家畜番犬の進化史
家畜番犬(Livestock guarding dog、略してLGD)の進化史に関する研究(Coutinho-Lima et al., 2024)が公表されました。本論文は、現代と古代のイヌ(Canis lupus familiaris)のゲノムデータを用いて、LGDの進化史を検証しました。その結果、現代のLGD品種は2系統に分かれ、異なるLGD品種間で広範な遺伝子流動があった、と示されました。また本論文は、LGDのような特殊化した技能を維持するためには、生殖隔離が必要ではないかもしれないことも示唆します。さらに、作業犬として使われてきたLGDと比較すると、愛玩用として飼われてきたLGDはより強い近親交配を示すことも明らかになりました。おそらくイヌは人類にとって最古、それも他の家畜種よりずば抜けて古い畜で、ひじょうに身近な家畜なので、関心も高いようで、今後もイヌの遺伝学的研究をできるだけ当ブログで取り上げていくつもりです。
●要約
LGDは何千年も、家畜を守るため使われてきました。先行研究は現代のLGDの単一起源を示唆しましたが、共有された祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の程度や起源は検証されてきませんでした。これに対処するため、304頭のLGDのゲノム規模の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)が生成され、それが2183頭の現代のイヌおよび22頭の古代のイヌの刊行されているゲノムデータと組み合わされました。本論文の調査結果は現代のLGD品種間の共有された祖先系統および広範な遺伝子流動を明らかにし、それは歴史的な家畜の移動に起因します。さらに、LGDと野犬との間の混合は、LGDの特殊化した技能を維持するための中核的な機序としての生殖隔離を否定します。最後に、現代のLGD内における2系統が特定され、異なるユーラシアの古代のイヌにたどれる複数の祖先系統が明らかになり、これは単一祖先の欠如と一致します。全体的に、本論文はLGDの複雑な進化史を調べ、ヒトと家畜の共移動がこの機能的集団をどのように形成したのかについて、貴重な洞察を提供します。
●研究史
イヌは狩猟採集民の共同体およびその後の農耕社会の形成に重要な役割を果たしました。注目すべきことに、イヌは農耕に先行して家畜化された唯一の動物であり、多くのやり方でヒトとともに作業するよう、適応してきました。イヌの適応には、家畜の監視など家畜管理作業でのヒトの補助など、職業の必要性が含まれます。イヌは、デンプンの増加の消化能力など、生理学的調節も経ました(関連記事)。
LGDは、捕食者から家畜を守る役割のため、農耕共同体の拡大に不可欠だった可能性が高そうです。遊牧生活様式と付随することが多い、牧畜社会との密接な関連のため、LGDはユーラシア全域に広がりました。したがって、異なるLGD品種間の関係の理解は、畜産慣行の普及に伴うヒトの移動への洞察をもたらすかもしれません。現代のLGDは異なる品種に多様化しており、さまざまな家畜種や局所的環境に適応しています。たとえば、チベタン・マスティフは標高の高いヒマラヤの低酸素条件で優れています。LGDには、国際登録期間に認められた品種および在来品種の個体群の両品種が含まれています。前者には形態と行動の差異の厳密な範囲があり、さらに選択は外見によって選択されますが、在来品種の個体群はさほど厳密な審美的要件を示さず、選択はおもにその固有の役割により起きます。この区別にも関わらず、本論文は「品種」という用語を、局所的に定義された在来種個体群と認められた品種の両方を指すのに用います。
通説では、LGDは肥沃な三日月地帯に起源があるかもしれない、と示唆されており、つまりは現代のトルコとイラクとシリアで、そこでLGDは初期の家畜管理に役割を果たしました。この地域は、家畜のヒツジとヤギとブタとウシの地理的起源としても特定されてきました。それにも関わらず、LGDの地理的起源、およびLGDが単一もしくは複数系統から出現したのかどうかは、まだ検証されていませんでした。さらに、他のイヌ集団とのLGDの関係についての情報は限られています。最近の研究は、LGDを含めて、同じ地域で結びついた放し飼いと純潔種のイヌ間の遺伝的関連を報告しており、歴史時代と現在の混合が示唆されます。これは、野犬と機能的役割のイヌとの間の遺伝子流への障壁の維持が、そうした特殊化した技能の保全に重要ではない可能性を示唆しているかもしれません。
本論文では、現在の36品種を表す304頭(図1)のLGDのゲノム規模SNPデータの生成によって、LGDに関して単一起源仮説が検証され、そのデータが過去1万年間にわたる22頭の古代イヌの全ゲノム配列決定データとともに分析されました(図2A)。さらに、現代ユーラシアの野犬165頭のSNPデータを用いて、重なる地域のLGDと野犬との間のつながりの可能性が調べられ、LGDで観察される特殊化した技能の保全に生殖隔離が主要な機序なのかどうか、検証が可能となりました。以下は本論文の図1です。
●古代のイヌはLGD内の複数の祖先系統を明らかにします
