ボノボとチンパンジーの雄の攻撃性の比較

 ボノボ(Pan paniscus)とチンパンジー(Pan troglodytes)の雄の攻撃性を比較した研究(Mouginot et al., 2024)が公表されました。ボノボとチンパンジーから構成されるチンパンジー属は、現代人にとって最も近縁な現生分類群です。そのため、現代人の攻撃性の起源や進化の比較対象としても、チンパンジー属は注目されてきました。本論文は、ボノボとチンパンジーの雄の比較でボノボの方が高い攻撃率を示す、と明らかにします。これは、ボノボよりもチンパンジーの方が攻撃は暴力的というか致死的であることと関連しているかもしれません。制御された暴力ならば被害も抑えられるので、発動しやすいのではないか、というわけです。雄の適応度について、チンパンジーでは個体の連合に依存するのに対して、ボノボでは個体本位の戦略が採用されており、このような違いが進化の過程でどう生じてきたのか、今後の研究の進展が注目されます。

 また、ボノボでもチンパンジーでも、雄は攻撃頻度の高い方が繁殖成功率は高いことも示されており、現生人類(Homo sapiens)は「自己家畜化」が進んでいる、とも言われていますが(関連記事)、現代人でもチンパンジー属で見られる攻撃頻度と繁殖成功率の相関は完全に払拭されていないかもしれず、そうした点を認識しつつ規範や規範や制度や法体系を構築・修正・維持していかねば、思わぬ弊害が生じる可能性もあるでしょう。もちろんこれに関して、雄(男性)は繁殖の(子孫を残す)観点では攻撃的になるのが「正しい」とか「自然」とかいった、きょくたんな自然主義的誤謬に安易に陥らないよう、注意する必要があります。


●要約

 ヒトの攻撃性の進化を調査している研究者は、現代人の最も密接な現生近縁分類群であるボノボとチンパンジーを、比較データの貴重な情報源として注目しています。両種【ボノボとチンパンジー】の雄は対照的なパターンを示し、雄のチンパンジーは雌に性的強制を行ない、時には同種を殺しますが、雄のボノボは性的強制をさほど示さず、殺害は報告されていません。これらの種の違いを説明するさまざまな試みのうち、自己家畜化仮説はボノボにおける雄の攻撃性の負の適応結果を提案しています。それにも関わらず、これらの種が攻撃性の全体的な割合においてどの程度異なるのかは、不充分な比較可能な観察手法のため、依然として不明です。

 本論文は、観察研究の参照基準である限局的な追跡データの14群落年数を用いて、コンゴ民主共和国のコンゴのココロポリ(Kokolopori)ボノボ保護区のボノボの3ヶ所の群落と、タンザニアのゴンベ(Gombe)国立公園のチンパンジーの2ヶ所の群落を比較しました。予測されたように、雌が一般的に雄より上位であることを考えると、ボノボはチンパンジーよりも、雄から雌のより低い攻撃率と、雌から雄へのより高い攻撃率を示した、と分かりました。意外なことに、ボノボにおける雄間の攻撃率は、接触攻撃に分析を限定してさえもチンパンジーより高い、と分かりました。両種【ボノボとチンパンジー】では、より攻撃的な雄がより高い配偶成功を得ました。本論文の調査結果は、雄間の攻撃頻度はその強度において種差と対応しない、と示唆しますが、繁殖成功が強い連合に依存する雄のチンパンジーとは対照的に、雄のボノボはより個体主義的な戦略を取る、との見解を裏づけます。


●攻撃率

 雄のボノボ12個体と雄のチンパンジー14個体について、12歳以上の個体における二者間相互作用に基づき、接触攻撃(攻撃者と犠牲者の間の身体的接触)と非接触攻撃(突進や追跡など)を含めて攻撃率が比較されました。雄のボノボの2047時間の限局的な追跡の間に、観察者は識別された雄の間で521回の攻撃的相互作用を記録し(中央値は1時間あたり0.24回、範囲は1時間あたり0.14~0.45回)、そのうち77回(14.8%)には、接触攻撃が含まれていました(中央値は1時間あたり0.039回、範囲は1時間あたり0.0090~0.064回)。

