齋藤慈子・平石界・久世濃子編集『正解は一つじゃない 子育てする動物たち』
東京大学出版会より2019年11月に刊行されました。電子書籍での購入です。本書はヒトやその近縁のチンパンジーおよびゴリラからトゲウオまで、さまざまな動物の子育てを進化的観点から取り上げています。ヒトも動物の一種である以上、その子育ては進化的過程を経ているので、進化的観点での考察が重要になってくるとは思います。ただ、本書冒頭で指摘されているように、本書が直接的に現代人の子育てに役立つわけではありません。とはいえ、現代人が子育てについて本書から得られるものは少なくないように思います。以下、とくに興味深い見解を備忘録として取り上げます。
ヒトの繁殖の特徴は、雌をめぐる雄の身体闘争や交尾回数の競争が比較的緩やかであることです。また、ヒトの性行為には繁殖だけではなく快楽の側面も大きく、雌雄のつながりを維持する作用があるようです。ヒトは出産と子育てが困難で、母親以外の世話も必要になります。それでも、ヒトは近縁の類人猿と比較すると多産で、それは母親以外の世話といった共同保育と子供への食物提供と早期の柔軟な離乳のためです。こうしたヒトの子育ての性質は、子育てがごく狭い関係に限定されるようになった現代では、問題を起こしていることも指摘されています。なお、帝王切開により生まれた子供は、膣を経由するさいに獲得するはずだった母親の細菌の一部を受け継がないので、免疫関連疾患などの危険性がわずかに増加するそうです。また、粉ミルクの使用により、母乳からもたらされる免疫的防御を乳児が受けられなくなることもあるそうです(第2章)。
体外受精など生殖補助技術はヒトでは今や一般的ですが、生殖の過程は種により細かいところで異なっているので、たとえばイヌの体外受精は2015年になってやっと成功したそうです(第4章)。マウスの配偶形態は乱婚制で、交尾未経験の雄は仔に子供して激しい攻撃性を示しますが、雌と交尾し、妊娠した雌との同居を経験すると、子供に対する攻撃性は次第に抑制されていき、これは雄にとって適応度を高める行動のようで、野生のライオンやヒヒなど、一夫多妻の配偶制度の種では、群の新たなリーダーが旧リーダーの仔を殺すことがあります(第5章)。
ニホンザルでは、子供が離乳しても、母親とのある程度親密な関係は続き、子供にとって母親は毛づくろいの主要な対象の1個体です(第6章)。ハトは「素嚢」と呼ばれる消化器官の壁から分泌された乳状の物質を吐き戻してヒナに与え、孵化から3日程度はこの「素乳」だけでヒナは育ち、その後はじょじょに穀物が混ぜられるようになり、孵化後25日程度で「素乳」による飼育は終わり、その後も最大1ヶ月程度巣で育ちますが、雄も子供に「素乳」を与えることができます(第8章)。テナガザルの死亡率は他の動物と同様に乳児期において最も高く、主要な死因は樹上からの落下事故のようです(第9章)。
霊長類は全般的に生涯に産む子供の数が少ないわけですが、オランウータンはとくに少なく、それは死亡率の低さと関連しており、野生下でオランウータンの雌が初産(15歳前後)まで生き延びられる確率は96%で、チンパンジーの50%程度や、伝統的な狩猟採集生活を送っているアフリカのハッザ人の60%よりずっと高くなります。このオランウータンの低い死亡率は、基本的に樹上で生活しているため、捕食危険性が低く、群を構成しないため、感染症の危険性も低いことに起因するようです(第10章)。複数種の哺乳類では雄による子殺しが報告されていますが、マーモットでは、劣位雌の子供を優位雌が殺すこともあります(第13章)。
ゴリラの社会はかなり多様で、マウンテンゴリラでは、雄が成熟しても出生集団を出ていかず、複雄群になることは以前から知られていましたが、これは例外的ではなく、その方が普通と分かってきたそうです(第14章)。ツキノワグマでは、雄が生まれ育った場所から大きく離れ、新たな場所で生活を始めるのに対して、雌は生まれ育った場所から大きくは移動せず、慣れ親しんだ母親の生活場所やその周辺に留まることが多く、樹皮剥ぎ行動は特定の家系だけで行なわれるようです(第17章)。ノラネコでは雄は子育てに一切関わらない、と考えられてきましたが、最近、雄が自分の子供を守る事例が確認されたそうです。ただ、これがノラネコにおいてどの程度の頻度で起きるのか、まだ不明です(第19章)。ミナミハンドウイルカでは、母親が死亡した子供を血縁関係にはない雌が育てる事例も確認されています(第22章)。
