シベリアの人口史
古代人と現代人のゲノムデータに基づくシベリアの人口史に関する研究(Gill et al., 2024)が公表されました。本論文は、ユーラシア北部東方を中心として、既知の古代人および現代人のゲノムデータの再分析により、おもに完新世以降のシベリアの人口史を再構築しています。本論文はとくに、バイカル湖地域とヤクーチア(Yakutia、サハ共和国)に焦点を当てています。本論文は、シベリア南部に6000年前頃まで存在した独特な遺伝的構成がアメリカ大陸先住民と深いつながりを有していることや、フェノスカンジアとグリーンランドへのシベリア集団的な遺伝的構成要素の拡大において、それに直接的に関わった集団と遺伝的にきわめて近いと考えられる1個体を特定しています。
●要約
フェノスカンジアからチュクチ(Chukotka)までのユーラシア北部の広範な地域にまたがる人口集団は、シベリア祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)と呼ばれることが多い独特な遺伝的構成要素を共有しています。そうした遺伝的構成要素はガナサン人(Nganasan)など現在のサモエード語派(Samoyedic)話者人口集団に多く、シベリアの古代人および現代人のゲノムの一覧が増えつつあるにも関わらず、その起源と歴史は分かりにくいままです。本論文は、バイカル湖地域とヤクーチアに焦点を当てて、刊行されているシベリアの古代人と現代人のゲノムを再分析し、その遺伝的歴史に関する重要な問題を解決します。
第一に、本論文は、アメリカ大陸先住民と深い祖先のつながりを共有している、シベリア南部における6000年前頃までの独特な遺伝的特性の長期の存在を示します。第二に、本論文は高解像度でバイカル湖地域西部とヤクーチアにおける遺伝的変化を追跡する、妥当な歴史モデルを提供します。第三に、ベルカチ(Belkachi)文化に属すヤクーチアの中期新石器時代1個体は、フェノスカンジアとグリーンランドへのシベリア祖先系統の拡大について、これまでに利用可能である最適な供給源として機能します。これらの調査結果はシベリア祖先系統の遺伝的遺産に光を当て、歴史を通じてのユーラシア北部におけるさまざまな人口集団間の複雑な相互作用への洞察を提供します。
●研究史
移動と混合は、現代人集団の遺伝的構造に影響を及ぼしてきた重要な人口統計学的事象です。シベリアとユーラシア草原地帯を含む広範な地理的地域であるユーラシア内陸部における住民の遺伝的多様性は、ユーラシアの東西両方の起源の多様な供給源人口集団間の混合の複雑な歴史により形成されてきました(Jeong et al., 2019)。この複雑な歴史の結果として、現在のユーラシア内陸部人口集団は地理を反映している異なる3混合勾配へと階層化されます。これらの勾配のうち最北端は、ほぼウラル語族およびエニセイ語族(Yeniseian)言語を話す亜寒帯森林およびツンドラ地域の人口集団で構成されており、最近の考古遺伝学的文献ではシベリア祖先系統と呼ばれることが多い、独特な種類のユーラシア東部祖先系統を共有しています。そうした祖先系統は現在の人口集団では、ガナサン人と、ネネツ人(Nenets)やエネツ人(Enets)やセリクプ人(Selkup)など他のサモエード語派話者人口集団で最も濃くなっています。
以前に刊行された古代人ゲノムのうち、中期完新世(8000~3000年前頃)のシベリア南部人は、現在のシベリア祖先系統とつながる重要な古代系統を表しています。とくに興味深いのは、バイカル湖とヤクーチアの遺跡から発見された古代人で、それは、そうした古代人がシベリアの現代人で多いY染色体ハプログループ(YHg)NおよびQを有しているからです。これらの遺跡は、狩猟採集民の複数の関連しているものの異なる考古学的文化にも属しており、バイカル湖地域には、8000~6000年前頃となる前期新石器時代(Early Neolithic、略してEN)のキトイ(Kitoi)文化に、6000~3400年前頃となる後期新石器時代(Late Neolithic、略してLN)と前期青銅器時代(Early Bronze Age、略してEBA)にはセロヴォ・グラズコヴォ(Serovo–Glazkovo)文化が続いた一方で、ヤクーチア地域では、7000~4300年前頃となる前期~中期新石器時代(Early-Middle Neolithic、略してEMN)のシャラフ・ベルカチ(Syalakh–Belkachi)文化に、4300~3300年前頃となるLNのユミャックタク(Ymyyakhtakh)文化が続きました。全体的に、これらの文化集団のゲノム規模の遺伝的特性はシベリアの現代人と密接に関連しているものの、単純な祖先と子孫の関係を却下するには充分なほど異なっています。したがって、ヤクーチアとバイカル湖地域の中期完新世シベリア人は、シベリア祖先系統およびそれを有する人口集団の起源についての歴史的モデルを構築できる、優れた出発点を提供します。
中期完新世シベリア人の遺伝的構成は3祖先系統の混合から生じ(図1)、それは、古代北ユーラシア人(Ancient North Eurasian、略してANE)と、アメリカ大陸先住民祖先系統と密接に関連している祖先系統である古代旧シベリア人(Ancient Paleo-Siberian、略してAPS)と、古代アジア北部人(Ancient North Asian (ANA)です。ANE祖先系統は、上部旧石器時代のシベリア南部中央のマリタ(Mal’ta)遺跡の1個体(MA1)およびアフォントヴァ・ゴラ(Afontova Gora)遺跡の2個体(AG2とAG3)により表されます(Raghavan et al., 2014、Fu et al., 2016)。最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)には、ANE祖先系統はユーラシア東部起源の人口集団と混合し、アメリカ大陸先住民の祖先人口集団を形成しました。この祖先人口集団はその後のAPS人口集団に遺伝的遺産を残し、たとえば、14000年前頃となる終末期更新世の1個体シベリア南部の(Ust-Kyakta-3)遺跡の1個体(UKY)、および9800年前頃となる中石器時代(Mesolithic、略してM)のシベリア北部のコリマ川(Kolyma River)のデュヴァニ・ヤー(Duvanny Yar)遺跡の1個体(コリマ_M)です(Sikora et al., 2019、Yu et al., 2020)。以下は本論文の図1です。
中期完新世の開始期には、ANA祖先系統の個体群がすでにバイカル湖地域の東西両方に出現しており(Kılınç et al., 2021)、おそらくはANE祖先系統が遅くとも14000年前頃に存在していた現在の中国北部の近隣地域から拡大しました(Siska et al., 2017、Ning et al., 2020、Mao et al., 2021)。シベリアにおけるこれら3祖先系統の遺伝的特性と地理的分布は古代人のゲノムを用いて活発に調べられてきましたが、シベリア現代人の遺伝的特性がこれら3祖先人口集団から、どのように、いつ、どこで形成されたのかは、まだ調べられていません。本論文では、刊行されているシベリアのゲノムデータの包括的な一式の間の遺伝的関係について、近位歴史モデルが提供されます。本論文の調査結果から、APS人口集団は中期完新世にはバイカル湖地域とヤクーチアに存在しており、各地域で局所的なAPS人口集団がその後の人口集団の遺伝的基盤を形成した、と論証されます。異なる3時点のヤクーチア人口集団は、それらの人口集団間のANA関連の遺伝子流動の複数の流れのため、遺伝的に異なります。本論文は最後に、中期新石器時代(Middle Neolithic、略してMN)ヤクーチア(ヤクーチア_MN)人口集団が、シベリア補器人とヨーロッパ北東部人と古エスキモー(古イヌイット)とアサバスカ(Athabaska)古代人の遺伝的構成で見られるシベリア祖先系統についても、バイカル湖地域人口集団最適な供給源として機能する、と示します。
