ネアンデルタール人と現生人類との間の遺伝的混合
ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)との間の遺伝的混合に関する研究(Li et al., 2024)が公表されました。現生人類はその歴史の大半で、かつて存在したいくつかの異なる人類集団の一つにすぎませんでした。古代人と現代人のDNAの研究から、現生人類の祖先とネアンデルタール人との間の混合も含めて、異なる人類系統間で混合は複数回起きた、と示されてきました。現代人のDNAにおけるネアンデルタール人から遺伝子移入された配列を特定するため、多くの手法が開発されてきており、それにより、ネアンデルタール人との混合が現代人のゲノムの生物学と進化をどのように形成してきたのか、という洞察を提供してきました。初期現生人類集団からネアンデルタール人への遺伝子流動が報告されてきましたが、ネアンデルタール人のゲノムにおける混合の結果は、比較的注目されてきませんでした。
現生人類との混合がネアンデルタール人のゲノムの差異のパターンなどのように影響を及ぼしたのか、より深く理解することは、人類進化史への洞察を提供できるかもしれません。たとえば、ネアンデルタール人における現生人類の祖先から継承されたDNA配列は、混合の頻度や規模や時期およびネアンデルタール人の集団遺伝学的特徴に関する仮説の検証に使用できます。ネアンデルタール人における遺伝子移入された現生人類の配列は、現在の個体群におけるネアンデルタール人祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の推定の改良にも使用できます。本論文は、現生人類の祖先から継承された配列はネアンデルタール人のゲノム全体にわたって、平均的には遺伝的により多様になり、異型接合性の局所的増加をもたらすだろう、との予想に基づいて予測される、ネアンデルタール人における遺伝子移入された現生人類配列を調べるための、単純な枠組みを開発しました。
まず、1000人ゲノム計画により配列決定された現代人2000個体における遺伝子移入されたネアンデルタール人配列を特定する、IBDmixと呼ばれる手法が用いられました。その結果、1000人ゲノム計画のアフリカの個体群におけるネアンデルタール人としてIBDmixにより特定された配列が、ネアンデルタール人のゲノムにおいて高い異型接合性の領域において顕著に脳食されているのに対して、非アフリカ系個体群において遺伝子移入されたと検出された配列では、そうした濃縮は観察されない、と分かりました。本論文は、これらのパターンが現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動に起因する、と示し、クロアチアのヴィンディヤ(Vindija)洞窟やシベリア南部のアルタイ山脈のネアンデルタール人のゲノムはそれぞれ、現生人類から遺伝子移入された5390万塩基対(2.5%)と8000万塩基対(3.7%)の配列を有している、と推定されます。ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列を活用し、現代人におけるネアンデルタール人から遺伝子移入された配列量の推定が修正されました。本論文ではさらに、現生人類から遺伝子移入された配列がネアンデルタール人の人口規模を過大評価させる原因となり、その影響を考慮すると、ネアンデルタール人の人口規模の推定は約20%減少する、と示されます。最後に、本論文では、ネアンデルタール人への現生人類からの遺伝子流動の2回の異なる時期の証拠が見つかりました。
本論文の結果は、現生人類とネアンデルタール人との間の混合の歴史への洞察を提供し、遺伝子流動は現生人類とネアンデルタール人のゲノムの差異のパターンにかなりの影響を及ぼして、ネアンデルタール人における現生人類からの遺伝子移入された配列を考慮すると、ネアンデルタール人と現生人類の両方における混合とその結果のより正確な推測が可能になる、と示します。より一般的には、より小さな推定される人口規模と推測される混合動態は、経時的に規模が減少し、最終的には現生人類の遺伝子プールに吸収されたネアンデルタール人集団と一致します。
●要約
現生人類の祖先とネアンデルタール人が混合したことはよく知られていますが、ネアンデルタール人のゲノムへの遺伝子流動の影響はよく理解されていません。本論文は、ネアンデルタール人におけるヒト【現生人類】から遺伝子移入された配列の量を推定する手法を開発し、それを現代人2000個体およびネアンデルタール人3個体の全ゲノムデータに適用します。本論文は、ネアンデルタール人が2.5~3.7%のヒト【現生人類】祖先系統を有している、と推定し、ネアンデルタール人におけるヒト【現生人類】から遺伝子移入された配列を活用して、現代人におけるネアンデルタール人祖先系統の推定を修正し、ネアンデルタール人の人口規模は以前の推定より顕著に小さいと示し、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の異なる2回の波動を特定します。本論文のデータは、現生人類とネアンデルタール人との間の繰り返しの遺伝子流動の遺伝的遺産への洞察を提供します。以下は本論文の要約図です。
●研究史
古代DNA研究では、現生人類とネアンデルタール人と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の間の混合が、人類進化史において顕著な役割を果たしてきた、と示されてきました(Zeberg et al., 2024)。ネアンデルタール人およびデニソワ人(関連記事)個体群から得られた遺伝的データは蓄積され続けていますが(Green et al., 2010、Prüfer et al., 2014、Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020、Meyer et al., 2012、Skov et al., 2022、Hajdinjak et al., 2018、Bokelmann et al., 2019、Slon et al., 2018)、人類系統間の遺伝子流動の推測はおもに、ネアンデルタール人3個体(Prüfer et al., 2014、Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020)とデニソワ人1個体(Meyer et al., 2012)から得られた高網羅率の全ゲノム配列(whole-genome sequence、略してWGS)に焦点を当ててきました。
ヴィンディヤ洞窟(Prüfer et al., 2017)およびチャギルスカヤ(Chagyrskaya)洞窟(Mafessoni et al., 2020)のネアンデルタール人がそれぞれ、クロアチアとシベリア南部のアルタイ山脈で発掘されたのに対して、アルタイ山脈のネアンデルタール人(Prüfer et al., 2014、デニソワ5号と呼ばれています)とデニソワ人(Meyer et al., 2012、デニソワ3号と呼ばれています)は両方とも、デニソワ(Denisova)洞窟で発掘されました。これらのゲノムは何千個体もの現代人のWGSデータと組み合わされて、遺伝子流動を含めて、現生人類とネアンデルタール人との間(Green et al., 2010、Prüfer et al., 2014、Nielsen et al., 2017)、現生人類と異なるデニソワ人2集団との間(Browning et al., 2018)、ネアンデルタール人とデニソワ人との間(Prüfer et al., 2014、Peter., 2020)の相互作用網を明らかにしてきており、ネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親の交雑第一世代も含まれます(Slon et al., 2018)。現代人では、非アフリカ系個体群のゲノムの約2%はネアンデルタール人の祖先に由来し(Green et al., 2010)、メラネシアの個体群とオーストラリア先住民の祖先系統は、そのゲノムのさらに2~5%をデニソワ人の祖先にたどることができ、特定のフィリピン人集団ではデニソワ人由来のゲノム領域の割合が最高水準となります(Wolf, and Akey., 2018、Larena et al., 2021)。
混合割合の推定に加えて、ネアンデルタール人およびデニソワ人から継承された現生人類のゲノムにおける特定のDNA配列を識別するため、多くの手法が開発されてきました(Wolf, and Akey., 2018)。その結果得られた遺伝子移入された配列の目録により、その機能と表現型と進化の結果の研究が可能になってきました(Gittelman et al., 2016、McCoy et al., 2017、Simonti et al., 2016、Zeberg, and Pääbo., 2020、Reilly et al., 2022)。たとえば、現代人におけるネアンデルタール人から遺伝子移入された配列の分析では、そうした配列が浄化選択および正の選択の標的で(Vernot, and Akey., 2014、Sankararaman et al., 2014、Petr et al., 2019)、より改良された混合モデルの開発を促し(Vernot, and Akey., 2014、Vernot et al., 2016、Villanea, and Schraiber., 2019、Kim, and Lohmueller., 2015、Quilodrán et al., 2023)、混合の表現型の遺産への洞察を可能にしてきた(Reilly et al., 2022)、と示されてきました。
ネアンデルタール人との混合が現生人類のゲノムにどのように影響したのかについての詳細な研究とは対照的に、比較すると、混合がネアンデルタール人のゲノムに及ぼした影響については、ほとんど分かっていません。いくつかの研究は、非アフリカ系現代人の祖先系統の大半をたどることができる(Malaspinas et al., 2016、Mallick et al., 2016、Pagani et al., 2016)、6万年前頃のアフリカからの拡散(Nielsen et al., 2017、Bergström et al., 2021)に先行する混合の結果としての、ネアンデルタール人のゲノムにおける現生人類祖先系統の証拠を示してきました(Kuhlwilm et al., 2016、Hubisz et al., 2020、Chen et al., 2020)。したがって、現生人類とネアンデルタール人との間の混合は少なくとも2回起きており、一方の混合は現生人類(H)からネアンデルタール人(N)への(H→N)25万~20万年前頃の遺伝子流動、もう一方は6万~5万年前頃となるネアンデルタール人から現生人類への(N→H)遺伝子流動から生じました(図1A)。現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の兆候は当初、アルタイ山脈のネアンデルタール人(デニソワ5号)で検出されましたが(Kuhlwilm et al., 2016)、その後はヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人でも見つかり(Hubisz et al., 2020)、これら2系統の分岐前に混合が起きた、と示唆されます(図1A)。以下は本論文の図1です。
H→Nの遺伝子流動に起因するネアンデルタール人のゲノムにおける現生人類祖先系統の観察は、ネアンデルタール人のゲノムにおける遺伝子移入された現生人類配列の動態と重要性に関する重要な問題を提起します。たとえば、現生人類と比較して、ネアンデルタール人の有効人口規模(Nₑ)はかなり小さかったので、遺伝的多様性は低かったでしょう(Prüfer et al., 2014、Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020)。したがって、ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列は、ネアンデルタール人の遺伝的多様性および集団遺伝学的媒介変数の推定に影響を及ぼすかもしれません。さらに、ネアンデルタール人における現生人類祖先系統へとつながった混合事象の回数と時期と規模は、よく定義されていません。最後に、ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列の存在は、ネアンデルタール人祖先系統が現生人類個体群にどのくらい存在するかについて、推定を混乱させるかもしれません。本論文は、これらの問題に取り組み、混合史の範囲と現生人類およびネアンデルタール人両方への影響をより適切に定義するため、方法論的枠組みを開発し、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の規模と結果をより深く理解しました。