参考文献:
齋藤慈子・平石界・久世濃子編集、長谷川眞理子監修(2019)『正解は一つじゃない 子育てする動物たち』(東京大学出版会)
ヒトの繁殖の特徴は、雌をめぐる雄の身体闘争や交尾回数の競争が比較的緩やかであることです。また、ヒトの性行為には繁殖だけではなく快楽の側面も大きく、雌雄のつながりを維持する作用があるようです。ヒトは出産と子育てが困難で、母親以外の世話も必要になります。それでも、ヒトは近縁の類人猿と比較すると多産で、それは母親以外の世話といった共同保育と子供への食物提供と早期の柔軟な離乳のためです。こうしたヒトの子育ての性質は、子育てがごく狭い関係に限定されるようになった現代では、問題を起こしていることも指摘されています。なお、帝王切開により生まれた子供は、膣を経由するさいに獲得するはずだった母親の細菌の一部を受け継がないので、免疫関連疾患などの危険性がわずかに増加するそうです。また、粉ミルクの使用により、母乳からもたらされる免疫的防御を乳児が受けられなくなることもあるそうです(第2章)。
体外受精など生殖補助技術はヒトでは今や一般的ですが、生殖の過程は種により細かいところで異なっているので、たとえばイヌの体外受精は2015年になってやっと成功したそうです(第4章)。マウスの配偶形態は乱婚制で、交尾未経験の雄は仔に子供して激しい攻撃性を示しますが、雌と交尾し、妊娠した雌との同居を経験すると、子供に対する攻撃性は次第に抑制されていき、これは雄にとって適応度を高める行動のようで、野生のライオンやヒヒなど、一夫多妻の配偶制度の種では、群の新たなリーダーが旧リーダーの仔を殺すことがあります(第5章)。
ニホンザルでは、子供が離乳しても、母親とのある程度親密な関係は続き、子供にとって母親は毛づくろいの主要な対象の1個体です(第6章)。ハトは「素嚢」と呼ばれる消化器官の壁から分泌された乳状の物質を吐き戻してヒナに与え、孵化から3日程度はこの「素乳」だけでヒナは育ち、その後はじょじょに穀物が混ぜられるようになり、孵化後25日程度で「素乳」による飼育は終わり、その後も最大1ヶ月程度巣で育ちますが、雄も子供に「素乳」を与えることができます(第8章)。テナガザルの死亡率は他の動物と同様に乳児期において最も高く、主要な死因は樹上からの落下事故のようです(第9章)。
霊長類は全般的に生涯に産む子供の数が少ないわけですが、オランウータンはとくに少なく、それは死亡率の低さと関連しており、野生下でオランウータンの雌が初産(15歳前後)まで生き延びられる確率は96%で、チンパンジーの50%程度や、伝統的な狩猟採集生活を送っているアフリカのハッザ人の60%よりずっと高くなります。このオランウータンの低い死亡率は、基本的に樹上で生活しているため、捕食危険性が低く、群を構成しないため、感染症の危険性も低いことに起因するようです(第10章)。複数種の哺乳類では雄による子殺しが報告されていますが、マーモットでは、劣位雌の子供を優位雌が殺すこともあります(第13章)。
ゴリラの社会はかなり多様で、マウンテンゴリラでは、雄が成熟しても出生集団を出ていかず、複雄群になることは以前から知られていましたが、これは例外的ではなく、その方が普通と分かってきたそうです(第14章)。ツキノワグマでは、雄が生まれ育った場所から大きく離れ、新たな場所で生活を始めるのに対して、雌は生まれ育った場所から大きくは移動せず、慣れ親しんだ母親の生活場所やその周辺に留まることが多く、樹皮剥ぎ行動は特定の家系だけで行なわれるようです(第17章)。ノラネコでは雄は子育てに一切関わらない、と考えられてきましたが、最近、雄が自分の子供を守る事例が確認されたそうです。ただ、これがノラネコにおいてどの程度の頻度で起きるのか、まだ不明です(第19章)。ミナミハンドウイルカでは、母親が死亡した子供を血縁関係にはない雌が育てる事例も確認されています(第22章)。
参考文献:
齋藤慈子・平石界・久世濃子編集、長谷川眞理子監修(2019)『正解は一つじゃない 子育てする動物たち』(東京大学出版会)
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