5万年以上前となるスラウェシ島の洞窟壁画

 スラウェシ島の洞窟壁画の新たな年代測定結果を報告した研究(Oktaviana et al., 2024)が公表されました。本論文は、スラウェシ島の具象的な洞窟壁画の年代が5万年以上前までさかのぼることを示し、これは具象的表現としては現時点で最古となります。こうした具象的表現は現時点で現生人類(Homo sapiens)でしか確認されておらず、スラウェシ島の5万年以上前となる洞窟壁画を残したのが現生人類である可能性はかなり高そうです。そうならば、「芸術」の起源のみならず、現生人類のスンダランドやワラセアやオセアニアへの拡散時期および経路などとも関連するかもしれず、その意味でもたいへん注目される研究だと思います。

 ただ、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)が6万年以上前に洞窟壁画を残した可能性も指摘されており(Hoffmann et al., 2018)、現生人類以外の人類による具象的表現の可能性を除外するのは時期尚早のようにも思います。その意味で注目されるのが、アジア南東部での存在が確認され、オセアニアへの拡散や「芸術表現」の可能性さえ指摘されている種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)です(関連記事)。スラウェシ島の5万年以上前の洞窟壁画がデニソワ人の所産である可能性はかなり低そうですが、現時点では念頭に置いてもよいのではないか、と考えています。


●要約

 以前の年代研究から、インドネシアのスラウェシ島に既知で最古級となる岩絵が複数存在する、と示唆されています(Aubert et al., 2014、Aubert et al., 2019、Brumm et al., 2021)。そうした研究は、南スラウェシ州のマロス(Maros)県およびパンケップ(Pangkep)県の鍾乳洞にある岩絵を覆う方解石堆積物の、溶液を用いたウラン系列法に基づくものでした。本論文は、この手法の新たな応用である「LA-U系列(laser-ablation U-series、レーザー溶除ウラン系列)画像化法」を用いて、このカルスト地帯の最初期の洞窟壁画の一部の年代を再び測定し、マロス・パンケップ地域の他の遺跡の様式的に類似した画題の年代を決定しました。この手法は空間的な精度を向上させ、以前に年代測定された壁画について、より古い下限年代が得られました。

 リアン・ブル・シポン4号(Leang Bulu’ Sipong 4、略してLBS4)洞窟の狩猟場面は、当初は以前の手法で下限年代が43900年前頃推定されましたが、新たな手法では下限年代が50200±2200年前なので、以前に考えられていたより少なくとも4040年以上さかのぼる、と示されました。画像化法を用いて、今回の新たに発見されたリアン・カランプアン(Leang Karampuang)の洞窟壁画の下限年代も53500±2300年前と推定されました。51200年以上前に描かれた、この物語性のある構図は、ヒト的な図像がイノシシと関わっている様子を描いており、今や、具象芸術、および視覚的な物語表現の既知の残存例としては世界最古級となります。本論文の調査結果から、擬人的な図像と動物の具象的な描写が、その場面構成における表現と同様に、現生人類の描画の歴史において、これまでの認識よりも古い起源を持つ、と示されます。


●研究史

 先史時代の岩絵は、過去のヒトの文化への重要な洞察を提供しますが、正確で神聖性の高い方法での年代測定は通常困難です。過去数十年間、ヨーロッパ西部(Pike et al., 2012、Hoffmann et al., 2018)やアジア南東部島嶼部(Aubert et al., 2014、Aubert et al., 2019、Brumm et al., 2021、Aubert et al., 2018)やロシアを含めて、いくつかの地域の岩絵について初期の年代を得るため、溶液を用いた基づくウラン系列法が使われてきました。スペインでは、手のステンシル(物体を表面に置き、その上から塗装することで、表面に図を残すこと、手形)がその上の方解石の溶液ウラン系列分析を用いて、少なくとも64800年前頃と年代測定されたので、ネアンデルタール人の所産とされていますが(Hoffmann et al., 2018)、この絵について提示された年代測定の証拠には疑問(Slimak et al., 2018)が呈されてきました【最近の研究(Martí et al., 2021)では、65500年以上前と主張されています】。これまで、具象芸術の最古の証拠は、スラウェシ島のマロス・パンケップ地方のリアン・テドンゲ(Leang Tedongnge)洞窟(図1)におけるスラウェシイボイノシシ(Sus celebensis)の写実的な絵で、その年代は溶液ウラン系列法を用いて、少なくとも45500年前頃と測定されました(Brumm et al., 2021)。以下は本論文の図1です。
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 これまで、岩絵と直接的に関連していた炭酸カルシウム堆積物を年代測定するため、溶液を用いたウラン系列法が用いられてきました。この手法は、任意の炭酸カルシウム層の物理的な大掘削と、多収集誘導結合プラズマ質量分析(multicollector inductively coupled plasma mass spectrometry、略してMC-ICP-MS)を用いての分析前の化学的前処理を含んでいます。この技術は分析誤差を小さくできますが、岩絵と関連する薄い炭酸カルシウム層、とくに複雑な成長史のある層の年代測定では、いくつかの不利な点があり、後者には珊瑚状洞窟二次生成物(「洞窟ポップコーン」としても知られています)が含まれ、それはインドネシアの石灰岩カルスト洞窟や岩陰の岩絵と関連して見つかることが最も多くなっています(Aubert et al., 2014、Aubert et al., 2019、Brumm et al., 2021、Aubert et al., 2018)。