●ネアンデルタール人における現生人類からの遺伝子移入された配列の予測される特徴
現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動を調べるための本論文の手法は、人類の混合に関する先行研究でなされた二つの観察に基づいています。第一に、本論文の枠組みは、現生人類とネアンデルタール人との間のNₑのよく知られた違い(Prüfer et al., 2014、Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020)を利用します。第二に、本論文の手法は、H→N およびN→H両方の遺伝子流動がアフリカの個体群で特定されたネアンデルタール人から遺伝子移入された配列の兆候(Chen et al., 2020)にかなり寄与するのに対して、非アフリカ系個体群において検出されたネアンデルタール人から遺伝子移入された配列の兆候はおもにN→H混合の結果である(Green et al., 2010、Chen et al., 2020)、という事実から得られた能力に由来します。
本論文はこれらの観察から、ネアンデルタール人のゲノムにおける遺伝子移入された現生人類の配列は、ネアンデルタール人と比較しての現生人類のより大きいNₑを考慮すると、異型接合性の局所的な水準増加をもたらすだろう(図1B・C)、と仮定しました。仮にそうならば、ネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性の領域は、非アフリカ系個体群においてネアンデルタール人と同定された配列と比較して、アフリカの個体群においてネアンデルタール人と同定される配列と重なることがより多くなる、と予測されます(図1B)。さらに、ネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性の領域が隠される場合、検出された遺伝子移入配列の量は、非アフリカ系現代人と比較してアフリカ人において減少するだろう、と予測され、それは、H→N混合からの兆候が弱まり、それがアフリカの個体群に優先的に影響を及ぼすからです(図1B)。以下では、実証的データを用いて、これらの予測される特徴が評価されます。
●遺伝子移入された現生人類配列で豊富なネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性領域
ネアンデルタール人の異型接合性とアフリカ人および非アフリカ人における遺伝子移入されたネアンデルタール人配列の呼び出しの確立との間の関係を評価するため、IBDmix(Chen et al., 2020)が1000人ゲノム計画の2000個体に適用されました。IBDmixは、古代型ホモ属の参照ゲノムと共有される同祖対立遺伝子である検証ゲノムにおける断片の特定により、遺伝子移入された配列を検出します。偽陽性を軽減するため、最小断片規模閾値が用いられ、以前に物理的距離により指定されました(Chen et al., 2020)。本論文では、IBDmixが拡張され、断片規模が遺伝的距離の単位でも測定可能となり、これにより、物理的距離に基づく閾値と比較して同じ検出力を維持しながら、偽発見率(alse discovery rate、略してFDR)はより低くなります。0.05 cM(センチモルガン)の最小断片規模閾値を用いて、古代型ホモ属の参照ゲノムとして、それぞれヴィンディヤ洞窟(Prüfer et al., 2017)とデニソワ洞窟(Prüfer et al., 2014)とチャギルスカヤ洞窟(Mafessoni et al., 2020)のネアンデルタール人の使用により、全2000個体にわたる遺伝子移入されたネアンデルタール人配列が、92.4 Gb(gigabases、10億塩基対)、85.5 Gb、84.3 Gbと特定されました。
アフリカの個体群におけるIBDmix呼び出しは、非アフリカ系個体群と比較して、ネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性領域と重複するヒトゲノムの一で有意に濃縮されていました(図1D)。たとえば、デニソワ洞窟のネアンデルタール人(デニソワ5号)における高い異型接合性領域の上位5つの百分位数における区画の60%は、アフリカの個体群におけるネアンデルタール人から遺伝子移入された配列の呼び出しと重複しており、比較すると、非アフリカ系個体群における区画ではわずか23%です。同様のパターンは、ヴィンディヤ洞窟とチャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人のゲノムで観察されました。さらに、アフリカの個体群において遺伝子移入された配列の呼び出しと重なる領域におけるネアンデルタール人の異型接合性は、非アフリカ系個体群において遺伝子移入された配列と重なるネアンデルタール人の異型接合性と比較して、8.6倍高くなっています(図1E)。対照として、デニソワ人のゲノムの同じ領域における異型接合性の水準が比較され、アフリカ系と非アフリカ系の個体群間の異型接合性で観察された違いはわずか1.3倍でした(図1E)。さらに、先行研究(Kuhlwilm et al., 2016)は、異型接合性が増加し、現生人類からの遺伝子移入と推定された、デニソワ洞窟のネアンデルタール人(デニソワ5号)のゲノムの162ヶ所の領域を報告しており、そのうち130ヶ所は本論文の高い異型接合性の領域と重なっていて、偶然に予測されるよりも有意に多くなっています。まとめると、これらの観察から、ネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性の領域は現生人類から遺伝子移入された配列で豊富である、と論証されます。
●構成要素供給源へのIBDmix呼び出しの分解
IBDmixがネアンデルタール人からの遺伝子移入として検出したゲノム断片は、H→NとN→H両方の遺伝子流動に由来する配列の混合かもしれません。したがって、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の特徴を具体的に調べるためには、これら2構成要素供給源間の区別が必要です。この目的のため、要約統計であるRIndとRPopが、H→NもしくはN→Hの遺伝子流動に起因する遺伝子移入された配列のIBDmix呼び出し間を区別できるのかどうか、評価されました。
RIndはヨーロッパ人と比較してアフリカ人におけるIBDmixにより呼び出された個体あたりの遺伝子移入された塩基対平均数の比率で、RPopはヨーロッパ人と比較してアフリカ人における1もしくは複数のIBDmix呼び出しにより網羅される参照現代人ゲノムの塩基対数の比率です(Vernot, and Akey., 2015)。1000人ゲノム計画のアフリカの5人口集団とヨーロッパ人のそれぞれを用いてRIndとRPopが推定され、ネアンデルタール人のゲノムにおける異型接合性水準との関係が評価されました(Vernot, and Akey., 2015)。
RIndとRPopは両方とも、シエラレオネのメンデ人(Mende in Sierra Leone、略してMSL)やナイジェリアのイバダンのヨルバ人(Yoruba in Ibadan, Nigeria、略してYRI)やナイジェリアのエサン人(Esan in Nigeria、略してESN)と比較して、ケニアのウェブイェ(Webuye)のルヒヤ人(Luhya、略してLWK)およびガンビア西部地方のガンビア人(Gambian in Western Division, The Gambia、略してGWD)においてより高くなっており、LWKやGWDで遺伝子移入されたネアンデルタール人配列量がより多いことを示唆しています(図2A)。
アフリカの人口集団間のRIndとRPopの定量的違いにも関わらず、アフリカの人口集団はすべて、ネアンデルタール人のゲノムにおける異型接合性の関数として同じパターンを定性的に示しています。とくに、ネアンデルタール人のゲノムが次第により多く隠されるにつれて、安定値へと収束する前に、ネアンデルタール人のゲノムにおける最高の異型接合性を有する区画の上位10%を隠すと、RIndとRPopは急激に減少します。ネアンデルタール人のゲノムにおける最も異型接合的な領域を隠すとRIndとRPopで観察される最初の減少から、遺伝子移入されたネアンデルタール人配列の少なさが、非アフリカ系個体群と比較してアフリカ系個体群で特定される、と示唆されます。以下は本論文の図2です。
RIndとRPopの実験的パターンの解釈に役立てるため、H→Nの遺伝子流動のモデルと、アフリカへの逆移動を伴うN→Hの遺伝子流動のモデルと、H→NおよびN→H両方の遺伝子流動の結合モデルで合着(合祖)模擬実験が実行されました(図2B)。各混合モデルについて、ヨーロッパ人503個体とアフリカ人108個体とネアンデルタール人3個体の1500万塩基対(15Mb)の配列が模擬実験され、IBDmixで遺伝子移入された配列が特定されて、模擬実験されたネアンデルタール人のゲノムにおける異型接合性の関数としてRIndとRPopが計算されました。
H→N混合モデルでは、アフリカ人においてIBDmixにより検出された全てのネアンデルタール人から遺伝子移入された配列は、ネアンデルタール人への現生人類からの遺伝子流動に起因します(図2B)。対照的に、N→Hモデルでは、アフリカ人においてIBDmixにより検出された全てのネアンデルタール人から遺伝子移入された配列は、ネアンデルタール人の配列を有する個体群のアフリカへの逆移動に続く、ネアンデルタール人から非アフリカ系現生人類への遺伝子流動の結果です。結合モデルでは、アフリカ人においてIBDmixにより検出された全てのネアンデルタール人から遺伝子移入された配列は、H→NとN→H両方の遺伝子流動に起因します。
H→Nモデルでは、RIndとRPopはネアンデルタール人のゲノムにおける異型接合性の関数として減少し、ゼロに近づく傾向があります。逆移動のN→Hモデルでは、RIndとRPopは大きく異なる挙動となり、ネアンデルタール人の異型接合性の関数として比較的平坦でした(図2B)。結合モデルでは、RIndとRPopはネアンデルタール人のゲノムにおける異型接合性の関数として減少し、合着系統樹で得られたネアンデルタール人から遺伝子移入された配列を用いての推定に近づく傾向があります。
混合モデル間のRIndとRPopのパターンの違いは、IBDmix呼び出し一式における偽陽性の存在に対して堅牢です。全体的に模擬実験から、逆移動を伴うH→NとN→Hの両方が実証的データにおける観察されたRIndとRPopのパターンに寄与している、と論証されます。具体的には、H→N遺伝子流動は、隠さないRIndおよびRPopのより高い観察された値と、ネアンデルタール人のゲノムの最も異型接合的な区画が隠された場合の急速な減少の説明に必要です。
同様に、逆移動を伴うN→H混合は、ネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性の区画が隠される場合の、実証的データにおけるRIndとRPopの低いもののゼロではない値を説明します。要するに、これらのデータは、遺伝子移入された現生人類の配列がネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性領域に寄与し、RIndおよびRPopとネアンデルタール人の異型接合性の水準との間の関係は、H→NおよびN→Hの遺伝子流動に起因する現生人類において遺伝子移入された配列の割合を定量的に分解するのに使用できる、という追加の証拠を提供します。
●ネアンデルタール人における現生人類祖先系統の割合の推定
次に、RPopとネアンデルタール人の異型接合性との間の関係、および、S*として知られる、非アフリカ系現代人においてネアンデルタール人からの遺伝子移入された配列を検出する直交統計に基づく、ネアンデルタール人における現生人類祖先系統の量を推定する手法が開発されました(Prüfer et al., 2017、Vernot, and Akey., 2014、Vernot et al., 2016)。この手法を用いて、ヴィンディヤ洞窟とデニソワ洞窟のネアンデルタール人のゲノムにはそれぞれ、53.9Mbと80.0Mbの現生人類から遺伝子移入された配列が含まれる、と推定され、これらの推定値は、どのアフリカ人集団をRPopの計算に用いるのか、という選択に対して堅牢です。
