頭蓋形態の比較に基づく過去50万年間のホモ属の進化
頭蓋形態の比較に基づいて過去50万年間のホモ属の進化を検証した研究(Neves et al., 2024)が公表されました。本論文は、21世紀における新たな更新世ホモ属化石の発見や、分子生物学の飛躍的な発展を踏まえて、保存状態良好な過去50万年間のヨーロッパとアフリカとアジアで発見された86点のホモ属化石を比較し、現生人類の起源についても検証しています。これらのホモ属化石には、現生人類(Homo sapiens)やネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)とともに、ホモ・ハイデルベルゲンシス(Homo heidelbergensis)とされる化石や分類の曖昧な頭蓋も含まれ、形態学的情報がほとんど得られていない(関連記事)種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)にも言及されています。
●要約
ヒト進化の最新段階は、古人類学の分野が始まって以来、論争の激しい話題で、議論の中心でした。過去20年間に、新たな発掘が古人類学的データの地理的範囲を拡大し、更新世の最後の1/3の期間の新たな化石人類が発見され、古い重要な化石は現代のより正確な手法により再年代測定されました。この研究から現れた新たな全体像は、ネアンデルタール人と現生人類の相互作用、その共通祖先の発見や、現生人類系統がどのように進化したのか、という理解に関する議論を変えました。
これらの新たな発見を統合し、そうした証拠がチバニアンの人類の枠組みにより適切に当てはめるため、過去50万年間のヨーロッパとアフリカとアジアの86点の保存状態良好な化石の頭蓋形態が比較されました。化石の頭蓋形態を記載するための25点の線形測定値が用いられ、その生物学的類似性が多変量判別関数分析を通じて調べられました。これらの分析により、アフリカとアジアとヨーロッパの総称である「ホモ・ハイデルベルゲンシス」に含まれる標本の豊かな形態学的変異性など、古代型現生人類の類似性と系統発生的関係の可能性の評価が可能となります。本論文の結果は、ホモ・ハイデルベルゲンシスという総称を同じ1種で収めることができない、と裏づけます。本論文はさらに、現生人類の起源に関する議論の余地のある検討に寄与し、現生人類についてアフリカ起源への裏づけを追加します。
●研究史
20年前まで、チバニアンにおけるヒト系統の進化に関する議論の大半は、ネアンデルタール人と現生人類の起源と拡散、および、もしあったのならば、これら2種の相互作用に集中していました。その分岐につながった共通祖先と環境条件の特定も、議論の重要な論点でした。しかし、過去15年間で、これらの議論の性質は劇的に変わりました。現生人類の進化史の最後の瞬間にはいくつかの種が共存しており、そのうち一部は遺伝物質を交換した、分かりました。南アフリカ共和国におけるホモ・ナレディ(Homo naledi)と命名された分類群(Dirks et al., 2017)と、インドネシアの離島であるフローレス島におけるホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)という分類群のさらなる発見は、ホモ属の進化の広範な軌跡に容易に適合しないホモ属の特異な種への注目を集め、チバニアン全体の人類の広範な多様性を定義した、非線形的な過程を浮き彫りにします。
後期ホモ属の進化に関するこうした新たな見解の多くを後押ししているのは、アフリカとアジアとヨーロッパにおける過去35万年間のいくつかの新たな化石の最近の発見で、年代訂正とこれらの地域の古い化石の再年代測定によって補完されています。これらの新規性のうち、以下は特に注目に値し、それは、(1)南アフリカ共和国のホモ・ナレディの発見と記載(Dirks et al., 2017)、(2)エチオピアのオモ・キビシュ(Omo-Kibish)で発見されたオモ1号化石が233000年前頃と再年代測定されたこと(Vidal et al., 2022)、(3)モロッコのジェベル・イルード(Jebel Irhoud)遺跡で発見された頭蓋が315000年前頃と再年代測定され、その形態学的パターンの新たな解釈につながったこと(Richter et al., 2017)、(4)フィリピンのルソン島で発見された特異な後期人類である新種ホモ・ルゾネンシス(Homo luzonensis)の記載と、それが67000~50000年前頃と年代測定されたこと(Détroit et al., 2019)、(5)中国北部の黒竜江省ハルビン市で完全に保存されたヒト頭蓋が発見され、146000年前頃と年代測定され、新種とされたこと(Ni et al., 2021)、(6)中国東部の河南省許昌市(Xuchang)霊井(Lingjing)遺跡で新たな化石資料が発見され、125000~105000年前頃と推定され、この地域の既知の後期ホモ属の差異へと容易に収めることができないこと(Li et al., 2017)、(7)中国極東の安徽省池州市東至県の331000~275000年前頃となる華龍洞(Hualongdong、略してHLD)遺跡において新たな化石資料が発見され、アジアの既知の後期ホモ属の差異へと容易に収めることができないこと、(8)イスラエル中央部のネシェル・ラムラ(Nesher Ramla)開地遺跡の新たな古代型のチバニアンのホモ属の発見(Hershkovitz et al., 2021)、(9)ギリシア南部のマニ半島のアピディマ(Apidima)洞窟における現生人類頭蓋の発見(Harvati et al., 2019)、(10)イスラエルのカルメル山にあるミスリヤ洞窟(Misliya Cave)で発見された194000~177000年前頃となる現生人類骨格の発見です(Hershkovitz et al., 2018)。まとめると、これら後二者(アピディマ洞窟とミスリヤ洞窟)の発見は、地中海東部へのアフリカからの現生人類のずっと早い拡散の可能性を示唆しています。
これらの新たな発見は、大量の科学文献を生み出し、それらは過去50万年間におけるヒト系統の分化につながった進化的過程に関する知識を大きく前進させ、それには、ネアンデルタール人と現生人類とデニソワ人との間の最終共通祖先(last common ancestor、略してLCA)がどの人類だったのか、という研究が含まれます(Mounier, and Lahr., 2019、Stringer., 2016、Bermúdez de Castro, and Martinón-Torres., 2022)。
新発見とヒト進化の後期段階への意味は、最近ではさまざまな研究により調べられており、そのすべてはある程度、チバニアンから現在までのヒト進化の軌跡の理解を専ら扱っており、現生人類の起源(Mounier, and Lahr., 2019)や、ヒトの脳の進化(Neubauer et al., 2018)や、この期間の既知の化石間の関係を分類して文脈に向当てはめる方法に関する最近の議論といった特定の問題に焦点を当てています(Roksandic et al., 2022)。これらの研究は同時に、古人類学におけるこの問題の重要性を示し、この分野が人類系統の進化の広範について実用的な枠組みの確立からいかに遠いのか、論証します。
本論文は、まとめて分析されることが稀な、アフリカとヨーロッパとアジアの化石の最新の年代とより広い範囲を考慮して、チバニアンと後期更新世のホモ属化石の形態学的類似性を文脈に当てはめることにより、この問題に寄与します。本論文は本質的に試験的ですが、その結果は、これら最新の発見に与えられた最も一般的な解釈と対比され、ホモ属進化の後半段階に関する古い見解に立ち返ることができます。よって、本論文は、この分析が、最近の発見をホモ属の包括的な進化的総合へと統合する方法に関する議論を促進する、と考えています。
この総合を作成するため、ホモ属の分化が進み、いくつかの人類種の出現により特徴づけられる期間である、過去約50万年間を網羅する人類の頭蓋形態の包括的なデータベースが編集されました。これらのデータは文献から収集されたか、個人的情報により提供されました。このデータは、この期間のホモ属の形態学的多様性の比較枠組み作成のために用いられ、よく示される種内で観察された多様性と新たな標本および最近再年代測定された資料の文脈化の定義が可能となります。本項冒頭で示された強調された新たな発見のいくつか(1と4と8と9)は本論文では調査できず、それは、完全もしくは部分的に完全な頭骨が発見されていないか、標本の頭蓋計測データが古人類学界で共有されていなかったからです。河南省許昌市の頭蓋(項目6)も、先行研究により論証されているように、過去および現在のヒトの差異と比較したさいの、そのきょくたんな外れ値の性質を考えて、本論文では含められませんでした。
●資料
表1と表2はそれぞれ、本論文で用いられた比較系列と検証された個体に関する重要な情報を提示します。比較系列は、以下の化石人類群から構成されています。それは、ヨーロッパとアジアとチバニアンの人類(ある種のホモ・ハイデルベルゲンシス)、ヨーロッパと中東のネアンデルタール人、アフリカ東部エチオピアのヘルト(Herto)で発見された現生人類亜種のホモ・サピエンス・イダルトゥ(Homo sapiens idaltu)、アフリカとヨーロッパと中東とアジア東部の現生人類です。古人類学的記録における種の定義は、疎らな化石記録に基づく種の定義がいかに困難なのかを考えて、過去にかなり変わってきました。最近の研究では、種の定義の困難は、チバニアン人類の多様化の理解においてとくに影響を及ぼしてきた、と主張され、研究において使用される種の概念を明確に定義するよう、推奨されました。
本論文はその提案に従って、「他者と別に進化し、自身の一元的な進化的役割と傾向のある系統」として定義される、種の進化的概念を採用します。種のそうした概念は、化石記録に関する議論では有益では、それは、種間の絶対的な生物学的不適合性を仮定しておらず、化石の地理的および年代的状況に基づく時間種の定義を裏づけるからです。したがって、以下の議論では、有効な分類基準として形態学的特徴を用いて、化石は明確な進化的軌跡の一部である種を代表できる、と仮定されます。本論文の分析に含まれる比較系列は、古人類学の文献においてよく知られている標本で構成されているので、それらについて文脈的情報は提供されません。検証された孤立した個体群は、新たに報告されたか、最近再年代測定された標本のため、以下に記載されます。
●ジェベル・イルード1号および2号
1961年、モロッコのジェベル・イルード山塊において、作業員が採掘作業中にほぼ完全な頭骨を発見しました。その発見後、管理された発掘がこの山塊で行なわれ、考古学者は新たな成熟した神経頭蓋や未熟な下顎骨や上腕骨を発見できました。これらの標本は、それぞれイルード1号・2号・3号・4号と命名されました。当初、ジェベル・イルード遺跡は4万年前頃と年代測定されましたが、電子スピン共鳴法(electron spin resonance、略してESR)と組み合わせたウラン系列法を用いてのイルード3号の年代測定の試みの後、160000±16000年前という新たな年代が提案されました(Smith et al., 2007)。最近、315000±34000年前という予期せぬ熱発光年代測定が、発見された遺骸と直接的に関連する加熱された燧石製人工遺物について提案され、ジェベル・イルード化石資料の新たな解釈の可能性が開かれました。
●オモ1号および2号
