ヨーロッパ最古級の石器
ヨーロッパ最古級の石器を報告した研究(Garba et al., 2024)が公表されました。人類がユーラシアに到達したのは200万~100万年前頃と考えられてきましたが、近年ではヨルダンにおいて248万年前頃(関連記事)、中国において212万年前頃(関連記事)までさかのぼるかもしれない石器が発見されています。ただ、そうした痕跡はまだひじょうに少なく、ユーラシアにおける人類の痕跡が増えるのは200万年前頃以降ですが、それでもまだ少ないのは否定できず、正確な年代決定は難題とされてきました。
ウクライナ西部のコレロヴォ(Korolevo)遺跡の黄土沖積層で発見された石器は、1970年代の発見以来、複数の研究団によって調べられてきました。ヨーロッパの旧石器時代についてコレロヴォ遺跡の重要性は広く認識されていますが、この遺跡の最も古い石器遺物の年代は、まだ確実には絞り込まれていません。本論文は、宇宙線生成核種を用いる2種類の埋没年代測定法により、伝統的な石器区分(関連記事)では様式1(Mode-1、第1様式)に分類される石器遺物を含む堆積層の年代を142±10万年前および142±28万年前と推定した、と報告します。
本論文が把握している限りでは、コレロヴォ遺跡はヨーロッパでの人類の存在を示す年代が確実に認されたものの中では最古の事例となり、185万~178万年前頃となるコーカサス(関連記事)と120万~110万年前頃となるヨーロッパ南西部(関連記事)との間にある時空間的隔たりをつなぎます。この調査結果は、ホモ属がヨーロッパに東方から定着していったという仮説を推し進め、居住地の適合性に関する以前の分析結果(関連記事)は、初期ホモ属が、中期更新世気候遷移期のはるか前に、温暖な間氷期を利用してより高緯度の比較的大陸性の場所(コレロヴォなど)へ分散した、と示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
考古学:ヨーロッパで最古の人類が存在した年代を決定
ウクライナの考古学的遺跡で見つかった約140万年前のものと推定される遺物が、ヨーロッパにおけるヒト族の存在を示す確実に年代決定された証拠になると報告する論文が、今週、Natureに掲載される。この知見は、ヨーロッパへの最初の人類の到来とその移動方向の解明に役立つ。
ヒト族がユーラシアに到達したのは、今から200万~100万年前のことだったと考えられているが、その時代(旧石器時代の一部)の考古学的遺跡が非常に少ないため、正確な年代決定は難題とされてきた。ウクライナ西部のコロレボに位置する考古学的遺跡からは、1970年代以降、旧石器時代の石器が出土している。この遺跡は、初期旧石器時代の遺跡の中で最も北に位置しているが、正確な年代は決定できていない。
今回、Roman Garbaらは、宇宙線生成核種の崩壊に基づく年代測定法を用いて、コロレボで発見された石器などの遺物が埋没していた堆積物の正確な年代を決定した。その結果、これらの石器の年代は約140万年前と推定された。また、Garbaらは、過去200万年間の生息地適合性を調べて、初期ヒト族が、より温暖な間氷期を利用してコロレボのような高緯度地域に定着した可能性が高いという見解を示している。コロレボは、コーカサス山脈と南西ヨーロッパの間の地理的に重要な場所を占めている。ヒト族は、約180万年前にコーカサス山脈で、約120万年前に南西ヨーロッパで生活していたことが知られている。今回の研究で行われた年代決定の結果、コロレボの遺跡は、空間的にこれら2つの中間にあるだけでなく、年代的にもこれらの中間に位置付けられた。Garbaらは、「人類はヨーロッパで東から西に向かって定着していった」という、長い間信じられていたがこれまで実証されていなかった仮説が裏付けられたと結論付けている。
考古学:人類は140万年前に東方からヨーロッパへと分散した
考古学:人類は140万年前にヨーロッパに到達していた
ユーラシア大陸におけるヒト族の最初期の定着年代を明らかにすることは困難であるが、それは主として証拠が少ないためである。今回、ウクライナのコロレボ遺跡から出土した石器遺物の年代が約140万年前と推定されたことで、このパズルに新たなピースが1つ加わった。
参考文献:
Garba C. et al.(2024): East-to-west human dispersal into Europe 1.4 million years ago. Nature, 627, 8005, 805–810.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07151-3
ウクライナ西部のコレロヴォ(Korolevo)遺跡の黄土沖積層で発見された石器は、1970年代の発見以来、複数の研究団によって調べられてきました。ヨーロッパの旧石器時代についてコレロヴォ遺跡の重要性は広く認識されていますが、この遺跡の最も古い石器遺物の年代は、まだ確実には絞り込まれていません。本論文は、宇宙線生成核種を用いる2種類の埋没年代測定法により、伝統的な石器区分(関連記事)では様式1(Mode-1、第1様式)に分類される石器遺物を含む堆積層の年代を142±10万年前および142±28万年前と推定した、と報告します。
本論文が把握している限りでは、コレロヴォ遺跡はヨーロッパでの人類の存在を示す年代が確実に認されたものの中では最古の事例となり、185万~178万年前頃となるコーカサス(関連記事)と120万~110万年前頃となるヨーロッパ南西部(関連記事)との間にある時空間的隔たりをつなぎます。この調査結果は、ホモ属がヨーロッパに東方から定着していったという仮説を推し進め、居住地の適合性に関する以前の分析結果(関連記事)は、初期ホモ属が、中期更新世気候遷移期のはるか前に、温暖な間氷期を利用してより高緯度の比較的大陸性の場所(コレロヴォなど)へ分散した、と示唆しています。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。
考古学:ヨーロッパで最古の人類が存在した年代を決定
ウクライナの考古学的遺跡で見つかった約140万年前のものと推定される遺物が、ヨーロッパにおけるヒト族の存在を示す確実に年代決定された証拠になると報告する論文が、今週、Natureに掲載される。この知見は、ヨーロッパへの最初の人類の到来とその移動方向の解明に役立つ。
ヒト族がユーラシアに到達したのは、今から200万~100万年前のことだったと考えられているが、その時代(旧石器時代の一部)の考古学的遺跡が非常に少ないため、正確な年代決定は難題とされてきた。ウクライナ西部のコロレボに位置する考古学的遺跡からは、1970年代以降、旧石器時代の石器が出土している。この遺跡は、初期旧石器時代の遺跡の中で最も北に位置しているが、正確な年代は決定できていない。
今回、Roman Garbaらは、宇宙線生成核種の崩壊に基づく年代測定法を用いて、コロレボで発見された石器などの遺物が埋没していた堆積物の正確な年代を決定した。その結果、これらの石器の年代は約140万年前と推定された。また、Garbaらは、過去200万年間の生息地適合性を調べて、初期ヒト族が、より温暖な間氷期を利用してコロレボのような高緯度地域に定着した可能性が高いという見解を示している。コロレボは、コーカサス山脈と南西ヨーロッパの間の地理的に重要な場所を占めている。ヒト族は、約180万年前にコーカサス山脈で、約120万年前に南西ヨーロッパで生活していたことが知られている。今回の研究で行われた年代決定の結果、コロレボの遺跡は、空間的にこれら2つの中間にあるだけでなく、年代的にもこれらの中間に位置付けられた。Garbaらは、「人類はヨーロッパで東から西に向かって定着していった」という、長い間信じられていたがこれまで実証されていなかった仮説が裏付けられたと結論付けている。
考古学:人類は140万年前に東方からヨーロッパへと分散した
考古学:人類は140万年前にヨーロッパに到達していた
ユーラシア大陸におけるヒト族の最初期の定着年代を明らかにすることは困難であるが、それは主として証拠が少ないためである。今回、ウクライナのコロレボ遺跡から出土した石器遺物の年代が約140万年前と推定されたことで、このパズルに新たなピースが1つ加わった。
参考文献:
Garba C. et al.(2024): East-to-west human dispersal into Europe 1.4 million years ago. Nature, 627, 8005, 805–810.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07151-3
この記事へのコメント