隠されたゲノム領域の割合を考慮すると、これはそれぞれ、ヴィンディヤ洞窟とデニソワ洞窟のネアンデルタール人における2.5%と3.7%の現生人類祖先系統に相当し、現代人におけるネアンデルタール人祖先系統の推定量(Vernot, and Akey., 2014、Vernot et al., 2016)よりずっと高くなります。遺伝子オントロジー(gene ontology、略してGO)分析が実行され、現生人類から遺伝子移入された配列が特定のGO生物学的過程および分子機能用語で多いのかどうか、検証されました。
複数仮説の検証の補正後に、有意に多かった(FDR≤0.05)5個の用語が特定されました。豊富なGO用語のうち2個は、金属イオン膜姦通輸送体活性(FDR=7.16×10⁻³)とグルタミン酸受容体シグナル伝達経路(FDR=7.81×10⁻³)で、中枢神経系生物学や神経伝達物質の摂取と代謝や他の神経過程に影響を及ぼす多くの遺伝子から構成されており、そのうちいくつかの変異は、知的障害(CACNG2、GRIA1、SLC6A11)や自閉症(GRIN2B)や他の神経発達障害(GRIK2、GRM7)と関連づけられてきました。しかし、観察されたGOの濃縮結果の生物学的意義のより適切な解釈には、追加の研究が必要です。
●現代人におけるネアンデルタール人祖先系統の推定値の修正
IBDmixで検出されたネアンデルタール人配列の総量は、ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列量を推定するための同じ方法論的枠組みを用いて、N→HおよびH→Nの遺伝子流動に起因する量に分解できます。しかし、これらの分析では、RPopの代わりにRIndが用いられ、それは、本論文の目的が、RIndでは計算がより簡単な、個体あたりの遺伝子移入された配列量の推定だからです。本論文の手法を評価するため、模擬実験が行なわれ、この手法が、組換え率の不均一性やネアンデルタール人の有効人口規模やH→N遺伝子流動の時期と規模を含めて、いくつかの潜在的な交絡変数に対して堅牢である、と分かりました。
ネアンデルタール人の参照ゲノムとしてヴィンディヤ個体を用いると、IBDmixはアジア東部人とアジア南部人とヨーロッパ人でそれぞれ、1個体あたり合計で62.3Mbと60.1Mbと55.8Mbのネアンデルタール人配列を特定しました。N→H遺伝子流動に起因するIBDmixで特定された合計ネアンデルタール人配列の割合(と量)は、アジア東部人とアジア南部人とヨーロッパ人でそれぞれ、91.1%(56.8 Mb)と92.3%(55.5 Mb)と91.8%(51.2Mb)です(図3)。アフリカ人集団においては、1個体あたりのIBDmixで検出されたネアンデルタール人配列の総量の範囲は、YRIの6.2MbからLWKの8.0Mbでした。N→H 遺伝子流動に起因するIBDmixで特定されたネアンデルタール人配列の割合(と量)の範囲は、低い集団ではMSLの25.6%(1.8Mb)から、高い集団ではGWDの39.4%(2.9Mb)でした(図3)。以下は本論文の図3です。
これらの結果は、参照ゲノムとしてデニソワ洞窟のネアンデルタール人個体を用いても大まかには一致していますが(図3)、例外は、中程度に増加するH→N遺伝子流動に起因する、IBDmixにより呼び出されたネアンデルタール人配列の合計の推定割合です。まとめると、これらのデータから、アフリカ人と非アフリカ人におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入された配列は、H→NとN→H両方の遺伝子流動により影響を受けたものの、その相対的寄与は人口集団間で異なる、と示されます。
●以前の推定より有意に小さいネアンデルタール人の人口規模
ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列の存在は、そのNₑ(有効人口規模)の推定値に影響を及ぼすかもしれません。この仮説を検証するため、現生人類からネアンデルタール人への混合の補正前後で、ネアンデルタール人系統の長期Nₑの推定値が比較されました。H→N遺伝子流動を考慮しないと、デニソワ洞窟とチャギルスカヤ洞窟とヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人個体【により表される集団】の推定される長期のNₑはそれぞれ、3369個体(95%信頼区間で3036~3520個体)と2964個体(95%信頼区間で2765~3148個体)と3408個体(95%信頼区間で3209~3554個体)で(図4A)、以前の推定値(Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020)と類似しています。
アフリカ人のIBDmix呼び出しと重複したネアンデルタール人ゲノムの領域を隠すことによる現生人類から遺伝子移入された配列の除去後には、長期Nₑはネアンデルタール人3系統(デニソワ洞窟とチャギルスカヤ洞窟とヴィンディヤ洞窟)すべてで有意に減少しました。具体的には、デニソワ洞窟個体とチャギルスカヤ洞窟個体とヴィンディヤ洞窟個体【により表される集団】で推定されたNₑはそれぞれ、2484個体(95%信頼区間で2223~2639個体)と2379個体(95%信頼区間で2181~2569個体)と2807個体(95%信頼区間で2622~2959個体)に減少しました(図4A)。これは、デニソワ洞窟個体とチャギルスカヤ洞窟個体とヴィンディヤ洞窟個体【により表される集団】における、それぞれ26.3%と19.7%と17.5%の長期Nₑの減少を構成します。以下は本論文の図4です。
これらの結果の堅牢性を評価するためにまず、ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列を有するゲノム領域を隠す場合と隠さない場合で、デニソワ人におけるNₑが推定されました。予測されたように、デニソワ人のNₑ推定値は、わずか1.92%(3824個体に対して3899個体)しか違いませんでした。合着模擬実験により、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の観察された量は、実証的データに比例した量でネアンデルタール人におけるNₑ推定値を上昇させるかもしれない、と確証されました。
H→N遺伝子流動を考慮した場合のNₑのより小さな推定値が、アフリカの個体群における遺伝子座固有の変異率の異質性および偽陽性のIBDmixに対して堅牢と示す分析も実行されました。さらに、対での逐次マルコフ合着(pairwise sequentially Markovian coalescent、略してPSMC)を用いてNₑが推定され、それも、現生人類から遺伝子移入された配列について考慮すると、経時的なNₑの推定値がより小さくなることを示します。逆に、デニソワ人とムブティ人のPSMC推定値は、ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列を有する領域の除去の有無に関わらず、変わりませんでした(図4B)。
Nₑの以前の推定値(Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020)は、デニソワ洞窟とヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人個体でほぼ同じでした。しかし、現生人類から遺伝子移入された配列を考慮すると、ヴィンディヤ洞窟個体【により表される集団】のNₑはデニソワ洞窟個体【により表される集団】より13%多い、と分かり、デニソワ洞窟個体【により表される集団】は他のネアンデルタール人系統との分岐後にNₑがより小さくなった、と示唆されます。模擬実験が実行され、デニソワ洞窟系統がヴィンディヤ洞窟およびチャギルスカヤ洞窟系統の共通祖先から分岐した後のデニソワ洞窟系統のNₑと、チャギルスカヤ洞窟系統がヴィンディヤ洞窟との共通祖先から分岐した後のチャギルスカヤ洞窟系統のNₑが推定されました。ヴィンディヤ洞窟系統と比較してのNₑの規模は、デニソワ洞窟系統が45%、チャギルスカヤ洞窟系統が27%と推定されます。これらの推定値は、H→N遺伝子流動の異なる時期と規模を仮定するさいにも、同様です。
これらのデータから、ネアンデルタール人の系統間人口規模は、以前に考えられていたよりも小さくて変動的だった、と示されます。長期Nₑの20%とより低い推定値は、現生人類への遺伝子移入の代価に重要な意味を有しており、それは、長期Nₑのより低い推定値が、おもに非アフリカ系人口集団の祖先によりその後で継承された、ネアンデルタール人においてより有害な変異の蓄積を可能とするかもしれないからです(Petr et al., 2019、Juric et al., 2016)。
●現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の異なる2回の波動の証拠
先行研究(Kuhlwilm et al., 2016、Hubisz et al., 2020、Chen et al., 2020)は、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の証拠を見つけてきましたが、単一の混合期間を想定しており、より複雑なモデルは調べられてきませんでした。本論文は、ネアンデルタール人におけるNₑの修正推定値を用いて、H→N遺伝子流動の単一対複数の波動モデルを評価しました。本論文はまず、30万~20万年前頃となる初期現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動に関する以前の推定(Hubisz et al., 2020)を確証できるのかどうか、検証しました。その結果、本論文のデータが最も一致したモデルではH→N混合の割合が5%で、その混合時期は20万年前頃か、あるいは、混合割合は10%で、その混合時期25万年前頃だったものの、データは、混合割合が10%で、その混合は20万年前頃に起きた、とのモデルとは一貫性があまりない、と分かりました。
デニソワ洞窟(122000年前頃、Prüfer et al., 2017)とチャギルスカヤ洞窟(8万年前頃、Mafessoni et al., 2020)とヴィンディヤ洞窟(52000年前頃、Prüfer et al., 2017)のネアンデルタール人の時間的差異を活用して、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の追加の波のある混合モデルを評価するための手法が開発されました。具体的には、ヴィンディヤ洞窟かチャギルスカヤ洞窟かその両方のネアンデルタール人が、デニソワ洞窟のネアンデルタール人と比較して、H→N混合の追加の波を受け取ったのかどうか、問われました。1回対2回の波動の混合モデルが、集団遺伝学におけるさまざまな推論問題で用いられてきた、近似ベイズ計算(approximate Bayesian computation、略してABC)により形式的に評価されました。ABCでは、要約統計量が用いられ、観察されたデータと模擬実験されたデータとの間の適合性が評価され、この情報は異なるモデルの近似事後確率とモデル媒介変数の近似事後分布の計算のための基礎を提供します。
混合モデルの評価にABC手法を実行するためにまず、H→N遺伝子流動の1回と2回の波動モデルを区別するための情報をもたらすかもしれないデータにおいて、10個の要約統計が作成されました。各要約統計が、第二の混合の時間TH→Nおよび規模αH→Nにより媒介変数で表記された、 1個の1回のモデルと20個の2回の波動モデルで計算された合着模擬実験を通じて、情報性が評価されました。2回の波動モデルそれぞれについて、1回と2回の波動の混合モデル間を区別する要約統計の検出力と、効果規模の測定であるコーエンのD( Cohen’s D)が計算されました。各要約統計は、検討された媒介変数空間の少なくともについて、高い(80%以上)検出力と中程度から大きな効果規模を示しましたので、ABCモデルにおける10個の要約統計すべてが保持されました。
