日本列島の人類集団における農耕前後の適応の比較

 日本列島の人類集団における農耕前後の適応の比較を検証した研究(Cooke et al., 2024)が公表されました。本論文は、日本列島における本格的な農耕の前後の人類集団の適応の違いを、遺伝的多様体の頻度の比較から検証しています。具体的には、エクトジスプラシンA受容体(ectodysplasin A receptor、略してEDAR)遺伝子やアルデヒド脱水素酵素2型(Aldehyde dehydrogenase 2、略してALDH2)遺伝子などです。現生人類(Homo sapiens)はアフリカから拡散後、さまざまな環境に適応していきましたが、狩猟や採集や漁撈や農耕など、生業に対応した選択圧の違いによる、異なる適応もあったでしょうし、日本列島もその一例と考えられます。


●要約

 初期現生人類は農耕前に何千年も狩猟採集民として暮らしていましたが、これらの人口集団の遺伝的適応は謎のままです。本論文は、日本列島における、古代の狩猟採集漁撈民である「縄文人」における選択を調べ、農耕前後の適応を対比させます。本論文は、古代アジア人のゲノムでの補完の検証成功に基づいて、「縄文人」における選択の痕跡、とくに、濃い色素沈着の進化に影響を及ぼしたかもしれない、KITLG遺伝子の多様体の堅牢な兆候を特定します。「縄文人」にはよく知られた適応的多様体(EDAR、ADH1B、ALDH2)が欠けており、日本列島においてそうした多様体が出現したのは農耕開始後と示されました。注目すべきことに、EDARおよびADH1B遺伝子の多様体は日本列島において1300年前頃には広がっていたのに対して、ALDH2遺伝子の多様体は他の古代人のゲノムに存在しないため、その後に出現したかもしれません。本論文は全体的に、「縄文人」集団に固有の局所的適応を実証し、それは同様に、現在のアジアの人口集団を形成し続けている農耕後の選択に光を当てます。


●研究史

 完新世における農耕開始前に数万年間、ヒト集団は生計のため狩猟と採食のみに依存していました。この変化は進化的時間規模では相対的にごく短期間ですが、世界中の生活様式に多大な影響を及ぼしました。移住や混合や置換や増加や(Cooke et al., 2021、Patin et al., 2014)、食習慣の変化およびこの変化に続く病原体負荷(Patterson et al., 2022、Davy et al., 2023)の増加から出現した新たな選択圧への適応を含めて、農耕の拡大を伴う人口動態の解明に多大な努力が払われてきました。しかし、これら初期狩猟採集民人口集団を特徴づけた選択圧を含めて、農耕前のヒトの進化の軌跡を理解することが同様に重要です。

 現生狩猟採集民は農耕に適さない孤立環境もくしは極限環境に暮らしていることが多く、高脂肪食性に特化した代謝経路(Fumagalli et al., 2015)や効率的な狩猟に有益かもしれない低身長など、ヒトの適応に関する遺伝的基盤の研究のための、入手可能なモデルを提供します。表現型の適応の同様のパターンが、さほど過酷でない地域に暮らしていた農耕前の人口集団においても存在したか、あるいは有利でさえあったのかどうかは不明です。農耕前のヒトの古代ゲノムの人口集団規模のデータセットにより、それらの人口集団に存在しているかしていない適応的形質特定が可能となり(Mathieson et al., 2015)、それは同様に農耕前後の独特な性質における重要な洞察を提供します。

 アジア東部において最も深く分岐した人口集団の一つとして知られている、先史時代の日本の在来の「縄文人」集団(Cooke et al., 2021、Gakuhari et al., 2020、McColl et al., 2018)は、農耕前後の生活様式の変化を通じての適応史の調査のための、比類のない機会を提供します。ます。日本列島は「縄文人」の何千年もの島嶼的孤立により特徴づけられ、それは稲作農耕へのより新しい変化と、その後の国家形成の前のことでした(Cooke et al., 2021)。この歴史により、日本列島は農耕前後の人口集団を対比させる理想的な抑制体系となっています。