 この研究は、LA-U系列(laser-ablation U-series、レーザー溶除ウラン系列)手法を用いて、岩絵と関連するこれら薄い層の方解石付着物を年代測定します。以前の手法のように回転工具を用いての物理的な大掘削の代わりに、レーザーは研磨された断面に焦点を当て、化学的な前処理を必要としません。LA体系の小規模地点(通常は直系が44μm)は、溶液を用いた手法に対していくつかの利点をもたらし、それは、(1)迅速で費用対効果は高くなり、(2)ずっと小さな標本を必要とするので、破壊が少なく、(3)この手法を用いた空間分解能により、洞窟二次生成物の詳細な成長史の解明と、顔料層に最も近い最古の堆積物の年代の正確な定義が可能になり、精度を改善し、(4)ウラン系列年代測定の問題になるかもしれない、方解石がウランの再移動を経ていない(および、これらの問題を示す領域を特定かつ回避できます)、と容易かつ迅速に論証できます。

 岩絵と関連して見つかる珊瑚状洞窟二次生成物は、複雑な内部形態を有していることが多く、そうした形態は円柱状で塚のうな方解石構造の集合としての起源を反映しており、より新しい年代の炭酸塩物質で充填されているよる古い物質の間隙を伴う張り出した特徴が残っています。物理的な大きな掘削手順は、個々の薄膜の標本抽出とは対照的に、顔料層の上の任意の深さから横方向での物質の採取を含むので、結果として得られるウラン系列年代は一部の場合、より古い罪上がった物質とより新しい充填物の平均になるかもしれません。同様に、タマネギのような起伏のある層の横方向の平均化は、さまざまな年代の炭酸カルシウム物質を混ぜるかもしれず、時には年代順ではないような年代の一連の任意の第二次標本を生成します。そうした複雑な成長史は、任意の層の機械的掘削を用いて以前に年代測定された標本で時折観察される、小さな年代逆転を説明できるかもしれません。本論文はLA-U系列手法を用いて、標本断面の表面領域全体にわたって、ウラン系列同位体の配列を特定します。この手法により、珊瑚状洞窟二次生成物が形成された複雑な過程の理解が可能となるので、分析者は続成作用による影響を受けた小さな区域を特定し、避けることができます。

 LA-U系列手法は一般的に、溶液を用いた手法よりも誤差の大きい年代推定値を提供しますが、顔料層により近い炭酸カルシウム物質を分析できるので、「芸術作品」のより古い下限年代を純粋に得ることができます。この誤差はデータのより広範囲の統合により改善できますが、より遅い成長段階の炭酸カルシウム物質を統合する必要があるので、より新しい下限年代を得るかもしれません。この誤差の最小化のより効率的な手法には、レーザー段階の速度を下げることと、MC-ICP-MSでの積分時間の増加が含まれ、同様の統合範囲でより多くのデータ点が得られます。そのトレードオフ(相殺)は、分析完了までの時間の大幅な増加です。21µm s⁻¹のレーザーラスタ方速度の44µmの地点規模がほとんどの状況で最適である、と分かりました。