次に、広範な合着模擬実験を通じて、本論文のABC枠組みの検出力が評価されました。要するに、各複製について、ABC 分析で「実際のデータ」として扱われた、10通りの2回の波動モデルの1120個体でWGSデータが模擬実験されました。次に、2回の波動モデルと1回の波動モデルとの間の近似事後確率の比率として定義されるベイズ因子(Bayes factor、略してBF)が計算され、BF ≥t(複数の閾値であるtが検討されました)で、1回の波動モデルに対して2回の波動モデルを正しく選択した、総模擬実験複製の割合として検出力が推定されました。本論文のABC手法は広範囲の2回の波動モデル全体で高い検出力(80%以上)を示し、一部のモデルはBFが50以上でした。さらに、αH→NとTH→Nの事後形態はほぼ常に、真の媒介変数値と一致しました。第二の波動の規模が小さく、過去においてより古い時代に起きた時には、検出力はより低くなりました(αH→Nが0.25%で、TH→Nが12万年以上前)。1回の波動モデルから模擬実験された複製でABC分析の実行により偽陽性率(false positive rate、略してFPR)も推定され、予測されたように、FPRはBF閾値が増加するにつれて減少し、BFが5以上では、FPRは2×10⁻⁴未満です。
本論文のABC手法が実証的データに適用され、ヴィンディヤ個体系統とチャギルスカヤ個体系統におけるH→N遺伝子流動の追加の波に関する仮説が検証されました。ABC分析では、観察されたデータが、TH→N(6万年前頃、8万年前頃・・・14万年前頃)とαH→N(0.25%、0.50%・・・2%)により媒介変数で表記された、1通りの1回の波動モデルおよび40通りの2回の波動モデルから模擬実験されたデータと比較されました。ヴィンディヤ個体系統とチャギルスカヤ個体系統がデニソワ個体系統と14万年前頃(Prüfer et al., 2017)に分岐し、ヴィンディヤ系統とチャギルスカヤ系統の化石がそれぞれ52000年前頃(Prüfer et al., 2017)および8万年前頃(Mafessoni et al., 2020)と推定されたことを考えると、要注意なのは、検討されたTH→Nの範囲が遺伝子流動の第二のH→Nの波動の妥当な年代の上限と下限を網羅していることです。
ヴィンディヤ個体とチャギルスカヤ個体の両方が、H→N遺伝子流動の第二の波動の有意な証拠を示しました。具体的には、ヴィンディヤ個体とチャギルスカヤ個体はそれぞれ、12通りと5通りの2回の波動モデルで、BFが20以上でした。ヴィンディヤ個体について最も裏づけられた2回の波動モデル(BFが123)は、TH→Nが10万年前頃に起きた、αH→Nの混合割合が0.5%の、遺伝子流動の追加の波動でした。同様に、チャギルスカヤ個体について最も裏づけられた2回の波動モデル(BFが67)は、TH→Nが12万年前頃に起きた、αH→Nの混合割合が0.5%の、遺伝子流動の追加の波動でした。ヴィンディヤ個体とチャギルスカヤ個体について、最高の近似事後確率を有する、TH→NとαH→Nの値もありました。
これらの結果が堅牢であることを保証するため、D統計を計算する場合のみ塩基転換(transversion、ピリミジン塩基とプリン塩基との間の置換)を用いてABC分析が実行され、TH→NとαH→Nの本論文の推定値は変わらなかった、と分かりました。これらの推定値は、「abc」一括に実装されている神経網補正を用いて得られた推定値と類似していました。全体的に、ABCの結果はヴィンディヤ個体とチャギルスカヤ個体の間で大まかには合致しており(図5A)、H→N 混合の最初の波と比較してかなり小規模の12万~10万年前頃となる現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動と一致しています(図5B)。以下は本論文の図5です。
●考察
現代人と古代人のゲノムの配列決定および分析における進歩により、人類進化史および現生人類と絶滅人類との間の完結への注目すべき洞察が可能になりました(Nielsen et al., 2017)。たとえば、ネアンデルタール人と現生人類から得られたWGSデータの分析は、現生人類のゲノムへとネアンデルタール人廃立の遺伝子移入をもたらした、6万~5万年前頃に起きた、今ではよく特徴づけられている混合を明らかにしました(Green et al., 2010)。本論文では、現生人類とネアンデルタール人との間の遺伝子流動の長い混合史および動態への洞察が提供されます。本論文のデータから、先行研究(Kuhlwilm et al., 2016、Hubisz et al., 2020、Chen et al., 2020)とともに、25万~20万年前頃に始まった遺伝子流動の繰り返しの事象が、現生人類とネアンデルタール人の両方のゲノムと生物学に影響を及ぼした、と示されます。
先行研究(Chen et al., 2020)で予測されたように、本論文では、H→NとN→H両方の遺伝子流動が、1000人ゲノム計画計画人口集団におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入された配列のIBDmix呼び出しに寄与しており、人口集団間で相対的な寄与が異なる、と分かりました。調べられた非アフリカ系人口集団では、N→H遺伝子流動が検出された遺伝子移入された配列の約90%を占めるのに対して、調べられたアフリカの人口集団では、H→N遺伝子流動が、使用された特定の人口集団およびネアンデルタール人の参照ゲノムに応じて、兆候の61~82%を占めます。同様に、最近の研究(Harris et al., 2023)はIBDmixを用いて、サハラ砂漠以南のアフリカの12の人口集団におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入された配列を特定しました。
先行研究(Chen et al., 2020)および本論文と一致して、最近の研究(Harris et al., 2023)では、H→NとN→Hの遺伝子流動が調べられた人口集団のうち4集団についてIBDmixで検出された配列に寄与した、と明らかになりました。しかし、他のサハラ砂漠以南のアフリカの8人口集団については、H→N遺伝子流動が、ネアンデルタール人祖先系統のIBDmixで検出された兆候の全て若しくはほぼ全てを占めている、と推定されました(Harris et al., 2023)。したがって、一部のサハラ砂漠以南のアフリカの人口集団は、ネアンデルタール人から遺伝子移入された配列を有していないかもしれません。要注意なのは、IBDmixがアレル(対立遺伝子)頻度推定値に敏感で(Chen et al., 2020)、調べられた人口集団の標本規模は比較的小さく、潜在的な遺伝的構造があり(Harris et al., 2023)、それが遺伝子移入された配列を検出するIBDmixの検出力を減少させるかもしれない(Chen et al., 2020)、ということです。
それにも関わらず、すべての現在の人口集団は、H→N遺伝子流動につながった共有された歴史的拡散の兆候を有しているものの、N→H混合に寄与した遺伝子移入された断片の量がアフリカ大陸全体で不均一に分布していることは、明確なようです。遺伝的および地理的に多様なアフリカの人口集団に関する追加の研究が、アフリカ全域におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入された配列の分布をより正確に特定するために必要でしょう。そうしたデータは、アフリカの人口集団間の混合の歴史的パターンとアフリカ全域での移動の時期および経路への洞察を提供するかもしれません。さらに、多様なアフリカの人口集団の将来の研究で発見される少量のネアンデルタール人祖先系統さえ、大きく充分な標本規模から堅牢に推測されれば、アフリカ人の進化史の理解に重要な意味を有するでしょう。
H→N混合の最初の波は25万~20万年前頃に起き、アフリカからの現生人類の初期拡散を表しています。この初期拡散は大まかには、アフリカ内およびアフリカ外両方の化石記録と一致します。たとえば、解剖学的現代人の最初の形態学的特徴はアフリカにおいて30万年前頃に出現し(Hublin et al., 2017、Scerri et al., 2018、Richter et al., 2017)、エチオピア南部で発見された完全に解剖学的に現代的な化石遺骸の下限年代は233000年前頃です(Vidal et al., 2022)。したがって、初期現生人類から完全な解剖学的現代人がこの期間に存在していました。さらに、化石記録から、初期現生人類はアフリカから遅くとも20万年前頃までに拡散した、と示されています(Harvati et al., 2019、Hershkovitz et al., 2018)。
とくに関連があるのは、ギリシア南部のマニ半島のアピディマ(Apidima)洞窟で1発見された21万年前頃となるアピディマ1号(Apidima 1)化石で、この化石から、これら初期のアフリカからの離散はレヴァント(Hershkovitz et al., 2018)に限定されず、一部の事例ではかなりの距離にまたがっていた、と示されます。H→N混合の最初の波が起きた場所の推測は困難ですが、時空間的に追加の点にまたがるより多くのネアンデルタール人ゲノムの配列決定は、この問題に取り組む上で有益でしょう。最後に、アフリカからのこれら初期の移動がデニソワ人の範囲にまで広がったのかどうか、分からないままですが、現生人類からデニソワ人への遺伝子流動の証拠を探す将来の研究は、以前には知られていなかったアフリカからの拡散の特定と、その時期および範囲への洞察の提供に役立つかもしれません。
12万~10万年前頃となる、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の追加の波動の証拠も見つかりました。この時期は、13万~96000年前頃のナイル・シナイ陸橋の存在(Beyer et al., 2021)と、現生人類がこの期間にレヴァントとアラビア半島(Groucut et al., 2018、Groucutt et al., 2021)に到達したことを示す化石および考古学的データと一致します。要注意なのは、複雑な人口統計学的モデルの推測は困難で、追加のモデルもデータと一致するかもしれないことです。しかし、本論文の結果は、他の考古学(Slimak et al., 2022)や地理学(Beyer et al., 2021、Groucut et al., 2018、Groucutt et al., 2021)や遺伝学(Kuhlwilm et al., 2016、Hubisz et al., 2020、Chen et al., 2020、Petr et al., 2020、Posth et al., 2017)の証拠と組み合わせると、現在の非アフリカ系人口集団は6万~5万年前頃の単一のアフリカからの拡散にその祖先系統のほとんどをたどることができるものの、これら初期の事実上絶滅した現生人類のアフリカからの拡散はそれに基づいて、人類進化史において重要な役割を果たした、と論証します。
より広くは、本論文において説明された約20万年間にわる現生人類とネアンデルタール人との間の繰り返しの遺伝子流動の定量的パターンは、ネアンデルタール人の消滅と恐らくは関連する要因についての展望を提供します。具体的には、H→N遺伝子流動の規模は、25万~20万年前頃の5~10%から、12万~10万年前頃の0.5%、47000~39000年前頃に生存していた後期ネアンデルタール人の0%(Hajdinjak et al., 2018)まで、経時的に減少した、と示されます。逆に、H→N遺伝子流動が止まると、N→H混合の多くの事例が出現し始めました。これらには、高ければ10%の当初のネアンデルタール人との混合割合となる6万~5万年前頃のN→H遺伝子流動や、おそらくはアジア東部人など特定の現生人類集団においてN→H混合の追加の波(Nielsen et al., 2017、Wolf, and Akey., 2018)や、より新しいN→H 遺伝子流動の証拠を示す、45000~39000年前頃に生存していた一部の初期現生人類からの古代DNA(Fu et al., 2015、Hajdinjak et al., 2021)が含まれます。
この非対称的な混合パターンは、遺伝子流動が当初のH→Nから次にN→Hの1方向で検出され、経時的に規模が減少し、最終的には、現生人類をネアンデルタール人の遺伝子プールに吸収するのに充分な大きさではない地点に到達した、ネアンデルタール人集団を示唆します。この時点で、遺伝子流動は逆方向へと変わり、現生人類へのネアンデルタール人の遺伝の1方向の流れが、ネアンデルタール人の消滅に寄与したかもしれません(Stringer, and Crété., 2022)。具体的には、現生人類がユーラシア全域へと拡大するにつれての現生人類集団へのネアンデルタール人の同化は、現生人類集団の規模を効率的に増加させた一方で、同時にすでに危険な状態にあったネアンデルタール人集団の規模を減少させたでしょう。ネアンデルタール人の有効人口規模は以前の推定よりさらに小さかった可能性が高い、という本論文の調査結果は、同化過程をさらに促進し、現生人類による後期ネアンデルタール人におけるY染色体(Petr et al., 2020)とミトコンドリアDNA(Posth et al., 2017)の置換は、現生人類と共存していたわずかな残存人類系統の一つの消滅へと向かう、不可逆的な経路を示していたのかもしれません。
