チンパンジーの社会的学習
チンパンジーの社会的学習に関する研究(Leeuwen et al., 2024)が公表されました。文化の累積的進化は、現生人類(Homo sapiens)の生物学的成功に重要なヒトに特有の現象と主張されてきました。累積的な文化進化出現の一つの妥当な条件は、社会的学習を使用して、自身では容易に確信できない方法を獲得する個体の能力です。チンパンジーにはそうした社会的学習の能力がある、と示唆されてきましたが、この主張はほぼ検証されてきませんでした。
チンパンジーの文化が存在することを示す証拠がいくつか存在しますが、潜在的解決地帯(zone of latent solutions、略してZLS)仮説として知られる理論は、チンパンジーの個体が互いのやり方を真似ることでチンパンジーの文化が生じた、との見解に疑問を呈しています。ZLS仮説によると、大型類人猿の文化は、集団内の複数の個体が独立して「文化的」行動の革新を重ねることによって発展する、と想定されています。の証拠として、よく知られたチンパンジーの文化的行動(木の実を割る行動など)が飼育下のチンパンジーによって生み出された、という観察結果が挙げられています。
本論文では、チンパンジーが社会的学習を用いて、単独では革新できなかった技術を習得する、と示されます。本論文では、ZLS仮説の検証のため行なわれた、ザンビアの保護区に生息するチンパンジー66個体を2群に分けて飼育して行なわれた実験結果が報告されます。この実験では、チンパンジーに対して、3段階の課題を遂行し、箱を開けて食物の報酬を得る、という「問題箱」が与えられました。3段階の課題とは、木球を持ってくること、問題箱の引き出しを引っ張り出しておくこと、引っ張り出した引き出しに木球を入れることでした。問題箱を与えられてから3ヶ月後の時点で、チンパンジーは箱を開けるために必要な技能を身につけられませんでした。
次に各群からチンパンジー1個体を選んで、問題箱を開けるよう訓練し、その後の3ヶ月間に他のチンパンジーが問題箱を開けるために必要な技能を身につけたのかどう、観察されました。両群で、66個体のチンパンジーのうち合計14個体が問題箱を開ける能力を身につけ、それら14個体全てが、他のチンパンジーが問題箱を開けるところを、最大1.5m離れたところから少なくとも9回目撃していました。チンパンジーにおける社会的学習は、最初の革新後の、新たで複雑な技術の獲得に必要かつ充分である、と本論文では指摘されています。
この課題を遂行するために必要な技能に個体差が生じる可能性も指摘され、今後は、チンパンジーの認知能力と模倣能力の程度の検証のため、さまざまな手法を用いた研究が必要になる、と示唆されています。チンパンジーと最も近縁なボノボでの、同様の研究も注目されます。何よりも、人類の進化における認知能力と社会的学習の問題のより詳細な解明にも役立つことが期待され、今後の研究の進展が楽しみです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
動物行動学:チンパンジーは独力で生み出せない革新的技能を社会的学習によって習得する
チンパンジーはお互いを観察することによって新しい技能を習得する(社会的学習として知られる)可能性があることを示した論文が、今週、Nature Human Behaviourに掲載される。この知見は、これまでヒトに特有の特徴だと主張されてきた累積的文化進化の能力をチンパンジーも持っているという可能性を示唆している。
チンパンジーの文化が存在することを示す証拠がいくつか存在しているが、zone of latent solutions仮説(ZLS仮説)として知られる理論は、チンパンジーの個体が互いのノウハウをまねることによってチンパンジーの文化が生じたという考えに疑問を投げ掛けている。ZLS仮説によれば、大型類人猿の文化は、集団内の複数の個体が独立して「文化的」行動の革新を重ねることによって発展するとされる。その証拠として、よく知られたチンパンジーの文化的行動(木の実を割る行動など)が飼育下のチンパンジーによって生み出されたという観察結果が挙げられている。
今回、Edwin van Leeuwenらは、ZLS仮説を検証するために、ザンビアの保護区に生息するチンパンジー66匹を2つのグループに分けて飼育して実験を行った。この実験では、チンパンジーに対して、3段階の課題を遂行して箱を開けて食物の報酬を得るという「問題箱」を与えた。3段階の課題とは、木球を持ってくること、問題箱の引き出しを引っ張り出しておくこと、そして引っ張り出した引き出しに木球を入れることだった。問題箱を与えられてから3カ月後の時点で、チンパンジーは箱を開けるために必要な技能を身に付けられなかった。次にvan Leeuwenらは、各グループから1匹のチンパンジーを選んで、問題箱を開ける訓練を施し、その後の3カ月間に他のチンパンジーが問題箱を開けるために必要な技能を身に付けたかどうかを観察した。両方のグループで、66匹のチンパンジーのうち合計14匹が問題箱を開ける能力を身に付け、それらの14匹全てが他のチンパンジーが問題箱を開けるところを最大1.5メートル離れたところから少なくとも9回目撃していた。
van Leeuwenらは、この課題を遂行するために必要な技能に個人差が生じる可能性があるという見方を示し、今後は、チンパンジーの認知能力と模倣能力の程度を検証するために、さまざまな手法を用いた研究が必要になると示唆している。
参考文献:
Leeuwen EJC. et al.(2024): Chimpanzees use social information to acquire a skill they fail to innovate. Nature Human Behaviour, 8, 5, 891–902.
