種間交雑によりもたらされたスペインオオヤマネコの遺伝的多様性増加

 絶滅危惧種とされるスペインオオヤマネコ(Lynx pardinus)の遺伝的多様性は近縁種のユーラシアオオヤマネコ(Lynx lynx)との交雑により増加したことを示した研究(Lucena-Perez et al., 2024)が公表されました。この研究はオンライン版での先行公開となります。スペインオオヤマネコ(イベリアオオヤマネコ)は、20世紀の厳しいボトルネック(瓶首効果)によってスペイン南部で2つの小さな隔離個体群となり、その遺伝的多様性は全ての哺乳類の中で最低水準でしたが、近縁種のユーラシアオオヤマネコとの連続的もしくは反復的な遺伝的混合により、古代のスペインオオヤマネコよりも遺伝的多様性が上回ることになったかもしれない、と指摘されています。


●要約

 遺伝的多様性は小さく孤立した集団では失われ、多くの世界的に減少している種に影響を及ぼします。種間混合事象は受容側の種の遺伝子プールにおける遺伝的差異を増加させる可能性がありますが、混合に夜遺伝的多様性の種規模の回復という実証的事例は欠けています。本論文は、4000~2000年前頃となる古代のスペインオオヤマネコ3個体から得られた複数倍の網羅率のゲノムデータを提示し、最近の個体数減少にも関わらず、数千年前に起きた、現代のスペインオオヤマネコの遺伝的多様性を増加させた、ユーラシアオオヤマネコとの種間混合の連続的もしくは反復的な過程を示します。本論文の結果は、密接に関連した複数種における自然の混合と遺伝子移入の蓄積された証拠を追加し、これが遺伝的侵食の激しい種において種規模の遺伝的多様性をもたらしたかもしれない、と示します。現在の遺伝的回復手段における種間混合の発生源の厳密な回避が、とくに同種の供給源集団が存在しない場合には、慎重に再考されねばなりません。


●研究史

 遺伝滝多様性は生物多様性の本質的で重要な構成要素で、それは、遺伝滝多様性が適応的な可能性を他の遺伝的および非遺伝的要因とともに決定し、したがって環境変化したでの種の絶滅確率に影響を及ぼすからです。しかし、集団がヒトの活動の結果として小さく孤立するにつれて、遺伝的多様性は急速に失われつつあり、これは遺伝的負荷の増加や適応度の低下や絶滅確率の増加を伴うことが多い過程です。したがって、過去と現在の直接的な比較を可能とする古代と歴史時代のDNAの分析が通常、減少する種および集団において経時的に遺伝的多様性の純損失を見つけることは、驚くべきではありません。

 失われた遺伝的多様性は最終的に変異により回復するかもしれませんが、これは集団規模にも依存する遅い過程です。しかし、新規変異(de novo変異、親の生殖細胞もしくは受精卵や早期の胚で起きた変異)は、新たな遺伝的多様体を集団の遺伝子プールにもたらすことができる、唯一の機序ではありません。他の同種集団からの遺伝子流動は、失われた差異を再導入し、多様性損失を遅らせるか逆転させることさえでき、遺伝子流動の強化は、多様性および最終的には適応度と適応可能性を回復させるための効果的な管理戦略を証明してきました。

 種間遺伝子流動については、その状況はさほど単純ではなく、それは、種が一般的に閉鎖系とみなされており、それ故に交雑による回復の可能性は否定されることが多いからです。しかし今では、種間混合の発生は以前に考えられていたよりもずっと一般的である、と広く認識されています。とくに哺乳類については、最近の一連のゲノム研究が、現生種と絶滅種の両方を含めて、いくつかの主要なクレード(単系統群)内での広範な混合を明らかにしてきました(関連記事)。これらの種間混合事象は、需要側の種の遺伝的差異を増加させ、それが持続し、種集団全体に広がるようになるかもしれません。したがって、少なくとも理論的には、種間の混合について、最近の集団規模減少による遺伝的喪失を逆転させるかもしれませんが、回復手段としての種間混合の使用は一般的に、異系交配弱勢および種の「独自性」喪失の危険性のため、反対されます。

