左利きと関連する遺伝的多様体

 左利きと関連する遺伝的多様体についての研究(Schijven et al., 2024)が公表されました。左利きのヒトは全体の約10%で、すでにホモ・ハビリス(Homo habilis)において右利きの個体が確認されており(関連記事)、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)においても右利きが圧倒的に多かっただろう、と推測されています(関連記事)。利き手は脳半球の特殊化の現れで、利き手の制御において、右脳半球が優位な場合には左利きになり、左脳半球が優位な場合には右利きになります。利き手に関連する脳の非対称性は幼少期に生じ、遺伝の関与の可能性が高いことを示しています。

 左利きは神経発達障害において高い割合で発生します。これまでの集団研究で、左利きに関連するいくつかの高頻度多様体が特定されています。ゲノム規模関連研究は、利き手もしくは脳の非対称性に関する共通の遺伝的影響を特定してきており、それらにはほぼ、タンパク質コード領域外の多様体が含まれ、遺伝子発現に影響を及ぼしているかもしれません。関係する遺伝子には、チューブリン(微小管構成要素)もしくは微小管関連タンパク質をコードするものがいくつか含まれています。

 本論文は、左利きも稀なコーディング多様体(頻度1%以下)に影響を受けるのかどうか、イギリス生物銀行(United Kingdom Biobank、略してUKB)の左利き38043個体と右利き313271個体からのエクソームデータを用いて調べます。βチューブリン遺伝子TUBB4Bはエクソーム規模の有意な関連を示し、稀なコーディング多様体の割合は右利きよりも左利きにおいて2.7倍高くなりました。TUBB4Bの多様体はほぼ異型接合性のミスセンス(アミノ酸が変わるような変異)変化ですが、左利きのみに見られる2ヶ所のフレームシフトが含まれます。他のTUBB4B多様体は感音性および/もしくは繊毛関連疾患障害と関連づけられてきましたが、本論文で見つかった多様体とは関連していません。

 エクソーム検査により以前に自閉症もしくは統合失調症に関わっているとされた遺伝子のうち、DSCAMとFOXP1は左利きとの稀なコーディング多様体の関連の証拠を示します。稀なコーディング多様体に起因する左利きのエクソーム規模の遺伝率は0.91%でした。本論文は、左利きにおける稀なタンパク質変化多様体の役割を明らかにし、微小管および障害関連遺伝子の関わりのさらなる証拠を提供します。古代人を対象としても同様の研究が進むよう、期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


遺伝学:左利きに関連する希少な遺伝子バリアントを調べる

 タンパク質を変化させる希少な遺伝子バリアントとチューブリン遺伝子が、ヒトが左利きになることに関連しているという可能性を示した論文が、Nature Communicationsに掲載される。この知見は、利き手の遺伝的基盤の理解を進めるかもしれない。

 左利きのヒトは全体の約10%にすぎない。利き手の制御において、右脳半球が優位な場合には左利きになり、左脳半球が優位な場合には右利きになる。利き手に関連する脳の非対称性は、幼少期に生じ、遺伝が関与している可能性が高いことを示している。これまでの集団研究で、左利きに関連するいくつかの高頻度バリアントが特定されている。これらのバリアントの一部は、微小管をコードする遺伝子に関係している。微小管は、細胞の形態維持に重要な足場である細胞骨格の一部を形成している。ただし、これらの遺伝子が利き手にどのように関与するかは分かっていない。

 今回、Clyde Francksらは、利き手の遺伝的基盤をさらに調べるために、英国バイオバンクの35万人以上のデータを用いてゲノム規模のスクリーニングを実施し、利き手に関連すると考えられる、タンパク質を変化させる希少な遺伝子バリアントを探索した。この解析では、左利きの3万8043人と右利きの31万3271人が対象になった。集団レベルでは、タンパク質コード領域にある希少なバリアントを原因とする左利きの遺伝率は低く、1%弱であることが分かった。また、微小管タンパク質をコードするTUBB4B遺伝子のタンパク質コード領域に希少なバリアントが含まれている可能性が、左利きの人では2.7倍高いことも明らかになった。

 また、Francksらは、統合失調症、パーキンソン病、アルツハイマー病、自閉症に関連することが以前の研究で明らかになった遺伝子が利き手とどの程度関連しているかを調べた。Francksらは、以前の研究で自閉症に関連することが明らかになっている2つの遺伝子(DSCAMとFOXP1)が左利きにも関連している可能性があるという見解を示しているが、因果関係は断定されていない。



参考文献:
Schijven D. et al.(2024): Exome-wide analysis implicates rare protein-altering variants in human handedness. Nature Communications, 15, 2632.
https://doi.org/10.1038/s41467-024-46277-w

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