野生の雌のブチハイエナにおける社会的地位のエピジェネティックな痕跡
野生の雌のブチハイエナ(Crocuta crocuta)における社会的地位のエピジェネティックな痕跡に関する研究(Vullioud et al., 2024)が公表されました。哺乳類社会では、社会的地位が健康と繁殖実績と生存につながります。ハイエナは、地位の高い雌による地位の低い雌の支配によって強制される社会的階層を形成しており、これが何世代にもわたって続き、雌の成体は、その地位を娘に引き継ぎます。ブチハイエナの群では、雌の社会的地位は資源の利用や採食行動や健康や繁殖実績や生存に影響を及ぼします。
しかし、DNAメチル化(DNAの塩基にメチル基が付加されることで、DNAの塩基配列は変わらないものの、遺伝子発現のパターンが変化します)は、遺伝子発現と表現型の結果における社会的地位の影響を媒介すると考えられているものの、野生の社会性哺乳類のさまざまな年齢階級における社会的地位に特異的なDNAメチル化特性の研究はまだなく、ハイエナの社会的地位が雌の幼体と成体の両方に分子水準で反映されているかどうかは、分かっていませんでした。
この研究は、タンザニアのセレンゲティ国立公園に生息するブチハイエナ42匹の糞便試料から抽出したDNAを解析しました。地位の高い雌(9匹の成体と9匹の幼体)から18点の試料が採取され、地位の低い雌(9匹の成体と15匹の幼体)から24点の試料が採取されました。本論文は、糞便試料から非侵襲的に収集された腸の上皮標本を用いて、野生の雌のブチハイエナや幼体や成体のDNAメチル化特性における社会的地位の痕跡を検証しました。
その結果、高位と低位の雌のブチハイエナ(幼体と成体)42個体間で、149ヶ所の異なるメチル化領域が特定されました。このうちの44ヶ所のゲノム領域にはおもに、エネルギー変換、免疫系機能、細胞膜を介したイオンの輸送、腸-脳軸にとって重要なシグナル伝達経路であるグルタミン酸受容体シグナル伝達に関連する遺伝子が含まれていました。これらの遺伝子のメチル化に差が生じている原因について、地位の低い雌は地位の高い雌に比べて食料を充分に入手できないためかもしれない、と推測され、そのために地位の低い雌が長距離の採餌に参加する頻度が高くなり、それが免疫応答の障害の一因となったかもしれない、と指摘されています。
この研究は、DNAメチル化パターンに基づいて社会的地位を推定する予測ツールの訓練の結果、149ヶ所のゲノム領域の使用によりハイエナの社会的地位を80%の精度で予測できるかもしれない、と明らかにしました。この結果は、社会環境の不平等は野生の社会性哺乳類において仔と成体の分子水準で反映されている、という証拠を提供します。哺乳類の中でも霊長類、とくにヒトではどうなのかも注目され、進化的観点からも今後対象を拡大しての研究が期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
遺伝学:ブチハイエナの遺伝的特徴に社会的地位が反映されていた
野生の雌のブチハイエナ(Crocuta crocuta)の社会的地位は、ゲノム全体におけるDNAメチル化パターンに反映されていることが明らかになった。DNAメチル化とは、DNAの塩基にメチル基が付加されることで、DNAの塩基配列は変わらないが遺伝子発現パターンが変化する。この研究を報告する論文が、Communications Biologyに掲載される。
ハイエナは、地位の高い雌が地位の低い雌を支配することによって強制される社会的階層を形成しており、これが何世代にもわたって続き、雌の成体は、その地位を娘に引き継ぐ。今回の研究までは、ハイエナの社会的地位が雌の幼体と成体の両方に分子レベルで反映されているかどうかは分からなかった。
今回、Alexandra Weyrichらは、タンザニアのセレンゲティ国立公園に生息するブチハイエナ42匹の糞便試料から抽出したDNAを解析した。地位の高い雌(9匹の成体と9匹の幼体)から18点の試料が採取され、地位の低い雌(9匹の成体と15匹の幼体)から24点の試料が採取された。
解析の結果、Weyrichらは、地位の高いハイエナと地位の低いハイエナの間でメチル化レベルが異なる149カ所のゲノム領域を特定し、地位の低い成体と地位の高い幼体においてメチル化レベルが高い傾向を見いだした。このうちの44カ所のゲノム領域には、主にエネルギー変換、免疫系機能、細胞膜を介したイオンの輸送、腸-脳軸にとって重要なシグナル伝達経路であるグルタミン酸受容体シグナル伝達に関連する遺伝子が含まれていた。Weyrichらは、これらの遺伝子のメチル化に差が生じている原因について、地位の低い雌は地位の高い雌に比べて食料を十分に入手できないためではないかと推測し、そのために地位の低い雌が長距離の採餌旅行に参加する頻度が高くなり、それが免疫応答の障害の一因となった可能性があると述べている。Weyrichらは、DNAメチル化パターンに基づいて社会的地位を推定する予測ツールを訓練した結果、149カ所のゲノム領域を使ってハイエナの社会的地位を80%の精度で予測できる可能性のあることを明らかにした。
以上の知見をまとめると、野生のブチハイエナの雌の成体と幼体における特定のDNAメチル化パターンに社会的地位が反映されていることが示唆された。Weyrichらは、これらのDNAメチル化パターンの生理学的影響の可能性を調べるためには、今後さらなる研究が必要だと指摘している。
参考文献:
Vullioud C. et al.(2024): Epigenetic signatures of social status in wild female spotted hyenas (Crocuta crocuta). Communications Biology, 7, 313.