●古代シベリアの個体群の遺伝的特性
バイカル湖地域とヤクーチアに焦点を当てた、古代シベリア人口集団の刊行されたゲノムおよびゲノム規模データが選別されました。古代の個体のほとんどは年代が中期完新世で、8800~3100年前頃です(図1)。これら古代の個体群の遺伝的特性を概観するため、主成分分析(principal component analysis、略してPCA)が実行され、古代の個体群がユーラシアとアメリカ大陸先住民の現代の2270個体から計算された主成分(PCA)に投影されました(図1)。PC1は個体群を西方から東方へと分離し、PC2はユーラシア人からアメリカ大陸先住民を分離します。ほとんどの中期完新世シベリアの個体は、ANEとANAの人口集団間のPC空間に収まりますが、2個体はこの勾配から逸れており、バイカル湖地域東部の6564~6429年前頃となる個体群のうち最古級となるヅィリンダ(Dzhylinda)遺跡個体(ヅィリンダ1)と、バイカル湖西部地域の最古級(4150~3950年前頃)となるLN(後期新石器時代)1個体(irk030)です(Kılınç et al., 2021)。この2個体【ヅィリンダ1とirk030】はPC2に沿って上に動いており、アメリカ大陸先住民との余分な類似性が示唆されます。
集団に基づく分析では、PCAの外れ値と1親等の親族が除外され、残りの古代シベリアの個体は、その地理的位置と考古学的期間とPCAのパターンに従って、5分析超群に割り当てられました。それは、ENバイカル湖東部(東バイカル_EN、5個体)、ENバイカル湖西部(西バイカル_EN、21個体)、後期新石器時代~前期青銅器時代(Late Neolithic to Early Bronze Age、略してLNEB)バイカル湖地域西部(西バイカル_LNBA、45個体)、MN(中期新石器時代)ヤクーチア(ヤクーチア_MN、1個体)、LN(後期新石器時代)ヤクーチア(ヤクーチア_LN、5個体)です(Damgaard et al., 2018、Sikora et al., 2019、Yu et al., 2020、Kılınç et al., 2021)。
●完新世シベリアで分岐したアメリカ大陸先住民の祖先の遺伝的遺産
まず、アメリカ大陸先住民の祖先の遺伝子プールとのつながりを示しているかもしれない、古代シベリアの2個体(ヅィリンダ1とirk030)の遺伝的特性がモデル化されました(図1)。注目すべきは、APSの初期の2個体、つまり14000年前頃のUKYと9800年前頃のコリマ_Mが、PC空間ではより大きな程度でアメリカ大陸先住民に向かって同様の動きを示していることです。アメリカ大陸先住民と関連する祖先系統構成要素が、これらシベリアの個体群の遺伝的特性の説明に必要なのかどうか、qpAdmを用いて形式的に検証されました(Lazaridis et al., 2016)。ANE+ANAもしくはアメリカ大陸先住民+ANAのどちらの2方向混合モデルも適合しませんが、ANE+ANA+アメリカ大陸先住民の3方向モデルは、より古いAPS個体群と同様の祖先系統の割合で充分に適合します(図2)。じっさい、qpWaveを用いると、「UKYとコリマ_Mとirk030」と「UKYとコリマ_Mとヅィリンダ1」はそれぞれクレード(単系統群)としてモデル化できる、と示されます。しかし、ヅィリンダ1とirk030はqpWave分析ではクレードを形成せず、これら完新世2個体間の混合割合の違いが示唆されます。本論文の分析は、APS人口集団の存在をシベリアにおいて少なくともLNまで拡張します(irk030)。以下は本論文の図2です。
f₃形式(ムブティ人;irk030/ヅィリンダ1、X)の外群f₃統計を利用して、irk030およびヅィリンダ1のその後の人口集団との遺伝的つながりが検索されました。ヅィリンダ1とirk030はそれぞれ、ヤクーチア_MNおよび西バイカル_LNBAと高い類似性を示しました。f₄形式(ムブティ人、irk030/ヅィリンダ1;西バイカル_LNBA、ヤクーチア_MN)のf₄統計では、ヅィリンダ1とirk030はそれぞれ、ヤクーチア_MNおよび西バイカル_LNBAとより密接である、と確証されます。注目すべきことに、irk030とヅィリンダ1はそれぞれ、この地域において西バイカル_LNBAとヤクーチア_MNに先行し、それらを区別する唯一の人口集団です。これらの調査結果から、ヤクーチアとバイカル湖地域西部の人口集団間の違いは、それぞれヅィリンダ1とirk030により表される、異なる中期完新世APS人口集団にまでさかのぼる、と示唆されます。ヅィリンダ1はバイカル湖地域東部の北部に由来し、ヤクーチアに近いもののヤクーチアに位置するわけではありませんが、この遺伝的類似性に基づいてヤクーチア人口集団のモデル化に利用されることに要注意です。
●バイカル湖地域西部における後期新石器時代の在来APS人口集団
バイカル湖地域西部人口集団の遺伝的特性は、ANAの豊富な西バイカル_EN人口集団からAPSの豊富な西バイカル_LNBAへの移行を経ており、これはキトイ文化からセロヴォ・グラズコヴォ文化への文化的移行と一致します。先行研究では、セロヴォ・グラズコヴォ文化集団におけるAPS祖先系統復活は、UKYやコリマ_Mやアルタイ狩猟採集民(Altai hunter–gatherer、略してアルタイHG)のようなAPS供給源からの遺伝子流動に起因した、と示唆されてきました(Sikora et al., 2019、Yu et al., 2020、Wang et al., 2023)。後のセロヴォ・グラズコヴォ文化関連個体とは異なるAPSの遺伝的特性を有する最古級のセロヴォ・グラズコヴォ文化関連個体であるIrk030を用いて、irk030がバイカル湖地域西部人口集団で見られるAPS祖先系統の供給源を表している、というこれまで未調査の仮説が調べられました。
f₄対称性検定を用いると、irk030がAG3およびタリム盆地の前期~中期青銅器時代(Early to Middle Bronze Age、略してEMBA)個体(タリム_EMBA1)により表されるANE祖先系統とより高い類似性を有している一方で、他のバイカル湖地域西部人口集団、つまりENのキトイ文化およびその後のセロヴォ・グラズコヴォ文化両方の個体群は、バイカル湖地域東部人口集団により表されるANA祖先系統をより多く有している、と分かりました。ANAとirk030との間の混合の調査により、バイカル湖地域西部人口集団の遺伝的構成がさらに調べられ、東バイカル_EN+irk030がバイカル湖地域西部の両人口集団【キトイ文化個体群とセロヴォ・グラズコヴォ文化個体群】に充分適合する、と分かりました。西バイカル_ENがirk030からの相対的により低い寄与(25%)を示した一方で、西バイカル_LNBAはirk030からのより高い寄与(76%)を示しました(図2)。
重要なことに、irk030の代わりにAPS供給源としてアルタイHGを用いた、バイカル湖地域西部人口集団について以前に報告された混合モデルは、irk030がqpAdm循環手法に従って外群人口集団一式に追加されると、実行不可能となります。さらに、irk030が、ANEとAPSの混合としてモデル化されたアルタイHGにおけるAPS祖先系統(Wang et al., 2023)のより適切なAPS代理を提供するのかどうか、検証されました。その結果、アルタイHGがirk030+ANEとして適切にモデル化されるのに対して、他のAPS供給源でのAPS+ANEのモデル化は、irk030が外群人口集団一式に追加されると壊れる、と示されます。本論文はこれらの結果に基づいて、バイカル湖地域西部とアルタイ地域との間のつながりは、バイカル湖地域西部からアルタイ地域へのAPS祖先系統の遺伝子流動に媒介され、以前に提案された遺伝子流動の方向(Wang et al., 2023)を反転させる、と提案します。