https://doi.org/10.1038/s41562-024-01836-5
チンパンジーの文化が存在することを示す証拠がいくつか存在しますが、潜在的解決地帯(zone of latent solutions、略してZLS)仮説として知られる理論は、チンパンジーの個体が互いのやり方を真似ることでチンパンジーの文化が生じた、との見解に疑問を呈しています。ZLS仮説によると、大型類人猿の文化は、集団内の複数の個体が独立して「文化的」行動の革新を重ねることによって発展する、と想定されています。の証拠として、よく知られたチンパンジーの文化的行動(木の実を割る行動など)が飼育下のチンパンジーによって生み出された、という観察結果が挙げられています。
本論文では、チンパンジーが社会的学習を用いて、単独では革新できなかった技術を習得する、と示されます。本論文では、ZLS仮説の検証のため行なわれた、ザンビアの保護区に生息するチンパンジー66個体を2群に分けて飼育して行なわれた実験結果が報告されます。この実験では、チンパンジーに対して、3段階の課題を遂行し、箱を開けて食物の報酬を得る、という「問題箱」が与えられました。3段階の課題とは、木球を持ってくること、問題箱の引き出しを引っ張り出しておくこと、引っ張り出した引き出しに木球を入れることでした。問題箱を与えられてから3ヶ月後の時点で、チンパンジーは箱を開けるために必要な技能を身につけられませんでした。
次に各群からチンパンジー1個体を選んで、問題箱を開けるよう訓練し、その後の3ヶ月間に他のチンパンジーが問題箱を開けるために必要な技能を身につけたのかどう、観察されました。両群で、66個体のチンパンジーのうち合計14個体が問題箱を開ける能力を身につけ、それら14個体全てが、他のチンパンジーが問題箱を開けるところを、最大1.5m離れたところから少なくとも9回目撃していました。チンパンジーにおける社会的学習は、最初の革新後の、新たで複雑な技術の獲得に必要かつ充分である、と本論文では指摘されています。
この課題を遂行するために必要な技能に個体差が生じる可能性も指摘され、今後は、チンパンジーの認知能力と模倣能力の程度の検証のため、さまざまな手法を用いた研究が必要になる、と示唆されています。チンパンジーと最も近縁なボノボでの、同様の研究も注目されます。何よりも、人類の進化における認知能力と社会的学習の問題のより詳細な解明にも役立つことが期待され、今後の研究の進展が楽しみです。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
動物行動学:チンパンジーは独力で生み出せない革新的技能を社会的学習によって習得する
チンパンジーはお互いを観察することによって新しい技能を習得する(社会的学習として知られる)可能性があることを示した論文が、今週、Nature Human Behaviourに掲載される。この知見は、これまでヒトに特有の特徴だと主張されてきた累積的文化進化の能力をチンパンジーも持っているという可能性を示唆している。
チンパンジーの文化が存在することを示す証拠がいくつか存在しているが、zone of latent solutions仮説(ZLS仮説)として知られる理論は、チンパンジーの個体が互いのノウハウをまねることによってチンパンジーの文化が生じたという考えに疑問を投げ掛けている。ZLS仮説によれば、大型類人猿の文化は、集団内の複数の個体が独立して「文化的」行動の革新を重ねることによって発展するとされる。その証拠として、よく知られたチンパンジーの文化的行動(木の実を割る行動など)が飼育下のチンパンジーによって生み出されたという観察結果が挙げられている。
今回、Edwin van Leeuwenらは、ZLS仮説を検証するために、ザンビアの保護区に生息するチンパンジー66匹を2つのグループに分けて飼育して実験を行った。この実験では、チンパンジーに対して、3段階の課題を遂行して箱を開けて食物の報酬を得るという「問題箱」を与えた。3段階の課題とは、木球を持ってくること、問題箱の引き出しを引っ張り出しておくこと、そして引っ張り出した引き出しに木球を入れることだった。問題箱を与えられてから3カ月後の時点で、チンパンジーは箱を開けるために必要な技能を身に付けられなかった。次にvan Leeuwenらは、各グループから1匹のチンパンジーを選んで、問題箱を開ける訓練を施し、その後の3カ月間に他のチンパンジーが問題箱を開けるために必要な技能を身に付けたかどうかを観察した。両方のグループで、66匹のチンパンジーのうち合計14匹が問題箱を開ける能力を身に付け、それらの14匹全てが他のチンパンジーが問題箱を開けるところを最大1.5メートル離れたところから少なくとも9回目撃していた。
van Leeuwenらは、この課題を遂行するために必要な技能に個人差が生じる可能性があるという見方を示し、今後は、チンパンジーの認知能力と模倣能力の程度を検証するために、さまざまな手法を用いた研究が必要になると示唆している。
参考文献:
Leeuwen EJC. et al.(2024): Chimpanzees use social information to acquire a skill they fail to innovate. Nature Human Behaviour, 8, 5, 891–902.
https://doi.org/10.1038/s41562-024-01836-5
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