 本論文は、ゲノム補完(Cassidy et al., 2020、Irving-Pease et al., 2024)を活用して、低網羅率の古代ゲノムのゲノム解像度を高めます。この手法は、通常位相参照パネルの使用を通じて決定される、利用可能な配列情報と共通ハプロタイプパターンに基づいて、欠落しているゲノムデータの可能性の高い特定を推測します。しかし、その祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が日本人集団による現在の参照パネルでのみ表される「縄文人」のように人口集団(Cooke et al., 2021)については、どのくらい効率的に補完が実行されるのか、まだ不明確です。本論文は、日本列島の古代人およびアジア大陸部の人々の補完を評価して実装し、農耕前の狩猟採集民独自の特徴である自然選択の痕跡と、現代の人口集団を特徴づけ続けている適応的形質の起源を解明します。


●古代のアジア個体群における補完実績の評価

 古代のアジアの個体群への補完の適用性は、ユーラシア西部内のさまざまな地域の古代の個体群(Cassidy et al., 2020、Irving-Pease et al., 2024)と比較して、相対的にはまだ調査されていません。とくに、古代の人口集団におけるハプロタイプのパターンもしくは差異は、大規模な現在の参照パネルでは必ずしもよく表されていないかもしれず、これは対象の人口集団に対する不正確な呼び出しもしくは偏りをもたらす可能性があります。したがって、深く分岐した祖先的系統(現在の人口集団への遺伝的寄与が、まったくないか、ごく僅かであることが多くあります)がより高い網羅率でどのくらい補完できるのか、確証することが重要です(図1)。以下は本論文の図1です。
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 本論文は、高網羅率の古代の個体群が低解像度処理され、GLIMPSEにより実装された補完経路を通し、元々の二倍体遺伝子型と比較する手法を採用しました。この手法は、比較的高網羅率で配列決定された「縄文人」2個体(Cooke et al., 2021、Kanzawa-Kiriyama et al., 2019)、つまり網羅率7.5倍の8819年前頃の個体(JpKa6904)および網羅率35倍の3755年前頃の個体(F23)と、時間と空間と考古学の背景が異なる追加の3個体(Kılınç et al., 2021、Sikora et al., 2019)に適用されました。この追加の3個体とは、古代北シベリア人系統を表すシベリア北東部のヤナ犀角遺跡(Yana Rhinoceros Horn Site、略してヤナRHS)の31600年前頃の個体と、バイカル湖地域の5533年前頃の個体(irk034)と、クラノヤルスク・クライ(Krasnoyarsk Krai)遺跡の4186年前頃の個体(kra001)です。

 本論文の分析から、高い割合(98.9%超)の二倍体遺伝子型が補完からの回収に成功した、と示され、それは0.5倍超の網羅率のゲノムでは「一致率」と定義されます(図1A)。一致率は塩基転位(transition、略してTi、ピリミジン塩基間もしくはプリン塩基間の置換)と塩基転換(transversion、略してTv、ピリミジン塩基とプリン塩基との間の置換)の両方で同型接合部位ではひじょうに高くなっています(99.7%超)。異型接合部位に焦点を当てると、塩基転位部位の一致率は塩基転換よりわずかに低くなります。しかし、網羅率が0.5倍超では、一致率は同等になります(図1A)。それにも関わらず、部位ごとの正確さは塩基転位と塩基転換両方の異型接合部位では97%と高く(図1B)、この補完経路を通じて生成されたアレル(対立遺伝子)は、0.05倍と低い網羅率でさえ信頼できる、との見解を裏づけています。

 しかし、補完された異型接合体の数は、網羅率が0.5倍未満に下がると有意に減少し、これはおもに異型接合体を同型接合体と誤分類するためです(図1A)。したがって、ハプロタイプに基づく分析から古代の個体群を除外するための網羅率限界は0.5倍と定義され、これは他の地理的状況の古代人標本を含む先行研究(Cassidy et al., 2020)の調査結果と一致します。網羅率と変異の種類に関係なく観察された高い精度率を考慮して、頻度に基づく分析では利用可能な全個体が含められ、つまり選択精査です。これは、補完されたデータが、さらなる人口統計学的および選択分析を実行するための確たる基盤を提供する、強い証拠です。