●以前に年代測定された「芸術作品」の新たな年代

 この技術の効率性と信頼性を論証するため、以前に既知で最古と知られていた現存する絵物語である、すでに43900年前頃との下限年代が得られていた(Aubert et al., 2019)、リアン・ブル・シポン4号(Leang Bulu’ Sipong 4、略してLBS4)洞窟の岩絵場面が再び年代測定されました。この洞窟遺跡(LBS4)では、後壁の上の4.5m幅の区画は、スラウェシイボイノシシおよび小柄なアジアスイギュウ属種(アノア、Bubalus sp.)とのヒトのような形象との関わりの数点の具象的な絵で構成されています(図2)。前者【ヒトのような形象】は物質文化的なもの(槍および/もしくは縄)で描かれ、一部は非ヒト動物の属性と解釈できるものを示しています。これらの図像は、獣人(ヒトと非ヒト動物の複合体)の表現と解釈されています(Aubert et al., 2019)。この謎めいた場面は、狩猟の物語を表しているかもしれませんが、獣人的図像の顕著な描写は、この「芸術作品」が想像上の物語(たとえば、神話)を表している、と示唆しています。以下は本論文の図2です。
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 当初、LBS4(リアン・ブル・シポン4号洞窟)のこの区画のイノシシ(pig)を描いた動物図像(BSP)の上にある合計4点の珊瑚状洞窟二次生成物は、35100年前頃(35700±600年前、標本BSP4.2)、43900年前頃(44400±500年前、標本BSP4.3)、40900年前頃(41100±200年前、標本BSP4.4)、41000年前頃(41300±400年前、標本BSP4.5)と年代測定されました。本論文のLA-U系列手法を用いて、それらの同じ洞窟二次生成物と関連する「芸術作品」の下限年代が今度は、27600年前頃(28300±600年前、標本BSP4.2)、39600年前頃(43200±3600年前、標本BSP4.3)、39500年前頃(40400±900年前、標本BSP4.4)、48000年前頃(51200±2200年前、標本BSP4.5)と測定されました(図2)。本論文のLA-U系列手法は、同じ標本の以前の年代と比較すると、誤差内の同様の年代か、より古い年代を提供します(図2)。唯一の例外は標本BSP4.2で、顔料層により近い炭酸カルシウム堆積物のLA-U系列年代が、より新しくなっています。この不一致は、明確な変化を示す標本内の領域を選択的に避けたことに起因します。

 LBS4の岩絵場面は、今や48000年前頃より少なくとも4040年以上前と論証できます。以前の結果に基づくと、先行研究(Aubert et al., 2019)の機械的大型標本抽出手法は、続成作用の領域を幸いにも避けたか、微採掘された任意の層の平均化がこれらの層の全体的な年代珪酸にとって重要ではない局所的な世代交代につながったようです。再び例外は標本BSP4.2で、顔料層近くの溶液を用いたデータのより古い下限年代は、局所的な続成作用に起因するかもしれません。本論文の配列特定データも、標本表面および時には標本内の小さな空洞で起きた、続成作用の明確な証拠を示します。後者の領域は、溶液を用いたウラン系列手法では任意の地点を微細掘削するさいには避けることができず、誤った年代決定をもたらすかもしれません。LA-U系列特定手法を用いて、地図データからウラン系列年代を計算するさいには、局所的な世代交代のこれらの領域は容易に回避できます(つまり、統合されません)。注目すべきことに、たとえば、統合のレーザー溶除領域(region of integration、略してROI)のトリウム同位体の²³⁰Th/²³²Thの活性比は、より多い岩屑含有量の領域を選択的に回避するため、同じ標本では溶液データよりもかなり高くなります。


●リアン・カランプアン洞窟の岩絵の年代測定結果

 LA-U系列手法を用いて、別マロス・パンケップ地域の岩絵場面も年代測定され、それは再び、動物と関わっているヒト的な図像を描いているものです(図1および図3)。この天井の区画は、リアン・カランプアンの石灰岩洞窟で2017年に発見されました(図1)。それは石灰岩表面の広範な剥離のため保存状態が悪く、この過程で「芸術作品」のほとんどが消失します。珊瑚状の成長物(および他の種類の洞窟二次生成物)の上にある豊富な存在は、その画像をさらに不明瞭にします(図3)。その場面の見える要素は、イノシシ科(最も可能性が高いのはスラウェシイボイノシシ)の大きな(92cm×38cm)写実的な赤い絵に占められています。この動物の図像は、側面(半面)で示された絵の輪郭として表され、塗りつぶしパターンは描かれた打点もしくは線で構成されています。したがって、それは様式的には、LBS4を含めて、スラウェシ島南部の後期更新世と年代測定された岩絵においてイノシシや他の動物を表すのに用いられた視覚的慣習と一致します(Aubert et al., 2019)。

