北アメリカ大陸先住民のブラックフット連合のゲノムデータ

 北アメリカ大陸先住民のブラックフット連合(Blackfoot Confederacy)のゲノムデータを報告した研究(Rider et al., 2024)が公表されました。本論文は、ブラックフット連合の近現代のゲノムデータから、アメリカ大陸先住民におけるこれまで報告されていなかった古代の遺伝的系統を推測し、アメリカ大陸への人類の移住史のより詳しい解明に貢献しています。今後も、古代人と現代人のゲノムデータの解析の進展により、これまで特定されていなかった遺伝的構成の集団の新たな提示が続くと予想され、アジア東部、とくに日本列島でもそうした集団が特定されていくよう、日本人の一人として期待しています。


●要約

 ゲノム研究者と北アメリカ大陸先住民族との間での互恵的協力は稀ですが、一般的になりつつあります。本論文は、そうした協力の一事例を提供します。この協力により、アメリカ大陸の移住への洞察が提供され、条約や先住民の権利の促進に使用できる別の一連の証拠がもたらされます。ブラックフット連合のから標本抽出された個体群のゲノムは、以前には報告されていなかった古代の系統に属しており、この系統は後期更新世にアメリカ大陸で他の系統と分岐した、と本論文は示します。本論文は複数の補完的な形態の知識を用いて、口頭伝承と合致するブラックフットの人口史について仮定的状況と、アメリカ大陸の移住の進化的過程についての妥当なモデルを提供します。


●研究史

 ヒトゲノムの研究は、アメリカ大陸の最初の移住を含めて、先住民の人口統計学的事情および人口史の豊富な情報の提供により、アメリカ大陸の歴史研究を促進してきました。古ゲノミクスを通じて、アメリカ大陸における祖先のゲノム研究は、過去の事象と仮定を推測できる能力と解像度が大きく増加しました(関連記事)。しかし、最初の移住過程について最も多くの情報をもたらすことができる、北アメリカ大陸の人口集団では、ゲノム研究がほとんど完了していませんでした。北アメリカ大陸において完了したゲノム研究は、後期更新世に進化した、以前には報告されていなかったゲノム系統を有する先住民の祖先を特定してきました。

 この進化は、標本抽出された南北両アメリカ大陸における全ての現在の先住民人口集団の、ヨーロッパ人との接触前の、全てではないとしても大半の祖先系統(祖先系譜、祖先成分、祖先構成、ancestry)が由来する2系統の分岐前のことで、その2系統は、北アメリカ大陸先住民(Northern Native American、略してNNA)もしくはANC-B、および南アメリカ大陸先住民(Central and Southern Native American、略してSNA)もしくはANC-Aと呼ばれています。具体的には、「古代ベーリンジア(ベーリング陸橋)人」と呼ばれる系統は、アラスカ(Alaska、略してAK)のホーソー・ナ(Xaasaa Na’)と呼ばれるアップウォードサン川(Upward Sun River、略してUSR)で115000年前頃に暮らしていた祖先1個体のゲノムに基づいており、アラスカの地元のヒーリーレイク(Healy Lake)村議会に因んで、日の出の子供の少女(Xach’itee’aanenh t’eede gaay)アップウォードサン川(Upward Sun River、略してUSR)と命名され、USR1とも呼ばれています。

 今ではアラスカのスワード半島のトレイルクリーク洞窟(Trail Creek Cave)と呼ばれている場所に暮らしていた9500年前頃の祖先1個体も、古代ベーリンジア人系統に属しています(関連記事1および関連記事2)。さらに、今ではブリティッシュコロンビアと呼ばれている地域に生きていたスツウェセムク・テテム(Stswecem’c Xgat’tem)先住民の管理下にある別の祖先は、アメリカ大陸のゲノム時系列において、NNAとSNAの分岐に先行するものの、古代ベーリンジア人との分岐の後となる、独特なゲノム系統に属しています。この祖先は、フレーザー川(Frasier River)近くのビッグバー(Big Bar)湖で確認され、5600年前頃に生きていました(関連記事)。

 したがって、北アメリカ大陸先住民の祖先に関するこれらの先行研究は、以前には知られていなかったゲノム多様性の特定に役立ちました。しかし、これらの研究で特定された古代の系統は、現在のアメリカ大陸先住民の標本では観察されていきませんでした。メソアメリカと南アメリカ大陸の研究では、メキシコ南部のミヘー人(Mixe)など特定の標本抽出人口集団が現在の先住民において少なくとも部分的な祖先系統を有しており、それは恐らく25000年前頃までさかのぼるアメリカ大陸の未知のゲノム系統に由来する、と示唆されています(関連記事)。