1967年に、ケニア国立博物館の研究者が、エチオピアのキビシュ層(Kibish Formation)で人類化石を発見しました。この出来事はオモ川への国立古生物学研究調査隊の一部で、リチャード・リーキー(Richard Leakey)氏の監督下で行なわれました。この化石は、オモ1号と命名された部分的な骨格1点と、オモ2号と命名された神経頭蓋1点から構成されていました。オモ1号は、カモヤ人類遺跡(Kamoya’s Hominid Site、略してKHS)のカモヤ・キメウ(Kamoya Kimeu)で発見されました。オモ1号は頭蓋と下顎と歯列と頭蓋後方(頭蓋から下)の断片から構成されており、成人に属します。オモ2号はポール人類遺跡(Paul’s Hominid Site、略してPHS)のポール・アベル(Paul Abell)氏により発見され、成人のほぼ完全な神経頭蓋から構成されています。
この標本の年代は、当時の同位体年代測定の技術的限界と、限られた関連動物相を考えると、確証困難でした。先行研究はこの遺跡を、異なる年代の4構成に区分しました。カキの貝殻でのウラン-トリウム(U/Th)測定に基づく放射性年代測定を用いて、1969年の研究はオモ1号とオモ2号が回収された構成1について13万年前頃との年代を提案しましたが、この手法の信頼性には後に疑問が呈されました。2005年の研究は、オモ1号とオモ2号両方の標本の年代について、後世1の長石斑晶からのアルゴン(Ar)の同位体比(⁴⁰Ar/³⁹Ar)年代測定を用いて、195000±5000年前を提案しました。最近、2022年の研究(Vidal et al., 2022)は、⁴⁰Ar/³⁹Arに基づき、オモ1号が発見された堆積物について、233000±22000年前の年代を生成しました。
●ハルビン
ハルビン標本は1933年に、中国北部の黒竜江省ハルビン市の上部黄山層(Upper Huangshan Formation)における橋の建設中に、作業員により回収されました。ハルビン標本は、保存状態良好な頭蓋で構成されます(Ni et al., 2021)。この化石の正確な場所は不明なので、この発見についてあり得る年代を特定するために一連の補完的な年代測定手法が適用され、それは、希土類元素(rare earth element、略してREE)濃度、ヒト化石のストロンチウム(Sr)同位体組成、標本の近くで収集された広範な哺乳類化石、非破壊的なX線蛍光発光分析です。最後に、この化石について、ウラン系列法の下限年代は146000年前と示唆されました(Shao et al., 2021)。
●華龍洞
華龍洞遺跡は中国東部の安徽省池州市東至県に位置し、2006年に初めて発掘されました。華龍洞窟(Hualong Cave)としても知られるこの遺跡の追加の発掘は、2014~2016年に行なわれました。華龍洞遺跡、および華龍洞で発見された最も完全な頭骨である標本HLD6についての英語での利用可能なほんどの情報は、2021年の研究で示されています。洞窟堆積物は2点の主要な堆積単位で構成されており、一方は硬い接合炭酸塩角礫岩で構成され、もう一方は非連結の粘土および希少な砂利物質で形成されています。16点のヒト化石と豊富な哺乳類遺骸と石核および剥片石器群の要素が、接合炭酸塩単位で発見されました。
U/Thにより得られた3点の年代は、化石堆積物については331000~275000年前頃で、華龍洞遺跡がチバニアンの年代だという以前の観察を証明します。この古さは、華龍洞遺跡で収集された動物相資料でも確証されます。LD6頭蓋は11点の断片で構成され、前頭骨の大半、左頭頂骨、上顎骨、左側頬骨、後側頭部、口蓋骨、外側左蝶形骨が含まれます。関連する下顎は、ほぼ保存されています。歯の資料から、死亡時年齢は13~15歳と推定されました。
●手法
表SM1は、分析に含まれている86点の標本の頭蓋計測データを示しています。標本の頭蓋形態は、1973年の命名法にしたがって、25点の頭蓋計測変数により特徴づけられます。これらの変数は頭蓋の全領域を網羅しており、東部の形態の適切な特徴づけを提供します。これらの変数は、データセットにおいて、標本を最大限表し、欠損値の数を最小限にするため、選択されました。平均して、標本には12.8%の変数欠落があり、50%異常の変数が欠損している標本はありません(表SM1)。各変数の欠損値は、2011年の研究で詳述されている手順に従い、予測因子として他の変数を用いて、重回帰を用いて推定されました。
近年では、形態学の研究は次第に幾何学的形態計測手法へと移行してきており、この手法は、複雑な形態の形状を禁じさせるより適切な方法と考えられており、古人類学において有益な形態での変化を定量化する、強力な手法を提供します。しかし、幾何学的形態計測の分析能力は、形態学的類似性の研究のための線形計量の使用を無効にはせず、特定の分析状況では利点を提示する可能性があります。たとえば、一般化プロクラステス分析(generalized Procrustes analysis、略してGPA)下の標識に基づくデータは、全ての標識へと局所的差異を分散させる傾向にあり、解釈の難しい共変異構造を生み出す、と主張されてきました。線形計量次元の分析は人類学において、形態学的類似性と進化史広範なパターンの定義に広く用いられてきました。線形計量データの使用は比較にならないほど多数の化石への利用を提供し、より広範な比較枠組みではまだ研究されていなかった、ホモ属標本における形態学的類似性に関する議論の拡張を可能とするので、この手法は現時点で利用可能な化石データに適しているだけではなく、最適である、と考えられます。
標本間の形態学的類似性と比較系列は、判別関数分析(Discriminant Function Analysis、略してDFA)により評価され、DFAにより、データの先験的集団を最適に識別する軸に沿って、データをよく表現できるようになります。そのため、DFAでは、参照系列を最適に分離する形態学的空間内での検証された個体群の形態学的類似性の表現が可能になり、その分類を容易にします。DFAは、地理的位置と形態学的類似性を中心に定義された種に従って分離された、参照集団のみを用いて計算され、検証された個体群は事後的にDFA座標に変換されました。個体群の向いた医学的類似性は、最初の二つの判別関数にわたって表されました。すべての分析はRで行なわれ、MASSパッケージとggplot2とggrepelで補完されました。
●結果
図1は、検証された個体群の形態学的類似性と、二つの判別関数により定義された形態空間における参照系列を示します。比較系列間の類似性が示すのは以下の5点で、つまり、(1)現生人類において地理的起源と無関係に大きな重なりがあり、(2)ホモ・ハイデルベルゲンシスと分類された3点の地理的標本は、ひじょうに異なる3群として現れ、(3)ヨーロッパと中東のネアンデルタール人の間には顕著な重なりがあり、(4)ネアンデルタール人と現生人類の間にはヨーロッパとアフリカどちらかのホモ・ハイデルベルゲンシスと一定の近さがあり、(5)ヘルトのホモ・サピエンス・イダルトゥの単一標本はアフリカの現生人類の分布とひじょうに近い位置を占めます。これらの結果は、チバニアンについて定義された共通する3古集団(paleodeme)、つまりホモ・ハイデルベルゲンシスとネアンデルタール人と現生人類の間の系統発生的関係に関する以前の文献とほぼ一致しますが、ホモ・ハイデルベルゲンシスで見られる地理的差異も浮き彫りにします。以下は本論文の図1です。
検証された個体群がこの形態空間内に当てはめられると、以下が強調されるかもしれません。(1)ハルビンは、他の系列や個体群と比較すると、完全な外れ値として作用します。ハルビン標本にとって、遠いものの最も近い隣人は、アフリカのホモ・ハイデルベルゲンシス人類により表されます。(2)イルード1号がネアンデルタール人の分布を統合する一方で、イルード2号は現生人類の分布のごく近くに位置しますが、完全には統合されません。(3)オモ1号が現生人類の分布領域を統合する一方で、オモ2号はアフリカとアジアのホモ・ハイデルベルゲンシス標本の分布の中間に位置します。(4)華龍洞標本は明らかに、ネアンデルタール人の変異性の分布の内側に位置します。
●ホモ・ハイデルベルゲンシス
オットー・ショエテンザック(Otto Schoetensack)による1908年の記載に従って、ドイツのハイデルベルク(Heidelberg)におけるマウエル(Mauer)の発見の後、広義のホモ・ハイデルベルゲンシスは激しい論争の議題でした。この古集団【ホモ・ハイデルベルゲンシス】の長い歴史を詳細に議論することは本論文の範囲外で、読者はとりわけ、2008年や2009年や2012年や2021年や2022年(Roksandic et al., 2022)の広範な研究を参照してください。しかし、この古集団【ホモ・ハイデルベルゲンシス】の文明方法についての合意が欠けていることの理解は、現在の議論と関連しています。要するに、この種【ホモ・ハイデルベルゲンシス】に関する解釈は大きく異なっており、最も一般的な説明は以下の通りです。つまり、(1)アフリカとヨーロッパの分類群で、現生人類とネアンデルタール人両方の祖先です、(2)ネアンデルタール人系統の一部である厳密にヨーロッパの種です、(3)後半に分布していた種で、ホモ・エレクトス(Homo erectus)もしくは現生人類およびネアンデルタール人のいずれかに分類できない、アフリカとヨーロッパとアジアの全ての中期更新世化石人類が含まれるべきです、(4)恐らくはまとめて放棄されるべき屑籠です(Roksandic et al., 2022)。
種としてのホモ・ハイデルベルゲンシスの制約の定義における課題の多くは、その正基準標本が遊離した下顎に基づいており、関連する頭蓋がなく、チバニアンの小さく有意に多様な数の既知の化石がとくにアジアにある、という事実に由来します。発見地域、著者、分類に用いられる生物種の資料すべてに含まれる化石、年代、分析された特徴、学派に応じて、いくつかの名称がこの種【ホモ・ハイデルベルゲンシス】に帰せられてきました。上述の見解のうち、(1)を支持する立場ではホモ・ハイデルベルゲンシスの古典的用語が採用され、(2)を支持する立場では、ヨーロッパの分類に用いられる生物種の資料すべてにのみこの命名法が維持されます。この場合、同年代のアフリカの標本は、ホモ属の自身の種に納められ、上述の見解のうち(3)を支持する立場では、オットー・ショエテンザック(Otto Schoetensack)氏により1908年提案された元々の名称が保持されるか、単純に、「古代型のヒト」として中期更新世の分類に用いられる生物種の資料すべてが記載されます。これは、アジアの化石についてとくに当てはまります。上述の見解のうち(4)を支持する立場(Roksandic et al., 2022)では、アフリカと中東の中期更新世化石群について、新たな分類群ホモ・ボドエンシス(Homo bodoensis)が提案されています。この提案によると、ホモ・ボドエンシスは現生人類の祖先で、恐らくはアフリカ起源です。この場合、ヨーロッパの類似した化石群はネアンデルタール人に分類され、初期ネアンデルタール人とみなされるべきですが、アジア、とくに中国の中期更新世化石群は、ともに異なる系統を表している可能性が高そうです。
