現生人類のアフリカからの拡散時の気候

 現生人類(Homo sapiens)のアフリカからの拡散時の気候に関する研究(Kappelman et al., 2024)が公表されました。現生人類は10万年前頃までに何度もアフリカから拡散していましたが、非アフリカ系現代人の主要な祖先となる現生人類集団がアフリカから拡散したのは10万年前頃以降です(関連記事)。ほとんどのモデルでは、これらの事象は、乾期は食料入手困難により集団の移動が制限されるため、湿潤な期間に形成された緑の回廊を通って起こった、と考えられています。

 本論文は、エチオピア北西部のシンファ(Shinfa)川近くの低地にあるシンファ・メテマ1(Shinfa-Metema 1)遺跡について報告します。この遺跡からは、年代が74000年前頃と推定されている新期トバ凝灰岩(Youngest Toba Tuff、略してYTT)のクリプトテフラ(肉眼視できない微小火山灰)が発見されており、弓矢を使っていた可能性が高い、川沿いに集中した狩猟採集の初期の稀な証拠が提供されています。食性には、さまざまな陸生動物および水生動物が含まれていました。哺乳類の歯やダチョウの卵殻の化石の安定酸素同位体から、この場所には、季節的に乾燥度の高い時期にそうした動物が生息していた、と示されました。

 魚の並外れた豊富さから、長い乾季の間に季節性河川が水たまりとなってどんどん小さく浅くなっていき、そこで魚の捕獲が行なわれた、と示唆され、中石器時代の困難な気候条件に柔軟に適応していたことが分かります。乾季の水たまり沿いに適応的な採食を行うことで、季節性河川が「青い道(blue highway)」回廊に変わって、出アフリカ拡散が促進されたかもしれず、この事象は湿潤気候の時期に限定されていなかった、と示唆されます。全般的に季節的な乾燥条件を生き抜くために必要だった行動の柔軟性や、とくにトバ超巨大噴火の明らかな短期的影響は、おそらく現生人類の最新の拡散とその後の世界的拡大に重要だったかもしれません。

 ただ、トバ大噴火の影響はもちろん大きかったとしても、現在でも根強そうな、トバ大噴火による現生人類の絶滅危機との通俗的理解となると、かなり問題があるように思います。アジア南部ではトバ大噴火の前後も人類の痕跡が継続しており(関連記事)、トバ山に近いアジア南東部では、ホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)のような非現生人類ホモ属がトバ大噴火の前後にかけて存続しています。トバ大噴火が現生人類に少なからぬ影響を及ぼしたのは確かでしょうが、そのために絶滅の危機に瀕した可能性は低いように思います。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用(引用1および引用2)です。


考古学:アフリカからのヒトの分散が乾燥期に起こっていた可能性

 過去に起こったアフリカからのヒトの移動のうち、一番最近(今から10万年にもならない前)の最も広範囲にわたる移動が、インドネシアのトバ火山の超巨大噴火後の著しく乾燥した期間中に起こっていた可能性があることが示された。このことを報告する論文が、Natureに掲載される。

 アフリカからのヒトの分散は、湿潤期に「緑の回廊」が形成され、ヒトの移動が容易になったために起こったと一般的に考えられている。乾燥期には、ヒトの移動が制限され、食料を十分に入手できない状態(食料不安)になったと考えられている。

 今回、John Kappelmanらは、エチオピア北西部のシンファ川近くにある遺跡を調査した。この遺跡からは、石器の製造による削られた石片と動物の遺骸が見つかり、ヒトの存在を示す証拠となった。また、堆積物試料中のガラス片の化学分析では、これらのガラス片が、トバ火山の超巨大噴火に由来するものであることが明らかになり、この遺跡付近にヒトが存在していたのは約7万4000年前の中石器時代(約28~5万年前)とされた。ダチョウの卵の殻と哺乳類の歯の化石の安定同位体分析からは、当時の環境は著しく乾燥していたことが示された。

 Kappelmanらは、このように著しく乾燥した気候であったことが、逆説的ではあるが、その時代の遺跡付近での魚類への依存度が高かったことを説明できるとし、乾燥期に河川が縮小したために魚類が小さな池に閉じ込められ、当時の狩猟民がおそらく弓矢を使って魚類を捕獲していた可能性があると述べている。非常に乾燥した時期には、こうした小さな池に魚資源がなくなれば、ヒトは移動する必要が生じたと考えられ、ヒトが分散するための「青の回廊」が出来上がった可能性がある。

 Kappelmanらは、この遺跡に記録された行動の柔軟性は、この遺跡に存在したヒトが超巨大噴火の余波を生き延びる上で役立ち、現生人類がアフリカから最終的に分散し、世界中に拡大した際に遭遇した多様な気候や生息地で繁栄する上で極めて重要だった可能性が非常に高いという見解を示している。


考古学:トバの超巨大噴火の際のアフリカの角における適応的な採食行動

考古学:中石器時代の人類の適応的な狩猟採集行動の証拠

 今回、エチオピアの遺跡から、約7万4000年前に今まさにアフリカを出ようとしていた現生人類の生活が明らかになった。人類は季節によって乾燥する景観で生活しており、弓矢を使って狩猟を行っていた可能性がある。



参考文献:
Kappelman J. et al.(2024): Adaptive foraging behaviours in the Horn of Africa during Toba supereruption. Nature, 628, 8007, 365–372.
https://doi.org/10.1038/s41586-024-07208-3

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