家畜イヌ間の祖先系統パターンは、ほぼ各品種の地理的起源により説明されます(関連記事1および関連記事2)。しかし、最も広く分布している機能的犬種の一つであるLGDの祖先系統の背景は不明なままです。LGD集団内の遺伝的構造を調べるため、主成分分析(principal component analysis、略してPCA、図2B)とUMAP(Uniform Manifold Approximation and Projection、均一多面近似および投影)が実行されました。注目すべきことに、同じ地理的地域のLGDの品種は明らかに重なっています。LGDの差異のPCAに投影すると、古代のイヌは同じ地理的地域の起源である品種と局在します(図2B)。近隣結合系統発生および混合(図2C)分析も、この地理的関連を再現します。これが示唆するのは、LGD祖先系統のパターンはおもに品種の地理的起源により決まり、同じ地域の古代のイヌに起源がある、ということです。以下は本論文の図2です。
LGD品種内の異なる祖先系統の割合を確認するため、祖先系統の供給源を表しているかもしれない、過去1万年間の古代のイヌ7頭が、現代のニューギニア・シンギング・ドッグ(New Guinea singing dog、略してNGSD)1頭とともに線滝されました。NGSDは、古代ゲノムデータが利用可能ではない、アジア南東部系統の代表として選択されました。標本は、地理もしくは時間的パターンと関連する祖先系統を具体的に検証するために選択されました。AdmixtoolsのqpAdm機能により選択された最適モデルは、ロシアのサマラ(Samara)草原地帯の古代(3800年前頃)のイヌ(図2D)からの大きな寄与を伴うアジア南東部祖先系統(現代のNGSD)の混合としての、チベタン・キー・アプソ(Tibetan Kyi Apso)などアジア東部のLGDを裏づけます。アジア東部のLGDにおける草原地帯関連祖先系統の優勢は、アジア東部への5000年前頃以降の草原地帯牧畜民の東方への移動に続く、草原地帯の多様性への在来の遺伝的祖先系統の強い遺伝的置換により説明できるかもしれません(関連記事)。チベット高原における酪農牧畜の確立に関する最近の研究は、チベットのイヌへのユーラシア西部祖先系統の遺伝子移入を報告しました。アジア東部のLGDの祖先系統は、この地域における酪農牧畜の出現とも関連しているかもしれない、と本論文は仮定します。
エストレラ・マウンテン・ドッグ(Estrela Mountain dog)もしくはクーヴァーズ(Kuvasz)のようなヨーロッパのLGDの差異的モデルは、ドイツの古代(4700年前頃)のイヌの遺伝的背景にのみ依拠し、他の現代のヨーロッパの品種と一致します(関連記事)。比較すると、アジア西部のLGDの遺伝的背景は、ドイツと銅器時代のイランの古代のイヌを含むモデルで最良に適合する、と分かりました(図2D)。これは、ヨーロッパにおける単一のイヌ集団の拡大と一致し、それは他の初期のヨーロッパのイヌを完全に置換し、その後でアジアへと拡大しました(関連記事)。ヨーロッパにおけるこの祖先系統置換の契機となった、もしくはこの置換を促進した動態は、不明なままです。
LGD内の複数の祖先系統は、この機能的集団の単一起源との仮定的状況と矛盾しているようですが、この仮説は除外できず、それは、局所的な混合が共有された共通祖先の痕跡を隠すかもしれないからです。アジア東部のLGDが他のLGDと共通祖先を有しているものの、祖先系統の完全な置換を経て、現代のLGDのゲノムにおいて単一起源の認識可能な痕跡が消された可能性は残ります。完全な祖先系統置換の事例は、「発見の時代(大航海時代)」に続くヨーロッパ祖先系統によるアメリカ大陸原産のイヌの置換などで、以前に報告されました(関連記事)。同様に、複数起源の代替仮説も本論文の調査結果と一致するでしょう。この仮定的状況では、LGDは、家畜管理の需要の高まりに応じて、異なる地域で独立して出現し、その後で広範に拡散しました。この過程は、収斂選択もしくは共有された遺伝子流動が伴って、最終的にはすべてのLGD品種にわたる類似した表現型の発達につながったかもしれません。
●現代のLGDにおける複数系統
現代のイヌの品種は、ヒト社会内の独特な役割と機能に基づいて、クラスタ(まとまり)を形成することがよくあります。LGDが単系統集団なのかどうか検証するため、LGDの他の現代のイヌとの近隣結合系統発生が構築されました(図3A)。LGDは通常、品種によりまとまり、逸脱は同じ地域の品種とのクラスタ化をもたらすことがよくあります。LGDはほぼ、以前に定義された「地中海クレード(単系統群)」でクラスタ化する、と観察されます(図3A)。しかし、アジア東部のLGDはヨーロッパおよびアジア西部のLGDとはクラスタ化しません。代わりに、アジア東部のLGDは異なるクレードを形成し、これはLGDの二重起源の可能性と一致します。以下は本論文の図3です。
LGDの単一起源と複数起源をさらに検証するため、高次元データにおける局所的および世界的構造の視覚化のための計算手法である、PHATE(potential of heat-difusion for affinity-based trajectory embedding、類似性に基づく軌跡埋め込みの熱拡散の可能性)が適用されました。LGDが、単一の機能的起源を示唆しているだろうレトリーバーやセント・ハウンドなど、イヌ科集団のより広範囲内で単一集団を形成するのかどうか、確認が目指されました。またもや、明確な2集団が観察され、一方はアジア東部のLGD、もう一方は残りのLGD品種により形成されました(図3B)。本論文は、複数起源もしくはアジア東部のLGDの置換に続く単一起源を明確には区別できませんが、後者では、本論文の分析では明らかではないパターンである、全品種にわたる祖先系統の少なくとも低い割合の共有が必要となる、と主張します。とにかく、本論文の調査結果が支持する仮説は、アジア東部の現代のLGD品種とユーラシアの残りの品種は、数千年にわたって独立して進化してきた2系統の一部である、というものです。