本論文の結果が裏づけるのは上述の見解(4)の立場、つまり、ホモ・ハイデルベルゲンシスは有効な分類群の単位ではなく、各大陸の化石は自身の種に分類されるべきである、というものです。さまざまな地域の現生人類の化石間には有意な重複があり、同様にさまざまな地域のネアンデルタール人の重なりがありますが、ホモ・ハイデルベルゲンシスは明らかに各大陸で異なる形態学的パターンを示します。ホモ・ハイデルベルゲンシスの形態は、現生人類とネアンデルタール人との間の形態空間を占めていますが、広範に広がり、明確な地理的分離があります。本論文はしたがって、アフリカとアジアの中期更新世化石群はそれぞれ、ホモ・ボドエンシスおよびホモ・ダリエンシス(Homo daliensis)とみなされるべきである、と支持します。ホモ・ダリエンシスの提案は、最近の提案(Ji et al., 2021)に触発されていますが、本論文と同じ分類に用いられる生物種の資料すべてに正確に基づいているわけではありません。ヨーロッパのチバニアン化石群は、オットー・ショエテンザック氏の元々の提案を考慮して、ホモ・ハイデルベルゲンシスとして維持されるべきです。
●ネアンデルタール人と現生人類との間の最終共通祖先
ネアンデルタール人と現生人類との間の、最終共通祖先(last common ancestor、略してLCA)もしくは最新共通祖先(Most Recent Common Ancestor、略してMRCM)の最適な候補について、過去数年間に多くのことが書かれてきました。この問題に関しては、最近の研究があります(Stringer., 2016、Mounier, and Lahr., 2019、Bermúdez de Castro, and Martinón-Torres., 2022)。
2012年の研究は、形態学およびゲノムの情報を考慮して、チバニアンのヒトの進化では多くの問題が依然として未解決と考えているにも関わらず、ホモ・ハイデルベルゲンシスを、後期ホモ属の3分類群、つまり現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の最も可能性の高い祖先と見なしています。その後、同じ著者の2016年の研究は、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の情報から、LCAはホモ・ハイデルベルゲンシス起源と依然として一致する年代である40万年前頃に生存していた、と示唆される事実に注意を喚起しています。しかし、その全体像は、常染色体DNAを検討した場合は大きく異なるようになり、ネアンデルタール人と現生人類との間の分岐年代は、765000~550000年前頃と、ずっと早いと示唆されます。2019年の研究(Gómez-Robles., 2019)は歯の進化速度に基づいて、ネアンデルタール人と現生人類についてより古い分岐年代(80万年以上前)さえ支持します。この場合、ホモ・ハイデルベルゲンシスの最古の代表のみがLCAかもしれないとして受け入れ可能です。
2016年の研究は、仮想再構築の手段によってこの問題に取り組み、その火葬結果を中期更新世の利用可能な化石資料と対比させました。その研究では現生人類とネアンデルタール人との間のLCAに関して、「結果は中期更新世におけるアフリカとヨーロッパの祖先人口集団のモデルを裏づけ(広義のホモ・ハイデルベルゲンシス)、さらにこの祖先人口集団のアフリカ起源を予測する」、と結論づけられています。
ベルムデス・デ・カストロ(Bermúdez de Castro)氏に率いられたスペインの専門家は数十年間、ヒト進化の最後の瞬間における、スペイン北部のアタプエルカ山地(Sierra de Atapuerca)のグランドリナ(Gran Dolina)洞窟遺跡で発見されたホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)のより根本的な役割を主張してきました。たとえば、1997年の研究では、ホモ・アンテセッサーはネアンデルタール人と現生人類との間のLCAを表しているかもしれない、と示唆され、これはその後の論文で部分的に弱められました。
近年では、グランドリナ洞窟遺跡のTD6層から発見されたヒト遺骸(TD6標本)のエナメル質から得られたタンパク質の回収および分析と、他の人類から得られた同様の資料との比較から、「ホモ・アンテセッサーは、現生人類やネアンデルタール人やデニソワ人を含めて、その後の中期および後期更新世人類の密接な姉妹系統です」、と論証されました(Welker et al., 2020)。さらに、グランドリナ洞窟遺跡のTD6層の人々の顔面は、化石記録における最古となる既知の現代的な顔面を示します。これらの断片的情報を考慮して、2022年の研究(Bermúdez de Castro, and Martinón-Torres., 2022)では、「85万年前頃となるホモ・アンテセッサーは仮定的なLCAの形態予測のためのいくつかの手がかりを保持しているかもしれない」と結論づけられました。その研究では、近東が最終共通祖先の可能性のある起源地として検討されるべきことも提案されています。
本論文の判別関数分析により生成された形態空間では、現生人類およびネアンデルタール人とホモ・ボドエンシス(本論文の命名法に従います)およびホモ・ハイデルベルゲンシス(これも本論文の命名法に従います)との間の明確な関連があります。現生人類が中期更新世化石群の右側に位置する一方で、ネアンデルタール人はこれらの化石の左側に位置します。これが示唆するのは、LCAは2016年の研究によって強調されているように、これらの化石の文脈で探されねばならない、ということです。
●ネアンデルタール人
ネアンデルタール人は、中期~後期(上部)更新世においてユーラシアに生息していた現生人類と密接に関連している種でした。ネアンデルタール人は、洗練された考古学的記録や寒冷環境への形態学的適応や広範な地理的分布によって特徴づけられます。古典的ネアンデルタール人の形態には、細長い頭蓋冠や後頭骨の束髪(後頭髷)や顔面中部の顎前突が含まれます。その広範な地理的分布に基づいて、このネアンデルタール人集団の形態学的多様性について長年の議論が決着し、とくに中東で見つかった人口集団へと注意が喚起されました。
ネアンデルタール人のよる中東居住の可能性の最初の報告以来、一部の著者は、西方と東方の個体群間で見られる形態の違いに注意を喚起しました。ジャン=ルック・ヴォイジン(Jean-Luc Voisin)氏はこれらの違いに関するさまざまな研究を集め、西方人口集団がより顕著なネアンデルタール人の特徴を示し、東方の人口集団はより現生人類的な形質を示す、という形態学的勾配の支持を主張しました。その研究によって指摘された形態学的特徴のうち、東方ネアンデルタール人はヨーロッパの【西方】ネアンデルタール人と比較すると、より球状の後頭部やより広い乳様突起やさほど突出していない顔面中部や、一部の個体におけるわずかに発達した顎の存在さえ示します。
本論文の結果から、大きさと形状の観点では、中東とヨーロッパの人口集団はいくらかの形態学的違いを示し、中東の人口集団は現生人類によって占められている形態空間により近い、と示されます。選択もしくは浮動か、現生人類との遺伝的混合の産物に起因する形態学的違いとして、これらの差異を解釈することは複雑です。じっさい、2集団(東方と西方のネアンデルタール人)間で観察された距離は、これら2人口集団間の形態学的差異を示唆していますが、この2クラスタ(まとまり)のおもな重複から依然として、ネアンデルタール人は凝集した種の構造を維持している、と示唆されます。
●現生人類
過去40年間にわたって、現生人類の起源について二つの主要なモデルが議論されました。多地域モデルは、現生人類が遺伝子交換網により高度につながったさまざまな古代の人口集団を経て誕生した、と主張しています。この仮説は、アフリカのような単一地域だけではなく、旧世界全体での現生人類の進化を可能にした、世界規模の人口集団間の強く連続的な遺伝子流動を主張しています。この仮説はもともと、地域的な考古学的記録で観察された、いくつかの形態学的および文化的連続性の説明のため提案されました。
しかし、新たな証拠、とくに最近の遺伝学的研究に照らすと、このモデルがいかに脆弱なのか、明らかになりました。mtDNAを用いての比較では、最近のアフリカの人口集団における多量のmtDNA多様性は非アフリカ系現代人の2倍以上と観察され、アフリカ人集団のより深い遺伝的歴史が示唆されました。非アフリカ系人口集団はアフリカ大陸からの拡大中に、アフリカからの距離増加につれて、変異性の漸進的喪失と一致する連続的なボトルネック(瓶首効果)を経てきました(Manica et al., 2007)。
第二の仮説は最近のアフリカ起源で、世界への居住過程で古代型のヒトを置換した、アフリカにおける全ての現生人類個体の共通の最近の起源を提案します。この仮説はおもに化石記録に基づいており、それは、現生人類と関連する最古級の化石がアフリカ大陸で発見されており(Vidal et al., 2022)、上述のように遺伝的データによって裏づけられているからです。
現生人類による古代型人口集団の完全に置換との見解は、現生人類とネアンデルタール人やデニソワ人のような他の人類種との間のいくらかの遺伝子流動を示す新たな証拠によって、疑問が呈されてきました(Reich et al., 2011、Sankararaman et al., 2014、Villanea, and Schraiber., 2019)。この遺伝子移入から、現生人類と古代型のヒトとの間で「以前に受け入れられていた分類学的境界が曖昧になる」、と結論づける人もいます。しかし、2015年の研究によって強調されているように、「これは誤解で」、それは、よく定義された分類学的クレード(単系統群)全体にわたる遺伝子移入が自然界では一般的だからです。現在、アフリカの単一起源を支持する人々の間で、現生人類がアフリカの単一地点(この場合はアフリカ東部)から出現したのか、あるいはアフリカ大陸全体を含む過程から進化した(Hublin et al., 2017、Scerri et al., 2018)のかどうか、激しい議論もあります。
本論文の結果は、その地理的起源に関係なく、現生人類個体群の強い重なりを示します。アフリカとアジアとヨーロッパの現生人類は、形態空間において単一のよく定義された領域を占めています。このパターンは、現代人の共通起源と完全に一致しており、世界中の現代人の共有された体制(ボディプラン)を示唆します。多地域起源の場合、その地理的地域と一致して分離する現生人類標本の分布が観察される(上述のチバニアン人類のように)、と予測されますが、それは見られません。
現生人類の最古級の代表はアフリカにおいて23万年前頃に現れるので(Vidal et al., 2022)、最も節約的な仮説は、現生人類の出現はアフリカ大陸で起きた、というものです。本論文の結果は、現生人類のアフリカ起源を裏づける一連の証拠に頭蓋計測データを追加し、先行研究(Mounier, and Lahr., 2019)によって強調されているように、多地域的な見解の決定的な放棄に寄与します。
●ジェベル・イルード1号および2号
ジェベル・イルードの標本は、頭骨形態が現生人類で見られる祖先的特徴と派生的特徴の組み合わせを示す、という事実のため、多くの議論を提起し、また提起し続けています。つまり、ジェベル・イルード遺跡の標本は、祖先的な神経頭蓋を保持している一方で、顔面と下顎と歯列は現代的傾向を示しています。ジェベル・イルード1号および2号の予備的な記載は、大きな頭蓋要領と細長い神経頭蓋と顕著な眼窩上隆起を考慮して、この標本のネアンデルタール人クレードへの位置づけを示唆しました。その時点まで、この標本は4万年前頃と考えられていました。しかし、その後の研究はこの提案に異議を唱えました(Stringer., 2016、Hublin et al., 2017)。