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現生人類との混合がネアンデルタール人のゲノムの差異のパターンなどのように影響を及ぼしたのか、より深く理解することは、人類進化史への洞察を提供できるかもしれません。たとえば、ネアンデルタール人における現生人類の祖先から継承されたDNA配列は、混合の頻度や規模や時期およびネアンデルタール人の集団遺伝学的特徴に関する仮説の検証に使用できます。ネアンデルタール人における遺伝子移入された現生人類の配列は、現在の個体群におけるネアンデルタール人祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)の推定の改良にも使用できます。本論文は、現生人類の祖先から継承された配列はネアンデルタール人のゲノム全体にわたって、平均的には遺伝的により多様になり、異型接合性の局所的増加をもたらすだろう、との予想に基づいて予測される、ネアンデルタール人における遺伝子移入された現生人類配列を調べるための、単純な枠組みを開発しました。
まず、1000人ゲノム計画により配列決定された現代人2000個体における遺伝子移入されたネアンデルタール人配列を特定する、IBDmixと呼ばれる手法が用いられました。その結果、1000人ゲノム計画のアフリカの個体群におけるネアンデルタール人としてIBDmixにより特定された配列が、ネアンデルタール人のゲノムにおいて高い異型接合性の領域において顕著に脳食されているのに対して、非アフリカ系個体群において遺伝子移入されたと検出された配列では、そうした濃縮は観察されない、と分かりました。本論文は、これらのパターンが現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動に起因する、と示し、クロアチアのヴィンディヤ(Vindija)洞窟やシベリア南部のアルタイ山脈のネアンデルタール人のゲノムはそれぞれ、現生人類から遺伝子移入された5390万塩基対(2.5%)と8000万塩基対(3.7%)の配列を有している、と推定されます。ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列を活用し、現代人におけるネアンデルタール人から遺伝子移入された配列量の推定が修正されました。本論文ではさらに、現生人類から遺伝子移入された配列がネアンデルタール人の人口規模を過大評価させる原因となり、その影響を考慮すると、ネアンデルタール人の人口規模の推定は約20%減少する、と示されます。最後に、本論文では、ネアンデルタール人への現生人類からの遺伝子流動の2回の異なる時期の証拠が見つかりました。
本論文の結果は、現生人類とネアンデルタール人との間の混合の歴史への洞察を提供し、遺伝子流動は現生人類とネアンデルタール人のゲノムの差異のパターンにかなりの影響を及ぼして、ネアンデルタール人における現生人類からの遺伝子移入された配列を考慮すると、ネアンデルタール人と現生人類の両方における混合とその結果のより正確な推測が可能になる、と示します。より一般的には、より小さな推定される人口規模と推測される混合動態は、経時的に規模が減少し、最終的には現生人類の遺伝子プールに吸収されたネアンデルタール人集団と一致します。
●要約
現生人類の祖先とネアンデルタール人が混合したことはよく知られていますが、ネアンデルタール人のゲノムへの遺伝子流動の影響はよく理解されていません。本論文は、ネアンデルタール人におけるヒト【現生人類】から遺伝子移入された配列の量を推定する手法を開発し、それを現代人2000個体およびネアンデルタール人3個体の全ゲノムデータに適用します。本論文は、ネアンデルタール人が2.5~3.7%のヒト【現生人類】祖先系統を有している、と推定し、ネアンデルタール人におけるヒト【現生人類】から遺伝子移入された配列を活用して、現代人におけるネアンデルタール人祖先系統の推定を修正し、ネアンデルタール人の人口規模は以前の推定より顕著に小さいと示し、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の異なる2回の波動を特定します。本論文のデータは、現生人類とネアンデルタール人との間の繰り返しの遺伝子流動の遺伝的遺産への洞察を提供します。以下は本論文の要約図です。
●研究史
古代DNA研究では、現生人類とネアンデルタール人と種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の間の混合が、人類進化史において顕著な役割を果たしてきた、と示されてきました(Zeberg et al., 2024)。ネアンデルタール人およびデニソワ人(関連記事)個体群から得られた遺伝的データは蓄積され続けていますが(Green et al., 2010、Prüfer et al., 2014、Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020、Meyer et al., 2012、Skov et al., 2022、Hajdinjak et al., 2018、Bokelmann et al., 2019、Slon et al., 2018)、人類系統間の遺伝子流動の推測はおもに、ネアンデルタール人3個体(Prüfer et al., 2014、Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020)とデニソワ人1個体(Meyer et al., 2012)から得られた高網羅率の全ゲノム配列(whole-genome sequence、略してWGS)に焦点を当ててきました。
ヴィンディヤ洞窟(Prüfer et al., 2017)およびチャギルスカヤ(Chagyrskaya)洞窟(Mafessoni et al., 2020)のネアンデルタール人がそれぞれ、クロアチアとシベリア南部のアルタイ山脈で発掘されたのに対して、アルタイ山脈のネアンデルタール人(Prüfer et al., 2014、デニソワ5号と呼ばれています)とデニソワ人(Meyer et al., 2012、デニソワ3号と呼ばれています)は両方とも、デニソワ(Denisova)洞窟で発掘されました。これらのゲノムは何千個体もの現代人のWGSデータと組み合わされて、遺伝子流動を含めて、現生人類とネアンデルタール人との間(Green et al., 2010、Prüfer et al., 2014、Nielsen et al., 2017)、現生人類と異なるデニソワ人2集団との間(Browning et al., 2018)、ネアンデルタール人とデニソワ人との間(Prüfer et al., 2014、Peter., 2020)の相互作用網を明らかにしてきており、ネアンデルタール人の母親とデニソワ人の父親の交雑第一世代も含まれます(Slon et al., 2018)。現代人では、非アフリカ系個体群のゲノムの約2%はネアンデルタール人の祖先に由来し(Green et al., 2010)、メラネシアの個体群とオーストラリア先住民の祖先系統は、そのゲノムのさらに2~5%をデニソワ人の祖先にたどることができ、特定のフィリピン人集団ではデニソワ人由来のゲノム領域の割合が最高水準となります(Wolf, and Akey., 2018、Larena et al., 2021)。
混合割合の推定に加えて、ネアンデルタール人およびデニソワ人から継承された現生人類のゲノムにおける特定のDNA配列を識別するため、多くの手法が開発されてきました(Wolf, and Akey., 2018)。その結果得られた遺伝子移入された配列の目録により、その機能と表現型と進化の結果の研究が可能になってきました(Gittelman et al., 2016、McCoy et al., 2017、Simonti et al., 2016、Zeberg, and Pääbo., 2020、Reilly et al., 2022)。たとえば、現代人におけるネアンデルタール人から遺伝子移入された配列の分析では、そうした配列が浄化選択および正の選択の標的で(Vernot, and Akey., 2014、Sankararaman et al., 2014、Petr et al., 2019)、より改良された混合モデルの開発を促し(Vernot, and Akey., 2014、Vernot et al., 2016、Villanea, and Schraiber., 2019、Kim, and Lohmueller., 2015、Quilodrán et al., 2023)、混合の表現型の遺産への洞察を可能にしてきた(Reilly et al., 2022)、と示されてきました。
ネアンデルタール人との混合が現生人類のゲノムにどのように影響したのかについての詳細な研究とは対照的に、比較すると、混合がネアンデルタール人のゲノムに及ぼした影響については、ほとんど分かっていません。いくつかの研究は、非アフリカ系現代人の祖先系統の大半をたどることができる(Malaspinas et al., 2016、Mallick et al., 2016、Pagani et al., 2016)、6万年前頃のアフリカからの拡散(Nielsen et al., 2017、Bergström et al., 2021)に先行する混合の結果としての、ネアンデルタール人のゲノムにおける現生人類祖先系統の証拠を示してきました(Kuhlwilm et al., 2016、Hubisz et al., 2020、Chen et al., 2020)。したがって、現生人類とネアンデルタール人との間の混合は少なくとも2回起きており、一方の混合は現生人類(H)からネアンデルタール人(N)への(H→N)25万~20万年前頃の遺伝子流動、もう一方は6万~5万年前頃となるネアンデルタール人から現生人類への(N→H)遺伝子流動から生じました(図1A)。現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の兆候は当初、アルタイ山脈のネアンデルタール人(デニソワ5号)で検出されましたが(Kuhlwilm et al., 2016)、その後はヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人でも見つかり(Hubisz et al., 2020)、これら2系統の分岐前に混合が起きた、と示唆されます(図1A)。以下は本論文の図1です。
H→Nの遺伝子流動に起因するネアンデルタール人のゲノムにおける現生人類祖先系統の観察は、ネアンデルタール人のゲノムにおける遺伝子移入された現生人類配列の動態と重要性に関する重要な問題を提起します。たとえば、現生人類と比較して、ネアンデルタール人の有効人口規模(Nₑ)はかなり小さかったので、遺伝的多様性は低かったでしょう(Prüfer et al., 2014、Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020)。したがって、ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列は、ネアンデルタール人の遺伝的多様性および集団遺伝学的媒介変数の推定に影響を及ぼすかもしれません。さらに、ネアンデルタール人における現生人類祖先系統へとつながった混合事象の回数と時期と規模は、よく定義されていません。最後に、ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列の存在は、ネアンデルタール人祖先系統が現生人類個体群にどのくらい存在するかについて、推定を混乱させるかもしれません。本論文は、これらの問題に取り組み、混合史の範囲と現生人類およびネアンデルタール人両方への影響をより適切に定義するため、方法論的枠組みを開発し、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の規模と結果をより深く理解しました。