●より広いアジアの状況における狩猟採集漁撈民である「縄文人」の遺伝的独自性

 網羅率0.5倍超のユーラシア東部のさまざまな地域の補完された古代人125個体でのIBDSeqを活用して、個体の組み合わせ全てにわたって共有される同祖対立遺伝子(identity-by-descent、略してIBD)の包括的な全体像が提供されます(図2A)。IBDパターンに基づく本論文の主成分分析(principal component analysis、略してPCA)は、黄河個体群(Ning et al., 2020)もしくはバイカル湖人口集団の新石器時代および青銅器時代集団への分岐(Damgaard et al., 2018)など、大陸部におけるその地理的もしくは文化的類似性をおおまかに反映する、標本の位置づけとクラスタ化(まとまり)を把握します。以下は本論文の図2です。
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 最も著しい観察は、「縄文人」が第二主成分(PC2)で全ての大陸部人口集団から際立っている程度です。時空間的差異や親族関係の欠如に関わらず、「縄文人」12個体はデータセットの残りと比較して独特に多い内部IBD量を示します。このパターンは、分析がより短いかより長い共有IBD(100万~500万塩基対か、500万~1000万塩基対か、1000万塩基対超)に限定してさえ観察できますが、クラスタの緊密さは、より長い断片のみを含める場合にはいくらか減少します。

 先行研究(Cooke et al., 2024、Robbeets et al., 2021)と一致して、縄文祖先系統の残存は、琉球諸島の歴史時代の個体群と古墳時代の3個体と朝鮮半島の三国時代の個体群において明らかです。しかし、縄文祖先系統は均等に分布しているわけではなく、古墳時代の標本は黄河人口集団とより多くのIBDを共有しており、これは古墳時代個体群と広範なアジア東部祖先系統のある人々との間で以前に報告された遺伝的類似性と、報告された縄文祖先系統の異なる水準と一致する歴史時代【三国時代】の朝鮮半島人口集団内での不均一な共有水準を裏づけます。

 「縄文人」は、アジアにおける最高水準の同型接合連続領域(runs of homozygosity、略してROH)の点でも、他のアジアの人口集団から際立っており(図2B)、過剰な量の短いROH断片(規模は160万塩基対未満)があります。このパターンは、先行研究(Cooke et al., 2021)で示されているように、「縄文人」における強いボトルネック(瓶首効果)と小さな人口規模を裏づけます。とくに、最高水準のROHが同じ遺跡(つまり、北海道の礼文島の船泊遺跡)「縄文人」2個体(F5とF23)で観察され、この2個体は他の「縄文人」個体のあらゆる組み合わせと比較して、過剰に多い量のIBDも共有しています。ゲノムデータのこの解像度向上により、ほぼ均一な「縄文人」内の地理的下部構造が特定され、これは以前には疑似半数体データでは検出できませんでした(Cooke et al., 2021)。さらに、ユーラシア東部古代人のこの一式における近親交配の証拠の欠如は、ユーラシア西部古代人の事例のように、同祖接合性の水準増加の形成において、文化的過程ではなく、人口規模や混合を含めて、人口動態の役割を浮き彫りにします。


●農耕前の狩猟採集民における局所的適応の遺伝的痕跡の検出

 農耕到来前の日本列島における「縄文人」の長期の孤立は、狩猟採集民の生活様式に固有の適応的形質のゲノムでの特定を可能とするかもしれません。ゲノム全体の規模での自然選択の痕跡の精査のため、人類多型性研究施設(Centre d’Etude du Polymorphisme Humain、略してCEPH)のヨーロッパ北部および西部祖先系統を有するアメリカ合衆国ユタ州住民(CEU)と、北京の漢人(CHB)をそれぞれ外群と参照として使用することにより、人口集団分枝統計(Population Branch Statistics、略してPBS)が「縄文人」19個体一式に適用されました。このアレル頻度に基づく手法は、選択精査での「縄文人」ゲノムを通じて見られる、強い連鎖不平衡の交絡効果を軽減できます。

