大河ドラマ『光る君へ』第25回「決意」
今回は、藤原宣孝から求婚された紫式部(まひろ)が、父である藤原為時の勧めで越前から都に戻り、再び都での話が中心となりました。都に戻っても宣孝の妻となる決断をすぐにはできなかった紫式部が、最終的に宣孝の妻となることを受け入れたのは、紫式部の「忘れえぬ人」が、為時の抜擢などから藤原道長(三郎)だと気づいた宣孝の工作の結果とも言えるように思います。紫式部も宣孝も、互いが「不実」だと知りつつ結ばれたわけで、乙丸や「いと」といった紫式部の身近な人々の相思相愛的な男女関係と対比させる意図なのでしょう。物語として王道的な感もあり、大河ドラマでは初めて取り上げられた時代だけに、視聴者を惹きつける試みが色々となされているのだろう、と思います。
一条天皇は出家した定子と再会し、以前よりもさらに寵愛しているため、政務が停滞するようになったことは前回描かれましたが、今回もこの状況は改善されず、左大臣の道長をはじめとして公卿を悩ませています。ここで安倍晴明が道長に打開策を示唆するわけですが、明示されなかったものの、次回予告も踏まえると、道長と源倫子の間の娘である彰子の入内であることは確実でしょう。本作の道長はこれまで、権勢欲が弱く、清らかな人物として描かれてきただけに、彰子の強引な入内と中宮に立てることがどう描かれるのか、注目していましたが、一条天皇に政務への熱意を取り戻してもらうため、といった「正しい目的」のため周囲に後押しされてのことだった、という展開になるのかもしれません。今後もずっと道長の美化が続くのではないか、とやや不安になりますが、私の下手な予想をはるかに上回る話になるのではないか、との期待もあります。
平安貴族の政務も描かれているところは歴史ドラマとしての本作の魅力の一つになっていますが、今回は、越前で民が紙を納める話から、当時の地方政治の様相が窺え、こうした描写は時代考証の提案もあるのかもしれませんが、歴史ドラマとしてなかなか工夫されているように思います。紫式部はまだ『源氏物語』の執筆を始めていませんが、当時、紙は高価だったので、『源氏物語』の執筆には道長からの援助があったのではないか、と推測されています(関連記事)。今回、現代には『枕草子』として伝わっている清少納言(ききょう)の随筆(という分類を当てはめてよいのか、疑問もありますが)を、赦されて都に戻った藤原伊周が書写させようとしており、文芸作品の流通には有力者の後援が必要だったのでしょう。そうした先の展開も踏まえての、越前の紙の描写だったのかもしれません。
一条天皇は出家した定子と再会し、以前よりもさらに寵愛しているため、政務が停滞するようになったことは前回描かれましたが、今回もこの状況は改善されず、左大臣の道長をはじめとして公卿を悩ませています。ここで安倍晴明が道長に打開策を示唆するわけですが、明示されなかったものの、次回予告も踏まえると、道長と源倫子の間の娘である彰子の入内であることは確実でしょう。本作の道長はこれまで、権勢欲が弱く、清らかな人物として描かれてきただけに、彰子の強引な入内と中宮に立てることがどう描かれるのか、注目していましたが、一条天皇に政務への熱意を取り戻してもらうため、といった「正しい目的」のため周囲に後押しされてのことだった、という展開になるのかもしれません。今後もずっと道長の美化が続くのではないか、とやや不安になりますが、私の下手な予想をはるかに上回る話になるのではないか、との期待もあります。
平安貴族の政務も描かれているところは歴史ドラマとしての本作の魅力の一つになっていますが、今回は、越前で民が紙を納める話から、当時の地方政治の様相が窺え、こうした描写は時代考証の提案もあるのかもしれませんが、歴史ドラマとしてなかなか工夫されているように思います。紫式部はまだ『源氏物語』の執筆を始めていませんが、当時、紙は高価だったので、『源氏物語』の執筆には道長からの援助があったのではないか、と推測されています(関連記事)。今回、現代には『枕草子』として伝わっている清少納言(ききょう)の随筆(という分類を当てはめてよいのか、疑問もありますが)を、赦されて都に戻った藤原伊周が書写させようとしており、文芸作品の流通には有力者の後援が必要だったのでしょう。そうした先の展開も踏まえての、越前の紙の描写だったのかもしれません。
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