1974年の二つの研究では、イルード1号および2号はネアンデルタール人的形質を示すものの、顔面および頭蓋形態の両方でネアンデルタール人集団とは異なり、ネアンデルタール人より派生的ではあるものの、上部旧石器時代の現生人類ほど派生的ではない特徴を示す、と主張されました。この文脈において、2016年の研究(Stringer., 2016)はイルード1号および2号の両標本は、イルード2号が現生人類とのより密接な類似性を示してさえ、現生人類クレードの基底部形態と考えられるかもしれない、と示唆しました。最近、ジェベル・イルード遺跡の315000±34000年前頃という新たな熱発光年代測定(Richter et al., 2017)を考慮して、ジェベル・イルード標本は現代的な現生人類の初期段階を表しているかもしれない、との研究が提示されました(Hublin et al., 2017)。さらにその研究では、その調査結果に基づいて、現生人類の汎アフリカ起源を提案しました(上述)。
本論文の結果は、イルード2号はイルード1号よりも現代的な現生人類との類似性を多く示すものの、両者は古代型と派生型両方の特徴を示す、という2011年の研究で得られた結果と一致します。図1では、イルード1号が近東のネアンデルタール人の領域の境界に表示されている一方で、イルード2号は現生人類の分布に近いものの、統合されていません。イルード1号とネアンデルタール人との間の近さは、すでに2012年の研究で観察されていました。2016年の研究(Stringer., 2016)は、イルード1号が現生人類クレードの古代型標本とより一致し、派生的な顔面および下顎と関連して、ネアンデルタール人と類似した祖先的な神経頭蓋を保持している、ということを支持します。
ここで一点要注意です。とりわけ1973年や1980年の研究で論証されてきたように、全ての人口集団はかなりの量の頭蓋の差異を有しています。本論文の分析では、現生人類の分散が図1の形態空間で観察される場合に、これを示しています。イルード1号および2号が同じ1ヶ所の遺跡に由来し、明らかに同時代であることを考えて、古人類学者は、イルード1号および2号の両標本間の差異が単に人口集団内の変異性を表している、と検討せねばなりません。
●オモ1号および2号
キビシュ層の標本、つまりオモ1号および2号に関する議論は、両化石が、明らかに同じ絶対年代で、同じ地域から回収されたにも関わらず、そり系統発生的位置づけが複雑となる形態学的違いを示す、という事実に起因します。KHSから回収されたオモ1号は、丸くて大きな要領の頭蓋冠と後退した前額部と縮小した眼窩上隆起と球状の後頭骨形態を示します。PHSから回収されたオモ2号は対照的に、狭く丸くはない頭骨、大きく角張った後頭骨形態を有していますが、オモ1号と同様に、大きな脳頭蓋と縮小した眼窩上隆起を示します。
オモ1号は、その現生人類との形態学的類似性を考慮して、とくに現生人類の起源に関する文脈でより多くの注目を受けましたが、オモ2号は無視されることが多くありました。しかし、1969年の研究では、キビシュ層に存在する多様性は同じ1人口集団で見られるものと類似しているか、オモ1号および2号は異なるものの同時代の共存していた2人口集団を表しているかもしれない、と示唆されていました。オモ1号が現生人類系統の最初の代表と考えられるかもしれない(Stringer., 2016、Vidal et al., 2022)一方で、オモ2号は祖先的特徴と派生的特徴の組み合わさった「基底部現生人類」を表しているかもしれない、とも提案されました(Stringer., 2016)。
それにも関わらず、最近、新たな研究(Vidal et al., 2022)は、KHSのエチオピア大地溝帯のシャラ(Shala)火山の爆発的大噴火の近接堆積物からの⁴⁰Ar/³⁹Ar年代測定を用いて、233000±22000年前というオモ1号の年代を提案しました。本論文の結果(図1)は、オモ1号は現生人類クレードに割り当てることができ、恐らくは現生人類系統の最初の代表を表している一方で、オモ2号は古代型の形質を保持している、とする1969年や1991年や2016年(Stringer., 2016)や2022年(Vidal et al., 2022)の研究の見解と一致します。オモ2号の正確な年代を得るまで、この問題を前進させるのは困難です。
●ハルビン
ハルビン頭骨は、現生人類が観察されるように、大きな脳容量(1420cm³)と低い顔面と平らで低い頬骨を示します。ハルビン頭骨は対照的に、長くて低い頭蓋冠や強い眼窩上隆起や歯槽性突顎や大きな大臼歯など、最も「古代型のヒト」と類似した特徴も示します。より広く古代型ではあるものの、大きな頭蓋冠という現生人類と類似した顔面の組み合わせは、陝西省渭南市の大茘(Dali)遺跡の25万年前頃の頭蓋標本などでも観察されます(Ni et al., 2021)。
ハルビン頭骨の記載と年代測定(146000年前頃)を考慮して、この化石は、ホモ・サピエンスやネアンデルタール人やデニソワ人と同年代の現生人類かもしれない、と示唆されました(Ni et al., 2021)。ホモ・サピエンスと類似した形質を有しているにも関わらず、ハルビン頭骨は、後のホモ・サピエンス系統の標本よりも、ジェベル・イルード1号などホモ・サピエンスの初期の代表の方と類似している、と考えられています(Ni et al., 2021)。その後、甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)で発見された下顎(夏河下顎)とともに、ハルビン頭骨は、ホモ・サピエンスのクレードの姉妹群である新種ホモ・ロンギ(Homo longi)に属するかもしれない、と提案されました(Ji et al., 2021)。この分類は、節約分析とベイズ推論に基づいていました。
本論文では、ハルビン頭骨は形態空間において完全な外れ値として現れます。本論文はこの理由のため、ハルビン頭骨標本は、ホモ・サピエンスよりも古代型のヒトとより関連しているように見えても、新種ホモ・ロンギとして分類されるに値する、と主張する先行研究に同意します。
●華龍洞
華龍洞頭骨(HLD6)とその歯列の広範な記載は、2019年の研究により提供されます。要するに、最も顕著な特徴は、顕著な眉弓のある低くて広い神経頭蓋冠と、著しく突出はしていない顔面です。その歯は一般に単純で、第三大臼歯が縮小しているか存在しません。2019年の研究の著者と一致して、頭蓋冠と下顎と歯の形状は他の中期更新世および後期更新世初期のアジア東部人類でも見ることができ、古代型のヒトの地域的連続性を裏づけ、「この地域におけるその後の古代型のヒトから現生人類への移行の背景を提供します」。
HLD6は学童期(6~7歳から12~13歳頃)の頭骨で、この理由のため、その形態は成人の頭蓋とは異なる傾向にある、と注意することは重要です。しかし、2013年の研究やグランドリナ遺跡で発見された90万~80万年前頃のホモ属化石(ATD6-69)に関する2015年の研究や2021年の研究に基づくと、「学童期のHLD6の頭蓋で観察された頭蓋形態パターンが、成人期に大きく変わった可能性は低いだろう」と述べられていました。2021年の研究では、華龍洞頭骨(HLD6)はアジア東部における現生人類系統の最初期の構成員を表しているかもしれない、と示唆されました。あるいは、2021年の別の研究は、華龍洞頭蓋(HLD6)は大茘標本とともにホモ・ダリエンシスと呼ばれる新種の構成員かもしれない、という事実に注意を喚起しています。
図1は、HLD6がネアンデルタール人により占められる形態空間に完全に統合されていることを示しています。驚くべきことに、このHLD6化石はアジアのチバニアンの標本と統合しておらず、本論文の分析において大茘標本と近くもないようです。HLD6がネアンデルタール人と統合する理由の説明は容易な課題ではなく、それは、アジア東部においてネアンデルタール人の証拠がなく、ネアンデルタール人はアジア中央部とシベリアに限られているからです(Krause et al., 2007、Slon et al., 2018)。興味深いことに、ネアンデルタール人の特徴を有する他の中国の標本が存在し、それは、河南省許昌市(Xuchang)霊井(Lingjing)遺跡で発見された125000~105000年前頃の頭蓋1点(許昌2号)の事例で、これはネアンデルタール人と類似するイニオン上窩および側頭内耳を示す中国の頭骨です(Li et al., 2017)。1998年の研究と一致して、一部の中国化石におけるネアンデルタール人的形質の存在は、アジアの東西間の遺伝子流動から生じます。本論文の分析では、HLD6はネアンデルタール人の頭蓋形態を示す、と明らかにされるので、1998年の研究と一致して、この遺伝子流動は以前に考えられていたよりもずっと強調され、アジア東部へのネアンデルタール人自体の人口格差もあるかもしれない、と示唆されます。
●まとめ
文献で提案されたいくつかの言説と本論文で得られた結果に基づいて、ヒト進化の最終段階に関する妥当な歴史の構築は可能でしょうか?本論文はこれが実現可能と考えており、以下は両情報源を調和させる最良の仮定的状況です。ホモ・エレクトスから出発し、チバニアン人類の3系統はアフリカとヨーロッパとアジアでそれぞれ、ホモ・ボドエンシスとホモ・ハイデルベルゲンシスとホモ・ダリエンシスに分化しました。異なる種ではあるものの、これら3分類群は共通の顕著な特徴を示しており、それは、大きく頑丈な頭骨、平らな額、中程度から大きな頭蓋容量(±1200 cm³)、協調された眼窩上隆起です。その顔面は、平坦から前方へと中程度に拡大したものまで、様々でした。
ホモ・ボドエンシスがアフリカで現生人類を生み出した一方で、ホモ・ハイデルベルゲンシスはヨーロッパでネアンデルタール人を生み出しました。ホモ・ボドエンシスからホモ・サピエンスへの移行は30万年前頃に起きましたが、ホモ・ハイデルベルゲンシスからネアンデルタール人への移行は45万年前頃に起きました。ホモ・ダリエンシスは、中国の古人類学界の強い反対にも関わらず、袋小路だったようです。現生人類の最初の代表はアフリカで23万年前頃に見ることができますが、ネアンデルタール人の最初の代表は、20万~16万年前頃のヨーロッパで見ることができます。
チバニアンにおける複数種の共存を示唆することにより、この期間の人類間の高度な形態学的多様性の増加する証拠の認識が重要という、2023年の研究で要約されたこの分野における最近の議論が反映されます。化石記録におけるより多くの多様性の明確な認識は、全ての化石が単一種にまとめられているならば見えなくなる人類間の相互作用と進化的軌跡に関する議論を促進するでしょう。
しかし、本論文の分析は、チバニアンにおける人類の形態学的分化につながった過程の考察の能力に限界があります。ユーラシアの大半もしくは全域で人類の繰り返しの移動の証拠があり、その期間の大半にさかのぼる遺伝子移入(Bailey et al., 2019)や、チバニアンにおける人類の画策の重要な役割を果たした気候(Timmermann et al., 2022)の証拠もあります。そのため、この期間における遺伝子流動と適応と孤立の過程は複雑で、直線的ではありませんでした。本論文の分析では、この議論に貢献する要素が欠けていますが、複数種との認識は、各種の独特な進化史の議論の可能性を開き、それは議論を前進させるのに重要な段階である、と考えられます。