●ヤクーチア人口集団へのANE祖先系統の繰り返しの導入
ヤクーチアでは、ヅィリンダ1とヤクーチア_MNとヤクーチア_LNは他の供給源からの遺伝子流動なしでの局所的な人口連続性の単純な時系列を形成しない、と示されます。ヅィリンダ1とヤクーチア_MNとの間の密接な関係は先行研究で示唆されていましたが、その関係は形式的にはモデル化されませんでした(Kılınç et al., 2021)。西バイカル_ENは、f₄統計(ムブティ人、西バイカル_EN;ヅィリンダ1、ヤクーチア_MN)で示されるように、先行するヅィリンダ1よりもヤクーチア_MNの方と密接です。同様に、多くのANA関連人口集団は、たとえばf₄統計(ムブティ人、東バイカル_EN;ヤクーチア_MN、ヤクーチア_LN)のように、先行するヤクーチア_MNよりもヤクーチア_LNの方と密接です。
しかし、古代のバイカル湖地域西部人口集団は、f₄統計(ムブティ人、西バイカル_EN/西バイカル_LNBA;ヤクーチア_MN、ヤクーチア_LN)で示されるように、ヤクーチア_MNおよびヤクーチア_LNと非対称的に関連しています。qpAdmでこの関係を形式的にモデル化すると、ヤクーチア_MNとヤクーチア_LNはそれぞれ、ヅィリンダ1+西バイカル_EN(西バイカル_ENから30%の寄与)および、ヤクーチア_MN+東バイカル_EN(東バイカル_ENからの52%の寄与)として適切にモデル化される、と示されます(図2および表1)。要するに本論文の調査結果は、ANA祖先系統導入の複数の事象を含めて、ヅィリンダ1からクーチア_MNを経てヤクーチア_LNのでの時系列により表される、ヤクーチアにおける異なる遺伝的3階層を示しています。
最後に、図に基づく分析であるqpGraphにより、中期完新世シベリア人口集団の全ての近位モデルが包括的に検証されました(図3)。先行研究(Yu et al., 2020)を参考に、ムブティ人とMA1とヨーロッパ西部狩猟採集民(Western European hunter–gatherers、略してWHG)と東バイカル_ENとアラスカのアップウォードサン川(Upward Sun River、略してUSR)で発見された11600~11270年前頃の1個体(USR1)を含む、基底図が構築されました。以下は本論文の図3です。
Irk030とヅィリンダ1が、アメリカ大陸先住民およびANA分枝の独立した混合として追加されました。次に、バイカル湖地域西部とヤクーチアの人口集団がそれぞれ、irk030とヅィリンダ1の子孫としてモデル化されましたる近位混合モデルは、統計的に実行可能な最終混合図で適切に説明されています。あり得る図の形態全体にわたって包括的な検索が実行されたわけではなく、提示された図はいくつかの長さがゼロの分枝を含んでいることに要注意です。これは、1集団あたりの古代人ゲノムの限定的な数による統計的な解像度の不足に起因している可能性が高いものの、シベリアへのANA関連人口集団の急速な拡大など、急速な分岐事象の人口史を反映している可能性もある、と推測されます。
●新石器時代ヤクーチア人口集団起源のシベリア祖先系統
本論文の中期完新世シベリア人口集団の詳細な調査は、シベリア祖先系統の起源への重要な洞察を提供しました。中期完新世シベリア人における2つの主要な系統が特定され、それはバイカル湖地域系統とヤクーチア系統です。興味深いことに、古代のヤクーチア人口集団と現在のガナサン人との間に経時的な類似性増加が観察された一方で、この傾向はバイカル湖地域西部人口集団では観察されませんでした。外群f₃統計を用いてのさらなる分析は、ガナサン人とヤクーチア集団との間や、シベリア南部における密接に関連する個体、つまりクラノヤルスク・クライ(Krasnoyarsk Krai)遺跡の個体(クラノヤルスク_BA)における、強い遺伝的類似性を明らかにしました。
ヤクーチア_LNおよびクラノヤルスク_BAと同様に、ガナサン人はヤクーチア_MN+東バイカル_EN(ヤクーチア_MNからの54%の寄与)としてモデル化できますが、そのヤクーチア_MN祖先系統の割合は、ヤクーチア_LN(48%)よりもわずかに高くなりました(図4)。このモデルは、ヤクーチア_LNが外群人口集団一式に追加される壊れ、ガナサン人とヤクーチア_LNとの間の強い類似性が裏づけられます。したがって本論文は、ガナサン人はヤクーチア_LNとクラノヤルスク_BAが属していたものの、その直接的祖先がヤクーチア_LNよりも東バイカル_EN関連の遺伝子流動からの寄与が少なかった、メタ個体群(アレルの交換といった、ある水準で相互作用をしている、空間的に分離している同種の個体群の集団)の子孫だった、と提案されます。
シベリアの現代人における古代ヤクーチア人口集団の遺伝的遺産をより深く理解するため、エネツ人やネネツ人やセリクプ人やケット人(Kets)やマンシ人(Mansis)やハンティ人(Khanty)を含めて、さまざまな現在のシベリア人口集団の混合モデルが調べられました。先行研究はこれらの人口集団を、ガナサン人+スルブナヤ(Srubnaya)文化集団の2方向混合か、あるいはコリマ_M+ロシア極東の悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave)の新石器時代個体(悪魔の門_N)+アファナシェヴォ(Afanasievo)文化集団の3方向混合として、モデル化しました(Sikora et al., 2019)。しかし、前者は供給源として現在のガナサン人を用いており、後者は3もしくそれ以上の供給源のみでのモデルを提供しました。対照的に本論文では、ヤクーチア_MN+クラノヤルスク_中期~後期青銅器時代(Middle to Late Bronze Age、略してMLBA)が上述の6人口集団すべてに適合する、と分かりました(図4)。それ以前のヤクーチア供給源(ヅィリンダ1+クラノヤルスク_MLBA)もしくはその後の供給源(ヤクーチア_LN+クラノヤルスク_MLBA)での競合モデルは、一様に失敗します。
上述の人口集団のうち、バイカル湖地域の最も近くに暮らしているセリクプ人とケット人について、ヤクーチア_MN+クラノヤルスク_MLBAモデルは、西バイカル_LNBAが外群に含められると実行不可能になりました。セリクプ人とケット人における西バイカル_LNBA関連祖先系統構成要素を定量化するため、モデルの解像度を充分に高く維持しながら、西バイカル_LNBAとヤクーチア_MNが供給源としてともに用いるには類似しすぎていることを考慮して、ヤクーチア_MN+irk030+クラノヤルスク_MLBAの3方向混合モデルが適用されました。Irk030での間接的なモデルは、西バイカル_LNBAがirk030からの37~44%の寄与のある余分な外群として含められている場合でさえ、セリクプ人とケット人両方に充分適合します。Irk030関連の寄与は、他の4人口集団では検出されませんでした。