●ネアンデルタール人における現生人類からの遺伝子移入された配列の予測される特徴
現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動を調べるための本論文の手法は、人類の混合に関する先行研究でなされた二つの観察に基づいています。第一に、本論文の枠組みは、現生人類とネアンデルタール人との間のNₑのよく知られた違い(Prüfer et al., 2014、Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020)を利用します。第二に、本論文の手法は、H→N およびN→H両方の遺伝子流動がアフリカの個体群で特定されたネアンデルタール人から遺伝子移入された配列の兆候(Chen et al., 2020)にかなり寄与するのに対して、非アフリカ系個体群において検出されたネアンデルタール人から遺伝子移入された配列の兆候はおもにN→H混合の結果である(Green et al., 2010、Chen et al., 2020)、という事実から得られた能力に由来します。
本論文はこれらの観察から、ネアンデルタール人のゲノムにおける遺伝子移入された現生人類の配列は、ネアンデルタール人と比較しての現生人類のより大きいNₑを考慮すると、異型接合性の局所的な水準増加をもたらすだろう(図1B・C)、と仮定しました。仮にそうならば、ネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性の領域は、非アフリカ系個体群においてネアンデルタール人と同定された配列と比較して、アフリカの個体群においてネアンデルタール人と同定される配列と重なることがより多くなる、と予測されます(図1B)。さらに、ネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性の領域が隠される場合、検出された遺伝子移入配列の量は、非アフリカ系現代人と比較してアフリカ人において減少するだろう、と予測され、それは、H→N混合からの兆候が弱まり、それがアフリカの個体群に優先的に影響を及ぼすからです(図1B)。以下では、実証的データを用いて、これらの予測される特徴が評価されます。
●遺伝子移入された現生人類配列で豊富なネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性領域
ネアンデルタール人の異型接合性とアフリカ人および非アフリカ人における遺伝子移入されたネアンデルタール人配列の呼び出しの確立との間の関係を評価するため、IBDmix(Chen et al., 2020)が1000人ゲノム計画の2000個体に適用されました。IBDmixは、古代型ホモ属の参照ゲノムと共有される同祖対立遺伝子である検証ゲノムにおける断片の特定により、遺伝子移入された配列を検出します。偽陽性を軽減するため、最小断片規模閾値が用いられ、以前に物理的距離により指定されました(Chen et al., 2020)。本論文では、IBDmixが拡張され、断片規模が遺伝的距離の単位でも測定可能となり、これにより、物理的距離に基づく閾値と比較して同じ検出力を維持しながら、偽発見率(alse discovery rate、略してFDR)はより低くなります。0.05 cM(センチモルガン)の最小断片規模閾値を用いて、古代型ホモ属の参照ゲノムとして、それぞれヴィンディヤ洞窟(Prüfer et al., 2017)とデニソワ洞窟(Prüfer et al., 2014)とチャギルスカヤ洞窟(Mafessoni et al., 2020)のネアンデルタール人の使用により、全2000個体にわたる遺伝子移入されたネアンデルタール人配列が、92.4 Gb(gigabases、10億塩基対)、85.5 Gb、84.3 Gbと特定されました。
アフリカの個体群におけるIBDmix呼び出しは、非アフリカ系個体群と比較して、ネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性領域と重複するヒトゲノムの一で有意に濃縮されていました(図1D)。たとえば、デニソワ洞窟のネアンデルタール人(デニソワ5号)における高い異型接合性領域の上位5つの百分位数における区画の60%は、アフリカの個体群におけるネアンデルタール人から遺伝子移入された配列の呼び出しと重複しており、比較すると、非アフリカ系個体群における区画ではわずか23%です。同様のパターンは、ヴィンディヤ洞窟とチャギルスカヤ洞窟のネアンデルタール人のゲノムで観察されました。さらに、アフリカの個体群において遺伝子移入された配列の呼び出しと重なる領域におけるネアンデルタール人の異型接合性は、非アフリカ系個体群において遺伝子移入された配列と重なるネアンデルタール人の異型接合性と比較して、8.6倍高くなっています(図1E)。対照として、デニソワ人のゲノムの同じ領域における異型接合性の水準が比較され、アフリカ系と非アフリカ系の個体群間の異型接合性で観察された違いはわずか1.3倍でした(図1E)。さらに、先行研究(Kuhlwilm et al., 2016)は、異型接合性が増加し、現生人類からの遺伝子移入と推定された、デニソワ洞窟のネアンデルタール人(デニソワ5号)のゲノムの162ヶ所の領域を報告しており、そのうち130ヶ所は本論文の高い異型接合性の領域と重なっていて、偶然に予測されるよりも有意に多くなっています。まとめると、これらの観察から、ネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性の領域は現生人類から遺伝子移入された配列で豊富である、と論証されます。
●構成要素供給源へのIBDmix呼び出しの分解
IBDmixがネアンデルタール人からの遺伝子移入として検出したゲノム断片は、H→NとN→H両方の遺伝子流動に由来する配列の混合かもしれません。したがって、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の特徴を具体的に調べるためには、これら2構成要素供給源間の区別が必要です。この目的のため、要約統計であるRIndとRPopが、H→NもしくはN→Hの遺伝子流動に起因する遺伝子移入された配列のIBDmix呼び出し間を区別できるのかどうか、評価されました。
RIndはヨーロッパ人と比較してアフリカ人におけるIBDmixにより呼び出された個体あたりの遺伝子移入された塩基対平均数の比率で、RPopはヨーロッパ人と比較してアフリカ人における1もしくは複数のIBDmix呼び出しにより網羅される参照現代人ゲノムの塩基対数の比率です(Vernot, and Akey., 2015)。1000人ゲノム計画のアフリカの5人口集団とヨーロッパ人のそれぞれを用いてRIndとRPopが推定され、ネアンデルタール人のゲノムにおける異型接合性水準との関係が評価されました(Vernot, and Akey., 2015)。
RIndとRPopは両方とも、シエラレオネのメンデ人(Mende in Sierra Leone、略してMSL)やナイジェリアのイバダンのヨルバ人(Yoruba in Ibadan, Nigeria、略してYRI)やナイジェリアのエサン人(Esan in Nigeria、略してESN)と比較して、ケニアのウェブイェ(Webuye)のルヒヤ人(Luhya、略してLWK)およびガンビア西部地方のガンビア人(Gambian in Western Division, The Gambia、略してGWD)においてより高くなっており、LWKやGWDで遺伝子移入されたネアンデルタール人配列量がより多いことを示唆しています(図2A)。
アフリカの人口集団間のRIndとRPopの定量的違いにも関わらず、アフリカの人口集団はすべて、ネアンデルタール人のゲノムにおける異型接合性の関数として同じパターンを定性的に示しています。とくに、ネアンデルタール人のゲノムが次第により多く隠されるにつれて、安定値へと収束する前に、ネアンデルタール人のゲノムにおける最高の異型接合性を有する区画の上位10%を隠すと、RIndとRPopは急激に減少します。ネアンデルタール人のゲノムにおける最も異型接合的な領域を隠すとRIndとRPopで観察される最初の減少から、遺伝子移入されたネアンデルタール人配列の少なさが、非アフリカ系個体群と比較してアフリカ系個体群で特定される、と示唆されます。以下は本論文の図2です。
RIndとRPopの実験的パターンの解釈に役立てるため、H→Nの遺伝子流動のモデルと、アフリカへの逆移動を伴うN→Hの遺伝子流動のモデルと、H→NおよびN→H両方の遺伝子流動の結合モデルで合着(合祖)模擬実験が実行されました(図2B)。各混合モデルについて、ヨーロッパ人503個体とアフリカ人108個体とネアンデルタール人3個体の1500万塩基対(15Mb)の配列が模擬実験され、IBDmixで遺伝子移入された配列が特定されて、模擬実験されたネアンデルタール人のゲノムにおける異型接合性の関数としてRIndとRPopが計算されました。
H→N混合モデルでは、アフリカ人においてIBDmixにより検出された全てのネアンデルタール人から遺伝子移入された配列は、ネアンデルタール人への現生人類からの遺伝子流動に起因します(図2B)。対照的に、N→Hモデルでは、アフリカ人においてIBDmixにより検出された全てのネアンデルタール人から遺伝子移入された配列は、ネアンデルタール人の配列を有する個体群のアフリカへの逆移動に続く、ネアンデルタール人から非アフリカ系現生人類への遺伝子流動の結果です。結合モデルでは、アフリカ人においてIBDmixにより検出された全てのネアンデルタール人から遺伝子移入された配列は、H→NとN→H両方の遺伝子流動に起因します。
H→Nモデルでは、RIndとRPopはネアンデルタール人のゲノムにおける異型接合性の関数として減少し、ゼロに近づく傾向があります。逆移動のN→Hモデルでは、RIndとRPopは大きく異なる挙動となり、ネアンデルタール人の異型接合性の関数として比較的平坦でした(図2B)。結合モデルでは、RIndとRPopはネアンデルタール人のゲノムにおける異型接合性の関数として減少し、合着系統樹で得られたネアンデルタール人から遺伝子移入された配列を用いての推定に近づく傾向があります。
混合モデル間のRIndとRPopのパターンの違いは、IBDmix呼び出し一式における偽陽性の存在に対して堅牢です。全体的に模擬実験から、逆移動を伴うH→NとN→Hの両方が実証的データにおける観察されたRIndとRPopのパターンに寄与している、と論証されます。具体的には、H→N遺伝子流動は、隠さないRIndおよびRPopのより高い観察された値と、ネアンデルタール人のゲノムの最も異型接合的な区画が隠された場合の急速な減少の説明に必要です。
同様に、逆移動を伴うN→H混合は、ネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性の区画が隠される場合の、実証的データにおけるRIndとRPopの低いもののゼロではない値を説明します。要するに、これらのデータは、遺伝子移入された現生人類の配列がネアンデルタール人のゲノムにおける高い異型接合性領域に寄与し、RIndおよびRPopとネアンデルタール人の異型接合性の水準との間の関係は、H→NおよびN→Hの遺伝子流動に起因する現生人類において遺伝子移入された配列の割合を定量的に分解するのに使用できる、という追加の証拠を提供します。
●ネアンデルタール人における現生人類祖先系統の割合の推定
次に、RPopとネアンデルタール人の異型接合性との間の関係、および、S*として知られる、非アフリカ系現代人においてネアンデルタール人からの遺伝子移入された配列を検出する直交統計に基づく、ネアンデルタール人における現生人類祖先系統の量を推定する手法が開発されました(Prüfer et al., 2017、Vernot, and Akey., 2014、Vernot et al., 2016)。この手法を用いて、ヴィンディヤ洞窟とデニソワ洞窟のネアンデルタール人のゲノムにはそれぞれ、53.9Mbと80.0Mbの現生人類から遺伝子移入された配列が含まれる、と推定され、これらの推定値は、どのアフリカ人集団をRPopの計算に用いるのか、という選択に対して堅牢です。
隠されたゲノム領域の割合を考慮すると、これはそれぞれ、ヴィンディヤ洞窟とデニソワ洞窟のネアンデルタール人における2.5%と3.7%の現生人類祖先系統に相当し、現代人におけるネアンデルタール人祖先系統の推定量(Vernot, and Akey., 2014、Vernot et al., 2016)よりずっと高くなります。遺伝子オントロジー(gene ontology、略してGO)分析が実行され、現生人類から遺伝子移入された配列が特定のGO生物学的過程および分子機能用語で多いのかどうか、検証されました。