 本論文の引窓(sliding window)分析は、実証的分布の上位0.1%に分類される高いPBS値のある12ヶ所の領域を特定し(図3)、「縄文人」系統に固有の選択圧と、「縄文人」に存在しないものの、より広範なアジア東部人口集団に特徴的な選択圧を浮き彫りにします。上位0.01%内に入る「縄文人」における選択の最も強い兆候は、7番染色体と12番染色体の2ヶ所の領域で観察され、精査でのさまざまな人口集団の選択に堅牢です。さらに、これら2ヶ所の領域は、最近の選択的一掃から予測されるように、各窓内で全体的もしくは局所的に遺伝的多様性の大きな減少により特徴づけられます(図3)。対照的に、アジア東部においてよく知られている適応的遺伝子であるEDAR 遺伝子座周辺ではPBS値上位0.1%を超えていますが、この領域は他の人口集団と比較して「縄文人」において、低水準ではなく高水準の遺伝的多様性を示します(図3)。以下は本論文の図3です。
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 EDARは、髪の厚さや耳朶および顎の形や歯の形態学的多様体の一式を含めて、さまざまな形質と強い関連があります。Val370Ala(rs3827760)の焦点となる変異は一般的に、古代人および現代人のデータセットにおいてひじょうに高頻度です(図3)。興味深いことに、このアレルはこの分析に含められる「縄文人」全個体で完全に存在しません。この調査結果は、祖先的もしくは派生的なアレルを有するナマの読み取りを数えたり、これらの読み取り数に基づくアレル頻度を推定したりしても、さらに確証されます。これらの結果から、この適応的変異は「縄文人」の祖先人口集団にはほぼ存在しなかった、と示唆されます。

 この変異を有すると報告されている最古の個体(Mao et al., 2021)の年代は、上部旧石器時代の較正年代で19587~19175年前頃となり、これは最終氷期極大期(Last Glacial Maximum、略してLGM)末期となり、中国北部のアムール川流域で発見され(AR19K個体)、この調査結果は本論文でも観察されました。「縄文人」系統が20000~15000年前頃に分岐した、と推定されてきたことを考えると(Cooke et al., 2021)、本論文の分析は、この適応的変異の20000年前頃という時間的起源の上限を提供し、これは次に、この変異がLGMで観察された環境条件に応じて出現したことを示唆します。

 選択精査分析で観察された頂点は7番染色体上の1ヶ所の領域に由来し、4個のタンパク質コード遺伝子(KCND2、TSPAN12、ING3、CPED1)を含む窓です(図3)。現在もしくは古代の人口集団と比較して、「縄文人」はこの領域においてとくに低い異型接合性を示し、この領域ではいくつかの一塩基多型(Single Nucleotide Polymorphism、略してSNP)が骨の健康と有意な関連を示しています。「縄文人」と大陸部の各人口集団との間のアレル頻度における差異の定量化により、自然選択の潜在的対称を3ヶ所のSNPへとさらに絞り込むことができ、その頻度は3ヶ所の領域(rs150038188、rs143809091、rs77567846)で最も分化しています。これらのSNPは「縄文人」において94%超の派生的アレル頻度を有しており、身体活動水準もしくは骨粗鬆症の指標である踵の骨密度に表現型の影響があります。これらの頻度はアフリカおよびヨーロッパの現代の人口集団(5%未満)と古代および現代のアジア東部人口集団(50%未満)で観察される頻度とは対照的です(図3)。

 さらに、12番染色体の1ヶ所の領域で選択の強い兆候が見つかり(図3)、いくつかのタンパク質コード遺伝子も含んでいます。これには、色素沈着において機能的役割を果たすとよく知られている、KITLGが含まれます。「縄文人」の異型接合性は、他の古代および現代の人口集団と比較してこの遺伝子の下流でひじょうに低くなっており(図3)、この領域内では、2ヶ所のSNP(rs74381527とrs11495049)が「縄文人」と古代もしくは現代の大陸部人口集団との間でその頻度において大きく異なります。この派生的アレルは「縄文人」においてほぼ排他的に観察され(60%)、人口集団ではほとんど見られません(図3)。注目すべきことに、イギリス生物銀行(United Kingdom Biobank、略してUKB)のデータセットは、これらのアレルと関連する明らかな表現型の影響を明らかにし、より濃い髪と皮膚の色素沈着として現れます。この観察された表現型の影響は、GTExデータにより示唆されているように、KITLGの発現の変化により促進されているかもしれません。