ヤクーチア_LNは上述の一覧の現在のシベリア人口集団に適合モデルを提供しませんが、すべての現在のシベリア人口集団は、モデルの供給源、つまりヤクーチア_MNとクラノヤルスク_MLBAとよりも、ヤクーチア_LN/ガナサン人の方と高い外群f₃値を有しています。本論文の結果に基づいて、これらの人口集団におけるシベリア祖先系統の真の供給源は、標本抽出されているヤクーチア_MNよりも、ヤクーチア_LN/ガナサン人の方と密接に関連するものの、ヤクーチア_LN/ガナサン人とANA遺伝子流動を共有していない、標本抽出されていない人口集団に由来する可能性が高い、と仮定されます。
●シベリアを越えてのMNヤクーチア祖先系統の拡散
シベリア祖先系統は、ウラル山脈を越えてヨーロッパ北東部人口集団へと広がり、シベリアから西方への歴史的な移動が示唆されます。シベリア祖先系統が拡大し、最初にヨーロッパ北東部に現れた遺伝的階層を正確に示すため、ロシアのボリショイ・オレニー・オストロフ(Bolshoy Oleni Ostrov、略してBOO)遺跡の初期金属器時代個体群(ロシア_ボリショイ)が調べられました。ロシア_ボリショイは、タリム_EMBA1やヤクーチア人口集団やヨーロッパ東部狩猟採集民(Eastern European hunter–gatherers、略してEHG)との高い外群f₃値を示しました。ヤクーチア_MN+MN櫛目文土器文化(Combed Ceramic Culture、略してCCC)個体(エストニア_MN_CC)の節約的2方向混合モデルは、ロシア_ボリショイ(ヤクーチア_MNからの51%の寄与)を適切に説明します(図4)。ロシア_ボリショイがヤクーチア_MNとは異なる主要なYHgパターンを示すこと(つまり、ロシア_ボリショイの男性2個体のYHgがNなのに対して、ヤクーチア_MNのYHgはQです)は、注目に値します。これが単にヤクーチア_MNの限定的な標本抽出に起因する可能性は残っており、ヤクーチア_MNからの古代人ゲノムのさらなる標本抽出が、ロシア_ボリショイにおけるYHg-Nの起源の完全な理解に必要である、と示唆されます。以下は本論文の図4です。
グリーンランドの古エスキモーの起源に関して、ヤクーチア_MNが属するベルカチ(Belkachi)文化と文化的類似性を共有していた、と示唆されてきました。しかし、ベルカチ文化集団と古エスキモーとの間の遺伝的つながりはもとくにそれ以前のAPS人口集団との比較において、徹底的には調べられてきませんでした。本論文では、ベルカチ文化に属していたヤクーチア_MNは、それ以前のAPS人口集団が外群に含まれる場合でさえ、古エスキモーのサカク(Saqqaq)文化の1個体とクレードを形成する、と確証されます。さらに、ヤクーチア_MNは同等の割合で、アサバスカ人(Athabaskan)と新エスキモーの以前に報告されたモデル(Flegontov et al., 2019)における供給源としてサカク文化個体を置換できる、と確証されます。ヤクーチア_MN+アメリカ合衆国モンタナ州西部のアンジック(Anzick)遺跡個体は、古代アサバスカ人(ヤクーチア_MNから38%の寄与)とエクヴェン人(Ekven)の新エスキモー(ヤクーチア_MNから61%の寄与)に適合します(Sikora et al., 2019、Wang et al., 2023、図4)。
●考察
本論文では、古代シベリア人口集団の詳細な人口動態が再構築され、シベリア祖先系統の起源として新石器時代ヤクーチア人口集団が提案されます。APS祖先系統を有する古代の個体群がバイカル湖地域から北極圏シベリアまでシベリア全体で散発的に発見されている一方で、APS人口集団がこの地域において相互におよびその後の人口集団とどのように関連しているのかは、不明なままです(Sikora et al., 2019、Yu et al., 2020)。本論文は、irk030とヅィリンダ1という古代人2個体がAPSメタ個体群に属すると示すことにより、14000~6000年前頃のシベリア南部におけるAPS人口集団の長期の存在を確証します。さらに、これら2個体【irk030とヅィリンダ1】はAPSメタ個体群内の下位2系統を表しており、それぞれバイカル湖地域西部とヤクーチアにおけるその後のシベリア人口集団の遺伝的基盤を形成したので、この2地域間の分岐は少なくとも8500年前頃にさかのぼる、と示唆されます。しかし、西バイカル_ENからヤクーチア_MNへの遺伝子流動によって示されるように、この分岐が2地域間の完全な分離を意味していないことは注目に値し、ヤクーチア地域へのキトイ文化関連人口集団の拡大が示唆されます。そうした遺伝的つながりは、バイカル湖地域西部からヤクーチアへの網目模様の土器様式の拡大を報告した考古学的研究と一致します。
先行する在来のキトイ文化集団と侵入してきたANE構成要素の豊富な人口集団との間の混合から生じたセロヴォ・グラズコヴォ文化に関する以前の提案(Damgaard et al., 2018)とは対照的に、本論文はこの仮説に疑問を呈す調査結果を提示します。具体的には、最古級のセロヴォ・グラズコヴォ文化個体であるirk030に関する本論文の分析は、irk030がAPS祖先系統に属し、キトイ文化関連人口集団と直接的なつながりを有さない、と示しています。これは、セロヴォ・グラズコヴォ文化が、ENのキトイ文化ではなく、おそらくキトイ文化の前にまでさかのぼる在来のAPS基盤に起源がある、という代替的な仮定的状況を提起しますが、最古級のセロヴォ・グラズコヴォ文化人口集団のAPSの遺伝的特性を実証するには、より古いゲノムが必要です。先行研究も、キトイ文化とセロヴォ・グラズコヴォ文化との間の考古学的記録の空隙もしくは有意に異なるミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)蘇生に基づいて、両文化間の不連続性を示唆しました。本論文は代わりに、バイカル湖地域西部からアルタイ山脈までの地域がAPS祖先系統にとって退避地だったかもしれない、と示唆し、仮説検証の有望な方法を提起します。初期セロヴォ・グラズコヴォ文化関連個体群が将来この地域で発掘されれば正確な評価が可能でしょう。
ユーラシアと北アメリカ大陸にまたがって見られるシベリア祖先系統が、ヤクーチア_MNにより最適に表される単一の遺伝子プールにたどれるかもしれないのは、注目に値します。MNのベルカチ文化集団(ヤクーチア_MN)とLNのユミャックタク文化集団(ヤクーチア_LN)との間の遺伝的差異により、シベリア祖先系統の拡大はヤクーチア_LNの前に起きた、との推論が可能となります。これは、ヨーロッパ北東部におけるシベリア祖先系統の最古級の存在(4000年前頃のロシア_ボリショイ)についての混合年代、および古エスキモー文化の最初の出現(4500年前頃)により与えられる期間と一致します。この遺伝的証拠は、先行研究で説明されているように、土器および石器技術の拡散とも一致します。興味深いことに、ユミャックタク文化と関連するシベリア祖先系統拡大の第二の波は、ガナサン個体群では認識できるものの、他のサモエード語派言語話者人口集団であるセリクプ人では認識できません。これは、モエード語派言語話者人口集団内の分岐が新石器時代にさかのぼるかもしれないことを示唆しています。
古代と現在のシベリア人口集団間の関係についての詳細な歴史的モデルを構築する本論文の努力にも関わらず、将来の調査を必要とする特定の側面があります。第一に、シベリアにおけるAPS祖先系統の分布と影響に関する本論文の理解は、わずかな古代人のゲノムのみに基づいているので、APS祖先系統がシベリア全域のその後の移民人口集団によってどのように取って代わったのかは、不明なままです。第二に、ヤクーチア_MNとロシア_ボリショイはそれぞれ、異なるYHgであるNとQに属しており、これはヤクーチア_MNのゲノムの限られた利用可能性に起因するかもしれません。第三に、本論文は、遺伝的特性がヤクーチア_MNに類似しているものの、その後のヤクーチア_LNとより高い遺伝的類似性を有する、標本抽出されていない人口集団を仮定しており、これは将来の研究で検証されるべきです。シベリア祖先系統の拡大の詳細に関する理解を深めるためには、シベリア全域、とくにヤクーチアの中期新石器時代の古代人のゲノムを生成する、将来の古ゲノム研究が必要です。