 アメリカ大陸先住民の人口史に関する情報の提供に加えて、ゲノム研究には先住民共同体の社会的・教育的・法的・政治的目標を促進する可能性があります。科学者とこれら共同体との間の平等な協力は、古代および現在の先住民人口集団に関する断片的なゲノム知識の進歩に不可欠です(関連記事)。本論文は、カナダのアルバータ州のカイナイ人(Kainai、Blood)先住民とブラックフット族歴史保存局(Blackfeet Tribal Historic Preservation Office、略してBTHPO)とさまざまな学術機関の科学者(先住民と非先住民)そうした互恵的な協力結果を提示します。

 カイナイ(Blood)先住民とブラックフット族は、ブラックフット連合の4ヶ所の地政学的部門のうち2ヶ所です(図1)。ブラックフットの祖先は遊動的で、バイソンの狩猟採に特化しており、ロッキー山脈正面およびその近隣の北西平原に暮らしていました。カナダとアメリカ合衆国における居留地の設立以降、ブラックフット連合の構成部族は、土地の主張や水の権利の訴訟の起源と古さ、およびその条約や先住民の権利の推進と保護において、偏見に直面してきました。しかし、この地域におけるその祖先の存在は、考古学と口頭伝承の両方を通じて、最終氷期末にたどれるかもしれません(関連記事)。この古代の祖先からのDNAデータは、歴史時代と現代のブラックフットを現在のブラックフット連合の構成員と明確に結びつけるのに必要でしょう。以下は本論文の図1です。
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 したがって、本論文の目的は、アメリカ大陸の移住への洞察を提供できる先住民のゲノム系統に関する科学的知識の進歩だけではなく、他の北アメリカ大陸集団との丁呈される祖先との関係の評価について、独立した一連の証拠でブラックフットを提供することでもあります。具体的には、本論文は、アルゴンキン語(Algonquian)話者との遺伝的類似性への洞察を提供し、条約と先住民の権利の促進支援のために、北アメリカ大陸における古さに関する主張を確証します。したがって、本論文の目的は、先住民共同体の歴史的な祖先と現在の個体群との間の遺伝的関係の理解、ブラックフットのゲノム系統の人口史と多様性のモデル化、これらブラックフット連合とゲノムが利用可能な他の北アメリカ大陸先住民痔との間の遺伝的関係の対応づけです。


●共同体の契約

 尊重される知識の共同生産について、文化的に応答し、共同体と協同するゲノム研究は互恵的で、非抽出的な科学的慣行を再構築します。この目的のため2018年に、カナダのアルバータ州のカイナイ(Blood)先住民と、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校の分子人類学研究室は、歴史的な祖先と現在の個体群に由来するゲノムデータを分析する研究について、実験実施要綱と期待を提示した理解の覚え書きに署名しました。BTHPOは、スミソニアン博物館の帰還部局とともに、カイナイ先住民の代理として、歴史的な祖先の標本抽出を手配しました。アリゾナ大学人類学応用研究局の考古学者が、ブラックフット連合の構成員部族との複数年で複数計画の共同研究である、ブラックフット初期起源計画の一部として、協力者の相互作用を促進しました。


●標本抽出とデータ生成

 スミソニアン研究所のカイナイ人もしくはブラックフットと確認された歴史的な祖先3個体と、BTHPOで精選された歴史的な祖先4個体で、低網羅率の全ゲノム配列決定が行なわれました。標本のDNA保存状態は概して悪く、網羅率の範囲は0.0027~0.0155倍でした。しかし、歴史的な祖先7個体のうち6個体で、遺伝的性別とミトコンドリアDNA(mtDNA)ハプログループ(mtHg)を推測できました(表1)。データ一式で最良のDNA保存状態を示した歴史的な祖先の標本のうち2点で再配列決定され、網羅率0.113倍と0.187倍が得られました。DNA損傷パターンは、古代DNAに特徴的なヌクレオチドの塩基対変化を示し、たとえばシトシンからウラシルへの脱アミノ化です。カイナイ人もしくはブラックフットの現在の構成員6個体も、平均31倍で全ゲノム配列決定されました。

 歴史的な祖先の標本の放射性炭素(¹⁴C)分析は、¹⁴Cで110~95年前頃の範囲の年代を生成しました。4事例全てで、その時点での較正曲線の反転と平坦は、紀元後で1685~1732年と1805~1917年の不連続な暦年代を生成しました。後者【1805~1917年】の範囲が、骨格およびそれと関連する表面遺骸が恐らくは収集前に数世紀にわたって保存されなかったことを考えると、より可能性が高そうです。この期間は、毛皮交易期の最盛期のヨーロッパ系アメリカ人とブラックフットの相互作用の増加(1800~1860年頃)、天然痘などの感染症の到来、ブラックフット戦争(1870年)、居留地時代の始まり(1873年)、飢餓の冬(1883~1884年)と同時代です。