複数仮説の検証の補正後に、有意に多かった(FDR≤0.05)5個の用語が特定されました。豊富なGO用語のうち2個は、金属イオン膜姦通輸送体活性(FDR=7.16×10⁻³)とグルタミン酸受容体シグナル伝達経路(FDR=7.81×10⁻³)で、中枢神経系生物学や神経伝達物質の摂取と代謝や他の神経過程に影響を及ぼす多くの遺伝子から構成されており、そのうちいくつかの変異は、知的障害(CACNG2、GRIA1、SLC6A11)や自閉症(GRIN2B)や他の神経発達障害(GRIK2、GRM7)と関連づけられてきました。しかし、観察されたGOの濃縮結果の生物学的意義のより適切な解釈には、追加の研究が必要です。
●現代人におけるネアンデルタール人祖先系統の推定値の修正
IBDmixで検出されたネアンデルタール人配列の総量は、ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列量を推定するための同じ方法論的枠組みを用いて、N→HおよびH→Nの遺伝子流動に起因する量に分解できます。しかし、これらの分析では、RPopの代わりにRIndが用いられ、それは、本論文の目的が、RIndでは計算がより簡単な、個体あたりの遺伝子移入された配列量の推定だからです。本論文の手法を評価するため、模擬実験が行なわれ、この手法が、組換え率の不均一性やネアンデルタール人の有効人口規模やH→N遺伝子流動の時期と規模を含めて、いくつかの潜在的な交絡変数に対して堅牢である、と分かりました。
ネアンデルタール人の参照ゲノムとしてヴィンディヤ個体を用いると、IBDmixはアジア東部人とアジア南部人とヨーロッパ人でそれぞれ、1個体あたり合計で62.3Mbと60.1Mbと55.8Mbのネアンデルタール人配列を特定しました。N→H遺伝子流動に起因するIBDmixで特定された合計ネアンデルタール人配列の割合(と量)は、アジア東部人とアジア南部人とヨーロッパ人でそれぞれ、91.1%(56.8 Mb)と92.3%(55.5 Mb)と91.8%(51.2Mb)です(図3)。アフリカ人集団においては、1個体あたりのIBDmixで検出されたネアンデルタール人配列の総量の範囲は、YRIの6.2MbからLWKの8.0Mbでした。N→H 遺伝子流動に起因するIBDmixで特定されたネアンデルタール人配列の割合(と量)の範囲は、低い集団ではMSLの25.6%(1.8Mb)から、高い集団ではGWDの39.4%(2.9Mb)でした(図3)。以下は本論文の図3です。
これらの結果は、参照ゲノムとしてデニソワ洞窟のネアンデルタール人個体を用いても大まかには一致していますが(図3)、例外は、中程度に増加するH→N遺伝子流動に起因する、IBDmixにより呼び出されたネアンデルタール人配列の合計の推定割合です。まとめると、これらのデータから、アフリカ人と非アフリカ人におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入された配列は、H→NとN→H両方の遺伝子流動により影響を受けたものの、その相対的寄与は人口集団間で異なる、と示されます。
●以前の推定より有意に小さいネアンデルタール人の人口規模
ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列の存在は、そのNₑ(有効人口規模)の推定値に影響を及ぼすかもしれません。この仮説を検証するため、現生人類からネアンデルタール人への混合の補正前後で、ネアンデルタール人系統の長期Nₑの推定値が比較されました。H→N遺伝子流動を考慮しないと、デニソワ洞窟とチャギルスカヤ洞窟とヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人個体【により表される集団】の推定される長期のNₑはそれぞれ、3369個体(95%信頼区間で3036~3520個体)と2964個体(95%信頼区間で2765~3148個体)と3408個体(95%信頼区間で3209~3554個体)で(図4A)、以前の推定値(Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020)と類似しています。
アフリカ人のIBDmix呼び出しと重複したネアンデルタール人ゲノムの領域を隠すことによる現生人類から遺伝子移入された配列の除去後には、長期Nₑはネアンデルタール人3系統(デニソワ洞窟とチャギルスカヤ洞窟とヴィンディヤ洞窟)すべてで有意に減少しました。具体的には、デニソワ洞窟個体とチャギルスカヤ洞窟個体とヴィンディヤ洞窟個体【により表される集団】で推定されたNₑはそれぞれ、2484個体(95%信頼区間で2223~2639個体)と2379個体(95%信頼区間で2181~2569個体)と2807個体(95%信頼区間で2622~2959個体)に減少しました(図4A)。これは、デニソワ洞窟個体とチャギルスカヤ洞窟個体とヴィンディヤ洞窟個体【により表される集団】における、それぞれ26.3%と19.7%と17.5%の長期Nₑの減少を構成します。以下は本論文の図4です。
これらの結果の堅牢性を評価するためにまず、ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列を有するゲノム領域を隠す場合と隠さない場合で、デニソワ人におけるNₑが推定されました。予測されたように、デニソワ人のNₑ推定値は、わずか1.92%(3824個体に対して3899個体)しか違いませんでした。合着模擬実験により、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の観察された量は、実証的データに比例した量でネアンデルタール人におけるNₑ推定値を上昇させるかもしれない、と確証されました。
H→N遺伝子流動を考慮した場合のNₑのより小さな推定値が、アフリカの個体群における遺伝子座固有の変異率の異質性および偽陽性のIBDmixに対して堅牢と示す分析も実行されました。さらに、対での逐次マルコフ合着(pairwise sequentially Markovian coalescent、略してPSMC)を用いてNₑが推定され、それも、現生人類から遺伝子移入された配列について考慮すると、経時的なNₑの推定値がより小さくなることを示します。逆に、デニソワ人とムブティ人のPSMC推定値は、ネアンデルタール人における現生人類から遺伝子移入された配列を有する領域の除去の有無に関わらず、変わりませんでした(図4B)。
Nₑの以前の推定値(Prüfer et al., 2017、Mafessoni et al., 2020)は、デニソワ洞窟とヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人個体でほぼ同じでした。しかし、現生人類から遺伝子移入された配列を考慮すると、ヴィンディヤ洞窟個体【により表される集団】のNₑはデニソワ洞窟個体【により表される集団】より13%多い、と分かり、デニソワ洞窟個体【により表される集団】は他のネアンデルタール人系統との分岐後にNₑがより小さくなった、と示唆されます。模擬実験が実行され、デニソワ洞窟系統がヴィンディヤ洞窟およびチャギルスカヤ洞窟系統の共通祖先から分岐した後のデニソワ洞窟系統のNₑと、チャギルスカヤ洞窟系統がヴィンディヤ洞窟との共通祖先から分岐した後のチャギルスカヤ洞窟系統のNₑが推定されました。ヴィンディヤ洞窟系統と比較してのNₑの規模は、デニソワ洞窟系統が45%、チャギルスカヤ洞窟系統が27%と推定されます。これらの推定値は、H→N遺伝子流動の異なる時期と規模を仮定するさいにも、同様です。
これらのデータから、ネアンデルタール人の系統間人口規模は、以前に考えられていたよりも小さくて変動的だった、と示されます。長期Nₑの20%とより低い推定値は、現生人類への遺伝子移入の代価に重要な意味を有しており、それは、長期Nₑのより低い推定値が、おもに非アフリカ系人口集団の祖先によりその後で継承された、ネアンデルタール人においてより有害な変異の蓄積を可能とするかもしれないからです(Petr et al., 2019、Juric et al., 2016)。
●現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の異なる2回の波動の証拠
先行研究(Kuhlwilm et al., 2016、Hubisz et al., 2020、Chen et al., 2020)は、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の証拠を見つけてきましたが、単一の混合期間を想定しており、より複雑なモデルは調べられてきませんでした。本論文は、ネアンデルタール人におけるNₑの修正推定値を用いて、H→N遺伝子流動の単一対複数の波動モデルを評価しました。本論文はまず、30万~20万年前頃となる初期現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動に関する以前の推定(Hubisz et al., 2020)を確証できるのかどうか、検証しました。その結果、本論文のデータが最も一致したモデルではH→N混合の割合が5%で、その混合時期は20万年前頃か、あるいは、混合割合は10%で、その混合時期25万年前頃だったものの、データは、混合割合が10%で、その混合は20万年前頃に起きた、とのモデルとは一貫性があまりない、と分かりました。
デニソワ洞窟(122000年前頃、Prüfer et al., 2017)とチャギルスカヤ洞窟(8万年前頃、Mafessoni et al., 2020)とヴィンディヤ洞窟(52000年前頃、Prüfer et al., 2017)のネアンデルタール人の時間的差異を活用して、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の追加の波のある混合モデルを評価するための手法が開発されました。具体的には、ヴィンディヤ洞窟かチャギルスカヤ洞窟かその両方のネアンデルタール人が、デニソワ洞窟のネアンデルタール人と比較して、H→N混合の追加の波を受け取ったのかどうか、問われました。1回対2回の波動の混合モデルが、集団遺伝学におけるさまざまな推論問題で用いられてきた、近似ベイズ計算(approximate Bayesian computation、略してABC)により形式的に評価されました。ABCでは、要約統計量が用いられ、観察されたデータと模擬実験されたデータとの間の適合性が評価され、この情報は異なるモデルの近似事後確率とモデル媒介変数の近似事後分布の計算のための基礎を提供します。
混合モデルの評価にABC手法を実行するためにまず、H→N遺伝子流動の1回と2回の波動モデルを区別するための情報をもたらすかもしれないデータにおいて、10個の要約統計が作成されました。各要約統計が、第二の混合の時間TH→Nおよび規模αH→Nにより媒介変数で表記された、 1個の1回のモデルと20個の2回の波動モデルで計算された合着模擬実験を通じて、情報性が評価されました。2回の波動モデルそれぞれについて、1回と2回の波動の混合モデル間を区別する要約統計の検出力と、効果規模の測定であるコーエンのD( Cohen’s D)が計算されました。各要約統計は、検討された媒介変数空間の少なくともについて、高い(80%以上)検出力と中程度から大きな効果規模を示しましたので、ABCモデルにおける10個の要約統計すべてが保持されました。
次に、広範な合着模擬実験を通じて、本論文のABC枠組みの検出力が評価されました。要するに、各複製について、ABC 分析で「実際のデータ」として扱われた、10通りの2回の波動モデルの1120個体でWGSデータが模擬実験されました。次に、2回の波動モデルと1回の波動モデルとの間の近似事後確率の比率として定義されるベイズ因子(Bayes factor、略してBF)が計算され、BF ≥t(複数の閾値であるtが検討されました)で、1回の波動モデルに対して2回の波動モデルを正しく選択した、総模擬実験複製の割合として検出力が推定されました。本論文のABC手法は広範囲の2回の波動モデル全体で高い検出力(80%以上)を示し、一部のモデルはBFが50以上でした。さらに、αH→NとTH→Nの事後形態はほぼ常に、真の媒介変数値と一致しました。第二の波動の規模が小さく、過去においてより古い時代に起きた時には、検出力はより低くなりました(αH→Nが0.25%で、TH→Nが12万年以上前)。1回の波動モデルから模擬実験された複製でABC分析の実行により偽陽性率(false positive rate、略してFPR)も推定され、予測されたように、FPRはBF閾値が増加するにつれて減少し、BFが5以上では、FPRは2×10⁻⁴未満です。