参考文献:
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●要約
フェノスカンジアからチュクチ(Chukotka)までのユーラシア北部の広範な地域にまたがる人口集団は、シベリア祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)と呼ばれることが多い独特な遺伝的構成要素を共有しています。そうした遺伝的構成要素はガナサン人(Nganasan)など現在のサモエード語派(Samoyedic)話者人口集団に多く、シベリアの古代人および現代人のゲノムの一覧が増えつつあるにも関わらず、その起源と歴史は分かりにくいままです。本論文は、バイカル湖地域とヤクーチアに焦点を当てて、刊行されているシベリアの古代人と現代人のゲノムを再分析し、その遺伝的歴史に関する重要な問題を解決します。
第一に、本論文は、アメリカ大陸先住民と深い祖先のつながりを共有している、シベリア南部における6000年前頃までの独特な遺伝的特性の長期の存在を示します。第二に、本論文は高解像度でバイカル湖地域西部とヤクーチアにおける遺伝的変化を追跡する、妥当な歴史モデルを提供します。第三に、ベルカチ(Belkachi)文化に属すヤクーチアの中期新石器時代1個体は、フェノスカンジアとグリーンランドへのシベリア祖先系統の拡大について、これまでに利用可能である最適な供給源として機能します。これらの調査結果はシベリア祖先系統の遺伝的遺産に光を当て、歴史を通じてのユーラシア北部におけるさまざまな人口集団間の複雑な相互作用への洞察を提供します。
●研究史
移動と混合は、現代人集団の遺伝的構造に影響を及ぼしてきた重要な人口統計学的事象です。シベリアとユーラシア草原地帯を含む広範な地理的地域であるユーラシア内陸部における住民の遺伝的多様性は、ユーラシアの東西両方の起源の多様な供給源人口集団間の混合の複雑な歴史により形成されてきました(Jeong et al., 2019)。この複雑な歴史の結果として、現在のユーラシア内陸部人口集団は地理を反映している異なる3混合勾配へと階層化されます。これらの勾配のうち最北端は、ほぼウラル語族およびエニセイ語族(Yeniseian)言語を話す亜寒帯森林およびツンドラ地域の人口集団で構成されており、最近の考古遺伝学的文献ではシベリア祖先系統と呼ばれることが多い、独特な種類のユーラシア東部祖先系統を共有しています。そうした祖先系統は現在の人口集団では、ガナサン人と、ネネツ人(Nenets)やエネツ人(Enets)やセリクプ人(Selkup)など他のサモエード語派話者人口集団で最も濃くなっています。
以前に刊行された古代人ゲノムのうち、中期完新世(8000~3000年前頃)のシベリア南部人は、現在のシベリア祖先系統とつながる重要な古代系統を表しています。とくに興味深いのは、バイカル湖とヤクーチアの遺跡から発見された古代人で、それは、そうした古代人がシベリアの現代人で多いY染色体ハプログループ(YHg)NおよびQを有しているからです。これらの遺跡は、狩猟採集民の複数の関連しているものの異なる考古学的文化にも属しており、バイカル湖地域には、8000~6000年前頃となる前期新石器時代(Early Neolithic、略してEN)のキトイ(Kitoi)文化に、6000~3400年前頃となる後期新石器時代(Late Neolithic、略してLN)と前期青銅器時代(Early Bronze Age、略してEBA)にはセロヴォ・グラズコヴォ(Serovo–Glazkovo)文化が続いた一方で、ヤクーチア地域では、7000~4300年前頃となる前期~中期新石器時代(Early-Middle Neolithic、略してEMN)のシャラフ・ベルカチ(Syalakh–Belkachi)文化に、4300~3300年前頃となるLNのユミャックタク(Ymyyakhtakh)文化が続きました。全体的に、これらの文化集団のゲノム規模の遺伝的特性はシベリアの現代人と密接に関連しているものの、単純な祖先と子孫の関係を却下するには充分なほど異なっています。したがって、ヤクーチアとバイカル湖地域の中期完新世シベリア人は、シベリア祖先系統およびそれを有する人口集団の起源についての歴史的モデルを構築できる、優れた出発点を提供します。
中期完新世シベリア人の遺伝的構成は3祖先系統の混合から生じ(図1)、それは、古代北ユーラシア人(Ancient North Eurasian、略してANE)と、アメリカ大陸先住民祖先系統と密接に関連している祖先系統である古代旧シベリア人(Ancient Paleo-Siberian、略してAPS)と、古代アジア北部人(Ancient North Asian (ANA)です。ANE祖先系統は、上部旧石器時代のシベリア南部中央のマリタ(Mal’ta)遺跡の1個体(MA1)およびアフォントヴァ・ゴラ(Afontova Gora)遺跡の2個体(AG2とAG3)により表されます(Raghavan et al., 2014、Fu et al., 2016)。最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)には、ANE祖先系統はユーラシア東部起源の人口集団と混合し、アメリカ大陸先住民の祖先人口集団を形成しました。この祖先人口集団はその後のAPS人口集団に遺伝的遺産を残し、たとえば、14000年前頃となる終末期更新世の1個体シベリア南部の(Ust-Kyakta-3)遺跡の1個体(UKY)、および9800年前頃となる中石器時代(Mesolithic、略してM)のシベリア北部のコリマ川(Kolyma River)のデュヴァニ・ヤー(Duvanny Yar)遺跡の1個体(コリマ_M)です(Sikora et al., 2019、Yu et al., 2020)。以下は本論文の図1です。
中期完新世の開始期には、ANA祖先系統の個体群がすでにバイカル湖地域の東西両方に出現しており(Kılınç et al., 2021)、おそらくはANE祖先系統が遅くとも14000年前頃に存在していた現在の中国北部の近隣地域から拡大しました(Siska et al., 2017、Ning et al., 2020、Mao et al., 2021)。シベリアにおけるこれら3祖先系統の遺伝的特性と地理的分布は古代人のゲノムを用いて活発に調べられてきましたが、シベリア現代人の遺伝的特性がこれら3祖先人口集団から、どのように、いつ、どこで形成されたのかは、まだ調べられていません。本論文では、刊行されているシベリアのゲノムデータの包括的な一式の間の遺伝的関係について、近位歴史モデルが提供されます。本論文の調査結果から、APS人口集団は中期完新世にはバイカル湖地域とヤクーチアに存在しており、各地域で局所的なAPS人口集団がその後の人口集団の遺伝的基盤を形成した、と論証されます。異なる3時点のヤクーチア人口集団は、それらの人口集団間のANA関連の遺伝子流動の複数の流れのため、遺伝的に異なります。本論文は最後に、中期新石器時代(Middle Neolithic、略してMN)ヤクーチア(ヤクーチア_MN)人口集団が、シベリア補器人とヨーロッパ北東部人と古エスキモー(古イヌイット)とアサバスカ(Athabaska)古代人の遺伝的構成で見られるシベリア祖先系統についても、バイカル湖地域人口集団最適な供給源として機能する、と示します。