現生人類はアフリカに出現してすぐ、アフリカからの移動を始め、中東には18万年前頃に、ヨーロッパには少なくとも20万年前頃に到達し、そこで最終的にはネアンデルタール人を置換しました。現生人類はアジア東部に12万年前頃【この年代は議論になっており(Sawafuji et al., 2024)、早すぎる想定かもしれません】に到達し、おそらくこの地域にまだ存在していた古代型のヒト(ホモ・ダリエンシスやホモ・ロンギ)を置換しました。現生人類はアフリカからの拡大中に、ヨーロッパとアジアと、恐らくはアフリカにさえまだ存在していたいくつかの古代型のヒトと遺伝子を交換しました。しかし、これらの遺伝的交雑は、短く球状の神経頭蓋、約1350cm³の頭蓋容量、平坦な顔面、顕著な顎、小さな歯列により特徴づけられる頭蓋形態学的パターンを変えるには充分ではありませんでした。
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●要約
ヒト進化の最新段階は、古人類学の分野が始まって以来、論争の激しい話題で、議論の中心でした。過去20年間に、新たな発掘が古人類学的データの地理的範囲を拡大し、更新世の最後の1/3の期間の新たな化石人類が発見され、古い重要な化石は現代のより正確な手法により再年代測定されました。この研究から現れた新たな全体像は、ネアンデルタール人と現生人類の相互作用、その共通祖先の発見や、現生人類系統がどのように進化したのか、という理解に関する議論を変えました。
これらの新たな発見を統合し、そうした証拠がチバニアンの人類の枠組みにより適切に当てはめるため、過去50万年間のヨーロッパとアフリカとアジアの86点の保存状態良好な化石の頭蓋形態が比較されました。化石の頭蓋形態を記載するための25点の線形測定値が用いられ、その生物学的類似性が多変量判別関数分析を通じて調べられました。これらの分析により、アフリカとアジアとヨーロッパの総称である「ホモ・ハイデルベルゲンシス」に含まれる標本の豊かな形態学的変異性など、古代型現生人類の類似性と系統発生的関係の可能性の評価が可能となります。本論文の結果は、ホモ・ハイデルベルゲンシスという総称を同じ1種で収めることができない、と裏づけます。本論文はさらに、現生人類の起源に関する議論の余地のある検討に寄与し、現生人類についてアフリカ起源への裏づけを追加します。
●研究史
20年前まで、チバニアンにおけるヒト系統の進化に関する議論の大半は、ネアンデルタール人と現生人類の起源と拡散、および、もしあったのならば、これら2種の相互作用に集中していました。その分岐につながった共通祖先と環境条件の特定も、議論の重要な論点でした。しかし、過去15年間で、これらの議論の性質は劇的に変わりました。現生人類の進化史の最後の瞬間にはいくつかの種が共存しており、そのうち一部は遺伝物質を交換した、分かりました。南アフリカ共和国におけるホモ・ナレディ(Homo naledi)と命名された分類群(Dirks et al., 2017)と、インドネシアの離島であるフローレス島におけるホモ・フロレシエンシス(Homo floresiensis)という分類群のさらなる発見は、ホモ属の進化の広範な軌跡に容易に適合しないホモ属の特異な種への注目を集め、チバニアン全体の人類の広範な多様性を定義した、非線形的な過程を浮き彫りにします。
後期ホモ属の進化に関するこうした新たな見解の多くを後押ししているのは、アフリカとアジアとヨーロッパにおける過去35万年間のいくつかの新たな化石の最近の発見で、年代訂正とこれらの地域の古い化石の再年代測定によって補完されています。これらの新規性のうち、以下は特に注目に値し、それは、(1)南アフリカ共和国のホモ・ナレディの発見と記載(Dirks et al., 2017)、(2)エチオピアのオモ・キビシュ(Omo-Kibish)で発見されたオモ1号化石が233000年前頃と再年代測定されたこと(Vidal et al., 2022)、(3)モロッコのジェベル・イルード(Jebel Irhoud)遺跡で発見された頭蓋が315000年前頃と再年代測定され、その形態学的パターンの新たな解釈につながったこと(Richter et al., 2017)、(4)フィリピンのルソン島で発見された特異な後期人類である新種ホモ・ルゾネンシス(Homo luzonensis)の記載と、それが67000~50000年前頃と年代測定されたこと(Détroit et al., 2019)、(5)中国北部の黒竜江省ハルビン市で完全に保存されたヒト頭蓋が発見され、146000年前頃と年代測定され、新種とされたこと(Ni et al., 2021)、(6)中国東部の河南省許昌市(Xuchang)霊井(Lingjing)遺跡で新たな化石資料が発見され、125000~105000年前頃と推定され、この地域の既知の後期ホモ属の差異へと容易に収めることができないこと(Li et al., 2017)、(7)中国極東の安徽省池州市東至県の331000~275000年前頃となる華龍洞(Hualongdong、略してHLD)遺跡において新たな化石資料が発見され、アジアの既知の後期ホモ属の差異へと容易に収めることができないこと、(8)イスラエル中央部のネシェル・ラムラ(Nesher Ramla)開地遺跡の新たな古代型のチバニアンのホモ属の発見(Hershkovitz et al., 2021)、(9)ギリシア南部のマニ半島のアピディマ(Apidima)洞窟における現生人類頭蓋の発見(Harvati et al., 2019)、(10)イスラエルのカルメル山にあるミスリヤ洞窟(Misliya Cave)で発見された194000~177000年前頃となる現生人類骨格の発見です(Hershkovitz et al., 2018)。まとめると、これら後二者(アピディマ洞窟とミスリヤ洞窟)の発見は、地中海東部へのアフリカからの現生人類のずっと早い拡散の可能性を示唆しています。
これらの新たな発見は、大量の科学文献を生み出し、それらは過去50万年間におけるヒト系統の分化につながった進化的過程に関する知識を大きく前進させ、それには、ネアンデルタール人と現生人類とデニソワ人との間の最終共通祖先(last common ancestor、略してLCA)がどの人類だったのか、という研究が含まれます(Mounier, and Lahr., 2019、Stringer., 2016、Bermúdez de Castro, and Martinón-Torres., 2022)。
新発見とヒト進化の後期段階への意味は、最近ではさまざまな研究により調べられており、そのすべてはある程度、チバニアンから現在までのヒト進化の軌跡の理解を専ら扱っており、現生人類の起源(Mounier, and Lahr., 2019)や、ヒトの脳の進化(Neubauer et al., 2018)や、この期間の既知の化石間の関係を分類して文脈に向当てはめる方法に関する最近の議論といった特定の問題に焦点を当てています(Roksandic et al., 2022)。これらの研究は同時に、古人類学におけるこの問題の重要性を示し、この分野が人類系統の進化の広範について実用的な枠組みの確立からいかに遠いのか、論証します。
本論文は、まとめて分析されることが稀な、アフリカとヨーロッパとアジアの化石の最新の年代とより広い範囲を考慮して、チバニアンと後期更新世のホモ属化石の形態学的類似性を文脈に当てはめることにより、この問題に寄与します。本論文は本質的に試験的ですが、その結果は、これら最新の発見に与えられた最も一般的な解釈と対比され、ホモ属進化の後半段階に関する古い見解に立ち返ることができます。よって、本論文は、この分析が、最近の発見をホモ属の包括的な進化的総合へと統合する方法に関する議論を促進する、と考えています。
この総合を作成するため、ホモ属の分化が進み、いくつかの人類種の出現により特徴づけられる期間である、過去約50万年間を網羅する人類の頭蓋形態の包括的なデータベースが編集されました。これらのデータは文献から収集されたか、個人的情報により提供されました。このデータは、この期間のホモ属の形態学的多様性の比較枠組み作成のために用いられ、よく示される種内で観察された多様性と新たな標本および最近再年代測定された資料の文脈化の定義が可能となります。本項冒頭で示された強調された新たな発見のいくつか(1と4と8と9)は本論文では調査できず、それは、完全もしくは部分的に完全な頭骨が発見されていないか、標本の頭蓋計測データが古人類学界で共有されていなかったからです。河南省許昌市の頭蓋(項目6)も、先行研究により論証されているように、過去および現在のヒトの差異と比較したさいの、そのきょくたんな外れ値の性質を考えて、本論文では含められませんでした。
●資料
表1と表2はそれぞれ、本論文で用いられた比較系列と検証された個体に関する重要な情報を提示します。比較系列は、以下の化石人類群から構成されています。それは、ヨーロッパとアジアとチバニアンの人類(ある種のホモ・ハイデルベルゲンシス)、ヨーロッパと中東のネアンデルタール人、アフリカ東部エチオピアのヘルト(Herto)で発見された現生人類亜種のホモ・サピエンス・イダルトゥ(Homo sapiens idaltu)、アフリカとヨーロッパと中東とアジア東部の現生人類です。古人類学的記録における種の定義は、疎らな化石記録に基づく種の定義がいかに困難なのかを考えて、過去にかなり変わってきました。最近の研究では、種の定義の困難は、チバニアン人類の多様化の理解においてとくに影響を及ぼしてきた、と主張され、研究において使用される種の概念を明確に定義するよう、推奨されました。
本論文はその提案に従って、「他者と別に進化し、自身の一元的な進化的役割と傾向のある系統」として定義される、種の進化的概念を採用します。種のそうした概念は、化石記録に関する議論では有益では、それは、種間の絶対的な生物学的不適合性を仮定しておらず、化石の地理的および年代的状況に基づく時間種の定義を裏づけるからです。したがって、以下の議論では、有効な分類基準として形態学的特徴を用いて、化石は明確な進化的軌跡の一部である種を代表できる、と仮定されます。本論文の分析に含まれる比較系列は、古人類学の文献においてよく知られている標本で構成されているので、それらについて文脈的情報は提供されません。検証された孤立した個体群は、新たに報告されたか、最近再年代測定された標本のため、以下に記載されます。
●ジェベル・イルード1号および2号
1961年、モロッコのジェベル・イルード山塊において、作業員が採掘作業中にほぼ完全な頭骨を発見しました。その発見後、管理された発掘がこの山塊で行なわれ、考古学者は新たな成熟した神経頭蓋や未熟な下顎骨や上腕骨を発見できました。これらの標本は、それぞれイルード1号・2号・3号・4号と命名されました。当初、ジェベル・イルード遺跡は4万年前頃と年代測定されましたが、電子スピン共鳴法(electron spin resonance、略してESR)と組み合わせたウラン系列法を用いてのイルード3号の年代測定の試みの後、160000±16000年前という新たな年代が提案されました(Smith et al., 2007)。最近、315000±34000年前という予期せぬ熱発光年代測定が、発見された遺骸と直接的に関連する加熱された燧石製人工遺物について提案され、ジェベル・イルード化石資料の新たな解釈の可能性が開かれました。
●オモ1号および2号
1967年に、ケニア国立博物館の研究者が、エチオピアのキビシュ層(Kibish Formation)で人類化石を発見しました。この出来事はオモ川への国立古生物学研究調査隊の一部で、リチャード・リーキー(Richard Leakey)氏の監督下で行なわれました。この化石は、オモ1号と命名された部分的な骨格1点と、オモ2号と命名された神経頭蓋1点から構成されていました。オモ1号は、カモヤ人類遺跡(Kamoya’s Hominid Site、略してKHS)のカモヤ・キメウ(Kamoya Kimeu)で発見されました。オモ1号は頭蓋と下顎と歯列と頭蓋後方(頭蓋から下)の断片から構成されており、成人に属します。オモ2号はポール人類遺跡(Paul’s Hominid Site、略してPHS)のポール・アベル(Paul Abell)氏により発見され、成人のほぼ完全な神経頭蓋から構成されています。