 スペインオオヤマネコはオオヤマネコ属の4種のうちの1種で、オオヤマネコ属にはその他に、ボブキャット(Lynx rufus)とカナダオオヤマネコ(Lynx canadensis)とユーラシアオオヤマネコも含まれます。ユーラシアオオヤマネコとスペインオオヤマネコはかつて、亜種水準でのみ区別されていましたが、更新世の大半におけるヨーロッパ南部での両者の胸像と中間的な形態の欠如は、異なる種としての認識を裏づけます。常染色体区画全体での最も一般的な系統発生、したがって総意のある常染色体系統発生は、スペインオオヤマネコとユーラシアオオヤマネコを100万年前頃に分岐した姉妹種として位置づけますが、常染色体、とくにX染色体における低い確率の組換え領域は代替的な系統樹を裏づけ、その系統樹では、ユーラシアオオヤマネコとカナダオオヤマネコが姉妹種で、スペインオオヤマネコはそれ以前(150万年前頃)に分岐しました。これらの対照的なパターンは、ゲノムの高確率の組換え領域における分岐の歴史を歪める、ユーラシアオオヤマネコとスペインオオヤマネコとの間の広範な遺伝子移入を示唆します。

 スペインオオヤマネコは20世紀に深刻な集団ボトルネックを経ており、それにより20世紀末までに小さく孤立した2集団が形成されました。ゲノム規模研究では、スペインオオヤマネコの遺伝的多様性は哺乳類の記録では最低であり、歴史時代と古代の標本のミトコンドリアゲノムデータと現代の標本との比較は最近のボトルネックと関連する遺伝的多様性の減少を明らかにした、と示されてきました。しかし、この最近の減少をスペインオオヤマネコの進化のより広範な文脈内に位置づける古代の核の遺伝的データは、現時点で欠けています。本論文では、4000~2000年前頃となる古代のスペインオオヤマネコの古ゲノムデータが生成されます。古代のオオヤマネコは現代の同種よりもさらに低い遺伝的多様性を示し、それは密接に関連するユーラシアオオヤマネコとの混合の最近の波動により説明できます。


●古代のスペインオオヤマネコのゲノム配列決定

 ミトコンドリアDNA(mtDNA)について以前に調べられたスペインオオヤマネコ3個体の古ゲノムデータが生成されました。その内訳は、スペインのアンドゥハル(Andújar)のアルカサル(Alcázar)で発見された個体(4270±30年前)、スペインのカタルーニャ州のアルカナー(Alcanar)のラ・モレタ・デル・レメイ(La Moleta del Remei)で発見された個体(2520±30年前)、ポルトガルのアルガルヴェ(Algarve)のモンテ・モリオン(Monte Molião)で発見された個体(考古学的状況による年代測定で2070年前頃)です(図1a)。標本の骨の粉末は、汚染軽減のため次亜塩素酸ナトリウムで前処理されました。

 次に、約400万~900万の配列が、イルミナ(Illumina)社配列決定を用いて各標本から生成され、スペインオオヤマネコおよびイエネコの参照ゲノムアセンブリにマッピング(多少の違いを許容しつつ、ヒトゲノム配列内の類似性が高い処理を同定する情報処理)されました。これにより提供されるゲノム網羅率の深度は、スペインオオヤマネコのゲノムにマッピングされた場合は、アルガルヴェ個体が2.3倍、カタルーニャ個体が4.3倍、アンドゥハル個体が2.5倍で、イエネコのゲノムにマッピングされた場合、アルガルヴェ個体が1.8倍、カタルーニャ個体が3.5倍、アンドゥハル個体が2.0倍です。全票本は、断片末端におけるシトシン(C)からチミン(T)への置換という典型的な古代DNA損傷パターンを示します。古代のオオヤマネコのうち2個体(カタルーニャとアンドゥハル)は雄で、1個体(アルガルヴェ)は雌です。以下は本論文の図1です。
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 現代のユーラシアオオヤマネコとイベリア半島北部に位置するスペインのビスカヤ(Vizcaya)県のシマ・デ・パゴルシエタ(Sima de Pagolusieta)で発見された古代(2570±30年前)のユーラシアオオヤマネコから得られたが、比較目的で本論文に含められました。本論文のデータセットは、残存する2集団、つまりアンドゥハル集団(18個体)とドニャーナ(Doñana)集団(12個体)から得られた現代のスペインオオヤマネコ30個体と、東西の勾配に沿って分布する6集団、つまり、バルカン半島とカルパチア山脈とキーロフ(Kirov)とコーカサスとヤクーティア(サハ共和国)と沿海地方から2個体ずつ得られた現代のユーラシアオオヤマネコ12個体で構成されます。網羅率を含めて標本と配列決定の詳細は、補足表の2と3でそれぞれ提示されます。