 チンパンジーでは、雄の限局的な追跡の7309時間において、観察者は識別された雄間で654回の攻撃的相互作用を記録し(中央値は1時間あたり0.085回、範囲は1時間あたり0.039~0.13回)、そのうち99回(15.1%)には、接触攻撃が含まれていました(中央値は1時間あたり0.013回、範囲は1時間あたり0.00~0.025回)。したがって、雄のボノボにおける攻撃性はチンパンジーより経度である、というかなりの証拠にも関わらず、対象の雄を含む攻撃的な行為は、ボノボではチンパンジーの2.8倍多く起きており、接触攻撃のみを考慮すると、ボノボの方が依然として3.0倍高い数字となります(図1および図2)。以下は本論文の図1です。
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 ボノボ間の攻撃的行為は、雄間と雌雄間で構成されます。雄間では、「対象の雄から雄への攻撃」は全体の33.8%を占める176事例で、1時間あたり0.082回、範囲は1時間あたり0.00~0.30回となり、「雄から対象の雄への攻撃」は全体の47.4%を占める247事例で、中央値は1時間あたり0.11回、範囲は1時間あたり0.00~0.41回です。雌雄間では、「対象の雄から雌への攻撃」は全体の3.1%を占める16事例で、中央値は1時間あたり0.0046回、範囲は1時間あたり0.00~0.027回となり、「雌から対象の雄への攻撃」は、全体の15.7%を占める82事例で、中央値は1時間あたり0.028回、範囲は1時間あたり0.00~0.14回です。

 チンパンジーの攻撃は相互作用において以下のように起きました。対象の雄から雄では、全体の30.0%を占める196事例で、中央値は1時間あたり0.017回、範囲は1時間あたり0.00~0.057回、対象の雄から雄では、全体の32.3%を占める211事例で、中央値は1時間あたり0.020回、範囲は1時間あたり0.01~0.052回、雄から対象の雄では、全体の35.9%を占める235事例で、中央値は1時間あたり0.034回、範囲は1時間あたり0.010~0.057回、雌から対象の雄では、全体の1.8%を占める12事例で、中央値は1時間あたり0.00回、範囲は1時間あたり0.00~0.0067回です。

 両種【ボノボとチンパンジー】の攻撃性のパターンの大きな差異を考えると(図2)、個体間および相互作用者分類の共同計算は誤解を招く結果になるかもしれません。したがって、4通りのモデル一式の構築により、ポアソン誤差構造でのGLMMを用いて、攻撃性の分類ごとに、攻撃性の種の違いが分析されました。群の規模を制御しながら、応答変数として攻撃事象の回数が、予測変数として種が用いられました。その結果、ボノボでは雄間の攻撃がチンパンジーより頻繁に起きていた、と分かりました。対象の雄チンパンジーはボノボより頻繁に雌に対して攻撃的に行動し、雌からの攻撃経験はより低くなりました(図1および図2)。以下は本論文の図2です。
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 致死的攻撃はボノボよりもチンパンジーにおいて高頻度なので、致死未満の接触的攻撃もチンパンジーの方が高頻度かもしれません。したがって、接触攻撃のみを用いてモデルが再実行され、最初のモデルと同じパターンが明らかになりました。攻撃率に関してボノボにおける長期の集団間の遭遇の潜在的影響を除外するため、集団間の遭遇以外のデータのみを使用して、全ての攻撃分類で本論文のモデルが繰り返され、最初のモデルの結果が反映されました。


●連合的行動

 先行研究では、雄間の連合はボノボよりチンパンジーの方で頻繁に形成される、と報告されてきました。雄の連合の優勢が、相互に対しての攻撃使用法に影響する可能性が高いことを考慮して、本論文は標本での連合の形成種差について検証し、対象個体が攻撃者である相互作用を調べました。応答変数としての連合の有無と予測変数としての種を用いて、二項分布のGLMMが適用されました。その結果、雄のチンパンジーは、本論文で対象とされたミトゥンバ(Mitumba)の群の一つに雄が2個体しかおらず、したがって雌に対してのみ連合を形成してさえも、ボノボよりも高頻度に連合の攻撃に関わった、と分かりました。