●北アメリカ大陸におけるゲノム構造と多様性

 カイナイ人とブラックフットから得られた古代と現在の個体間の関係や、アメリカ大陸の他の先住民人口集団との関係を理解するため、主成分分析(principal component analysis、略してPCA)が実行されました(図2A)。先住民人口集団を含めて参照人口集団は、サイモンズゲノム多様性計画(Simons Genome Diversity Project、略してSGDP)と以前に刊行された研究の古代の個体群に由来します。PCAには41個体のゲノムデータが含まれます。ヨーロッパの個体群は図の右隅上部にクラスタ化し(まとまり)、メソアメリカと南アメリカ大陸の個体群は図の底部に位置します。カイナイ人/ブラックフットの古代の個体群は主成分1(PC1)と主成分2(PC2)の図において、現在のカイナイ人/ブラックフットの代表および北アメリカ大陸の先住民であるクリー人(Cree)集団とクラスタ化しますが、追加のPCA図ではクリー人とはより離れています。現在のカイナイ人/ブラックフットは、カイナイ人/ブラックフットの現在の参加者間の祖先系統における差異に基づいて、北アメリカ大陸の古代の個体群とヨーロッパの個体群との間の図において、勾配を示します。以下は本論文の図2です。
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 次に、TreeMixにより生成された最尤系統樹を用いて、古代のカイナイ人/ブラックフットと現在のカイナイ人/ブラックフットと世界規模の人口集団の間の関係が推測されました。古代のカイナイ人/ブラックフットと現在のカイナイ人/ブラックフットは、南北アメリカ大陸の他の集団との枝から等距離の同じ枝に属しています(図2B)。この結果はADMIXTURE分析(最小交差検証値は6系統の祖先構成要素)により補完され、カイナイ人/ブラックフットの古代の個体群の祖先系統はほぼ全て黄色の構成要素を示し、現在のカイナイ人/ブラックフットと古代の南アメリカ大陸の1個体も黄色の構成要素の祖先系統の高い割合を示す、と示されます(図2C)。

 qpGraph分析に基づき、アメリカ大陸の集団についてゲノム関係も評価され(図3A)、移住事象なしの最適モデルは、古代のカイナイ人/ブラックフットが現在のカイナイ人/ブラックフットに最も近い形態を示します。最後に、D統計は古代のカイナイ人/ブラックフットと現在のカイナイ人/ブラックフットとの間のアレル(対立遺伝子)共有の過剰を論証します(図3B)。さらに、古代および現在のカイナイ人/ブラックフットは北アメリカ大陸(高水準のヨーロッパ人との混合に起因して、クリー人とは離れています)および南アメリカ大陸の先住民人口集団と等距離です(図3)。以下は本論文の図3です。
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 古代のカイナイ人/ブラックフットが現在のカイナイ人/ブラックフットとともにクラスタ化することを示すものの、他の南北アメリカ大陸集団とは別の系統であることを示す複数のゲノム解析のため、momi2を用いて人口統計学的モデルが作成されました(図4)。momi2は現在のカイナイ人/ブラックフット、(北アメリカ大陸先住民系統の代表としての)アサバスカ人(Athabascan)、(南アメリカ大陸先住民系統の代表としての)カリティアナ人(Karitiana)と、ユーラシアの系統を表す漢人やイングランド人やフィンランド人やフランス人の部位頻度範囲を使用しました。最適なモデルは、現在のカイナイ人/ブラックフット18104年前という分岐時間を示し、それに続くのが、アサバスカ人とカリティアナ人の13031年前の分岐でした(表2)。以下は本論文の図4です。
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●考察

 本論文では、ブラックフット連合と関連する歴史的な祖先7個体と、カイナイ人先住民/ブラックフット連合の現在の構成員7個体のゲノムが配列決定され、考古学および口承史および歴史言語学の情報と組み合わせて、人口史が推測されました。このゲノムデータはアメリカ大陸の人口集団と比較され、人口構造が推測されました。本論文に置いて分析された歴史的な祖先は、カイナイ人/ブラックフットの現在の構成員との遺伝的連続性を示し、これらのゲノムパターンがヨーロッパ人との接触時期における伝統的なブラックフット連合の故地に基づいていることを論証します。