能力の発達に関する同様のパターンは、他の機能的集団でも特定されてきました。ユーラシアとアフリカの視覚ハウンドの起源に取り組んだ最近の研究は複数起源の仮定的状況を示唆しており、LGDに関する本論文の調査結果と一致します。まとめると、本論文とその研究の両方は、機能的集団全体にまたがる複数回発達した能力を浮き彫りにします。興味深いことに、LGDと視覚ハウンドとの間の進化的つながりも、以前に報告されていました。視覚ハウンド品種は系統発生分析では3集団を形成し、それは、ユーラシア西部/北部と地中海と中国の視覚ハウンド(Xigou)です。PHATE分析は、中国の視覚ハウンドがアジア東部のLGDと統合され、地中海の視覚ハウンドがユーラシア西部のLGDと統合される、と示します。これは、各品種の地理的起源によっておもに形成された現代のイヌで観察される祖先系統パターンによって説明できるかもしれない、と本論文は強く主張します。
●家畜慣行はLGD間の遺伝子流動を媒介しました
複数の調査で、ヒトと家畜の移動はLGD品種間の遺伝子流動を維持した、と報告されています。これを検証するため、ADMIXTUREとTreeMixが使用されました。本論文の調査結果は、LGD間の一貫した混合パターンを示唆し、かなりの数の品種が混合した祖先系統を示します(図3C)。さらに、TreeMixにより予測される移動端のほとんどは、フォンニやブルガリア・シェパードとの間で観察されたように、長い地理的距離により分離された品種間で特定されました(図3D)。これは、地理的に密接な品種間のひじょうに高度な類似性を示唆しています。遺伝的距離(fixation index、略してFₛₜ)を通じて対での品種の差異も計算され、品種間の全体的に小さな分化が検出されました。最後に、D形式(P1、P2、P3、O)とf₃形式(P1、P2、O)でのDおよびf₃統計がそれぞれ採用され、LGD品種の各組み合わせ間の遺伝子流動が検出されました。予測されたように、LGDは同じ地域もしくは近隣地域の品種とのより高いアレル(対立遺伝子)共有を示し、最近の共有された祖先系統と広範な遺伝子流動を反映しています。
広範な遺伝子流動が裏づける仮説は、家畜の移動がLGDのゲノム背景の形成に役割を果たしてきた、というものです。現代の政治的境界に制限されているにも関わらず、畜産慣行はユーラシア全域で存続しており、その歴史的重要性と文化的意義を維持しています。ユーラシアの景観の形成にひじょうに重要な役割を果たした高地と低地の間の家畜の年2回の文化的移動である移牧移動は、LGDに大きな影響を及ぼしました。これらの移動期間に、LGDは家畜を追って移動し、異なる地域と品種にわたる遺伝子流動の動的な導管として機能しました。たとえば、スパニッシュ・マスティフ犬は、標本抽出された場所間の最大700kmの距離にも関わらず、集団構造で検出可能な差異を示さず、これは移牧移動において標本抽出されたほとんどの個体が加わっていたことに起因する可能性が高そうです。同様に、移牧移動が存続している地域であるアジア西部内のLGDは、全品種間の明確な混合パターンと遺伝的特異性の欠如を明らかにしました(図3C)。
バルカン半島とイタリアのLGD品種の他の研究も、LGD間の遺伝子流動と移牧移動との間のこの関連を報告してきました。これは移牧の影響を浮き彫りにしており、移牧は異なるLGD品種間の均質化と遺伝子流動の強い駆動要因として機能しました。したがって、家畜管理における文化的伝統、とくに移牧は、LGD品種の形成に主要な役割を果たし、異なる品種間の遺伝子流動だけではなく、広い地理的範囲にわたる単一品種の保存も積極的に維持します。そのため、移牧はヒトおよび家畜の文化的移動とLGDの遺伝的多様性との間の複雑な動態への重要な洞察を提供します。
●LGDと野犬との間の共有祖先系統の痕跡
47ヶ国の226頭の品種と野犬を含む先行研究は、地理的に重なるイヌの種類間の共有祖先系統と混合を強調しました。さらに、LGDが家畜を保護している間、監視されていない期間が多いことを考えると、LGDと野犬との間の混合が促進されたかもしれません。これを検証するため、現代の品種およびオオカミとともに本論文のデータに野犬が組み込まれ、PHATEを用いてデータが分析されました。その結果、ユーラシアの野犬はおもにLGDとクラスタ化する、と観察されます。比較すると、アメリカ大陸やアフリカ大陸など世界の他地域の野犬は、以前に報告されたように図示の中心にほぼ局在します。系統発生と集団構造と混合の分析(図3C)から、どの集団でも同じ地理的地域内のイヌは類似のゲノム背景を共有している、と明らかになります。
