古代エジプトの書記官に特有の身体の変性変化
古代エジプトの書記官に特有の身体の変性変化を報告した研究(Havelková et al., 2024)が報道されました。紀元前三千年紀の古代エジプト社会では、文字を書くのに熟達していた男性は、特権的地位を享受していました。高い社会的地位のこうした役人(書記官)に焦点を当てた研究は通常、その肩書や書記官像や図像などに集中していますが、書記官個人自体とその骨格遺骸は軽視されてきました。この研究の目的は、書記官の活動と関連する反復作業と姿勢の維持が、骨格の変化に現れ、潜在的な職業的危険因子を特定でるのかどうかの解明です。
腱靭帯付着部の変化や非計量的特徴や退行性変化など合計1767点の項目が、アブシール(Abusir)の紀元前2700~紀元前2180年頃となるネクロポリス(大規模共同墓地)で発見された、よく定義された社会的地位区分の成人男性69個体(そのうち30個体は書記官)の遺骸から記録されました。書記官と参照群との間の骨格比較における統計的に有意な差異は、書記官におけるより高い発生率を証明し、とくに骨関節炎の発生に現れました。変性変化がとくに見つかったのは、下顎と頭蓋骨をつなぐ関節、右鎖骨、右上腕骨の上部(肩と接する部分)、右手親指の第1中手骨、大腿骨の下部(膝と接する部分)、脊椎全体(とくに上部)でした。また、上腕骨と左寛骨にも、反復使用による身体的圧力を示唆する変化が見られました。両方の膝蓋骨(膝頭)の凹みと、右足首下部の骨の表面が平らになっていることも、書記官の骨格の特徴として挙げられています。
この研究から、長期間の胡坐状態もしくは膝をつく姿勢や、筆記に関連する反復的な作業や、筆記中の急な筆の調整が、顎と首と肩の部位に過度の負荷を引き起こした、と明らかになります。墓で見つかった彫像や壁の装飾には、胡坐や膝をつく姿勢で座って仕事をする書記官が、立った姿勢で仕事をする書記官とともに描かれており、当時の書記官の職務中の様子がよく描かれているようです。こうした書記官に特有の身体の変性変化が、中王国や新王国でも見られるのか、注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です
考古学:古代エジプトの書記官の職業上のリスク
古代エジプトの書記官(文字を書く能力を持ち、行政職に就いていた身分の高い男性)が繰り返し行っていた作業と、作業をする際の座る姿勢のために、骨格の変性変化が起こっていた可能性があることを報告する論文が、Scientific Reportsに掲載される。
今回、Petra Brukner Havelkováらは、紀元前2700~2180年にエジプトのアブシール遺跡の共同墓地に埋葬された69人の成人男性(うち30人は書記官)の遺骨を調査した。その結果、他の職業に就いていた男性よりも書記官に多く見られる関節の変性変化が判明した。変性変化が見つかったのは、下顎と頭蓋骨をつなぐ関節、右鎖骨、右上腕骨の上部(肩と接する部分)、右手親指の第1中手骨、大腿骨の下部(膝と接する部分)、および脊椎全体(特に上部)だった。また、上腕骨と左寛骨にも、反復使用による身体的ストレスを示唆する変化が見られた。これらの部位の反復使用も、他の職業の男性に比べて書記官に多く見られる。この他にも書記官に多く見られる骨格の特徴として、両方の膝蓋骨(膝頭)のへこみと、右足首下部の骨の表面が平らになっていることが明らかになった。
Havelkováらは、書記官の脊椎と肩に観察された変性変化の原因として、書記官が頭を前方に傾けて、背骨を曲げ、腕を支えずにあぐらを組んだ姿勢で長時間座っていたことである可能性を指摘している。一方、膝、臀部、足首の変化は、書記官が左足を膝立ちにして、あるいは左足であぐらをかき、右膝を曲げて膝を上に向ける姿勢(しゃがんだ姿勢か、うずくまり姿勢)を好んでいたことを示すものである可能性がある。Havelkováらは、墓で見つかった彫像や壁の装飾に、これら2つの姿勢で座って仕事をする書記官が、立った姿勢で仕事をする書記官と共に描かれていることに注目している。顎関節の変性は、書記官がイグサの茎の先を噛んで筆のような先端を作り、それを使って字を書いたことに起因している可能性がある。一方、右手親指の変性は、ペンを繰り返し指先でつまんで持っていたことが原因かもしれない。
今回の知見は、紀元前3千年紀の古代エジプトにおける書記官の生活をより深く洞察する手掛かりになる。
参考文献:
Havelková PB. et al.(2024): Ancient Egyptian scribes and specific skeletal occupational risk markers (Abusir, Old Kingdom). Scientific Reports, 14, 13317.