この標本の年代は、当時の同位体年代測定の技術的限界と、限られた関連動物相を考えると、確証困難でした。先行研究はこの遺跡を、異なる年代の4構成に区分しました。カキの貝殻でのウラン-トリウム(U/Th)測定に基づく放射性年代測定を用いて、1969年の研究はオモ1号とオモ2号が回収された構成1について13万年前頃との年代を提案しましたが、この手法の信頼性には後に疑問が呈されました。2005年の研究は、オモ1号とオモ2号両方の標本の年代について、後世1の長石斑晶からのアルゴン(Ar)の同位体比(⁴⁰Ar/³⁹Ar)年代測定を用いて、195000±5000年前を提案しました。最近、2022年の研究(Vidal et al., 2022)は、⁴⁰Ar/³⁹Arに基づき、オモ1号が発見された堆積物について、233000±22000年前の年代を生成しました。
●ハルビン
ハルビン標本は1933年に、中国北部の黒竜江省ハルビン市の上部黄山層(Upper Huangshan Formation)における橋の建設中に、作業員により回収されました。ハルビン標本は、保存状態良好な頭蓋で構成されます(Ni et al., 2021)。この化石の正確な場所は不明なので、この発見についてあり得る年代を特定するために一連の補完的な年代測定手法が適用され、それは、希土類元素(rare earth element、略してREE)濃度、ヒト化石のストロンチウム(Sr)同位体組成、標本の近くで収集された広範な哺乳類化石、非破壊的なX線蛍光発光分析です。最後に、この化石について、ウラン系列法の下限年代は146000年前と示唆されました(Shao et al., 2021)。
●華龍洞
華龍洞遺跡は中国東部の安徽省池州市東至県に位置し、2006年に初めて発掘されました。華龍洞窟(Hualong Cave)としても知られるこの遺跡の追加の発掘は、2014~2016年に行なわれました。華龍洞遺跡、および華龍洞で発見された最も完全な頭骨である標本HLD6についての英語での利用可能なほんどの情報は、2021年の研究で示されています。洞窟堆積物は2点の主要な堆積単位で構成されており、一方は硬い接合炭酸塩角礫岩で構成され、もう一方は非連結の粘土および希少な砂利物質で形成されています。16点のヒト化石と豊富な哺乳類遺骸と石核および剥片石器群の要素が、接合炭酸塩単位で発見されました。
U/Thにより得られた3点の年代は、化石堆積物については331000~275000年前頃で、華龍洞遺跡がチバニアンの年代だという以前の観察を証明します。この古さは、華龍洞遺跡で収集された動物相資料でも確証されます。LD6頭蓋は11点の断片で構成され、前頭骨の大半、左頭頂骨、上顎骨、左側頬骨、後側頭部、口蓋骨、外側左蝶形骨が含まれます。関連する下顎は、ほぼ保存されています。歯の資料から、死亡時年齢は13~15歳と推定されました。
●手法
表SM1は、分析に含まれている86点の標本の頭蓋計測データを示しています。標本の頭蓋形態は、1973年の命名法にしたがって、25点の頭蓋計測変数により特徴づけられます。これらの変数は頭蓋の全領域を網羅しており、東部の形態の適切な特徴づけを提供します。これらの変数は、データセットにおいて、標本を最大限表し、欠損値の数を最小限にするため、選択されました。平均して、標本には12.8%の変数欠落があり、50%異常の変数が欠損している標本はありません(表SM1)。各変数の欠損値は、2011年の研究で詳述されている手順に従い、予測因子として他の変数を用いて、重回帰を用いて推定されました。
近年では、形態学の研究は次第に幾何学的形態計測手法へと移行してきており、この手法は、複雑な形態の形状を禁じさせるより適切な方法と考えられており、古人類学において有益な形態での変化を定量化する、強力な手法を提供します。しかし、幾何学的形態計測の分析能力は、形態学的類似性の研究のための線形計量の使用を無効にはせず、特定の分析状況では利点を提示する可能性があります。たとえば、一般化プロクラステス分析(generalized Procrustes analysis、略してGPA)下の標識に基づくデータは、全ての標識へと局所的差異を分散させる傾向にあり、解釈の難しい共変異構造を生み出す、と主張されてきました。線形計量次元の分析は人類学において、形態学的類似性と進化史広範なパターンの定義に広く用いられてきました。線形計量データの使用は比較にならないほど多数の化石への利用を提供し、より広範な比較枠組みではまだ研究されていなかった、ホモ属標本における形態学的類似性に関する議論の拡張を可能とするので、この手法は現時点で利用可能な化石データに適しているだけではなく、最適である、と考えられます。
標本間の形態学的類似性と比較系列は、判別関数分析(Discriminant Function Analysis、略してDFA)により評価され、DFAにより、データの先験的集団を最適に識別する軸に沿って、データをよく表現できるようになります。そのため、DFAでは、参照系列を最適に分離する形態学的空間内での検証された個体群の形態学的類似性の表現が可能になり、その分類を容易にします。DFAは、地理的位置と形態学的類似性を中心に定義された種に従って分離された、参照集団のみを用いて計算され、検証された個体群は事後的にDFA座標に変換されました。個体群の向いた医学的類似性は、最初の二つの判別関数にわたって表されました。すべての分析はRで行なわれ、MASSパッケージとggplot2とggrepelで補完されました。
●結果
図1は、検証された個体群の形態学的類似性と、二つの判別関数により定義された形態空間における参照系列を示します。比較系列間の類似性が示すのは以下の5点で、つまり、(1)現生人類において地理的起源と無関係に大きな重なりがあり、(2)ホモ・ハイデルベルゲンシスと分類された3点の地理的標本は、ひじょうに異なる3群として現れ、(3)ヨーロッパと中東のネアンデルタール人の間には顕著な重なりがあり、(4)ネアンデルタール人と現生人類の間にはヨーロッパとアフリカどちらかのホモ・ハイデルベルゲンシスと一定の近さがあり、(5)ヘルトのホモ・サピエンス・イダルトゥの単一標本はアフリカの現生人類の分布とひじょうに近い位置を占めます。これらの結果は、チバニアンについて定義された共通する3古集団(paleodeme)、つまりホモ・ハイデルベルゲンシスとネアンデルタール人と現生人類の間の系統発生的関係に関する以前の文献とほぼ一致しますが、ホモ・ハイデルベルゲンシスで見られる地理的差異も浮き彫りにします。以下は本論文の図1です。
検証された個体群がこの形態空間内に当てはめられると、以下が強調されるかもしれません。(1)ハルビンは、他の系列や個体群と比較すると、完全な外れ値として作用します。ハルビン標本にとって、遠いものの最も近い隣人は、アフリカのホモ・ハイデルベルゲンシス人類により表されます。(2)イルード1号がネアンデルタール人の分布を統合する一方で、イルード2号は現生人類の分布のごく近くに位置しますが、完全には統合されません。(3)オモ1号が現生人類の分布領域を統合する一方で、オモ2号はアフリカとアジアのホモ・ハイデルベルゲンシス標本の分布の中間に位置します。(4)華龍洞標本は明らかに、ネアンデルタール人の変異性の分布の内側に位置します。
●ホモ・ハイデルベルゲンシス
オットー・ショエテンザック(Otto Schoetensack)による1908年の記載に従って、ドイツのハイデルベルク(Heidelberg)におけるマウエル(Mauer)の発見の後、広義のホモ・ハイデルベルゲンシスは激しい論争の議題でした。この古集団【ホモ・ハイデルベルゲンシス】の長い歴史を詳細に議論することは本論文の範囲外で、読者はとりわけ、2008年や2009年や2012年や2021年や2022年(Roksandic et al., 2022)の広範な研究を参照してください。しかし、この古集団【ホモ・ハイデルベルゲンシス】の文明方法についての合意が欠けていることの理解は、現在の議論と関連しています。要するに、この種【ホモ・ハイデルベルゲンシス】に関する解釈は大きく異なっており、最も一般的な説明は以下の通りです。つまり、(1)アフリカとヨーロッパの分類群で、現生人類とネアンデルタール人両方の祖先です、(2)ネアンデルタール人系統の一部である厳密にヨーロッパの種です、(3)後半に分布していた種で、ホモ・エレクトス(Homo erectus)もしくは現生人類およびネアンデルタール人のいずれかに分類できない、アフリカとヨーロッパとアジアの全ての中期更新世化石人類が含まれるべきです、(4)恐らくはまとめて放棄されるべき屑籠です(Roksandic et al., 2022)。
種としてのホモ・ハイデルベルゲンシスの制約の定義における課題の多くは、その正基準標本が遊離した下顎に基づいており、関連する頭蓋がなく、チバニアンの小さく有意に多様な数の既知の化石がとくにアジアにある、という事実に由来します。発見地域、著者、分類に用いられる生物種の資料すべてに含まれる化石、年代、分析された特徴、学派に応じて、いくつかの名称がこの種【ホモ・ハイデルベルゲンシス】に帰せられてきました。上述の見解のうち、(1)を支持する立場ではホモ・ハイデルベルゲンシスの古典的用語が採用され、(2)を支持する立場では、ヨーロッパの分類に用いられる生物種の資料すべてにのみこの命名法が維持されます。この場合、同年代のアフリカの標本は、ホモ属の自身の種に納められ、上述の見解のうち(3)を支持する立場では、オットー・ショエテンザック(Otto Schoetensack)氏により1908年提案された元々の名称が保持されるか、単純に、「古代型のヒト」として中期更新世の分類に用いられる生物種の資料すべてが記載されます。これは、アジアの化石についてとくに当てはまります。上述の見解のうち(4)を支持する立場(Roksandic et al., 2022)では、アフリカと中東の中期更新世化石群について、新たな分類群ホモ・ボドエンシス(Homo bodoensis)が提案されています。この提案によると、ホモ・ボドエンシスは現生人類の祖先で、恐らくはアフリカ起源です。この場合、ヨーロッパの類似した化石群はネアンデルタール人に分類され、初期ネアンデルタール人とみなされるべきですが、アジア、とくに中国の中期更新世化石群は、ともに異なる系統を表している可能性が高そうです。
本論文の結果が裏づけるのは上述の見解(4)の立場、つまり、ホモ・ハイデルベルゲンシスは有効な分類群の単位ではなく、各大陸の化石は自身の種に分類されるべきである、というものです。さまざまな地域の現生人類の化石間には有意な重複があり、同様にさまざまな地域のネアンデルタール人の重なりがありますが、ホモ・ハイデルベルゲンシスは明らかに各大陸で異なる形態学的パターンを示します。ホモ・ハイデルベルゲンシスの形態は、現生人類とネアンデルタール人との間の形態空間を占めていますが、広範に広がり、明確な地理的分離があります。本論文はしたがって、アフリカとアジアの中期更新世化石群はそれぞれ、ホモ・ボドエンシスおよびホモ・ダリエンシス(Homo daliensis)とみなされるべきである、と支持します。ホモ・ダリエンシスの提案は、最近の提案(Ji et al., 2021)に触発されていますが、本論文と同じ分類に用いられる生物種の資料すべてに正確に基づいているわけではありません。ヨーロッパのチバニアン化石群は、オットー・ショエテンザック氏の元々の提案を考慮して、ホモ・ハイデルベルゲンシスとして維持されるべきです。
