クロアチアのヴィンディヤ洞窟の新たな年代

 クロアチアのヴィンディヤ洞窟(Vindija Cave)の新たな年代測定結果を報告した研究(Karavanić et al., 2024)が公表されました。ヴィンディヤ洞窟は、ネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)の化石が発見され、高品質なゲノムデータが得られたこと(関連記事)でも有名な遺跡です。ヴィンディヤ洞窟では、初期現生人類(Homo sapiens)の所産と考えられる石器群も発見されており、本論文は、新たな年代測定結果から、ヨーロッパ南東部および中央部における後期ネアンデルタール人と初期現生人類(Homo sapiens)の共存の可能性を指摘します。ヴィンディヤ洞窟の正確な年代は、ヨーロッパ中央部と南東部における後期ネアンデルタール人と初期現生人類との関係を検証するうえで重要になるでしょう。


●要約

 「ヨーロッパ中央部と地中海の十字路における最後のネアンデルタール人(Last Neanderthals at the Crossroads of Central Europe and the Mediterranean、略してNECEM)」計画は、以前に発掘された資料の石器分析と年代測定および環境DNAの新たな標本抽出を組み合わせます。本論文で提示されるヴィンディヤ洞窟の新たな放射性炭素年代は、ヨーロッパ南東部および中央部における後期ネアンデルタール人と初期現生人類の居住の年代解明に役立ちます。


●研究史

 クロアチア北部のヴィンディヤ洞窟は、ヨーロッパにおける最も重要な旧石器時代およびネアンデルタール人化石の遺跡の一つです。ヴィンディヤ洞窟は、2020年に始まり、いくつかの遺跡での複数の一連の証拠を組み合わせるNECEM計画に含まれる、クロアチアの大陸部およびアドリア海地域の9ヶ所の旧石器時代遺跡(図1)の一つです。最近の発掘および調査には接地抵抗断層写真術(earth resistance tomography)や新たな年代測定(放射性炭素や光刺激ルミネッセンス発光)のための標本抽出や環境DNA抽出、堆積物の深さの測定が含まれ、以前に発掘された石器資料の再分析(技術や類型学や石材)により補完されます。本論文で提示される新たな分析は、ヴィンディヤ洞窟およびその近隣地位両方における中部旧石器時代/上部旧石器時代の人類の活動時間的制度を高め、ヨーロッパ中央部のクロアチア地域およびそれ以外の両地域における、ネアンデルタール人と初期現生人類の相互作用に関する理解に寄与します。以下は本論文の図1です。
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 この計画ではすでに、クロアチアのクリチェヴィツァ(Kličevica)のヴィニカ洞窟(Vinica Cave)やマロ・ポルジェ=クルバン(Malo polje-Krban)やラドヴィン(Radovin)のムステリアン(Mousterian、ムスティエ文化)石器資料分析と、キャンパノズ(Campanož)のムステリアン開地遺跡の予備的な石器分析が行なわれてきました。クリチェヴィツァのヴェリカ・ペチナ(Velika pećina)の洞窟入口近くの試掘坑の部分の発掘と、ラヴナ・ゴラ(Ravna gora)のヴィンディヤ洞窟(図2)およびカシュテラ(Kaštela)湾の水中調査も行なわれました。大陸部の2ヶ所の遺跡、つまりヴィンディヤ洞窟とラヴナ・ゴラ(Ravna gora)にあるヴェリカ・ペチナは、ヨーロッパにおけるネアンデルタール人の消滅および中部旧石器時代と上部旧石器時代の移行の理解に重要で、ダルマチア(Dalmatia)の2ヶ所のムステリアン遺跡、つまりクリチェヴィツァのムジナ・ペチナ(Mujina pećina)およびヴェリカ・ペチナのように、再年代測定されました。以下は本論文の図2です。
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 本論文では、二つの異なる技術、つまり加速器質量分析法(accelerator mass spectrometry、略してAMS)による放射性炭素年代測定と、コラーゲン限外濾過(collagen ultrafiltration、略してUF)でのAMS(AMSUF)を組み合わせた、ヴィンディヤ洞窟の動物相標本4点から得られた8点の新たな放射性炭素年代が提示されます。標本のうち2点は、ネアンデルタール人遺骸も含むムステリアン層のG3に由来しますが、他の2点は、解剖学的現代人(現生人類)の所産とされるオーリナシアン(Aurignacian、オーリニャック文化)のF/d層に由来します。