●スペインオオヤマネコの集団構造

 先行研究では、生き残ったスペインオオヤマネコの2集団は高度な遺伝的分化を示す、と示されてきました。以前の分布全域の歴史時代のマイクロサテライト(数塩基の単位配列の繰り返しから構成される反復配列)データは、歴史時代における遺伝的構造のより低い全体的な程度を示しており、現代のアンドゥハル集団はより孤立している現代のドニャーナ集団よりも他の歴史時代の集団から分化しておらず、アンドゥハル集団がごく最近までより大きな集団規模とより高いつながりを維持してきたことと一致します。本論文の新たなゲノムに基づく結果は、アンドゥハルおよびドニャーナ集団とともに分析すると、主成分分析(principal component analysis、略してPCA)と個体に基づくクラスタ化(まとまり)分析の両方で、古代のスペインオオヤマネコの相対的な均一性を示します(図1b・c)。

 古代のスペインオオヤマネコも、前提となる下位2集団が指定される場合、つまりK(系統構成要素数)=2 では、PCAと個体に基づくクラスタ化(まとまり)分析の両方で、アンドゥハル集団のより近くに位置します(図1b・c)。K=3を指定すると、古代の集団は分離したクラスタとして現れ、検討された実行に応じてアンドゥハル集団と共有される祖先系統の程度が異なります(図1c)。しかし、PCAの主成分3(PC3)は古代のカタルーニャの1個体を他のスペインオオヤマネコと分離する(図1b)、と観察され、いくらかの地理的もしくは時間的構造の発生が示唆されます。この古代の構造は、どの場合でも、生き残っている2集団間で観察された構造より浅く、アンドゥハル集団内の潜在的な下位構造より浅くなっています。それは、PC2とPC3における現在のアンドゥハル標本の分散や、個々のクラスタ化分析でのその後の区分により示され、このクラスタ化分析では、アンドゥハル集団はK=4で、ドニャーナ集団はK=5で区分されますが、古代の集団は単一クラスタとして維持されます。


●スペインオオヤマネコの遺伝的多様性

 個体変数(つまり、観察された常染色体の異型接合性)と集団変数(つまり、ヌクレオチド多様性とπとワッターソン推定量であるθw)を用いて、現代と古代のスペインオオヤマネコの遺伝的多様性が比較されました。予想外に、古代のオオヤマネコの遺伝的多様性は、観察された個体の異型接合性(図1d)および、πとθw両方での集団多様性基準で繁栄されているように、現在のオオヤマネコより低くなっています。たとえば、古代集団におけるθw多様性(θw=9.50×10⁻⁶)はドニャーナおよびアンドゥハル集団のそれぞれ62%と38%を表しています。

 観察されたパターンは、配列決定の誤りと死後の損傷は遺伝的多様性を誤って増加させ、参照ゲノムの変化に対して堅牢で、置換の演算法と包摂/排除をマッピングする、という古代の劣化した資料の使用と関連する乱れからの予測と反対です。古代の標本におけるより低い多様性も、配列決定網羅率の深度の違いに引き起こされたわけではないようで、それは、現代の標本が、個体と集団の多様性基準の両方で、古代の標本により示されたものと同様の網羅率の深度(約2.5倍)へと二次標本抽出されたからです。

 それにも関わらず、線形回帰を用いて、観察された異型接合性と網羅率の深度との間の潜在的関係が調べられました(図1d)。観察された異型接合性と網羅率の深度との間の正の相関が観察されますが、二次標本抽出された現代のゲノムの異型接合性は一貫して古代の標本よりも高く(図1d)、その範囲は、カタルーニャの古代標本(古代標本では最高の深度となる4.3倍)が同等の深度の2.58倍に二次標本抽出された後では重ならず、3.15×10⁻⁶の異型接合性が観察されました。これは、観察された異型接合性における違いの唯一の要因としての配列決定深度を却下します。

