古代中東における暴力の傾向

 取り上げるのが遅れてしまいましたが、古代中東における暴力の傾向に関する研究(Baten et al., 2023)が公表されました。初期のヒト社会において、個人間の暴力(暴行、殺人、奴隷、拷問、独裁、残酷な刑罰、暴力的抗争など)はどのように発展したのでしょうか?殺人の記録が最近のものでしか利用できないことを考えると、ヒトの歴史の大半は我々の視界から外れており、これまで長期的な変化傾向に関する理解は困難でした。個人間の暴力は数千年にわたって減少し、啓蒙時代(紀元後17~18世紀)以降は急速に減少したと考えられてきましたが(関連記事)、異論もあります。

 本論文では、先古典期(紀元前12000~紀元前4000年頃)の中東全域(現代の国境区分では、トルコ、イラク、イラン、シリア、レバノン、イスラエル、ヨルダンの7ヶ国)で発掘された骨格から得られた頭蓋外傷および武器関連の傷新たなデータセットの利用によって、個人間の暴力の強度が評価され、超長期的な暴力の傾向が調べられます。この紀元前12000~紀元前4000年頃という超長期間にまたがるデータセットには、3539個体が含まれています。分析の結果、銅器時代(紀元前4500~紀元前3300年頃)に対人暴力が頂点に達した、との証拠が見つかりました。個人間の暴力はその後、前期および中期青銅器時代(紀元前3300~紀元前1500年頃)には着実に減少し、後期青銅器時代および鉄器時代(紀元前1500~紀元前400年頃)には再び増加しました。

 銅器時代の暴力は、最初期の中央集権化された原初国家が出現し、偶発的な内紛から大規模な組織的抗争へと移行した時期と一致する可能性が示唆されています。鉄器時代への移行期には、300年間にわたる旱魃、人口の分散、資源の圧迫などが見られ、これらが暴力の発生に何らかの役割を果たした可能性が指摘されています。このように、ひじょうに豊かな歴史的環境における広範な時間的および地理的規模にまたがる暴力のパターンの差異を記録することにより、ヒトの紛争の初期の歴史に関する視野が広がります。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


考古学:骨格化石が明らかにする初期人類の争い

 中東で得られた考古学上の証拠から、個人間の暴力が時代とともに変動し、約4500~3300年前にピークに達していたことを示唆する論文が、Nature Human Behaviourに掲載される。この知見は、3500人分を超える遺骨の解析に基づいており、初期のヒト社会における争いの歴史の解明に新たな手掛かりをもたらすものである。

 個人間の暴力(暴行、殺人、奴隷、拷問、独裁、残酷な刑罰、暴力的抗争など)の長期的な変化傾向に関するこれまでの理解は、さまざまな時期における証拠が存在しないために困難であった。個人間の暴力は数千年にわたって減少し、啓蒙時代(紀元17~18世紀)以降は急速に減少したと考えられてきたが、異論もある。殺人に関する記録が利用可能なのは近年のみであり、過去の争いの記録における報告上の偏りが、時代を遡った理解を限られたものにしている。

 今回、Giacomo Benatiらは、中東7カ国(トルコ、イラク、イラン、シリア、レバノン、イスラエル、ヨルダン)の紀元前1万2000~400年の3539人分の遺骨に関する詳細なデータセットを使用した。そして、頭蓋外傷や武器による傷の証拠を示す骨格化石の割合に注目して、個人間の暴力の強度を評価した。その結果、個人間の暴力は4500~3300年前の金石併用時代にピークを迎えたことが示唆された。暴力はその後、青銅器時代の初期~中期(紀元前3300~1500年)に減少し、青銅器時代後期と鉄器時代(紀元前1500~400年)にかけて再び増加したことが分かった。

 金石併用時代の暴力は、最初期の中央集権化された原始国家が出現し、偶発的な内紛から大規模な組織的抗争へと移行した時期と一致する可能性があると示唆している。またBenatiらは、鉄器時代への移行期には、300年にわたる干ばつ、人口の分散、資源の圧迫などが見られ、これらが暴力の発生に何らかの役割を果たした可能性があると述べている。Benatiらは、今回の知見が、初期のヒト社会における個人間の暴力に関する理解を深めるものであると結論付けている。



参考文献:
Baten J, Benati G, and Sołtysiak A.(2023): Violence trends in the ancient Middle East between 12,000 and 400 BCE. Nature Human Behaviour, 7, 12, 2064–2073.
https://doi.org/10.1038/s41562-023-01700-y

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