野犬とLGDとの間の遺伝子流動をさらに特定するため、ハプロタイプ共有の分析が実行されました(図4A)。以前の分析と一致して、LGDは同じ地域もしくは近隣地域の野犬とより広範な共有を示します。マレンマ・シープドッグやカストロ・ラポレイロ犬などヨーロッパ起源の品種は、すべてのユーラシアの野犬集団と有意なハプロタイプ共有を示します。比較すると、アジア東部のLGDは同じ地域内の野犬とのハプロタイプ共有増加をおもに示していますが、他のLGDと比較すると低い割合で、ハプロタイプ共有は少なく、例外はモンゴリアン・バンホール(Mongolian Bankhar)です。先行研究は純血種と地理的に関連する野犬との間の関連を報告しましたが、本論文はこのつながりを拡張し、おもにLGDでの拡散とが浮き彫りになり、ユーラシア全域での一貫性が強調されます。
品種協会と登録機関はイヌの飼い主に、特性維持の目的で他の品種のイヌとの交雑を禁じていますが、そうした制限は作業用の在来種集団には課されておらず、そのため、頻繁に放し飼いされる作業用のイヌでは、維持が困難かもしれません。検出された兆候は特定の地域に存在する品種がおもに起源の野犬に由来するかもしれませんが、継続的な遺伝子流動の可能性を無視できません。したがって、高技能のイヌと専門化されていないイヌとの間の遺伝子流動への厳密な障壁は、少なくともLGDの事例では、専門化された技能一式の保存に不可欠ではないかもしれません。
●LGDにおけるゲノム多様性と繁殖慣行
作業用のイヌとして一般的に使われている一部のLGD品種は今では、愛玩犬として用いられることが多いか、専ら愛玩犬として用いられており、これは品種の遺伝的多様性に影響を及ぼし、少なくとも品種系統間では、監視技能の喪失へとつながるかもしれません。これをさらに調べるため、少なくとも3個体がいる品種について、遺伝的多様性が計算されました。本論文の調査結果は、地理的起源に基づいてLGDを比較したさいに、異型接合性の差異が観察されないので、先行研究と一致します。さらに、各標本と関連するメタデータを用いて、イヌが作業用と愛玩用の2種類に分類され、作業用犬と愛玩犬との間の比較のため、近親交配係数が平均化されました。おもに愛玩犬として飼育されているLGD(F=0.18)は、作業目的で維持されているイヌ(F=0.08)よりも高い近親交配係数を示します。より低い近親交配係数は作業用のイヌでは一般的である可能性が高く、それは、愛玩用の品種よりも血統管理があまり行なわれていないからです。
LGDにおける繁殖慣行の影響をさらに知らぼるため、ゲノム規模の同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH、図4C)と、ゲノム規模の連鎖不平衡(linkage disequilibrium、略してLD)が評価されました。グレートピレニーズ(Great Pyrenees)もしくはクーヴァーズなどほぼ愛玩犬で構成される品種では、より長いROHとLD減衰減少が観察され、これは通常、最近の近親交配と関連しています。さらに、これらの品種はより低い世代階級(2~64)ではROHのあるゲノムの割合の増加を示しており、最近の近親交配事象が示唆されます。これはLGD品種間の明確な違いを浮き彫りにしており、おそらくは作業用ざいらい種から愛玩用品種における血統登録制度への最近の移行によって起き、それは少数の人気のある種牡犬の遺伝的寄与に依存することが多くなっています。LGDの機能的実行能力における繁殖慣行の影響を理解するには、ゲノミクスに加えて、行動と技能の評価が必要です。以下は本論文の図4です。
●まとめ
LGDはユーラシア全域を移動するヒトに従い、特定の任務と環境に適合させるようヒトの主導での選択によって形成された、地域的な品種が生まれました。本論文は、視覚ハウンドのような他の機能的集団と類似する、LGD内における現代の異なる2系統および異なるユーラシア古代イヌにさかのぼる複数の祖先系統を明らかにしました。本論文のデータはLGDにおける複数起源と一致し、それは異なる社会により共有された畜産慣行の共通の需要によって引き起こされた可能性が高い、と本論文は強く主張します。しかし、アジア東部のLGDの完全な置換に続く単一起源の可能性が残っています。両系統への同様の選択圧が収斂進化をもたらしたのかどうか、理解することが不可欠です。LGD品種間で共有された遺伝子流動は、これらのイヌの形成への、移牧など家畜慣行の歴史的影響を浮き彫りにします。とくに、野犬との遺伝子流動が観察されるように、本論文の調査結果は、専門化されたイヌの能力を維持する生殖隔離の必要性について、問題を提起します。LGDの機能的能力における、ゲノムや行動の役割、もしくは両方の組み合わせを理解するには、選択下の潜在的領域の特定が必要です。以下は本論文の要約図です。
●この研究の限界
この研究では、参照として古代のイヌを用いて、ユーラシア全域のLGDの関係とゲノム多様性が調べられました。しかし、特定の品種と地域、とくにアジア中央部および東部における標本抽出の少なさに起因する限界に直面しているかもしれません。さらに、100万ヶ所以下の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)というイヌのゲノムの縮小表現の使用は、古代のゲノムから回収されたSNPの数を制限し、分析の統計的検出力を制約します。最終的には、LGDの高網羅率の全ゲノムの取得と、追加の古代ゲノムと、現在過小評価されている地域のLGD標本を含めることが、LGDの複雑な進化史に関する知識を深めるのに重要となるでしょう。
参考文献:
Coutinho-Lima D. et al.(2024): Multiple ancestries and shared gene flow among modern livestock guarding dogs. iScience, 27, 8, 110050.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.110396
●要約
LGDは何千年も、家畜を守るため使われてきました。先行研究は現代のLGDの単一起源を示唆しましたが、共有された祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の程度や起源は検証されてきませんでした。これに対処するため、304頭のLGDのゲノム規模の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)が生成され、それが2183頭の現代のイヌおよび22頭の古代のイヌの刊行されているゲノムデータと組み合わされました。本論文の調査結果は現代のLGD品種間の共有された祖先系統および広範な遺伝子流動を明らかにし、それは歴史的な家畜の移動に起因します。さらに、LGDと野犬との間の混合は、LGDの特殊化した技能を維持するための中核的な機序としての生殖隔離を否定します。最後に、現代のLGD内における2系統が特定され、異なるユーラシアの古代のイヌにたどれる複数の祖先系統が明らかになり、これは単一祖先の欠如と一致します。全体的に、本論文はLGDの複雑な進化史を調べ、ヒトと家畜の共移動がこの機能的集団をどのように形成したのかについて、貴重な洞察を提供します。
●研究史
イヌは狩猟採集民の共同体およびその後の農耕社会の形成に重要な役割を果たしました。注目すべきことに、イヌは農耕に先行して家畜化された唯一の動物であり、多くのやり方でヒトとともに作業するよう、適応してきました。イヌの適応には、家畜の監視など家畜管理作業でのヒトの補助など、職業の必要性が含まれます。イヌは、デンプンの増加の消化能力など、生理学的調節も経ました(関連記事)。
LGDは、捕食者から家畜を守る役割のため、農耕共同体の拡大に不可欠だった可能性が高そうです。遊牧生活様式と付随することが多い、牧畜社会との密接な関連のため、LGDはユーラシア全域に広がりました。したがって、異なるLGD品種間の関係の理解は、畜産慣行の普及に伴うヒトの移動への洞察をもたらすかもしれません。現代のLGDは異なる品種に多様化しており、さまざまな家畜種や局所的環境に適応しています。たとえば、チベタン・マスティフは標高の高いヒマラヤの低酸素条件で優れています。LGDには、国際登録期間に認められた品種および在来品種の個体群の両品種が含まれています。前者には形態と行動の差異の厳密な範囲があり、さらに選択は外見によって選択されますが、在来品種の個体群はさほど厳密な審美的要件を示さず、選択はおもにその固有の役割により起きます。この区別にも関わらず、本論文は「品種」という用語を、局所的に定義された在来種個体群と認められた品種の両方を指すのに用います。
通説では、LGDは肥沃な三日月地帯に起源があるかもしれない、と示唆されており、つまりは現代のトルコとイラクとシリアで、そこでLGDは初期の家畜管理に役割を果たしました。この地域は、家畜のヒツジとヤギとブタとウシの地理的起源としても特定されてきました。それにも関わらず、LGDの地理的起源、およびLGDが単一もしくは複数系統から出現したのかどうかは、まだ検証されていませんでした。さらに、他のイヌ集団とのLGDの関係についての情報は限られています。最近の研究は、LGDを含めて、同じ地域で結びついた放し飼いと純潔種のイヌ間の遺伝的関連を報告しており、歴史時代と現在の混合が示唆されます。これは、野犬と機能的役割のイヌとの間の遺伝子流への障壁の維持が、そうした特殊化した技能の保全に重要ではない可能性を示唆しているかもしれません。
本論文では、現在の36品種を表す304頭(図1)のLGDのゲノム規模SNPデータの生成によって、LGDに関して単一起源仮説が検証され、そのデータが過去1万年間にわたる22頭の古代イヌの全ゲノム配列決定データとともに分析されました(図2A)。さらに、現代ユーラシアの野犬165頭のSNPデータを用いて、重なる地域のLGDと野犬との間のつながりの可能性が調べられ、LGDで観察される特殊化した技能の保全に生殖隔離が主要な機序なのかどうか、検証が可能となりました。以下は本論文の図1です。
●古代のイヌはLGD内の複数の祖先系統を明らかにします
家畜イヌ間の祖先系統パターンは、ほぼ各品種の地理的起源により説明されます(関連記事1および関連記事2)。しかし、最も広く分布している機能的犬種の一つであるLGDの祖先系統の背景は不明なままです。LGD集団内の遺伝的構造を調べるため、主成分分析(principal component analysis、略してPCA、図2B)とUMAP(Uniform Manifold Approximation and Projection、均一多面近似および投影)が実行されました。注目すべきことに、同じ地理的地域のLGDの品種は明らかに重なっています。LGDの差異のPCAに投影すると、古代のイヌは同じ地理的地域の起源である品種と局在します(図2B)。近隣結合系統発生および混合(図2C)分析も、この地理的関連を再現します。これが示唆するのは、LGD祖先系統のパターンはおもに品種の地理的起源により決まり、同じ地域の古代のイヌに起源がある、ということです。以下は本論文の図2です。