 他のイノシシの画題(5点)はリアン・カランプアン洞窟に存在しますが、年代測定された区画とは関連していないようです。リアン・カランプアン洞窟では、イノシシは口を部分的に開けて静止状態で立っています。少なくとも3点のヒト的な図像(H1~H3で表示)が、単一の構成の一部としてイノシシと密接に関連して描かれています(図3)。前者は、イノシシと同じ赤色顔料およびほぼ同じ様式慣習を用いて描かれていましたが、大きさはより小さくなっています。少なくとも2点は動物の頭と顔の近くにおいて動的な行動姿勢で描かれており、動物とのある種密接に関わっているようです。最大のヒト的な図像(H1、42cm×27cm)は両腕を伸ばして表されており、脚はなく、その左手には物質文化の道具、つまり両端に突起のある棒のような物を持っているようです。第二のヒト的な図像(H2、28cm×25cm)は、イノシシのすぐ前に位置しており、その頭はイノシシの鼻の横にあります。この図像も両腕をのばしており、左手には明確ではない形の棒のような物を有しており、その片方の端はイノシシの喉の部位と接しているかもしれません。

 最後のヒト的な図像(H3、35cm×5cm)は、逆さまの姿勢で描かれており、その脚は上に向き、外側に広がっています。H3も両腕を伸ばしており、片方の手はイノシシの頭に向かい、もう片方の手はイノシシの頭に触れているようです。H1とH3との間の顔料の痕跡から、別の図像が元々この場面の一部だったかもしれない、と示唆されます。この区画で見える少なくとも2点の手形はこの場面と同年代のようで、より暗い顔料を用いて作られた別の手形はイノシシに覆われているので、イノシシより前に作られました(図3)。この場面の図像間で起きている行動の解釈は困難です。LBS4の年代測定された「芸術作品」とは対照的に、ヒト的な図像と動物を含むこの構成は狩猟活動を明示的に示しているようでも、獣人が明らかに表されているようでもないものの、どちらの可能性も除外できません。以下は本論文の図3です。
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 4点の珊瑚状の洞窟二次生成物が収集され、それは、ヒト的な各図像【合計3点】の上の1点、密接に関連したイノシシの画題の上の1点です(図3)。標本LK1とLK2とLK4はそれぞれ、H2とH3とH1の上に直接的に重なりますが、LK3はイノシシの画像の上に直接的に重なります。LK1のLA-U系列年代測定の結果は51200年前頃(53500±2300年前)の下限年代を提供しましたが、LK2とLK3とLK4に適用された同じ手法の下限年代はそれぞれ、18700年前頃(19200±500年前)、31900年前頃(34100±2200年前)、44000年前頃(45900±1900年前)です(図3)。本論文はしたがって、この岩絵場面は少なくとも51200年前頃にはリアン・カランプアン洞窟に存在し、それは年代測定された最古級の珊瑚状洞窟二次生成物標本(LK1)が図像H2の上に形成され始めた頃である、と論証します。


●芸術の初期の歴史への示唆

 LBS4(リアン・ブル・シポン4号洞窟)では、本論文のLA-U系列年代測定作業から、具象的「芸術」のある区画と較正された場面は以前に確立した年代(Aubert et al., 2019)より少なくとも数千年古く、新たな下限年代は48000年前頃である、と示されます。さらに、リアン・カランプアン洞窟で同じ手法を用いると、両方の「芸術」表現様式(写実主義と物語的様式)はマロス・パンケップのカルスト地域では少なくとも51200年前頃までさかのぼる、と示されます。これらの調査結果から明らかなのは、具象的表現の使用は初期のヒトの視覚文化の歴史においてとくに古い、ということです。現在、現生人類により作られた画像の最高級となる広く受け入れられている証拠は、アフリカ南部の中期石器時代(10万~75000年前頃)で、小さなオーカー(鉄分を多く含んだ粘土)塊に刻まれた幾何学的模様(格子状パターン)で構成されています。したがって、具象的描写の起源が、非具象的記号の政策のこの初期伝統の出現後のアフリカで生じた「芸術的」文化にたどれるのか、あるいはアジア南東部を含めて現生人類の拡散後にアフリカ外の文化にたどれるのかどうか、未解決の問題です。