●古代シベリアの個体群の遺伝的特性
バイカル湖地域とヤクーチアに焦点を当てた、古代シベリア人口集団の刊行されたゲノムおよびゲノム規模データが選別されました。古代の個体のほとんどは年代が中期完新世で、8800~3100年前頃です(図1)。これら古代の個体群の遺伝的特性を概観するため、主成分分析(principal component analysis、略してPCA)が実行され、古代の個体群がユーラシアとアメリカ大陸先住民の現代の2270個体から計算された主成分(PCA)に投影されました(図1)。PC1は個体群を西方から東方へと分離し、PC2はユーラシア人からアメリカ大陸先住民を分離します。ほとんどの中期完新世シベリアの個体は、ANEとANAの人口集団間のPC空間に収まりますが、2個体はこの勾配から逸れており、バイカル湖地域東部の6564~6429年前頃となる個体群のうち最古級となるヅィリンダ(Dzhylinda)遺跡個体(ヅィリンダ1)と、バイカル湖西部地域の最古級(4150~3950年前頃)となるLN(後期新石器時代)1個体(irk030)です(Kılınç et al., 2021)。この2個体【ヅィリンダ1とirk030】はPC2に沿って上に動いており、アメリカ大陸先住民との余分な類似性が示唆されます。
集団に基づく分析では、PCAの外れ値と1親等の親族が除外され、残りの古代シベリアの個体は、その地理的位置と考古学的期間とPCAのパターンに従って、5分析超群に割り当てられました。それは、ENバイカル湖東部(東バイカル_EN、5個体)、ENバイカル湖西部(西バイカル_EN、21個体)、後期新石器時代~前期青銅器時代(Late Neolithic to Early Bronze Age、略してLNEB)バイカル湖地域西部(西バイカル_LNBA、45個体)、MN(中期新石器時代)ヤクーチア(ヤクーチア_MN、1個体)、LN(後期新石器時代)ヤクーチア(ヤクーチア_LN、5個体)です(Damgaard et al., 2018、Sikora et al., 2019、Yu et al., 2020、Kılınç et al., 2021)。
●完新世シベリアで分岐したアメリカ大陸先住民の祖先の遺伝的遺産
まず、アメリカ大陸先住民の祖先の遺伝子プールとのつながりを示しているかもしれない、古代シベリアの2個体(ヅィリンダ1とirk030)の遺伝的特性がモデル化されました(図1)。注目すべきは、APSの初期の2個体、つまり14000年前頃のUKYと9800年前頃のコリマ_Mが、PC空間ではより大きな程度でアメリカ大陸先住民に向かって同様の動きを示していることです。アメリカ大陸先住民と関連する祖先系統構成要素が、これらシベリアの個体群の遺伝的特性の説明に必要なのかどうか、qpAdmを用いて形式的に検証されました(Lazaridis et al., 2016)。ANE+ANAもしくはアメリカ大陸先住民+ANAのどちらの2方向混合モデルも適合しませんが、ANE+ANA+アメリカ大陸先住民の3方向モデルは、より古いAPS個体群と同様の祖先系統の割合で充分に適合します(図2)。じっさい、qpWaveを用いると、「UKYとコリマ_Mとirk030」と「UKYとコリマ_Mとヅィリンダ1」はそれぞれクレード(単系統群)としてモデル化できる、と示されます。しかし、ヅィリンダ1とirk030はqpWave分析ではクレードを形成せず、これら完新世2個体間の混合割合の違いが示唆されます。本論文の分析は、APS人口集団の存在をシベリアにおいて少なくともLNまで拡張します(irk030)。以下は本論文の図2です。
f₃形式(ムブティ人;irk030/ヅィリンダ1、X)の外群f₃統計を利用して、irk030およびヅィリンダ1のその後の人口集団との遺伝的つながりが検索されました。ヅィリンダ1とirk030はそれぞれ、ヤクーチア_MNおよび西バイカル_LNBAと高い類似性を示しました。f₄形式(ムブティ人、irk030/ヅィリンダ1;西バイカル_LNBA、ヤクーチア_MN)のf₄統計では、ヅィリンダ1とirk030はそれぞれ、ヤクーチア_MNおよび西バイカル_LNBAとより密接である、と確証されます。注目すべきことに、irk030とヅィリンダ1はそれぞれ、この地域において西バイカル_LNBAとヤクーチア_MNに先行し、それらを区別する唯一の人口集団です。これらの調査結果から、ヤクーチアとバイカル湖地域西部の人口集団間の違いは、それぞれヅィリンダ1とirk030により表される、異なる中期完新世APS人口集団にまでさかのぼる、と示唆されます。ヅィリンダ1はバイカル湖地域東部の北部に由来し、ヤクーチアに近いもののヤクーチアに位置するわけではありませんが、この遺伝的類似性に基づいてヤクーチア人口集団のモデル化に利用されることに要注意です。
●バイカル湖地域西部における後期新石器時代の在来APS人口集団
バイカル湖地域西部人口集団の遺伝的特性は、ANAの豊富な西バイカル_EN人口集団からAPSの豊富な西バイカル_LNBAへの移行を経ており、これはキトイ文化からセロヴォ・グラズコヴォ文化への文化的移行と一致します。先行研究では、セロヴォ・グラズコヴォ文化集団におけるAPS祖先系統復活は、UKYやコリマ_Mやアルタイ狩猟採集民(Altai hunter–gatherer、略してアルタイHG)のようなAPS供給源からの遺伝子流動に起因した、と示唆されてきました(Sikora et al., 2019、Yu et al., 2020、Wang et al., 2023)。後のセロヴォ・グラズコヴォ文化関連個体とは異なるAPSの遺伝的特性を有する最古級のセロヴォ・グラズコヴォ文化関連個体であるIrk030を用いて、irk030がバイカル湖地域西部人口集団で見られるAPS祖先系統の供給源を表している、というこれまで未調査の仮説が調べられました。
f₄対称性検定を用いると、irk030がAG3およびタリム盆地の前期~中期青銅器時代(Early to Middle Bronze Age、略してEMBA)個体(タリム_EMBA1)により表されるANE祖先系統とより高い類似性を有している一方で、他のバイカル湖地域西部人口集団、つまりENのキトイ文化およびその後のセロヴォ・グラズコヴォ文化両方の個体群は、バイカル湖地域東部人口集団により表されるANA祖先系統をより多く有している、と分かりました。ANAとirk030との間の混合の調査により、バイカル湖地域西部人口集団の遺伝的構成がさらに調べられ、東バイカル_EN+irk030がバイカル湖地域西部の両人口集団【キトイ文化個体群とセロヴォ・グラズコヴォ文化個体群】に充分適合する、と分かりました。西バイカル_ENがirk030からの相対的により低い寄与(25%)を示した一方で、西バイカル_LNBAはirk030からのより高い寄与(76%)を示しました(図2)。
重要なことに、irk030の代わりにAPS供給源としてアルタイHGを用いた、バイカル湖地域西部人口集団について以前に報告された混合モデルは、irk030がqpAdm循環手法に従って外群人口集団一式に追加されると、実行不可能となります。さらに、irk030が、ANEとAPSの混合としてモデル化されたアルタイHGにおけるAPS祖先系統(Wang et al., 2023)のより適切なAPS代理を提供するのかどうか、検証されました。その結果、アルタイHGがirk030+ANEとして適切にモデル化されるのに対して、他のAPS供給源でのAPS+ANEのモデル化は、irk030が外群人口集団一式に追加されると壊れる、と示されます。本論文はこれらの結果に基づいて、バイカル湖地域西部とアルタイ地域との間のつながりは、バイカル湖地域西部からアルタイ地域へのAPS祖先系統の遺伝子流動に媒介され、以前に提案された遺伝子流動の方向(Wang et al., 2023)を反転させる、と提案します。
