al., 2018)が検査されました。イヌ科1個体(C90と分類表示されます)では、元の文献(Bergström et al., 2020)において報告されていなかったペスト菌特有の読み取りが検出されました。標本C90は、4900~4500年前頃となる円洞尖底陶文化(Pitted Ware Culture、略してPWC)に属する、現在のスウェーデンのゴットランド島のアジュヴィーデ(Ajvide)集落遺跡文化層で発見された下顎から構成されています(図1A)。C90の読み取りは、古代DNAで典型的な損傷特性を示しました。このデータは以前にはイヌ科の集団遺伝学的分析でのみ生成されましたが文献(Bergström et al., 2020)、本論文は真正細菌のゲノムの8%を再構築できました。しかし、低網羅率のため、系統樹におけるその位置づけは調べられませんでした。
●考察
本論文では、ドイツのヴァールブルクのLNネクロポリスの2個体においてペスト菌が特定されました。この結果から、2点のペスト菌ゲノム(ヴァールブルク_1とヴァールブルク_2)は異なる株に属していた、と示唆されます。両者【ヴァールブルク_1とヴァールブルク_2】は82ヶ所の部位で異なっていました。この遺伝的違いのため、両者【ヴァールブルク_1とヴァールブルク_2】は相互から直接的に進化したわけではなかった、と推測できます。この調査結果は、感染が発生したずっと前のゲノムの分岐を示唆する、系統樹の形態にも反映されています(図3)。さらに、これらのゲノムは異なる通廊墓に埋葬された親族関係にない2個体で検出されました。すべての証拠から、この両方の感染【ヴァールブルク_1とヴァールブルク_2】は独立した事象を表しているので、疫学的には関連していないようだ、と示唆されます。以下は本論文の図3です。
興味深いことに、各通廊墓から得られた多くの標本(合計133点)の検査にも関わらず、ペスト菌もしくは他の病原体のさらなる感染は見つかりませんでした。ドイツのヘッセン州のニーダーティーフェンバッハ(Niedertiefenbach)遺跡の別のWBC集葬墓(42点)では、病原体の兆候はいずれも検出されませんでした(Immel et al., 2021)。病原体陰性の結果は感染の欠如を必ずしも意味しない、と認識されねばならず、それは、化石生成論的過程が微生物の痕跡を分解したかもしれないからです。さらに、ヴァールブルクとニーダーティーフェンバッハの両遺跡の標本は錐体骨と歯で構成されており、歯は血液媒介ウイルスと真正細菌の検出により適した供給源物質でした。
これらの制約にも関わらず、上述の主張(つまり、ヴァールブルク遺跡における独立した感染事象)と検証されたWBCの175個体のうち陽性は2個体と全体的に少ない数から、同じ期間について以前に示唆されたように(Rascovan et al., 2019)、集葬墓はペスト発生もしくは他の伝染病の犠牲者の埋葬には使われなかった、と示唆されます。WBCにおけるペスト菌の事例が少ないことは、ペスト菌やサルモネラ菌(Salmonella enterica)などヒト病原体での単独感染のみ、もしくはB型肝炎ウイルスやパルボウイルスB19やヘリコバクター・ピロリ(Helicobacter pylori)など新石器時代の遺骸における疫学的に発生した感染をこれまで明らかにしてきた、他の大規模な病原体検査の結果と一致します。また、その期間における単葬および複葬の埋葬慣行は、伝染病で予測されるような大量死を示唆していません。したがって、この新石器時代の調査結果は、中世で見られる短期の高大量埋葬や高度な病原体負荷とは著しく対照的です。
ヴァールブルク遺跡の2個体のゲノムは、LNのペスト菌ゲノムの数を4点に増やします。全てのLNゲノムは相互に異なっており、独立した進化の名が期間によって分離された系統を表しています(図2および図3)。LNペスト菌系統の高い多様性と基底部の位置は、この初期進化段階における低水準の特殊化を反映しているかもしれません。そうした特殊化の低さは、多様な環境にまたがる生存と広範な宿主範囲を促進したかもしれません。現在の系統発生によると、LN株は2系統を生み出し、そのうち一方の系統から致死的なユスティニアヌスおよび中世のペストの病原体が出現し、もう一方はLNBAにつながりました(図2)。LNBAクレードは紀元前三千年紀のある時点で絶滅しました(図2および図3)。2000年以上、LNBA株はユーラシア全域のヒトにおいて優勢なペスト菌系統でした。この系統は、経時的な真正細菌遺伝子の偽遺伝子化増加に反映されているように、ひじょうに特殊化したペスト菌の生態、つまりは(複数の)宿主への適応を表しているかもしれません。この過程は、LNBA系統の進化的行き止まりと、さほど深刻ではない、おそらくは世界的流行病ではなく風土病と類似した、ヒトにおけるペストの慢性的な発現につながったかもしれません。
LNにおいて、森林伐採によってヨーロッパ中央部および北部では開けた景観が次第に形成され、これは、たとえばヨーロッパのクロハラハムスター(Cricetus cricetus)など、元々はさらに東方もしくは南方の草原地帯に生息していたさまざまな新しい齧歯類種を引き寄せました。これら齧歯類種の一部はペスト菌の天然貯蔵器で、ヒトにおける感染はペスト菌保有の野生動物もしくはその死骸との密接な接触を通じて起きそうだったでしょう。しかし、問題となる動物が通常はヒトによって狩られないか接触されない場合に、そうした遭遇がどれほど頻繁だったのかは、分かりません。したがって本論文は、さまざまな野生動物、とくにヒトが通常は接触しない野生動物からのペスト菌へのヒトの曝露を増加させたかもしれない促進因子として、イヌを提案します。
