『卑弥呼』第125話「希望」

 『ビッグコミックオリジナル』2024年3月5日号掲載分の感想です。前回は、山社(ヤマト)連合を裏切っていた津島(ツシマ、現在の対馬でしょう)国のアビル王が、ヤノハの策により死亡し、ヤノハが勒島でトメ将軍とオオヒコを前に、次の敵は中土(中華地域のことでしょう)への道に立ちふさがる公孫一族だ、と力強く宣言したところで終了しました。今回は、その5日前、津島国の「首都」である三根(ミネ)で、踊り子に偽装した山社国の戦女(イクサメ)の部隊を率いるヌカデが、津島国のアビル王の軍隊に降伏勧告する場面から始まります。ナツハ(チカラオ)が操るオオカミにより殺された屯長(タムロノオサ)のように死にたくなければ、即刻武器を捨てて去れ、というわけです。しかし、アビル王の軍隊の副長らしき男性は余裕の笑みを浮かべています。自分たちは70人おり、山社国の戦女は20人しかいないのに、勝負になるのか、というわけです。すると、ナツハの操るオオカミとイヌがアビル王の軍隊を包囲し、ヌカデは改めて、降伏を勧告します。アビル王の兵士の本来の生業は畑を耕すことで、我々は戦のみで生きているので、勝負はすでについている、というわけです。父や母や嫁や子が大切なら武器を捨てて邑に帰れ、とアビル王の兵隊に再度勧告したヌカデは、アビル王も風前の灯だ、と伝えます。自分たちの同胞が館攻めの真っ最中だ、というわけです。そのアビル王の館には、田油津日女(タブラツヒメ)に偽装したアカメが仮面を脱ぎ捨て、配下の兵士とともに堀を渡って侵入し、

 日下(ヒノモト)国の庵戸宮(イオトノミヤ)では、モモソと甥のハニヤス(『日本書紀』の武埴安彦命でしょうか)が対面しています。ハニヤスはモモソに教えられた毒をイヌとカラスに試して、一番効果があるのは附子(ブス、トリカブト)だと確認していました。しかしハニヤスは、ヒカゲシビレ茸が好みだ、とモモソに打ち明けます。人に試してみたくならないか、とモモソに問われたハニヤスはさすがに躊躇いますが、ばれないと思う、とモモソに唆されると、試してみる、と言います。ハニヤスはモモソに、毒の使用後を相談します。ある高貴なお方に対して効果があった場合、天照様は自分の行ないを認めて、褒美をくれるだろうか、というわけです。この高貴なお方とは、ハニヤスの父であるクニクル王(記紀の孝元天皇、つまり大日本根子彦国牽天皇でしょうか)のことなのでしょうその時、天照様に尋ねてみないと分からない、と返事を濁すモモソに対して、本当はモモソ様が天照様の言葉を騙って、皆を操っているのではないか、とハニヤスはモモソに問い質します。

 モモソは弟であり吉備津彦(キビツヒコ)と名乗るようになったイサセリを庵戸宮に呼び、ハニヤスは自分が思うよりずっとずる賢いようなので、事が終わったら何とかして欲しい、と要請します。ハニヤスは、大それたこと(クニクル王の殺害もしくは廃人化でしょうか)の後の自分の立場を心配しており、モモソが天照様の言葉を借りて、次の王君(オウキミ)にハニヤスを推せ、というわけです。すると吉備津彦は、なかなかやるではないか、と感心したように言います。するとモモソは真顔になり、やりすぎだ、危ない子だろう、と吉備津彦を窘めます。自分にハニヤスを始末しろということか、と吉備津彦に問われたモモソは、満面の笑みを浮かべます。すると吉備津彦は不機嫌そうに、まず、自分は小童に手をかけない、ハニヤスが初冠(ウイコウブリ、元服)して、叛乱でも起こせば成敗してやる、とモモソに言います。では、大人になったハニヤスが叛乱を起こせば成敗するのは約束だ、と言うモモソに、万が一、謀叛でも起こした場合だ、と吉備津彦は念押し、そもそも小童を使うモモソのやり方が気に入らない、と不満を言います。では、自分だけに汚れ仕事をさせて、どうするのか、とモモソに不満そうに尋ねられた吉備津彦は、そうではない、もう少し慎重に考えろということだ、と弁明します。そこへ、筑紫島(ツクシノシマ、九州を指すと思われます)から伝書鳩が到着し、吉備津彦はその文を読みます。何が書かれていたのか、モモソに問われた吉備津彦は、筑紫島の日見子(ヒミコ)、つまりヤノハは自分が思う以上、いやはるかに頭がよかった、と答えます。モモソが山社を離れた目的は中土へ向かうためだった、と吉備津彦から伝えられたモモソは、ヤノハが首尾よく中土に足を踏み入れたら何をすると思うか、と吉備津彦に尋ねます。すると吉備津彦は、魏と呉と蜀の三国のどこかから倭王の称号を授かり、自分たちが苦労して征服した国々のほとんどが日下を捨て、山社に忠誠を誓う、と答えます。モモソは、それでは、山社国と筑紫島連合軍を滅ぼすためにできることを考えないといけない、と思案します。まず、児屋(コヤ)と播磨(ハリマ)と武庫(ムコ)と伯方(ハカタ)と賛支(サヌ)と土器(ドキ)と五百木(イオキ)と伊予(イヨ)と土左(トサ)の9ヶ国の支配を強め、さらに)埃(エ)と峯(ミネ)と宍門(アナト)と)宍門(アナト)伯方(ハカタ)鬼国(キコク)鬼国(キノクニ)金砂(カナスナ)を完全に奪うことだ、と吉備津彦は指摘します。中でも肝心なのは金砂国だろう、と言うモモソに、事代主(コトシロヌシ)をそなたの婿にしないといけない、と吉備津彦と応えます。しかし、クニクル王は戦が嫌いだ、と指摘するモモソに、そこが一番の問題で、戦を望む王君に代える以外にないか、と吉備津彦は答え、モモソの策に首を突っ込むしかない、と嘆息します。モモソは、ハニヤスは我々の希望だ、と笑顔で言います。