本論文のABC手法が実証的データに適用され、ヴィンディヤ個体系統とチャギルスカヤ個体系統におけるH→N遺伝子流動の追加の波に関する仮説が検証されました。ABC分析では、観察されたデータが、TH→N(6万年前頃、8万年前頃・・・14万年前頃)とαH→N(0.25%、0.50%・・・2%)により媒介変数で表記された、1通りの1回の波動モデルおよび40通りの2回の波動モデルから模擬実験されたデータと比較されました。ヴィンディヤ個体系統とチャギルスカヤ個体系統がデニソワ個体系統と14万年前頃(Prüfer et al., 2017)に分岐し、ヴィンディヤ系統とチャギルスカヤ系統の化石がそれぞれ52000年前頃(Prüfer et al., 2017)および8万年前頃(Mafessoni et al., 2020)と推定されたことを考えると、要注意なのは、検討されたTH→Nの範囲が遺伝子流動の第二のH→Nの波動の妥当な年代の上限と下限を網羅していることです。
ヴィンディヤ個体とチャギルスカヤ個体の両方が、H→N遺伝子流動の第二の波動の有意な証拠を示しました。具体的には、ヴィンディヤ個体とチャギルスカヤ個体はそれぞれ、12通りと5通りの2回の波動モデルで、BFが20以上でした。ヴィンディヤ個体について最も裏づけられた2回の波動モデル(BFが123)は、TH→Nが10万年前頃に起きた、αH→Nの混合割合が0.5%の、遺伝子流動の追加の波動でした。同様に、チャギルスカヤ個体について最も裏づけられた2回の波動モデル(BFが67)は、TH→Nが12万年前頃に起きた、αH→Nの混合割合が0.5%の、遺伝子流動の追加の波動でした。ヴィンディヤ個体とチャギルスカヤ個体について、最高の近似事後確率を有する、TH→NとαH→Nの値もありました。
これらの結果が堅牢であることを保証するため、D統計を計算する場合のみ塩基転換(transversion、ピリミジン塩基とプリン塩基との間の置換)を用いてABC分析が実行され、TH→NとαH→Nの本論文の推定値は変わらなかった、と分かりました。これらの推定値は、「abc」一括に実装されている神経網補正を用いて得られた推定値と類似していました。全体的に、ABCの結果はヴィンディヤ個体とチャギルスカヤ個体の間で大まかには合致しており(図5A)、H→N 混合の最初の波と比較してかなり小規模の12万~10万年前頃となる現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動と一致しています(図5B)。以下は本論文の図5です。
●考察
現代人と古代人のゲノムの配列決定および分析における進歩により、人類進化史および現生人類と絶滅人類との間の完結への注目すべき洞察が可能になりました(Nielsen et al., 2017)。たとえば、ネアンデルタール人と現生人類から得られたWGSデータの分析は、現生人類のゲノムへとネアンデルタール人廃立の遺伝子移入をもたらした、6万~5万年前頃に起きた、今ではよく特徴づけられている混合を明らかにしました(Green et al., 2010)。本論文では、現生人類とネアンデルタール人との間の遺伝子流動の長い混合史および動態への洞察が提供されます。本論文のデータから、先行研究(Kuhlwilm et al., 2016、Hubisz et al., 2020、Chen et al., 2020)とともに、25万~20万年前頃に始まった遺伝子流動の繰り返しの事象が、現生人類とネアンデルタール人の両方のゲノムと生物学に影響を及ぼした、と示されます。
先行研究(Chen et al., 2020)で予測されたように、本論文では、H→NとN→H両方の遺伝子流動が、1000人ゲノム計画計画人口集団におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入された配列のIBDmix呼び出しに寄与しており、人口集団間で相対的な寄与が異なる、と分かりました。調べられた非アフリカ系人口集団では、N→H遺伝子流動が検出された遺伝子移入された配列の約90%を占めるのに対して、調べられたアフリカの人口集団では、H→N遺伝子流動が、使用された特定の人口集団およびネアンデルタール人の参照ゲノムに応じて、兆候の61~82%を占めます。同様に、最近の研究(Harris et al., 2023)はIBDmixを用いて、サハラ砂漠以南のアフリカの12の人口集団におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入された配列を特定しました。
先行研究(Chen et al., 2020)および本論文と一致して、最近の研究(Harris et al., 2023)では、H→NとN→Hの遺伝子流動が調べられた人口集団のうち4集団についてIBDmixで検出された配列に寄与した、と明らかになりました。しかし、他のサハラ砂漠以南のアフリカの8人口集団については、H→N遺伝子流動が、ネアンデルタール人祖先系統のIBDmixで検出された兆候の全て若しくはほぼ全てを占めている、と推定されました(Harris et al., 2023)。したがって、一部のサハラ砂漠以南のアフリカの人口集団は、ネアンデルタール人から遺伝子移入された配列を有していないかもしれません。要注意なのは、IBDmixがアレル(対立遺伝子)頻度推定値に敏感で(Chen et al., 2020)、調べられた人口集団の標本規模は比較的小さく、潜在的な遺伝的構造があり(Harris et al., 2023)、それが遺伝子移入された配列を検出するIBDmixの検出力を減少させるかもしれない(Chen et al., 2020)、ということです。
それにも関わらず、すべての現在の人口集団は、H→N遺伝子流動につながった共有された歴史的拡散の兆候を有しているものの、N→H混合に寄与した遺伝子移入された断片の量がアフリカ大陸全体で不均一に分布していることは、明確なようです。遺伝的および地理的に多様なアフリカの人口集団に関する追加の研究が、アフリカ全域におけるネアンデルタール人からの遺伝子移入された配列の分布をより正確に特定するために必要でしょう。そうしたデータは、アフリカの人口集団間の混合の歴史的パターンとアフリカ全域での移動の時期および経路への洞察を提供するかもしれません。さらに、多様なアフリカの人口集団の将来の研究で発見される少量のネアンデルタール人祖先系統さえ、大きく充分な標本規模から堅牢に推測されれば、アフリカ人の進化史の理解に重要な意味を有するでしょう。
H→N混合の最初の波は25万~20万年前頃に起き、アフリカからの現生人類の初期拡散を表しています。この初期拡散は大まかには、アフリカ内およびアフリカ外両方の化石記録と一致します。たとえば、解剖学的現代人の最初の形態学的特徴はアフリカにおいて30万年前頃に出現し(Hublin et al., 2017、Scerri et al., 2018、Richter et al., 2017)、エチオピア南部で発見された完全に解剖学的に現代的な化石遺骸の下限年代は233000年前頃です(Vidal et al., 2022)。したがって、初期現生人類から完全な解剖学的現代人がこの期間に存在していました。さらに、化石記録から、初期現生人類はアフリカから遅くとも20万年前頃までに拡散した、と示されています(Harvati et al., 2019、Hershkovitz et al., 2018)。
とくに関連があるのは、ギリシア南部のマニ半島のアピディマ(Apidima)洞窟で1発見された21万年前頃となるアピディマ1号(Apidima 1)化石で、この化石から、これら初期のアフリカからの離散はレヴァント(Hershkovitz et al., 2018)に限定されず、一部の事例ではかなりの距離にまたがっていた、と示されます。H→N混合の最初の波が起きた場所の推測は困難ですが、時空間的に追加の点にまたがるより多くのネアンデルタール人ゲノムの配列決定は、この問題に取り組む上で有益でしょう。最後に、アフリカからのこれら初期の移動がデニソワ人の範囲にまで広がったのかどうか、分からないままですが、現生人類からデニソワ人への遺伝子流動の証拠を探す将来の研究は、以前には知られていなかったアフリカからの拡散の特定と、その時期および範囲への洞察の提供に役立つかもしれません。
12万~10万年前頃となる、現生人類からネアンデルタール人への遺伝子流動の追加の波動の証拠も見つかりました。この時期は、13万~96000年前頃のナイル・シナイ陸橋の存在(Beyer et al., 2021)と、現生人類がこの期間にレヴァントとアラビア半島(Groucut et al., 2018、Groucutt et al., 2021)に到達したことを示す化石および考古学的データと一致します。要注意なのは、複雑な人口統計学的モデルの推測は困難で、追加のモデルもデータと一致するかもしれないことです。しかし、本論文の結果は、他の考古学(Slimak et al., 2022)や地理学(Beyer et al., 2021、Groucut et al., 2018、Groucutt et al., 2021)や遺伝学(Kuhlwilm et al., 2016、Hubisz et al., 2020、Chen et al., 2020、Petr et al., 2020、Posth et al., 2017)の証拠と組み合わせると、現在の非アフリカ系人口集団は6万~5万年前頃の単一のアフリカからの拡散にその祖先系統のほとんどをたどることができるものの、これら初期の事実上絶滅した現生人類のアフリカからの拡散はそれに基づいて、人類進化史において重要な役割を果たした、と論証します。
より広くは、本論文において説明された約20万年間にわる現生人類とネアンデルタール人との間の繰り返しの遺伝子流動の定量的パターンは、ネアンデルタール人の消滅と恐らくは関連する要因についての展望を提供します。具体的には、H→N遺伝子流動の規模は、25万~20万年前頃の5~10%から、12万~10万年前頃の0.5%、47000~39000年前頃に生存していた後期ネアンデルタール人の0%(Hajdinjak et al., 2018)まで、経時的に減少した、と示されます。逆に、H→N遺伝子流動が止まると、N→H混合の多くの事例が出現し始めました。これらには、高ければ10%の当初のネアンデルタール人との混合割合となる6万~5万年前頃のN→H遺伝子流動や、おそらくはアジア東部人など特定の現生人類集団においてN→H混合の追加の波(Nielsen et al., 2017、Wolf, and Akey., 2018)や、より新しいN→H 遺伝子流動の証拠を示す、45000~39000年前頃に生存していた一部の初期現生人類からの古代DNA(Fu et al., 2015、Hajdinjak et al., 2021)が含まれます。
この非対称的な混合パターンは、遺伝子流動が当初のH→Nから次にN→Hの1方向で検出され、経時的に規模が減少し、最終的には、現生人類をネアンデルタール人の遺伝子プールに吸収するのに充分な大きさではない地点に到達した、ネアンデルタール人集団を示唆します。この時点で、遺伝子流動は逆方向へと変わり、現生人類へのネアンデルタール人の遺伝の1方向の流れが、ネアンデルタール人の消滅に寄与したかもしれません(Stringer, and Crété., 2022)。具体的には、現生人類がユーラシア全域へと拡大するにつれての現生人類集団へのネアンデルタール人の同化は、現生人類集団の規模を効率的に増加させた一方で、同時にすでに危険な状態にあったネアンデルタール人集団の規模を減少させたでしょう。ネアンデルタール人の有効人口規模は以前の推定よりさらに小さかった可能性が高い、という本論文の調査結果は、同化過程をさらに促進し、現生人類による後期ネアンデルタール人におけるY染色体(Petr et al., 2020)とミトコンドリアDNA(Posth et al., 2017)の置換は、現生人類と共存していたわずかな残存人類系統の一つの消滅へと向かう、不可逆的な経路を示していたのかもしれません。
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