https://doi.org/10.1038/s41598-024-63549-z
腱靭帯付着部の変化や非計量的特徴や退行性変化など合計1767点の項目が、アブシール(Abusir)の紀元前2700~紀元前2180年頃となるネクロポリス(大規模共同墓地)で発見された、よく定義された社会的地位区分の成人男性69個体(そのうち30個体は書記官)の遺骸から記録されました。書記官と参照群との間の骨格比較における統計的に有意な差異は、書記官におけるより高い発生率を証明し、とくに骨関節炎の発生に現れました。変性変化がとくに見つかったのは、下顎と頭蓋骨をつなぐ関節、右鎖骨、右上腕骨の上部(肩と接する部分)、右手親指の第1中手骨、大腿骨の下部(膝と接する部分)、脊椎全体(とくに上部)でした。また、上腕骨と左寛骨にも、反復使用による身体的圧力を示唆する変化が見られました。両方の膝蓋骨(膝頭)の凹みと、右足首下部の骨の表面が平らになっていることも、書記官の骨格の特徴として挙げられています。
この研究から、長期間の胡坐状態もしくは膝をつく姿勢や、筆記に関連する反復的な作業や、筆記中の急な筆の調整が、顎と首と肩の部位に過度の負荷を引き起こした、と明らかになります。墓で見つかった彫像や壁の装飾には、胡坐や膝をつく姿勢で座って仕事をする書記官が、立った姿勢で仕事をする書記官とともに描かれており、当時の書記官の職務中の様子がよく描かれているようです。こうした書記官に特有の身体の変性変化が、中王国や新王国でも見られるのか、注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です
考古学:古代エジプトの書記官の職業上のリスク
古代エジプトの書記官(文字を書く能力を持ち、行政職に就いていた身分の高い男性)が繰り返し行っていた作業と、作業をする際の座る姿勢のために、骨格の変性変化が起こっていた可能性があることを報告する論文が、Scientific Reportsに掲載される。
今回、Petra Brukner Havelkováらは、紀元前2700~2180年にエジプトのアブシール遺跡の共同墓地に埋葬された69人の成人男性(うち30人は書記官)の遺骨を調査した。その結果、他の職業に就いていた男性よりも書記官に多く見られる関節の変性変化が判明した。変性変化が見つかったのは、下顎と頭蓋骨をつなぐ関節、右鎖骨、右上腕骨の上部(肩と接する部分)、右手親指の第1中手骨、大腿骨の下部(膝と接する部分)、および脊椎全体(特に上部)だった。また、上腕骨と左寛骨にも、反復使用による身体的ストレスを示唆する変化が見られた。これらの部位の反復使用も、他の職業の男性に比べて書記官に多く見られる。この他にも書記官に多く見られる骨格の特徴として、両方の膝蓋骨(膝頭)のへこみと、右足首下部の骨の表面が平らになっていることが明らかになった。
Havelkováらは、書記官の脊椎と肩に観察された変性変化の原因として、書記官が頭を前方に傾けて、背骨を曲げ、腕を支えずにあぐらを組んだ姿勢で長時間座っていたことである可能性を指摘している。一方、膝、臀部、足首の変化は、書記官が左足を膝立ちにして、あるいは左足であぐらをかき、右膝を曲げて膝を上に向ける姿勢(しゃがんだ姿勢か、うずくまり姿勢)を好んでいたことを示すものである可能性がある。Havelkováらは、墓で見つかった彫像や壁の装飾に、これら2つの姿勢で座って仕事をする書記官が、立った姿勢で仕事をする書記官と共に描かれていることに注目している。顎関節の変性は、書記官がイグサの茎の先を噛んで筆のような先端を作り、それを使って字を書いたことに起因している可能性がある。一方、右手親指の変性は、ペンを繰り返し指先でつまんで持っていたことが原因かもしれない。
今回の知見は、紀元前3千年紀の古代エジプトにおける書記官の生活をより深く洞察する手掛かりになる。
参考文献:
Havelková PB. et al.(2024): Ancient Egyptian scribes and specific skeletal occupational risk markers (Abusir, Old Kingdom). Scientific Reports, 14, 13317.
https://doi.org/10.1038/s41598-024-63549-z
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