LGD品種内の異なる祖先系統の割合を確認するため、祖先系統の供給源を表しているかもしれない、過去1万年間の古代のイヌ7頭が、現代のニューギニア・シンギング・ドッグ(New Guinea singing dog、略してNGSD)1頭とともに線滝されました。NGSDは、古代ゲノムデータが利用可能ではない、アジア南東部系統の代表として選択されました。標本は、地理もしくは時間的パターンと関連する祖先系統を具体的に検証するために選択されました。AdmixtoolsのqpAdm機能により選択された最適モデルは、ロシアのサマラ(Samara)草原地帯の古代(3800年前頃)のイヌ(図2D)からの大きな寄与を伴うアジア南東部祖先系統(現代のNGSD)の混合としての、チベタン・キー・アプソ(Tibetan Kyi Apso)などアジア東部のLGDを裏づけます。アジア東部のLGDにおける草原地帯関連祖先系統の優勢は、アジア東部への5000年前頃以降の草原地帯牧畜民の東方への移動に続く、草原地帯の多様性への在来の遺伝的祖先系統の強い遺伝的置換により説明できるかもしれません(関連記事)。チベット高原における酪農牧畜の確立に関する最近の研究は、チベットのイヌへのユーラシア西部祖先系統の遺伝子移入を報告しました。アジア東部のLGDの祖先系統は、この地域における酪農牧畜の出現とも関連しているかもしれない、と本論文は仮定します。
エストレラ・マウンテン・ドッグ(Estrela Mountain dog)もしくはクーヴァーズ(Kuvasz)のようなヨーロッパのLGDの差異的モデルは、ドイツの古代(4700年前頃)のイヌの遺伝的背景にのみ依拠し、他の現代のヨーロッパの品種と一致します(関連記事)。比較すると、アジア西部のLGDの遺伝的背景は、ドイツと銅器時代のイランの古代のイヌを含むモデルで最良に適合する、と分かりました(図2D)。これは、ヨーロッパにおける単一のイヌ集団の拡大と一致し、それは他の初期のヨーロッパのイヌを完全に置換し、その後でアジアへと拡大しました(関連記事)。ヨーロッパにおけるこの祖先系統置換の契機となった、もしくはこの置換を促進した動態は、不明なままです。
LGD内の複数の祖先系統は、この機能的集団の単一起源との仮定的状況と矛盾しているようですが、この仮説は除外できず、それは、局所的な混合が共有された共通祖先の痕跡を隠すかもしれないからです。アジア東部のLGDが他のLGDと共通祖先を有しているものの、祖先系統の完全な置換を経て、現代のLGDのゲノムにおいて単一起源の認識可能な痕跡が消された可能性は残ります。完全な祖先系統置換の事例は、「発見の時代(大航海時代)」に続くヨーロッパ祖先系統によるアメリカ大陸原産のイヌの置換などで、以前に報告されました(関連記事)。同様に、複数起源の代替仮説も本論文の調査結果と一致するでしょう。この仮定的状況では、LGDは、家畜管理の需要の高まりに応じて、異なる地域で独立して出現し、その後で広範に拡散しました。この過程は、収斂選択もしくは共有された遺伝子流動が伴って、最終的にはすべてのLGD品種にわたる類似した表現型の発達につながったかもしれません。
●現代のLGDにおける複数系統
現代のイヌの品種は、ヒト社会内の独特な役割と機能に基づいて、クラスタ(まとまり)を形成することがよくあります。LGDが単系統集団なのかどうか検証するため、LGDの他の現代のイヌとの近隣結合系統発生が構築されました(図3A)。LGDは通常、品種によりまとまり、逸脱は同じ地域の品種とのクラスタ化をもたらすことがよくあります。LGDはほぼ、以前に定義された「地中海クレード(単系統群)」でクラスタ化する、と観察されます(図3A)。しかし、アジア東部のLGDはヨーロッパおよびアジア西部のLGDとはクラスタ化しません。代わりに、アジア東部のLGDは異なるクレードを形成し、これはLGDの二重起源の可能性と一致します。以下は本論文の図3です。
LGDの単一起源と複数起源をさらに検証するため、高次元データにおける局所的および世界的構造の視覚化のための計算手法である、PHATE(potential of heat-difusion for affinity-based trajectory embedding、類似性に基づく軌跡埋め込みの熱拡散の可能性)が適用されました。LGDが、単一の機能的起源を示唆しているだろうレトリーバーやセント・ハウンドなど、イヌ科集団のより広範囲内で単一集団を形成するのかどうか、確認が目指されました。またもや、明確な2集団が観察され、一方はアジア東部のLGD、もう一方は残りのLGD品種により形成されました(図3B)。本論文は、複数起源もしくはアジア東部のLGDの置換に続く単一起源を明確には区別できませんが、後者では、本論文の分析では明らかではないパターンである、全品種にわたる祖先系統の少なくとも低い割合の共有が必要となる、と主張します。とにかく、本論文の調査結果が支持する仮説は、アジア東部の現代のLGD品種とユーラシアの残りの品種は、数千年にわたって独立して進化してきた2系統の一部である、というものです。
