スカンジナビア半島中石器時代狩猟採集民の口腔内の健康状態

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、スカンジナビア半島中石器時代狩猟採集民の口腔内の健康状態に関する研究(Kırdök et al., 2024)が公表されました。先史時代の噛み跡のある樹脂は、ヒトおよびその口腔微生物叢の両方からの、古代DNAの有用な供給源である、と証明されてきました。本論文は、9890~9540年前頃となる、スウェーデンのヒューセビー・クレヴ(Huseby Klev)遺跡(関連記事)で1990年代に発見された、噛まれたカバノキの脂のメタゲノム解析を提示します。カバノキの脂は、カバノキの樹皮を加熱することで得られます。

 メタゲノム解析により、各試料で微生物種と植物種と動物種のDNAが検出され、これまでに報告されている現代人の試料や古代人の歯垢や6000年前の噛み跡のあるカバノキの脂といった試料のDNA特性と比較されました。その結果、新たに得られた微生物叢データが、現代人の口腔内や古代人の歯垢や6000年前頃の噛み跡のあるカバノキの脂の試料のそれぞれから発見された微生物とひじょうによく似ている、と分かりました。これは、ヒューセビー・クレヴ遺跡で得られたカバノキの脂試料が、ヒトにより噛まれたものであることを示唆しています。

 これにより、日和見的口腔病原体を含む、中石器時代の微生物叢が明らかになります。このデータは健康的および腸内菌共生均衡失調の微生物叢データセットと比較され、トレポネーマ・デンティコラ(Treponema denticola)やストレプトコッカス・アンギノサス(Streptococcus anginosus)やスラッキア・エクシグア(Slackia exigua)など歯周炎と関連している微生物や、ストレプトコッカス・ソブリナス(Streptococcus sobrinus)やパラスカルドヴィア・デンティコレンス(Parascardovia denticolens)など虫歯と関連している微生物の存在量増加が確認されました。

 さらに、訓練された機械学習モデルは、70~80%の確率で腸内菌共生均衡失調を予測しました。古代の狩猟採集民社会において、しっかり掴み、切り、引き裂くといった作業のために歯が広く用いられことから、歯周病を引き起こす微生物種と接触する危険性が増大したかもしれない、と推測されています。また、アカギツネやアカシカやハイイロオオカミやマガモやブラウントラウトやセイヨウカサガイやヤドリギやハシバミの実やヘーゼルナッツやリンゴなど、真核生物種のDNA配列が特定されました。これらのDNA塩基配列は、狩猟採集民集団の人々がカバノキの脂を噛む前に噛んでいた材料を反映しているかもしれません。本論文の結果は、中石器時代スカンジナビア半島における口腔の健康状態の悪さ意の事例を示唆し、脂の断片は物質の使用や食性や口腔の健康状態に関する情報を提供する可能性がある、と示しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


遺伝学:中石器時代の人々が噛んだカバノキのやにから口腔内の不健康が明らかに

 約1万年前の中石器時代にスカンジナビア南西部で生活していた狩猟採集民集団の人々は、虫歯と歯周病に悩まされていた可能性があることを示した論文が、Scientific Reportsに掲載される。

 今回、Emrah Kırdök、Anders Götherströmらは、1990年代にスウェーデンのHuseby Klevで発掘され、9890~9540年前のものと推定されたカバノキのやに試料(3点)から見つかったDNAの塩基配列を解読した。カバノキのやには、カバノキの樹皮を加熱することによって得られる。著者らは、それぞれの試料で検出された微生物種、植物種、動物種のDNAプロファイルを作成し、これまでに報告されている現代人の試料、古代人の歯垢、6000年前の噛み跡のあるカバノキのやに試料のDNAプロファイルと比較した。

 その結果、現代のカバノキのやに試料中の微生物プロファイルが、現代人の口腔内、古代人の歯垢、6000年前の噛み跡のあるカバノキのやに試料のそれぞれから発見された微生物と非常によく似ていることが分かった。このことは、Huseby Klevで得られたカバノキのやに試料は人間が噛んだものであることを示唆している。また、一般に歯周病と関連付けられている数種類の細菌(Treponema denticola、Streptococcus anginosus、Slackia exiguaなど)や、虫歯と関連付けられている数種類の細菌(Streptococcus sobrinus、Parascardovia denticolensなど)の存在量が多いことも明らかになった。著者らは、カバノキのやに試料中の微生物種の相対的存在量に基づき、機械学習モデルを用いて、狩猟採集民集団の70~80%の人々が歯周病に罹患していた可能性があると推定した。著者らは、古代の狩猟採集民社会において、しっかりつかむ、切る、引き裂くといった作業を行うために歯が広く用いられたために、歯周病を引き起こす微生物種と接触するリスクが増大した可能性があるという見方を示している。

 今回の研究では、微生物のDNAに加えて、一定種類の動植物種(ヘーゼルナッツ、リンゴ、ヤドリギ、アカギツネ、ハイイロオオカミ、マガモ、セイヨウカサガイ、ブラウントラウトなど)のDNA塩基配列と一致するものも特定された。これらのDNA塩基配列は、狩猟採集民集団の人々がカバノキのやにを噛む前に噛んでいた材料を反映している可能性がある。著者らは、このような材料に食料源、毛皮、骨角器などが含まれていた可能性があると推測している。

 今回の知見は、中石器時代のスカンジナビアの狩猟採集民集団の口腔内が不健康だったことを浮き彫りにし、この集団の人々の食餌、材料の利用状況、地域環境について洞察するための手掛かりをもたらしている。



参考文献:
Kırdök E. et al.(2024): Metagenomic analysis of Mesolithic chewed pitch reveals poor oral health among stone age individuals. Scientific Reports, 14, 22125.
https://doi.org/10.1038/s41598-023-48762-6

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