 スラウェシ島の新たな年代は、更新世「芸術」の研究における二つの重要な前提にも異議を唱えており、その両者は上部旧石器時代ヨーロッパ(4万~1万年前頃)における「芸術」政策の豊富な記録に基づいています。それは第一に、擬人化もしくはヒト的な図像は後期更新世末まで相対的には一般的にならなかったことで、第二に、明らかに物語的構成は初期の洞窟「芸術」では一般的に稀だったか、存在しなかったことです。

 後者に関しては、現在(Brumm et al., 2021)スラウェシ島で知られている3ヶ所の最高級と年代測定された洞窟「芸術」のうち、リアン・カランプアン(下限年代は51200年前頃)とLBS4(下限年代は48000年前頃)とリアン・テドンゲ洞窟(下限年代は45500年前頃)はすべて、観察者にそうした「芸術」で行動が取られている、と推測させることのできるような方法で、ともに分類される図像を含んでいます。リアン・テドンゲ洞窟の「芸術」はより古いかもしれませんが、新たな手法を用いての再度の年代測定はできず、それは、炭酸カルシウム物質が残っていなかったからで、以前の手法は標本全体を用いていました(Brumm et al., 2021)。

 2ヶ所の区画は、ヒトと動物の関係の絵の表現を構成しているようですが(リアン・カランプアン洞窟とLBS4)、第三の壁画は明らかに互いに関わっている動物(スラウェシイボイノシシ)を描いています(Brumm et al., 2021)。さらに、リアン・ティンプセン(Leang Timpuseng)洞窟の区画(下限年代は35300年前頃)は、地面を表す描かれた線の上に立つイノシシを描いており(Aubert et al., 2014)、これは風景描写で用いられる別の慣習です。洞窟壁画における構成された場面の使用は、この視覚的手段の伝達能力を高めたかもしれません。単一の図像描写とは対照的に、物語的な場面を構成する並列された作用により、聴衆に物語を伝えるために「芸術」の製作者を必要としない方法で、画像を通じて語られる話が可能となります。

 したがって、場面制作は、長期にわたって、とくに口承伝統と組み合わされた場合に、岩の表面に残る絵が特定の物語(神話など)を伝えるような能力の増加と関連してきました。本論文の年代測定作業に基づくと、今や動物と関わる擬人的図像(獣人を含みます)が、スラウェシ島の後期更新世洞窟「芸術」に、ヨーロッパで何千年もあとになるまで見られなかった頻度で出現します。これが示唆するのは、この地域における現生人類の長い歴史の初期において、とくに、ヒトと動物の関係について視覚的物語を話す場面表現の使用という、物語を話す豊富な文化が発展した、ということです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


考古学:物語を伝える最古の壁画に関して新たな結論を導き出した年代測定法

 インドネシアのスラウェシ島の洞窟の中で見つかっていた、野生のブタと戯れる人間らしき姿が描かれた壁画の年代測定が行われた結果、この壁画は少なくとも5万1200年前のものと推定され、物語を伝える洞窟壁画としてはこれまでに報告された中で最古のものである可能性が浮上した。このことを報告する論文が、Natureに掲載される。今回の年代測定には、標準的な洞窟壁画の年代測定法ではなく、新しい方法が用いられた。これにより、スラウェシ島の数々の洞窟壁画についてこれまでに推定されていた年代が、少なくとも5700年さかのぼることになった。今回の知見は、人類史上、芸術作品の中に人間らしき姿と動物を描写することと、複数の物体によって構成された光景を用いることの起源が、これまで考えられていたよりも古いことを示唆している。

 先史時代の岩窟壁画は、初期人類の文化を洞察する重要な手掛かりを与えてくれるが、これらの芸術作品の年代測定を正確かつ信頼性の高い方法で行うことは容易でない。広く使われている年代測定法としては、溶液を用いたウラン系列法がある。この方法は、古代の岩窟壁画上に自然に形成される炭酸カルシウム層を採取し、その中に含まれるウランの放射性崩壊で生じたトリウムを測定するものであり、壁画の最低年代を明らかにするために用いられてきた。しかし、炭酸カルシウム層の成長履歴が複雑なために、この手法では、炭酸カルシウム層に覆われた壁画の本当の年代が少なく見積もられていた。