能力の発達に関する同様のパターンは、他の機能的集団でも特定されてきました。ユーラシアとアフリカの視覚ハウンドの起源に取り組んだ最近の研究は複数起源の仮定的状況を示唆しており、LGDに関する本論文の調査結果と一致します。まとめると、本論文とその研究の両方は、機能的集団全体にまたがる複数回発達した能力を浮き彫りにします。興味深いことに、LGDと視覚ハウンドとの間の進化的つながりも、以前に報告されていました。視覚ハウンド品種は系統発生分析では3集団を形成し、それは、ユーラシア西部/北部と地中海と中国の視覚ハウンド(Xigou)です。PHATE分析は、中国の視覚ハウンドがアジア東部のLGDと統合され、地中海の視覚ハウンドがユーラシア西部のLGDと統合される、と示します。これは、各品種の地理的起源によっておもに形成された現代のイヌで観察される祖先系統パターンによって説明できるかもしれない、と本論文は強く主張します。
●家畜慣行はLGD間の遺伝子流動を媒介しました
複数の調査で、ヒトと家畜の移動はLGD品種間の遺伝子流動を維持した、と報告されています。これを検証するため、ADMIXTUREとTreeMixが使用されました。本論文の調査結果は、LGD間の一貫した混合パターンを示唆し、かなりの数の品種が混合した祖先系統を示します(図3C)。さらに、TreeMixにより予測される移動端のほとんどは、フォンニやブルガリア・シェパードとの間で観察されたように、長い地理的距離により分離された品種間で特定されました(図3D)。これは、地理的に密接な品種間のひじょうに高度な類似性を示唆しています。遺伝的距離(fixation index、略してFₛₜ)を通じて対での品種の差異も計算され、品種間の全体的に小さな分化が検出されました。最後に、D形式(P1、P2、P3、O)とf₃形式(P1、P2、O)でのDおよびf₃統計がそれぞれ採用され、LGD品種の各組み合わせ間の遺伝子流動が検出されました。予測されたように、LGDは同じ地域もしくは近隣地域の品種とのより高いアレル(対立遺伝子)共有を示し、最近の共有された祖先系統と広範な遺伝子流動を反映しています。
広範な遺伝子流動が裏づける仮説は、家畜の移動がLGDのゲノム背景の形成に役割を果たしてきた、というものです。現代の政治的境界に制限されているにも関わらず、畜産慣行はユーラシア全域で存続しており、その歴史的重要性と文化的意義を維持しています。ユーラシアの景観の形成にひじょうに重要な役割を果たした高地と低地の間の家畜の年2回の文化的移動である移牧移動は、LGDに大きな影響を及ぼしました。これらの移動期間に、LGDは家畜を追って移動し、異なる地域と品種にわたる遺伝子流動の動的な導管として機能しました。たとえば、スパニッシュ・マスティフ犬は、標本抽出された場所間の最大700kmの距離にも関わらず、集団構造で検出可能な差異を示さず、これは移牧移動において標本抽出されたほとんどの個体が加わっていたことに起因する可能性が高そうです。同様に、移牧移動が存続している地域であるアジア西部内のLGDは、全品種間の明確な混合パターンと遺伝的特異性の欠如を明らかにしました(図3C)。
バルカン半島とイタリアのLGD品種の他の研究も、LGD間の遺伝子流動と移牧移動との間のこの関連を報告してきました。これは移牧の影響を浮き彫りにしており、移牧は異なるLGD品種間の均質化と遺伝子流動の強い駆動要因として機能しました。したがって、家畜管理における文化的伝統、とくに移牧は、LGD品種の形成に主要な役割を果たし、異なる品種間の遺伝子流動だけではなく、広い地理的範囲にわたる単一品種の保存も積極的に維持します。そのため、移牧はヒトおよび家畜の文化的移動とLGDの遺伝的多様性との間の複雑な動態への重要な洞察を提供します。
●LGDと野犬との間の共有祖先系統の痕跡
47ヶ国の226頭の品種と野犬を含む先行研究は、地理的に重なるイヌの種類間の共有祖先系統と混合を強調しました。さらに、LGDが家畜を保護している間、監視されていない期間が多いことを考えると、LGDと野犬との間の混合が促進されたかもしれません。これを検証するため、現代の品種およびオオカミとともに本論文のデータに野犬が組み込まれ、PHATEを用いてデータが分析されました。その結果、ユーラシアの野犬はおもにLGDとクラスタ化する、と観察されます。比較すると、アメリカ大陸やアフリカ大陸など世界の他地域の野犬は、以前に報告されたように図示の中心にほぼ局在します。系統発生と集団構造と混合の分析(図3C)から、どの集団でも同じ地理的地域内のイヌは類似のゲノム背景を共有している、と明らかになります。
野犬とLGDとの間の遺伝子流動をさらに特定するため、ハプロタイプ共有の分析が実行されました(図4A)。以前の分析と一致して、LGDは同じ地域もしくは近隣地域の野犬とより広範な共有を示します。マレンマ・シープドッグやカストロ・ラポレイロ犬などヨーロッパ起源の品種は、すべてのユーラシアの野犬集団と有意なハプロタイプ共有を示します。比較すると、アジア東部のLGDは同じ地域内の野犬とのハプロタイプ共有増加をおもに示していますが、他のLGDと比較すると低い割合で、ハプロタイプ共有は少なく、例外はモンゴリアン・バンホール(Mongolian Bankhar)です。先行研究は純血種と地理的に関連する野犬との間の関連を報告しましたが、本論文はこのつながりを拡張し、おもにLGDでの拡散とが浮き彫りになり、ユーラシア全域での一貫性が強調されます。