●ヤクーチア人口集団へのANE祖先系統の繰り返しの導入
ヤクーチアでは、ヅィリンダ1とヤクーチア_MNとヤクーチア_LNは他の供給源からの遺伝子流動なしでの局所的な人口連続性の単純な時系列を形成しない、と示されます。ヅィリンダ1とヤクーチア_MNとの間の密接な関係は先行研究で示唆されていましたが、その関係は形式的にはモデル化されませんでした(Kılınç et al., 2021)。西バイカル_ENは、f₄統計(ムブティ人、西バイカル_EN;ヅィリンダ1、ヤクーチア_MN)で示されるように、先行するヅィリンダ1よりもヤクーチア_MNの方と密接です。同様に、多くのANA関連人口集団は、たとえばf₄統計(ムブティ人、東バイカル_EN;ヤクーチア_MN、ヤクーチア_LN)のように、先行するヤクーチア_MNよりもヤクーチア_LNの方と密接です。
しかし、古代のバイカル湖地域西部人口集団は、f₄統計(ムブティ人、西バイカル_EN/西バイカル_LNBA;ヤクーチア_MN、ヤクーチア_LN)で示されるように、ヤクーチア_MNおよびヤクーチア_LNと非対称的に関連しています。qpAdmでこの関係を形式的にモデル化すると、ヤクーチア_MNとヤクーチア_LNはそれぞれ、ヅィリンダ1+西バイカル_EN(西バイカル_ENから30%の寄与)および、ヤクーチア_MN+東バイカル_EN(東バイカル_ENからの52%の寄与)として適切にモデル化される、と示されます(図2および表1)。要するに本論文の調査結果は、ANA祖先系統導入の複数の事象を含めて、ヅィリンダ1からクーチア_MNを経てヤクーチア_LNのでの時系列により表される、ヤクーチアにおける異なる遺伝的3階層を示しています。
最後に、図に基づく分析であるqpGraphにより、中期完新世シベリア人口集団の全ての近位モデルが包括的に検証されました(図3)。先行研究(Yu et al., 2020)を参考に、ムブティ人とMA1とヨーロッパ西部狩猟採集民(Western European hunter–gatherers、略してWHG)と東バイカル_ENとアラスカのアップウォードサン川(Upward Sun River、略してUSR)で発見された11600~11270年前頃の1個体(USR1)を含む、基底図が構築されました。以下は本論文の図3です。
Irk030とヅィリンダ1が、アメリカ大陸先住民およびANA分枝の独立した混合として追加されました。次に、バイカル湖地域西部とヤクーチアの人口集団がそれぞれ、irk030とヅィリンダ1の子孫としてモデル化されましたる近位混合モデルは、統計的に実行可能な最終混合図で適切に説明されています。あり得る図の形態全体にわたって包括的な検索が実行されたわけではなく、提示された図はいくつかの長さがゼロの分枝を含んでいることに要注意です。これは、1集団あたりの古代人ゲノムの限定的な数による統計的な解像度の不足に起因している可能性が高いものの、シベリアへのANA関連人口集団の急速な拡大など、急速な分岐事象の人口史を反映している可能性もある、と推測されます。
●新石器時代ヤクーチア人口集団起源のシベリア祖先系統
本論文の中期完新世シベリア人口集団の詳細な調査は、シベリア祖先系統の起源への重要な洞察を提供しました。中期完新世シベリア人における2つの主要な系統が特定され、それはバイカル湖地域系統とヤクーチア系統です。興味深いことに、古代のヤクーチア人口集団と現在のガナサン人との間に経時的な類似性増加が観察された一方で、この傾向はバイカル湖地域西部人口集団では観察されませんでした。外群f₃統計を用いてのさらなる分析は、ガナサン人とヤクーチア集団との間や、シベリア南部における密接に関連する個体、つまりクラノヤルスク・クライ(Krasnoyarsk Krai)遺跡の個体(クラノヤルスク_BA)における、強い遺伝的類似性を明らかにしました。
ヤクーチア_LNおよびクラノヤルスク_BAと同様に、ガナサン人はヤクーチア_MN+東バイカル_EN(ヤクーチア_MNからの54%の寄与)としてモデル化できますが、そのヤクーチア_MN祖先系統の割合は、ヤクーチア_LN(48%)よりもわずかに高くなりました(図4)。このモデルは、ヤクーチア_LNが外群人口集団一式に追加される壊れ、ガナサン人とヤクーチア_LNとの間の強い類似性が裏づけられます。したがって本論文は、ガナサン人はヤクーチア_LNとクラノヤルスク_BAが属していたものの、その直接的祖先がヤクーチア_LNよりも東バイカル_EN関連の遺伝子流動からの寄与が少なかった、メタ個体群(アレルの交換といった、ある水準で相互作用をしている、空間的に分離している同種の個体群の集団)の子孫だった、と提案されます。
シベリアの現代人における古代ヤクーチア人口集団の遺伝的遺産をより深く理解するため、エネツ人やネネツ人やセリクプ人やケット人(Kets)やマンシ人(Mansis)やハンティ人(Khanty)を含めて、さまざまな現在のシベリア人口集団の混合モデルが調べられました。先行研究はこれらの人口集団を、ガナサン人+スルブナヤ(Srubnaya)文化集団の2方向混合か、あるいはコリマ_M+ロシア極東の悪魔の門洞窟(Devil’s Gate Cave)の新石器時代個体(悪魔の門_N)+アファナシェヴォ(Afanasievo)文化集団の3方向混合として、モデル化しました(Sikora et al., 2019)。しかし、前者は供給源として現在のガナサン人を用いており、後者は3もしくそれ以上の供給源のみでのモデルを提供しました。対照的に本論文では、ヤクーチア_MN+クラノヤルスク_中期~後期青銅器時代(Middle to Late Bronze Age、略してMLBA)が上述の6人口集団すべてに適合する、と分かりました(図4)。それ以前のヤクーチア供給源(ヅィリンダ1+クラノヤルスク_MLBA)もしくはその後の供給源(ヤクーチア_LN+クラノヤルスク_MLBA)での競合モデルは、一様に失敗します。
上述の人口集団のうち、バイカル湖地域の最も近くに暮らしているセリクプ人とケット人について、ヤクーチア_MN+クラノヤルスク_MLBAモデルは、西バイカル_LNBAが外群に含められると実行不可能になりました。セリクプ人とケット人における西バイカル_LNBA関連祖先系統構成要素を定量化するため、モデルの解像度を充分に高く維持しながら、西バイカル_LNBAとヤクーチア_MNが供給源としてともに用いるには類似しすぎていることを考慮して、ヤクーチア_MN+irk030+クラノヤルスク_MLBAの3方向混合モデルが適用されました。Irk030での間接的なモデルは、西バイカル_LNBAがirk030からの37~44%の寄与のある余分な外群として含められている場合でさえ、セリクプ人とケット人両方に充分適合します。Irk030関連の寄与は、他の4人口集団では検出されませんでした。
ヤクーチア_LNは上述の一覧の現在のシベリア人口集団に適合モデルを提供しませんが、すべての現在のシベリア人口集団は、モデルの供給源、つまりヤクーチア_MNとクラノヤルスク_MLBAとよりも、ヤクーチア_LN/ガナサン人の方と高い外群f₃値を有しています。本論文の結果に基づいて、これらの人口集団におけるシベリア祖先系統の真の供給源は、標本抽出されているヤクーチア_MNよりも、ヤクーチア_LN/ガナサン人の方と密接に関連するものの、ヤクーチア_LN/ガナサン人とANA遺伝子流動を共有していない、標本抽出されていない人口集団に由来する可能性が高い、と仮定されます。
●シベリアを越えてのMNヤクーチア祖先系統の拡散