 加羅(伽耶、朝鮮半島)の勒島(ロクド、慶尚南道泗川市の沖合の島)では、トメ将軍やヌカデやアカメやナツハや戦女に、倭国と加羅の通称を閉ざし、暈(クマ)国の鞠智彦(ククチヒコ)と通じていた裏切者(アビル王)は倒れた、そなたたちのお手柄だ、とヤノハが労いの言葉をかけていました。死傷者が出たのか、トメ将軍に問われたヌカデは、死者はいないが、負傷者が5名いるので、ククリや残りの戦女とともに津島に残した、と答えます。ヤノハは、皆を集めた理由について、加羅を越えて中土(中華地域のことでしょう)へ向かうつもりなので、供を願いたい、と説明し、これには一行も驚き、同様が広がっているようです。ヤノハ一行は加羅本土に到着し、トメ将軍はヤノハに、遼東まで赴いて公孫一族に戦を仕掛けるのか、と尋ねます。それに対してヤノハが、燃える炎に少しだけ油を足そうと思う、と答えるところで今回は終了です。


 今回は、山社と日下の思惑を中心に話が展開し、今後の展開の布石とも考えられるやり取りも多く、たいへん足り占めました。ヤノハ一行はついに加羅本土に上陸しましたが、遼東公孫氏をどのように打倒するつもりなのか、まだ具体的には明かされていません。燃える炎に少しだけ油を足そうと思う、とのヤノハの発言からは、遼東公孫氏が魏と対立するよう唆し、魏に討伐されるよう、画策するつもりでしょうか。作中では現時点で228年(以下、西暦は厳密な換算ではなく、1年単位での換算です)のようなので、公孫淵が遼東太守となった頃でしょうか。ヤノハの策がどのようなものなのか、公孫淵の人物造形がどうなるのか、ヤノハ一行にどのような危機が訪れるのか、あるいは大した危機はないのかなど、今後の展開がたいへん楽しみです。

 今回は、日下情勢がかなり詳しく描かれました。モモソは、戦に消極的な異母兄のクニクル王を何らかの形で(死亡や廃人化?)次の王に交代させることで、筑紫島平定を構想していますが、そのために利用しようと考えていたクニクル王の息子のハニヤスは、モモソが考えていたよりもずっと強かだったようです。吉備津彦は、ハニヤスが元服して叛乱を起こせば成敗する、とモモソに約束しましたが、ハニヤスは恐らく『日本書紀』の武埴安彦命で、後に崇神天皇に対して反乱を起こした、と伝わっていますから、今回のモモソと吉備津彦のやり取りはその布石でしょうか。ただ、日下の現在の王君であるクニクル王はおそらく記紀の孝元天皇で、その次の王君と決まっているクニクル王の息子であるネコは、記紀の開花天皇、つまり稚日本根子彦大日日天皇(崇神天皇の父親)でしょうから、ハニヤスの謀叛は随分先のことになりそうです。本作がどこまで描くのか、どのように記紀の内容を取り入れつつ独自の話を展開するのか、まだ分かりませんが、ハニヤスの扱いが意外に大きそうなので、崇神天皇の頃まで描かれるのかもしれません。本作では、崇神天皇、つまり御間城入彦五十瓊殖天皇は今回登場しなかったミマアキのことではないか、と予想していますが、最終的には、何らかの形での山社連合と日下連合の合併も考えられます。日下情勢がかなり詳しく描かれるようになり、山社連合と日下連合の関係が最終的にどう決着するのか、たいへん楽しみです。

この記事へのコメント