●農耕導入後の選択の追跡

 「縄文人」において現代の人口集団で確認された適応的多様体の有無は、選択が農耕革命の前後どちらで起きたのかに関する情報も提供します。アジア東部系現代人と明確に関連する形質の一つは、アルコール消費に対する生理学的反応で、影響を受けた個体の肌は桃色から赤色に変わり、これは「アジア人の紅潮」として知られる現象です。この反応は、アルコール代謝と関連する酵素の不定型的形態に起因する、血中の過剰なアセトアルデヒドの蓄積により引き起こされます。ADH1B遺伝子のrs1229984やALDH2遺伝子のrs671など、アルコール分解経路のさまざまな段階と関連するタンパク質をコードする遺伝子の多様体(図4A)は、アジア東部人口集団において高頻度で存在し、現代日本人集団において最近の選択を経てきたようです。このアレル頻度の時間的パターンは、2ヶ所遺伝子座との強い連鎖不平衡においてSNP全体で一貫しており、塩基転位もしくは塩基転換な関係なく、補完の正確さを裏づけます(図1)。以下は本論文の図4です。
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 本論文の補完およびアレル計算手法は明らかに、「縄文人」集団における両方の適応的アレル完全な欠如を論証し、それらが大陸部から日本列島にその後の到来によりもたらされた可能性を裏づけます。rs1229984における「シトシン(C)からチミン(T)」の(アミノ酸が変わるような)ミスセンス変異(Arg47His)は、アルコール脱水素酵素1B(alcohol dehydrogenase 1B、略してADH1B)のより活発な形態をもたらし、現在のアジア東部人口集団において高頻度で観察されます(図4A)。

本論文における農耕前後の人口集団から得られた古代ゲノムの多様な一式から、この多様体は古代中国の広範な黄河クラスタや歴史時代の中国南部や歴史時代の朝鮮半島や日本の古墳時代の個体群で観察できる、と示されます。本論文で観察されるこの変異の最古の発生は後期新石器時代の4000年前頃で、それは先行する中期新石器時代と比較して、稲作農耕の強化と中国およびアジア南東部の現在の人口集団との遺伝的類似性増加と一致します(Ning et al., 2020)。その頻度は、後期青銅器時代と鉄器時代というその後の期間に中国内で増加し続け、現在の人口集団で最高水準に達します。歴史時代までに、このアレルは中国南部と韓国において優勢となりました。

古墳時代には朝鮮半島経由で黄河流域を含めてアジア東部大陸部からの人々の大規模な流入があったことを考えると、このアレルはこの期間に日本列島へと移住を通じてもたらされ、在来民との混合を通じて日本の人口集団に広がった可能性が高そうです。「縄文人」におけるこのアレルの完全な欠如は、この変異とその結果としての表現型が狩猟採集民の生活様式には利点をもたらさず、その後の頻度上昇は日本列島への農耕導入後の生計変化の影響に起因する可能性があることも示唆しているかもしれません。

rs1229984とは対照的に、rs671における「グアニン(G)からアデニン(A)」のミスセンス変異は、本論文のデータセットのすべての古代の人口集団で観察できず、例外は歴史時代の韓国です。確認された読み取りにはこの変異がありませんが、rs671との強い連鎖不平衡におけるSNPの大半は、この人口集団における派生的アレルの存在を裏づけます。この変異はアミノ酸残基504の位置をグルタミン酸からリジンへと変え、アルデヒド脱水素酵素経由での酢酸塩へのアセトアルデヒドのより遅い破壊につながります。この結果から、同じ経路でアルコール代謝に影響を及ぼす2ヶ所の変異は歴史の別の段階で、異なる文化的背景内で発生した、と示唆されます。

適応的変異の出現は、人口増加に当てはめられることが多く、つまり、人口集団が大きくなると、より適応的な多様体が人口集団に出現するわけです。両部位における祖先的アレルの完全な固定のため、より多くのアセトアルデヒドを保持する遺伝的可能性は「縄文人」では低く、「縄文人」の人口規模は一貫して経時的に小さいものでした(図4B)。しかし、この形質は古墳時代に人口が増加し始めると、より多様になりました。この進化は、過去1300年間に人口爆発した期間にさらに加速し、現代の人口集団におけるこの表現型の差異の二峰性をもたらしました。


●考察

 本論文は、狩猟採集漁撈民である「縄文人」における自然選択の最初の詳細な分析を実行します。本論文はまず、「縄文人」2個体を含めて、古代のアジア東部個体群における遺伝子型補完の高率の正確さおよび一致を論証します。二倍体と保管されたデータの直接的比較に用いられた部位の大半は、参照もしくは代替アレルのどちらかで同型接合で、これらの部位は網羅率が0.01倍を超える限り、ひじょうに高率の一致と正確さで補完出来ます(図1)。対照的に、異型接合体を再現する能力は、正しく補完された異型接合部位の数の減少のため、0.5倍超の網羅率のゲノムに限られます。