https://doi.org/10.1038/s42003-024-05926-y
しかし、DNAメチル化(DNAの塩基にメチル基が付加されることで、DNAの塩基配列は変わらないものの、遺伝子発現のパターンが変化します)は、遺伝子発現と表現型の結果における社会的地位の影響を媒介すると考えられているものの、野生の社会性哺乳類のさまざまな年齢階級における社会的地位に特異的なDNAメチル化特性の研究はまだなく、ハイエナの社会的地位が雌の幼体と成体の両方に分子水準で反映されているかどうかは、分かっていませんでした。
この研究は、タンザニアのセレンゲティ国立公園に生息するブチハイエナ42匹の糞便試料から抽出したDNAを解析しました。地位の高い雌(9匹の成体と9匹の幼体)から18点の試料が採取され、地位の低い雌(9匹の成体と15匹の幼体)から24点の試料が採取されました。本論文は、糞便試料から非侵襲的に収集された腸の上皮標本を用いて、野生の雌のブチハイエナや幼体や成体のDNAメチル化特性における社会的地位の痕跡を検証しました。
その結果、高位と低位の雌のブチハイエナ(幼体と成体)42個体間で、149ヶ所の異なるメチル化領域が特定されました。このうちの44ヶ所のゲノム領域にはおもに、エネルギー変換、免疫系機能、細胞膜を介したイオンの輸送、腸-脳軸にとって重要なシグナル伝達経路であるグルタミン酸受容体シグナル伝達に関連する遺伝子が含まれていました。これらの遺伝子のメチル化に差が生じている原因について、地位の低い雌は地位の高い雌に比べて食料を充分に入手できないためかもしれない、と推測され、そのために地位の低い雌が長距離の採餌に参加する頻度が高くなり、それが免疫応答の障害の一因となったかもしれない、と指摘されています。
この研究は、DNAメチル化パターンに基づいて社会的地位を推定する予測ツールの訓練の結果、149ヶ所のゲノム領域の使用によりハイエナの社会的地位を80%の精度で予測できるかもしれない、と明らかにしました。この結果は、社会環境の不平等は野生の社会性哺乳類において仔と成体の分子水準で反映されている、という証拠を提供します。哺乳類の中でも霊長類、とくにヒトではどうなのかも注目され、進化的観点からも今後対象を拡大しての研究が期待されます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。
遺伝学:ブチハイエナの遺伝的特徴に社会的地位が反映されていた
野生の雌のブチハイエナ(Crocuta crocuta)の社会的地位は、ゲノム全体におけるDNAメチル化パターンに反映されていることが明らかになった。DNAメチル化とは、DNAの塩基にメチル基が付加されることで、DNAの塩基配列は変わらないが遺伝子発現パターンが変化する。この研究を報告する論文が、Communications Biologyに掲載される。
ハイエナは、地位の高い雌が地位の低い雌を支配することによって強制される社会的階層を形成しており、これが何世代にもわたって続き、雌の成体は、その地位を娘に引き継ぐ。今回の研究までは、ハイエナの社会的地位が雌の幼体と成体の両方に分子レベルで反映されているかどうかは分からなかった。
今回、Alexandra Weyrichらは、タンザニアのセレンゲティ国立公園に生息するブチハイエナ42匹の糞便試料から抽出したDNAを解析した。地位の高い雌(9匹の成体と9匹の幼体)から18点の試料が採取され、地位の低い雌(9匹の成体と15匹の幼体)から24点の試料が採取された。
解析の結果、Weyrichらは、地位の高いハイエナと地位の低いハイエナの間でメチル化レベルが異なる149カ所のゲノム領域を特定し、地位の低い成体と地位の高い幼体においてメチル化レベルが高い傾向を見いだした。このうちの44カ所のゲノム領域には、主にエネルギー変換、免疫系機能、細胞膜を介したイオンの輸送、腸-脳軸にとって重要なシグナル伝達経路であるグルタミン酸受容体シグナル伝達に関連する遺伝子が含まれていた。Weyrichらは、これらの遺伝子のメチル化に差が生じている原因について、地位の低い雌は地位の高い雌に比べて食料を十分に入手できないためではないかと推測し、そのために地位の低い雌が長距離の採餌旅行に参加する頻度が高くなり、それが免疫応答の障害の一因となった可能性があると述べている。Weyrichらは、DNAメチル化パターンに基づいて社会的地位を推定する予測ツールを訓練した結果、149カ所のゲノム領域を使ってハイエナの社会的地位を80%の精度で予測できる可能性のあることを明らかにした。
以上の知見をまとめると、野生のブチハイエナの雌の成体と幼体における特定のDNAメチル化パターンに社会的地位が反映されていることが示唆された。Weyrichらは、これらのDNAメチル化パターンの生理学的影響の可能性を調べるためには、今後さらなる研究が必要だと指摘している。
参考文献:
Vullioud C. et al.(2024): Epigenetic signatures of social status in wild female spotted hyenas (Crocuta crocuta). Communications Biology, 7, 313.
https://doi.org/10.1038/s42003-024-05926-y
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