●ネアンデルタール人と現生人類との間の最終共通祖先
ネアンデルタール人と現生人類との間の、最終共通祖先(last common ancestor、略してLCA)もしくは最新共通祖先(Most Recent Common Ancestor、略してMRCM)の最適な候補について、過去数年間に多くのことが書かれてきました。この問題に関しては、最近の研究があります(Stringer., 2016、Mounier, and Lahr., 2019、Bermúdez de Castro, and Martinón-Torres., 2022)。
2012年の研究は、形態学およびゲノムの情報を考慮して、チバニアンのヒトの進化では多くの問題が依然として未解決と考えているにも関わらず、ホモ・ハイデルベルゲンシスを、後期ホモ属の3分類群、つまり現生人類とネアンデルタール人とデニソワ人の最も可能性の高い祖先と見なしています。その後、同じ著者の2016年の研究は、ミトコンドリアDNA(mtDNA)の情報から、LCAはホモ・ハイデルベルゲンシス起源と依然として一致する年代である40万年前頃に生存していた、と示唆される事実に注意を喚起しています。しかし、その全体像は、常染色体DNAを検討した場合は大きく異なるようになり、ネアンデルタール人と現生人類との間の分岐年代は、765000~550000年前頃と、ずっと早いと示唆されます。2019年の研究(Gómez-Robles., 2019)は歯の進化速度に基づいて、ネアンデルタール人と現生人類についてより古い分岐年代(80万年以上前)さえ支持します。この場合、ホモ・ハイデルベルゲンシスの最古の代表のみがLCAかもしれないとして受け入れ可能です。
2016年の研究は、仮想再構築の手段によってこの問題に取り組み、その火葬結果を中期更新世の利用可能な化石資料と対比させました。その研究では現生人類とネアンデルタール人との間のLCAに関して、「結果は中期更新世におけるアフリカとヨーロッパの祖先人口集団のモデルを裏づけ(広義のホモ・ハイデルベルゲンシス)、さらにこの祖先人口集団のアフリカ起源を予測する」、と結論づけられています。
ベルムデス・デ・カストロ(Bermúdez de Castro)氏に率いられたスペインの専門家は数十年間、ヒト進化の最後の瞬間における、スペイン北部のアタプエルカ山地(Sierra de Atapuerca)のグランドリナ(Gran Dolina)洞窟遺跡で発見されたホモ・アンテセッサー(Homo antecessor)のより根本的な役割を主張してきました。たとえば、1997年の研究では、ホモ・アンテセッサーはネアンデルタール人と現生人類との間のLCAを表しているかもしれない、と示唆され、これはその後の論文で部分的に弱められました。
近年では、グランドリナ洞窟遺跡のTD6層から発見されたヒト遺骸(TD6標本)のエナメル質から得られたタンパク質の回収および分析と、他の人類から得られた同様の資料との比較から、「ホモ・アンテセッサーは、現生人類やネアンデルタール人やデニソワ人を含めて、その後の中期および後期更新世人類の密接な姉妹系統です」、と論証されました(Welker et al., 2020)。さらに、グランドリナ洞窟遺跡のTD6層の人々の顔面は、化石記録における最古となる既知の現代的な顔面を示します。これらの断片的情報を考慮して、2022年の研究(Bermúdez de Castro, and Martinón-Torres., 2022)では、「85万年前頃となるホモ・アンテセッサーは仮定的なLCAの形態予測のためのいくつかの手がかりを保持しているかもしれない」と結論づけられました。その研究では、近東が最終共通祖先の可能性のある起源地として検討されるべきことも提案されています。
本論文の判別関数分析により生成された形態空間では、現生人類およびネアンデルタール人とホモ・ボドエンシス(本論文の命名法に従います)およびホモ・ハイデルベルゲンシス(これも本論文の命名法に従います)との間の明確な関連があります。現生人類が中期更新世化石群の右側に位置する一方で、ネアンデルタール人はこれらの化石の左側に位置します。これが示唆するのは、LCAは2016年の研究によって強調されているように、これらの化石の文脈で探されねばならない、ということです。
●ネアンデルタール人
ネアンデルタール人は、中期~後期(上部)更新世においてユーラシアに生息していた現生人類と密接に関連している種でした。ネアンデルタール人は、洗練された考古学的記録や寒冷環境への形態学的適応や広範な地理的分布によって特徴づけられます。古典的ネアンデルタール人の形態には、細長い頭蓋冠や後頭骨の束髪(後頭髷)や顔面中部の顎前突が含まれます。その広範な地理的分布に基づいて、このネアンデルタール人集団の形態学的多様性について長年の議論が決着し、とくに中東で見つかった人口集団へと注意が喚起されました。
ネアンデルタール人のよる中東居住の可能性の最初の報告以来、一部の著者は、西方と東方の個体群間で見られる形態の違いに注意を喚起しました。ジャン=ルック・ヴォイジン(Jean-Luc Voisin)氏はこれらの違いに関するさまざまな研究を集め、西方人口集団がより顕著なネアンデルタール人の特徴を示し、東方の人口集団はより現生人類的な形質を示す、という形態学的勾配の支持を主張しました。その研究によって指摘された形態学的特徴のうち、東方ネアンデルタール人はヨーロッパの【西方】ネアンデルタール人と比較すると、より球状の後頭部やより広い乳様突起やさほど突出していない顔面中部や、一部の個体におけるわずかに発達した顎の存在さえ示します。
本論文の結果から、大きさと形状の観点では、中東とヨーロッパの人口集団はいくらかの形態学的違いを示し、中東の人口集団は現生人類によって占められている形態空間により近い、と示されます。選択もしくは浮動か、現生人類との遺伝的混合の産物に起因する形態学的違いとして、これらの差異を解釈することは複雑です。じっさい、2集団(東方と西方のネアンデルタール人)間で観察された距離は、これら2人口集団間の形態学的差異を示唆していますが、この2クラスタ(まとまり)のおもな重複から依然として、ネアンデルタール人は凝集した種の構造を維持している、と示唆されます。
●現生人類
過去40年間にわたって、現生人類の起源について二つの主要なモデルが議論されました。多地域モデルは、現生人類が遺伝子交換網により高度につながったさまざまな古代の人口集団を経て誕生した、と主張しています。この仮説は、アフリカのような単一地域だけではなく、旧世界全体での現生人類の進化を可能にした、世界規模の人口集団間の強く連続的な遺伝子流動を主張しています。この仮説はもともと、地域的な考古学的記録で観察された、いくつかの形態学的および文化的連続性の説明のため提案されました。
しかし、新たな証拠、とくに最近の遺伝学的研究に照らすと、このモデルがいかに脆弱なのか、明らかになりました。mtDNAを用いての比較では、最近のアフリカの人口集団における多量のmtDNA多様性は非アフリカ系現代人の2倍以上と観察され、アフリカ人集団のより深い遺伝的歴史が示唆されました。非アフリカ系人口集団はアフリカ大陸からの拡大中に、アフリカからの距離増加につれて、変異性の漸進的喪失と一致する連続的なボトルネック(瓶首効果)を経てきました(Manica et al., 2007)。
第二の仮説は最近のアフリカ起源で、世界への居住過程で古代型のヒトを置換した、アフリカにおける全ての現生人類個体の共通の最近の起源を提案します。この仮説はおもに化石記録に基づいており、それは、現生人類と関連する最古級の化石がアフリカ大陸で発見されており(Vidal et al., 2022)、上述のように遺伝的データによって裏づけられているからです。
現生人類による古代型人口集団の完全に置換との見解は、現生人類とネアンデルタール人やデニソワ人のような他の人類種との間のいくらかの遺伝子流動を示す新たな証拠によって、疑問が呈されてきました(Reich et al., 2011、Sankararaman et al., 2014、Villanea, and Schraiber., 2019)。この遺伝子移入から、現生人類と古代型のヒトとの間で「以前に受け入れられていた分類学的境界が曖昧になる」、と結論づける人もいます。しかし、2015年の研究によって強調されているように、「これは誤解で」、それは、よく定義された分類学的クレード(単系統群)全体にわたる遺伝子移入が自然界では一般的だからです。現在、アフリカの単一起源を支持する人々の間で、現生人類がアフリカの単一地点(この場合はアフリカ東部)から出現したのか、あるいはアフリカ大陸全体を含む過程から進化した(Hublin et al., 2017、Scerri et al., 2018)のかどうか、激しい議論もあります。
本論文の結果は、その地理的起源に関係なく、現生人類個体群の強い重なりを示します。アフリカとアジアとヨーロッパの現生人類は、形態空間において単一のよく定義された領域を占めています。このパターンは、現代人の共通起源と完全に一致しており、世界中の現代人の共有された体制(ボディプラン)を示唆します。多地域起源の場合、その地理的地域と一致して分離する現生人類標本の分布が観察される(上述のチバニアン人類のように)、と予測されますが、それは見られません。
現生人類の最古級の代表はアフリカにおいて23万年前頃に現れるので(Vidal et al., 2022)、最も節約的な仮説は、現生人類の出現はアフリカ大陸で起きた、というものです。本論文の結果は、現生人類のアフリカ起源を裏づける一連の証拠に頭蓋計測データを追加し、先行研究(Mounier, and Lahr., 2019)によって強調されているように、多地域的な見解の決定的な放棄に寄与します。
●ジェベル・イルード1号および2号
ジェベル・イルードの標本は、頭骨形態が現生人類で見られる祖先的特徴と派生的特徴の組み合わせを示す、という事実のため、多くの議論を提起し、また提起し続けています。つまり、ジェベル・イルード遺跡の標本は、祖先的な神経頭蓋を保持している一方で、顔面と下顎と歯列は現代的傾向を示しています。ジェベル・イルード1号および2号の予備的な記載は、大きな頭蓋要領と細長い神経頭蓋と顕著な眼窩上隆起を考慮して、この標本のネアンデルタール人クレードへの位置づけを示唆しました。その時点まで、この標本は4万年前頃と考えられていました。しかし、その後の研究はこの提案に異議を唱えました(Stringer., 2016、Hublin et al., 2017)。
1974年の二つの研究では、イルード1号および2号はネアンデルタール人的形質を示すものの、顔面および頭蓋形態の両方でネアンデルタール人集団とは異なり、ネアンデルタール人より派生的ではあるものの、上部旧石器時代の現生人類ほど派生的ではない特徴を示す、と主張されました。この文脈において、2016年の研究(Stringer., 2016)はイルード1号および2号の両標本は、イルード2号が現生人類とのより密接な類似性を示してさえ、現生人類クレードの基底部形態と考えられるかもしれない、と示唆しました。最近、ジェベル・イルード遺跡の315000±34000年前頃という新たな熱発光年代測定(Richter et al., 2017)を考慮して、ジェベル・イルード標本は現代的な現生人類の初期段階を表しているかもしれない、との研究が提示されました(Hublin et al., 2017)。さらにその研究では、その調査結果に基づいて、現生人類の汎アフリカ起源を提案しました(上述)。
