『卑弥呼』第131話「告白 其の一」

 『ビッグコミックオリジナル』2024年6月20日号掲載分の感想です。前回は、馬韓の蘇塗(ソト)の邑で、馬韓の湖南(コナム)国の王が派遣した兵隊に、ゴリと名乗る大柄な倭人が弓を向け、それをヤノハが背後から見守っているところで終了しました。今回は、その場面の続きから始まります。ゴリは湖南国の兵隊に朝鮮語で、王といえども立ち入り禁止のはず、と告げますが、湖南国の兵士は、もはや蘇塗はない、と嘲笑します。トメ将軍は、この男(ゴリ)を引き渡し、約束通り我々は賊討伐に向かう、と湖南国の兵隊に呼びかけますが、全員殺す、と湖南国の兵隊は返答します。ヤノハはゴリに近づき、ゴリの言葉が正しく、嘘をついていたのは湖南王の方だった、と告げますが、ゴリはヤノハの身を案じてか、自分に近寄らないよう、ヤノハに忠告します。ゴリが攻撃、と叫ぶと、草叢に潜んでいた兵士が一斉に現れ、湖南国の兵士に矢を射かけ、全員殺害します。ヤノハはゴリを、見事だと賞賛します。

 暈(クマ)国のトンカラリンの洞窟の前では、暈国の大夫で実質的な最高権力者である鞠智彦(ククチヒコ)と、その配下のウガヤが、10日前に送り込んだ日見子(ヒミコ)と日見彦(ヒミヒコ)の候補の脱出を待っていましたが、ウガヤは鞠智彦に、もはや全員洞窟で死んだと考えるべきではないか、と進言します。鞠智彦は、無念だと言って、天照様は自分と暈国を見捨てたのか、と嘆きます。するとウガヤは、山社(ヤマト)の日見子(ヤノハ)が津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)国の王のすげ替えに成功したのは事実だが、それほど我々が緊迫する話ではないだろう、と鞠智彦を諭します。ヤノハが津島を出てどこに行ったと思うか、と鞠智彦に問われたウガヤは、海の藻屑と消えたのだろう、と答えます。すると鞠智彦はウガヤの憶測というか希望的観測を否定し、三国(魏と呉と蜀)のいずれかより倭王の称号を得るため加羅に向かったのだ、と推測します。しかしウガヤは、中土(中華地域のことでしょう)への道には遼東太守の公孫氏が立ちはだかり、容易にその先には進めないだろう、と疑問を呈します。すると鞠智彦は、ヤノハが公孫一族を言葉巧みに欺くに違いない、と断言します。山社の日見子が偽りだと筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)中に喧伝するには、一日も早く暈の日見子もしくは日見彦を立てねばならない、と鞠智彦は考えています。するとウガヤは、以前使った手を用いてはどうか、と鞠智彦に進言します。鞠智彦はトンカラリンの道を記した絵図を有しているので、これはと見込んだ日見子もしくは日見彦候補にこっそり見せる、というわけです。すると鞠智彦は、その日見子もしくは日見彦が山社の日見子に勝てると思うか、とウガヤの進言に疑問を呈します。同じ偽者同士でも腹の座り方が違う、というわけです。するとウガヤは、次の候補たちに図師を同行させるよう、提案します。鞠智彦の絵図も、何人もの方士と図師を汲ませ、トンカラリンに送り込んだ結果だったからです。鞠智彦は、方士と図師でも生き残ってトンカラリンの洞窟から出られたのはたった一人だったので、思案しますが、捨てがたき考えだと判断し、急いで新たな日見子もしくは日見彦候補を選出し、それぞれに図師を帯同させ、次の新月の夜に送り込むよう、ウガヤに指示します。

