大河ドラマ『光る君へ』第26回「いけにえの姫」

 今回は、出家した定子を依然として寵愛し、政務を怠る一条天皇をどう「正道」へと導くのか、藤原道長(三郎)を中心とした貴族の駆け引きとともに、紫式部(まひろ)と藤原宣孝との新婚の様子も描かれました。紫式部を大事にしている宣孝ですが、世渡り上手で豪放磊落なところもある宣孝の感性は、繊細なところのある紫式部とは衝突することもあり、そこは紫式部の父親である藤原為時の心配していた通りでしたが、それでもまだ、遊びの範疇とも言えたのに、宣孝が道長の名前を出したことで、深刻な衝突に至ります。さすがに紫式部が主人公だけに、夫との関係は詳しく描かれています。この状況で紫式部は石山寺にて道長と再会し、本作は紫式部と道長の物語だと、改めて思わされます。

 一条天皇をどう「正道」へと導くのか、道長に相談された安倍晴明は、道長の娘である彰子を一条天皇に入内させるよう、道長に進言しますが、彰子がまだ幼く、性格も入内に向かない、と道長は怒ります。姉の詮子はそんな道長を、天変地異を収めるため、自身も傷を負うよう、諭します。彰子の入内にはその母親である源倫子も大反対で、このやり取りで、道長の嫡男である田鶴(頼通)も登場し、その人となりが描かれました。頼通の本格的な登場はもっと後でしょうが、快活でややお気楽な人物のように見えました。おそらく、頼通は父の道長から叱責されることが多く、そうして成長していくのでしょう。頼通の成長も、後半の見どころの一つとなりそうです。

 彰子は現時点で、内気でとくに才気も感じさせず、父の死と兄の失脚により影を負っている感もあるとはいえ、才気煥発で陽気な定子とは対照的な人物として描かれているように思います。村井康彦氏は『教養人の日本史(2)』(社会思想社、1987年、初版の刊行は1966年)において以前、彰子は人柄が良かったものの文才は定子に及ばず、教養豊かな定子に仕えて文才を発揮した清少納言を紫式部は羨んでおり、清少納言を日記で腐したのではないか、と推測していました。本作でも、そうした評価が採用されているようです。彰子が後に「国母」として絶大な権威を認められるようになり、父の道長の意向にも容易に従わず不満を示し、弟の頼通が関白の地位を息子(師実)に譲ろうとしたら、父である道長の遺言通りに弟(教通)に譲るよう認めさせたことを考えると、本作では道長の死の頃までしか描かれないかもしれませんが、彰子の成長は頼通よりも詳しく描かれるのではないか、と注目しています。やはり、主人公の紫式部が仕えるだけに、彰子の扱いは大きいのでしょう。

 彰子の入内をどう描くかは、本作の評価に大きく関わるのではないか、と考えてきましたが、一条天皇を「正道」へと導くため、周囲に勧められて国政のため仕方なく覚悟を決めた、というように描かれました。藤原公任も、道長は私欲がなく、そこが自分たちと違うので、政権を担っているのだ、と認めていました。私欲(権勢欲)のためではなく、国政と人々の安寧のため、貴族層にも望まれて、生贄として娘の彰子を入内させる、という展開は、さすがに道長を美化しすぎているようにも思い、ここまで本作をたいへん楽しく視聴してきましたが、今後がやや不安になってきました。それでも、まだ期待の方がずっと大きく、紫式部と、道長だけではなく清少納言(ききょう)との関係がどう描かれていくのか、楽しみにしています。

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