『地球ドラマチック』「ネアンデルタール人vs.ホモ・サピエンス」

 NHK教育テレビで放送されたので、視聴しました。ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)と現生人類(Homo sapiens)とを近年までの研究に基づいて比較し、ネアンデルタール人の絶滅理由を検証しており、フランスで2023年に放送された番組の日本語版のようです。『地球ドラマチック』では2021年に、「ネアンデルタール人 真の姿に迫る!」と題してネアンデルタール人が取り上げられています(関連記事)。この番組では、トム・ハイアム(Tom Higham)氏など第一線の研究者への取材に基づいて、近年の研究成果が取り上げられており、良心的な構成になっていると思います。日本のテレビ局も、専門外の有名人を登場させるなどといった問題のある構成にするのではなく、この番組のような制作姿勢を見習って欲しいものです。

 ただ、ネアンデルタール人が絶滅したとはいっても、非アフリカ系現代人はわずかながらネアンデルタール人由来のゲノム領域を継承しているので、形態学的・遺伝学的にネアンデルタール人的な特徴を一括して有する集団は絶滅した、と言うのがより妥当でしょうか。番組でも、ネアンデルタール人と現生人類との間の交雑と、非アフリカ系現代人のゲノムにネアンデルタール人由来領域がある、と指摘されていました。なお番組では、レヴァントの初期現生人類は絶滅したと推測されていましたが、その確証はまだ得られていないように思います。

 番組ではネアンデルタール人の肌は白く、瞳は明るい色で、髪は赤色から明るい茶色だっただろう、と指摘されていました。ただ、現代人に継承されているものも含めて、ネアンデルタール人のゲノムにおける色素沈着と関連する遺伝的多様体には、肌の色合いを濃くするものも薄くするものも含まれており、ネアンデルタール人の肌の色は現代人と同じく多用だったのではないか、との推測もあります(関連記事)。ネアンデルタール人のネアンデルタール人が毛皮を加工し、服を着ていた可能性も指摘されており、確かに、ネアンデルタール人が皮革加工用骨角器を使用していた可能性も示されています(関連記事)。

 ネアンデルタール人の絶滅については、現生人類より認知能力やそれとも関連して技術が劣っていた、と一昔前には説明されることが多かったように思いますが、番組では、ネアンデルタール人が高い技術や狩猟の巧みさや複雑な社会組織を有していた可能性が指摘されていました。では、なぜネアンデルタール人が絶滅というか、ネアンデルタール人的な形態と遺伝的構成を有する集団がもはや存在しないのかが問題となるわけですが、それについて番組では、ネアンデルタール人の人口および社会構造が指摘されていました。

 ネアンデルタール人の社会が父系的だった可能性は近年指摘されており(関連記事)、男性が出生集団に残り、女性が出生集団から離れた、というわけです。しかし、気候好適期に拡大したネアンデルタール人が気候悪化とともに各地で孤立すると、繁殖相手が限定的となり、近親交配が多くなって、遺伝的多様性が低下し絶滅していったのではないか、というわけです。こうしたネアンデルタール人集団の絶滅はアルタイ山脈(関連記事)やイベリア半島(関連記事)など各地で起きていたのではないか、と推測されています。

 番組では、そもそもネアンデルタール人全体の人口が少なく、孤立しやすかったことも指摘されていました。一方で、更新世の現生人類では、そうした極端な近親交配が確認されていない、と番組では指摘されていました。現生人類はネアンデルタール人の主要な分布域だったヨーロッパよりも温暖な地域に分布しており、生息範囲の点でネアンデルタール人よりも恵まれていたのではないか、というわけです。ネアンデルタール人で確認されている近親交配は、絶滅の理由というよりは、衰退過程での短期的な集団存続の手段を表している可能性が高そうです。「唯物史観」における、人類の「原始社会」は近親も対象とした「乱婚」だった、との想定は根本的に間違っているのではないか、というわけです。

 番組ではネアンデルタール人と現生人類の脳の違いも取り上げられており、現生人類において小脳が他の人類よりも発達しており、それが社会性の発達と関連しているかもしれない、と指摘されていました。現生人類の方がネアンデルタール人よりも他集団との社会的つながりは強く、それもネアンデルタール人の絶滅というか現生人類への吸収(同化)につながったかもしれない、と番組では推測されていました。他集団とのつながりに利用された装飾品についても、現生人類よりネアンデルタール人の方が使用頻度は高かっただろう、と指摘されていました。ただ、これについては、5万年以上前では現生人類とネアンデルタール人とで大きな違いがあるのか、やや疑問も残ります。

 この番組は全体的に、ネアンデルタール人の絶滅(というか現生人類への同化あるいは吸収)と現生人類の「繁栄」の理由について、社会性というか社会的つながりの点で現生人類がネアンデルタール人より強かったことを強調していました。確かに現時点でそれは有力な見解かもしれませんが、最も研究が進んでいると言えるだろう地域であるヨーロッパにおいて、4万年前頃にネアンデルタール人が絶滅したさいに(イベリア半島ではもっと後までネアンデルタール人が生存していたかもしれませんが)、4万年以上前に存在した現生人類集団の遺伝的影響が劇的に低下していると推測されていること(関連記事1および関連記事2)も注目すべきと思います。ネアンデルタール人絶滅(というか現生人類への同化あるいは吸収)は、現生人類と比較して何らかの能力が決定的に劣っていたからではなく、この番組でも見解の一つとして取り上げられていたように、生息範囲の違いがより大きかったのではないか、というわけです。ネアンデルタール人と現生人類の関係は、人類進化に関心を抱き始めた頃よりずっと、もう四半世紀以上にわたり、私にとって古人類学で最も関心の高い問題なので、今後もできるだけ最新の研究を追いかけていきたいものです。

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