本論文の結果は、イルード2号はイルード1号よりも現代的な現生人類との類似性を多く示すものの、両者は古代型と派生型両方の特徴を示す、という2011年の研究で得られた結果と一致します。図1では、イルード1号が近東のネアンデルタール人の領域の境界に表示されている一方で、イルード2号は現生人類の分布に近いものの、統合されていません。イルード1号とネアンデルタール人との間の近さは、すでに2012年の研究で観察されていました。2016年の研究(Stringer., 2016)は、イルード1号が現生人類クレードの古代型標本とより一致し、派生的な顔面および下顎と関連して、ネアンデルタール人と類似した祖先的な神経頭蓋を保持している、ということを支持します。
ここで一点要注意です。とりわけ1973年や1980年の研究で論証されてきたように、全ての人口集団はかなりの量の頭蓋の差異を有しています。本論文の分析では、現生人類の分散が図1の形態空間で観察される場合に、これを示しています。イルード1号および2号が同じ1ヶ所の遺跡に由来し、明らかに同時代であることを考えて、古人類学者は、イルード1号および2号の両標本間の差異が単に人口集団内の変異性を表している、と検討せねばなりません。
●オモ1号および2号
キビシュ層の標本、つまりオモ1号および2号に関する議論は、両化石が、明らかに同じ絶対年代で、同じ地域から回収されたにも関わらず、そり系統発生的位置づけが複雑となる形態学的違いを示す、という事実に起因します。KHSから回収されたオモ1号は、丸くて大きな要領の頭蓋冠と後退した前額部と縮小した眼窩上隆起と球状の後頭骨形態を示します。PHSから回収されたオモ2号は対照的に、狭く丸くはない頭骨、大きく角張った後頭骨形態を有していますが、オモ1号と同様に、大きな脳頭蓋と縮小した眼窩上隆起を示します。
オモ1号は、その現生人類との形態学的類似性を考慮して、とくに現生人類の起源に関する文脈でより多くの注目を受けましたが、オモ2号は無視されることが多くありました。しかし、1969年の研究では、キビシュ層に存在する多様性は同じ1人口集団で見られるものと類似しているか、オモ1号および2号は異なるものの同時代の共存していた2人口集団を表しているかもしれない、と示唆されていました。オモ1号が現生人類系統の最初の代表と考えられるかもしれない(Stringer., 2016、Vidal et al., 2022)一方で、オモ2号は祖先的特徴と派生的特徴の組み合わさった「基底部現生人類」を表しているかもしれない、とも提案されました(Stringer., 2016)。
それにも関わらず、最近、新たな研究(Vidal et al., 2022)は、KHSのエチオピア大地溝帯のシャラ(Shala)火山の爆発的大噴火の近接堆積物からの⁴⁰Ar/³⁹Ar年代測定を用いて、233000±22000年前というオモ1号の年代を提案しました。本論文の結果(図1)は、オモ1号は現生人類クレードに割り当てることができ、恐らくは現生人類系統の最初の代表を表している一方で、オモ2号は古代型の形質を保持している、とする1969年や1991年や2016年(Stringer., 2016)や2022年(Vidal et al., 2022)の研究の見解と一致します。オモ2号の正確な年代を得るまで、この問題を前進させるのは困難です。
●ハルビン
ハルビン頭骨は、現生人類が観察されるように、大きな脳容量(1420cm³)と低い顔面と平らで低い頬骨を示します。ハルビン頭骨は対照的に、長くて低い頭蓋冠や強い眼窩上隆起や歯槽性突顎や大きな大臼歯など、最も「古代型のヒト」と類似した特徴も示します。より広く古代型ではあるものの、大きな頭蓋冠という現生人類と類似した顔面の組み合わせは、陝西省渭南市の大茘(Dali)遺跡の25万年前頃の頭蓋標本などでも観察されます(Ni et al., 2021)。
ハルビン頭骨の記載と年代測定(146000年前頃)を考慮して、この化石は、ホモ・サピエンスやネアンデルタール人やデニソワ人と同年代の現生人類かもしれない、と示唆されました(Ni et al., 2021)。ホモ・サピエンスと類似した形質を有しているにも関わらず、ハルビン頭骨は、後のホモ・サピエンス系統の標本よりも、ジェベル・イルード1号などホモ・サピエンスの初期の代表の方と類似している、と考えられています(Ni et al., 2021)。その後、甘粛省甘南チベット族自治州夏河(Xiahe)県の白石崖溶洞(Baishiya Karst Cave)で発見された下顎(夏河下顎)とともに、ハルビン頭骨は、ホモ・サピエンスのクレードの姉妹群である新種ホモ・ロンギ(Homo longi)に属するかもしれない、と提案されました(Ji et al., 2021)。この分類は、節約分析とベイズ推論に基づいていました。
本論文では、ハルビン頭骨は形態空間において完全な外れ値として現れます。本論文はこの理由のため、ハルビン頭骨標本は、ホモ・サピエンスよりも古代型のヒトとより関連しているように見えても、新種ホモ・ロンギとして分類されるに値する、と主張する先行研究に同意します。
●華龍洞
華龍洞頭骨(HLD6)とその歯列の広範な記載は、2019年の研究により提供されます。要するに、最も顕著な特徴は、顕著な眉弓のある低くて広い神経頭蓋冠と、著しく突出はしていない顔面です。その歯は一般に単純で、第三大臼歯が縮小しているか存在しません。2019年の研究の著者と一致して、頭蓋冠と下顎と歯の形状は他の中期更新世および後期更新世初期のアジア東部人類でも見ることができ、古代型のヒトの地域的連続性を裏づけ、「この地域におけるその後の古代型のヒトから現生人類への移行の背景を提供します」。
HLD6は学童期(6~7歳から12~13歳頃)の頭骨で、この理由のため、その形態は成人の頭蓋とは異なる傾向にある、と注意することは重要です。しかし、2013年の研究やグランドリナ遺跡で発見された90万~80万年前頃のホモ属化石(ATD6-69)に関する2015年の研究や2021年の研究に基づくと、「学童期のHLD6の頭蓋で観察された頭蓋形態パターンが、成人期に大きく変わった可能性は低いだろう」と述べられていました。2021年の研究では、華龍洞頭骨(HLD6)はアジア東部における現生人類系統の最初期の構成員を表しているかもしれない、と示唆されました。あるいは、2021年の別の研究は、華龍洞頭蓋(HLD6)は大茘標本とともにホモ・ダリエンシスと呼ばれる新種の構成員かもしれない、という事実に注意を喚起しています。
図1は、HLD6がネアンデルタール人により占められる形態空間に完全に統合されていることを示しています。驚くべきことに、このHLD6化石はアジアのチバニアンの標本と統合しておらず、本論文の分析において大茘標本と近くもないようです。HLD6がネアンデルタール人と統合する理由の説明は容易な課題ではなく、それは、アジア東部においてネアンデルタール人の証拠がなく、ネアンデルタール人はアジア中央部とシベリアに限られているからです(Krause et al., 2007、Slon et al., 2018)。興味深いことに、ネアンデルタール人の特徴を有する他の中国の標本が存在し、それは、河南省許昌市(Xuchang)霊井(Lingjing)遺跡で発見された125000~105000年前頃の頭蓋1点(許昌2号)の事例で、これはネアンデルタール人と類似するイニオン上窩および側頭内耳を示す中国の頭骨です(Li et al., 2017)。1998年の研究と一致して、一部の中国化石におけるネアンデルタール人的形質の存在は、アジアの東西間の遺伝子流動から生じます。本論文の分析では、HLD6はネアンデルタール人の頭蓋形態を示す、と明らかにされるので、1998年の研究と一致して、この遺伝子流動は以前に考えられていたよりもずっと強調され、アジア東部へのネアンデルタール人自体の人口格差もあるかもしれない、と示唆されます。
●まとめ
文献で提案されたいくつかの言説と本論文で得られた結果に基づいて、ヒト進化の最終段階に関する妥当な歴史の構築は可能でしょうか?本論文はこれが実現可能と考えており、以下は両情報源を調和させる最良の仮定的状況です。ホモ・エレクトスから出発し、チバニアン人類の3系統はアフリカとヨーロッパとアジアでそれぞれ、ホモ・ボドエンシスとホモ・ハイデルベルゲンシスとホモ・ダリエンシスに分化しました。異なる種ではあるものの、これら3分類群は共通の顕著な特徴を示しており、それは、大きく頑丈な頭骨、平らな額、中程度から大きな頭蓋容量(±1200 cm³)、協調された眼窩上隆起です。その顔面は、平坦から前方へと中程度に拡大したものまで、様々でした。
ホモ・ボドエンシスがアフリカで現生人類を生み出した一方で、ホモ・ハイデルベルゲンシスはヨーロッパでネアンデルタール人を生み出しました。ホモ・ボドエンシスからホモ・サピエンスへの移行は30万年前頃に起きましたが、ホモ・ハイデルベルゲンシスからネアンデルタール人への移行は45万年前頃に起きました。ホモ・ダリエンシスは、中国の古人類学界の強い反対にも関わらず、袋小路だったようです。現生人類の最初の代表はアフリカで23万年前頃に見ることができますが、ネアンデルタール人の最初の代表は、20万~16万年前頃のヨーロッパで見ることができます。
チバニアンにおける複数種の共存を示唆することにより、この期間の人類間の高度な形態学的多様性の増加する証拠の認識が重要という、2023年の研究で要約されたこの分野における最近の議論が反映されます。化石記録におけるより多くの多様性の明確な認識は、全ての化石が単一種にまとめられているならば見えなくなる人類間の相互作用と進化的軌跡に関する議論を促進するでしょう。
しかし、本論文の分析は、チバニアンにおける人類の形態学的分化につながった過程の考察の能力に限界があります。ユーラシアの大半もしくは全域で人類の繰り返しの移動の証拠があり、その期間の大半にさかのぼる遺伝子移入(Bailey et al., 2019)や、チバニアンにおける人類の画策の重要な役割を果たした気候(Timmermann et al., 2022)の証拠もあります。そのため、この期間における遺伝子流動と適応と孤立の過程は複雑で、直線的ではありませんでした。本論文の分析では、この議論に貢献する要素が欠けていますが、複数種との認識は、各種の独特な進化史の議論の可能性を開き、それは議論を前進させるのに重要な段階である、と考えられます。
現生人類はアフリカに出現してすぐ、アフリカからの移動を始め、中東には18万年前頃に、ヨーロッパには少なくとも20万年前頃に到達し、そこで最終的にはネアンデルタール人を置換しました。現生人類はアジア東部に12万年前頃【この年代は議論になっており(Sawafuji et al., 2024)、早すぎる想定かもしれません】に到達し、おそらくこの地域にまだ存在していた古代型のヒト(ホモ・ダリエンシスやホモ・ロンギ)を置換しました。現生人類はアフリカからの拡大中に、ヨーロッパとアジアと、恐らくはアフリカにさえまだ存在していたいくつかの古代型のヒトと遺伝子を交換しました。しかし、これらの遺伝的交雑は、短く球状の神経頭蓋、約1350cm³の頭蓋容量、平坦な顔面、顕著な顎、小さな歯列により特徴づけられる頭蓋形態学的パターンを変えるには充分ではありませんでした。
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