 したがって、低網羅率(たとえば、0.5倍未満)のゲノムの補完が、異型接合性の全体的な不足につながる可能性に要注意です。本論文は補完の枠組みを設計し、塩基転位なしでのデータ補完により、古代DNA損傷の影響の可能性を最小限にもし、それは塩基転換よりも塩基転位の補完された部位のより低い一致率をもたらします。それでも、高率の正確さが網羅率全体で達成でき、補完された部位は塩基転位もしくは塩基転換に関わらず、適応的アレルの有無の判断などアレルに基づく分析には有用である、と示唆されます。古代アジア人のゲノムの成功した補完の確認により、アジア地域からのゲノム解像度を確信して増加させることができるようになり、新たな分析手法が開かれました。

 本論文は、より深い分析に補完データの可能性を活用することで、農耕前後の選択への新たな洞察を提供します。日本列島への到来とその後の孤立に続いて、「縄文人」の人口特性はアジア本土とは顕著に異なるようになり(図2)、以前に示されたように(Cooke et al., 2021)、強いボトルネック(瓶首効果)と小さな有効人口規模のため、高水準の時空間的な遺伝的均一性となりました。「縄文人」系統の出現は、アジア内におけるEDAR遺伝子のV370A変異の高度な広がりに先行したようで(図3)、この調査結果は、「縄文人」のシャベル型切歯のより低い割合により裏づけられます。

 この多様体はアジアの多様な範囲の遺伝的クラスタではほぼ遍在していますが、20000~15000年前頃と推定されている「縄文人」系統の出現に先行するクラスタではほぼ完全に存在せず、つまりはアムール川地域の33000年前頃の上部旧石器時代の1個体や、シベリアのヤナRHSの31600年前頃の1個体や、シベリアのバイカル湖近くの24000年前頃となるマリタ(Mal’ta)遺跡1号体(MA1)です。この多様体の存在が少なくとも19000年前頃にたどれることを考えると、この変異は、乾燥が進み、生物生産性が劇的に低下したLGMに出現したかもしれません(Hlusko et al., 2018)。

 「縄文人」でのEDAR遺伝子のV370A変異におけるこの選択の欠如は次に、「縄文人」が極限環境にどのように対処したのか、という興味深い問題を提起します。本論文の分析は、「縄文人」と他の人口集団との間の最も顕著なアレル頻度の違いを、7番染色体上のING3と12番染色体上の2ヶ所のKITLGを含めて、ゲノム遺伝子座に地図化しました(図3)。ING3とその周辺領域は、踵の骨密度との堅牢な関連を有しており、それが失われると、一般的な慢性障害である骨粗鬆症をもたらします。この遺伝子のノックダウンは骨芽細胞の分化を阻害しますが、脂肪生成を増加させ、これは間葉系前駆細胞の運命の決定における機能を示唆します。したがって、この選択は狩猟と採集に必要な高水準の身体活動により起きたかもしれず、ヨーロッパの中石器時代狩猟採集民でも示唆されてきました。

 他の遺伝子であるKITLGは、髪と皮膚の色素沈着における差異との関連や、現代のヨーロッパ人口集団の祖先における適応的役割でよく知られています。これらの表現型と選択の兆候は、KITLG転写開始部位の転写促進因子上流領域に由来し、転写促進因子活性とKITLG遺伝子の発現の減少は、マウスにおいてより明るい経路をもたらします。ヨーロッパの狩猟採集民は、環境紫外線が低い環境下でさえ、その後の農耕民と比較してより濃い肌の色を有する傾向にあり(Cassidy et al., 2020、Brace et al., 2019)、これはビタミンDの豊富な食性を摂取できた可能性があるからです。本論文の結果は、濃い色素沈着は、祖先の状態としての存続ではなく、そうした農耕前の狩猟採集民において選好的だったかもしれない、という新たな可能性を浮き彫りにします。メラニン形成や造血発生や配偶子形成におけるKITLG遺伝子の多面発現性効果を考えると、これらの多様体は、直接的には皮膚の色素沈着ではなく、ヒトの生理の他の側面のため維持されてきたかもしれません。