 古代と現代のスペインオオヤマネコ間の集団ゲノム多様性の違いは、プロモーターや非翻訳領域(untranslated region、略してUTR)やコーディング配列(coding sequences、略してCDS)やイントロンや小さなRNAなど、さまざまなゲノム分類全体で一致します(図2a)。古代と現代のスペインオオヤマネコ間で最大の多様性を示すゲノム領域は、コーディング領域では濃縮の証拠を示さず(図2b)、多様性の違いは現在のオオヤマネコにおける浄化選択の弛緩と関連していない、と示唆されます。以下は本論文の図2です。
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●ユーラシアオオヤマネコとの混合

 古代のスペインオオヤマネコの現代の近縁種で観察される遺伝的多様性の増加は、過去数世紀における歴史的範囲の大半での大きな個体数減少および絶滅という個体群統計学史と一致しません。これは、孤立して多様性の低い古代の3集団の意図せぬ標本抽出によっても容易に説明できず、それは、集団分析が低水準の古代の遺伝的構造、およびアンドゥハル集団との古代のスペインオオヤマネコ3個体の密接な類似性を示唆しているからです。したがって、多様性増加につながる新たな遺伝的差異の潜在的供給源として、古代と現代のスペインオオヤマネコ間の、古代と現代との間の中間期における種間混合の仮説が検証されました。

 D統計検定では、全ての現代のスペインオオヤマネコは、全ての古代のスペインオオヤマネコと比較して、その姉妹種であるユーラシアオオヤマネコと派生的アレル(対立遺伝子)の有意な過剰を共有している、と示され、過去2000年間におけるユーラシアオオヤマネコとスペインオオヤマネコとの間の遺伝子流動と一致します(図3a)。古代のスペインオオヤマネコにおけるユーラシアオオヤマネコとのさまざまな水準の混合も勾配で見つかり、より新しい個体群がユーラシアオオヤマネコとより多くの派生的アレルを示します(図3b~d)。

 正確には、カタルーニャ(2500年前頃)とアルガルヴェ(2000年前頃)のより新しい古代の2個体はユーラシアオオヤマネコと類似の派生的アレルを共有していますが、アンドゥハルの最古の個体(4200年前頃)は、他の古代の2個体よりもユーラシアオオヤマネコとの派生的アレルの共有が少なくなっています。現代の個体群における混合したアレルの割合が生き残っているスペインオオヤマネコの2集団において類似しているので、ユーラシアオオヤマネコからの遺伝子流動は現代のスペインオオヤマネコ全体に浸透しています。以下は本論文の図3です。
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 現代の集団については、ユーラシア西部個体群がアジアのユーラシアオオヤマネコと比較して現在のスペインオオヤマネコと派生的アレルの過剰を共有しているのに対して、さまざまなユーラシア西部もしくは東部集団における種間混合水準は比較的均一です。混合の時間的および地理的供給源をさらに調べるため、イベリア半島に2000年前頃に生息していた古代のユーラシアオオヤマネコが用いられました。現在のスペインオオヤマネコは、イベリア半島に生息していた古代のユーラシアオオヤマネコとよりも、ユーラシア東西の現在のユーラシアオオヤマネコ集団の方と多くのアレルを共有しています。また、古代のスペインオオヤマネコは、現在のユーラシアオオヤマネコとの混合の証拠を示しますが、イベリア半島の古代のユーラシアオオヤマネコとの混合の証拠をさほど示さず、古代のユーラシアオオヤマネコとよりも、現在のユーラシア西部のユーラシアオオヤマネコ個体群の方と多くのアレルを共有しており、古代のユーラシアオオヤマネコと共有されている量は、現在のユーラシア東部のユーラシアオオヤマネコ集団と共有されている量と類似しています。


●ユーラシアオオヤマネコからスペインオオヤマネコへの遺伝子流動の方向性

 D統計では、遺伝子流動の方向性を特定できません。これを調べるため、非重複ゲノムの塊に沿って混合と一致する系統発生の存在を調べる、低網羅率の古ゲノムのため開発された手法が用いられました。この検定は、混合の量が大きく異なる各混合種の2個体を含んでいます。混合のより少ない個体が相手側の種のクレード(単系統群)とまとまる頻度と比較して、より混合した個体が相手側の種のクレード(単系統群)とまとまるゲノムの塊の頻度比較により、ある種が遺伝子流動の提供側もしくは受け取り側である、という仮説が検証されます。より混合した個体が相手側の種のクレード(単系統群)とまとまるゲノムの塊の頻度の増加は、その種が遺伝子流動の受け取り側である証拠を提供します。

