類人猿の性染色体の完全な配列

 類人猿の性染色体の完全な配列を報告した研究(Makova et al., 2024)が公表されました。当ブログでは、以前にはヒトも類人猿に含めており、非ヒト類人猿という用語も使いましたが、最近では、その語源から類人猿にヒトを含めるのは妥当ではない、と考えるようになりました。類人猿を単系統群(クレード)と定義せねばならない合理的な理由はとくにないと考えているので、側系統群として用いる、というわけです。当ブログでは今後も、類人猿とヒトをまとめて単系統群として扱う場合にはヒト上科を使用し、類人猿とヒトを区別します。

 類人猿は、雄特異的なY染色体と、雄と雌の両方に見られるX染色体という2種類の性染色体を有しています。Y染色体は雄の生殖においてひじょうに重要で、Y染色体を欠くと不妊につながります。X染色体は、生殖と認知機能に不可欠です。類人猿間での交配パターンや脳機能の違いは、性染色体においてもそれに対応する違いがあることを示唆しています。しかし、性染色体は反復性が高く、参照アセンブリが不完全であるため、類人猿の性染色体の研究は困難でした。

 本論文は、テロメアからテロメアまで(T2T)のヒトゲノム用に開発された方法を用いて、5種の大型類人猿、つまり、ボノボ(Pan paniscus)、チンパンジー(Pan troglodytes)、ゴリラ属のニシローランドゴリラ(Gorilla gorilla gorilla)、オランウータン属のボルネオオランウータン(Pongo pygmaeus)およびスマトラオランウータン(Pongo abelii)と、1種の小型類人猿、つまりフクロテナガザル(Symphalangus syndactylus)のX染色体とY染色体のギャップのないアセンブリを生成し、類人猿性染色体進化の複雑さを解明しました。

 類人猿のY染色体は、X染色体と比べてサイズのばらつきが大きく、アラインメント可能性(alignability)が低く、構造的再編成のレベルが高い、と示されました。これは、系統特異的アンプリコン領域、パリンドローム配列、転位性遺伝因子、サテライト配列の蓄積によるものです。多くのY染色体遺伝子は多コピーファミリー内で増加し、一部は純化選択下で進化していました。したがって、Y染色体では動的な進化が見られるのに対して、X染色体はより安定しています。

 ショートリード塩基配列データをこれらのアセンブリにマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)することで、100個体以上の大型類人猿の性染色体の多様性と選択のパターンが明らかになりました。これらの参照アセンブリは、ヒトの進化や、いずれも絶滅危惧種である類人猿の保全遺伝学に有益な情報をもたらす、と期待されます。人類の進化史の解明にも貢献できそうな研究で、注目されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


ゲノミクス:類人猿の性染色体の完全塩基配列と比較解析

ゲノミクス:類人猿の性染色体進化を読み解く

 今回、5種の大型類人猿と1種の小型類人猿の性染色体の完全なゲノム塩基配列が報告され、霊長類系統におけるX染色体とY染色体の進化についての手掛かりがもたらされた。



参考文献:
Makova KD. et al.(2024): The complete sequence and comparative analysis of ape sex chromosomes. Nature, 630, 8016, 401–411.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07473-2

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