 本論文のボノボのデータセットでは、対象の雄によるわずか2回の攻撃が雄の連合と関わっており、全事例の1.0%(192事例のうち2事例)で、その内訳は、エカラカラ(Ekalakala)が1.98%、ココアロンゴ(Kokoalongo)とフェカコ(Fekako)が0%で、対象の雄から雄への攻撃は連合が2事例、対象の雄から雌への攻撃は連合の事例がありませんでした。比較対象のチンパンジーの事例では、ミトゥンバが3.22%、カセケラ(Kasekela)が20.2%で、対象の雄から雄への攻撃は連合が25事例、対象の雄から雌への攻撃は連合が29事例でした。


●攻撃率と交尾率

 両種【ボノボとチンパンジー】の雌は性的膨張を示し、これは排卵可能性の示唆となる視覚的兆候を提供します。この視覚的兆候はボノボにおいてさほど精確ではありませんが、両種【ボノボとチンパンジー】の雄は性皮が最大限膨張した雌との交尾をめぐって競合します。本論文は両種【ボノボとチンパンジー】で、対象の雄の攻撃が最大限膨張した雌との雄の交尾率にどの程度影響を及ぼしたのか、検証しました。群の規模を制御しながら、応答変数として最大限膨張した雌と対象の雄の交尾回数、予測変数として対象の雄が攻撃側である期間の攻撃性事象の回数を用いて、ポアソンGLMMが適用されました。その結果チンパンジーでは、より攻撃的な雄が最大限膨張した雌とより多くの交尾を得た、と分かりました。しかしボノボについては、媒介変数推定値は正でしたが、その95%信頼区間(Confidence interval、略してCI)はゼロでした。接触攻撃に分析を限定すると、雄はチンパンジーとボノボの両種でより多くの交尾を得ました。


●考察

 対称の雄の相互作用のみに基づく、ゴンベのチンパンジーと比較しての、ココロポリのボノボにおける雄間のより高い攻撃率との本論文の調査結果は、自己家畜化仮説を裏づけると考えられた、全発生データに基づく以前の比較と対照的です。この仮説では、雄のボノボにおける攻撃に対する選択は、家畜化された動物における選択的繁殖の結果と同様に、チンパンジー属2種【チンパンジーとボノボ】間の相関している一連の違いをもたらした、と提案されています。

 それにも関わらず、本論文の調査結果のいくつかは、自己家畜化仮説の予測を裏づけています。具体的には、チンパンジーと比較して、雄のボノボは雌に対して直接的な攻撃が少なくなっています。この結果は、雄のボノボがより大きな性別のガヨにも関わらず、強制的な交尾戦略を稀にしか使わない、との以前の知見と一致します。これは、群内で雌がより高い支配的地位を占めていることとも一致しており、雄のボノボが雌からより多くの攻撃を受ける理由をさらに説明します。それにも関わらず、ボノボにおける雄間のより高い攻撃率という本論文の調査結果から、攻撃性は行動一覧の重要な一部のままである、と示唆されます。自己家畜化仮説では、ボノボにおいて、「雄の雌や他の雄に対する攻撃は適応度を害する」と主張されます。

 行動生態学者は攻撃を、評価により利益が負担を上回る場合に、適応的利益を得るために用いられる戦略と考えています。雄の繁殖成功はおもに、雌との交尾の機会に依存します。本論文の調査結果は、ボノボが常にチンパンジーより攻撃的ではない、との予想に異議を呈しますが、雄のボノボは繁殖機会を求めて攻撃的に競合する、と示唆する野外および飼育下の研究から得られた調査結果と一致します。チンパンジーと比較して雄のボノボは、より高い繁殖の偏りやより険しくて横暴な支配階層を示し、両者とも繁殖競争の伝統的な指標です。研究では一貫して、ボノボではチンパンジー(関連記事)のように、より低位でより攻撃的ではない雄よりも、高位の雄が全体的に高率の攻撃性を示し、多くの交尾成功を得ている、と明らかにされてきました。さらに、ココロポリのボノボの父親としての成功に関する刊行されているデータから、本論文で研究された雄から生まれた仔の80%は最高率の接触攻撃を行なう雄2個体の仔である、と示されます。その結果、高い攻撃率を示す雄のボノボは、適応的利益を得るようです。