 最高の網羅率の古代のスペインオオヤマネコ(イエネコの参照ゲノムにマッピングすると網羅率が3.5倍となる、カタルーニャで発見された2520±30年前の個体)がこれらの検定に選択され、全ての現代のスペインオオヤマネコの個体を用いて検定が繰り返されました。ユーラシアオオヤマネコについては、ユーラシアオオヤマネコの主要な2クレードを表す、バルカン半島の1個体とヤクーティアの1個体が使用されました。とくに、より混合した現代のスペインオオヤマネコがユーラシアオオヤマネコと、その逆パターンと比較してまとまるゲノムの塊数の増加が調べられ、混合のより少ない古代のスペインオオヤマネコはユーラシアオオヤマネコ(および基底部の位置で、より混合した現代のスペインオオヤマネコ)とまとまりました。

 全ての現代のスペインオオヤマネコについては、より混合した現代のスペインオオヤマネコがユーラシアオオヤマネコとまとまるゲノムの塊は、その逆パターンの1.4~2.6倍多い、と分かりました。双方向の遺伝子流動は除外されませんが、これらの結果から、両種(スペインオオヤマネコとユーラシアオオヤマネコ)間の特定された(複数の)混合事象は、ユーラシアオオヤマネコからスペインオオヤマネコへとアレルを伝えた、と示唆され、遺伝的多様性の観察された増加と一致します。


●現代のスペインオオヤマネコにおける混合割合の定量化

 ユーラシアオオヤマネコからスペインオオヤマネコへの遺伝子流動の方向性の発生が実証されたので、f統計を用いて、古代のスペインオオヤマネコと比較しての現代のスペインオオヤマネコの混合割合が推定されました。f統計は提供側と受け取り側との間の一方向の混合を想定しており、遺伝子流動が双方向だった場合には混合割合を過小評価する傾向があるので、控えめな基準です。推定された混合割合は、比較に用いられたユーラシア西部のユーラシアオオヤマネコ個体に関係なく、スペインオオヤマネコの間で顕著に一致します(図4)。一貫した差異は異なる古代のスペインオオヤマネコを用いた場合にも観察され、現代のスペインオオヤマネコにおける推定された過剰な混合割合は、カタルーニャの1個体(2500年前頃)およびアンドゥハルの1個体(4200年前頃)の古代の個体と比較した場合の約2%、およびアルガルヴェのより新しい個体(2000年前頃)と比較した場合の1.2%と示されます。以下は本論文の図4です。
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●考察

 古代の集団と比較して現在の集団における遺伝的多様性減少の一般的傾向は、古代もしくは歴史時代の多様性が直接的に現在の多様性と比較されている、氷期後もしくは歴史時代の個体数減少を経た種ではよく説明されています。スペインオオヤマネコは、20世紀において急激な衰退と断片化と局所的絶滅に続いてミトコンドリアと核両方の遺伝的多様性のかなりの量を失った種の好例の一つです。種の歴史の大半を通じての、最近の遺伝的侵食、他の連続的ボトルネック、少ない有効個体群の証拠規模が、スペインオオヤマネコの極端に低いゲノム規模および種規模の遺伝的多様性の説明に用いられてきました。本論文は、現在のスペインオオヤマネコ個体群よりも古代(4000~2000年前頃)のスペインオオヤマネコの方で2~3倍低いゲノム多様性の予期せぬ観察を報告し、この観察されたゲノム多様性増加の最も可能性の高い原因として、スペインオオヤマネコの姉妹種であるユーラシアオオヤマネコとの混合を仮定します。小さく孤立した集団における内部の特定の遺伝子流動に続く類似の過程が報告されてきましたが、本論文は、密接に関連する種からの遺伝子流動事象に続く、種全体にわたる遺伝的多様性の増加を論証します。