シベリア祖先系統は、ウラル山脈を越えてヨーロッパ北東部人口集団へと広がり、シベリアから西方への歴史的な移動が示唆されます。シベリア祖先系統が拡大し、最初にヨーロッパ北東部に現れた遺伝的階層を正確に示すため、ロシアのボリショイ・オレニー・オストロフ(Bolshoy Oleni Ostrov、略してBOO)遺跡の初期金属器時代個体群(ロシア_ボリショイ)が調べられました。ロシア_ボリショイは、タリム_EMBA1やヤクーチア人口集団やヨーロッパ東部狩猟採集民(Eastern European hunter–gatherers、略してEHG)との高い外群f₃値を示しました。ヤクーチア_MN+MN櫛目文土器文化(Combed Ceramic Culture、略してCCC)個体(エストニア_MN_CC)の節約的2方向混合モデルは、ロシア_ボリショイ(ヤクーチア_MNからの51%の寄与)を適切に説明します(図4)。ロシア_ボリショイがヤクーチア_MNとは異なる主要なYHgパターンを示すこと(つまり、ロシア_ボリショイの男性2個体のYHgがNなのに対して、ヤクーチア_MNのYHgはQです)は、注目に値します。これが単にヤクーチア_MNの限定的な標本抽出に起因する可能性は残っており、ヤクーチア_MNからの古代人ゲノムのさらなる標本抽出が、ロシア_ボリショイにおけるYHg-Nの起源の完全な理解に必要である、と示唆されます。以下は本論文の図4です。
グリーンランドの古エスキモーの起源に関して、ヤクーチア_MNが属するベルカチ(Belkachi)文化と文化的類似性を共有していた、と示唆されてきました。しかし、ベルカチ文化集団と古エスキモーとの間の遺伝的つながりはもとくにそれ以前のAPS人口集団との比較において、徹底的には調べられてきませんでした。本論文では、ベルカチ文化に属していたヤクーチア_MNは、それ以前のAPS人口集団が外群に含まれる場合でさえ、古エスキモーのサカク(Saqqaq)文化の1個体とクレードを形成する、と確証されます。さらに、ヤクーチア_MNは同等の割合で、アサバスカ人(Athabaskan)と新エスキモーの以前に報告されたモデル(Flegontov et al., 2019)における供給源としてサカク文化個体を置換できる、と確証されます。ヤクーチア_MN+アメリカ合衆国モンタナ州西部のアンジック(Anzick)遺跡個体は、古代アサバスカ人(ヤクーチア_MNから38%の寄与)とエクヴェン人(Ekven)の新エスキモー(ヤクーチア_MNから61%の寄与)に適合します(Sikora et al., 2019、Wang et al., 2023、図4)。
●考察
本論文では、古代シベリア人口集団の詳細な人口動態が再構築され、シベリア祖先系統の起源として新石器時代ヤクーチア人口集団が提案されます。APS祖先系統を有する古代の個体群がバイカル湖地域から北極圏シベリアまでシベリア全体で散発的に発見されている一方で、APS人口集団がこの地域において相互におよびその後の人口集団とどのように関連しているのかは、不明なままです(Sikora et al., 2019、Yu et al., 2020)。本論文は、irk030とヅィリンダ1という古代人2個体がAPSメタ個体群に属すると示すことにより、14000~6000年前頃のシベリア南部におけるAPS人口集団の長期の存在を確証します。さらに、これら2個体【irk030とヅィリンダ1】はAPSメタ個体群内の下位2系統を表しており、それぞれバイカル湖地域西部とヤクーチアにおけるその後のシベリア人口集団の遺伝的基盤を形成したので、この2地域間の分岐は少なくとも8500年前頃にさかのぼる、と示唆されます。しかし、西バイカル_ENからヤクーチア_MNへの遺伝子流動によって示されるように、この分岐が2地域間の完全な分離を意味していないことは注目に値し、ヤクーチア地域へのキトイ文化関連人口集団の拡大が示唆されます。そうした遺伝的つながりは、バイカル湖地域西部からヤクーチアへの網目模様の土器様式の拡大を報告した考古学的研究と一致します。
先行する在来のキトイ文化集団と侵入してきたANE構成要素の豊富な人口集団との間の混合から生じたセロヴォ・グラズコヴォ文化に関する以前の提案(Damgaard et al., 2018)とは対照的に、本論文はこの仮説に疑問を呈す調査結果を提示します。具体的には、最古級のセロヴォ・グラズコヴォ文化個体であるirk030に関する本論文の分析は、irk030がAPS祖先系統に属し、キトイ文化関連人口集団と直接的なつながりを有さない、と示しています。これは、セロヴォ・グラズコヴォ文化が、ENのキトイ文化ではなく、おそらくキトイ文化の前にまでさかのぼる在来のAPS基盤に起源がある、という代替的な仮定的状況を提起しますが、最古級のセロヴォ・グラズコヴォ文化人口集団のAPSの遺伝的特性を実証するには、より古いゲノムが必要です。先行研究も、キトイ文化とセロヴォ・グラズコヴォ文化との間の考古学的記録の空隙もしくは有意に異なるミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)蘇生に基づいて、両文化間の不連続性を示唆しました。本論文は代わりに、バイカル湖地域西部からアルタイ山脈までの地域がAPS祖先系統にとって退避地だったかもしれない、と示唆し、仮説検証の有望な方法を提起します。初期セロヴォ・グラズコヴォ文化関連個体群が将来この地域で発掘されれば正確な評価が可能でしょう。
ユーラシアと北アメリカ大陸にまたがって見られるシベリア祖先系統が、ヤクーチア_MNにより最適に表される単一の遺伝子プールにたどれるかもしれないのは、注目に値します。MNのベルカチ文化集団(ヤクーチア_MN)とLNのユミャックタク文化集団(ヤクーチア_LN)との間の遺伝的差異により、シベリア祖先系統の拡大はヤクーチア_LNの前に起きた、との推論が可能となります。これは、ヨーロッパ北東部におけるシベリア祖先系統の最古級の存在(4000年前頃のロシア_ボリショイ)についての混合年代、および古エスキモー文化の最初の出現(4500年前頃)により与えられる期間と一致します。この遺伝的証拠は、先行研究で説明されているように、土器および石器技術の拡散とも一致します。興味深いことに、ユミャックタク文化と関連するシベリア祖先系統拡大の第二の波は、ガナサン個体群では認識できるものの、他のサモエード語派言語話者人口集団であるセリクプ人では認識できません。これは、モエード語派言語話者人口集団内の分岐が新石器時代にさかのぼるかもしれないことを示唆しています。
古代と現在のシベリア人口集団間の関係についての詳細な歴史的モデルを構築する本論文の努力にも関わらず、将来の調査を必要とする特定の側面があります。第一に、シベリアにおけるAPS祖先系統の分布と影響に関する本論文の理解は、わずかな古代人のゲノムのみに基づいているので、APS祖先系統がシベリア全域のその後の移民人口集団によってどのように取って代わったのかは、不明なままです。第二に、ヤクーチア_MNとロシア_ボリショイはそれぞれ、異なるYHgであるNとQに属しており、これはヤクーチア_MNのゲノムの限られた利用可能性に起因するかもしれません。第三に、本論文は、遺伝的特性がヤクーチア_MNに類似しているものの、その後のヤクーチア_LNとより高い遺伝的類似性を有する、標本抽出されていない人口集団を仮定しており、これは将来の研究で検証されるべきです。シベリア祖先系統の拡大の詳細に関する理解を深めるためには、シベリア全域、とくにヤクーチアの中期新石器時代の古代人のゲノムを生成する、将来の古ゲノム研究が必要です。
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