頂点捕食者の減少による中間捕食者への遺伝的影響

 頂点捕食者の減少による中位捕食への遺伝的影響に関する研究(Beer et al., 2024)が公表されました。頂点捕食者の減少は世界的に広がっており、食物網の動態における変化を通じて、競争の鈍化による生態系内の下位の中域的な捕食者(中間捕食者)の活動性の強化を可能にするなど、生態系群に劇的な影響を及ぼすことがよくありますが、その進化的結果はほとんど知られていません。タスマニアの頂点陸生捕食者であるタスマニアデビルは、致死性の伝染性顔面腫瘍性疾患(DFTD)のため減少しつつあります。

 タスマニアのオオフクロネコは中間捕食者の解放により利益を得ており、タスマニアデビルの減少および疾患期間の延長に伴って、その行動と資源利用を変えます。本論文は、個体群ゲノム構造の環境要因と選択の兆候の景観群ゲノミクスの枠組みを用いて、15世代にわたる345個体のオオフクロネコからゲノムマーカーのデータを収集し、DFTD有病率と地理的位置の違いに関連する遺伝的多様性と自然選択の証拠を調べ、これらの生物的要因がオオフクロネコのゲノム構造を説明する上位変数で一貫している、と示します。

 景観抵抗性はタスマニアデビルの密度と負に相関しており、カメラトラップ研究により検出されたオオフクロネコの密度の変化がないにも関わらず、タスマニアデビルの減少はオオフクロネコの遺伝的細分化を経時的に増加させるだろう、と示唆されます。タスマニアデビルの密度はオオフクロネコのゲノムにおける選択の兆候にも寄与しており、それには筋肉の発達や移動と関連する遺伝子が含まれます。本論文の結果は、栄養頂点捕食者と注意捕食者の栄養カスケードの状況における、種間競合の進化的影響に関する最初の証拠のいくつかを提供します。頂点捕食者は世界的に減少しつつあるので、本論文の枠組みは、生態学的相互作用の変化の進化的影響に関する将来の研究のモデルとして役立つことができます。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


遺伝学:タスマニアデビルの個体数激減は共存する捕食者の遺伝学的状況に影響を与える

 タスマニアデビル(頂点捕食者種の1つ)は伝染性のがんによって個体群が縮小しているが、そのことが下位の捕食者種であるオオフクロネコの進化遺伝学的状況に影響を与えていると考えられることを明らかにした論文が、Nature Ecology & Evolutionに掲載される。

 頂点捕食者の減少は世界的に発生しており、その生態学的影響は連鎖的に広がっている。その1つが競争の鈍化であり、それは生態系内の下位の中域的な捕食者(中間捕食者として知られる)の活動性の強化を可能にする。タスマニアデビルの個体群は、伝染性のデビル顔面腫瘍性疾患(DFTD:感染性がんの希少な一例)によって縮小している。このことはオオフクロネコ(中間捕食者)の資源利用と活動パターンを変化させたが、オオフクロネコの進化的過程にも影響が及んだかどうかは知られていない。

 Andrew Storferらは、15世代にわたる345個体のオオフクロネコからゲノムマーカーのデータを収集し、DFTD有病率と地理的位置の違いに関連する遺伝的多様性と自然選択の証拠を探索した。その結果、DFTD有病率が同等の地域のオオフクロネコは、DFTD有病率とタスマニアデビル個体群密度が異なる地域に生息するものよりも遺伝的類似性が高いことが明らかになった。このことは、異なる環境に由来する個体に不利な選択的分散や選択を示していると考えられる。

 Storferらはまた、オオフクロネコ全般の遺伝子流動の抑制と個体群構造の強化を裏付ける証拠を見いだした。これらは、競争の鈍化によって生じている可能性が高い。さらに、DFTD有病率とタスマニアデビル個体群密度の違いに関連し、筋発生、移動運動、採餌行動に関する遺伝子に作用する選択の証拠も示された。Storferらは、こうした形質が、オオフクロネコとタスマニアデビルの競争に関与し、それゆえタスマニアデビルの個体数が減少するとその選択が変化する可能性があると示唆している。

 Storferらは、今回の「群集景観ゲノミクス」的手法を用いることにより、一般に捕食者の世界的減少による進化的影響の理解深化が可能になるかもしれないと考えている。



参考文献:
Beer MA. et al.(2024): Disease-driven top predator decline affects mesopredator population genomic structure. Nature Ecology & Evolution, 8, 2, 293–303.
https://doi.org/10.1038/s41559-023-02265-9

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