 これらの選択圧は、先行研究(Watanabe, and Ohashi., 2023)で示唆されているように、弥生時代に水田稲作が日本列島に広がったさいに(Ryan, and Shaw., 2015)、人口移動と混合もしくは定住増加と温暖化と気候安定のため、緩和されたかもしれません。その後、この移行において、選択はアルコール分解への新たな機序の出現に向かって変化したかもしれません(図4)。この一例はADH1Bアレルで、このアレルはエタノールからアセトアルデヒドへの変換速度を速め、日本には古墳時代までに到来しました。この変異は「縄文人」においては完全に存在しませんでしたが、後期新石器時代以降に中国の黄河流域で頻度が増加し始めました(図4A)。しかし、この変異は西遼河やアムール川や新石器時代バイカル湖の人口集団では観察できず、これらの人口集団は全て、弥生時代に日本列島へともたらされたアジア北東部祖先系統を表しています(Cooke et al., 2021)。

 古墳時代と一致する期間の韓国におけるこの適応的アレルの広がりは、このアレルがその時期にアジア東部祖先系統の到来とともに日本列島にもたらされた、という可能性を裏づけます。その後、同じ経路の別の変異が出現し、ALDH2による酢酸塩へのアセトアルデヒドの分解を遅くします。この変異は、本論文の古代の人口集団および個体群の多様な一式では、歴史時代の韓国においてのみひじょうに低頻度で観察され(図4A)、最近の調査結果と一致して、おそらくは過去1000~2000年間以内となる、ごく最近の起源を示唆します。この農耕後の選択は、現代の人口集団で観察されるアルコール代謝および「アジア人の紅潮」の表現型において、個体間の変異性を形成してきました(図4B)。以下は本論文の要約図です。
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 本論文は要するに、古代人のゲノム解像度および狩猟採集民と農耕民両方の利用可能性を高めるために、遺伝子型補完の適用性と信頼性を活用して、日本、さらに広くアジア東部全域における農耕革命前後の選択圧の変化に関する遺伝学的証拠を提供します。人口移動と混合は、生活様式の変化だけではなく、現代の人口集団を特徴づける表現型の差異の出現にも役割を果たしてきたようです。本論文の手法は、ヒト集団における局所的適応と表現型の差異に関する農耕以降の地域的影響を理解するための、現代人の生物情報学的手法と組み合わせた急速に成長する古代人のゲノムの有用性を示します。


●この研究の限界

 この研究の主要な限界は、「縄文人」集団の小さな標本規模です。本論文は、合計で19個体となる利用可能な「縄文人」のゲノム全てを、補完枠組みと選択精査に含めました。しかし、表S2で明らかなように、これらのゲノムのうち7点は楚の補完データで高い欠落率を示す、と強調することが重要です。これはおもに、0.5倍の網羅率限界を満たせなかったことに起因します。本論文は、補完された遺伝子型の信頼性に確信を抱いていますが、本論文で提示された調査結果の確証と強化のための、追加の古代ゲノムの必要性を強調する価値があります。


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この記事へのコメント

2024年06月13日 16:53
ADH1Bの分布は納得ですが、ALDH2欠損は古墳人(鉄器黄河人)と歴史時代南中国人でも全くいないんですね
少なくとも弥生人(新石器北東中国人)はどちらの多型も通常型で、ALDH2欠損とO1b2を結びつける考え方は今後通用しないと

おそらく日本のALDH2欠損タイプは奈良以降の歴史時代〜近現代に朝鮮半島から移入したものですね(渡来人?)
日本における起源はかなり新しいようです

縄文人は色黒で踵が発達するなど面白い特徴がありますね
色んな解剖学論文で、縄文人の大腿骨は扁平かつ華奢で、弥生人の方が太く堅牢であるとされていましたが
骨を軽量化した代わりに脂肪を発達させる進化方向だったと
イザベラバートが北海道アイヌの事を「女でも踵が発達している」と書いていた記憶があります
管理人
2024年06月14日 10:56
本論文は表現型と関連する遺伝的多様体の頻度の変遷についても、ALDH2などで興味深い見解を提示していると思います。

ただ、研究で用いられた古代人のゲノムデータ数は、今年のユーラシア西部を対象とした研究では1664個体、ユーラシア東部を対象としたこの研究では125個体ですから、まさに一桁少ないわけで、ユーラシア東部でも時空間的にもっと高密度の古代人のゲノムデータが得られれば、より詳細な全体像が明らかになるでしょうが、査読前論文で「縄文人」の新たなゲノムデータが多数報告されるなど、日本列島も含めてユーラシア東部の今後の研究の進展には大いに期待しています。