 今回、Adhi Agus Oktaviana、Maxime Aubertらは、これらの課題を解決するため、レーザーアブレーション・ウラン系列画像化法(LA-U系列法)という新たな方法を用いて、インドネシア・南スラウェシ州のマロス・パンケップ地域にある最も古い洞窟壁画の一部について、年代測定を行った。この方法は、質量分析計と結合したレーザーを用いて、炭酸カルシウム試料を詳細に分析し、より正確に年代を算出することができる。この新しい手法により、顔料層に物理的に近い位置にある炭酸カルシウムの年代測定が可能になり、その結果、関連する複数の洞窟壁画の年代測定の精度が向上した。著者らは、マロス・パンケップ地域の洞窟内のLeang Bulu’ Sipong 4という場所で見つかった狩猟シーンの壁画を分析した。この壁画は、これまでの年代測定で、少なくとも4万3900年前のものとされ、物語を伝える壁画としては世界最古のものの1つとして知られていた。LA-U系列法を用いた年代測定の結果、この壁画は少なくとも約4万8000年前のものとされ、これまで考えられていたより少なくとも約4000年古いと推定された。次に、著者らは、同じくマロス・パンケップ地域のレアン・カランプアンで発見された具象芸術の一例で、これまでに年代測定が行われていなかった壁画(野生のブタと戯れる3人の人間らしき姿が描かれた壁画)についてもLA-U系列法を用いた年代測定を行った。この測定結果から、この壁画が少なくとも5万1200年前に制作されたことが示唆され、これまでに報告されている洞窟壁画の中で最古の具象画であり、物語的な光景として最古のものであることが判明した。

 今回の知見は、初期人類の文化において、具象的な描写が長年にわたって用いられてきたことを示している。更新世の芸術に関する研究では、いくつかの重要な仮説があり、例えば、芸術において、人間らしき姿を描写し、物語的な構成(光景)を用いて意味を伝えるという手法は、更新世後期の末期(約1万4000~1万1000年前)に比較的一般的なものとなったという仮説がある。著者らは、今回新たに得られた年代が、こうしたいくつかの重要な仮説に異論を突き付けることになるかもしれないという見解を示している。さらに著者らは、LA-U系列法は、所要時間が短く、費用対効果が高く、芸術作品を破壊するリスクが低く、空間分解能が高いため、溶液を用いる方法と比べて精度が向上していると指摘している。


考古学:インドネシアの物語性のある洞窟壁画は5万1200年以上前に描かれた

考古学:洞窟壁画の年代を掘り下げる

 今回、洞窟壁画の年代を推定する新たな方法によって、インドネシア・スラウェシ島の洞窟の岩絵の最小年代が5万1200年以上前と推定され、これまでに年代が推定された既知の具象的な岩絵では世界最古のものとなった。



参考文献:
Aubert M. et al.(2014): Pleistocene cave art from Sulawesi, Indonesia. Nature, 514, 7521, 223–227.
https://doi.org/10.1038/nature13422
関連記事

Aubert M. et al.(2018): Palaeolithic cave art in Borneo. Nature, 564, 7735, 254–257.
https://doi.org/10.1038/s41586-018-0679-9
関連記事

Aubert M. et al.(2019): Earliest hunting scene in prehistoric art. Nature, 576, 7787, 442–445.
https://doi.org/10.1038/s41586-019-1806-y
関連記事

Brumm A. et al.(2021): Oldest cave art found in Sulawesi. Science Advances, 7, 3, eabd4648.
https://doi.org/10.1126/sciadv.abd4648
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Hoffmann DL. et al.(2018): U-Th dating of carbonate crusts reveals Neandertal origin of Iberian cave art. Science, 359, 6378, 912-915.
https://doi.org/10.1126/science.aap7778
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Martí AP. et al.(2021): The symbolic role of the underground world among Middle Paleolithic Neanderthals. PNAS, 118, 33, e2021495118.
https://doi.org/10.1073/pnas.2021495118
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Oktaviana AA. et al.(2024): Narrative cave art in Indonesia by 51,200 years ago. Nature, 631, 8022, 814–818.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07541-7

Pike AWG. et al.(2012): U-Series Dating of Paleolithic Art in 11 Caves in Spain. Science, 336, 6087, 1409-1413.
https://doi.org/10.1126/science.1219957
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Slimak L. et al.(2018): Comment on “U-Th dating of carbonate crusts reveals Neandertal origin of Iberian cave art”. Science, 361, 6408, eaau1371.
https://doi.org/10.1126/science.aau1371
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