 TreeMixとqpGraphとD統計と人口統計学的モデルの結果から、古代のカイナイ人/ブラックフットと現在のカイナイ人/ブラックフットは、古代ベーリンジア人系統の分岐後ではあるものの、南北アメリカ大陸先住民系統の分離前に、後期更新世終末近くに分岐した同じ系統に属す、と示されます。カイナイ人/ブラックフットは、中央アルゴンキン語を含めて他のアルギック(Algic)語族話者とまとまりません。この古代の分岐はブラックフットの最近の歴史言語学的分析と比較でき、その分析では、アルギック語族内のブラックフットの言語の深い古さ、具体的には、ブラックフットの言語の特定の要素がアルゴンキン語祖語より古く、ブラックフット連合の元々の故地の先住民により話されていた可能性が高い、と示しています。この調査結果は、ブラックフットの言語(および延いてはその話者)の起源は北アメリカ大陸の五大湖にあり、アルゴンキン語はそこで進化したとされる、という伝統的な人類学の仮定を変えました。むしろ、本論文は、ブラックフットの言語と人口集団における東西の勾配の再構築という先行研究と一致します。

 ブラックフット/アルゴンキンの祖先人口集団における人口統計学的および/もしくは言語学的変化は、完新世に数回起きたかもしれません。北西平原と五大湖との間の接触の証拠には、ブラックフットの故地における銅製人工遺物および二次的な赤色のオーカー(鉄分を多く含んだ粘土)の埋葬の存在が含まれます。北西平原の内外への移動を促進したかもしれない環境事象には、7600年前頃となるマザマ山(地理的には現在オレゴンと呼ばれている地域に位置します)の降灰が含まれます。この降灰は、北西平原の大半の生態系に影響を及ぼし、アパッチ人(Apachean)の拡散をもたらした、と主張されているホワイトリバーの降灰と同様に、人口集団に影響を与えたかもしれません。

 本論文の重要な限界は、古代のブラックフットおよびカイナイ人/ブラックフットの標本規模です。とくに、標本抽出された個体数の少なさは、個体群が標本抽出された人口集団の代表かどうかという観点で懸念されるかもしれず、また近い過去における合着(合祖)の低い確率に起因する、最近の人口規模や系統樹の枝の長さ(TreeMixとqpGraph)のさほど信頼できない推定値(momi2)につながるかもしれません。しかし、古代のブラックフットおよびカイナイ人/ブラックフッを用いての結果は相互と一致しているので、これらの調査結果から、個体群は過去と現在の両方において標本抽出された人口集団の代表である、と示唆されます。

 さらに本論文は、最近の人口規模ではなく、人口統計学的分析内の分岐パターン(TreeMixとqpGraph)と分岐時間(momi2)に重点を置いていますが、他の地理的地域の人口集団と比較してのアメリカ大陸内の遺伝的浮動の上昇は、最近の人口規模の本論文の推定値の信頼性を高めるはずです。最後に、本論文の他の分析は、標本規模に比較的影響を受けないはずで、それは、PCAとADMIXTUREが個々の標本に基づいており、D統計が、各人口集団から標本抽出された単一アレルの関数である系統異質性のパターンを示すからです。それでも、遺伝的浮動の顕著な程度を経てきた人口集団を考慮すると、本論文で検討されてきた他の結果の観点から、PCAの結果を検討することが重要で、それは、主成分(PC)が人口集団間の遺伝的浮動の程度と関連しているからです。

 後期更新世に出現したアメリカ大陸における以前に特定されていなかった系統の発見は、古代ベーリンジア人系統(関連記事)、ビッグバー祖先と関連する系統により表される人口集団(関連記事)、統計分析を通じて最近特定されたアメリカ大陸におけるゲノム多様性に寄与した「亡霊(ゴースト)」人口集団(関連記事)を含めて、南北のアメリカ大陸の系統の分岐の前に特定された複数系統のパターンに基づいています。これらの調査結果は、複数の人口集団が単一の供給源から広大な地理的地域へと拡散し、カイナイ人/ブラックフットについて本論文で推測されたような年代にその後で近隣共同体と相互作用する前の初期に、さまざまな系統へと相対的に孤立して進化した、とのモデルと一致しているかもしれません。以下は本論文の図5です。
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 本論文は、以前には未知のゲノム系統の特定のこの機会を利用して、この分野での慣行を調整します。ゲノム文献は今や、とくにゲノム文献の文脈外で、混乱するかもしれない系統の名称を用いています。たとえば、「アメリカ先住民(Native American)」は通常、アメリカ合衆国の先住民の人々を指しますが、「北アメリカ大陸先住民(Northern Native American、略してNNA)」と南アメリカ大陸先住民(Central and Southern Native American、略してSNA)は、アメリカ合衆国の内外両方のアメリカ大陸にまたがる先住民の人々のゲノム系統に与えられる名称です。混乱させられる用語を最小限にするため、先行研究(関連記事)に従い、図5のように用語を拡張するよう、本論文は提案します。


参考文献:
Rider DF. et al.(2024): Genomic analyses correspond with deep persistence of peoples of Blackfoot Confederacy from glacial times. Science Advances, 10, 14, eadl6595.
https://doi.org/10.1126/sciadv.adl6595

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