LNにおける考古学的記録は多数のイヌ遺骸を示しており、たとえば、イヌの歯から作った垂れ飾りや装身具類など装飾品の材料としてで、ドイツのアルテンドルフ(Altendorf)のヴェヴェルスブルク(Wewelsburg)118号墓では、356点のイヌ科の歯から装飾品が作られています。さらに、動物は狩猟や牧畜に使用された可能性が高そうです。イヌが感染した動物を捕食したならば、これは齧歯類からヒトへのペスト菌伝染の確率を高めたかもしれません。現代のイヌは入ペストを発症し、ノミへの適応の必要なしに直接的にヒトに感染させることができるので、この問題は、これがLNにおいても当てはまるのかどうか、という問題を提起します。現在のイヌからヒトへの感染事例を考えると、イヌ自体がその時点でヒトにとってのペスト菌貯蔵器として機能したか、その逆もあったかもしれません。
本論文が把握している限りでは、C90は新石器時代のイヌにおけるペスト菌感染の唯一の事例です。この少数事例はペスト菌へのイヌの生得的な耐性によって説明できるかもしれず、それは急速な病原体排除と低い死亡率につながります。新石器時代のイヌが現代のイヌと同じくらい頻繁かつ急速にペストから回復したならば、感染したイヌのほとんどは死亡時(および古ゲノム病原体検査時)にはペスト菌陰性だったでしょう。したがって、感染したイヌの実際の数は過小評価されているかもしれません。
現在のスウェーデンのイヌ1個体におけるペスト菌の存在は、感染したヒト4個体の地理的分布パターンとよく一致します(図1A)。驚くべきことに、LNからの5点すべてのペスト菌の発見は、ヨーロッパ北西部の比較的小さな地理的領域を占めています。この結果は全体的に、ヒトの集落およびその周辺での顕著なペスト菌への曝露を示唆しており、これは大規模な疾患発生ではなく、孤立した感染につながった可能性が最も高そうです。
参考文献:
Bergström A. et al.(2020): Origins and genetic legacy of prehistoric dogs. Science, 370, 6516, 557–564.
https://doi.org/10.1126/science.aba9572
関連記事
Bergström A. et al.(2022): Grey wolf genomic history reveals a dual ancestry of dogs. Nature, 607, 7918, 313–320.
https://doi.org/10.1038/s41586-022-04824-9
関連記事
Botigué LR. et al.(2017): Ancient European dog genomes reveal continuity since the Early Neolithic. Nature Communications, 8, 16082.
https://doi.org/10.1038/ncomms16082
関連記事
Frantz LAF. et al.(2016): Genomic and archaeological evidence suggests a dual origin of domestic dogs. Science, 352, 6290, 1228-1231.
https://doi.org/10.1126/science.aaf3161
関連記事
Immel A. et al.(2021): Genome-wide study of a Neolithic Wartberg grave community reveals distinct HLA variation and hunter-gatherer ancestry. Communications Biology, 4, 113.
https://doi.org/10.1038/s42003-020-01627-4
関連記事
Ollivier M. et al.(2018): Dogs accompanied humans during the Neolithic expansion into Europe. Biology Letters, 14, 10, 20180286.
https://doi.org/10.1098/rsbl.2018.0286
関連記事
Rascovan N. et al.(2019): Emergence and Spread of Basal Lineages of Yersinia pestis during the Neolithic Decline. Cell, 176, 1, 295–395.E10.
https://doi.org/10.1016/j.cell.2018.11.005
関連記事
Seersholm FV. et al.(2024): Repeated plague infections across six generations of Neolithic Farmers. Nature, 632, 8023, 114–121.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07651-2
関連記事
Susat J. et al.(2024): Neolithic Yersinia pestis infections in humans and a dog. Communications Biology, 7, 1013.
https://doi.org/10.1038/s42003-024-06676-7
Swali P. et al.(2023): Yersinia pestis genomes reveal plague in Britain 4000 years ago. Nature Communications, 14, 2930.
https://doi.org/10.1038/s41467-023-38393-w
関連記事
この記事へのコメント