ヒト脳の進化と速度

 ヒト脳の進化と速度に関する研究(Lindhout et al., 2024)が公表されました。現生人類(Homo sapiens)の脳の進化には分子と細胞の独特な特殊化が伴っていましたが、こうした特殊化は、さまざまな認知能力を支えるだけではなく、神経疾患への脆弱性を高めてもいます。こうした特徴には、ヒトに特異的なものもあれば、類縁種と共通しているものもあり、それらはヒト脳の発達のさまざまな段階で見ることができます。

 この多段過程では、神経幹細胞は増殖して多数・多様な前駆細胞プールを作り出し、興奮性・抑制性のニューロンを生み出して、それらはその後の成熟過程で回路に組み込まれていきます。この過程は、種によってさまざまな時間規模で展開しますが、ヒト系統では次第に遅くなり、この速度の差は脳の大きさや細胞数や細胞多様性や結合性の差と相関しています。

 本論文は、発生の速度の減少と増加に対して「緩時性(bradychrony)」と「急時性(tachycrony)」という用語を導入し、生体外(in vitro、試験管内)モデルの高度なエンジニアリングや機能比較遺伝学やハイスループット単一細胞プロファイリングなどの分野横断的な最近の技術的進歩が、緩時性の神経発達のさいにヒト脳の特異化が起こる仕組みについてのより深い理解へとどのようにつながっているのか、考察します。

 新たな手がかりは、遺伝学と遺伝子調節網と細胞革新と発達の速度が果たす中心的な役割を示しており、これらが合わさって、神経発達のさまざまな段階と進化の異なる時点で、ヒト脳の特殊化の確立に寄与しています。高品質なゲノムデータが得られているネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)といった非現生人類ホモ属との比較により、現生人類の脳の進化の特異性がさらに解明されていくのではないか、と期待されます。


参考文献:
Lindhout FW. et al.(2024): A molecular and cellular perspective on human brain evolution and tempo. Nature, 630, 8017, 596–608.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07521-x

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