 これらの層から得られた年代は、ヨーロッパ南東部および中央部の先史時代の重要な期間の一般的な年代を強化します。これらの年代は、中部旧石器時代と上部旧石器時代の境界面、具体的には、ネアンデルタール人遺骸の直接的な年代における大きな不一致(関連記事)について、いくつかの解明を提供します。


●資料と手法

 4点の動物相の骨は元々、1974~1986年にミルコ・メイルズ(Mirko Malez)による監督での発掘中に回収され、ザグレブのクロアチア科学芸術協会で選別され、放射性炭素年代測定のために選択されました。G3層の2点の骨の断片は有蹄類に属し、改変の痕跡を示しています。オーリナシアンのF/d層層の2点の骨の断片は、イヌ科と有蹄類に属します。放射性炭素年代のためそれぞれの骨から2点の標本が採取され、二つの技術、つまり標準的なAMSとUF前処理を伴うAMS が、年代生成のため並行して用いられました。

 標準的なAMS年代測定は、ルジェル・ボスコヴィッチ研究所(Ruđer Bošković Institute、略してRBI)で行なわれました。黒鉛標的が、骨標本に由来するコラーゲンから生成されました。これらの炭素14(¹⁴C)放射能測定値は、アメリカ合衆国のジョージア大学の応用同位体研究所のAMS施設で生成されました。コラーゲンの燃焼から得られた二酸化炭素は、同位体比質量分析法によるδ¹³C測定のため同じ研究所に送られました。オックスフォード大学放射性炭素加速器単位は、標準的な手順に従ってAMSUFを提供しました。較正は、IntCal20較正曲線で、OxCal第4.4.4版を用いての放射性炭素年代で行なわれました。


●結果

 両研究所のδ¹³Cの結果の範囲は-18.1 ‰と-21.9 ‰の間に収まり、これは骨のコラーゲンの典型的な値です(表1)。以下は本論文の表1です。
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 図3は、各骨の較正されたAMSおよびAMSUF年代を示します。AMSUFは一貫してより古い年代を返し、標準的なAMS年代との重複はありません。Z-7495は例外的に新しい年代を示しました。以下は本論文の図3です。
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●まとめ

 NECEM計画は、クロアチアにおける中部旧石器時代と上部旧石器時代の境界面の時間的側面の理解の強化を目的としています。この計画では、ヴィンディヤ洞窟の中部旧石器時代後期および上部旧石器時代初期の動物相の発見物は、標準的なAMS放射性炭素およびUF前処理技術により年代測定されました。UF前処理を用いて得られた全ての年代は、同じ標本から得られた標準的なAMS年代より数千年古くなります。とくにG3層の結果は、放射性炭素手法の上限に近くなっています。したがって、より古い結果(UF前処理)が妥当と考えられ、標準的なAMSの結果は下限年代を表しているだけかもしれません。

 得られた結果(UF前処理)に基づくと、中部旧石器時代のG3層の年代が較正年代で52000年前頃と44000年前頃の間に収まる一方で、上部旧石器時代初期のF/d層の年代は5万年前頃と43000年前頃の間に位置します(68.3%の確率)。G3層の結果は、アミノ酸ヒドロキシプロリン抽出に基づく、G1層のネアンデルタール人の直接的な放射性炭素年代(関連記事)とも重複します。G3層とG1層とF/d層の間のこの明らかな年代重複から、ヴィンディヤ洞窟のネアンデルタール人はヨーロッパ南東部および中央部の最初期現生人類と同時代だった、と強く示唆されます。これは、アドリア海東部でのさらに後の年代の可能性さえ示されている、ネアンデルタール人の存在の証拠と一致します。

 したがって、ヴィンディヤ洞窟で発見された動物相の骨から得られた新たな年代は、ヴィンディヤ洞窟遺跡における中部旧石器時代と上部旧石器時代の境界面に関する理解を更新し、ヨーロッパ南東部および中央部における後期ネアンデルタール人と初期現生人類の居住年代の解明に役立ちます。


参考文献:
Karavanić I et al.(2024): Chronology of hominin activity at Vindija Cave, Croatia: new dates recorded via standard and ultrafiltration AMS. Antiquity, 98, 398, e7.
https://doi.org/10.15184/aqy.2024.12

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