『ヒューマニエンス』「“グレートジャーニー” ヒトらしさの進化の足跡」

 表題のNHK衛星放送の番組を視聴しました。現生人類(Homo sapiens)の世界規模の拡散が取り上げられていました。ヨーロッパへの現生人類の拡散は47000年前頃以降とされていましたが、すでに5万年以上前に現生人類がヨーロッパに拡散していた可能性は高そうです(関連記事)。ただ、ヨーロッパにおいて現生人類が5万年以上前からずっと存続してきたとは確定しておらず、あるいは複数回ヨーロッパからの撤退や絶滅があったかもしれないので、連続的という意味ではヨーロッパへの現生人類の拡散は47000年前頃以降と言えるかもしれません。とはいえ、こうした初期現生人類が、その後のヨーロッパの現生人類集団に残した遺伝的影響は小さかったか、絶滅した可能性もあるとは思います(関連記事)。

 現生人類拡散の一因として好奇心(新奇性追求)が挙げられており、その遺伝的基盤も推測されていました。メダカの実験から、現代人と共通する新奇性追求関連遺伝子が推測されていましたが、これは現生人類以外の人類にも共通しているはずですから、今回の主題である、なぜ現生人類が他の人類よりずっと広範に拡大したのか、直接的に答えているわけではありません。新奇性追求関連遺伝子は複数候補として挙げられており、そうした遺伝子とその多様体を確認していき、現生人類とネアンデルタール人(Homo neanderthalensis)や種区分未定のホモ属であるデニソワ人(Denisovan)の違いが見つかれば、あるいは新奇性追求に関して現生人類と他の人類との間に違いがあり、それが分布範囲の違いにつながった、と言えるかもしれません。

 ただ、人類の分布範囲については、好奇心だけではなく、生理機能や技術およびその基盤となる認知能力など、さまざまな要因が影響しているでしょうが、関野吉晴氏が、追い出された側面もあるのではないか、と指摘したことは重要で、海部陽介氏もさまざまな要因があることを強調していました。海部氏は現生人類の世界規模の拡散を可能とした一因として技術も挙げ、具体的には縫い針です。これにより、防寒性の高い服を作ることができ、寒冷地にも適応で来た、というわけです。海部氏は、技術により、現生人類が身体を変えない、つまり生物学的進化なしに新たな環境に適応していった、と強調します。確かに、縫い針は人類史において重要な技術の一つと言えるでしょう。

 海部氏は、「人種」概念の危うさを指摘し、確かに緯度との相関性の比較的高い皮膚の色の濃さ(高緯度ほど皮膚の色は薄い傾向にあります)もあり、現代人でも外見の違いは大きいようにも思えるものの、現代人には共通する基盤が大きい、と強調します。現生人類拡散の要因として、将来の予見性というか計画性が挙げられており、その具体例が落とし穴です。確かに、現生人類以外の人類が落とし穴を掘った証拠はまだ見つかっておらず、そこに現生人類と他の人類の違いがあるのかもしれません。ただ、今回強調されていたように、旧石器時代の道具で穴を掘ることにはかなりの労力を要したでしょうから、あるいは現生人類と他の人類との集団規模や人口規模の違いを反映しているのかな、とも思いました。

 佐野勝宏氏も、ネアンデルタール人より現生人類の方が集団規模は大きく、現生人類の方が技術伝統は失われにくかったのではないか、と指摘していました。ただ佐野氏は、現生人類の計画性の深さを強調しており、そこに現生人類とネアンデルタール人の違いがあった可能性を示唆しています。それが集団規模の違いにつながっていたのではないか、というわけです。私は、ネアンデルタール人の方が必要カロリーは多かったことも、両者の集団規模の違いに影響しているのではないか、と考えています。現生人類の拡散について、専門性がないどころか、さして関心がなさそうだった朝日新聞の元記者も出演したことは疑問ですが、全体的にはなかなか興味深く視聴できました。

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