 ユーラシアオオヤマネコとスペインオオヤマネコとの間の分岐以降の広範な混合のゲノム証拠は豊富で、系統ゲノムとD統計とモデルに基づく手法に由来します。両種(ユーラシアオオヤマネコとスペインオオヤマネコ)は今では重複しない離れた分布を示しますが、これは過去には当てはまりませんでした。スペインオオヤマネコはその範囲を後期更新世と初期完新世にフランス南部およびイタリア北部とおそらくはイタリア南部にまで拡大し、そこでは恐らく、ユーラシアオオヤマネコと共存しており、ユーラシアオオヤマネコは20世紀初頭までイベリア半島の北部に生息していました。遭遇、したがって交雑の機会はイベリア半島において実際に歴史時代にありましたが、その直接的な遺伝的証拠は今まで欠けていました。

 本論文の結果は、この欠けている証拠、および以前の混合事象の時空間的パターンへの示唆を提供します。第一に、古代のカタルーニャ(2500年前頃)およびアルガルヴェ(2000年前頃)のスペインオオヤマネコはすでにユーラシアオオヤマネコと混合していたものの、その程度は現在のスペインオオヤマネコよりも少なく、本論文において最古となる古代のスペインオオヤマネコ(アンドゥハルで発見された4200年前頃の個体)は、より新しい古代のスペインオオヤマネコ(2500年前頃のカタルーニャ個体と2000年前頃のアルガルヴェ個体)よりも遺伝子流動が少ないことから、混合は散発的な事象ではなく連続的もしくは反復的と示唆されます。

 第二に、地理と一致して、ユーラシア西部のユーラシアオオヤマネコはユーラシア東部のユーラシアオオヤマネコよりもスペインオオヤマネコに多くのアレルを寄与しましたが、遺伝子移入の一部の兆候はユーラシア東部のユーラシアオオヤマネコからも存在します。これは、ユーラシア東西のユーラシアオオヤマネコ系統が10万年前頃に分岐し始め、遺伝子流動が22000~15000年前頃まで維持されたことを考えると、驚くべきではないかもしれません。したがって、ユーラシア東部のユーラシアオオヤマネコからの遺伝子移入の兆候は、この分岐前に起きた混合事象と、その祖先集団から東西の集団全体に共有されていた派生的アレルの高い割合に寄与したかもしれません。

 第三に、ユーラシア西部のユーラシアオオヤマネコもしくはスペインオオヤマネコの現在の集団全体にわたる遺伝子移入の水準に大きな違いは見つからず、遺伝子移入は現在の集団の分化に先行し、その分化はスペインオオヤマネコでは200年前頃に起きたと推定され、ヨーロッパ西部のユーラシアオオヤマネコ集団については、完新世には、浮動に起因して歴史時代に劇的な分化の激化があった、と示唆されます。驚くべきことに、イベリア半島から得られたユーラシアオオヤマネコの古代の単一個体のゲノムは、他の現在のユーラシア西部のユーラシアオオヤマネコ集団よりも、スペインオオヤマネコとの混合の証拠が少ない、と示しており、過去数千年間における遺伝子移入の主要な供給源は現在のユーラシア西部のユーラシアオオヤマネコ集団とより密接に関連する分化した祖先集団だったかもしれない、と示唆されます。古代のユーラシアオオヤマネコおよびスペインオオヤマネコのゲノムのより広範な標本抽出が、これら2種間の混合の時空間的パターンをさらに解明するかもしれません。

 古代のスペインオオヤマネコと比較しての現在のスペインオオヤマネコにおけるより高い常染色体多様性および遺伝子移入のパターンの一致は、現在のスペインオオヤマネコが古代のスペインオオヤマネコの結果である、という仮説を裏づけます。それにも関わらず、遺伝的多様性の増加は、種の衰退期における浄化選択の緩和により引き起こされる中程度で有害な変異の蓄積に起因する、という可能性が検証されました。しかし、現代のスペインオオヤマネコにおける多様性増加は、制約された配列(たとえば、コーディング領域)と中立と推定される配列(たとえば、遺伝子間)の両方で観察され、最大の多様性増加のある区画でのコーディング領域の濃縮の欠如は、観察された違いの単一要因としての浄化選択の緩和を破棄します。