 蘇塗では、湖南国の兵隊を全滅させたゴリとその配下が、ヤノハ一行と祝宴を開いていました。ヤノハとゴリは他の者から少し離れて二人だけで向かい合い、ヤノハはゴリに、何を自分に問いたいのか、と発言を促します。ゴリは、ヤノハが豪胆で筋の通った人物であると分かった、とヤノハに伝えます。ゴリから出身地を問われたヤノハは、育ったのは日向(ヒムカ)と答えます。どこで修行して祈祷女(イノリメ)になったのか、とゴリに問われたヤノハは、暈国の「日の巫女」集団の学舎である種智院(シュチイン)と答えます。ゴリから、自分と同じく暈国のタケル王と鞠智彦大夫に仕えていたのか、と問われたヤノハは、種智院は今では新しく生まれた国である山社に加わった、と答えます。するとゴリはヤノハに、やはり百年ぶりに顕れたという日見子様ではないか、と問うと、ヤノハ微笑んだ表情を浮かべます。するとゴリは頭を下げ、これまでの無礼を謝りますが、ヤノハはゴリが得心していない表情を浮かべている、と指摘します。忌憚なく言うよう、ヤノハに促されたゴリは、本当にトンカラリンの洞窟から生還できたのか、とヤノハに尋ねます。ヤノハは、自分自身でも信じられないが、真だ、と答えます。どのようにトンカラリンの洞窟から生還できたのか、ゴリに問われたヤノハは、自分でも分からないが、しいて言えば人のことを考えなかったからだ、と答えます。自分はゴリが尊敬するブッダ様とは真反対の人間で、人を助けることなどまったく考えず、自分が生き残ることだけをトンカラリンの洞窟の暗闇で考えた、とヤノハはゴリに討ち討開けます。その結果、ヤノハがトンカラリンの洞窟から抜け出せた、という話をどうも全面的には信じることができないようなゴリに、自分が偽者と思っているのだろう、とヤノハは問いかけます。そこまでは言わない、と答えるゴリに、ヤノハは、自分が代わって答えよう、と切り出し、どう考えても自分は偽者だ、と伝えます。天照様にとって、真っ先に死んで欲しい者だったに違いない、というわけです。ゴリは苦笑し、正直なお方だ、と言います。ヤノハはゴリに、どうやってトンカラリンの洞窟から抜け出せたのか、具体的に教えよう、と切り出します。ヤノハは暗闇の中で、落ちている物で火を熾し、焼いた鉄の欠片と水で包囲を知り、風の流れとわずかな光を頼りに出口を見つけた、と打ち明けるヤノハに、まさに図師と同じだ、とゴリは感心します。するとヤノハゴリに、その顔に彫られた蜘蛛と、周辺の蜘蛛の巣の黥はトンカラリンの地図ではないか、と問いかけます。10年ほど前、タケル王と鞠智彦大夫がトンカラリンの洞窟内の地図を作るため、方士と図師を送り込んだと聞いたが、ゴリこそトンカラリンの洞窟に入って生還した図師ではないのか、とヤノハが指摘したところで、今回は終了です。


 今回は、倭国王の称号をめぐる山社のヤノハ(日見子)と暈の鞠智彦の思惑が描かれました。ゴリはおそらく『三国志』に見える都市牛利で、難升米(おそらく本作のトメ将軍)とともに、倭国から魏へと派遣されるのだろう、と予想していたので、ゴリはヤノハに心服してその配下になるのかな、と考えていましたが、さすがにそうした単純な展開ではなく、トンカラリンの洞窟の地図をめぐる過去の描写とも絡めて、面白い話になっていました。本作は実によく構成されている、と改めて思います。ヤノハはゴリに、仏教信仰など自分にはないものを見るとともに、信用できる人物だと考えて、かなりの程度自分を曝け出したのでしょう。おそらくゴリはヤノハに仕えるのでしょうが、鞠智彦に対する現在のゴリの想いがどのようなものなのか、気になるところです。

 暈国はおそらく『三国志』の狗奴国で、後の熊襲なのでしょうが、『三国志』によると、狗奴国には卑弥弓呼(おそらく本作の日見彦)がいたとあります。本作でも、暈国には日見彦とされたタケル王がいましたが、すでに鞠智彦に殺害されています。鞠智彦は改めて日見子もしくは日見彦を選出しようと考えており、今後暈国で日見彦が擁立されるのかもしれません。その候補として、ヤノハの息子であるヤエト(養父母にはニニギと名づけられています)も考えましたが、さすがに幼すぎるので、別人でしょうか。あるいは、鞠智彦は日見子もしくは日見彦の擁立に失敗するのかもしれません。これまでの描写も踏まえて話がさらに面白く雄大に進んでおり、次回も描かれるだろうヤノハとゴリのやり取りも含めて、今後の展開もたいへん楽しみです。

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