 本論文の調査結果から、攻撃のさまざまな形態の割合は種間で共変しない、と示唆されます。先行研究では、群内および群間での激しい雄の攻撃、とくに致死的攻撃は、チンパンジーで広範に存在するものの、ボノボでは存在しない、と示されてきました。雄のチンパンジーは近隣集団の雄に対して攻撃的行動を一様に示し、領域拡大のため致死的襲撃に協力し、一部の集団では自分の群の幼児や成体を殺害します。対照的に、ボノボについては確証された殺害は報告されてきませんでした。ボノボの集団間の遭遇中に、雄の攻撃率は増加しますが、さまざまな群の構成員は数日間ともに留まることができ、親和的で協力的な行動を取ります。ボノボについては負傷率のデータが不足していますが、博物館標本から得られた証拠は、ボノボよりチンパンジーの高い外傷率を示唆します。したがって、攻撃性の匈奴に進化的ゲーム理論を考慮すると、古典的なタカ・ハトゲームでは、重度の恐らくは致命的な負傷につながる闘争の負担がより高くなる可能性は、チンパンジーにおいて集団内の競合に用いられる攻撃の全体的な頻度を低下させるかもしれません。攻撃の負担における種の違いについて関連するかもしれない説明は、連合形態の違いに関わっています。雄のチンパンジーは頻繁に甥の連合相手に依存し、高い支配的地位を獲得および維持し、集団間の競合(自身や仲間や子孫の食餌領域と定義されます)で成功しようとしますが、ボノボが雄の連合を形成することは稀です。

 雄のチンパンジー間の連合は、二つの方法で攻撃の負担を増加させるかもしれません。第一に、連合は戦いを起こす負担を増加させるかもしれず、それは、相手も同盟者を募ることができるからです。一方の側が他方よりもはるかに多い場合に、重症もしくは死亡が起きるかもしれません。第二に、雄のチンパンジーの適応度が領域防衛のための強い連合に依存している限りでは、群内の戦いは集団行動を損なうため、高負担になるかもしれません。種間の攻撃および連合形成のパターンの差異から、雄のボノボがより個体本位的な戦略を採用したのに対して、雄のチンパンジーの適応度は雄の連合に依存することがより多くなる、と示唆されます。全体的に、攻撃性パターンの識別された変化は、イヌ科の調査結果と類似しており、イヌはオオカミと比較して、集団間の連合的な攻撃の減少を示しますが、集団内の全ての種類の攻撃性が減少しているわけではありません。

 まとめると、本論文の調査結果は、チンパンジー属における雄の攻撃性のより微妙な理解を提供し、それは雄の攻撃性の潜在的な負担およびさまざまな種類の利益と関連します。リチャード・ランガム(Richard Wrangham)氏は、神経生理学的基盤で異なる2種類の攻撃性の区別の有用性を強調しました。つまり、計画的で目標指向的な行動により特徴づけられる順向性行動は、チンパンジーにおいて集団内および集団間の殺害を含むかもしれないのに対して、反応的攻撃は脅威もしくは欲求不満刺激を素早く除去するよう機能し、集団内攻撃の大半を含むかもしれない、というわけです。この2種類の攻撃性を区別する将来の研究は、ヒトの進化における攻撃性の潜在的相互作用の理解を深めるでしょう。


参考文献:
Mouginot M. et al.(2024): Differences in expression of male aggression between wild bonobos and chimpanzees. Current Biology, 34, 8, 1780–1785.E4.
https://doi.org/10.1016/j.cub.2024.02.071

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