品種協会と登録機関はイヌの飼い主に、特性維持の目的で他の品種のイヌとの交雑を禁じていますが、そうした制限は作業用の在来種集団には課されておらず、そのため、頻繁に放し飼いされる作業用のイヌでは、維持が困難かもしれません。検出された兆候は特定の地域に存在する品種がおもに起源の野犬に由来するかもしれませんが、継続的な遺伝子流動の可能性を無視できません。したがって、高技能のイヌと専門化されていないイヌとの間の遺伝子流動への厳密な障壁は、少なくともLGDの事例では、専門化された技能一式の保存に不可欠ではないかもしれません。
●LGDにおけるゲノム多様性と繁殖慣行
作業用のイヌとして一般的に使われている一部のLGD品種は今では、愛玩犬として用いられることが多いか、専ら愛玩犬として用いられており、これは品種の遺伝的多様性に影響を及ぼし、少なくとも品種系統間では、監視技能の喪失へとつながるかもしれません。これをさらに調べるため、少なくとも3個体がいる品種について、遺伝的多様性が計算されました。本論文の調査結果は、地理的起源に基づいてLGDを比較したさいに、異型接合性の差異が観察されないので、先行研究と一致します。さらに、各標本と関連するメタデータを用いて、イヌが作業用と愛玩用の2種類に分類され、作業用犬と愛玩犬との間の比較のため、近親交配係数が平均化されました。おもに愛玩犬として飼育されているLGD(F=0.18)は、作業目的で維持されているイヌ(F=0.08)よりも高い近親交配係数を示します。より低い近親交配係数は作業用のイヌでは一般的である可能性が高く、それは、愛玩用の品種よりも血統管理があまり行なわれていないからです。
LGDにおける繁殖慣行の影響をさらに知らぼるため、ゲノム規模の同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH、図4C)と、ゲノム規模の連鎖不平衡(linkage disequilibrium、略してLD)が評価されました。グレートピレニーズ(Great Pyrenees)もしくはクーヴァーズなどほぼ愛玩犬で構成される品種では、より長いROHとLD減衰減少が観察され、これは通常、最近の近親交配と関連しています。さらに、これらの品種はより低い世代階級(2~64)ではROHのあるゲノムの割合の増加を示しており、最近の近親交配事象が示唆されます。これはLGD品種間の明確な違いを浮き彫りにしており、おそらくは作業用ざいらい種から愛玩用品種における血統登録制度への最近の移行によって起き、それは少数の人気のある種牡犬の遺伝的寄与に依存することが多くなっています。LGDの機能的実行能力における繁殖慣行の影響を理解するには、ゲノミクスに加えて、行動と技能の評価が必要です。以下は本論文の図4です。
●まとめ
LGDはユーラシア全域を移動するヒトに従い、特定の任務と環境に適合させるようヒトの主導での選択によって形成された、地域的な品種が生まれました。本論文は、視覚ハウンドのような他の機能的集団と類似する、LGD内における現代の異なる2系統および異なるユーラシア古代イヌにさかのぼる複数の祖先系統を明らかにしました。本論文のデータはLGDにおける複数起源と一致し、それは異なる社会により共有された畜産慣行の共通の需要によって引き起こされた可能性が高い、と本論文は強く主張します。しかし、アジア東部のLGDの完全な置換に続く単一起源の可能性が残っています。両系統への同様の選択圧が収斂進化をもたらしたのかどうか、理解することが不可欠です。LGD品種間で共有された遺伝子流動は、これらのイヌの形成への、移牧など家畜慣行の歴史的影響を浮き彫りにします。とくに、野犬との遺伝子流動が観察されるように、本論文の調査結果は、専門化されたイヌの能力を維持する生殖隔離の必要性について、問題を提起します。LGDの機能的能力における、ゲノムや行動の役割、もしくは両方の組み合わせを理解するには、選択下の潜在的領域の特定が必要です。以下は本論文の要約図です。
●この研究の限界
この研究では、参照として古代のイヌを用いて、ユーラシア全域のLGDの関係とゲノム多様性が調べられました。しかし、特定の品種と地域、とくにアジア中央部および東部における標本抽出の少なさに起因する限界に直面しているかもしれません。さらに、100万ヶ所以下の一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)というイヌのゲノムの縮小表現の使用は、古代のゲノムから回収されたSNPの数を制限し、分析の統計的検出力を制約します。最終的には、LGDの高網羅率の全ゲノムの取得と、追加の古代ゲノムと、現在過小評価されている地域のLGD標本を含めることが、LGDの複雑な進化史に関する知識を深めるのに重要となるでしょう。
参考文献:
Coutinho-Lima D. et al.(2024): Multiple ancestries and shared gene flow among modern livestock guarding dogs. iScience, 27, 8, 110050.
https://doi.org/10.1016/j.isci.2024.110396
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