 最後に、現代のユーラシアオオヤマネコとスペインオオヤマネコとの間の1000塩基対あたりの1.19という固定差で、約2%の遺伝子移入が、古代の標本で観察された異型接合性部位の数のほぼ10倍となる、約6万個のあらたな多様体を導入しただろうことを考えると、分岐の観察された割合差異を示す遺伝子移入の推定量は、多様性のそうした大きな比率増加を生み出すのに充分なようです。将来の研究はさらに、局所的な遺伝子移入とゲノムに沿った異型接合性との間の関係を評価するでしょう。

 本論文の結果は、世界で最も希少なネコ科種の一つであるスペインオオヤマネコの進化史に関する洞察を提供するだけではなく、種の保存、とくに遺伝的救出の文脈で、より広範な関心も惹きます。この広く議論され、時には論争になっている保護戦略には、適応度と進化的潜在力回復のため、危機に曝されており遺伝的に貧弱な集団への、その遠く関連している個体群の導入が含まれます。遺伝的救出のため密接に関連している種を用いることは一般的に、内在的もしくは外在的な不適合性により引き起こされる異系交配弱勢の危険性が推定されるため、推奨されていません。

 それにも関わらず、本論文の結果は、多くの種のゲノムにおける自然の混合と遺伝子移入について証拠の蓄積を付け加え、これが高度に侵食された集団において停滞した遺伝的多様性のかなりの増加をもたらすかもしれない、と示します。遺伝的回復基準における種間供給源の気な密な回避は、とくに、追加の同種の供給源集団が存在せず、したがって、密接に関連する種が新たな遺伝的多様性の唯一の供給源かもしれないスペインオオヤマネコのような事例では、慎重に再考されるべきかもしれません。以下は『ネイチャー』の日本語サイトからの引用です。


遺伝学:現代のオオヤマネコの多様性は長きにわたる種間交雑のたまもの

 古代のスペインオオヤマネコの遺伝的多様性は、現代のスペインオオヤマネコに及ばなかったことを示唆する論文が、Nature Ecology & Evolutionに掲載される。今回の知見は、最近の個体群縮小にもかかわらず、ユーラシアオオヤマネコとスペインオオヤマネコの遺伝的交雑が現代のスペインオオヤマネコの遺伝的多様性に寄与したことを示している。

 スペインオオヤマネコ(Lynx pardinus)は、姉妹種のユーラシアオオヤマネコ(Lynx lynx)から約100万年前に分岐したが、そのゲノムには、両種間のDNAの受け渡し(遺伝子移入と呼ばれる現象)が認められている。スペインオオヤマネコは、20世紀の厳しいボトルネック効果によってスペイン南部で2つの小さな隔離個体群となり、その遺伝的多様性は全ての哺乳類の中で最低レベルだった。

 今回、María Lucena-Perezらは、化石骨標本(今から約2000~4000年前のもの)から古代のスペインオオヤマネコ3匹のゲノム塩基配列を解読し、そのゲノムを、現在の2カ所の生息地のスペインオオヤマネコ30匹、イベリア半島北部の古代のユーラシアオオヤマネコ1匹(今から約2500年前のもの)、および現代の6個体群のユーラシアオオヤマネコ12匹で得られているゲノムデータと比較した。その結果、スペインオオヤマネコのゲノムには、ユーラシアオオヤマネコと連続的または反復的に交雑した経過が認められた。Lucena-Perezらは、現代のスペインオオヤマネコの遺伝的多様性が、最近の個体群縮小にもかかわらず、古代のスペインオオヤマネコに勝っていることは、この経過によって説明できるかもしれないと示唆している。

 Lucena-Perezらは、今回の知見が、別の個体群の個体を導入して隔離個体群の遺伝的多様性を高める遺伝的救済などの保全戦略に影響を与える可能性があると指摘している。そして、こうした手法は通常は勧められるものではないが、スペインオオヤマネコとユーラシアオオヤマネコのように野生下での交雑を経験した種では、慎重に再考する手もあると述べている。



参考文献:
Lucena-Perez M. et al.(2024): Recent increase in species-wide diversity after interspecies introgression in the highly endangered Iberian lynx. Nature Ecology & Evolution, 8, 2, 282–292.
https://doi.org/10.1038/s41559-023-02267-7

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